ダンジョンで運命を変えるのは間違えているだろうか   作:サントン

72 / 129
紫の竜王

 この日、アストレア連合ファミリアは迷宮でも超深層とも言うべき階層にたどり着いていた。連合の内訳は大団長のカロン、副団長のリュー、連合ヘスティアファミリア団長ベル・クラネル、リリルカ筆頭のアストレアサポーター部隊、ヘスティアファミリアの戦闘員及び魔法後衛部隊、ロキファミリア友軍ベート・ローガである。

 これは彼らが以前より予定していた遠征、未踏領域に到達するものであった。

 彼らは疲労を溜めるものの、不屈の大団長カロンやオラリオの希望と謡われるベル・クラネルに希望を見出だし高い士気を持って迷宮の奥へと進んでいた。

 そして彼らは脅威と出会うことになるーーー

 

 ーーいやに静かだ。何なんだこの階層は!?なんだ?何かいるのか?

 

 それは誰の考えだったか?その階層は全面が心を寒くするような青色の階層、まるで何物かに塗装されたかのような。静かで生物の気配は感じない。しかしなぜだか恐ろしい。なぜ恐ろしいのか!?理由がわからない。

 ただただ広く先の薄暗い階層で、突如ベル・クラネルは必死に声を上げる。張り裂けんばかりに………。

 

 「下だぁっ!!!皆っ、逃げろぉぉぉっ!!」

 

 唐突に階層が揺れる。戦慄する仲間達。ベルの声に呼応して大団長カロンが大声で指示を出す。

 

 「総員、四方へと散開しろぉっ!!何かが地面を突き破って来るぞ!!リリルカはサポーター部隊の安全を、リューは冒険者の安全確保を行え!!ベル、何物かが現れたら速度を優先して一番槍を取れ!!決して深追いしてはならん!来るぞおぉぉ!!」

 

 ーーーーーーバリバリバリバリ、

 

 凄まじい音とともに地面がせりあがる。ボスはこういう如何にもな感じの演出とともに現れるものなのだ。意味?必要性?誰にもわかりません。

 地面から如何にも危険そうな竜が現れる。リューではない。

 竜は毒々しい紫色をしており、明らかに危険な毒を持っていることは一目瞭然だった。体長は大きく目算で20メートル前後、体高も10メートルを優に超えている。濃い紫の二本の角は悪魔のように捻れており、牙は黒々としており涎が地面に垂れて音を立てている。明らかにヤバい代物だ。

 

 ーーなるほど、地面を突き破った意味はわからんがこの広さはこいつの住みかだったからと言うことか。

 

 カロンは理解する。突然天井が高くなった理由、突然部屋が広くなった理由、そしてこの部屋が青いのは竜の体液によって毒に浸されているからだということを。

 

 「うわああぁぁぁぁっ!!」

 

 一番槍はベル・クラネル。彼は明らかに一目でヤバいとわかる相手に、速度を頼みに彼だけのナイフを持って挑みかかる。

 

 ーーーーーーガキンッッ

 

 ーーっっっ。これは!?

 

 ベルのナイフは竜の体表の鱗にはじかれる。傷一つ付いていない!!深層に到るまでのあらゆる敵を葬り続けた英雄のナイフのはずだ!?ベルは一瞬惚ける。そして竜は隙を逃さない。

 

 ーーーーーーグワォォォォッッッ!!

 

 黒い牙がベルを襲う。ベルは呆気に取られる。迫り来る牙、そこを間一髪、風と呼ばれるエルフが割り込み救い出す。

 

 「クラネルさん。しっかりして下さい。」

 

 なおも竜は襲い来る。ベルを抱えたままのリューは追いつかれるのが目前である。しかしそこで割り込む存在がある。

 

 「サポーター部隊、斉射!!」

 

 そう、リリルカである。彼女の号令により飛び交う数多の鉄の鏃。しかし竜には痛手にならない。ただ敵の追いかける速度を落とさせることに成功する。

 

 「リリルカさん、助かりました。」

 

 「カロン様より固い相手は初めて見ました。」

 

 リューとリリルカは笑いあう。最強(ベル)の一撃は通らずかすり傷一つ付かない。しかも敵が猛毒を持っているのは一目瞭然。素早く固く力強い敵。挙げ句におそらく敵の攻撃は一撃で致命となるだろう。絶体絶命の中それでもリューとリリルカは笑うのだ。どこまでも不敵に、不遜に、不敬に。

 

 ーーホラ来ますよ!

