ダンジョンで運命を変えるのは間違えているだろうか 作:サントン
ここはオラリオ、ロキファミリア食堂。俺は今日は用事があってロキファミリアを訪れていた。忙しい合間をぬっての訪問だった。
「久々だな、凶狼、お前に話があってきた。」
「ハァ、一体何の用だ?」
凶狼との会合。
ベートは追い出すのが難しくなっていたカロンの相手にすでに悟りを開いていた。
「前々からの勧誘だよ。話は聞いてるだろ?直に連合が出来上がる。お前ウチに来いよ。高待遇を約束するぜ。」
「何度も断ったろうが。ほんっっとにテメエはしつけぇな。」
「じゃあタケミカヅチ道場だけでも見に行くぞ!」
「アン?何だって俺がそんな面倒なことにつきあわねぇとならねぇんだ?お断りだ。」
「そういうなよ。いいことがあるかも知れないぞ?」
「テメエ何を言ってやがる。」
「む、そういえば今日はアイズが道場に通う日だった気がするな………。タケミカヅチ道場では寝技の鍛練も行っていたような………。」
何とも言えない卑怯さ。
「………早く行くぞ。」
◇◇◇
タケミカヅチ本拠地道場。
「ここがタケミカヅチ道場だ。」
「チンケな道場じゃねぇか。テメエ本当にアイズがいるんだろうな?」
ベートのしっぽ、メッチャ揺れてる。ピクピク動く耳。ぶっきらぼうな対応でも隠しきれないにやけづら。ダンまち最強の萌えキャラが今ここに降臨する。
「おーい、タケミカヅチ師、以前話していた凶狼を連れてきたぞ。」
「ああ、カロン。よろしくベート。」
無駄に爽やかなタケミカヅチスマイル。
「チッ、テメエがアイズの師匠か。」
「ああ、雑に扱うとアイズが怒るかもしれんぞ。」
笑うカロン。
「中で鍛練しているハズだから見に入ろう。」
◇◇◇
道場内。中で鍛練するのは五人。アイズ、リュー、後はタケミカヅチ眷属の三人。桜花と千草と命だ。リリルカは本拠地のお留守番中だ。
「カロン殿、そちらが以前おっしゃっていた?」
「ああ、ロキの所の凶狼だ。凶狼、彼女は命、横にいるのは千草だ。あそこで今アイズと戦っているのが桜花だ。リューは知っているな。」
自己紹介をする三人。ぶっきらぼうな凶狼。しかししっぽの揺れで上機嫌を隠しきれない。カロンはその姿をみて凶狼をタケミカヅチの道場のマスコットにするのもありなのか?などと考える。
「オイ、アイズ。テメエそんなザコに何てこずっていやがる!?何でそんなおかしな戦い方をしてるんだ?」
しっぽを揺らしながらでも平常運転ベート。アイズと桜花は武器を持たずに素手で戦っていた。
「凶狼、今あれは技術的な向上を行ってるんだよ。」
「アア?どういうことだ?」
「ステータスにおける器用の鍛練だと考えればいい。器用をあげても使い道を理解しなければ宝の持ち腐れだ。技というものは力任せに戦っていても身につかんだろ?それに素手で戦っている理由は武器を落としたり壊したりしてしまえば戦力が落ちるだろ?備えは多いほどいい。」
「アン?アイズの武器は不壊属性だろ?んな鍛練意味あんのか?」
「それは油断だよ。ダンジョンで油断した奴は命を落とすくらいお前ほどの熟練者なら知ってるだろ?」
「………………。」
「まあ確かにダンジョンに人型のモンスターがどれだけいるんだって話はあるけど、武器を持たない戦闘を詰めるのも悪くないぜ?武器の重さのない時の体の動きは重心が変わるからな。また違ったものになる。ほら、ちょうどアイズの試合が終わったぞ。」
勝ったのは桜花。冒険者のステータスもへったくれもない戦い。まともにやればアイズが勝つのは当然だが、タケミカヅチ道場のルールに則って技術のみを競うのであれば長く道場にいる桜花に一日の長があるのだ。
ベートは考える。
ーーアイズの技術よりあのヤローの技術が上だって意味か?アイズはステータスを生かす戦いをしてねぇ。ただ勝つだけならアイズは苦労しねぇはずだ。ならこの戦いに一体何の意味が?戦いに何らかのルールがあるということだろう。そのルールを守って戦う意味………。
「ベートさんお疲れ。来たんだ。」
「………ああ。アイズ、お前はさっきの戦いは手を抜いてたのか?」
「ステータスはあまり、使ってない。」
「じゃあ何の意味があってあんなことを………?」
「ダンジョンは深い階層に潜らないと強い敵がいない。油断できない階層に行く前の………準備運動?」
「何で疑問形なんだよ!まあいい、だいたい理解した。つまりステータスを抑えて戦うことでギリギリでの戦いのイメージトレーニングを行ってたってことか。」
「そうだったの?」
首を傾げるアイズ。
「自分のことだろうが!」
突っ込むベート。
「どうだ、連合にこんか?」
相変わらずマイペースカロン。
「いかねぇよ!それよりアイズ、俺とも戦ってみてもらえるか?」
「凶狼はスケベだなぁ。そんなにアイズが触りたいのか。」
「ちげぇ!!」
「ベートさんスケベ?」
ベートは危機である。スケベートというあだ名をロキファミリアで浸透させられかねない。
