人形、ヒト、機械   作:屍原

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ずっと見ないふりをして、
ずっと背け続けてきたけど……
もし、思い出す時がきたのなら──
いや…

きっと、私がこの場所で目覚めた時から、
思い出さなければいけなかったかもしれない。



アダム(機械)との対話で、アカネ(ヒト)は忘れ去った記憶(欠片)を集めた。


人類と特別個体の問答

- 「一つ、昔話をしよう。」

 

 昔々、はるか昔の時代に、人類という生き物が存在していた。彼らは(いにしえ)の時代から幾度もの進化を遂げ、数多(あまた)の歴史を刻みながら、ヒト種というものを作り上げた。

 

 その中で、現在のヒト属を作り上げるまでに二つのヒト属が存在したとされている。旧人類と称された「ネアンデルタール人」と、現生人類と呼ばれる「ホモ・サピエンス」だ。前者は勿論『人類』の進化過程として最低限の知恵や力を持っており、集団行動によって生存の確率を上げていた。しかし新たに生まれた現生人類は前者よりも優れた思考、行動力、外界に対する免疫力のおかげで、ホモ・サピエンスは彼らに劣らない──いや、ネアンデルタール人よりも高い生存能力を持ち、過酷な環境の中でも生き延びて見せ、現生人類という称号に相応しい生き様を披露した。

 

 結果、ネアンデルタール人は過酷な環境、もしくはホモ・サピエンスとの競争に敗れ、破滅の運命を迎えた。そうして、ホモ・サピエンスは現在唯一存在するヒト種──唯一無二の人類としてこの(地上)で生き延びた。彼らには頭脳がある、知識を求める欲がある、生きるための能力がある。生存を求め、欲求を満たし、そのための知識を手に入れる行動力と勇気がある。ゆえに、人類は人知をも越えた代物を作り出し、より豊かな生活を得たのだろう。

 

 豊かで、平和で、憂う必要のない日々に満足し、このまま繁栄が続くのだと、ソウメイな人類は思った。だが、彼らは想像もしなかったのだろう。その見栄えのいい繁栄が、思わぬ形で絶たれるなど────

 

 

 

- ワタシの存在意義

 

「それって確か、大昔にあった、人類の進化の過程…だったよね?」

「あぁ、機械生命体(我々)も、君と同じような進化を短時間で遂げてるらしいんでね」

 

 とても興味深い内容だ。言葉と共に、僅かに唇を歪めたアダムの表情は、一見優雅に微笑んでるように見える。しかしその実態は、貴重でならない、たった一つ残された人類(個体)を手中に収めた事を喜び、残酷な笑みであると。機械生命体の特別個体、コードネーム『アダム』は驚異的な進化を遂げただけでなく、好奇心旺盛で勉強熱心という特殊な個性が宿されており、聡明であると同時に、ある意味においては非常に無垢(残酷)であり、人類に只ならぬ興味と執着心を持っている。

 

 彼は欲していた、人類を理解するための知識を。彼は待ち望んでいた、人類のサンプルを獲得することを。彼は手段を厭わなかった、望みの人類(アカネ)を得るために。ゆえにアダムはここに存在する。学習し、ネットワークを通して人類の情報を入手し、彼女を攫った。己よりも遥かに弱く、儚く、同時に謎に満ちた人類を、彼はようやく手に入れた。

 

「同じであり、同じにはあらずと思うけどね。私たち(人類)は、誕生してすぐ生きるための術を獲得できないし、攻撃されて短時間で対抗の手段なんて身につけられない。脆い私たち(人類)では、頑丈なキミたち(特別個体)に到底及ばないよ」

「体の構造では我々に敵わないかもしれんが、君たち……いや、君にはどんな生物よりも優れた脳、知恵があるだろう?」

「あいにく、私は研究員の類でもなければ、科学者に匹敵する頭脳もない、平凡でならないつまらない人間。誰かを支え、慰める事しか役に立たないさ」

「はは…謙遜も、君の特性のようだ。それだけでどんなモノをも超えたとも──どんな存在をも容易く魅了する、君なら」

 

 親しい友人同士が、他愛もない雑談を続けてるようにも聞こえる声色だが、内容が『ヒト』と『ヒトでない者』に関する話だけでなく、研究目的で入り組むように繰り広げられているその光景は、学者や研究者が頻繁に行う議論のようだった。異様な光景と言えばそうだが……この場で最も『普通』ではないと告げてるのは、不明な素材で出来上がった真っ白い街と、彼女の手を拘束してる白い手錠だろう。

 

 自らの意思でアダムについてきたとはいえ、万が一下手な抵抗でもされたら、手に負えないのだろう。力加減を間違えてしまえば、きっと彼女は呆気なく死ぬ。指一本でも容易く傷つけられる彼女の身は、あまりにも脆い。これも一種の安全装置といえよう。

