人形、ヒト、機械   作:屍原

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※本編で起こったかもしれない、もしくは起こらなかった話※
簡単に言えばIFの話です。



夜は訪れない、地上は永遠の昼しかない。
天候の変化も、天気の変化もない。

だけどもし、地上に雨が戻ったとしたら?



実現されない(IFの話)を描き、作者は考えをやめなかった。


IFの話
Rain


  今日の地球は、土砂降りの雨だ。夜こそなくなったが、最近になって、ここ(地上)の天気の変化もようやく普通に戻ったらしい。晴天になり、曇りもなり、雨も降るようになった。降り立つ人形と機械以外、小さな生命に満ち溢れた地上に、また一層、生気が戻っていく。シャーシャーと降り注ぐ雨の音が鳴り響く、廃墟都市のみならず、地上全体が雨に打たれてるような音だった。久しぶりの変化()に、アンドロイドたちは慌ててテントの中に戻り、外へ出ようとした者も逆戻りした。無論、2Bや9Sも例外ではない。

 

  しかし、静かに歩み出す者がいた。長い襟が下がった黒いシルクコート、白いシャツ、ブラウンの短パンに短ブーツ。見知った格好をしていたその者は、そう遠くない過去に発見した、この地上で唯一生き残った人類だ。コートのボタンも留めず、傘も差さず、空の下に晒された広場に踏み出し、ずぶ濡れになっていく。

 

  黒い髪が濡れていく、僅かに露出した白い肌が濡れていく、コートもシャツも、なにもかも濡れていく。なのにその瞳は、感情が篭ってなかった。口には、笑みがなかった。

 

「…アカネ?」

  いつもと様子がまったく違う彼女を目の当たりにして、2Bは眉を顰める。普段は優しく、柔らかい雰囲気を滲み出す彼女がなぜ?それが、アンドロイド(2Bと9S)の考えてることだ。だが次に考えたのは、風邪を引いてしまうかもしれないアカネを連れ戻す。データによると、人類は長らく雨に打たれると、病にかかってしまう。それだけじゃない、熱すぎたり、寒すぎたりしても、人間は簡単に病んでしまうのだ。

 

  繊細で、華奢で、弱々しい人間(ヒト)。だから、守らなければならない、大事で大事でならない、彼らの大切なヒト(創造主)を。

 

  雨に構わず、外へ出た彼女に走り寄って行き、アカネの肩に手を置く。ビクッと体が跳ね、ゆっくりと2Bの方に振り返る彼女の顔には、僅かな困惑が見られた。ああ、よかった、少しだけいつもの彼女に戻ってる。2Bはそっと、自分の胸を撫で下ろす。

 

「風邪を引くから、戻ろう?」

  2Bの言葉に、彼女の唇は薄く開かれる、思考に陥って数秒、喉から這い上がりかけた言葉を飲み込むように、口を固く閉ざす。ぐるりと、隣に立つ2Bから視線を逸らし、またじっと、空を見上げる。珍しく自分の意見を主張する…ような反応をした彼女を見て、驚きを隠せない2Bだった。普段ならば、ニコリと、柔らかい微笑みを浮かべながら頷き、ゆったりとした歩幅で自分のあとについてくるのに、今日は全く逆の反応が返された。

 

  いわば、少しだけショックを受けてる。

 

  ぎこちない動きで、未だテントの下で雨宿りしてる9Sに救援の視線を向ける。ハッと意識が戻ったように、2Bの視線に気づいた直後、小走りで二人のところへ駆け寄った。微かに荒い息遣いを整い、頭を傾げて困ったような口調で言葉を紡ぐ。

「どうしたの、アカネさん?ひとまず、雨宿りしませんか?このままだと、病気になっちゃいますよ…」

  彼女を憂う気持ちを伝えても、今度は反応などまったくなく、依然と空を眺めている。表情はなく、感情もなく、無に等しい顔。二人は、違和感を感じたのだ。雫が滴る彼女の横顔は、どこか、遠い所を見ていた。雨に濡れた彼女の横顔は、寂しそうに見えた。洗われていく彼女の横顔は、悲しく見えた。

 

  ねえ、アカネ。あなたは、一体、なにを思ってるの?どうして、そんな風に空を眺めるの?どうして、そんな悲しい顔をするの?どうして、なにも話さないの?

 

  じっと見つめられた彼女は、目蓋を閉じ、薄い笑みを浮かべる。嬉しいからではない、楽しいからではない、むしろ、悲しいゆえに、現れた笑みのようだ。見とれてしまった二人の疑問に答え、彼女は、今度こそ口を開いた。

 

「雨は、好きなの。体も、心もきれいになっていく…だって」

  悲しみも、全部攫ってくれるから。

 

  彼女らしくない発言は、二人のブラックボックス()を動かした。地球で唯一の生き残り、地上で唯一の生き残り。それを意味するのは……

  永遠の孤独(一人ぼっちの人間)

「…ごめんね、変な話して。あっ、濡れちゃった、はやく戻ろう?」

「え?ああ、はい!」

「滑らないように気をつけて。それと、さきに風呂を用意する、私が服を乾かしてあげる」

「ありがとう、2B」

「じゃあ僕が髪を乾かしてあげますね!こういうの得意ですよ!」

「うん、9Sに任せるね」

  何気ない会話を交わしてるが、本当は、彼ら(2Bと9S)は考えてるのだ。

  私たちは(人間)にはなれないけど、せめて、あなたのそばに居続ける(人形)でいよう。あなたが寂しさに、悲しみに押し潰されないように。

 




少しだけ寂しがっても、おかしくないはず。
だって、他の(人間)なんて、もうここ(この世界)にいないから。



余談ですが、この話を書いてる時、聞いてるBGMは秦基博さんのRainです。
映画よかったです、曲も良かったです、雨好きです(小並感)

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