人形、ヒト、機械   作:屍原

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人形は強靭で、強大で、人類を守るために創造されたモノ。
人類は弱く、時も短く、儚いモノ。
両者が持つ共通のモノは、構造ではなく、感情。





段々と判断がつかなくなった作者は、意味不明な前書きを残した。


人形と人類は大地を踏みしめる

- アネモネからの頼み

 

 アネモネが依頼した素材を渡し、報告も済ませたところ、二人はまたもや呼び止められた。後ろに一歩下がった足を元の位置に戻し、どこか気まずそうな雰囲気を漂わせるアネモネに目を向く。

 

「すまないが、もう一つ頼まれてくれないか?」

 

 2Bと9Sは視線を交わし、ほぼ同じタイミングで頷いた。地上に降り立ってから、随分とここの世話になってもらい、その上休憩する部屋まで空いてくれたのだ。よって断る理由など、ある筈ない。もしレジスタンスキャンプにいる仲間達の役に立てるのであれば、(どのアンドロイド)でも快く頷くだろう。

 

 早速承諾してくれた彼らに、アネモネは嬉しそうに笑みを浮かべて、頼み事の内容を告げる。

 

 どうやら森地帯を繋ぐ商業施設跡の辺りにキャンプを設置するらしく、安全を確保して欲しいとの事だった。本来ならばレジスタンス側の者を手配するはずだったが、どうも人手が足りないらしく、こうして2Bと9Sに頼んでいる。それだけじゃなく、もう一つわけがあったらしい。

 

「彼女を、ずっとこのキャンプ内に保護してる(閉じ込めてる)んだ…無理を言ってるのは承知してるが、連れてってやってくれないか?」

 

 困ったように頭を傾げ、そう遠くない所で、しゃがんで花を眺めてる人類に視線を寄越す。釣られて同じくそちらに振り向くと、視線に気づいたのか、彼女はしゃがんだまま笑みを浮かべ、ひらひらとこちらに手を振る。

 

 自然を代表する草と花、加えてそれらの隣にいる人類。なぜだか、とても美しく見える光景だった。自然に生きる物、自然に生きる者。例え時には自然を破壊するも、人類の根本は自然との共存、自然を依存する存在。この地球で残り少ない自然の産物と、現在に置いて彼女しか生存していない人類、それがどれだけ貴重なのかを、思い知らせる光景でもあった。

 

 あれ?そこに一体なんの接点があるんだ?と思考してる9Sは自分の脳内に溢れ出す考えに疑問を覚えるばかり。どうも人類(彼女)に関わると、思考も乱れてあやふやになるらしい、今後も注意しないと。そっと、心の中でなんとも言えない結論に至った。本来S型(スキャナータイプ)である自分は、把握、分析方面において優れているのに、この場に限って思考能力と判断力が落ちてしまうとは、全くの予想外である。

 

 これは、一度バンカーで見てもらうべきでは…?

 

「はい、分かりました」

 

 しかし頼まれ事もあるゆえか、分析しきってない情報を頭の隅に置き、なんとなく承諾した9Sだった。だが、彼は一つ、重要な点を考慮していなかったのだ。人類の彼女、果たして無事に目的地である森地帯の入り口まで到達できるか。彼女の体力が、そこまで耐えられるのか。

 

 二人は彼女を迎え、レジスタンスジャンプを出た頃に、急に思い出したとか、ないだとか。

 

 

 

- 散歩道中

 

 レジスタンスキャンプの所在地、もといその周辺は過去の文明、人類が発展した結晶の名残ばかり残されている地帯である。拙い表現だと『倒壊した建造物だらけ』の地域(エリア)である。そこかしこに生えてる木々や草花は、地球が人類の管理から外れ、どれくらいの時が過ぎたのかを証明するかのような証となっていた。

 

 例え、かつてはコンクリートの(無機質な)街といわれようと、人類が存在していた痕跡に、間違いはない。

 

 緑色と灰色しか映らない景色ばかり。2Bや9Sにとって、もう呆れるくらい目の当たりにした景色。なのに、アカネはそれらが視界に入った瞬間、どうも非常にはしゃいでしまったらしい。

 

「すごい!なんだか古代文明って感じがするね!」

 

 彼女の時代に存在していたのに、古代文明と、あまりにも似つかわしくない言葉を使うので、一体どんなリアクションを返せばいいのか分からず、戸惑ってしまう。いや、実は理由はもう一つある。この崩壊した世界の一端を見て、もしかしたら彼女が驚き、ショックを受けるかもしれない、という予想(覚悟)で連れ出したのだ。だが見ての通り、人類のアカネは驚くどころか、まるで幼い子供のように笑顔を浮かべてる。かつて自分らが築き上げた物は、辛うじてしか形を保てない状態に至るまで破壊されたというのに、未だ気楽な態度を取っている。

 

 黒い(ころも)を纏った人形達は考える。もしや、全ての人類は、目の前にいる少女と全く同じ思考をしている者ばかりなのか?

