人形、ヒト、機械   作:屍原

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カレらはそれぞれのタカラモノを大事にしていました。
人形にとってのタカラモノは『ヒト』でした。
ヒトにとってのタカラモノは『存続』でした。
機械にとってのタカラモノは『様々』でした。
ですが、カノジョにとってのタカラモノはなんなのか、誰も分かりませんでした。



どこからともなく現れた絵本の映像は、静かにデータの海に漂っていく。


人形と特別個体の変化

- 複製された記憶の断片

 

 視界に映ったのは、白に近い灰色で統一された景色だった。単調とした色で塗りつぶされ、廃墟都市で目にした倒壊した建物の数々と違い、人類の繁栄が存在していた頃の面影を再現したかのような建築物が広がっていた。地下空間であるにも関わらず、灰色に塗られた空があり、違う空間へ飛ばされたかのような錯覚を覚える。まるで、見知らぬ都市へと迷い込んだように。

 

 しかしここにあるすべては人類の手によって生み出された産物ではなく、おそらく機械生命体であるアダムの手によって作られたもの。本来あるはずの色はなく、不鮮明に再現されたのか、不自然に欠陥した建物もあり、不明のブロックが周囲にあるのがなによりの証明となっている。

 

「ここは……一体?」

「検知:ケイ素と炭素が含まれる結晶状の物質」

 

 異様な光景を呆然と視界に映り込み、ぼそりと呟いた2Bの言葉に反応したポッド042が検知結果を伝える。だが詳しい情報はなく、データベースを参照しても結果が出てこないのだという。9Sのほうを一瞥するも、彼でさえ理解できていないと言わんばかりに苦い顔を浮かべた。人類を模倣したいがためだけに創造されたこの場所は、あまりにも理解に苦しむ。

 

 人類に強い興味を持つ機械生命体、特別個体『アダム』。旧約聖書『創世記』に記された最初の人間、その名を借りた(模倣した)彼は、どんな手段も厭わず、人間を知ろうとした。意図はなんなのか、理由はなんなのか、知ってどうするのか。人間に造られた我々(アンドロイド)と違い、人間に似せるために造られた我々を模倣するやつら(特別個体)の最終的な目的はなんなのか。なに一つ分からず、なに一つ掴めない。

 

 ありもしない執着心さえ模倣し、突き動かされたアダムがアカネを攫い、こんな奥深い地下空間まで連れてきた。だがなぜ、やつはアカネの側にいたポッド255を破壊せずに、ただ目当ての彼女を連れ去ったのか?位置がバレたら、困るのはやつのはず。人類(アカネ)のことを解剖し、人類の神秘とやらを解明し、好きに調べられる絶好のチャンスを、アダムは見逃すはずがない。なのに、どうして私たちを招き入れるような真似を……?

 

 到底理解できないアダムの行動と、読めないやつの真意に頭を悩ませる2Bは足を止めることなく、進みながらも辺りを調べる9Sと共に奥へと進んでいく。

 

「見たところ、ここにはほかの機械生命体もないようですが…」

「それでも、油断してはダメ」

「はい。相手はあのアダムですから、どんな手を使ってもおかしくないはず」

 

 響く二つの足音、建物の間から聞こえてくる風の音。無限に続いていくのかと錯覚を覚える道を歩くアンドロイド達の視界に飛び込んだのは、またもや白に統一された人工物。レジスタンスキャンプにあったのと同じ構造をした簡易ベッド、用途不明の機械と、いくつか散らばっている透明の筒。壊れた様子はないものの、どれも地面に倒されており、まるで誰かが意図的に道路に捨てたように感じる。

 

 調べるべく、前へと()く9Sはポッド153にスキャンを命令し、転がっている透明の筒を一つ手に取る。分析結果によると、小さな筒はプラスチック製の保存容器、大きさによっては様々な液体、素材、または食料さえも詰め込む優れた道具らしい。なぜこんな場所に、かつての人間が頻繁に使用したであろう物があるのか。考える(演算する)までもなく、アダムの仕業なのが明白だ。

 

