ダンジョンで運命を変えるのは間違えているだろうか 作:サントン
英雄は言いました。[地位も名誉もいらない、家族と一緒に安らかに暮らせる日々が欲しい。停戦するべきだ。]
王様は怒りました。[お前は国を護る騎士だろう!お前は国のために命を使って死ぬべきだ!お前は与えられた地位に喜ぶべきだ!]
英雄は言い返します。[俺がこの国を護っているのは騎士だからではない!家族がいるからだ!]
王様は尚も怒り狂います。[誰かこの不忠者を殺せ!]
王様の家臣が言います。[彼がいなければ戦争に勝てません!]
英雄の部下も言います。[彼がいなければ戦いたくありません!]
英雄はいつも心の中で必死でした。英雄は王様にも口応えをします。
しかし、いつだって英雄は怯えていたのです。
いつ自分は殺されるだろう?いつ自分は戦争で死んで家族に会えなくなるだろう?
今日も人を殺した。昨日も人を殺した。
自分はいつ物言わぬ死体と成り果てるのだろう?自分はいつ地獄に堕ちるだろう?
与えられる地位は人殺しの証だろう!与えられる名誉は返り血で濡れているだろう!
そんなものはいらないから家族と安心できる日常をくれ!!
でも英雄はいつだって笑顔です。
英雄は知っていました。彼の部下達がいつも笑う彼に元気づけられていたことを。彼の家族が彼の笑顔に安らぎを得ていたことを。
英雄は信じてました。彼が必死で笑いつづければいつかは明るい明日が来ることを。彼が必死で笑いつづければ彼の愛する者達が幸せになれることを。
英雄はいつもやせ我慢しつづける英雄だったのです。
◆◆◆
今日は秋の夜長のとある日。過ごしやすい気候になったが少し肌寒い。外で鳴く涼やかな秋の虫の声。穏やかなとある夜。
俺達は久々にアストレア本拠地応接室に集まって議論を行っていた。俺達とは俺、リュー、リリルカ、ミーシェ、アストレア、ヘスティアの六人だ。
「アーサー王も捨てがたいだろ?」
「いや、ジークフリートだって負けてませんよ。」
「ヘラクレス以外にいないでしょう。」
「クー・フー・リンなんじゃないかい?」
そう、古今東西最強の英雄は誰だ!議論だ。俺達だって冒険者だ。強さに憧れる気持ちはある。いつもはおすましリューにだってだ。いつかその澄まし顔にいたずら書きをしたい。ヒゲとか肉とか。それにしてもリューが大男のヘラクレスを推すのは筋肉が好きだからだろうか?やはり脳筋なのだろうか?
俺達の議論はある程度白熱した。推しメンは俺がアーサー、リューがヘラクレス、ミーシェがジークフリート、ヘスティアがクー・フー・リンだ。
「私のヘラクレスは神の試練をなしとげたんですよ。」
「アタシのジークフリートは背中の一部以外が無敵なんです。」
「ボクのクー・フー・リンはゲッシュさえなければ最強のはずだよ!」
「俺のアーサー王は偉大な騎士達をまとめあげたんだ!」
俺達は誰一人引く気配はなかった。誰だって自分の憧れが一番だと思いたいんだ。俺だってアーサーが最強だと思っている。他にもカルナが最強だって言う奴やイスカンダルが最強だって言う奴等いろいろいるだろう。俺も引く気はない。誰だ今、最強wwww、とか言った奴!よろしい、全面戦争だ!