 

 「リューとベートが敵後方で速度で撹乱、俺は真正面を受け持つ!ベルは最高までチャージを行え!!魔法部隊は敵行動の阻害を意識しろ!リリルカはパターンBの指揮をとれ!戦闘員は敵の後方で控え、安全を確認し次第遠距離攻撃を開始しろ!」

 

 「オイオイ、テメエ。人使いが荒過ぎだろうよ!俺は借りモンのはずだろうが!」

 

 「強い相手と戦いたいと言ったのはお前だろ?ほら、不足はないだろ?一撃を絶対喰らうなよ!」

 

 「テメエこそ死んででも持たせやがれ!」

 

 いつもの強敵に対する戦術を駆使する。カロンが前面を持ち、周りがダメージを通す戦い。誰かは原作を間違えてなかろうか?これではソード・アート・〇ンラインである。さながらカロンはヒース〇リフか?

 向かい合う竜と連合、ベルの一撃で傷が付かない敵、カロン達にとっても未知の相手である。それでもカロンは笑い、リューは笑い、リリルカは笑うのだ。

 

 「私も前線へ出ます。」

 

 「リュー様、お気を付けてください。」

 

 冒険者はいつだって危険、カロンとリリルカの口癖だ。しかしそれでも彼らは生きて帰ることを信じつづける。彼らの大団長は闇派閥(ゴキブリ)が裸足で逃げ出すほど生命力が強い。連合に信じられている生きる伝説だ。

 

 カロンはスク〇トを重ねがけて竜の前面に立ちはだかる。噛み付く竜と牙を持ち受け流すカロン。竜は幾度となく顔を動かし噛み付く。カロンは盾と片腕を使って攻撃をうまく捌く。普通なら掠っただけで昏倒する猛毒を竜は孕む。カロン以外は前面に立てない。

 リューとベートは背後の上方から竜に襲いかかる。相手の防御の脆そうな羽に攻撃を加える。ここに妖精と狼の世にも奇妙な円舞曲を描き出す。リューとベートは空中戦を行う。二人は壁を幾度も蹴り竜の羽に幾度も幾度も飛び掛かっている。リューの攻撃は二本の短刀、ベートの攻撃は水の魔剣の力を宿した蹴撃である。しかし竜の羽はわずかな損傷しか受けない。

 前面のカロンは竜の噛み付きの動きを読んでいた。いらつく竜は角での頭突きを織り交ぜる。避けたカロンに体当たりをする。壁に激突するカロン。しかし仲間は微動だに慌てない。

 

 「ときの声をあげろおおぉぉぉ!!相手はたいしたことねぇ!今日の晩飯は豪華に竜の肉だ!豊穣の女主人を貸し切るぞ!!オラリオ中を羨ましがらせてやるぞおおぉぉぉ!!」

 

 馬鹿である。時間的に今日中に帰れるわけが無い。しかも相手はどう見ても毒を持っている。そんなん食って生き残るのはチート持ちのお前くらいだ!!

 しかし

 

 「「「「「「「「「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」」」」」」

 

 それでもときの声は上がる。わらうカロンは再び竜の前に立ちはだかる。竜はリューとベートを攻撃の的にする。しかし妖精と狼はどこまでも軽やかにこの世のものではないかのように竜の攻撃をすり抜ける。竜がベートを狙えばリューが、リューを狙えばベートが背後からちょっかいをかけ竜はひたすらいらつきを募らせる。

 

 「パターンB、攻撃開始!!」

 

 リリルカが指示を出す。パターンBはベートの水の魔剣と酸の魔法、そして雷撃の魔法である。相手の神経を焼き切り酸でドロドロに溶かすというえげつない戦術である。

 

 ーーーーーーグアァッ!?

 

 竜に雷と酸が降り注ぐ。しかし竜の鱗は強靭に結合している。雷も酸も竜の鱗を滑り落ちる。

 

 「チッ、ほとんど効果無しか。ベルはあとどれくらいかかる?」

 

 カロンは再び前面に立つ。竜は酸が目に入り戸惑っている。

 

 「あと30分持たしてください!!」

 

 「了解!」

 

 竜は再び目を開ける。全くダメージが通っていないわけではない。ベートとリューが傷を付けた羽の一部から泡を出している。酸が反応している証拠だが大きなダメージは通っていない!