 問題は、なぜ自分たちの進む道に置いたのか。情報を与えようとしたのは分かるが、なにを知らせるつもりか、僕たちになにを調べろというのか。敵の考えを読めずにいる9Sは手にした透明の筒を、角度を変えながら眺めるも、張られたラベルもなにもないソレから情報を読み取ることはなかった。

 

 ふと、視界の隅にあった建物の窓が、ひとりでに開いた。物音に気付いた2Bはすぐさま警戒態勢を取り、体の向きを変え、音を立てながら開いた窓を睨みつける。未だしゃがんでる9Sも同様に警戒し、ゆっくりと立ち上がり、慎重に窓のところまで移動。なにか動きがあれば、もしくは9Sを襲うかもしれないなにかが現れた時に備え、静かにポッド042へ射撃の準備をさせる2B。

 

 物音を立てず、無音の移動を心がける9Sはそっと、開かれた窓の中をのぞく。街の色よりも純粋な白で塗りつぶされ、なにもない室内がとても殺風景に見えた。予測でしかないが、おそらくこの部屋の外に無造作に捨てられたベッドや機械は、元々中にあったものだろう。なぜ投げ出されてしまったのかは疑問に思えるが、原因を知ることはないだろう。

 

 部屋をあらかた確認した9Sの視線は、部屋の中央に置かれた鳥籠に留まった。中には囚われた鳥もなければ、カギとなるアイテムもない。どういった目的でここにあるかも分からず、しかし意味を感じさせる配置に9Sは思わず沈黙に陥るも、無意識に疑問を口にした。

 

「どういう意味だ…?」

「不明。予測:敵の罠。もしくはアカネに関する情報。推奨:奥への探索」

「……あぁ。そうしよう」

 

 これは、僕たちですら知らない、アカネさんの記憶の一部。それを再現したほんの一部だ。あの殺風景な部屋といい、外に放り出された機械や透明な筒も、味気のないものばかり。

 

 記憶がなく、外の世界を新しい発見とする発言、(敵味方)に対しても警戒心が皆無のように接する……かつての人類になにがあったのかは、知らない。けど、あまりにも無垢なアカネさんはきっと、普通の生活を送ってはいなかっただろう。病院生活、あるいは研究施設で保護されていた、異常な暮らし。

 

 考え得る可能性は、この二つ。どちらかが正解かは知らない。答えを得るには、前に進むほかない。後方で待機している2Bに視線を向けると、同意するかのように頷いてくれた。

 

「では、行きましょう」

 

 きっとこのさきに、アダムが待ち構えている。アカネさんも、きっとそこにいるのだろう。彼女が傷を負わず、無傷でいてくれることを願うが……卑劣なアダムが、アカネさんを傷つかずにいることは考えにくい。もしも目の前で彼女を傷つけたら、その時は──

 

 迷わず破壊してやる。

 

 

 

- すぎさっていくとき

 

狭くて、暗くて、冷たい空間。

ここはどこなのか。

なぜここにいるのか。

いつからここにいるのか。

理由を知ることはありませんでした。

 

 

 

- 見つけた宝物

 

 時折見かける機械や透明な筒、白衣であろう衣類を視界に入れながらも続いていく道を慎重に進み、ついに二人は最奥へと辿り着いた。建物に囲まれた広場のような空間、正面の時計塔に似た建物の二階にはテラスのような場所があり、設置されたテーブルの前にいるのは──紛れもなく、2Bたちが探していたアカネ本人の姿があった。

 

「アカネさんっ!」

 

 反応を見せることなく、気絶してるのか、ぐったりと動くことのない彼女を発見した9Sは前へと駆けるが、転がってきたブロックに道を阻まれ、急停止するほかなかった。

 

「9S!!!」

「なっ…!?」

 

 突然2Bに引っ張られた9Sは状況を掴めずに後退させられ、一体なにが?と疑問に思った瞬間、ブロックが意思を持ったかのように分裂し、9Sがつい先ほどまでに立っていた場所を攻撃した。一秒でも判断が遅く、回避していなければ、間違いなく深手を負っていただろう。ポッド153から「警告:ヨルハ機体9S、バイタル低下」という音声が流れてるが、ようやく自身に迫る危機を把握した9Sは堪らず渇いた笑いを漏らし、体温が低下してる錯覚さえあった。

