ダンジョンで運命を変えるのは間違えているだろうか 作:サントン
「済まないな、アストレア。わざわざ出て来てもらって。」
「構わないわ。あなたは大切な子供だし、あなたの作り上げたものには私だって思い入れがあるもの。」
ここはロキファミリア傍の喫茶店。
俺の目の前にいるのは俺の主神アストレア。
彼女は今、俺と同じ職場で働いている。
彼女は孤児院で子供達を慈しんでいる。慈愛を持って子供達を育てて行くことは、俺の個人的な考えでは紛れも無い正義以外の何物でもない。彼女も今の状況を気に入ってくれている。
あるいは、彼らがいつか連合の役に立つ人材になってくれるのであれば、俺達は連合の下部組織の育成を行っているという考え方も出来るのかも知れない。
俺と彼女は、今日は院を他のものに預けて外出する必要性が出て来ていた。そのための待ち合わせだ。
………今日、俺達は最悪とも呼べる邪悪を打倒せねばいけなかった。まさに暗黒そのものの敵。口に出すのも憚られるような邪悪の権化、災厄の具現。
たとえステータスがなかったとしても、これは俺達のやるべきことだ。他の誰にも譲れないんだ!
それは………かつての同胞、共に道を歩んだ仲間が、悲しいことに道を踏み外してしまったのだ。
俺達はかつての仲間として、俺達の手で奴に引導を渡さなければならない!
今、ここにいない彼女に鉄槌を下さないといけない!
俺達は道を外した外道を打ち倒し、正義はここにありと高らかに謡わなければならない!
正義は決して死なないのだと、広く示さなければならない!
そのために俺とアストレアは今日ここに集まっていた。
じきにもう一人の援軍が来る。援軍の到着次第俺達は最悪を倒すために動き出すことになる。
………戦いの時は近い!
◇◇◇
「アッハッハッハッハ!いいぞ!キミはソーマの元へ行って神酒をとって来るんだ!誰かはボクの分のトイレ掃除もやっといておくれ!」
「し、しかし………今貯蔵してある神酒は盟友であるロキ様にお渡しするもののはずでは………。」
「アアーン、ロキ?あんな貧乳が何だって言うんだい?ボクはヘスティア連合の最高神、ヘスティア様だよ?キミはボクの言うことを聞けないと言うのかい?連合内での立場を悪くしてもいいのかい?」
まさにこの世の春だ。
ボクの名前はヘスティア、ヘスティア連合の最高神さ。
ボクは紛れもなく今最もオラリオで高い立ち位置にいる神様といえるよ。
ボクはかつて、カロン君という子供に騙されて誘拐された挙げ句にトイレ掃除を押し付けられてしまったけれど、今があるのなら別にそれくらい我慢してあげてもいいかな、という気持ちさ。
あのにっくき絶壁ロキよりも立場が上で、何でも好きに振る舞えて、何よりも旦那がベル君だということを考えると、カロン君に爪の先くらいは感謝してあげても………やっぱりやめとこうかな。
今のボクがあるのは一重にボクの努力の賜物さ。ボクが偉い人間だから、相応の位置に納まっていて、ボクが努力したからベル君はボクを好きになってくれたんだ。
仕事のトイレ掃除?そんなものやってられないさ!
「神酒はまだかい!?デメテルのところからつまみとして最高級の果物もとってきておくれよ。それとそこのキミはボクの肩を揉んで!キミはボクを扇いで!キミ達ボクを誰だと思ってるんだい!気が利かない子供達だね!」
「し、しかしヘスティア様、今年のデメテル果樹園は冷夏で不作気味です!幹部会議で取れた果物はオラリオに相応の価格で卸すことが決まっています!」
「それがどうしたんだい?ボクを誰だと思ってるんだい?」
「へ、ヘスティア様です。」
「そうだよ。ボクはオラリオで一番偉いヘスティア様さ!わかったらさっさととって来るのさ!さもないと蝋人形にしてやるさ!」
「そ、そんな………。」
◇◇◇
俺はカロン、ここは連合主神室。ここは連合の主神の部屋とあって、相応の広さがある。
今ここには俺とアストレアと援軍の三人がいて、こっそりとヘスティアの様子を確認していた。
聞いてはいたがこれは酷いな。凄まじく調子に乗っている。いっそ面白いくらいだ。
ヘスティアは、会議の決議を無視して眷属に顎で無理な命令を出している。いつの間にか連合内の主神室に聖帝様とか呼ばれてそうな人間が座りそうな偉そうな椅子を持ち込んで、ふんぞりかえっている。
俺達のところには、デメテルや万能者や誰か等のたくさんの人間から陳情が集まっていた。
リリルカがいればまた違ったのだろうが………今はリリルカはフレイヤファミリアからの要請に応えて出向してサポーター講座を行っている時期だ。ミーシェはガネーシャとの共同のイベント立案でやはりガネーシャのところに出向している。
………ヘスティアは止める人間がいないだけでここまで調子に乗れるのか。
「おっぱいをもいで残りはグチャグチャに潰して生ゴミの日に回収して貰いましょう。」
アストレア、怖っ!キレてる………。
………俺は暴力沙汰を恐れてリューを置いてきたのだが?