 竜は咆哮を上げる。振動波がカロンを襲い、カロンは一瞬固まる。竜はその隙に口から毒混じりの酸性の唾を吐く。カロンはそれをもろに受ける。

 

 「カロン!」

 

 「大丈夫だ!」

 

 竜は困惑する。体液が全く効いていない。溶けるのは鎧のみ。竜は再びカロンをかみ砕きにかかる。同時にリューとベートをしっぽで落とそうと試みる。リューとベートはしっぽをどこまでもかわしつづける。擦れ違いざまに攻撃、かすかに羽が傷付くだけ。余りにも固い。

 冒険者達も遠隔援護を行う。余りにも危険な相手に前線へ出られない。リューとベートを避けての援護射撃である。しかしやはり敵の鱗は傷つかない。

 竜は前面のカロンに噛みかかる。カロンは盾で防ぐしかし竜は顎の力で盾を奪っていく。盾はそのままかみ砕かれる。そして竜は前面のカロンに爪で掴みかかる。カロンは両腕を上手に使い爪からサラリと逃げる。竜の追撃。角での頭突き。カロンはこれまた両腕で角を掴み敢えてそのまま後ろに跳ぶ。手応えのなさに竜はまた怒りを募らせる。

 そして竜は上空に飛び上がる。連合は明らかにヤバい気配を感じとる。

 

 「総員、散開しろおおぉぉぉ!!」

 

 カロンの怒号、落とせないか苦心する妖精と狼、しかしやはり効果は無い。竜はそのあぎとから黒い液体を溢れさせる。凶悪なブレスだ!

 

 「冒険者、サポーター部隊をまもれええぇぇぇ!!リリルカは変身してベルの退避を行ええぇぇ!!」

 

 サポーターは今や戦いの生命線である。ポーションでのフォローの専門家。リリルカの教えは浸透している。冒険者はサポーターの為に体を張り、ベルは上空に避難する。カロンは笑いながらブレスを正面から受ける。相変わらず狂っている。

 

 「総員、回復優先後に戦線復帰。次回以降飛び上がる気配を感じたら先ほどの行動を繰り返す。魔法部隊はパターンA。敵を永久凍土に閉じ込めろ!」

 

 物資は豊富だ。ヘルメスとミアハの合わせ技の高品質耐毒ポーションも数多く持ってきている。戦線復帰はさほどかからないはずだ。

 パターンAは最も信頼性の高い戦術、連合の最も頼る戦い方である。シンプルに幾人にもよる氷結魔法の重ねがけだ。水を大量に放つ部隊と水を凍らせる部隊。地獄の業火に強い魔物は数多くとも永久凍土から這い出せる魔物は存在しない。連合の魔法部隊は詠唱を始める。カロンは竜に組み付く。カロンは竜をよく見ていた。

 

 ーー奴が今までブレスを吐かなかった理由はやはり蠕動運動の問題だろう。短時間でそうそう何度も連続で行うのは不可能だろうし飛び上がるためにも体力を使うはずだ!!

 

 そう、これはミアハとタケミカヅチの合わせ技だ。ミアハの医術の心得とタケミカヅチの人体の理解によりカロンもある程度筋肉と相手の状況の理解をしていた。そして胃壁を収縮させる必要があるために相手が再びブレスを吐けるようになるまで時間がかかるとみていた。

 

 ーー他に大技があるとは思えんが………飛び上がっての体当たり?魔法?体当たりが使える技ならブレスより先に使ってるだろうよ!!魔法は警戒の余地があるのか?知能はどの程度だ?俺とリューとベートで何とか注意を引くしかなさそうだな。

 

 カロンは向かいながら思索する。もう盾はとうにない。ベートは今度はリューの風を纏いリューとベートは依然攻め立てる。ダメージが通ってるか怪しい。僅かに綻びているのは羽の先のみ。しかしベートとリューは幾度も幾度もサーカスのような連激を繰り出す。

 竜は正面のカロンを見ている。竜の噛み付きからの顎でのたたき付け。カロンは噛み付きを避けるがたたき付けられる。

 

 「うおおぉぉぉぉっっ!!」

 

 地面がへこむ。頭から血を流せどカロンは倒れない、倒せない。カロンは笑いつづける。冒険者達も立ち上がる。

 魔法部隊の準備が整う。一気に冷え込む階層。何かを感じとる竜、されど遅い。

 

 「タイダルウォーター!」

 

 「レイニング!」

 

 「グランドブルー!」

 

 「アイスエイジ!」

 

 「エンドブリンガー!」

 

 「グレイスワールド!」

 

 思い思いに魔法を唱える魔法部隊。適当な名称。

 水塊は波状に幾度も幾度も落ち、終わりが見えない程だ。そして水塊は次々に凍っていく。末端より羽を凍らされ尾を凍らされ体を凍らされついに氷の棺が完成する。動くこと能わぬ連合の必殺、連合は勝利を確信する。ただ数人を除いて。

 

 ーー相手の体がデカすぎる。凍らせきることが果たして可能か?相手は酸や毒も持っている。氷に不純物が混ざって固めきれるのか?

