ダンジョンで運命を変えるのは間違えているだろうか 作:サントン
カロンと凛と士郎の三人は夕食を終え、団欒の時を迎えていた。
士郎は案外とウッカリしているときがある。
この時、士郎はハタとウッカリ忘れていたあることを思い出した。
「おい、遠坂。お前達は桜に会いに来たんだろ?今日は桜はいないぞ?話も終わったのにいつまで俺の家に居座るつもりなんだ?」
「うるさいわね。あんたは命を狙われてる気がするから今日は泊まっていくわ。離れの一室を使わせてもらうわね。」
「おい、待てよ!やめろよ!帰ってくれよ!」
「いいからさっさとお風呂沸かしなさい!きちんと浴槽も掃除してね!」
脚でテレビのリモコンを近くに寄せて煎餅の屑をこぼしながらボリボリ食べてテレビのチャンネルを変える凛。
暴君ここに極まれり。どうしてこういうことになったのか?
それはシンプルに誰かが凛のキャラをど忘れしたためである。そのために凛はこのようなおかしな態度を取っていた。
ーーーーピンポーン
呼び鈴がなる。家主の士郎は風呂掃除で不在。
「あら、こんな時間に新聞の勧誘かしら?カロン、出て来て。」
「俺がか!?俺は外国人の大男だぞ!?俺が出たらびっくりするんじゃないか?」
「日本語喋れるじゃない。あなた私のサーヴァントなんだから出て来てちょうだい。」
凛は頭をかきながらカロンを見ることすらせずに指示を出す。
凛のキャラってどういうのだっけ?という誰かの想いと無関係に、カロンは玄関へと向かった。
◇◇◇
「こんばんわ。初めて見る方ね。」
「こんばんわ。お嬢さんはどちら様かな?」
「あら、レディーに名前を聞くときはまず自分から名乗るものではないのかしら?」
「これは失礼、俺はカロンだ。」
「私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ。イリヤと呼んでちょうだい。」
「ああ、分かった。」
展開はすでに原作様から離れて来ている。
カロンが呼び出された初日に偵察を決行したせいで、冬木教会は危険だという結論に達した。教会が危険なため、素人の士郎を連れていくことはできない。そして青タイツに襲われた士郎をカロンが凛の家に運んだために、青タイツと士郎はニアミスした。青タイツは凛達が運んだ士郎を見つけることができず、麻婆の下へと帰還した。そして士郎が青タイツに二回目の襲撃をされなかったせいでセイバーは呼び出されない。士郎を教会に連れていかなかったせいで、帰り道に遭遇するはずのイリヤが士郎の家まで来てしまった。
カロンは思考する。
ーーアインツベルン、御三家の最後の一角か。後ろに引き連れるは巨人、聖杯戦争の参加者か。俺の勝ち目はほとんどない。リューを呼び出したとしても。
カロンは思考する。敵に回して勝てる存在ではない。
「私は衛宮 士郎に用があって来たの。通してくださるかしら。」
なおもカロンは思考しつづける。
ーー幼い。なぜこの年齢で命のやり取りたる戦争に参加しているのか?アインツベルンの拠点は同じ御三家の凛も知らない………。
「士郎に何の用事かな?」
「おじさんには多分関係ないわ。だっておじさんは凛のサーヴァントでしょう?」
ーーこれは………敵に回せば全滅か。ならば鬼札を切る以外にないか?