そんな喧々囂々の喧騒の中、アストレアの一言。
「ギルガメッシュじゃないかしら。」
俺達は考えた。
古代ウルクの王。成し遂げられなかったことの方が少ないとまで謡われた偉大な王。神と戦い人を治め、この世の全てを手に入れたと謡われた程の偉大な王。確かに俺のイチ押しアーサーでも少し厳しいかもしれない。他の皆も考え込んでいる。もうこれは彼で決まるのではないか?そんな雰囲気に場は変わっていった。
「太古の英雄王か。まあそうだろうな。」
俺の言葉。
「まあ、ギルガメッシュは否定できませんね。」
これはリューの言葉だ。
「まあ決まりになるのかな。」
ヘスティアも否定できない。
「あたしも特に異論はありませんよ。」
ミーシェも異存はなさそうだな。
場はもうこれはギルガメッシュで決まりだろうという空気になっていた。
しかし、そんな場の空気を壊すリリルカの一言。
「いえ、リリは全面的に灰色の英雄様を推します。」
まさかのリリルカ。かわいい娘の反抗期か?
灰の英雄とはこの地にある一つの英雄譚だ。しかし彼は確かに強い男だという描写はされているが最強というには些か以上に覚束ない。竜と戦わず神と戦わず、争いを戦い抜き家族の下へ帰るだけの英雄。戦いに苦悩し自身の為したことに怯え、それでも家族の笑顔を絶やさないためだけに戦いつづけた英雄譚。必死に内心を隠して笑顔で家族の下へと帰る英雄。俺は一体誰に説明してるんだ?
「リリルカさん、言い方は悪いが灰の英雄はたいしたことを成し遂げてはいません。灰の英雄は神と戦ったり竜と戦ったりはしていない。彼は世間で最弱の英雄と呼ばれているはずです。やせ我慢の英雄とも呼ばれています。」
普通のリューの否定の言葉。しかしリリルカは揺らぎもしない。
「しかし彼はいつだって笑顔で帰ってきたと言いますよ?それゆえ彼は発祥の地域では他の追随を許さないほどの支持を誇っています。それに最弱と呼ばれていたとしても仲間を見捨てたことはありません。」
「しかし真正面から戦えばギルガメッシュを相手にして勝ち目は無いんじゃないかい?」
これはヘスティアの言葉。
「しかし灰色の英雄様の真骨頂は仲間と共闘する集団戦です。個人戦ではなく複数による殲滅戦になったらわからないかもしれませんよ?」
強硬なリリルカ。やはり反抗期なのか?俺は溺愛しすぎたのだろうか?
「おいおい、リリルカ。無理があるんじゃないか?ギルガメッシュに勝てるとは思えんぞ。」
俺が笑ってそういう。
「いや、そんなことはありませんよ。灰色の英雄様は常に笑顔を絶やさないと聞きます。もしかしたらいつも余裕だったのかも知れません。」
苦しくても取下げる気配の無いリリルカ。どこまで反抗すれば気が済むんだ?
「あたしはお姉様のことを全面的に支持します。でもよくわからないんですよね。なぜ灰色なんでしょうか?」
ミーシェの疑問。
「灰色の英雄様が活躍したのは特に戦火の絶えない時代で人々に灰色の時代と呼ばれていたとも聞きます。あるいは黄昏れの時代とも。生まれた土地があまりよくなかったとも聞きます。数少ない実在が立証されている英雄様です。現在どうなっているかの話は聞きませんが………。」
博識なリリルカ。頭脳チートは伊達ではない。
「しかしリリルカ。なんだってそんなに灰の英雄をお前は推すんだ?」
俺はリリルカにそう聞く。
「英雄譚の英雄様方はだいたい何回かは負けていますよ。それで命を落とした方は多いです。多くの英雄様方の末路は悲劇的なものです。ですが灰の英雄様は無双でなくても無敗です。たとえ無敵でなかったにしても、たいしたことを成し遂げなくても、いざという時には逃げてでも、心が怪物になりかけても最終的に必ず笑顔で家族の下へ帰ってきたといいます。そしてその生を力強く全うしたと。灰の英雄様であればどのような難敵でも笑って戦い帰って来るのではないかとリリは信じています。そしてリリはこのファミリアに強い英雄様でなくともいつだって皆様が笑顔で帰ってくるのを望んでいます。」
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