人形、ヒト、機械   作:屍原

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真実はなんなのか、裏に隠されてるのは、本当に己が欲する答えなのか。
真実を知ったさきになにが起こるのか。
考えたくは…なかった。

思いを馳せる人形(アンドロイド)は、木々に囲まれた城を駆け回った。


人形達の遭遇

- 怒りと絶望の間際

 

  指名手配のヨルハ機体との遭遇から、僅か数分を経て、城の最深部である王の間は瓦礫が飛び散っていた。灰と塵が舞い上がり、小さな瓦礫の破片が継続的にばら撒かれ、王の間はもはや原型を保っていなかった。

 

  彼女は、A2は掴み所のない話を口にしていた。司令部が裏切った、姫を見殺しにした。データベースにあった単語を洗いざらい探しても、該当するものなど、旧世界の遥か遠い時代における一つの身分だけだった。だが彼女が意味するのは、何処(どこか)にある何者(誰か)だ。

 

「やめてください!どうして仲間同士で争うんですか!」

  攻撃を仕掛けてくるA2を2Bが食い止め、後方で支援する9Sはたまらず大声で叫ぶ。交わった刃はキリキリと火花を起こし、2BとA2の手は震えていた。そこでA2は顔を歪めて、歯を食いしばって叫ぶ。

 

「仲間…だと?ふざけるなッ!」

  魂さえ吐き出してしまいそうなほど、2Bと対峙してるA2の目には、果てしない怒りと、悲愴感が漂っていた。彼女が司令部に裏切られた、という言葉を思わず信じたくなるくらい、感情に満ち溢れていた。彼らと決定的に違うと告げるように、とても強烈な感情の波だった。間近で見た2Bも、驚きを隠しきれず、小さく口を開いてる。

 

  我々アンドロイドは、ヨルハ部隊は感情を表に出してはいけない。なのに、どうしてヨルハ機体である彼女が、こんなにも輝いて見えるの?どうして、同調したくなるの?

 

  混乱する頭を引きずり、なんとかA2の攻撃を防ぎながら、後ろへ引く。一撃、また一撃と、何度も素早く振り下ろされる攻撃を防ぐうちに、2Bの手首に尋常でない痺れが伝わる。A型(アタッカータイプ)はヨルハ機体のプロトタイプだと、9Sから説明を受け、承知してるとはいえ、これではあまりにも、力の差がありすぎる。

 

「お前達を見てると反吐が出る…!」

  彼女が2Bと9Sに向けた言葉はとてつもなく重かった。ヨルハから逃げ続け、アンドロイドから逃げ続け、機械生命体を狩り続けた彼女の人生を語ってるかのような、重苦しい言葉だった。全てに絶望し、無力を感じ、尚も怒りを覚える。矛盾だ、あまりも矛盾だ。

 

  どうして?どうしてだ。どうしてそこまでする。どうして、どうしてヨルハを憎む、どうしてアンドロイド(自身)を憎む。どうして、『姫』に拘る?

 

「…っ!やめろ!私たちは争いにきたわけじゃない…!」

  2Bが荒い口調で吐き出し、精一杯の力でA2と交わった刃を弾く。後ろへと大きく跳ねたA2は、コツン、と音を立てて窓だった場所に着地し、四〇式斬機刀の柄を握り締め、目蓋を閉じる。大きく息を吸い込み、また吐く。2Bの言葉の影響か、一度その瞳に宿されたあらゆる感情は、一瞬にして無へと帰った。漂う憎悪も、悲愴も、殺気すらも消え、凪いだ海のような瞳を再び見せた。

 

  これは、諦めだ。理解を得られず、同感する者も存在せず、万物に絶望を覚えた、諦めだ。

 

  風に靡かれた銀髪が揺れる、空と海に似た淡い瞳は2Bと9Sの姿を映す。警戒態勢を解かずにいる二人を見定め、口を開く。

 

「……いずれ、お前達も分かるだろう」

  どういうこと、だ…?なにもかも一変したA2を目の当たりにし、戸惑いを覚える二人は反応する間もなく、彼女は消えていってしまった。茫然と、城の外の景色を見つめるだけで、逃げていったA2を追いかける気力すらなかった。

 

  (OSチップ)が抜けたように、広い空間の中で二人分の足音が響く。彼らの動きに合わせ、飛び降りた二人の腕をポッドたちが掴み、ゆらりと城の入り口まで降りていく。

 

  そこにはもう、A2の姿はいない。

 

 

 

- 向き合う勇気

 

  A2と遭遇した時、連絡を渡してきた司令官に彼女に纏わることを一通り報告し終えた二人は、パスカルの所へ向かっていた。なにかが引っかかった9Sは、長く地上にいるパスカルからA2に関する情報を仕入れたいと、バンカーに知られず直接話したほうがいい、と理由を述べた。

 

「もしA2が指名手配されているなら、脱走と追撃部隊を殲滅した理由だけでは足りません。ましてや破壊なんて…おかしすぎる」

 

  A2の脱走した原因に関して、機密情報ゆえに伝える事ができないと話していた司令官の言葉を思い出す。たしかにそうかもしれない。事の原因も分からず、ただ命令に従って任務を遂行するのも気が引ける。好奇心旺盛な9Sからすれば、やり辛いほかないのだろう。

 