カロンは思考しつづける。
イリヤが士郎の面会を望む理由も気になるが、今はそれを考えている場合ではない。
この年齢の少女が戦う理由、全滅のビジョン、背に腹は代えられるか?何としても欲しいアインツベルンの持つ情報。
「なあ、イリヤの質問に答える前に一つ教えてくれるか?なんでイリヤは聖杯戦争に参加してるんだ?」
カロンのスキル、言霊が密かに力を発揮し、イリヤに口を開かせる。
「もう、質問に質問を返しちゃダメなのに………特別だよ?聖杯はアインツベルンのものだからイリヤが持って帰るのは当たり前なの!」
「それは誰が言ってたんだ?」
「アハトお爺様だよ。」
「他の人はなんて言ってたんだ?」
「他の人?知らない。」
「なぜ知らないんだ?」
「うん?だってアハトお爺様以外の人の言うことを聞く必要はないでしょ?」
その瞬間にカロンは鬼札を切る決意を固める。
凛から魔力を奪ってリリルカを顕現させる。イリヤは魔力が発動したことを理解する。
「なに?おじさん戦うつもり?でもバーサーカーには誰も敵わないよ。」
「いや、戦う気は全くない。彼女はリリルカ、俺の娘だ。」
「リリはリリルカ・アーデと申します。」
「私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ。」
リリルカはまさしく真に鬼札。頭脳チートの極みである。
周囲を確認してリリルカはただ待つ。
ーーリリを呼び出したということはその必要があったということ。カロン様は無意味に呼び出したりはまぁ………たまにしかなさりません。リリは黙してカロン様がリリを呼び出した理由を推測します。カロン様から何か情報が来るはずです。
もちろんリリルカはイリヤの背後の鉛の巨人に気付いている。しかしリリルカはこの局面において、リューより戦力の劣るリリルカを呼び出した意味が必ず存在することを理解していた。
「なぁ、イリヤ、スマンがもう少しだけ話をしてくれ。イリヤは友達ってどう思う?」
「?友達なんて必要ないでしょ?」
リリルカはたったその一言でカロンが呼び出した理由を理解する。
様々な複合的な情報。
イリヤは年若く戦争に参加、友達は必要ない、カロンがリリルカを呼び出した。
ーーなるほど、狂信者の類ですか。
狂信者あるいは妄執者。妄念に取り付かれた人間のことを指す。個人によって度合いに差はあるが、それは狭く完結された世界でただ一つのものだけを追い求める住人。
過去にカロンが戦い捕縛したヴォルターという男もこのカテゴリーに入る。
その本質は、一つのことにこだわり時間の流れに置き去られた人間である。
彼らには時間が流れていることが理解できない。
人生が豊かなものであるということを知らない。
リリルカとカロンは、アインツベルンは聖杯という妄執の対象を手に入れるためだったらイリヤのような幼い少女でも平然と死地へと向かわせる狂信者だとそう判断する。いくらバーサーカーを付けているとは言え、幼い少女が戦略や戦術を十全に理解しているとは思いがたい。彼らは真っ正面の戦いには無類の強さをほこるだろうが、搦め手にはとてもではないが強いと思いづらい。それらを踏まえて総合的に鑑みると、イリヤが命を落とす確率はそこそこ以上に高い。
すなわちカロンとリリルカの二人は、アインツベルンとはイリヤのような少女の命を何とも考えていないか、戦術や戦略を全く知らないのにスペックに頼ればどうにでもなると考えて幼い少女を死地へと送り出すような思慮の浅い狂信者連中だとそう判断しているのである。人生経験の浅いイリヤが、籠絡される危険性や騙される危険性を一切考慮せずに。
話を少し戻そう。
狂信者と呼ばれる類の人間、彼らのような人間はしばしば親から執拗な教育を受け、価値観が周りとズレている。
周りが存在するならまだいい。イリヤは鎖された森で周りが存在しない環境で育てられていた。
現実的により分かりやすく、近い問題でいうと少年兵だろうか?
彼らは人を殺すことを当たり前という環境で育てられていたためにやがて殺すことが当たり前となって行く。
彼らは一般人の感覚とは掛け離れている。
周りが存在しなければ、価値観を比べる相手が存在しなければ、人は価値観や常識を育めない。それがゆえに、箱入りのお嬢様は世間知らずになりやすいのだ。
リリルカは即座に黒く嗤う。リリルカの理解を感じ取ったカロンも黒く嗤う。
もしここにフレイヤがいたらこう言うであろう。
今の二人の魂は、どんな高級な黒真珠よりも美しい黒を醸している、と。
「イリヤ様、ほんの少しだけリリのためにお時間を下さい。」
◇◇◇
カロンの思惑、それは一言でいえば児童誘拐である。
人として最低の部類に入る大罪。もちろん絶対に絶対に絶対に真似してはいけません!
カロンの最初の予定は、イリヤを仲間に引き込むことだけであった。
なんとしてでも仲間に引き込まないと、高確率でいつかイリヤの引き連れている、真っ当に戦っては勝ち目の無い巨人との戦いを迎えることになってしまう。そしてそれが今日である確率は高い。アインツベルンはシステムに関する情報も保有していると考えられる。
現状を冷静に見て、今はイリヤはおとなしい。
しかし後ろに引き連れるのは暴力の化身、彼女が相対を望むは士郎である。
命を懸けた戦いに巻き込まれていることは明白で、交渉を誤れば力は暴れ狂うことになる。
その場合は間違いなくカロン達三人は死亡する。そして若い士郎に相手の要求を見抜いて上手く扱う交渉能力があるとは思い辛い。士郎任せにできるはずが無い。
カロンの認識では、既に断崖絶壁にいるのである。
全滅か生還か。全滅か児童略取か。
さらに手前味噌のようだが、いつものように思考する時間が十分にあるわけではない。
決断までにあまり時間をかけられない。
そして最後の決め手としてカロンを後押しさせたのは、イリヤの環境が鎖されているのではないかという思いだった。
リリルカであれば、彼女から完璧に事情を聞き出して上手く話を進めてくれるであろう。
ここでまた、話を先のものに戻そう。
少年兵は永遠に救われないのか?
