人形、ヒト、機械   作:屍原

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あなたの事が大切で、大切でならない。
傷つけられることなく、すべてを懸けて護りたい。
あなたの声が好き。あなたの言葉が好き。あなたの笑顔が好き。



けど、それ以外を……僕ら(あなた)は、知らない(教えてくれない)


人形と人類は水没都市へゆく①

- 意志は固く、望みは強く

 

  命に危機をもたらすかもしれない任務になると、流石に人類であるアカネを連れてはいけない。本来ならそうするべきなのだが、今回の突発的な任務に対し、2Bと9Sは違う対応を取っていた。原因は問われるまでもなく、同行すると申し出たアカネである。

 

「……でも、万が一アカネさんになにかあったら…」

「いざという時は逃げるよ。それに、君達とニーフィアがいるでしょ?」

  苦い顔で悩む9Sに答え、譲らないとばかりに願望を伝える彼女の姿がレジスタンスキャンプにあった。

 

  彼らが今遂行しようとしてるのは、アンドロイドにとって、人類(アカネ)にとっても危険極まりない。向かう先は、水でほとんど埋もれた建物の残骸と残り僅かな陸地、まともに歩ける道などないに等しい。さらに言うならば、水の比率が陸地より多い。加えて地形だけでなく、その地域は多くの機械生命体が徘徊しており、アンドロイドや人類を見かけた途端、攻撃を仕掛けてくる。油断すればぽっかり死んでしまってもおかしくない。そんな危険な地域へ連れて行くなど、彼女を護る者として、とても頷けないのだった。

 

 

  しかし、彼女は二人の提案に異を唱えた。連れて行って欲しい、どうしても行きたい、それが彼女の揺ぎ無い、たった一つの望みだった。人類の忠実な守護者(僕ら)として、些細な願いから命令に至り、すべて叶えてあげたいと思っている。だが、これは命に関わる問題だ。軽率に、無闇に承諾してしまえば、後戻りできなくなるかもしれない。

 

「なら……これだけは、約束してください」

  だから9Sは、約束という条件を言い出した。

 

  一つ、もしも危険になった場合、彼らに助けを求める事。一つ、彼らの手が及べず、危機に陥った時、迷わず逃げる事。一つ、味方であるポッドやアンドロイド以外、接触を避ける事。もしあなたがこの条件に頷けないのなら、同行させるのは不可能です。はっきりとそう伝えた9Sに、アカネは眉を顰めていた。

 

  どうか、頷かないで。レジスタンスキャンプに残って欲しい。行かせたくない、行って欲しくない、ここに残って欲しい。

 

 

 

 

  だけど、それでも……共に来て欲しいと、思ってしまう。

 

 

 

 

  考えをめぐらせる9Sは、酷く混乱していた。目の前で真剣に悩んでる彼女は、自分たちの生きる意味であり、こうして大地(地球)に立っていられるのも、人類である彼女のおかげとも言える。もしも……もしも彼女がこの世から去ってしまったら、きっと今の自分たちは、二度と立ち直れない。

 

「……本当は、水没都市に行って、無傷で帰れるとは思えない。最悪死んでしまうかもしれない」

「じゃあ…!」

「それでも、行かせて欲しい」

  俯いていた顔を上げ、曇り(迷い)のない目でまっすぐ9Sを見つめた。意思を固めた目に姿を捉えられ、間近で彼女と対面していた9Sは思わず息を呑んだ。

 

  嗚呼、もう止められない。こうなってしまえば、全力で彼女を護ることに専念するしかない。ずっと隣で9Sとアカネの会話を黙々と見つめていたバトラー(2B)は、静かにそう思い、考えた。

 

「ここで待ちぼうけるくらいなら、この世界の事情を…自分の目で確かめるほうが有意義(マシ)だ」

 

 

 

- 危険回避

 

  渋々と彼女の同行を許し、アネモネから聞き出した水没都市へ入り口の位置までたどり着いた一行だが……思わぬ難題が訪れた。

 

「この高さだと…文字通り、落ちたら一溜りもないですよね…?」

「そう…だね……」

  目的地へ向かうための入り口は、超大型機械生命体によって破壊し、崩壊した大穴の断面で露になった下水道だ。アンドロイドならばポッドを使って容易に辿り着けるが、自分達と違って脆いアカネは、足が滑っただけでも、命はない。ずっと彼女の手を握りしめる9Sを見て、またもや大穴に目を向く2Bは考える。

 

  さて、どうしたものか。行きたいと何度も志願したのは彼女自身、しかしこのままでは目的地に着くより、彼女の命が危うくなるのがさきだ。安全に、とまで確信できるわけではないが、私がさきに降りて、彼女を受け止めるという選択肢もある。万が一、受け止めきれなかった場合は……

 

「2Bがさきに降りて、私とニーフィアがゆっくり降下したあとに受け止める…というのはどう?」

  声を発したアカネを見て、さっきまで同じ案を考えていた2Bは小さく、口を開いて驚いていた。彼女も同じことを考えていたのか?と思わんばかりの表情だった。隣にいる9Sも、ゴクゴクと頷いて提案に同意を示していた。これで、全員この案に同意したのと同然になる。だが眉をひそめる2Bは、実行に移らなかった。

 

  もしも落ちてしまったら?もしも受け止めきれなかったら?もしも彼女が死んでしまったら?最悪の予想がどんどん頭に浮かび、感情の起伏が平坦な2Bでさえ怯え始めた。選択を一つでも間違えたら、アンドロイドも、人類の彼女もそこでおしまいだ。失敗してはいけない、失敗は許されない。そんな嫌な考えばかり、浮かび上がってくる。

 

