ダンジョンで運命を変えるのは間違えているだろうか   作:サントン

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ほだされイシュタル

 「頼む!どうにか春姫を手放すことを考えてはくれないだろうか?」

 

 ここは女主の神娼殿。やはりイシュタルだけは連合に本拠を移すのは不可能だという決定だった。

 タケミカヅチは連合内でたまたま昔の知り合いとあった風を装い、春姫の改宗をイシュタルに頼み込んでいた。

 ソファーにて向かい合うのはイシュタルとカロン・タケミカヅチ同盟。但しカロンは今まで口を出していない。

 

 「お前はまた来たのか?」

 

 連合に入って以来、タケミカヅチは春姫を改宗させるためにイシュタルの元へ足繁く通っていた。とは言ってもカロンとしてはイシュタルの機嫌を損ねるのだけは避けたかったのでイシュタルの様子を見つつではあったが。

 

 「俺が渡せるものなら大概は渡すからどうかダメだろうか?」

 

 「お前も本当にしつこいな。そこの男の影響か?」

 

 サンジョウノ・春姫。イシュタルの眷属でとあるレアな魔法を持っているためにイシュタルが手放したがらない眷属。タケミカヅチは彼女を娼館に出さないようにその分の損害の見込みを金で支払うことで先延ばしにさせていた。連合成立すぐはお披露目金カンパの残りから、その後はタケミカヅチファミリアの稼ぐ金と、カロンの個人的な稼ぎでその分を賄っていた。タケミカヅチファミリアの稼ぐ金とはタケミカヅチ道場の連合貢献に対する見返りと眷属のダンジョン探索で得る金である。

 

 イシュタルは考える。

 

 ーー春姫は本来フレイヤへの切り札としてとって置いたのだが………しかし連合情報の冒険者レベルではなぁ。そしてこの間憎いフレイヤを見たときにこちらを羨ましそうに見ていたのも確かなんだよぁ。

 

 羨ましそうに見ていた。カロンとの仲の嫉妬とイシュタルは捉えていた。しかし実はこれはカロンの根回しである。カロンはフレイヤに演技してもらうように頼み込んでいた。

 イシュタル側としては憎い相手の済まし顔を歪ませただけでも多少は溜飲が下がったのは確か。

 フレイヤ側の思惑としてはお気に入りのカロン(おとこ)の頼みであるし、戦いをその程度で避けられるなら願ってもないこと。もちろん負ける気はないが戦うのは面倒だ。カロンを間に挟むことでお気に入りの男を寝取られた女を演出できるのだ。さらに上手いことにフレイヤは実際にカロンがお気に入りだ。演技に熱を入れなくてもスンナリと演じることが可能であった。それにお気に入りの男との二人きりの秘密というのも悪くない。

 

 「頼む、春姫は大切な眷属の友人なんだ。」

 

 「………まあ金を払ってもらってるうちは別に娼館に出したりはしないが………まだ渡す気はない。」

 

 「そうか、今日はここまでということだな。また来るよ。」

 

 タケミカヅチとカロンは席を立つ。

 

 ◇◇◇

 

 タケミカヅチ道場。ここにはやはりカロンとタケミカヅチ。

 

 「俺の眷属達も会わせてくれと言ってるよ。中々上手く進まんな。」

 

 「そうだなぁ。まあ金に関してはぼられてる額ではないからイシュタルも多少は軟化しとるだろう。やはりしぶとく戦うしかないだろうな。」

 

 「まあそうだな。折角だし手合わせするか?」

 

 「師の教えを独り占め出来るのは中々に贅沢だな。」

 

 ◇◇◇

 

 「また来たのか。」

 

 一週間後のやっぱり女主の神娼殿。

 

 「なあ、頼む。俺の眷属達も会いたがってるんだよ。会うだけでも会わせてくれないか?」

 

 ーーうーん春姫に里心を出されてごねられるのも面倒ではあるのだが、なんか一回くらい会わせても構わんような気もするなぁ。何よりこいつしつこいしなぁ。どうしたものかなぁ?