彼らを育ての親元から引きはがしたら誘拐になるのか?
その答は簡潔に言えばすなわち大勢が声を上げれば正当で、少数しか声を上げなかったら誘拐、である。あまりに当然の話だ。
そしてその理屈を理解するがゆえにカロンは連合を立ち上げたのだ。
現実的にも、辛い環境から子供を助けようとする機構は多数存在する。
それは大勢が声を上げたからである。大勢をまとめる地位を手に入れれば、大きな声を出すことも可能になるのは道理である。それが数の力の真髄。
それでは周囲が存在しない環境にいる
いつまでも妄念は払えないのか?妄執に終わりは来ないのか?
鎖されたアインツベルンの冬は永遠に終わらないのか?
二人の手段を選ばない覇王は黒く嗤う。
そう!その答にカロンとリリルカは黒く嗤うのだ。
それを悪だと呼ぶならば、悪で結構、偽善者上等!
人間は手の届く範囲の人間にしか関われない。ならばせめて手の届く範囲は気に食わない物事と戦おうか?
それがゆえの決断。
それではここで黒く嗤うカロンの正体を明かそう。
カロンの正体とは?
大団長?ただの役職では?
灰の英雄?それは一体何なのだ?
黒と白のスキル保持者?結果何が起こるのだ?
カロンはかつてイシュタルを騙した。
連合の不協和音となりうるイシュタルを取り込んだ。そしてフレイヤに対するその復讐心を取り禊った。
カロンはイリヤを取り込もうとしている。
児童誘拐という罪を取り込み、イリヤのその妄執を禊おうとしている。
そう、汚れを飲み込み汚れを禊うのがカロンの天性の才能である。
カロンの才能はあらゆる汚れを飲み込むブラックホールであると同時に、あらゆる汚れを禊うホワイトホールでもあるのだ。
矛盾を平然と成立させる
清濁併せのむ老獪なる英雄。
光と闇。善と悪。夢と現実。弱者と強者。毒と薬。ブラックホールとホワイトホール。
対になる存在はいくらでもある。
力には、対抗する力が現れる。
カロンは今までそれらを丸ごと飲み込みつづけてきた。
まさしく怪物。しかし聖者。
そしてカロンの正体、無敗の英雄、あらゆる矛盾を掌握する灰色の巨人。
その正体とは………
必死に明日をいい日にしようと努力するただの普通の大男なのである!
俺は俺だよ。俺はいつだってここにいる俺なんだ。
ただし誰かが開き直ったせいで妻は美人。
カロンは変幻自在に黒と白を行き来する。
今日のカロンは少し黒。ほんのちょっぴり暗黒カロン。
◇◇◇
「交渉、終了しました。」
リリルカが帰って来る。
誰かが超超理論を展開している間に既にイリヤとの交渉は終了したらしい。ずるい!
そして説得にかかった時間、まさかのたったの5分!千年の妄執をたったの5分の説得で覆す。
まさしく偽りなき大魔王リリルカ。究極の鬼札。
………なんかもうリリルカ、百億ヴァリスでも安い気がしてきたな。
「どうなった?」
「全面的な協力をいただくからには、こちらからも相応の対価を払う必要があります。イリヤ様はカロン様が向こうの世界に戻る際にカロン様の世界へ一緒に参られて、地位と権力を持つカロン様の養子になられることが決定致しました。もちろん誘拐ですが。彼女のお着きのメイドであるセラ様とリズ様もお連れになる予定です。」
リリルカは黒く嗤う。
「俺の娘か。じゃあリリルカの妹だな。」
「うーんどちらかというと姉ですかね。リリより年上らしいです。寿命が短いらしいのですが、その点に関してもすでに解決済みです。連合の魔法研究所ですでに第三魔法という名称の魂の物質化の魔法を開発済みです。それが交渉成立の最後の一押しとなったようです。あと、士郎様に未練があるようでこちらの世界へ度々遊びに来たいとおっしゃってました。リリは情報を持ち帰れませんので、カロン様はご帰還なされた際にキチンと忘れずにリリに情報をお伝えください。」
「そうか。分かった。ベルにも頼まんとな。」
「それとイリヤ様からこの戦争についての値千金の情報をいくつか得ることができました。」
「聞こう。だがまずは当のイリヤはどうしてるんだ?」
「士郎様と向こうの部屋で親しくなさっています。」
「そうか。その辺りはどうだったんだ?」
「判別が難しいですね。琴線が案外疎らなために士郎様が地雷を踏む可能性もあったし、避ける可能性もあったし。士郎様とまだ話してないから何とも言えませんが、俯瞰で見ると高確率で踏んでましたね。今はすでに問題ありません。イリヤ様の地雷はすでに撤去済みです。」
「そうか。まあいずれにせよもう行動を起こしてしまった。後は先が良くなるように努力するだけだな。」