ダンジョンで運命を変えるのは間違えているだろうか 作:サントン
「なるほど、さすがはリリルカ殿だ。」
「リリは殿ではありません。」
◇◇◇
ここは連合会議室、アステリオスに交渉を任せるというカオスなアイデアを思いついてしまった俺は、リリルカに試しに育成を任せてみることにした。
会議室の長机に隣り合って座るアステリオスとリリルカ。
「アステリオス様、交渉の基本とは如何に相手に利点を上手く売り込んで自身の都合を通させるかにあります。」
「なるほど。」
なんか二人近くないか?
「ぐぬぬ、リリお姉様!おのれ!牛風情めが!」
あ、ミーシェだ。会議室のテーブルクロスをくしゃくしゃに掴んでいる。仕事はいいのか?
まあそれはどうでもいいか。
ふむ、これは魔王とその側近の絵図のような感じなのかな?魔王が側近に仕事を指示しているみたいな。
………そういえば俺は昔リリルカにいざとなったらミノタウロスがもらってくれると言った気がするな(ベートが欲しい参照)。まさかこれはそういうことなのか?あれは伏線だったとでもいうのか!?
………もしそうなのだとしたら
いくらなんでもアステリオス×リリルカはないだろう。他にそんな組み合わせを思い付く人間などいるのか!?
まさか、気づいたら結婚しているとかありえんよな?
………もしアステリオスが俺のことをお義父さんとか呼びはじめたら俺はどうしたらいいかわからんぞ?誰か教えてくれ!
「アステリオス様、次は需要と供給の話をしましょうか。」
「需要と供給?」
「ええ、ものの価値とは人が決めるものです。例えば恥ずかしながらリリには高い価値が付いていますが、これは連合がリリを必要としてくれているからです。連合と交渉相手が共に欲しいと思っているからです。リリを複数の存在が欲しがって、リリは一人しかいません。相手に必要だ、どうしても欲しい、と思わせることが出来るならいくらでも足元を見ることが可能なのです。それに上手な交渉を組み合わせれば、ものの価値を人員が豊富なこちらで自在に決めることすら可能です。」
「ふむ………そういうものか。」
うーん、シュールだ。俺がアステリオスに交渉を任せるという案を出したのだが、アステリオスはどうやら案外真面目な人間(?)だったようだ。真面目にノートを取っている。
………俺の横ではミーシェが嫉妬のあまり俺の足を蹴りつづけている。
………俺は大団長で一番立場が上の人間だぞ?
「そろそろ基本は一通り仕込みましたし、実践に行ってみましょうか?」
「実践か。」
「まずは交渉の初級編です。アステリオス様には同僚にベート様がいらっしゃいましたね。アステリオス様は彼と上手く交渉して彼の担当冒険者を増やすことを納得させてください。」
「ふむ。」
◇◇◇
ここはタケミカヅチ道場、向かい合うはリリルカ、アステリオス対するベート。
俺とミーシェは物陰からその様子を興味しんしんに見ている。
「ベートよ、お前の担当冒険者を増やしてほしい。」
単刀直入なアステリオス、対するベートはなんか苦い表情。
ーーこれは、あのタヌキヤローやらかしやがったな。あれだけコイツに交渉役を任せるなと言ったはずだが………俺ですら威圧感を感じるぞ?魔王と怪物のタッグとか連合は余りにも邪悪な組み合わせだろう?交渉相手を追い詰め過ぎだろう!
「………俺にだってダンジョンに潜る時間が必要だ。」
「ふむ、そうか。しかしお前に教えを請いたいという人間がたくさんいると聞いたぞ?どうか担当者を増やしてくれんだろうか?」
その言葉にしっぽを揺らすベート。うまいな。あいつ褒め殺しに弱いからな。
「………アイズと過ごす時間が………」
「アイズはお前のその面倒見のいいところにほれたのではないか?お前達は仲睦まじいと聞いたぞ。」
言葉に詰まるベート。考え込んでいる。
なかなかうまいな。ベートがアイズが大好きなのは周知の事実だ。アイズの好感度が上がるという利点で釣るか。
「………そうだと思うか?」
「ああ。今の状況で上手く行っているということはきっと今のお前が嫌いでないということだろう。」
ちょろっ。ベートはもうすでに陥落寸前だ。
「そうか、アイズがそう考えてるなら………」
「ふむ、それでは新たに二十人ほど担当者を増やしてくれ。」
「ま、待て!二十人は多くねぇか?」
「頑張って働くベートを見ればアイズはより一層深く惚れ直すのではないか?」
「………やる。」
ちょろっ。
◇◇◇
「なかなかでした。しかしベート様はあくまでも初級編です。次は中級編を行ってみましょうか。タケミカヅチ様の給料の交渉です。」
◇◇◇
やはりタケミカヅチ道場。向かい合うリリルカ、アステリオス対するタケミカヅチ。
「やあ、アステリオス。」
「タケミカヅチ殿。」
向き合うタケミカヅチとアステリオス、間に流れる微妙に緊張感のある空気。ミーシェに蹴られる俺の足。
