人形、ヒト、機械   作:屍原

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ねえ、知ってる?
隠すのは、得意じゃないけど。
秘密を抱えるのは、苦手じゃないよ。


人形と人類は水没都市へゆく②

- 疑問

 

  激しく流れる水の音を背に、下水道切断口から出てきた三人の目に映ったのは、コンクリートの塊(建物)の窓らしき穴から噴き出る()と、廃墟都市から拡散した植物の群れ。不揃いに割れた道路、所々突き上がっている破片と草花や木々、溢れんばかりに湧き上がる水に侵食されてる光景は、まさしく退廃した世界そのものだ。

 

「ここが…水没都市…」

  ほぼ水で溢れた環境、水没都市、という名称もあながち間違っていないと、思わず小さく呟いた9Sは思わずにはいられなかった。人類の輝かしい歴史…とまで行かないが、彼らが何十年もの時間を費やして造り上げた建造物(歴史)は、時の流れによって遺産となってしまっている。崩壊したビルも、亀裂ばかりの道路も元は完璧に整備され、人類と社会を黙々と支えてきたのだろう。かつての光景を想像してみると、虚しく感じてしまう。

 

  エイリアンの地球侵略が、そこまで深刻だというのか。

 

  抱えてる彼女を地面に降ろし、足が地面についた途端、前を行く彼女の背中をじっと見つめる。彼女は今、廃墟都市と同じ感想を述べているのかもしれない。浸水してる旧文明の地域を見て、ここはステキな場所だね、なんて口にするかもしれない。だけど、やっぱり聞きたい。あなたの口から直接、言い聞かせて欲しい。あなたがなにを考え、なにを憂いているのか。

 

「……きれいで、ステキな場所だったね」

  9Sのほうに振り向いていないが、周囲の景色を眺めてる彼女の横顔は、寂しそうに見えてしまった。加えて、彼女が目前の景色を過去の物と形容していたのだ。きれいでステキな場所ではなく、きれいでステキ『だった』場所と。以前、初めて廃墟都市に辿り着き、アカネが言い出した感想は「古代文明」だが、無邪気な子供がはしゃぐ雰囲気をしていた。だがこの水没都市(水の遺跡)を前に、記憶にあった姿はなく、惜しむように辺りを見回す姿しかなかった。湿度が高い以外、廃墟都市と同じ構造のはずが、どうして彼女はこうも違った考えを抱いてるのか。

 

  データベースによると、かつての人類は恐らく同系統の建物に住み、もしくはなんらかの仕事をしていたはず。同じ人類であるアカネも、似たような環境に住んでいたかもしれないのに、まるで傍観者側の感想を述べていた。小さな違和感を突かれ、ずっとアカネの背中を見つめていた9Sはたまらず口を開く。

 

「アカネさんは、以前、どこに住んでいたんですか…?」

  随分と簡単に口に出せたな。周りの景色とアカネの動きを目で追った2Bはそっと考えた。平然な顔をして聞いた9Sの姿を見れば、誰だってそう思うだろう。実際、口を開くまで、様々な考えが彼を襲い掛かったのは、きっと誰も知らないだろうが。

 

  今まで彼女が自身に関する情報を提出した事は、一度限りだった。初めて出会い、初めて言葉を発した時、名を伝えたあの時のみ。今まで行動を共にしてきても、彼女の言動の真意はおろか、頭の中でなにを描いてるのかすら、なに一つ分からない。子供っぽくて、世間知らずで、大胆不敵。時々物憂い雰囲気を漂わせ、ここではないどこかを覗く(さま)を晒す。だからなのか、謎めいた彼女に惹かれてしまう。

 

  数分経っても、アカネの返事がない。どうしたんだろう?と疑問に思った9Sと2Bは、改めて彼女を見据える。視線のさきに小さな子と思わせる面影はなく、魂が半分抜けたような、悲しみに暮れたヒト(人類)が立っていた。背後に映る空と水の青色が、彼女の心情を表してる風にも見えた。

 