 

 危機的状況に置かれてるにも関わらず、9Sの脳内をよぎったのは、人類が残した『冷や汗をかいた』という言葉。いくら人間に似てるとは言え、機械でできたアンドロイドにはそんな機能など存在せず、あくまでも疑似的な感覚。だがたしかに、そういった感覚を味わった。

 

 攻撃に失敗したブロックは転がりながら散っていき、いつの間にか姿を現したアダムの元へと戻っていく。アダムを視界に入れた2Bたちは直ちに体勢を立て直し、手に馴染んだ白き刀(白の契約)黒き刀(黒の誓約)を握り締め、敵の動きを捉えながら近づいていく。警戒しながら接近してきた二人を目の当たりに、ゆるりと右足を下げて膝を曲げ、右手で左肩に触れ、屈む動作をしながらも2Bたちを視界に捉えた。

 

 貴族もどきのお辞儀を実行して見せたアダムを前に、アンドロイド達の反応はない。今すぐにでも切り捨ててやりたい、全身から発している気配に察知したアダムは、なおも愉快でならない、不敵な笑みを見せている。

 

「ようこそ……わが街へ」

 

 人類に興味があるんだ。そう語り始めたのは、機械生命体である彼らがどれほど人類に興味を持ち、どこまで人類を理解し、記録を読み解いてるだけで、その複雑さに魅了される。今2Bたちとアダムが存在しているこの場所()も、人類への渇望が生み出した場所の一つと述べた。それだけではない。この街にはたった一人の人類、大地に残された人間(彼女)の一部の記憶をも再現した場所でもあると。

 

 無垢で、哀れで、狭い世界しか知らぬ可哀そうな人類、アカネ。忘却の彼方になり、しかし健気にも残酷な真実を思い出そうとする姿……記録にあった、欲にまみれた人類とは正反対で、あまりにも純潔だ。だが、彼女にも生きる渇望があった。過去を忘れようと、今がどれだけ過酷だろうと、未来がどれほど絶望に満ちようと、我々(機械)にはない『生』への渇望を持っている。

 

「実に、実に美しく、儚い……まさに崇高そのものだろう?」

 

 だが、私は気づいた。人類の本質は闘争……戦い、奪い、殺し合う。それが人間だ!たとえアカネ本人がどれだけそれを拒み、否定しようが、『生』への渇望、執着がある限り、根深く刻まれた本質を変えることなどできない!人間とは、そういう醜い生き物だ!!!

 

「その口で、人類を……アカネを語るなッ!」

「貴様に、アカネさんを語る資格なんかないッ!」

 

 未だ演説を続けようとするアダムに斬撃を行うも、突如と出現したバリアに弾かれ、二人はやむを得ず後方へと飛び退くしかなかった。話を阻まれたアダムだったが、攻撃を受けたことでさらに上機嫌になり、宙に浮くブロックで反撃し始めた。

 

「崇拝する人類を、敬愛する彼女を悪く言われて気を悪くしたか?」

 

 一撃、また一撃と、止めどない攻撃を仕掛けてくるアダムは未だ口を閉じる気配はなく、集中攻撃を受け、防御に専念している9Sは顔を歪ませ、歯を食いしばりながら睨みつける。

 

 黙れ、これ以上アカネさんを語るなッ!

