人形、ヒト、機械   作:屍原

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人間は赤い果実(禁断の果実)を食べることで、知性を得た…とされてるらしい。
ヘビに唆され、原初の人間は知性を得ることができた。
その代償は、楽園から追放されること。
未来永劫苦しみながら生きていく彼らは、知性を得て、本当によかったんだろうか?

旧約聖書を流し読みして、ヒト(彼女)は人間について考えた。


人類と特別個体たち

- 困惑をもたらす(アカネ)

 

「……イヴ」

「なに、にぃちゃん?」

「どういうことか、説明してもらおうか……イヴ」

「分かった、にぃちゃんがそういうなら」

  

  飛び出して行ってから数分、弟は目標人物である『アカネ』を抱え、見知らぬ随行支援ユニットまで連れてきた。それだけではない、もっとも問題視するべきは、かの人類が、弟の腕の中で、真っ赤な顔で、ひらひらと私に手を振ってることだ。つまり、この行為(お姫様抱っこ)は双方の同意を得て行ったものではない、と見られる。あれほど「アカネの同意を得てから行動しろ」と注意したはずが、なぜこうなってしまったのか。

  

  私は頭を抱えながら、イヴに説明を求めた。だが勿論、アカネを降ろしてもらってからだ。

  

  

  

  

- 彼女の人間論

  

  イヴの強制連行(お姫様抱っこ)により、ビルの最上階まで到達したアカネと浮遊してるポッド255はそこで、以前遭遇したアダムと二回目の対面を迎えた。未だ恥ずかしさを捨てきれてない彼女は、少しだけ赤くなった頬を隠しもせず、右手を上げて、挨拶代わりにアダムに向かって振っていた。予想外れすぎる光景に、アダムは一瞬だけ戸惑い、次は片手で顔を覆ってため息を漏らした。

  

  二回目の出会いは、最悪だった。未だ熱が下がらない頬を放っておいたアカネは、困ったような微笑みを浮かべるだけだった。

  

  それにまったく気づく様子もなく、長髪の彼はただイヴに「彼女を降ろせ」と一言伝える。頭上でイヴがゴクっと頷く動作を感じ取り、次に彼はしゃがみこんで、すんなりと比較的に小さな彼女を地面に降ろしてくれた。従順な様子を見せるイヴに、彼女はただただ眉尻を下げ、微笑みを維持する。

  

「ありがとう、重いのに抱えてもらって…」

  依然としゃがんでるイヴにその笑みを向け、腕を下げて、自分の指を弄りながら、申し訳なさそうに話す。だが、イヴは意味が分かってないように、頭を傾げる。重い?リンゴと同じような重さの彼女が、重いだと?それがイヴの考えてる事だ。どうやら彼にとって、アカネの重量など、普段食べてる植物と変わらないらしい。果たして事実なのか、はたまたイヴの知識がまだ足りないだけか、それは兄のアダムしか知らないことだろう。

  

  それでも、口に出した言葉をなしにするのは不可能だ。

  

「全然重くないよ?リンゴみたいに軽かった」

「イヴ」

「わかったよ、にぃちゃん。いま行く」

「すまないな、アカネは少しここで待ってくれ」

  イヴの言葉に反応するよりもさきに、アダムはすでに阻止し、腕を抱えながら、長い食卓のほうでイヴの接近を待っていた。感情が見られない血色の瞳を見つめ、呼ばれたイヴは淡々という風に返事して、スタスタと兄のほうへ歩いていった。大きな子供の背中を見てるかのようなアカネは、ようやくイヴがさきほど言っていたことの意味を理解した。

  

  あれは、紛れもない、イヴの心遣いなのだ。無意識で、まだ彼の知識(データベース)に加わってないけど、確かに彼なりの親切心を感じた。立派な成人男性に見えるのに、まるで生まれて何年も満たない子供のようなギャップに、思わず笑みが零れてしまう。

  

「うん、分かった」

  もちろん、思考をすると同時に、アダムへの返事は怠らない。脳の回転が遅ければ、いざという時の対応に遅れる。反応が遅れてしまえば、命取りになる。つまり両方兼ね備えなければ、待つのは死のみ。アカネは目覚めてから、今に至るまでの間に学んだ、ささやかなテクニック(生存の術)を頭に浮かべ、なにやら二人で会話をするであろうアダムとイヴに手を振った。いってらっしゃいの意味を込めてやったのだが、二人は気づいてくれただろうか?