「……憶えてない。憶えているはず、ないよ」

  二度も言った彼女から「それ以上、深入りしないで欲しい」の意を受け取った。これ以上の詮索しないで欲しいと、遠回しに伝えた。あまりにもアカネらしくない(見知らぬ)姿で、二人は反論できず、コクリと頷く事しかできない。

 

  憶えている、だけど、思い出したくない。仮説でしかなく、予測でしかないが、これは彼女が伝えたかったもう一つの意味かもしれない。それでも、思わずにはいられないのだ。人類は、あなたは、アカネは、どうして自分の情報(ヒミツ)を執拗に隠し、誤魔化すのか。

 

  ゴーグルの下に潜んだ瞳は、再び背を向ける彼女を捉えるだけだった。

 

 

 

- 型破り

 

  向かってくる機械生命体()をなぎ倒し、アカネに被害が及ばないように距離を取りながら前へ進み、示された目的地へ向かっていく。機械に乗り、空中からしつこく弾幕を張るやつらに応戦し、2Bと9Sもポッドを頼りに弾幕を撃ち返す。広い空の下で響く発射音と、悲鳴代わりの爆発音が広がり、いやでも戦場(前線)である事を思い知らされる。

 

「…音、思ったよりデカイな」

 

  ぼそっと、後方にいるアカネの呟きが耳に入り、2Bの迎撃は気付かない間に激しくなっていった。隣でハッキングと破壊命令を繰り返す9Sはそれに勘付き、しかし彼女の苛立ちを収める手段も思いつかず、機械生命体の掃討に専念するしかなかった。彼の憂いに気づくわけもなく、頭に血がのぼった(感情に染めた)2Bの苛立ちは怒りへと変え、歯を食いしばってる声で「ポッド…!」と射撃の停止を命令する。

 

  後方で観戦(避難)してるアカネは小首を傾げ、彼女の突然な行動に戸惑っていた。普段の2Bなら、途中で攻撃をやめたりしないはず、と一人考えていた。距離を置かれたせいで、きっとアカネは彼女の怒りを感じ取れてないのだろう。反応しようがない状況(二人)を感じ取り、9Sが選んだのは、やはり眼前の敵を破壊することだった。ふと2Bのほうが気になり、そちらに目を向く。

 

  目の当たりにしたのは、小型剣を逆手に取り、力を溜め、宙に浮いてる機械生命体に向かって思いっきり投げつけた姿だった。常規を外した彼女の唐突な行動に、声こそ出さなかったが、それでも驚かずにはいられなかった。驚いて思考に追いつけない9Sの体は依然固まったままだが、目はしっかりと2Bの動きを捉えていた。

 

  ドーンッ!と豪快な爆発音が響き、距離ゆえに弱くなった爆風はただ2Bの髪や服を靡く。次に、投げ出した小型剣が光の粒と共に背中に再出現した。おそらくポッドが急いで回収したのだろう。

 

「…アカネを害するゴミが」

  風に埋もれそうな声で呟き、9Sは聞いちゃいけないなにかを聞いてしまった気がした。遠くに立ってるアカネを確認すると、相変わらず同じ位置に立っており、さらにはこちらに気づいて手を振ってきた。何事もないように装い、怪しまれずに同じく手を振って応えてあげた直後、未だ殺気を漂わせてる2Bを肘で突いて注意する。

 

「お、抑えて!アカネさんこっちに来てますよっ!」

「っ…!」

  器用なまでに速攻でダダ漏れだった殺気を引っ込み、普段通りの2Bに戻り、凪いだ海の静けさに戻った。本当に、彼女が関わるといつも以上に慌てて、いつもより器用にもなれる人だな、と無意識に思った。見下してるわけではなく、見くびってるわけでもなく、ただ率直にバトルタイプも性能が高い(抜かりない)んだな、と考えてしまった。失礼な考えを悟れないように、側まで近づいてきたアカネに「怪我はありませんか?」と誤魔化しを混ぜて本心の言葉を放ち、不躾な言動を頭の隅に隠した。

 