 

 隠すことなくむき出しになった殺気をぶつけられ、タカラモノ(憎悪)を見せつけられ、狂喜にも似た感情を覚えたアダムは狂ったような笑いを上げた。同時に9Sの防御の体勢を崩し、一撃を入れようと拳を上げる──が、2Bの動きを勘づき、瞬時に9Sを突き放し、その反動を利用して2Bの刃を避けた。

 

 咄嗟に受け身を取った9Sは片手で地面を押して宙を舞い、アダムから距離を取りずつ、着地したと同時に片膝をつく体勢になった。だがさきほどの衝撃で、しばらくは立ち上がれそうにない。9Sの状態を悟った2Bは即時に彼を庇い、アダムとの隔たりを()した。

 

 アダムの言葉に釣られ、怒りで目がくらんでしまったが、戦闘に特化した自分とは違い、9Sはハッキングを得意とするタイプの機体。無暗に前へ出ては、(破壊)されに行くようなもの。彼女を救いたい気持ちは分かるが、被害を最小限に控える方法を取るなら、積極的な攻撃ではなく、後方支援に回った方がよさそうだ。

 

「9S、後方支援を頼む」

「でも…!」

「無理に接近戦に持ち込まなくていい、危険を感じたら援護射撃をしてくれて構わない」

「……分かりました」

 

 視線をアダムに定めたまま、9Sが立ち上がるまでアダムと対峙を続けていた2Bは刀を構え直し、攻撃のタイミングを見計らう。再びアダムの元へ集うブロックの動きを警戒し、後方で動き出した9Sの信号を捉え、注意を引くため、先制攻撃を仕掛けた。

 

 地面を蹴り、アダムに向けて一直線に走り出した2Bを援護するため、後方で控えている9Sはポッド153に援護射撃の命令を下す。眼前に迫る2B、左右の退路を塞ぐ9Sの援護射撃。上へ飛んでも叩き落され、迎撃してもただでは済まない。

 

 ヨルハ機体の二人による攻撃は確実にアダムを追い込み、反撃の余地すら与えない。が、簡単に阻止されるアダムではない。アダムの目前まで到達した2Bが刀を振り下ろしたのと同時に、光の繭がアダムを包み込み、刃の衝撃で地面から細かな破片が飛び散る。

 

 予測できない行動に呆気を取られた2Bだが、マンモス団地でも同じ状況に遭遇していた彼女と9Sは瞬時にアダムの狙いに気づき、回避行動に移る。走り出した2Bと9Sを追うかのように光の柱が出現し、抉られた地面から破片が飛び出すも、凹みを作ることはなかった。数秒も経たずに追跡攻撃は停止し、急停止した2Bは再出現したアダムの位置を確認すると、もう一度攻撃を仕掛けた。

 

「──無限に続くデータに、生の実感はない。死の概念を理解するには、命を懸けて戦う必要がある」

 

 激しい攻防が繰り返される中、途中から再開されたアダムの語りを耳にした2Bと9Sは不意に立ち止まり、アダムの周囲に浮かぶブロックが同時に地に落ちる様を目撃する。やつは、機械生命体とのネットワークを切り離したのだと、理解した。今のやつには無限に続くデータ()はなく、致命的な一撃さえ与えれば、容易に破壊できる(殺せる)

 

 だが、なぜだ。なぜそうまでして死の概念を理解しようとする。あれほどアカネに執着しておいて、なぜ今になって死を求める。

 

「さあ、殺し合おう!」

 

 

 

 なぜ……()もないのに、人類を模倣する。

 

 

 

 

- 辿り着いたモノ

 

 命とはなにか、機械と自動人形の分別(ふんべつ)は一体何なのか。アカネのために戦う自身は、どういう存在なのか。生死を分かつ戦いの最中でも、数えきれないほどの疑問が頭を埋め尽くした。

 

 頭にある疑問の数々を振り払おうと、無心に猛攻を続け、ついにはアダムの余裕を崩し、怯んで隙を見せた。その一瞬を、2Bは見逃さなかった。

 

「はぁあああああ!!!」

 

 これで、すべてが終わる。特別個体、アダムを完全に排除できる。アカネを攫った張本人、地球を廃墟へと化した(エイリアン)の産物を消せる。殺意が籠った感情を胸に、(契約)を握り締め、突きの構えを取る2Bは一直線にアダムへと突っ込み──

 

 

 

「…!」

 

 

 

 生々しい感触が、伝わってくる。ジワリと、濡れた液体が刃先を赤く染めていく。

 

「…っ、……だ…。お…ねが…ぃ………」

 

