ダンジョンで運命を変えるのは間違えているだろうか   作:サントン

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神と悪魔の契約

 結局イシュタルは話を持ち帰った。保留である。あの場で決裂して戦いになればイシュタルは高確率で天界に送還される。その場で断るには気になる点もある。承諾するにはイシュタル自身が短絡的過ぎる。イシュタルは判断が難しいと考え、時間を置くことにした。

 

 ーーしかし、どうすべきか………まずはアストレアの内情の下取りか?だがフレイヤ襲撃予定日まで時間がない。もう一度話を聞くべきか?いや。………そもそもフレイヤが欲しがっているという話は………極めて信憑性が高いと言えるだろう。なにせ同盟を許すくらいだ。しかしそれならなぜフレイヤを超えろなどと………やはり話をもう一度聞くべきか?詳しい説明を聞かないと相手の話が何なのかわからないしな。

 

 「おい、明日もアストレアの奴らと会合を行う。お前らキチンと時間に遅れないようにしろよ!」

 

 そしてカロンのさらなる恐ろしさを味わうことになる。

 

 ◇◇◇

 

 「イシュタル、再びの面会感謝する。」

 

 会合の翌日、女主の神娼殿での話である。今日も今日とて同じメンツだ。

 

 「………お前はなぜ私を呼び捨てる?」

 

 「お前が俺達の盟友になったら俺達が盟主だ。他人の顔色を伺って怯えるような奴に行き先をまかせられんだろ?」

 

 どこまでもふてぶてしく笑うカロン。

 

 「お前達は何を考えてるんだ?なぜフレイヤを売り渡す?」

 

 「売り渡しているわけじゃないぜ?んーそうだな。例えばお前の大切なものは自分の小さなプライドだろ?」

 

 「何だと!?」

 

 「違うというのか?勝ち目のない相手に玉砕しようとしてるのに?」

 

 「………っ!」

 

 「俺達にはフレイヤより少しだけ大切なものがあるんだよ。」

 

 これはカロンのごまかしである。カロンはイシュタルには伝えてないことがある。それはフレイヤに対して敵対しないという連合のスタンスだ。しかし嘘でない部分もある。神に嘘は通じない。薄氷の交渉だ。

 まず第一にフレイヤより大切なものがあること自体は事実。しかしそれはフレイヤを売り渡す理由とは関係ない。カロンはイシュタルのなぜフレイヤを売り渡すのかという質問に対して売り渡しているわけじゃないぜと答えている。そこにも嘘はない。カロンは間に相手の気を引く会話を挟むことで大切のもののためにフレイヤを売り渡したと勘違いさせているのだ。しかしカロンはそう答えたわけではない。カロンに大切なものがある話とフレイヤを売る理由はまるで別の話なのだ。

 

 「大切なものとは何だ?」

 

 「連合構想だよ。」

 

 これまた適当。フレイヤより大切なものとは言っていない。ただの大切なものだ。ただ互いの認識がズレているのだ。イシュタルはフレイヤより大切なものを聞いていると認識してカロンはただ大切なものを聞かれていると認識する。

 

 カロンの恐ろしさ、それは敵の急所をえぐるために手段を選ぶ局面とそうでない局面を自身の意志で選ぶ覇王の才覚。カロンは毒に為りうるイシュタルという存在を飲み込む選択を平気で行おうとしている。内輪に不協和音を齎しかねない汚れと為りうる相手でも上手く扱い飲み込む覇王の才能である。

 

 そしてそのための手段として一つの試みが花を開かせる。カロンはかつて他神との交渉に挑む際に有利な交渉をするために一つの手を打っていた。それは神の嘘を見抜く能力の分析である。彼はそれをアストレアに手伝ってもらっていた。

 

