ダンジョンで運命を変えるのは間違えているだろうか   作:サントン

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最終話、変わり果てた運命の先に待つもの

 「お久しぶりです、フィン様、お変わりはないようで。」

 「久しぶりだね、リリルカさん。いつも僕達のところへ来てくれていて、とても助かっているよ。」

 

 ここはロキファミリアの鍛練所、フィンと見合うリリルカ。

 誰かの気分によって悪意のある歪められかたをしていたフィンのキャラは、やっぱり誰かの気分によって元に戻されていた。

 

 「それにしてもつくづくためになるよ。」

 「お恥ずかしいことです。」

 

 フィンはロキファミリアを引退した後、ファミリアの人間の育成に精力的に携わっていた。そして、彼はより効率的に下の人間を育成する方法を、リリルカに請うていた。

 

 以前はリリルカをロキファミリアに引き抜こうとしていたフィンだったが、団長をアイズに譲ったうえに天井知らずに上昇するリリルカの価格に引き抜きをすでに諦めていた。

 余談ではあるが今のリリルカの市場価格はもはや、ロキファミリアですらとても手が出せない。

 リリルカは真実、ロキファミリアですら手も足も出ない巨人となっていた。

 

 「連合の強靭さの秘訣を隠さないで教えてくれることは、僕達にとっては非常に助かるよ。」

 「連合の本質は一部の例外を除いては蟻の群れですよ。ロキ様方の獅子の群れにはかないません。」

 「キミはつくづく恐ろしいよ。蟻の群れというのは間違いじゃあ無い。ただし、キミとベル大団長が手塩にかけた、ね。先代の時は不死身の軍隊蟻の群れで、今代は獰猛な軍隊蟻だ。獅子の群れを食い破る恐ろしい群れだよ。」

 「………買い被りですよ。」

 

 フィンはつくづくリリルカの恐ろしさに感服していた。

 

 ◆◆◆

 

 リリルカの功績は多岐に渡る。

 

 スペシャルサポーターの育成。

 リリルカは、連合でも有用性が極めて高いアスフィと度々議論を交わすことにより、スペシャルサポーターを非常に価値の高いものへと仕立て上げていた。

 

 冒険者は体を張って敵と戦い、サポーターは知恵と技能を以って冒険者をサポートする。

 

 まずは薬師、鍛冶師技能等迷宮内で役に立つ技能を複数サポーターに習わせている。これらの一つの具体例には、幾度か拙作で書いている崩落したダンジョンを復旧させる技能も含まれている。地母神と協力することによって、地質学と掘削技能などを持つサポーターを作りあげる試みだった。

 

 次に、必要があるのなら冒険者の援護をするための遠隔攻撃も仕込まれている。

 リリルカがもともと遠隔でボウガンを使用する戦いかたを行っていたため、これはリリルカにとって他者に仕込むのは案外容易であった。

 他にも、空中にいる敵に有利に対応するために、火炎放射器とも呼べる武器の開発も行っていた。

 

 さらに、アスフィと話し合うことによって、逃走に非常に有利な道具を幾種類も作り上げている。

 

 特に、有用性が高いのが、鋼糸、地雷、粘着液、各種ガスの四種類だ。

 読んで字の如く、鋼糸は敵の脳を揺らす鋼鉄の糸の罠、地雷は脚部を吹き飛ばす罠、粘着液は関節の稼動をできなくするアイテムだ。

 鋼糸と地雷は外皮の柔らかい魔物に、粘着液は外皮の硬い魔物に強力な効果を発揮する。敵が強大だったり、予想外の事態に陥る可能性の高い戦闘の場合に前もってこれらは仕掛けられる。

 

 すなわちサポーターに、工作兵としての側面を持たせたのである。

 

 鋼糸と地雷はリリルカに仕込まれたサポーターによってダンジョンに仕掛けられ、冒険者は罠を避ける誘導をするサポーターの指示に従って逃走を行う。サポーターにはリリルカによる十全の教育がなされているために、味方は罠を避けて上手く敵を罠にかける誘導を指示することも可能なのである。仕込まれた鋼糸と地雷は他の冒険者が被害を受けることのないように、後々にしっかりとサポーターによって回収される。同じ育成組織のアストレアサポーターは、リリルカのしっかりとした講義を受けているためにどこに鋼糸や地雷が仕込まれうるのか完璧に理解している。ゆえに仕込まれた鋼糸や地雷はすぐに他のサポーターが回収することも多い。連合本部には連絡帳として罠の配置の記入表が置かれていて、罠を仕掛けたら回収したかの確認もしっかりと行われる。

 