  

  イヴは兄を見るのに集中していて、アカネに気づいていない。だがアダムは始終こちらに顔を向けてるので、彼女の動きには目を留めている。慣れたようにニコッと一瞬だけ笑みを返したら、また無表情に戻り、イヴに視線を向け直した。それを目の当たりにしたアカネは、右手の人差し指を唇に当て、目を細めながら、じっと彼らを見ていた。あまりにも慣れた動作(笑み)に、違和感を感じたのは、彼女だけじゃないはず。そう考えてポッド255に視線を向けると、ポッドは音声を流した。

  

「特別個体アダムの動作は完璧に習得されたもの、人としては申し分ない笑みだった」

「でも、それじゃ足りない」

「不明:アカネの定義について、説明を求める」

  遠くで会話を続けるアダムとイヴを眺め、彼女は思考の深層に潜り、目蓋を閉じ、自分の見解を述べる。

  

  人は、完璧になれない。天才でも、凡才でも、愚者でも、強者も弱者も、完璧ではない…もし、本当に完璧な人が存在していたら、この世界(地上)は荒れ果てた姿ではなく、より豊かな土地になっていただろう。

  

「だって、それが人間だから」

  悲しげに浮かんだその表情は、どうしようもない悲愴感に満ちた瞳は、一体どこに向けられてるのか。それは、ポッド255でも、アカネ自身でも分からないだろう。そして彼女は言う、人間は完璧でないからこそ、美しく見える。過ちがあるからこそ、人間は進化する。滅びがあるからこそ、新たに生まれる物もある。

  

「それに…人は、感情があるからこそ、人であり続けられるの」

  たとえそれが、人形(アンドロイド)だとしても、模倣(機械生命体)だとしても。感情は、人をより一層美しく変える神秘なのだ。

  

「けどあの人は、まだ欠けてる。模倣だけじゃ、足りないの」

  

  食卓のほうで会話を続ける双子を見つめ、アカネとポッド255は静かに彼らを待っていた。

  

  

  

- 急接近

  

  アダムとイヴの会話が終わった頃、ようやくじっとこちらを眺めているアカネに気づいたらしい。彼女の隣で浮いてるポッドも同じく、狙いを定めてると気づいてるが、攻撃の意思は見られない。ただじっと見つめてくるだけ。相変わらず行動原理が読み取れない人類(アカネ)と意味不明な注目をしてくるポッドを見て、呆れたため息がアダムの口から漏れた。間近で珍しい動きを取った兄を目の当たりに、イヴは「にぃちゃん、どうしたの?」と問いかける。

  

「なんでもない、ここで大人しく待っていろ」

  弟から離れる際、彼を一瞥してから、真っ直ぐに彼女のほうへ歩み寄る。コツコツと規律正しい靴音を鳴らしながら、アダムは優雅に歩みを続けた。貴族のような姿勢を取る彼を見て、段々と距離が縮まっていく時も、アカネは目をキラキラと光らせた。恐らく、生まれてこの方、そういった動作を間近で見たことがないからだろう。

  

  思考が終え、ようやく目の前まで近寄ったアダムを見上げて、アカネはいつもの微笑みを浮かべ、彼の言葉を待っていた。警戒心を持たない、隙だらけの彼女を視界に捉え、アダムは申し訳なさそうな表情を浮かべた。

  

「手荒な真似をしたことに対して謝罪しよう、君との再会が待ちきれなかったんだ」

  そう言ってアダムは身を屈み、左腕は背中へ、残された右腕を伸ばし、降ろされていた彼女の右手をそっと取り、そのまま自分の唇へ引き寄せていく。ちゅっと音が鳴り、彼女の手の甲に口付けを落した。一点の迷いもない、流れるような動作がアカネの目に(とど)まってるが、突然過ぎる出来事に、反応しきれない。数秒遅れて、ようやく頭の回転が追いついた彼女はぎこちない口ぶりで「いいの、私も丁度退屈していたから」と返す。

  

  予想通りの反応を得たからだろうか、アダムはニヤリと笑みを浮かべ、右手を己の胸に置き、屈んだ状態で目を細め、赤い瞳で彼女の真っ黒な目を見つめた。メガネ越しに映る赤に、感情は込められてない。だが、その体の内に隠されたモノ(ココロ)は、静かに変化をもたらしてるのだ。

  

  僅かなヨロコビが、這い上がってきてる。

  