  相変わらず穏やかな微笑みを浮かべ、一戦経過した彼らを気遣う彼女の姿は、今の二人にとってはかけがえのない心の支え(癒し)となっているだろう。気が立っていた2Bのうちに隠された怒りも、いつの間にか無へと帰っていった。

 

 

 

「あんな2B、初めて見たかも…」

  移動を続けた9Sは、なにがあっても彼女を怒らせないよう、脳内(記憶領域)に刻み込んだ。

 

 

 

- 考慮すべきモノ、優先すべきモノ

 

  予期せぬ事態を前に、司令官の指示を受けた二人は同時に彼女のほうを見た。ミサイル周辺でうろついていた機械生命体を掃討したのはいいものの、バンカーが所有する空母が地上で補給しにやってきた際、機械生命体に襲われ、交戦状態に入ってるとのことで、援護に参加して欲しいと告げられたのだ。

 

  この事態を想定しておらず、連れてきてしまった彼女を一人にするべきか否か、あるいは司令官の命令を後回しにして彼女を安全地帯へ連れていくべきか、迷っていた。しかし、同じヨルハ部隊として、同じアンドロイドとして、一刻も早く仲間の増援に向かいたいのも事実だ。だがしかし、繊細な彼女を機械生命体だらけの空間に放置していいのだろうか?小さな命の灯火ゆえに、些細な変化で消えてしまう彼女だからこそ、一人にしてはいけないのではないか?

 

  ここはヨルハ隊員(戦闘機械)として行動すべきか、それともアンドロイド(忠実な人形)として彼女を護るべきか。この場での最適な選択は、分かりきっている、解りきってるはずだ。葛藤する二人に声をかけたのは、やはりアカネだった。

 

「行っておいで、私は安全な所に隠れてるから」

  自分を二の次に考え、二人の任務を優先し、さらには心配させまいと自主的に隠れると発言する。この世界で目を覚ましてまだ数日しか経っていないのに、彼女はアンドロイドの立場を少なからず理解している。このまま彼女の言葉に甘えてもいいが、果たして彼女の身を案じる事無く、任務を遂行できるだろうか?答えは明白(No)だ。だがこんな緊急事態に限って、いい案が浮かばない己のスペック()に怒りさえ覚えてしまう。

 

  思考から意識を引き戻し、9Sは再びアカネに視線を向けた。すると彼女がニーフィアとなにやら話しているところだった。はて、一体なにを話しているのだろうか?と状況に似合わず気になってしまい、気づけばすでに口を開き「なにを、話してるんですか…?」と聞いてしまった。さらに驚いた事に、自分の声が震えていたのだ。

 

  ああ、そうか、自分は思ったよりも、彼女に入り込んでしまっていたのか。きっと、彼女と出会ったあの時から、なにもかも手遅れだった(狂い始めた)かもしれない。昔は平然と任務に赴けるのに、今は、彼女なしではすべてどうでもいい(切り捨ててもいい)とさえ感じてしまう。

 

 

 

  もしかすると、今ならバンカーの事も——

 

 

 

  な、なにをバカな事を考えてるんだ僕は!バンカーを、司令部をどうでもよく考えるなんて……!だけど、アカネさんも確かに大事だ、もし彼女になにかあれば、僕は…

 

「9S、私は大丈夫。言ったでしょ、無傷で帰れるとは思えないって……」

「…っ!」

「だからと言って、簡単に死ぬつもりはない」

  すべてを思い出すまで、すべてを知り尽くすまで、この世界のすべてを知るまで、死ぬつもりはない。心の中に秘められた決意を次々と明かし、貪欲に満ちた人類の鏡を見せる彼女を前にして、否定の言葉も、反論する言葉も出せない。生に執着し、知識に拘泥し、尚且つ明確な意思をさらけ出す姿は、まさしく自分たち(各アンドロイド)の原型だと示していた。

 

  己に正直で、目的のために手段さえも択ばず、けれど同時に同胞を思いやるココロを持つヒト……僕らは、彼女(ヒト)の根本に憧れていたのかもしれない。欲をまき散らし、自由気ままに生きる姿に、憧れを。

 