 

「否定:記録を参考し、アカネという人類は『特殊』な分類にある」

「ポッド153に賛同。推測:人類アカネは前向きな性格」

 

 随行支援ユニットであるポッドが投げ出した否定、推測を耳にし、思わず体を動かして、頷いた。確かに、データにあった人類は、特にこの土地にいたであろう『日本人』という種族の中で、アカネは特殊な分類に入るかもしれない。謙遜で、適切な距離を置き、あまり他人と関わりを持たない人種、とどれかのデータで見た事がある。

 

 人類の事は、よく分からない。けれど、周りをキョロキョロと見回すこの人類の事は、もっと分からない。手を顎に当て、思考に溺れがちながらもアカネの後ろ姿を見つめる9S。隣には、不思議そうに頭をかしげる2B、目は9Sと同じくアカネに向けられてる。しかし注目の(まと)である、当のアカネ本人は未だキラキラした目で、緑に侵食されてる建物の残骸を眺めている。

 

 果たして、無事に依頼をこなし、彼女を守りきれるだろうか?二人は、同時にため息を吐いた。これが、憂い、という感情だろうか?

 

「…感情を持つ事は、禁止されてる」

 

 もちろん分かってる。けど、言葉を口に出してる2Bも、同じものを感じたからこそ言ったのだと、9Sは思った。でなければ、あんな戸惑うような様子なんて、見せるはずがない。

 

「ほら、行きますよ、2B?」

 

 

 

- 散歩道中 その2

 

 レジスタンスキャンプを離れた以上、安全ではない事は既に理解している。安全区域の外は、当然危険が待ち受けている、それは地上で生きていく者であれば、誰しもが分かる。

 

 そっと、地面に開いた大きな穴を眺めてる人類に目を向く。後ろ姿だけで、どれだけ無防備なのか、見え見えである。そもそも会ったばかりの自分らに、無闇に背中を向けるのも、どうかと思う。

 

「アカネ、危ないからあんまり離れないで」

 

 手を伸ばして、落ちかねない位置にいる彼女の腕を、力の加減を制御して、掴む。思わぬ、ふにっとした柔らかな感触に、動きが止まる。外見こそ大層変わらないが、やはり造り(構造)が違う。現に、彼女の肌の感触に、2Bは戸惑っている。己の強靭な素材でできてる外殻と違い、彼女の体に覆ってるのは、骨や血肉。義体は使えない、バックアップデータもなければ、再構成もない。

 

 怪我でもすれば、簡単に死んでしまうモノ()だ。

 

 もし、彼女が隙間に落ちたら?もし、切られたら?もし、刺されたら?もし、爆発に巻き込まれたら?答えなんて、簡単だ。(終わり)。脆い人類が待ち受けている事実なんて、コレしかない。

 

「賛同:アカネは機械生命体のターゲットにあたり、危険である。提案:2B、および9Sの射程範囲内に留まる」

 

 思考を読まれたのか、と思わざるを得ないポッド042の言葉に、一瞬身構えてしまった。しかし長年共にいる者だからこそ、己の思考も隅々まで理解し、この発言をしたのだろうと、強張った体が緩める。

 

 アカネが頷き、ポッド042の言葉に従って、穴から離れた。彼女の安全を確認したのち、掴まっていた手を離してやれば、そう遠くないところからギシギシという音が耳に入った。視界で確認するよりもさきに、武器を呼び出し、白い刃(小型剣)の柄を掴み、音が鳴った方角に向かって振り下ろした。追加したスキル(チップ)の機能が発動、振り下ろされた刃から衝撃波が現れ、目にも留まらぬ速さで飛ばされていく。

 

 直後、なにかが破壊された音が響き、数秒もない内に爆発が起きた。ドーン!という大きな音と共に、機械のパーツが地面に散らばる。

 