 挙げ句の果てに、新人教育もリリルカが育て上げたサポーターの仕事だ。サポーターとして新人の戦いを後ろからつぶさに観察して、的確なアドバイスを行うのである。そのために、リリルカからサポーター達は新人の能力の正確な分析を行う術を与えられていた。

 

 連合の、人材斡旋もリリルカの仕事だ。リリルカは僅かに関わりを持っただけでどの人間がどのような性格で、何の適性を持っているのかを完璧に把握する。

 これは主に希望する部門で芽が出ない者や、人生の先行きに思い悩む者へのアドバイスとして行われる。あくまでアドバイスであって強要はしないが、これに感謝している者は多い。

 

 連合という巨大な艦が転覆しないように密かに舵をきっているのもリリルカだ。彼女はあらゆる部門に顔を出して、あらかじめ問題となりうる火種を知らない顔をして潰し続けている。

 

 一例として、薬学部門で持ち上がった議論を出そう。例えば、薬学部門では睡眠薬や毒薬などの危険物も作り出すことが可能である。しかし、錠剤で作れば魔物に即効性の効き目が薄く、悪意をもって人間に使われてしまう可能性が高い。医療外目的でのそれらの作成の是非、それについて利益を追求する作成派と危険視する廃案派で激しく議論が行われていて、平行線のままどんどんヒートアップしていた。

 リリルカは、いつまでも議論が続けばいずれ互いに協力するという目的を見失うことを理解していたために、ナァーザと共謀してしれっと開発された大量の毒薬を盗んで処分した。

 結果、管理をしっかりと行っていたはずの薬学部門は大慌てをした。犯罪などに使われたらことである。管理責任問題になり連合から外される可能性は大いにある。

 内部に敵がいる可能性を恐れた薬学部門は危険薬物を作ることを取りやめ、リリルカは盗難した人間に架空の人物を仕立て上げた。薬学部門は架空の人物を恐れ、結果団結した。

 

 他ファミリアとの様々な交渉を行ってきたのもリリルカである。

 ロキ、フレイヤとの同盟内容の調整、民衆の王、ガネーシャとのよい関係、その他ファミリアとの友好的で利益を共有できる関係、さらに並行してミーシェへの交渉の教育、それが終わったら将来が有望な眷属、具体例で言えばアステリオスとHACHIMAN等の育成。

 

 挙げ句の果てには現大団長のベル・クラネルの完璧なフォローと指揮の育成。アスフィも副団長としてベルのフォローを行っているが、時折抜けがありリリルカほど完璧ではない。そしてアスフィのベルへのサポートのやり方もそもそもリリルカに習ったものなのである。

 

 そしてそれらすべてを凌駕するなによりも最大の功績は、これらすべての仕事を他の人間にもこなせるように教育して下の人間に落とし込んでいることである!万一のリリルカ不在でも連合を立ち行かせるために!

 

 そして恐ろしいことにこれがリリルカのすべてではない。あくまでもこれは発想が貧困な誰かが推測したリリルカの仕事内容の氷山の一角に過ぎない。何かあったらだいたいリリルカのおかげだと考えればいいのだ!

 

 もう盛りたい放題である。

 

 リリルカよ、頼むからもう少し休んでくれ。お前はどう考えても働きすぎだ!

 誰かはお前の体が心配だ!

 

 ◆◆◆

 

 「本当にキミは恐ろしいよ。知っているかい?キミはオラリオの巨人と呼ばれているんだよ?」

 「………リリはちびですよ?」

 「キミは僕達ロキファミリアが手も足も出ない巨人だとね。真実的を射ている。カロン前大団長も大男だったけど、キミはそれにも増して巨人だ。キミが通れば、近くにいる存在はキミに頭を垂れざるを得ない。たとえそれが神であろうと関わらずね。本当に恐ろしいよ。」

 「………困りますね。リリはいつもやりたいようにやっていただけですよ?」

 「そうなんだろうね。キミはいつも楽しそうだ。仲良く並ぶキミとカロン前大団長の銅像はとても楽しそうに笑っている。」

 「やめてください!アレはリリの一生の汚点です!」

 「実は僕もこっそりお金を出したんだよ。アレを造るのに。」

 

 フィンはウィンクする。

 

 「フィ~ン~さ~ま~!」

 「ごめんよ。そう怒らないでくれよ。小さいはずの僕達の同胞が、大きな銅像を建てられるのが嬉しくてつい、さ。」

 「ハァ、全く仕方ありませんね。」

 「僕もキミほどの巨人には憧れるよ。秘訣はなんなんだい?」

 「………リリの父親は大男ですからね。遺伝です。」

 