 赤が、広がっていく。鉄の匂いが、漂い始める。か細い声が、耳に届く。正面を向けているのは、痛みで苦しむ表情を見せる彼女。

 

 小さな体を貫いたのは、人間を守るはずだった、人形の刃。2Bは、仕えるべき人類を、守るべきヒト(アカネ)を、傷つけてしまった。眼前の光景を信じられずにいた2Bと、後方にいる9Sは体内に鳴り響く警告音すら聞こえず、呆然としている。

 

 本来その身で刃を受けるはずだった(アダム)は突き飛ばされ、尻もちをついて、己の代わりに致命傷を負った模倣対象(カノジョ)を見ていた。

 

 己の体内に流れる液体(血に似たなにか)とは違い、その液体(生命の流れ)こそが自分が求めていたモノ、死の概念の一部、人類が生に執着する要因の一つ。あぁ、そうだ。これが、これこそが私の求めていたモノ()。間近で観測できるとは、なんと運のいいことか。実体験を阻止され、挙句は唯一のサンプルを失うのは好ましくないが、君には感謝してもしきれないようだ。

 

 だが、なぜだ。なぜヨロコビよりも、締め付けられるような、おかしな感覚が私を襲うのだ。なんだ、なんなんだこれは。一体何なのだ!

 

 人間の本質は闘争、醜いカタマリ。欲望にまみれた人類に、純白な部分など存在しない。命を投げ捨ててまで、己以外の存在を……違うなにか()を救うなど、ありえるはずがない。ましてや、望んで死のうとした私を、君を攫った、人類の天敵を。

 

 体の向きを変えず、辛うじて後ろへと振り返ったアカネは口の端から流れる血も、真っ青になった顔も気にせず、アダムに目を向ける。彼女の命が、魂が、消えていく。流れていく血が、彼女に残された時間を削っていく。それを一番理解してるのは彼女自身だというのに、恐れもせず、ひたすら己を攫ったアダムを庇った。

 

 安堵を覚えた眼差しをアダムに向け、一度瞬いてから、再び2Bたちに視線を戻す。瞳の中に秘められたのは、懇願の意。祈るような気持ちを込めたもの。

 

「彼、をっ………アダム…を、ころさな………で…?」

 

 貫かれた体は力を失くし、ずるりと抜けていく刃から解放されたアカネは倒れていく。地面に衝突させてはならない。無意識に考えたアダムは両手を広げ、咄嗟に彼女を受け止める。隙を見せてはいけない、ましてや警戒しなければならない相手に、腕の中にいる彼女は、ぐったりと弱り切った体を完全に己に委ねてる。

 

 このままなにもせず放っておけば、間違いなく死ぬ。直接触れてるアダムには、その事実をよく理解していた。一刻も早く血を止め、適切な治療を施さなければ、彼女は死ぬ。己の腕の中で、苦しみながら死んでいく。本来ならば、喜ぶべき貴重な観察となるが……『死』の概念を別の方法(ルート)で知ってしまったアダムにとって、アカネの死は必要なくなった。

 

 彼女が絶望に満ち、未知で溢れたこの世界でどのように生きるか、観察したい。今のアダムに必要なのは、もはや死の概念ではなく、彼女の生き様と、彼女の命の軌跡。

 

 一刻も争う事態の中、唯一動き出してるのは他の誰でもなく、敵だったアダムと、アカネをサポートするポッド255だった。

 

「チッ…応急手当だ、道具を出せ」

「了解」

 

 人類の様々な記録を読み解いたと言えど、実際に人間の治療に当たるのは初めてのはず。なのにその手つきは初めてとは思えないほど熟練されたもので、最先端の技術を有するヨルハ機体である二人でも到底真似できないものだった。

 

 状況を把握しきったのか、ようやく反応を見せた2Bはアカネを引っ張り出そうと、手を伸ばす。が、気づいたアダムが睨みつけたことにより、ぎこちなく止まってしまう。予想だにしなかったアダムの反応にぎょっとしたが、敵である彼がアカネの身柄を拘束してる以上、救出するべきだ。だが彼女が重傷を負ってる隙に、とどめを刺すことも考えられるゆえ、衝動に任せて動くのも禁物だ。