 神の嘘を見抜く能力は万能なのか?その答えはノーである。

 実例として、アストレアの悪夢でファミリアが全滅したときにアストレアに無事に帰る約束をしてカロン達は出かけていた。嘘を見抜く能力が真に万能ならばアストレアはとめるはずである。しかし彼らをアストレアは止めることはせず、結果彼らはほぼ全滅した。

 未来のことはわからない?それこそ万能でない証拠である。

 カロンはこの事例をもってしても、嘘を見抜く能力にはなんらかのメカニズムがあり、穴があるものであると確信していた。

 

 その結果、質問に対し本人が嘘をついたと認識をすれば神は見破る。

 先の質問に関していえば、大切なものを聞いているのであって、フレイヤより大切なものを聞いているわけではない。しかし大概の場合、人間はフレイヤより大切なものを聞かれていると話の流れで認識する。ここで大切なのは質問がただ大切なものを聞かれているだけだとそうはっきり認識することだ。そうすれば嘘でないと理屈がつく。

 

 「連合構想だと?なぜだ?」

 

 「お前らも一緒だろ?金が欲しいだけさ。」

 

 どんどん出まかせを言うカロン。金が欲しいのは事実で連合構想で金が入るのも事実。嘘ではない。ただイシュタルの望む答えではないだけで。

 

 「つまり金が欲しくてフレイヤを売り渡したということか?」

 

 「うんそうだな。その通りさ。」

 

 これまた嘘ではない嘘。誰にと言ってないし売り渡すことがどういうことかも言っていない。つい先日イシュタルにフレイヤファミリアの冒険者戦力表を売り渡している。その結果にイシュタルが奇襲をやめて連合に入れば連合の懐は潤う。内心で笑いながら舌を出すカロン。

 

 少し考えるイシュタル。金が原因というのは納得ができる。金が欲しいから将来フレイヤを売り渡す。娼館を経営するイシュタルにはあまりに納得行く理由だ。

 加えて先日見た資料、ちらつく彼我の絶望的戦力差。挙げ句の果てにカロンがここに居ることは襲撃が既にフレイヤにばれているのは確定事項といえる。

 さらにカロンの悪役敵態度。正義のファミリアを思わず忘れるほどの。

 様々に思考を巡らすイシュタルは気づいたら共犯者と話している気分になっていた。

 

 「………つまりお前は連合に入れば将来的にフレイヤを売り渡すと確約してるんだな?」

 

 「だからさっきから言ってるだろ?俺はお前達の望みを叶えると。」

 

 徹頭徹尾偽りで固めた会合、イシュタルは契約相手が悪魔と気付かない。

 確約していない!イシュタル達の望みとは?フレイヤを渡すことだけではない。金だって欲しいし地位だって欲しい。イシュタル達にはいくらでも望みがある。連合で得られるいずれかの利益がたぶんイシュタルの望みの何かと重なるはずだ!

 カロンはわらう。悪魔の契約書にはいつだって毒が塗り込まれている。契約書を隅々まで読まなければ魂を取られるのは当たり前なのだ。

 それが例え神であろうとも。

 

 イシュタルとカロンは握手をして別れる。

 

 ◇◇◇

 

 「カロン様、さすがの悪魔の交渉ですね。リリはドン引きです。」

 

 「リューもドン引きです。」

 

 必殺のダブルジト目、ゴミを見るバージョン。あとリリルカのまねするリューはかわいいと思います。

 彼女達はボロを出さないよう黙っておくことをカロンに指示されていた。

 

 「おいおい、そういうなよ。連合は大きくなるしイシュタル達は命が助かるしいいことづくめじゃないか?」

 

 カロンお得意の超理論がここぞとばかりに火を噴く。

 

 「それにしてもですねぇ………。」

 

 渋面のリリルカ。

 

 「イシュタルに他に大事なものができるかもしれないし実際に地位に満足するかもしれない。もしかしたらフレイヤとの確執がどうでもよくなるかも知れない。終わりよければすべてよしさ。時間をもらえるのならいずれきちんとイシュタルも納得行く形に落として見せるさ。」


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