「ア、アイズ、違うんだ。ただ俺はお前が何を得ているのかを確認したいだけだ。」
「うん………わかった。なら勝負しよう。」
「まあ待てアイズ、凶狼、ルールを説明するよ。」
◇◇◇
ベートは困惑する。普段のダンジョンとは全く違う戦い。ダンジョンに於いては卑怯という言葉が存在するわけがない。
しかしこの戦いはルールに縛られた戦いだ。たくさんのルールがある。そのルールにベートは困惑していた。
当然危険部位への攻撃は禁止。これはいい。アイズは仲間だ。そんなことする必要はない。ステータスの封印、これもいい。殺し合いではない。しかしそれだけでなくなぜかつけられた打撃禁止のルール。カロンが笑いながらつけたこれはベートに甚だ不利を来す。ベートは普段、殴り合い以外で戦わない。殴るのを禁じられたら後は投げ技か?しかし筋力にさほど自信のないベートが積極的に使う技ではない。ベートは深く理解していない。投げ技は膂力に頼ったものだけでないということを。
「行くよ、ベートさん。」
開始の合図がされアイズが迫り来る。ダジャレではない。
ベートは対応に当然迷う。なにせ初心者だ。
「チッ。」
つい蹴りを出してしまう。
「凶狼、打撃は禁止だぞ!」
カロンの野次が飛び仕切り直す。
アイズが迫りベートを掴もうとする。ベートはよく理解しないながらもアイズの手を避ける動きをする。アイズが追いベートが逃げる。その繰り返しだ。
ーーチッ、これになんの意味があるというんだ?打撃を禁止されたらどうするべきだ?アイズの真似をしてもそのあとどうすればいいやらわからねぇ。力ずくで投げ飛ばせるか?
ベートは迷うが捕まるのも時間の問題である。意を決して強引にアイズに掴みかかる。
アイズを掴み、力で投げ飛ばそうとしたベートは天井を仰いでいた。
ーー俺が投げられたのか?どういうことだ?俺は投げようとしたハズだが?!俺が投げられたのか?
タケミカヅチ道場は武の理を深く理解している。力の流れを理解し、適切な対応をすれば相手を投げ飛ばせるということをベートは理解できていなかった。
「凶狼、一本だな。今回はお前の負けだ。」
「ざけんなテメエ!打撃禁止になんの意味があるってんだ!?」
「それ自体には意味はないよ。イロイロな体の動きを理解すれば戦闘の際に自分のできることのアイデアが広がるってだけさ。」
「オイ、アイズ。それは本当か?」
アイズに聞くベート。
「うん、イロイロな動きをすれば、相手の筋肉の動きが理解できるようになる。相手が何をしようとしてるのか観察できるようになる。」
その言葉にベートは衝撃を受ける。それは突き詰めれば相手の動きを先読みできるようになるということなのか?制限をつけて戦うことでより高みに登れるということか?ベートはプライドが高いがそれ以上に強さに対して貪欲でもある。何より自分同様強さに貪欲なアイズが負けてでも何か得るものがあると感じている。
「オイ、それはお前の役に立ってンのか?」
少し考えるアイズ。
「前より………疲れがなくなった気がする。」
ーー動きの効率化か………。継戦能力の向上ということか?仲間との鍛練の違い………。仲間と鍛練する際は大概が武器での戦いだ。ダンジョンには武器を持たない敵も多くそいつらとの戦いの模擬にはなりづらい。加えて自身の戦いの新しいアイデア………。アイズが俺にやったように俺の知らない何かがここにあるということか?そしてそれをアイズは実感してやがる。アイズは嘘をつく性格じゃねぇ。
ベートは考える。今の彼はある程度以上深い階層に行かないと全くといっていいほどステータスが伸びない。潜るにも時間がかかる。
ーー潜る時間の延長と新しい強さの可能性………。時間を費やしてみるだけの価値はありそうだな。
「オイ、テメエ。」
カロンを見るベート。
「どうした?」
「いいぜ、アイズも奨めているし通ってやる。」
「通うなら対価が必要だなぁ。」
笑うカロン。
「金を払えってことか?」
「いや違う、お前の蹴りは一流だ。対価としてお前の戦いの技を皆に少しでも教えてくれよ。お互いに損のないいい提案だろ?」
◇◇◇
向き合うカロンとタケミカヅチ。他の人間は帰ってもういない。
「ずいぶんと足元見たなぁ。ベートの強さの元は多大な実戦の経験値だろう?」
ベートは実戦のスペシャリストだ。ベートの戦いは多大な戦闘を経てどう戦えば強くなるかをつきとめた集大成である。そして高レベル冒険者で打撃技で戦う者は稀である。カロンとタケミカヅチは共にそれにはとてつもない価値があると考えていた。
笑うタケミカヅチ。笑いながら答えるカロン。
「あなたに損はないだろう。それにあなたの武にだって十分以上に価値がある。凶狼だって納得済みだしお互いに気にすることはないさ。」
もちろん道場は剣道も教えています。
それと理屈としてはアイズは今まで自分を高める努力をし続けていました。道場に通い相手を分析することを覚えて、いわゆる敵を知り己を知らば百戦危うからずの理屈です。