人形、ヒト、機械   作:屍原

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ヒトは誰しも、癖と言うものを持ち合わせる。
ならば、二種類に分類された癖を、ヒトはどちらを多く持っているのか?



とあるS型は(IFの話)に関するデータを眺め、読み流していた。


悪い癖

  数日の観察で、彼女…アカネについて、一つ分かったことがある。人間は、誰しもがいくつかの癖を持っており、それは『良い癖』と『悪い癖』の二つに分類される。もちろん『良い癖』のほうが、彼らにとって好ましいが、どうも『悪い癖』のほうが前者を上回る傾向があったらしい。これはデータで表示された、遥か昔の人類に関する記録であって、実際のところはどうなのか、分からない。

 

  本題を逸らしてしまったけど、僕が言いたいのは、彼女の『癖』というものを発見した。それも良いほうではなく、むしろ彼女や僕らにとって、悪いほうの癖だ。

 

 

 

「…?アカネ、怪我したのか?」

  丁度彼女のところへ尋ねようと、2Bが近付いた瞬間に、鼻を動かしてからアカネに問いかけた。一体どうしたんだろう?と考えて、もしや本当に怪我でも負ったのか、と疑問と心配が混じり、すぐに2Bの隣に並んでアカネの様子を窺う。そこには、どこかぎこちなさそうに目を逸らし、指を弄るアカネの姿が映った。だけど、様子が変なのは、彼女の動きじゃない。注目を惹かれた指から目を逸らし、視線を上へと移る。普段の彼女ならば、苦笑いして、口角を上げてるはずだ。

 

  なのに今回に限って、アカネは、僕たちの前で、唇を噛み締めていた。まるで、口の中になにか(傷口)を隠すように、固く、しっかりと閉じ込めていた。

 

  S型(スキャナータイプ)の性分なのか、はたまた自分が好奇心に擽られやすいのか、気になった僕はそっと右手を上げ、手袋をしたまま彼女の唇に伸ばした。もうすぐ触れる、残り2cm弱のところ、気づいた彼女は驚いたように一歩下がった。決して僕たちを避けたりしないアカネにしては、とてもおかしな行動だった。ショックを受け、かざした手が、宙に浮かべたままだ。

 

「あ、かね…さん…?」

「一体どうしたの、アカネ…?」

  2Bと共に、名前を呼ばれた彼女はビクッと、ビックリして肩が跳ねた。焦りと戸惑いを混じり合って、視線があちこちに泳いでいる姿は、とてもいつものアカネには見えない。ふわふわとした雰囲気は消え、代わりに漂っているのは、やはり焦りだった。

 

  一体、いったい、なにが…?

 

  僕たちがショックを受けて固まってるのを感じ、視線を泳がせていた彼女は、恐る恐るという風に、ゆっくりと、非常に困った苦笑いを浮かべた。普段よりも、深く落された眉尻は、まるで彼女の果てしない困惑を表してるようだった。そして、固く閉じられた彼女の口は、小さく開かれた。

 

「…怪我、とは言えないけど、なんていうか……」

「…?」

  彼女が少し口を開いただけで、どこか鉄臭く、甘ったるい匂いが嗅ぎ取れる。2Bの方に目をやると、どうやら彼女も匂えるらしい。もしかすると、さっきアカネに問いかけたのも、この匂いを嗅いだせいかもしれない。

 

「えっと、癖なの…気づいたら、唇の裏を噛んでしまう癖」

  アカネは自分の唇に指を差し、少し戸惑った末に、指で下唇を裏返り、ドクドクと血が滲み出てる傷口を見せた。いかにも歯で噛み千切って見えるそれは、細長いもの、穴の形状をした傷口もあり、自力で噛んだにしてはやや深く見えるものだった。ブツブツ、またブツリと一滴から一滴の血液が現れ、鉄と甘い匂いがさっきより顕著(けんちょ)になった。加えて、傷口付近はまるで、力強く吸われたかのように、少しばかり腫れている。そこで僕の脳内に、いつしか見たデータにあった単語が過ぎる。

 

  自傷癖。意図的に自分の体を傷つけるが、自殺とは異なる行為。

 

  無意識に己に傷を与える、そんな行為をしたあとの傷口を見せるアカネさんはもしやと思い、自分でも分かるくらいに焦って彼女に問い詰めた。

 

「な、なんで!こんなに血が出るまで…!」

「ご、ごめん…私も、気づいたら噛んでて…」

  申し訳なさそうに、下唇をつまんでいた指を離し、意図的にやったものではないと、彼女は言葉を重ねる。だけど、あの傷の深さ、どうみたってわざとやってるとしか見えない。むしろ、執拗に同じところを噛み、血が出るまで動きを止めなかったように見えた。なのに、彼女は違うと主張してる。本当なのか、それとも僕らを誤魔化そうと嘘を言ってるのか。しかし唯一安心できるのは、その傷口が数日経てば治るもので、命に関わるものでないことのみ。

 

  深いため息を吐き、緊張によって強張った体は幾分か楽になった。またもや指を弄り始めたアカネの手を取り、2Bのほうに声をかける。

 

「一度傷口を見てみたいので、一旦部屋に戻りましょう、2B」

「…!分かった。ポッド、あとで救急箱を」

「了解」

  僕の言葉を瞬時に理解した2Bは、さっそくポッド042に要求を出し、僕はアカネの手を引いたまま、レジスタンスキャンプ内にある部屋へ向かってゆっくりと歩いていく。未だ血の(甘い)匂いを漂わせる彼女を引き、収まらない胸のざわめきをどうにかしようと、なるべく頭の中を空っぽにした。そう試みた。

 

「…いつか、絶対に直してくださいね」

  小さく呟いた僕の声に、あなたは「うん…」と頼りない返事をくれた。ああ、どうか、必ずその癖を直してください。どうか、どうか、お願い……あなたがその匂いに満ちるのが、耐えられない。考えつきたくもない、あなたのソノ姿が、脳内を過ぎる。どうか、現実にならないでください。

 

 

 

  存在しない神サマに、僕らは祈る。あなたにソノ姿()が訪れないように、血があなたから遠ざけますように。




気がつけば、唇は真っ赤に染めていた。
気がつけば、甘くも鉄臭い匂いが口の中に充満していた。
気がつけば、それが癖になっていた。

9Sと2Bに酷く心配され、厳重に注意されたアカネは、いつの間にか出来上がった癖を無にしようと決心した。



どうでもいい話ですが、ネタの元は自分です。
なんとなく噛んでいたら血が出て吸っちゃう、完全なる無意識。

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