 

 中途半端に複製された、かつて人類が賑わせたであろう白い街を、広場のとある建物の二階で眺めるアカネ。拘束され、命の危険があるにも関わらず、随分と呑気なものだ。だが、それでこそ私が見込んだサンプル、唯一無二の人類。記憶にない(初めて見た)街並みをただただ食い入るように眺める彼女を、愉快でならない心情で見つめる。

 

 己と同じく好奇心旺盛で、イヴのように行動に長けており、子供のような純粋さだけでなく、時に大人びた一面を晒す。いつも明るく振る舞う反面、頼れるものがないと悲しげで寂しそうな表情を浮かべる…そのギャップは、彼女の特性であり、他者を無条件に惹きつける要因の一つでもある。実に、興味深いものだ。

 

 彼女が、私ですら知る由もない記録(記憶)を思い出したら──今よりも、面白い反応を見せてくれるだろう。

 

「さて、アカネ。そろそろ本題に入らせてもらおう」

「……どうぞ」

 

 アダムの真意を察してるか否か、不自然な間を置いてから、彼と面を向かってるアカネは少し肩の力を抜いてから、続きを、と伝えるような言葉を告げた。会話の長さを予測したのか、伝え終わった彼女は、白い素材でできた椅子の背に背中を預け、できるだけリラックスできる体勢に変えた。それを目に焼き付けたアダムはさらに深い笑みになり、さらに両手を組み、膝の上に置いて、やや前に屈む。

 

 人類がビジネスの話をする時の場面とよく似ている…ネットワークを通じて探し当てた一つの記録を思い出しながら、アダムは彼女と『重要な話』をするべく、再び口を開く。

 

霧雨(キリサメ)(アカネ)、君は己に関する記憶を一切失くしてると言ったな?名前、年齢、出身以外、思い出せた事は何一つないと……そう言ったな?」

 

 確認するように、要約された説明にアカネは頷いた。アダムの言う通り、自分が覚えている限りの情報は、自身に関する事のみ。少々伏せられたアカネの目は、アダムの顔ではなく、彼を視界に入れてるが、物思いにふけてるようにも見える。

 

 そう、憶えているのは、たしかにそれだけ。しかし確認して、疑問に思ってる情報は、話していない。以前、2Bと9Sが任務遂行のために彼女をキャンプに残した事がある。その際に、自分の所持物から奇妙なものが記されていた。

 

 遺伝子存続計画──それは一体なんのために存在し、なぜその計画に関係してるであろうカードに自分の情報が載っており、なぜ番号001と書かれていたのか。それは私を示してる……なんて明白だけど、なぜ、私なのか?そもそも、人類は無事月へと逃げたはずが、なぜ『遺伝子存続計画』が必要だったのか?人類が存在してる限り、このような、絶望にまで追い詰められたような計画を立てたのか。

 

 もし、もしも……この計画が、なんらかの失敗のために、予め用意されたバックアップだとすれば。人間は、人類は、ヒトは──本当に、月面に、逃げ延びたの…?

 

 思考する彼女の耳に、喉を鳴らして小さく笑いを上げるアダムの声が届く。いつの間にか俯いていた頭を上げ、彼女が目撃したのは、喜びを隠しきれないアダムの顔だった。彼女の反応を確認したアダムは、唇を動かす。

 

「考えているな?人類が消えたこの大地に残された理由、自身の存在意義を」

「キミは、なにを知ってるの?」

「アカネに関する、ほんの一部の事情…君がここ(地球)にいる理由だ」

「ここにいる、理由……?」

「どうやら、困っているようだな。ならば一つ、ヒントをやろう」

 

 

 

「アカネ、君を発見したのは私だ。そして、発見した際の君はコールドスリープされてる状態だった」

 

 さぁ、思い出してみるといい。静かに響いたアダムの声は、強制的に『なにか』を蘇らせた。

 

 

 

- 記憶の断片──『籠の鳥』

 

 白くて、装飾もなく、不気味なほどに清潔な空間だった。ふかふかのベッドも、枕も、シーツも、冷たい床も、机も椅子も、白一色。無機質で、人工的で、人間が暮らすようなところには、とても見えなかった。

 

 薬品の匂いに満ちていた、記憶がある……消毒液だけでなく、なにか別の薬品も混ざってる、不思議な匂いに満ちた白い空間。ガラス張りの窓に、誰かが立っている。顔は、よく覚えていないけど、身につけている白い衣装は、印象深い気がする。顔全体を覆ったマスクは、まるで空気が酷く汚染された災害地に赴く装備に見える。

 