「それはよかった、私とて、唯一残された人類に嫌われたくないからな」

「私に嫌われるようなことでもしたの?」

「残念だが、それは君次第だ」

「たとえば?」

  流暢な会話が続けられる中、知らず知らずに、アダムは愉快そうな笑みを浮かべ始めたのだ。前回では、初対面でも怯むことを知らず、押し寄せてくるような気配を漂わせるアカネに参って(負けて)しまった。だが今度は、彼の本拠地とも言える場所へ誘導(誘拐)し、さらには主導を握ってるも同然の会話を繰り広げた。今度こそ、自分が望む流れになるだろうと、彼は考えたのだ。

  

  そして待ちに待った(予測していた)アカネの言葉を耳にし、アダムは一層笑みを深める。アカネの胸の前に置かれた左手を、手早く掴み、力を加えて自分のほうへ引き寄せた。あまりに唐突で、成す術もなく、彼女は呆気なくアダムに引かれるのだった。だが一連の動作はまだ終わってない。アカネの驚きを気にも留めず、さらに追撃をかける。

  

  屈んでくるアダムに気づいた彼女は身を引くが、左手は握られ、いつの間にか腰に回された腕に阻まれ、まるでワルツを踊ってる最中の状態になってしまった。逃げ場を失くしたアカネを面白がるように見つめ、アダムはさらに顔を近づける。

  

  さらりとした銀髪が、流れるように落ちる。人形たちと人間を模して造られた美しい顔は、落ちてくる髪と相まって、言葉では言い表せない(人知を超えた)魅力を漂わせていた。銀色の髪に撫でられ、重力に抗えない彼女の黒髪もまた、スルリと、肩から背後に滑り落ちる。だけどその瞳は、迫ってくるアダムへ向けられてる。凪いだ海のように、静寂な夜のように、静かに見つめているだけだった。

  

  相手が、リンゴ(知恵)を得ようと迫ってくる原罪の者(アダム)だとしても、一切の動揺を見せなかった。

  

「このまま、殺して(解剖して)しまえば…私は願望を叶えられる。これは、君に嫌われることに入るか?」

  アダムは不敵な笑みを浮かべて、残酷な願いを口にした。だが支えられたアカネは、怯えもせず、引き上げられた左手をされるがままに、残された右手を伸ばす。その指は頭皮近くの髪を絡め、掌はアダムの頬を包むように、優しく触れていた。親指を動かし、彼のすべらかな肌を撫でて、頭を僅か右に傾げ、これ以上にない微笑みを浮かべた。

  

「ううん、嫌いにならないよ。君がそうしたいなら、構わない。けど…本当にいいの?」

「……」

「私を殺してしまえば、君は本当に……望むモノ(知恵)を手に入れられるの?」

  

  彼女の返答をきっかけに、その場は静寂に包まれた。風の音と、鳥が鳴り響く声。運ばれた風に吹かれ、揺れる銀色と黒い髪が、摩擦によって発する音以外、静かだ。そして、睨み合う二人。異常な空気を打破したのは、アダムの笑いだった。声を振り絞って出されたそれは、まるで想定外の結果を知ったかのような、悦びに満ちた声色だった。

  

「どうやら君は、自分の価値(秘密)をよく知ってるようだ…」

  ご機嫌な声色で言いながら、アダムは未だ消え失せないヨロコビ(笑み)を顔に、彼女の左手を離し、腰に回した腕を引き戻した。対する彼女も、解放された腕と体を感じて、ほっとしてため息を吐く。

  

  微妙な空気を滲み出す二人を見て、特別個体の片割れ(イヴ)は理解できないと顔に出し、ポッド255は不満そうに見つめているだけだった。




君は私からなにか(ヒトの秘密)を得ようとしてる。
私も、君からあるモノ(記憶)を得ようとしてる。
ならば、殺そうだなんて…思わないでしょ?



ポッド255より抗議:
出番が少なすぎる。
要求:出番の増加。
……それはさすがに(今回は)無理だよ、ニーフィアさん。
それとアダム、大胆しすぎません…?もし2Bと9Sに知られたらやばい事になってましたよ…セクハラに近いですよ…

もし誤字やら「あれ?ここおかしくね?」と発見した場所がございましたら、誤字報告や感想にてお知らせして頂けると幸いです。
お手数をおかけしてしまう恐れがありますので、面倒と思われましたらスルーして構いません
よろしくお願いします…|ω・`)

今回は『虜』に変化なし、よってデータは非表示。

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