 リリルカはそっぽを向く。

 

 「そういえばそうだったね。キミの父親は大男だった。道理でキミが巨人なわけだ。………そういえばそろそろダンジョンからアイズが帰ってくる時間だね。」

 「ええ、そうですね。団長のアイズ様と今月のサポーター貸出の話をしなければいけません。これまでですね。」

 「つくづく大変だね。今日は休みなのに、ボクの以前からの頼みを聞いてくれた上にアイズと仕事の話か。」

 「今日は以前からアイズ様と一緒にお出かけする予定でした。フィン様はついでにちょうどよかっただけです。」

 

 そう言うとリリルカはアイズを迎えに鍛練所を離れる。

 残されたフィンは一人呟く。

 

 「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、か。」

 

 フィンは以前見た連合の様子を脳裏に描く。

 屈強なる、働き蟻の群れ。

 彼らは偉大なる守護神への信仰の下、対抗する勢力をものともせずに瞬く間に数を増やし、強大な存在へと成り上がった。

 その様がフィンには凋落を迎えた彼ら小人とは対照的に思えた。

 

 フィンには彼らが羨ましい。

 

 しかし、あるいは、それでも………リリルカが彼ら連合の偉大なる頭として語りつづけられるのであれば………。きっとそれはフィンにとっても無上の喜びとなりうるのだろう。

 銅像を建設する際に、連合は盟友であるロキのフィンに気を遣って[小人(パルゥム)、リリルカ・アーデ]という一文を添えてくれていた。その気遣いがフィンには堪らなく嬉しい。

 フィンの最大の目的は、信仰を失い道に迷いつつある同胞に新たな光を掲げる事である。

 自分で目的を達成するのが一番ではあるが、そうでなくとも構わない。フィンは手段にこだわって目的を見失うほど愚かではない。

 

 オラリオで多大な敬意を集めるリリルカの銅像は小人達を大いに勇気付ける。

 彼女の存在は永く小人達に強さを与える。

 

 ーーきっと彼女は僕なんか及びもつかないほどの勇者なのだろう。

 

 フィンは眩しいものを見るように目を細めて去り行くリリルカを見る。

 

 フィンは紛れもなく勇者であるが、あくまでも一代限りの勇者である。

 リリルカの銅像は人々に勇気を与え、彼らの子孫達に憧れを根付かせる。

 

 それはごく稀に現れる時代の寵児。

 どこまでも連綿と続く敬意という名の終わらない力。

 いつまでも継承される偉人への憧憬。

 

 敬意とは、人の世で最強の力。たった一つの真実、超越存在へと至る道。

 敬意無き強者は周囲の人間に結託して足を引っ張られ、いずれ失墜する。

 そして敬意が過ぎれば、いずれはやがてそれは信仰となる。

 

 それは時間すらをも飛び越える超越者。

 

 定命の身でありながら叡智の力で超越存在と昇華したリリルカに対し、同格の神々すらも敬意を表して頭を垂れる。

 

 フィンは考える。

 人の生きる世に永遠や絶対などというものは存在しない。

 憎しみはいずれ風化するし、正義を掲げる者達もいつかは潰える。盛者は必衰で、常勝不敗などというのは美化されているはずの英雄譚の中にすら見かけることが少ない。きっと千年の先は、今現在隆盛するオラリオであっても夢物語になってしまうのだろう。

 

 だが、しかし、それでも………仮にそれを覆せるものが存在するのだとしたら………。

 

 それはきっと連綿と続いていく力強い生命の営みに深く根付いたものだけなのだろう。

 

 「リリ、お待たせ!」

 「いえ、待っていませんよ?アイズ様。」

 「嘘ばっかり。」

 

 必死に生きる生命は強い。必死に生きるリリルカは強いのである。

 リリルカはカロンより強さを授かり、きっとリリルカは偉大な小人としてオラリオに名を残すのだろう。

 

 嬉しくもあるし、うらやましくもある。僕には手に入らなかった。

 ………ううん、まだ僕には先がある!僕は僕で一族を復興させるんだ!

 

 フィンはすでに覚悟を決めている。

 

 フィンは憧憬と共に一抹の寂しさを覚える。

 小人達は信仰を失い、凋落を迎えた。果たしてそれは本当に事実なのだろうか?

 事実だったとしても、再び光を掲げさえすれば、彼らは本当に生きる強さを取り戻すのだろうか?