  しかし、自分はどうだろうか?命令に従い、任務をこなせば問題ないと思っている自分は、もしかして、裏に隠された真実から目を背けてるのか?2Bは一度沈黙を保った。自分は、あまりにも未知だ。だけど、真実を知りたくない。知ってしまえば、二度と戻れない。普通から離れていくのを恐れている、知ってはならないと誰かが囁いてるようだ。

 

「…9Sは、すごいな」

  思わず、彼に対する感想を漏らした。ゴーグルに覆われた(隠された)目を細め、連動した眉尻を下げ、唇を三日月のようにする。きっと彼は笑みしか見えないのだろう。

 

  真実を恐れず、勇敢に立ち向かう君の姿が眩しい。眩しすぎる。いつだって、君は光を失わず、いつまでも輝きを放っていた。対照的に、私はすべてから目を背き、考えることすら諦めてしまった。

 

  本当に、君はどうしようもなく輝いていて、どうしようもなく……憧れてしまう。

 

  2Bから思わぬ発言を聞き、彼女の変化に気付かず、ただ「そ、そんな事ないですよ?」と照れくさそうに返した。安堵と、落胆を同時に覚えた2Bはこれ以上会話を進ませず、行こうと、だけ言い残し、さっさと大橋を渡っていった。

 

 

 

- 帰還

 

「…結局、A2の情報は手に入りませんでしたね」

  機械生命体の村に戻り、パスカルと直接会話を交わし、データを転送して情報を聞き出そうとした。

 

  結論から言うと、なにも手に入らなかった。パスカル曰く、彼らが求める対象は、ネットワークから切り離された機械生命体(村人)達の中で、危険なアンドロイドとして認識されており、さらには彼女が直接この村にきたことは一度もない、という情報のみだった。

 

  無駄足だった、とも言えず、収穫があったとも言えない、なんとも悩ましい状態に陥ってしまった。

 

「少しでも有力な情報が手に入ると思ったのに…なんだか微妙です」

「無駄じゃなかったから、そんなに落ち込まなくていいと思うよ」

  普段の2Bだったら、きっと「許可無く敵にアクセスするのは推奨されない」と言って、パートナーである9Sを責めていた頃だろう。実行に移さず、加えて彼を慰める言葉まで言い出したのは、おそらく彼女もそれが最善だと理解し、納得しているからだろう。

 

  バンカーや司令官から情報を得られないのなら、自分から行動を起こす他ない。

 

  人類との遭遇と、9Sとの接触を経て、少なからず2Bに影響を与えていた。命令は忠実に遂行するが、知りたい真実を追い求めるようになったのも、彼女(アカネ)や9Sに影響されたのかもしれない。

 

  思わぬ反応に9Sは戸惑い、口をポカンと開いた。きっと彼も叱られると予想していた。少し経ってから、感動したような、照れたような笑みを浮かべる。

 

「…ありがとう、2B」

  感謝の意に満ちた返答に、居心地が悪そうに「別に…君が正しいと思っただけだ」なんて誤魔化す2Bだった。もしアカネが9Sと同じ事を言っても、きっと彼女は同じ反応を返していただろう。今まで、一人で行動を続けていた。誰かと同行していたとしても、ここまで親しい関係になったことは一度だってない。なにせ、同行時間があまりにも短かったからだ。こういった小さなコミュニケーションも、いたたまれない気持ちになってしまうのだろう。

 

  雑談交じりの会話を交わしながら、2Bたちは次の目的地へ向かおうとした。大した成果も得られず、一旦レジスタンスキャンプに戻り、自我データのチェックも兼ねて、補給が必要だと2Bは話した。

 

「アカネさんの様子も気になりますしね」

「…そう、だね」

  彼女の名前を出され、思わずキョトンと反応が遅れてしまった。自我データのチェックと補給は、彼女に会うための言い訳ではないが、どうしても反応に困ってしまう。製造時に、人類に対しての忠誠心が彼女を気にかけるようにプログラムされたのか、それともただ単に今まで自分を構成した自我データがそうさせたのか。

 

  離れ離れになったアカネの姿を思い浮かべ、一秒でも早く彼女と再会したい気持ちを胸に、二人は移動速度を上げた。

 

 

 

 

 

- おまけ

 

「そういえば、姫って…誰の事だったんだろう?」

  そういえば、そうだった。衝撃的な話と、攻撃を防ぐのに苦労して、彼女が言っていた『姫』について全く触れなかった。悩ましげに腕を抱え、喉を鳴らしながら真剣に『姫』について考える9Sを見つめ、気になった2Bも同じく考えをめぐらせた。

 

  ひめ、ヒメ、姫…お嬢様……貴族…?

 

「貴族の、お嬢様…とか?」

「あー…うん、確かにありえますけど、多分違うと思います」

  否定する9Sの答えを聞き、2Bは「そうか…」と少し落ち込んだ様子を見せた。どうやら彼女にも、答えにたどり着けなかったらしい。探究心が高い9Sさえも、答えが分からないほどなのだ、きっとなにか重要な秘密が隠されてるに違いない。

 

  色々な考えをめぐらせたが、なにも思いつかないのがオチだった。

 

 

 

「…あっ、誰かの呼び名だったりして!」

「さすがにそれはないよ、9S」

「そーですよね…」

 




登場して間も無く、あっさり退場したA2。
結局姫とは一体誰だったのか…

9S「気になりすぎて夜も眠れません!」
2B「私たちに睡眠は必要ない」
9S「もー、気分ですよ!気分!」

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