 だけど私は、不思議に思わなかった。当たり前とさえ、思えてしまう。だって、あれが普通だったから。私の部屋に入り、私と接触する人たちは、皆あの格好をする。なに一つおかしな所などない。これが、私にとっての、普通。

 

 白い防護服を着た人たちに話しかけても、彼らはなに一つ返事をくれない。基本の挨拶も、体調を気遣うような言葉も、雑談ですら無視を徹する人々を、私は密かに『沈黙せし者』と呼んでいた、気がする。沈黙を保ち続ける、という訳でもなく、彼らは私の健康状況を、部屋の外にいる誰かに報告するように一人で話すのが基本だった。

 

 『沈黙せし者』……我ながらおかしな命名、と自分でも思っている。けれど、それ以上似合う名前なんて、私には思いつかない。

 

 だって私は、外界と接触する事なんて、できない身なのだから。

 

 

 

 映像はそこで途切れてしまい、また別の場面が、ノイズと共に浮かび上がった。

 

 あの白く無機質な部屋の外へ出してもらえた私は、防護服ではなく、白衣を羽織った人たちと一緒に、機械だらけの空間にいた。どれもが見慣れない機械で、最新鋭の装置が配備された部屋……かもしれない。医者のような、研究員なのか分からない白衣の男は私の血を採取し、薬物を投与しながら、『塩』と『赤い目』がどうだの言っていた。でも、なにを指して言ってるのか、さっぱり分からない。

 

「痛くはないかい?そうだ、飴をやろう!少し気を紛らわせるよ!」

「…ありがとう」

 

 こちらの容態に気をかける一人の白衣の男は、ポケットからカラフルな包みを取り出し、私に差し出す。僅かではあるが、甘い匂いが漂ってきて、断る理由もない私は礼を口にしながら、その飴をありがたく受け取った。

 

 よく考えたら、あれは飴じゃなかった、かもしれない。だって、毎回あの飴を食べると、意識が遠のいてしまい、目が覚めたらいつの間にか自室で目覚めるのだから。あれは、睡眠薬かなにかが混ざってる代物かもしれない。

 

 でも、どうして私にそんなものを渡したのか、見当はついてる。

 

 私は、この真っ白で狭い世界でしか生きる事を許されてない者で、彼らに飼われてる籠の鳥。彼らは私を利用して、なんらかの研究をしてるのは、物事を覚える前に気づいていた。この施設で生まれ、育ち、今の今まで様々な人たちと接触していくうちに、自分が飼われた被検体なのだと理解した。彼らが口にしていた『塩』や『赤い目』の問題は、おそらく私の血か細胞で解決できるかもしれない。もしかしたら、その敵(『塩』と『赤い目』)と対抗、ひいては消滅させる要素を持ってるかもしれない。

 

 けどまあ、普通の知識がない私の、役に立たない推測なだけだ。なに一つ私に話さず、一方的にニセモノの善意を押し付けてくる者たちが、本当の事を話してくれるなんて期待してない。日課のように私の血液を採取し、ある時期からDNAやら遺伝子やらに拘り(こだわり)始めてるようだけど……世界が抱える問題なんて知らせてもくれない、私の血を使う目的も明かさない、軟禁に近い状態の生活を過ごしてる私に、できる事なんて自分なりに周囲を分析するくらい。

 

 あぁ、でも、一度でもいいから、見てみたいかも。外の世界。この白い空間じゃなくて、美しい外の世界を、見てみたいな。

 

 

 

 

 

 同じような日々が繰り返される中、ある日、白衣の男たちは私をとある装置の中に放り込み、寒さで眠りに落ちる寸前に、一言だけ聞き取れた。

 

「抗体──無理────同じ──被検体─を──!」

 

 そうして、私は長い、永い眠りについた。赤い目をした、特別個体(アダム)に起こされるまでは。




※本編に出てくる知識なんたらかんたらはすべてネット調べ&簡略化して理解したものです※
冒頭から人類の進化とか語ってすみません!!!
アダムに語らせたかったんです!(おい)

アダム「作者、私の語りは二本あったはずだが?まさか、書いておいて『話がうまく繋がらないからカット!』などではないだろうな?」

わー、アダム先生するどーい……
あれも加えたら前後と繋がらないし、内容が濃すぎて(個人判断)頭が混乱するから…

アダム「まあいい。アカネの謎、楽しみにしてるぞ、作者?」
(作者に圧力をかけていくスタイル)



やっとゲーム前作との繋がりを出せた!そしてアカネの謎が徐々に解明されていく!
ようやくここまできた……(一年失踪したせいで遅れすぎた)
これからもちまちまと謎を解き明かして、
ゲーム本編とは違う結末に向かうかもしれない流れになると思います。
そう思います(震え声)

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