「…!機械生命体!?アカネさん、隠れてください!」

 

 慣れた敵を前に、本来ならば冷静に対応し、速やかに片付けるのが日常であり、アンドロイドとして最優先の行動。なのに、この時、この瞬間に限って、二人は理性よりも、感情の方が凌駕した。原因はただ一つ、地上に存在するはずのない人類が、この場に存在してるからだ。儚く、脆く、弱く、守るべき人類がこの場にいる。

 

 もしも、アカネが機械生命体たちに接近されたら……違う、むしろ、接近させたら、言葉通り、本当に最後(命の終焉)を迎える。

 

「報告:機械生命体の反応が多数、およそ20体」

「くっ…予想以上に数が多い。どうしたら…」

「ポッド、アカネの保護を。接近する機械生命体は構わず撃て」

「9S…?」

 

 ポッド042に与えた指示に対し、状況の改善を求めて思考に入った2Bは思わず疑問に満ちた声で、9Sの名を呼んだ。なぜ、と問わんばかりの声色だった。しかし当の9S本人はいつもの楽しげな雰囲気などなく、真剣な顔で口を開く。

 

「このままだと、彼女が殺されるのも時間の問題です。ならば僕たちが一刻も早く奴らを殲滅させた方が、安全を確保できるじゃないですか?」

 

 要するに、()される前に()せと、シンプルに簡潔にすればこうなる。アカネが包囲される前に、二人で接近を試みる機械どもを皆殺しにすれば、残された彼女はポッドに任せても問題はない。たとえ生き残った機械が彼女に接近しようとも、すでに破壊される寸前の状態になってるだろう。9Sと違い、ポッドの援護射撃なしでも接近戦で解決できる。ならば保護は、ポッドだけでも、対応できる。

 

 結果的に、彼女は生き残れる。彼女を、守れる。

 

 彼女の方に、振り返る。怯えているだろうか、震えているだろうか、それとも、泣いてるのだろうか?様々な考えが巡り、彼女の状態が非常に気になる。しかし、予想はすべて外れ、意外すぎる光景が目に映った。

 

「私は平気だから、安心して」

 

 初めて会った時に向けられた微笑みが、また、現れた。緩くて、やんわりしていて、安心できる暖かい笑み。こんな緊迫とした場面の中でも、自然に浮かべられた。自分達は、しくじるかもしれないと恐れ、彼女の死を恐れているというのに。

 

 ……彼女は、信じてるんだ。僕たちが必ず成し遂げると、信頼を与えられてるんだ。結論に至った9Sは、力が漲ってくる感覚に襲われた。言葉では形容しきれない、莫大な感覚、見知らぬ感覚。無償に向けられた信頼、感じるのは、果てしない喜びと感動。

 

 そして、得体の知れない高揚感。きっと、2Bも同じ感覚を共有してるはず。

 

「必ず、戻ってきます」

「9Sの言う通り、必ず、あなたの元に帰ってくる」

 

 戦士たち(2Bと9S)は己の意思を伝え、白き刀(契約)黒き刀(誓約)を握りしめ、地面を蹴り、凄まじいスピードで遠くへと走っていった。いつもとは違う、誰にも負けぬ高揚感と共に、機械生命体に制裁を下しに。

 

 残されたポッド042は、持ち主の2Bと9Sを見届け、この光景を記録に収めた……この事を知らされるのは、恐らく、隣にいるアカネだけだろう。人類という甘美な響きに敗れ、ポッドすらも魅了する、人類に知られる。

 

 

 

 

 

おまけ

- (ポッド)囚われた(虜になった)

 

「ポッドさん、しばらくの間、よろしく」

「訂正:私の名はポッド042、ポッドさんだけでは混乱を招きやすい」

「じゃあ…ヨニ(42)さん?」

「……賛同。しかし、敬称は不要」

「分かった、ヨニ」

「推薦:9Sたちが帰還するまで、建物内で身を潜む。案内する」

「ありがとう、ヨニ」

「……要求:名を呼ぶ回数を増やして欲しい」

「うん、ヨニがそう言うなら、いいよ」




ヒトは無意識に人形を惹きつける、人形はヒトという響きに惹かれる。
ポッドすらも「ヒト」として認識するヒト(アカネ)である。

虜にされた者、統計:アンドロイド3名(2B、9S、司令官)ポッド1名(ポッド042)


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