 

 そこへ珍しくカロンが口を開く。

 

 「ふむ、今まで考えてなかったがイシュタル、お前の眷属達はタケミカヅチ道場に通ってみたりはしないのか?」

 

 「なぜそんなことをする必要がある?」

 

 「お前の眷属は戦闘娼婦だったりそうでなかったりだろう?タケミカヅチで護身術を習えば護衛の予算を削れたりしないか?」

 

 「うーん難しいだろうな。武を身につけるのは時間がかかるぞ?」

 

 タケミカヅチがそう話す。

 

 「正直な話し連合には助けられている点もあるんだよなぁ。」

 

 これはイシュタルの弁。

 娼婦の問題の一つに健康面の問題がある。ミアハとソーマとヘルメスの協力の産物である薬酒は医者を好まないものでも受け入れる場合が多い。その点に於いてイシュタルは非常に助かっていた。

 

 ーーうーん最初から無意味と決めずに試してみるのもアリなのか?しかし武術が娼婦の役に立つか?他のファミリアとの協力は?

 

 「取り敢えず見るだけ見てみないか?」

 

 なし崩しにイシュタルは連れられていく。この時点でカロンには一つの予感があった。

 

 ◇◇◇

 

 「お、おいカロン!来たのはいいが今は鍛練を行っていない時間だぞ?」

 

 タケミカヅチの言葉。

 

 「俺と師がいるだろ?イシュタル、俺達が立ち会うから見ててくれ。」

 

 そういって立ち会うカロンとタケミカヅチ。

 

 ーーふむ。

 

 少し感心するイシュタル。彼女はご存知美の神である。タケミカヅチはもちろん武の神だ。武に通じたタケミカヅチの佇まいは美の神から見ても美しさを感じるものであった。そしてそうなると当然の話。

 

 ーーう、美しい!

 

 イシュタルが僅かでも嫉妬するほど。タケミカヅチの洗練された武のその極みは美の神を唸らせるほどの美しさを孕む。タケミカヅチは流麗な動きで大男のカロンを簡単に投げ飛ばす。カロンはイシュタルの表情から心を少し揺らせたことを悟る。カロンの目的はタケミカヅチの美点を見せて二人の仲を近づけることだった。タケミカヅチと親交を作らせイシュタルをほだそうという作戦である。

 

 ーー揺さぶれるかな?

 

 「戦う女性は美しい。それはお前の一つの信念だろ?イシュタル。」

 

 戦闘娼婦、謎の存在である。

 娼婦をダンジョンに送れば娼館の売上は落ちるし人員が損耗する。護衛を冒険者に任せて娼婦に専念した方がいいのではないだろうか?ダンジョンはレベルが上がれば日跨ぎの探索もザラである。時間にルーズになり娼館の売上が安定しなくなるだろう。

 娼婦自身がそれを望んでいるのか?それもしっくり来ない。夜に仕事をして昼に探索を行い彼女たちはいつ休んでいるのだ?日替わりで休日?そもそもダンジョンで十分な稼ぎがあるなら娼婦を続ける意味は?趣味?ダンジョンの稼ぎでは足りない?それならそれこそダンジョンに潜る時間娼婦に専念した方が稼げないか?なぜ冒険者と娼婦を分けないのか?

 

 そもそもそれ以前に主神の雇い主であるイシュタルが許しているのである。金を生み出す彼女たちが死ぬ危険性のあるダンジョンに潜ることを。それならイシュタルが戦える女性がお気に入りだと考えるのが一番自然だろう。フレイヤへの対抗心もあるだろうが。

 

 「なあ、イシュタル。お前自身は武を習わないのか?」

 

 「………私は美の神だ。」

 

 「武を習えば美の神であり武の神にもなれるかも知れないだろ?フレイヤやっぱりドレスを噛んで悔しがるぜ?だからお前も通えばいいだろ?美容にもいいんじゃないか?お前がそれ以上美人になっちまったらフレイヤは悔しさのあまりドレスを粉々に引きちぎるかもしれないぜ?」




春姫に関しては後はタケミカヅチの仕事です。

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