「まあ待て、アストレア。まずは話し合いから行おう。」
「赦せないわ………私はあなたとリューがどんな思いでこの組織を立ち上げたか知ってるわ。あなたが拙作で書かれていないところで冷たい扱いを受けて辛い思いをしたことも………リューが時々誰もいないところで死んだ仲間を想って泣いていたことも………。私に残されたたった二人の最後の眷属の血と涙の結晶をよくも!!!やっぱり気が変わったわ。五寸刻みに切り刻んでそのあとに骨も残さず燃やしましょう。屋上に生きたまま縛り付けてカラスの餌にするのも悪くないわね。」
「ストップ、アストレア、ストップ、取り合えず俺に任せてくれよ。」
「………まあ必死に頑張ったのはあなただしね。わかったわ。」
◇◇◇
「神酒はまだかい!さっさと持ってくるのさ!」
「ヘスティア、ずいぶんと羽振りがいいようだな?」
「ゲェッ、カロン君、これは………」
目を逸らすヘスティア。さすがに罪悪感が存在しないわけではないらしい。ならば話し合いで解決出来るか?
「ヘスティア、今のお前の態度は目に余る。一度だけは見なかったことにするからキチンと直せ。次に同じことがあったらお前は主神から外すことになる。」
アストレアも俺の側による。
「そうよ、ヘスティア。この組織は私達の亡き仲間への墓標でもあるの。墓前で馬鹿騒ぎするのはやめなさい。」
ヘスティアは目をキョロキョロさせながら思案顔だ。ヘスティアは決意した顔をしている。
「連合をやめた年寄りのジジイとババアが偉そうな顔をするのはやめてくれるかい?キミ達は一応功労者だから今日だけは見なかったことにしてあげるよ。一度だけは見逃してあげるのはこちらの方だから、さっさと帰ることだね!」
「………俺よりお前の方が年寄りだろう?なあ、ヘスティア、こんなことやめようぜ?」
「しつこいよ!さあ、衛兵、よって来るのさ!この無礼者をたたき出してやるのさ!」
「し、しかし………。」
酷い………衛兵は元大団長と元主神の俺達を前に困り果てている。
アストレアはコメカミに筋を浮かべている。手から血を流している。多分あれは拳を強く握り込みすぎて、爪が手の平に食い込んでいるんだろう。
キレてるな。神の権能を使いかねない。
やむなしか。
「ベル、頼む。」
「………はい。」
「ベベベベル君っ!?キミは今日はダンジョンに行ったはずじゃあ………?」
物陰からベルが出てくる。
ベルは真っ当な人間だ。ヘスティアの慌てようと併せて考えると、この様はベルには内緒にしていたのだろう。ベルは酷く落ち込んでいる。
「ヘスティア様、僕はヘスティア様はこんな神ではないと思っていました。悪い噂や、仕事のトイレ掃除をサボっているという話があったけど、そんなの断じて嘘だと………。」
「ベベベベル君っ、これは間違いなんだ!こんなことはボクの意思じゃあないんだ!これは………そう、これは闇派閥の奴らの陰謀なんだ!」
闇派閥の陰謀?あいつらみんな俺達が捕まえて壊滅させたぞ?いくら純粋なベルでもそんな嘘を………
「本当ですか!?」
信じたか………どうまとまるんだ?
「ああ、そうさ。ボクはついさっきまで闇派閥に操られてたんだよ!ベル君、キミのおかげで助かったよ!」
「よかった。ヘスティア様………。僕はあなたが二回も闇に操られるような弱い神ではないことを知っています。ということは当然こんなことが起こることはもう二度と無いのですね!もちろん日課のトイレ掃除も毎日欠かさずに行うのですね?」
………………ん?
「あ、ああ。ももももちろんだよ。」
ベルは背中に手を回して俺達に指でサインを送っている。
ふむ、外に出てくれということか?
◇◇◇
ここは帰り道、俺達はあのあと怒りの収まらないアストレアを何とか宥めて連合を後にしていた。何でもベルが話があると言っていたからだ。
「カロンさん、アストレア様、引退なさったあなた方にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」
「うーん、ヘスティアは昔からの付き合いだしな。まああいつは御調子のりだからなぁ………。」
「次からもし何か異変を感じたら、僕がしっかりと迅速に対応するようにします。」
ふむ、さすがにあのヘスティアの嘘がわからないわけないか。なかなか上手くヘスティアを扱っていたしな。
「………ベルは立派になったな。」
「僕は大団長ですから。僕の仕事は連合を護ることです!」
ベルは笑う。若いベルだがその笑顔は頼もしい。
自覚が人を成長させる、か。俺はもう年寄り以外の何者でもないのだろうな。寂しいことだがベルの成長が嬉しいことでもある。
「それに比べて………。」
「アハハ、あれも持ち味の一つですよ。」
ふむ、あれを許容するのはなかなか度量の広い器だと言えるが………まああまり甘くすると付け上がるタイプなのだがな。
「アストレア様もご足労かけました。」
「ハア、まあいつまでも怒ってても損だしね。今回だけは見逃してあげるわ。」
「アハハ………。」
ベルは苦笑い。今回で懲りてくれると助かるが。リリルカもすぐに戻って来るし、もう同じことが無いといいが。
だがヘスティアは基本アホだからな………。
「たまには以前のアストレアファミリアのようにヘスティアも含めて皆で集まりましょうか?そうすればヘスティアもおかしなことを考えないかも知れないわ。」
「リリルカとミーシェが忙しいだろ?まあ何とか時間を作るか。」
俺達はベルと別れて家路へと着く。
アストレアは孤児院に寝泊まりしている。俺達の家のすぐ側だ。
たまには俺達のところに食事でも食べに来ればいいのだが、新婚の俺達に遠慮してるのか来ない。
じきに夕飯の時間だ。早く帰らないと辛抱堪らないリューが勝手に厨房に立ってしまうかもしれない。それも俺にとっては最悪だ。どうも未だに料理に未練があるらしい。諦めてくれると助かるのだが。
………リューには料理と無関係ないいところがいっぱいあるのだがな?