「なあ、道場も結構大きくなったしそろそろ俺の給料をあげてくれよ。」
俺はこれは知っている。
リリルカはあらかじめタケミカヅチにアステリオスの交渉を鍛えている話の根回しをしていた。これは仕込みだ。ベートはガチだったけど。
アステリオスの対応が見物だな。
「ふむ、いくらくらいを考えておられるのだ?」
「〇〇ヴァリスくらいでどうだ?」
その言葉に横のリリルカの顔色を伺うアステリオス。首を横に振るリリルカ。
「ふむ、あなたの仕事が立派なものだということは知っているが、それは少し高すぎる。俺の上司の許可がおりんようだ。」
横でリリルカがボソッと□□ヴァリスと呟く。
それを聞いたアステリオスが続ける。
「□□ヴァリスでどうだ?」
「もっともらえてもいいんじゃないか?」
その言葉にうろたえるアステリオス。どうすればいいか困り顔。
それを見て仕切り直しを決めるリリルカ。
「それでは一旦交渉を中止して再講義を行いましょう。」
◇◇◇
「アステリオス様、交渉とは互いの落としどころの探り合いでもあります。」
「落としどころの探り合い?」
やはりメモをとるアステリオス、やはりミーシェに蹴られる俺。
「はい。馬鹿正直に□□ヴァリスと言ったのがマイナスでしたね。相手も少しでも多い給料を欲しがります。あそこは馬鹿正直に□□ヴァリスというのではなく、□□ヴァリスより少ない額を提示して最終的に□□ヴァリスになるように話し合いを上手に持っていくようにするべきだったのです。」
「なるほど。」
ふむ、これが中級編か。上級編も気になるな。
それにしてもアステリオスは真面目で飲み込みも早い。これは予想以上の拾い物だったのか?
「それを理解していただけたのでしたら、再度交渉に行ってみますか?」
「しかし先ほど断られたのではないか?」
「それも腕の見せ所ですよ。頭を使って上手く話し合ってください。」
無茶ぶりのようにも思えるが、リリルカは一流の育成者だ。
リリルカがこういうということは、アステリオスにはそれだけの能力があるということか。
◇◇◇
再びタケミカヅチ道場で彼等は向かい合う。
「俺の給料の〇〇ヴァリスの話は考えてくれたか?」
先制するタケミカヅチ、対するアステリオス。
「やはり〇〇ヴァリスは少し高い。連合にも出せる上限がある。□□ヴァリスまでだな。」
「おいおい、もう少し出してくれてもいいんじゃないか?」
「あなたの働きは知っている。いずれあなたの要求にも応えられるように努力するから、ひとまずは□□ヴァリスで納得してほしい。」
「うーん、確かに俺達の付き合いはながいしなぁ。でももう一声欲しいんだよなぁ。」
その言葉に横を見るアステリオス、リリルカはボソリと△△ヴァリスと呟く。
「それなら△△ヴァリスでどうだろう?大幅な増額ではないが、俺達はこれが頑張って出せる額だ。」
「△△ヴァリスか。なるほど。よし。増えてるしいい落としどころだな。」
握手を交わすタケミカヅチとアステリオス。
これにて交渉終了か。
◇◇◇
ここはやはり会議室。
「初心者にしては悪くない交渉でした。ベストは□□ヴァリスでしたが、それより少し増えてもさほど問題ではありません。それを理解するには会計の要素も必要です。並行して勉強しましょう。この調子でどんどん鍛えていきましょうか。」
「ウム。」
………相変わらずやり方がうまいな。あれは多分アステリオスに会計への興味も持たせるためにあえて十分な説明をしなかったな?
アステリオスはリリルカを見る。
気のせいかその眼差しには尊敬の念が込められている気がする。これは第二のミーシェの流れか?なんかキラキラしてる気がする。というかしてる。
これはダイ大でいうところの
やはり蹴られる俺の足。
◇◇◇
ここは豊饒の女主人。
クダを巻くミーシェと手持ちぶさたな俺。酒に付き合わされる俺。
「お姉様ああぁぁぁ。あんな牛になんか構わないであたしを見てくださいいいぃぃぃ。」
めんどくさい。実にめんどくさい。今日に限ってシルはおらんのか?おったら押し付けて帰っているところだが?
「ホラ、大団長も飲んでください!」
めんどくさい。しかしコイツも長く付き合ってもらってるし仕方ないか。
だがこのままではヘスティアの二の舞(ヘスティアの受難参照)になるんじゃないか?
そこへ現れるリリルカ。
「カロン様、
「お姉様っっ!」
急にシャキッとするミーシェ。
「ホラ、いつまでも大団長に面倒をかけてないで帰りますよ!」
「お姉様ああぁぁぁ。」
二人して帰る彼女達。ミーシェはリリルカにべったり。
リリルカも案外面倒見がいいな。姐御肌だ。
やはり大魔王ともなるとそれ相応の器量が必要なのだろうな。
リリルカの講義は初級、中級、準上級、上級、超級の五種類あります。リリルカは当然超級者です。