 

 ーーこんなに簡単に片付くものか?こんなやばそうな敵が?

 

 ーー油断はダンジョンで死を招きます。確実に死亡を確認するまで油断できない。

 

 ーーリリ達は生きて帰らねばなりません。リリ達は気を抜くべきではありません。リリ達は冒険者様を生きて帰すプロフェッショナルです。

 

 「やりましたね!」

 

 ベルの声が明るく響き渡る。しかしカロンの声が上がる。

 

 「ベル、それはフラグだ!!ベル、油断した奴からダンジョンでは死んでいく!!」

 

 その言葉をあたかも証明するかの如く棺はヒビ入り行く。竜は氷塊に纏われながらも声を上げる。カロンの声が再び響き渡る。

 

 「ベル、チャージは完了しているな!!英雄の力(それ)を放て!!今なら奴の動きも鈍い!」

 

 「は、はいッッ!!」

 

 大鐘楼(グランドベル)の音色が響き渡る。その音色はあまりにも荘厳で涙が出るほど美しく気高い。鐘は連合の勝利を告げるはず。

 

 ーーーーーーゴオオォォォォン、ゴオオォォォォン

 

 ベルはその手に英雄の力を載せて駆ける。英雄(アルゴノゥト)はひたすら速度をまして竜の首を切り落としに走る。

 

 

 

 ーーーーーーガキインッッッッ

 

 嫌な音がなる。英雄の一撃は無惨にも鱗によってはじかれる。竜は傷一つ付かないまさかの事態だ。呆然とするベル、連合はうろたえる。

 

 「うろたえるなあッッ!!俺達はまだ誰も落とされてない!!俺達はまだ敗北していない!!!」

 

 カロンの怒号にベルは目を覚ます。即座に退避する。

 

 「このままでは有効な手だてがない。逃走を行う!!」

 

 カロンは撤退を決める。しかし竜はそれを許さない。リューがしっぽにはじき飛ばされる。分断される。

 

 「チッ。」

 

 ベートがリューのフォローに走る。

 竜は辺りを見渡す。あたかも状況を理解したかの如く逃げ道を塞ぎにかかる。上層の入口に突進して天井を崩し穴を塞ぐ。

 

 ーー知能があるのか!?厄介だ!!どうする?先のパターンAは凍らせきることに失敗したらたいしてダメージが通る戦術ではない。しかも天井を崩されて連合に動揺が走っている。

 

 口元を歪める竜、飛び上がり二発目のブレスを吐きにくる。しかし連合は百戦錬磨である。唖然としながらも彼らは役割を忘れない。散開し優先的にサポーターを護る。

 

 ーー死ぬか生きるか、か。生きて帰る以外の選択肢はありえんな!!もう一度士気を立て直す。何が何でも生きて帰るんだ!!!

 

 「今一度声をあげろおおぉぉぉ!!正義はここにある!!俺達は何があっても生きて帰るんだ!!絶対にだ!!」

 

 カロンは再び声を上げる。信じられないほどのタフさを誇る大団長の怒号に今一度士気が戻る。そしてそれは黒いスキルの後押しを強烈に得て全員の力が先程まで以上にみなぎる。

 

 カロンが前面から取っ組み合い、ベートと復帰したリューが背後を攻め立てる。密かに継がれた白いスキルはリューを支え汚れから護る。リューは先程の尾の一撃で体内に毒の侵入を許すも、なおも必死に戦い続ける。

 

 ーー何が何でも生きて帰ります!!私にできることは少しでも敵を傷つけることだけだ!私は絶対にもう落とされません!!