 

 フィンには先が見えない。未来がどうなるのかわからない。物事は結末を迎えないとわからない。出来ることはいつだって、よりよい未来を目指して必死に努力することだけである。

 それはフィンのみならず誰にもわからない。誰しもが努力することしか出来ない。

 そして神々に出来ることは、そんな必死な彼らを優しく見守ったり、少しの力を貸し与えたりすることだけ。

 未来の予想は簡単に裏切られ、叡智を掌る巨人の娘は黙したままにただ笑う。

 

 生命は力強く、そしてしばしば残酷で理不尽である。

 淘汰説、弱者は淘汰されるというのが世の定説。

 坂道を転げ落ちるボールは、坂が終わっても慣性でいつまでも転がりつづける。

 もし仮にこれでも小人達に生命の活力が戻らないなら、それは種として小人が限界を迎えたということなのかも知れない。

 あるいは小人達はあっさりと生きる強さを取り戻すかもしれない。

 どちらになるのか、それはフィンにはその時を迎えるまでわからない。すべてを見通すはずの全知の神でさえも、今はただの地上に降りた一個の存在に過ぎない。

 それどころか、弱者だから淘汰されるのか、それとも淘汰されたから弱者なのか、そもそもそこからして不明瞭ですらある。鶏と卵の議論はいつまででも決着が付かない。

 

 ただ、最後の決着を付ける賽は投げられた。

 賽は転がりいつかは止まり、やがて出目は決定付けられる。

 

 フィンは覚悟を決めている。

 小人達が生きる強さを取り戻すのであればそれでいい。もしそうでないのなら………。

 

 その時にこの先にフィンを待つ敵、それは運命、天命、あるいは大いなる時の流れと呼ばれるもの。

 

 つまりは小人達の絶滅は時間の問題。回り道をして同胞を説得する余裕などない。あらゆる存在をものともしないあまりにも強大な敵。鍛えに鍛えたステータスが何の役にも立たないほどに。それは希望や絶望、夢、現実、あらゆるものを凌駕する正しく異次元の存在。例外を一切赦さずに。

 かつてカロンが相対した運命と比べてもあまりにも強大。

 

 人の世どころか、ありとあらゆる存在を内包した世界においてもほとんど存在しない、流れ行く時間という絶対的存在。

 

 果たしてフィンは、大いなる時の流れの中で如何程かの役割を果たせるのだろうか?あるいは彼も、天命を待つばかりの(まないた)の上に乗せられた鯉に過ぎないのか?巨人の娘は暮れなずむ夕日を再び天頂へと押し戻すことができるのだろうか?

 

 未来のことは、誰にもわからない。

 巨人の娘が煌々と光を照らす先に果たして本当に道が続いているのか?

 転がるボールは障害物に当たらずにどこまででも落ちてしまうのか?

 

 ゆえにフィンには、力強く今日を生きる彼らがどうしようもなくうらやましいのだ。

 

 しかしフィンは孤立無援ではない。真に意味がある目的ならばいずれ賛同者が現れる。

 

 ………最終的に物事が決着したら、最後までしぶとく僕に付き添ってくれると言ってくれたティオネには僕も覚悟を決めて報いないといけないな。

 フィンは笑う。

 

 この先は緩やかな小人の絶滅が待っているだけなのかも知れない。

 大いなる時間を覆せる物は存在せず、フィンの努力は徒労に終わるだけなのかも知れない。

 

 しかしそれでも!たとえこの先がどうなったとしても!!!

 

 フィンは鍛練所の窓から遠くに聳え立つリリルカの銅像を見上げ、続けてカロンの銅像を見上げる。

 窓から流れて来る緩やかな風に乗り、フィンの独り言はどこへともなく消えて行く。

 

 「カロン前大団長、偉大なるオラリオの父親よ。僕はあなたに感謝しています。僕はあなたに敬意を表します。あなたが娘を立派に育て上げてくれたおかげで、オラリオには僕達小人の存在が永く刻まれつづけることになるでしょう。」




過ぎた敬意により信仰を受けた人物、現実的に言うと軍神上杉謙信や学問の神様菅原道真などでしょうか?神社に奉納されている偉大な過去の人物は、大体信仰を受けていると考えられると言えるかもしれませんね。
小人達がどうなるのか、それは作者にもわかりません。
ただ、拙作においては生きる力とはそれすなわち笑顔です。
生きることに喜びを見出だし、笑顔で日々を暮らせれば小人達はきっと強さを取り戻すでしょう。
そして小人達の問題はフィンの問題であって決してリリルカの問題ではありません。誰かのノリのせいで超越存在になってしまったリリルカはフィンを優しく見守り応援しています。なんでもかんでも問題を超越存在が解決してしまっては、人は成長しなくなってしまいます。ゆえにリリルカはフィンの明白な手伝いをする気はありません。せいぜいちょっとした手伝い程度です。

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