 

「なんのつもりだ」

「見ての通り、アカネの命を繋ぎ止めてるが?」

「……なんで、助けるような、真似を」

「人類を理解……いや。ヒト(アカネ)を理解するためだ」

 

 所詮人間の本質は、彼女の本質とは限らない。生に執着し、死を恐れず、絶望に怯えずつも真実へと向かう彼女の意志。実に興味深く、果実のごとく甘美な存在。こんなところで死なせては、惜しいものでな。

 

 隠しもせず、己の欲望をさらけ出すも、ぐったりとしているアカネの体を優しく抱き上げる動作を、2Bたちの目にはとても矛盾に見えた。人間を傷つけようとした手が、人間を守っている。アダムの中でどのような変化があったか、二人には分からないし、分かりたくもない。こいつの手からアカネを解放するべきだが、今は、彼女を救うことのが先決だ。

 

 この状況から察するに、やつは間違いなくレジスタンスキャンプに向かうつもりだろう。こちら側の一方的な決断だが、さきにアネモネにメッセージを送った方がよさそうだ。メッセージを出すようにポッド153に命令する9Sを確認し、今一度、守るべきアカネを傷つかないのかとアダムに再度確認を取る2B。

 

「君達が襲わない限り、停戦協定を結ぶとしよう」

「停戦、協定…?」

「そのほうが、我々にも、君達アンドロイド側にとっても悪くない話だろう?」

 

 悔しいけれど、こいつの言う通りだ。9Sもアダムの動きを警戒してるが、死と隣り合わせでいるアカネを救うために、一時的な停戦に同意してる姿勢を見せている。ならば、残された選択肢は一つしかない。すべては、アカネを救うため。忠誠を誓った、ヒトのため。

 

「……分かった」

 

 ニヤリと不敵な笑みを見せ、アダムから返されたのは、「交渉成立だ」という、かつてエイリアンシップで聞いたのとまったく反対の返答だった。

 

 

 

 

 

- おまけ

 

『アネモネさん、僕たちは特別個体『アダム』、及びアダムが率いる機械生命体と一時的に停戦協定を結びました。申し訳ありませんが、急ぎキャンプ内の仲間にこの事を伝えてください!』

「な──どういうことだ?というかまさか、このキャンプに向かうつもりか!?」

『事は一刻を争うんです!アカネさんが重傷で、失血死するかもしれない事態で…!』

「…っ!分かった。詳しい事情はのちほどじっくり聞かせてもらうぞ」

『ありがとうございます!』

「ひとまず待機しているデボルとポポルに準備させよう、彼女たちなら人間のことにも詳しいはずだ。同志達には私が説得して、君達は帰ったらまっすぐ治癒区域に向かってくれ」

『分かりました。って、待って待って2B!落ち着いて、アダムに切りかかっちゃ──ザザッ』

 

 ポット153による独断で通信を切断され、最後に聞こえた9Sの焦った声は、間違いなく2Bがアダムと揉め事を起こしてる事を指してるのだろう。なぜ二人がアダム達と一時的な停戦協定を結んだのか、なぜアダムがこちらに向かってるのか、なぜ……

 

 あぁ!考えれば考えるほど訳が分からなくなってくる!ヨルハ機体は謎が多く、昔の二号と同じくヨルハ機体とは思えないほど神秘的な集団になったが、やはりなにを考えてるのかわからん!

 

「はぁ……心労が増えるとは、このことだろうか」

 

 片手で額を覆い、やれやれと頭を横に振りながら、ため息を吐く姿は苦労人のソレだった。間違って停戦協定を結んだ相手を攻撃したりしないためにも、仲間達にこのことを伝えるとしよう。あの双子にも、色々と準備してもらう必要がある。

 

「みんな、聞いてくれ!今から──」




まさかの事態に焦る二人、思わぬ変化に戸惑うのは避けられない。
この変化は、のちのルートにどのような影響を与えるのか……
エンディングに、救いはあるのかなぁ。

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