 

 周りの冒険者はリリルカの号令のもと遠隔攻撃を行う。疾風怒涛の剣撃、鈍い金属音を立てる蹴撃、数限りない矢衾を受けなおも竜は微動だにしない。カロンは竜の顎を殴りつけ、仕返しとばかりに竜はカロンの片腕に噛み付く。ゴリゴリと嫌な音を立てる。しかしリリルカの有能さ。

 

 「口内に魔法を放って下さい!!炎の即詠唱魔法部隊、連続で至急です。」

 

 さすがに体内を焼かれるのは堪える竜。カロンの腕を離す。カロンは一時退避する。

 

 「カロン様、どうしますか?」

 

 リリルカが近付きポーションを渡す。

 

 「ベルはどうしている?」

 

 「先程の一撃で体力を消耗しています。今現在は回復に努めています。」

 

 「わかった。ベルが回復し次第もう一撃だ!!」

 

 「倒す算段は?」

 

 「今から見つけるしかない。最悪ベルをあの口の中にほうり込むしかあるまい。」

 

 他に方法はない。ダメージが通ったのは口の中だけだ。魔石も見当たらない。そしてカロンはさらなる切り札を切る決意をする。

 

 「同時にパターンCだ。準備を行え。」

 

 パターンC、これも単純な戦術だ。ひたすら重力魔法を重ねがけるというもの。しかしこれらの3パターンは今まで連合を支えつづけて来た戦術だ。シンプルイズベストである。しかしAとCは魔法部隊の消耗が激しく一回こっきりだ。Aは対象の巨大さに失敗しBは竜にほとんど通用していない。もう他に切れる札は無い!

 

 「やれやれ、時間を稼いで来るぞ。」

 

 やっぱりカロンはわらう。また竜と向き合う。

 

 ーーリューとベートも限界が近い。さてはてどうするかな?

 

 またカロンは竜の前に立つ。何度撃退しても立ち塞がるカロンに竜は激昂が止まらない。冷静さをついに欠きストンピングを連続で行う。地面が崩れる階層、激しい揺れに平衡感覚をやられ倒れる者達。しかしカロンは踏まれても踏まれても立ち上がる。頭部からとめどない血を流して立ち上がる。そして不敵に笑いつづける。

 

 ーーーーーーリンリンリンリンリン

 

 響き出す鐘の音色、ベルが復活してチャージを行っていることをカロンは悟る。そして変人カロンはここで狂気の作戦を思い付く。

 

 「リリルカぁぁっ!作戦だぁぁっ!重力魔法が仕上がったらお前は竜を持ち上げろぉぉぉ!!」

 

 わらうカロン、わらいかえすリリルカ。狂気のスキル、アーデルアシストは何でも持ち上げることが可能なスキル。そう、持てるのであれば重力をかけられた竜だろうがたとえ地球だろうが。そしてリリルカはカロンの狂気のアイデアを盲信することに決める。自分に作戦はない。このままでは全滅必死だ。ならば沈むにしろ浮かぶにしろ最後まで信じたいものを信じて生きよう、リリルカは決意する。

 

 戦う竜と前衛、カロン、リュー、ベート。ベートが最初に体力不足により落ちる。ベートはサポーター部隊の中に退避する。リューも時間の問題だ。カロンは笑いつづけながら竜と向き合う。カロンへと噛み付く竜の牙。残ったカロンの鎧を砕き血を流させる。笑いやまぬカロン。噛まれながら目に腕を突っ込もうとする。しかし眼球すら固い。それでも竜は驚きカロンを離す。

 己らの余力の少なさを察知した連合は重力魔法部隊以外で矢と可能な魔法を放ち時間を稼ぎにかかる。しかしほとんど竜は堪えない。僅かに酸が羽を溶かすのみ。それでも覚悟した連合はあらん限りの力を振り絞り竜に攻撃を加え続ける。

 カロンはボロボロの状態だがポーションを煽っていつまででも前衛に立つ。降り注ぐ矢と魔法。いつまで物資が持つことやら。カロンは今回は赤字は免れないなと心の中で苦笑する。相変わらず頭のネジが外れている。

 角で突っ掛かる竜、カロンはタケミカヅチ直伝の体捌きを行いうまくいなす。しかし竜はそのまま回転しカロンをしっぽではじき飛ばす。カロンは音を立てて吹き飛ばされる。

 鐘の音色が徐々に辺りに力強く響き出す。

 

 ーーもう少しかかるな、、、

 

 余力のない連合、それでもカロンは時間を稼げる札を模索する。魔法部隊はマインドダウン続出で冒険者部隊の攻撃は時間稼ぎにならない。リューは落ちる寸前でベートの復帰には時間がかかる。このままでは連合が食い破られるのも時間の問題だ。

 

 ーーやはりやむなしか。

 

 嗤うカロンは狂気を力にする。カロンはしばしば狂ったアイデアを思い付く。それは仲間を護る聖者と手段を選ばない覇王の才能の共演。狂ったアイデアは何が何でも仲間を生きて帰す強い意思から生み出される。

