ダンジョンで運命を変えるのは間違えているだろうか   作:サントン

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クランの猛犬

 「どうするの!どうするつもり!」

 「落ち着け、マスター。リューはあれでも百戦錬磨の猛者だ。」

 

 慌てる凛と微動だにしないカロン。

 凛は魔力の減り方から、カロンは自身の宝具のためにリューが敵と遭遇したことを理解していた。

 リューは魔力で編んだ体であり、仮にやられたところで凛の魔力が減るだけで本体には痛痒が無い。そしてリューは速度に特長があり、戦いに関して言えば非常に知能が高く遂行能力が高い。

 

 ーー逃げきれるようだったら報告が来る。そうでないなら………

 

 これが本物のリューであったならカロンは何をおいてでもリューを助けに向かっていた。

 しかしあれは魔力の塊に過ぎない。

 

 ーーそうは考えても心が痛むものだな。

 

 リューとカロンの見解は共通していた。逃げきれるようなら逃げて報告に徹し、そうでないなら拠点を探らせないように消滅する。

 

 ーー俺達にはただ待つことしかできない。

 

 ◇◇◇

 

 ーー速い!私以上に!どうする!?私が得た情報はどの程度の価値がある?

 

 「オラオラオラ、チョロチョロ逃げ回ってんじゃねぇよ!諦めてとっととかかってこいや!」

 

 青タイツの男。当然ご存知のクランの猛犬、クー・フー・リンである。

 彼はランサーの名に恥じぬ速度でリューへと迫り来る。

 

 相手は紅い長い槍を持っている。長物相手の撤退戦、ならばーー

 

 ーー可能な限り狭い通路を選んで退却します。相手の獲物は長く、狭い通路では邪魔になりやすい。少しでも引き離せたらあとは隠れ潜みます。

 

 時間は夜半、人通りはなく、リューは可能な限り狭い道を選んで逃走する。

 しかし、クランの猛犬はそれこそリューを超えるほどの百戦錬磨。狭い通路であろうと軽々と獲物を動かし邪魔にならないようにして追って来る。

 槍は近接武器で最強級の獲物である。剣道三倍段、剣で槍の相手に勝るには、余程敵より技量が高くないと不可能である。近接で槍の名手に会ってしまえば、剣の使い手に勝ち目は極めて薄い。

 

 ーーダメだ。やはり追い付かれるか。戦うほかはないか?

 

 リューはいくつかの可能な選択肢を模索していた。ベストなのはこのまま速度に勝り逃走すること。次善が隠れ潜みやり過ごしきること。そして円蔵山か間桐家を巻き込み混戦のどさくさで逃げ切ること。

 しかし現状どの選択肢も不可能。

 戦いで勝つという選択肢はそもそも相手の実力がわからないために不明瞭。強者の空気を纏っており、敗北の恐れが高い。

 

 ーー振りきれる算段がつきません。こうなってしまっては仕方ありません。

 

 このまま逃げても拠点がばれるだけ。リューは決断する。

 

 ◇◇◇

 

 「どうするの?」

 

 戦闘が始まったことをカロンと凛は悟る。凛の魔力消費が大きい。

 

 「使い魔は飛ばせるか?相手の姿を確認し次第魔力を切る。」

 

 戦いは七騎の競い合いであり、速い段階から魔力が枯渇するのは避けたい。

 いくら凛の魔力が豊富でも、もちろん限りがある。

 リューはあくまで偵察であり本気で相手を倒しに行く段階で無く、相手を倒すならカロンとの共闘が得策である。

 

 「わかったわ。」

 

 ◇◇◇

 

 「オラァッ!!」

 

 ここは狭い路地裏。リューは戦場を少しでも有利にするためにここで戦っていた。

 相手の武器は長槍で自分の武器は二本の小太刀。自分の方が小回りが利くために、狭い通路が有利なのは確定的。だと思いたいが………。

 

 しかし先も述べた通りクランの猛犬は他の追随を赦さないほどに百戦錬磨であり、いかなる戦場に於いても戦いつづけてきた。当然戦場が自分に有利でありませんなどということはありえない。

 

 クー・フー・リンは獰猛に嗤い、狭い通路を自在に紅い槍が迸る。

 

 「くっ………」

 「そらよっっ!!」

 

 二本の小太刀で紅槍の突きを逸らすリュー、しかしここは薄暗く敵の槍の突きは苛烈なものである。

 

 槍の突きは点の攻撃であり、一流のそれは恐ろしく速い。そしていくら槍が紅くて目立つものであってもここは薄暗い通路である。そんなものいつまでも捌ききれるものではない。