  わずかに震え、たまらず握りしめていた彼女の両手の上に、華奢で柔らかい手が重なる。一瞬、己の体が強張ったのだと自覚した。間を置かず頭を上げると、まっすぐ自分を見つめてるアカネと目が合った。日の光で眩しく映る黒曜石の瞳が、その視線が、心を射抜くようだ。

 

「大丈夫、だいじょうぶだよ……ね?」

 

  いつしか異常だったバイタルが、正常な数値へと戻っていく。震え出した体も、段々と収まっていく。不思議な感覚を体験し、冷静に戻った2Bは、自身の急激な変化に戸惑いを隠せずにいた。さきほどまで、システムエラーの表示で視界を覆われ、警告音で聴覚を遮られたというのに、彼女のささやかな動きと、言葉一つで、あっさりと消し飛ばした。大丈夫、大丈夫だと繰り返すその言葉は、事実へと変えていく予感さえあった。きっとうまくいく、問題ないはずだ。

 

  しかし頷こうとした時、なにかに気づいた9Sは大きな声で「あーっ!そうだ!」と右手で拳を作り、左手の掌を叩いた。思わずぎょっとし、そちらに視線を向けば、やたらと興奮した様子を見せる9Sは話し出した。

 

「僕が抱えて下りていく…というのはどうですか?そうすれば怪我するリスクも減る上、安全に下りられます!」

 

 

 

「……そう、だね」

  キラキラとした(眩しい)オーラを発し、いかにも名案を出した、という風に笑顔を咲かせる9Sを見つめて、しばらく沈黙を続けた2Bは明らかにトーンが下がった声で返事を返した。

 

  もっと早く言って欲しかった、そう考えずにはいられない2Bは、喉元まで這い上がった言葉を呑み込んだ。

 

 

 

- 浅はかなり

 

  無事下水道の入り口まで降下していき、降ろしてと話すアカネだったが、9Sは頭を横に振り、頑なに承諾しようとはしなかった。

 

「服が汚れますから、着くまでの辛抱…ね?」

  腕の中、斜め下にる彼女の顔を見つめ、口角を吊り上げて微笑みを浮かべた。小柄な体系で、俗にいうお姫様抱っこを難なくこなし、さすがアンドロイドと言うべきか、腕力が想像を超えている。うっすらと頬を染めるアカネは言葉で返せないらしく、代わりに頭を縦に振り、静かに頷いた。

 

  始終それをじっと眺めていたポッドたちは、気づかれないうちにちゃっかり録画し終えてるのだった。

 

  どこか羨ましげに9Sとアカネに視線を向け、内心では彼女をエスコートする役になりたいと願ってる2Bだが、戦いに赴けない9Sの代わりに辺りを警戒しなければならない。はぁー、とため息を吐き、さきに前へ進んだ2Bは振り向かずに「行くよ」と後ろにいる二人に告げた。

 

「まっ…!待ってください2B!」

  足音を遮る水音がバシャバシャと後ろから響き、下水道の奥まで伝わっていく騒がしい音を聞きながら2B止めずに移動を続けた。そして9Sに抱き上げられたアカネは、ただただ耳を塞ぎ、到着の時を待つ。

 

  狭い空間の中だと、音の響きがより一層大きくなる。ただの人間である彼女が、長時間その音に耐えられるわけもない。それを承知してる9Sと2Bは動く幅を下げ、かつ迅速に目的地へ目指していた。どこか不安げに眉を顰め、伏目になっている彼女を一瞥して、9Sは下唇を噛み締めた。

 

  なにかを恐れてる様子に見えて、彼女の不安を取り除こうと考えを巡らせる。しかし、いい方法が思いつかず、時間が過ぎていき、目指す場所との距離が縮まっていくだけだ。どうすればいい?このまま着くまで我慢してもらう?それとも、なにかやったほうが……

 

「……アカネさん、もう少しで着きます」

  耳を塞いでる彼女のに呟くと、ビクッと身を震わせ、驚く素振りを見せながら9Sを見上げた。まさか、気づかれるなど予想していなかったような反応に、彼女を抱えてる9Sは苦笑いを浮かべた。唇しか見えないが、なんとなく彼の表情を読み取ったアカネは「うん……ありがとう」と悲し気に見える微笑みを浮かべた。

 

  普段見る事も叶わぬ、笑顔以外の(見知らぬ)表情に9Sは心底驚いた。下水道での移動を開始した途端に、彼女が纏っていた柔らかい気配は薄めていき、代わりに怯えが現れ始めたのだ。微小ながらも、震える体は走る動作によって誤魔化されそうになったが、彼女に触れてる腕に伝わってくる。彼女は、この密閉した空間を懸念してる。もしかしたら、暗い空間が苦手、という説明もつく。だけど好奇心豊富で、まるで子供のような純粋さを持つアカネがそうだとは思えず、なにか訳があるのだと思い、気になって仕方がない。続いて、一つの考えが頭をよぎる。

 

 

 

  一番近くにいるはずなのに、僕らは彼女の事を……なに一つ、分かっていなかったのか。

 

 

 

「もう少しだけ、お願いね…?」

  不意に服を摘ままれ、腕の中にいる彼女に目を向く。いつも通りの微笑みは、彼女に対する無知と、僕の浅はかさを責めるように感じてしまった。




色々と考えをむぐらせるも、どこか一歩遅く結論を出すところが、9Sらしかった。

9S「た、たまたまですよ!いつもは判断も結論に至るのも早いですからね!」
2B「9S、それは言い訳に聞こえるから、やめたほうがいい」
9S「…ハッ!」



更新が遅すぎて本当に申し訳ございません…!せ、せめて年越しする前に…更新をっ!

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