 

 「リリルカぁっ!エリクサーをあるだけだせぇっ!!剣も渡せぇっ!!」

 

 「やれやれ、またおかしなことを実験するおつもりですか。」

 

 エリクサーを受けとるカロン。仲間達は理由がわからない。リリルカはただ苦笑する。

 

 「これから切り札を発動する!!お前らぁッッ!!絶対に全員で生きて帰るぞおぉっッッ!!」

 

 冒険者から剣を受けとったカロンは竜と相対する。噛み付く竜、しかしまさかの自分から喉の奥へと侵入するカロン。

 毒竜は驚く!毒竜は今まで自分の口内で長時間生き抜く存在がいたことがない!当たり前だ!!通常の剣より鋭い牙と鉄を溶かす酸と毒を含む口内だ!!!

 ここに来て初めて困惑する竜。僅かに心に鎖がひっかかる。

 

 当然竜はかみ砕こうとする。しかしカロンは避ける。口内で避ける。当たってもエリクサーで回復させる。狂気の持久戦。敗北上等の時間稼ぎ。

 竜は吐きだそうとする。飛び上がりブレスを吐こうとする。しかしここに来て執拗なリューとベートの攻めが功を為す。いつの間にか数箇所の亀裂を入れられていた羽は機能を果たさない。リューは笑いながら疲労困憊で落ちていく。

 ならばと地面上で吐きだそうとするもカロンは細かく剣で何回も舌を刺す。さらになけなしの物資をここぞとばかりに出し惜しまずに撃ちつづける連合、しかしこれが予想外の効果を発揮する。矢に時折混じるヘルメスファミリアの着火式爆弾を確認した竜は、地上でブレスを吐くために口を開けるのを躊躇う。ブレスを吐くためには口を上方へ向けて開けなければいけない。鱗は強靭でも口内まで強靭なわけではない。爆弾が体内に入りでもしたら痛手になりかねなく、ブレスで敵を吐き出せる確証もない。

 カロンはすでに酸でボロボロの剣をしかし何度も何度も竜の舌に刺しつづける。そしてカロンは牙にしぶとくしがみつく。カロンは我慢勝負に無類の強さを誇る。竜はカロンを吐きだせない!!首を振っても牙で突き刺しても出て来ない。有り得ないしぶとさ。拷問以外の何物でもない数限りない牙での刺突を幾度も受けカロンはそれでも竜の口内でなお嗤う。

 狂気の我慢比べだ。力尽きるか痛みに負けるか物資が尽きるか無理矢理吐きだされるか口内にしがみつくか。

 竜は頭を振って頭部を幾度となく壁にたたき付ける。しかしカロンは牙を掴み剣を突き刺して出て来ない。飛び散る血液は酸に触れ音を立て、幾度も牙は肉をえぐる。それでもエリクサーを含んで離れない。竜の唾液は強酸で、白いスキルに護られたカロンであっても音を立てて手足の末端から溶け出している。それでもカロンは離れない。竜は困惑する。

 

 ーーゴオオォォォォン、ゴオオォォォォン

 

 ついに鳴り出す大鐘楼、重力魔法部隊が自分たちの出番を理解して前に出る。竜は口内に夢中で気付かない。

 

 「ベル様、狙う箇所は理解していますね?」

 

 「で、でもカロンさんがまだ中に………。」

 

 「覚悟を決めてください。カロン様のことはお気になさらずに。カロン様はリリ達を愛してます。仲間達全員を心から愛してらっしゃいます。ここで倒せなければ全滅です。もう一度言います。覚悟を決めてください!わらってください!!」

 

 ここでリリルカの黒いスキルが発動する。誰にも知られず受け継がれた黒いスキルはベルに覚悟を植付ける。ベルは覚悟を決めてわらう。覚悟と二重の黒いスキルはベルの英雄の一撃をさらに爆発的に強化する。

 頷くベル、発動する重力魔法、リリルカは自分の仕事をする。

 

 リリルカはエンペラータイガーへと姿を変える。竜は突如の重みに苦しむ。幾重にも重ねられた重力、それは外傷に強い竜にも強力な効果を出す。リリルカは竜の傍に颯爽と立ちゴライアスへと変身する。

 そしてここで反則スキル、アーデルアシストがやはり力を発揮する。

 リリルカは竜を持ち上げ重力ごと地面にたたき付ける。床に亀裂を入れて竜は沈み込む。カロンは竜の口内であるだけの剣を舌に突き刺す。竜は痛みと衝撃と重力で口が半開きで痙攣する。そしてまばゆい白い輝きを放つ英雄(ベル・クラネル)

 

 「うわああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 「ベル、やれぇっ!」

 

 白い英雄は二重の黒いスキルに強烈なサポートを受ける。

 

 「ああぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 竜は白い英雄の力を感じとる。ここに来て初めて竜は恐怖を感じる。体は痛みで動かない。自身の鱗には自信がある。しかし先程口内を刺されたばかりだ!!ここを狙うに決まってる!!