「ここで立ち止まったら、真実は遠のいてしまう。だから、動くの。手遅れになる前に、失う前に、掴み取る」

  周囲に目を配らず眼前の景色に囚われていれば、救えるはずのモノも零れ落ちていく。それを防ぐためにも、行動を起こさなければならない。

 

  アカネの言葉(真意)が体の隅々まで渡り、危うく異常な判断を下してしまうところを、彼女は引き戻してくれた。そうだ、彼女だけ護れたとしても、多くの仲間を失っては戦力が大幅に削られるだけで、真実にも辿り着けず、最良の結果にはなれない。ならば、残された選択肢は一つ。

 

「……分かりました。どうか、気を付けてください」

「君も、無茶はしないで。2B、君もね」

「あぁ」

  二人は頷き、惜しむようにアカネを腕に閉じ込めて数秒、意を決して遠くに待機してる飛行ユニットへ向かう。離れる際に、彼女は呟くように祈りの言葉を放つ。

 

「どうか気を付けて…いってらっしゃい」

 

 

 

- ヒトと機械

 

「ニーフィア、2Bと9Sを…頼める?」

「不明:説明を求める」

「この戦いの最中、私はきっと目当てにされる。命の危険はないと思うけど、キミを連れてはいけない」

「否定:私はあなたのサポート、および護衛を務める随行支援ユニット、持ち主であるあなたを見捨てるのは推薦されない」

「キミまでついてきたら、あの二人に状況説明できなくなるでしょ?」

「……」

「私を見捨てろなんてそういう意味じゃないよ。それに私は、確かめるだけ」

「あなたは、なにを考えている?」

「さっきも言ったでしょ、私はすべてを思い出し、すべてを知るまで死ぬつもりはないって…だから、私の代わりに、二人に状況を説明して欲しいの」

「分かった、あなたの頼みなら、受けよう」

「ありがとう……ニーフィア」

 

 

 

 

 

「お迎えに上がりました……我らが眠り姫」

「君の場合は、甘い果実の違いでしょ、アダムさん」

 

 

 

- 改変する(攫われゆく)運命の筋書き(最後の人類)

 

  空母を襲った機械生命体を掃討し、突如出現した超巨大機械生命体との激しい戦闘を経て、アンドロイド側は甚大な損傷を受ける結果となった。2Bと9Sの活躍により超巨大機械生命体は沈黙し、水没都市の海岸添えで共に目を覚ました時には、すでに8時間経過していた。

 

  そして身を隠すと言葉にした彼女の姿は、どこにもいなかった。

 

「まさか、あの余波に巻き込まれて…!」

「いえ、まだそうと決まったわけじゃっ…」

「ならどこにいるっていうの!?あの子が、私たちを置いていったりしない!!!」

「っ…!いい加減にしろ2B!あなたが狼狽えてどうするんだ!」

  パニック状態に陥った2Bを怒鳴りつけ、まだ万全ではない体を引きつって彼女の両肩を掴んだ。ぎょっとした2Bは一瞬固まり、しかしすぐさま自分を落ち着かせようとした9Sの異変に気付く。いつも穏やかで悠々としてる彼とは全く真逆な態度だが、それよりも、9Sはひどく震えていたのだ。大事な彼女が消えた、恐れているのは自分だけじゃないと。

 

  なんとかパニック状態を治め、フラットに戻った彼らの元に、一機の支援ユニットの情報が入る。白と金をベースに作られた、彼女(アカネ)のポッド255。

 

「報告:対象アカネの命令により、ヨルハ二号B型、及びヨルハ九号S型に報告。超巨大機械生命体との交戦の際、対象アカネは特別個体『アダム』に誘拐され、救出のため、座標をポッド153、及びポッド042に転送」

 

  二人は同時に息を呑んだ。人類最後の希望とも言えるヒトは、敵の手中に落ちてしまった。




あなたに出会った瞬間から、すべてが手遅れ。
気づいた時には、あなたが世界そのものになったかもしれない。



アカネ(人類)失踪、セコム(2Bと9S)大混乱!
目標:誘拐犯(アダム)の居所を割り出し、重要人物を救出せよ!

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