今日はおかしな一日だったが、明日はいいことあるといいな。
俺は茜色の空を眺めながらリューの待つ自宅への家路を急いだ。
◆◆◆
カロンは気付かない。アストレアは知らない。もちろんリューにもわかるはずがない。
あるいは、いずれカロンだけは気付くのかもしれない。そうでないかもしれない。
リリルカは深謀遠慮。カロンの結婚式はあくまでもリリルカの遊び心に過ぎない。実際はリリルカがその気になれば、カロンを詰めることぐらいいくらでもできる。
リリルカが笑いながら黙して語らない、カロンに孤児院長を奨めた真の思惑。
高みからあらゆるものを俯瞰する、叡智を
行き先に宛てのない孤児、その多くは必死に生きる糧を得るために盗みなどの悪事に手を染めていく。やがて悪事はエスカレートし、幾人かはいずれは闇に身を落とす。
闇派閥は、生きるために悪事に手を染めることに抵抗の薄い使い勝手のいい彼らをしばしば手駒として拾い上げる。
かつてアストレアを壊滅させた連中にも、そういう人間が数多く存在した。
貧すれば鈍する、あるいは衣食足りて礼節を知る。
目の前の悪を武力で制圧しても、それはただの一時しのぎでいくらでも新しい悪は生まれる。冒険者でなくとも、ステータスがなくとも悪と戦うことはできる。
真の正義は、叡智の光の導く先にしか存在し得ない。
真に悪を打倒するには、生活環境と教育水準を上げていく他に方法がないのだ。それは、リリルカ自身の経験でもある。リリルカも生きるために、あまり良くないことを行った経験がある。
なぜ、カロンの家族がリューとリリルカなのか?
復讐を望んだリューのみならず生きた環境の悪いリリルカも、あのままの生活を続ければ闇派閥にならなかったとは言いきれない。拙作は結局、笑顔で以って闇を禊う大男と環境を良くしようと努力することで正義を貫くアストレアファミリアの物語なのである。
孤児院を運営するかつて正義を掲げた彼らは、孤児を愛し決して闇へと進ませない。
決して子供達に、身を滅ぼす汚れを寄せ付けさせない。
物事を成し遂げる時には、しばしば回り道が必要になる。
かつて正義を目指した彼らは知らないうちに未来の闇派閥を打倒して、諦めたはずの正義を成し遂げているのである。
もしリリ(もしもリリルカがいたならば)
「ヒャッハー、この世の春だよ!さあ、キミ達、ボクを敬うのさ!」
「ヘスティア様、何をなさっているのですか?」
「リリ君かい。さあ、キミもボクを敬うのさ!」
「ヘスティア様、馬鹿なことはやめた方がよろしいですよ?」
「何を言ってるんだい!ボクは最高神だよ?キミでも逆らったらただじゃ済まないよ?」
「ハア、リリはこんな馬鹿げた茶番劇に付き合ってられるほど暇ではないのですが………ヘスティア様、まず第一にこの建物の権利書はミーシェ様が厳重に保管しています。第二に、お恥ずかしい話ですが、眷属の方々はヘスティア様よりもリリを慕ってくださります。第三に、連合の規約書では会議の決定が個人あるいは個神の独断より優先されることが明記してあります。デメテル様を最有力候補として、あなたの代わりはいくらでも立てられます。その気になればいつでもお飾りのヘスティア様を丸裸で放り出すことも出来るんですよ?」
「い、いやそんなことは!」
「衛兵様方、あのアホな神を捕らえてください。ヘスティア様はしばらくトイレで頭を冷やしてください。明日からヘスティア様の仕事量を10倍にします。」
「「「「「ハイッ、リリルカ様!!」」」」」
「ま、待っておくれよ!大手ファミリア主神のボクがトイレ掃除なんて………。」
「トイレ掃除なんて?トイレ掃除は立派なお仕事です!それ以上ごねるようでしたら手加減を知らないリュー様に処遇をお任せすることになりますよ?トイレ掃除量一億倍とか言われても知りませんよ?」
ヘスティアは、本能でリリルカの強大さを察知しています。