 

 感じとる強大な白い暴力、痛みで動かない体、いまだに嗤いながら口内で剣を刺しつづける狂気の(カロン)

 

 そしてそれを最大にサポートするリリルカ。

 

 「今です!!皆様声を上げて下さい!!!今しかありません!!!」

 

 「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!!!!!」」」」」」」」」」」」」

 

 ここで怒声が鳴り響く。一斉射撃が乱れ飛ぶ。黒い鎖がベルを二重にサポートし、竜を二重に拘束する。

 

 そしてついに白い砲弾が発射される。それは太陽より白く眩しく輝き、竜の体内に向かって特攻する。

 

 「うわああぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

 ベルは口内に特攻する。ベルは縦横無尽に竜の体内を蹂躙し、体を打ち破り出てくる。飛び散る毒々しい血肉。

 ベルは勝利を確信する。

 しかし最期に竜は自身の落命を悟り命をかき集めて呪いのブレスをベル目掛けて解き放つ。

 

 「ベルッッッ!!!」

 

 ベルは竜の体内の毒に侵されていた。高い耐異常を持つベルであっても満足に動けないほどに。近い将来連合を取り纏める次代の英雄をカロンはかばう。しかしそれは僅かに神の血を体内に含む竜の最期の毒。毒はカロンの白いスキルさえ溶かして魂の表面を消し飛ばす。

 

 「ぐわあああぁぁぁっ!!」

 

 「カロン!!」

 

 「「「大団長っ!!」」」

 

 即座に近寄ろうとするサポーター部隊、しかしそれをリリルカは押し止める。

 

 「さすがによくわかってるな、リリルカ。ダンジョンは油断した奴から死んでいく。竜の確実な死亡確認が先だ!」

 

 「「「は、はいっ。」」」

 

 

 ◇◇◇

 

 あのあと魔法部隊の遠隔からの死亡確認が確実になされ、俺達は誰もいない階層で休んでいた。落盤した天井はサポーター部隊によって復旧されていた。

 

 「リリルカ、調査の結果はどうだった?」

 

 「竜の死骸に役に立つ部位はありませんでした。魔石もありませんでした。それとこのあたりの地面には予想通り毒が溶けていて危険です。役に立つ収穫は無しですね。」

 

 「やれやれ、今回は大赤字か。ベルは無事そうだし次回以降に期待、か。」

 

 ボロボロの俺はついぼやく。貧乏時代の名残だ。今もあんまり金は持たないが。ふむ、もしかして貧乏神がファミリア内に居るのかもしれないな。ヘスティア辺りか?タケミカヅチも怪しいな。両方か?体に纏ったもはやぼろ切れとしかいえないものには多量の血液がこびりついている。鎧も盾も作り直しか?いや、もう必要ないのか………。

 

 「いえいえいえ、何であなたはもう………。あなたの戦力外がどんな大赤字より大きなマイナスですよ。………しかし生きているだけたいしたことないような気もしてきましたね………。リリはやはりおかしくなってるのでしょうか?」

 

 「いや、リリルカは正しいさ。」

 

 そう、俺は先のブレスでステータスを消し飛ばされていた。俺には状態異常を防ぐスキルがあったが先のブレスはそんなに生易しいものではないことが見るからに明らかだった。

 

 「やれやれ、撤退せざるを得ない、か。」

 

 俺はさらにぼやく。帰りがものすごい億劫だ。時間も大概かかる。そして物資が薄いための必死の逃避行だ。気が進まないこと山の如しだ。

 

 「チッ、テメエあのヤバい口の中に特攻とかつくづくどうなってやがんだ?」

 

 「凶狼、お疲れさん。俺のステータス消されちまったから今度からどつきあうの勘弁してくれよ。死んじまう。」

 

 「ハァ?まさか最後のアレか?マジかよ、結局一回もぶったおせてねぇんだぞ!?」

 

