ダンジョンで運命を変えるのは間違えているだろうか 作:サントン
ここはアストレア連合ファミリア本拠地食堂。ここでは今、ある一つの壮絶な戦いが繰り広げられていた。
「リュー副団長、いけません!おい、誰か!大団長か統括役をお呼びしろ!アストレア連合ファミリアの存亡の危機だ!急げ!はやくしろおぉぉぉ!」
「料理長、何も問題はありません。私も日々成長をしている。今ここです。今ここで私は昨日の私を乗り越えるのです!壁を乗り越えるのです!!」
リューの人生壁だらけである。
「副団長!この間も同じこと言ってましたよね?この間の惨劇をお忘れですか?あの小麦粉と洗剤を間違えた事件を!?今では連合最大の危機と呼ばれてるんですよ!?あの図々しいヘスティア様が泣きながらトイレ掃除をしていたんですよ!?」
「………それは昨日までの私です。いつまでも料理を苦手にしていてはいつまたカロンに馬鹿にされないとも限りません。」
アストレア連合ファミリア食堂。連合になって団員が大幅に増えて以来、食堂では専門の料理人を雇っていた。
しかししばしば料理をしたがるリューと料理人達はその度に調理場で死闘を行っていた。
そしてもちろん未だリューの料理の腕前は一向に上達しておらず、むしろそれは料理すればするほど明後日の方向に向かってひどくなる一方であった。
「大団長の代わりにいくらでも謝りますから!副団長を調理場に入れてくれるなと連合幹部総一致で厳命されているんですよ!?私達はクビがかかってるんです!」
「心配はご無用です。クビに関しては私が口添えをします。それに万が一料理に失敗したとしても耐異常の訓練になります。冒険者はいつだって危険と隣り合わせなのです!」
「副団長!それ御自分の料理が危険物だと認めてらっしゃいますよね!?お願いします!どうかお止めください!」
「全く失礼ですね。私もこの間反省して料理の本をキチンと読んだというのに!」
「それも毎回の同じ言い訳ではないですか!?」
そこへカロンが通りかかる。いつものことなので一目で状況を理解するカロン。カロンは惨劇を回避するためにしばしば食堂の視察を行っていた。
「リュー、お前に急ぎの仕事がある。ちょっと手伝ってくれ。」
カロンを救世主を見る目で見る料理人達。
「カロン、私は忙しい。私にはやることがあります。」
頑固な汚れのようなしつこさを見せるリュー。
「しかし特別なお前がいないとできないんだがなぁ?リューがいつも居てくれて助かってたんだけどなぁ?」
リューの扱いが上手いカロン。
「仕方ありませんね。あなたがそこまでいうのであれば特別な私が仕事を引き受けましょう。」
チョロリュー。
「じゃあこっちに来てくれ。」
◇◇◇
「何ですかこれは?」
段ボールが倉庫に山と積まれている。
誰かは相変わらず時代考証をガン無視する。
オラリオに段ボールがあったっていいじゃない?
「見ての通り荷物だ。これを向こうまで運んでくれ。」
「これこの間私が向こうからこっちまで運んだものではありませんでしたっけ?」
「ふむ、まあそうなのだが今度は向こうに運ぶ必要が出て来てな。運べるのは高レベルのお前くらいしかいない。」
「わかりました。仕方ありませんね。特別な私が運びましょう!」
みんな私が頼りなんですね。
チョロリュー。
◇◇◇
一人黙々と荷物を動かすリュー、煌めく汗。カロンはある程度見届けて安心してどこかへ去る。
そこへ近づくリリルカ。近づいてしまったリリルカ。
「ハァ、ハァ、だいぶ運べましたね。やはり労働はいい。労働は素晴らしいものです。」
「リュー様、何をしておいでですか?」
相変わらずかわいらしい質問の仕方のリリルカ。
「リリルカさん。カロンの頼みで荷物の移動を行っていた所です。」
「荷物の移動ですか?」
困惑顔のリリルカ。
「どうしたんですか?」
「おかしいですね?あっ!」
唐突に何かに気づくリリルカ。訝しむリュー。
「どうしたんですか、リリルカさん?」
「イ、イイエ。ナンデモゴザイマセンヨ?」
普段の毅然とした態度に比べると珍しくおかしな挙動のリリルカ。リューは何か嫌な感じがする。
「そういえばリリルカさんにはアーデルアシストがありますよね?お手すきならなぜカロンは何も言わなかったのでしょうか?」
考え込むリュー。唐突にその筋肉色の脳細胞は光り輝き閃きをリューに齎す。急いで中身を確認するリュー。中身は重量のある廃品の山。リューは廃品の山を廃棄所傍から別の廃棄所傍に運ばされていただけだと気付く。気付いてしまう。これは私専用のトラップだ!何が私にしかできない仕事だ!馬鹿にして!
惨劇待ったなしである!
「さて、カロンには日頃のお礼を込めて丹精を篭めた特別なお夕飯をお作りしなければいけませんね。夕食後には間をおかずの鍛練ですね。カロンは私の手作りお夕飯を食べれてさぞかし喜ぶことでしょう。」
コメカミに血管が浮かび出るリュー。普段からは想像できない般若の形相。リリルカは時折彼女がこの顔になるところを見ていた。
ーーカロン様は正しいことをなさいました。しかし世の中は正しければ必ず上手く行くわけじゃありません。せめてリリがご冥福をお祈りいたします。カロン様どうぞ安らかに眠ってください。リリは地に落ちた大団長の威厳をしっかりと立て直して見せます。
リリルカは心の中で合掌するーーー
◇◇◇
アストレア本拠地鍛練場、いつも通りにやはり簀巻きにされて転がされている俺。なんか慣れてきてしまったな。
「なあ、リュー。許してくれよ。お前だってお前の料理が幹部会議で禁止事項となったの分かってるんだろ?俺は大団長なんだよ。さっきからお腹が嵐の海のようにあらぶってるんだよ。お前の料理が俺の状態異常無効スキルを突き破ってガンガン来てるんだよ!漏らしでもしたら威厳もへったくれもないだろう?」
「ハァ、仕方ありませんね。今回だけは私にも原因があったということでいいでしょう。次からはせめてあんなに不毛なことは勘弁してください。」
そう言って拘束を解くリュー。
「わかったよ。じゃあ俺はもう行くぞ。」
「ええ。」
◇◇◇
???
「クックックッ、これだな!これが変人が残したリュー副団長の手料理だな!?」
そう、彼らはアポロンファミリア。今やファミリア総出でリューのファンクラブとなってしまったファミリアだ。しかもファンクラブにしてから入団者が増えたらしい。彼らはリューに気持ち悪がられて未だにリューの手料理を食べたことがなかった。
「時は来たれり!よし!これを持ち帰って皆で少しずつ分けて今日は盛大にパーティーだ!」
アポロンファミリア、総団員数約1000名、ファミリア内のトイレ個室数300。軒並み全員がリューのファン。リューの料理はカロンの強力な耐異常スキルさえをも突き破るクオリティー。
これが後にアポロンの悪夢と呼ばれる事件の全容である。
彼らはリューの料理を平等に分けて食べました。ほんのわずかのはずの毒物は体内で猛威を振るいましたとさ。