 突きを逸らされた紅い槍は回転し、上空から柄でたたき付ける一撃をリューは小太刀を交差させて受ける。恐ろしく重い、遠心力を乗せた一撃、リューの足元のアスファルトが罅割れる。

 槍を引いた猛犬は続けて無数の突きを繰り出し、リューはいくつもの刺突をその身に受ける。

 いくつもの傷を受けて漏れ出す魔力。

 しかしこれはリューが弱いのではない。そう、これを捌ききれるエミヤがどちらかというとおかしいのである!エミヤさん絶対おかしい。マジおかしい。

 

 ーー傷自体は浅いものが多いが………しかしやはり速い。ジリ貧だ。他には打つ手は………

 

 いくら双剣が防御に優れていようとも、相手のリーチは圧倒的に長く、相手は非常に敏捷に優れている。そして相手の異常とも言えるほどに高い技量。そしてそれらの複合要素のために槍の弱点であるはずの懐に入ることも不可能、そもそもクー・フー・リン程の猛者が自分の武器の特性を理解していないはずがない。百戦錬磨の猛者に弱点など存在しない!まさしく八方塞がりである。

 

 「テメエ、その武器といいアサシンか?」

 「さあ、どうでしょうね?」

 「アン?」

 

 しかしリューは窮地にてなお笑う。

 リューは体に幾箇所もの穴を開けてそこから魔力が漏れ出している。

 リューは相手の突きを二つの小太刀でいくつか捌く。捌き損ねたいくつかはその身に受ける。徐々に移動する二人。やがてリューは目的を達成したことを悟る。

 

 ーーどうやら私の役目は終わったようですね。報告ができないのは歯痒いが。しかし少なくともこの相手の情報は伝わります。

 

 リューは時間を稼げばカロンがその時思い付く最善手を取るであろうと信頼していた。

 

 ーー何を考えてやがる?拠点に向かっていたわけじゃあねぇ。ここは最初の遭遇地点………。

 

 相手は満身創痍で勝ち目は存在しない。しかしそれでもなぜか笑う。

 だがクランの猛犬はわからないことをいつまでも考えつづける男ではない。

 

 「オラァッ!!」

 

 トドメとばかりに敵の心臓部に槍を突き立てるーー突き立てたと思った刹那。

 

 ーー消えやがった。霊体化か?

 

 相手の体が霧消する。辺りを見回すクー・フー・リン。

 気配を捉えられない猛犬は取り逃したと判断する。

 

 ーーチッ。使い魔か。探られていたか。

 

 クー・フー・リンは宝石で創った使い魔を見つけて槍の石突きで潰す。

 

 ◇◇◇

 

 「あなたはどう思う?」

 「厄介だな。」

 

 ここは遠坂邸。

 相手を観察していたカロンと凛。

 

 「あの速度を確認しただろ?リュー以上だ。マスターを狙われたら俺一人では庇いきれない。リューと協力したとしても疑問が残る。」

 「でも相手は誇り高い英雄よ?あなたを無視してマスターを倒しに………そうね。敵マスターに命じられたら来るでしょうね。」

 「英雄とは多くが大量殺人鬼の別名だよ。全部がそうだとは言わないし、確かにこだわりを持っていそうな感じはしたが………それでも油断はできない。少なくともこちらの一般人と違って殺人に忌避感は持っていないだろうから、マスターの物差しで考えるのは止した方がいい。戦いを見るに、初っ端から頭の痛い相手だ。」

 

 カロンは知らない。クー・フー・リンはプライドが高く、強者との戦いにこそ最上の喜びを見出だす相手であることを。

 クランの猛犬の人となりを知らないために、マスターを狙うというより簡単な戦い方を警戒する。

 そしてクー・フー・リン自体は誇り高い英雄だが、彼のマスターは例のアノ男である。

 

 ーー青タイツと同等が俺を除いて六騎、しかもそれだけいるなら俺達と相性が悪い相手も存在する恐れが高い。相手の人格がわからないだけに敵方の戦略も見えない。敵方の同盟は………警戒するべきか。つくづくこれは………真っ当に勝ちきるのは難しいな。戦闘になれば宝具のリューが出ずっぱりになる可能性が高い。そうなるとマスターの魔力の枯渇も問題になってくる。戦闘回数は極限まで減らすべきだ。そうなるとやはりあの方法を取るしか無いか。つくづく僥倖だったのはリリルカが俺の宝具として登録されていることだ。リリルカは交渉の鬼だ。可能な限り敵を作らない。最善は生存という目的を共有できる対象を探して同盟を結ぶこと。そして時間を稼いでシステムをひっくり返す。最善が取れないなら同盟相手を騙すことや、凛にも内密にすることを視野に入れて。




石突き・・・槍の穂先とは逆側の先端。

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