 「スマンな。というわけで帰りは俺は護られるお姫様役だ。頼んだぜ!」

 

 「ふざけんなよ!ハァ、マジかよ………。」

 

 切ない目をした凶狼。とても哀愁が漂う。シュンと垂れたしっぽ。スマンな。

 

 「これから特訓できませんね。」

 

 リューが近くに来る。

 

 「ああ、勘弁してくれ。俺はもう一般人だ。」

 

 「カロンさん、お疲れ様です。」

 

 ベルも近寄って来る。

 

 「最後の一撃は助かったぞベル。痛かったけど。」

 

 「痛かっただけってつくづくカロンさんはどうなってるんですか!?」

 

 「タケミカヅチ様様だな。ある程度うまく受け流せたよ。」

 

 「かないませんよ。本当にカロンさんさえ居れば無敵なんじゃあ………。」

 

 「ベル、俺はもう爺で戦えないから後は頼むぞ。」

 

 「ええっ、何を言ってるんですか!?」

 

 「聞いとらんのか?俺はステータスを消し飛ばされたぞ。」

 

 「えっ、まさか最後の攻撃で?」

 

 ベルはみるみる顔を青くする。自分を庇ったせいで?

 

 「気に病むことないな。生きてるし。次期大団長を庇っての名誉の負傷だ。致し方あるまい。」

 

 「ええ!?次期大団長!?」

 

 「既に内々で意思統一は完了してるぞ?いつだって次代を育てておくのは当たり前だろ?」

 

 「ぼ、僕なんかに務まるとは!?」

 

 「困ったらリリルカに丸投げればいいさ。」

 

 俺は笑う。リリルカは冷たい目。ベルは困惑する。体はまだ痛い。

 

 「さて、もうしばし休んだら帰るぞ。油断するなよ。」

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 ロキ本拠地近く、たまたまロキと出くわす俺。

 

 「なんや自分、今回エライ損したらしいな。ザマァミロや!」

 

 ニヤニヤ笑うロキ、ムカつく。

 

 「もう神酒持ってこん!!」

 

 「オ、オイ待てや!!同盟の条件やったハズやで!?」

 

 慌てるロキに俺は畳み掛ける。

 

 「もう同盟がなくとも十分な友誼を通じてるの分かってるだろ?」

 

 「うぐぐ、ふざけんな、詐欺やで!!」

 

 「人の不幸を笑うのが悪いな。全く。」

 

 「悪かったて。まあ今回はでもそこそこの人数がランクアップしたやん。ウチのベートもつよなったし。自分はもう戦えんみたいやけど。」

 

 「まあ、そうだな。後はベル任せだ。年寄りは若者を育てる生き甲斐でも探しにいきますかね。」

 

 「厭味か?神相手に自分が年寄りて………。」

 

 ロキのジト目。元々細目のロキは違いが判りづらい。しかし長く付き合って分かるようになってしまった。何の得があるというのか?

 

 「ロキ、人間は相応に年をとるのが楽しみでもあるんだよ。」

 

 「自分つくづく変なやっちゃな。まあイロイロな子供がいるのが地上のエエとこでもあるかな。」

 

 「俺はもう帰るぞ。」

 

 「神酒はちゃんとくれや?」

 

 「アル中強欲貧乳ババア。」

 

 「アン、何か言ったか?」

 

 「何も。」

 

 「まあエエか。聞かんかったことにしといたるわ。いつまでも自分を引き留めたらアイズたんが帰ってこんとも限らんしな。」

 

 「何だ?アイズの引き抜きが怖いのか?」

 

 「ふざけたことぬかすなや!!アイズたんは団長や。そう簡単に改宗はせえへんで!」

 

 「簡単じゃなかったとしても俺のしつこさを知ってるだろ?アイズはリリルカが大好きだし。」 

 

 睨み合う俺とロキ、漂う緊張感。しかし俺はそこではたと気付く。俺はロキに背を向ける。

 

 「なんや、いったいどうしたんや自分?」

 

 「いや、そういや俺昨日大団長辞任したんだった。」

 

 「ズコーーーッ。」




ベルのナイフはヘスティアがカロンに土下座して金を出してもらい後は原作と同じです。タケミカヅチの損害見込金と併せてカロンがだいたいいつも貧乏な理由です。まさしくヘスティアとタケミカヅチはカロンの貧乏神です。
カロンの神物相関図
ガネーシャ→神友
フレイヤ→恩神
ロキ→悪友
ウラノス→変なジジイ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。