ダンジョンで運命を変えるのは間違えているだろうか   作:サントン

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老獪な英雄

 「俺が、ガネーシャだっ!久しぶりだなカロン。」

 

 「俺が、カロンだっ!ああ、久々だガネーシャ。」

 

 ここはガネーシャの個人的な私室。

 俺は今日、ガネーシャに用があると言われて呼ばれていた。

 ソファーに座ってコーヒーを出される俺。さすがにガネーシャは気が利くな。

 俺が呼ばれたのはなにかがあったんだろうか?

 

 「んでガネーシャ、俺に何か用があったみたいだが?」

 

 「………ああ、関わったお前には顛末を話しておこうかと思ってな。」

 

 「顛末?」

 

 何の顛末だろう?

 

 「お前は以前に幾人もの闇派閥を討ち取っただろう。そのうちの一人、レンという人間が自害を図ったよ。」

 

 「………そうなのか。」

 

 レン、確か男と二人組の赤髪の女だ。

 

 「奴は一命は取り留めたが。なあ、カロン、聞いてくれよ。」

 

 「ああ、ガネーシャ。話してくれ。」

 

 人に話すことで心が軽くなることもある。俺は最近それを知った。

 

 「お前が討ち取った闇派閥の人間のうち幾人かの背景を洗い出すことに成功した。………まずはハンニバルという男は子供の頃に親に売り飛ばされて闇でしか生きることができなかった男だ。ヴォルターという男は代々オラリオに敵対しつづけてきた一族の男だ。特に意味もなく過去の恨みに引きずられてそう教育され続けて来たらしい。」

 

 「そうか。人にはいろいろあるものだな。」

 

 「ああ、そのとおりだ。それでレンとバスカル、二人の冒険者の話なのだが………。」

 

 苦しそうに口元を歪めるガネーシャ。

 

 「………奴ら二人は実はもともとガネーシャファミリアの人間だ。今は箝口令がしかれていて、ファミリアでは新しい人間は知らないはずだ。あいつらはかつては俺の子供達だった。………お前には俺のかつての身内の罪を精算させてしまった。」

 

 「………そうなのか。」

 

 苦しそうなガネーシャの表情を見て俺の心は痛む。

 ガネーシャはなおも続ける。

 

 「あいつらはもともと三人組の冒険者だったんだ。仲がよかったよ。才能もあっていずれはファミリアの中枢を任せられるかも知れないと思っていたんだ。俺はかわいく思っていた。でも………あるときあいつらは今はいない一人の仲間を殺されたんだ。タチの悪い連中に。正義を謡うものには必ずと言っていいほど敵が存在する。正義とはその本質が力だからだ。力には対抗する力が現れる。あいつらはそれぞれ仲間を大切に思っていたんだ。復讐をすると言って飛び出したあいつらを俺は止められなかった。」

 

 悲しそうな声を出すガネーシャ。

 

 「俺は止められなかった。復讐相手は立場のある人間だったし、あいつらは復讐をするとき護衛や奉公人として雇われていた無関係な人間まで複数巻き込んでしまっていた。力を持つ俺でもかばいようがなかった。無関係を装う以外にしようがなかった。ファミリアの他の眷属を悪評から護るために。結果としてあいつらは闇で生きるしかなくなった。」

 

 「そうだったのか。」

 

 ガネーシャは酒を煽る。

 いくら立派で立場のある人間でも苦しいものは苦しいのだろう。

 ………人間ではないな。神だった。

 

 「あいつらはもともと仲間思いの真っ当な人間だったんだよ。俺も期待していた。しかし仲間を殺されておかしくなってしまった。あいつらはありえたかも知れないお前の一つの未来の姿だったんだ。俺が以前に話していたかつては正義を目指していて闇に落ちた冒険者そのものなんだ。お前達と境遇が似ているとは思わないか?お前も復讐に走っていたらあいつらのようになっていた可能性は高い。」

 

 苦しそうに呻くガネーシャ。

 

 「お前は老獪な男だよ、カロン。俺はお前達を捕まえることにならなくて心からホッとしている。お前は物事を成すときに短絡的な道にはしばしばたくさんの落とし穴が存在することを知っている男だ。落とし穴の先はどこにつながっているのか?浅い落とし穴なのか?地獄につながっているのか?それは誰にもわからない。危険を避けるためには、回り道が大変でもしぶとく物事の筋道を歩く必要があることを知っている。」

 

 「俺はいつも好きにしていただけだぞ?」

 

 「それでもだ。それでもお前は我慢強く正当な道を歩くことを選んだ。正当に地力を付けて奴らを打ち倒すことをきちんと周りに納得させるというな。不当に一人で行動を起こしていたらお前に敵ができたときお前は一人で戦わなければいけなかっただろう。正当なやり方だから今のお前に敵ができたときお前の周りは忠実な味方ばかりだ。まあたびたび邪道に寄り道していたようだが。だが本筋は正道だ。結果としてあいつらは寂しく牢獄で余生を暮らすことになっている。お前は何者も寄せ付けない強大な力を得た。人々の敬意と言う名のな。今のお前達であれば俺達ガネーシャファミリアにすらいくらでも高圧的に出ることすら可能だし本気をだせば飲み込むことすらできるはずだ。そして俺達を飲み込めばさらに大きくなりロキやフレイヤすらも飲み込める。」

 

 「おいおい、俺が友にそんなことするはずないだろ?」

 

 しかし穏やかに口元を綻ばせるガネーシャ。今日初めての笑顔だ。

 

 「お前は本当に老獪だ。お前は物事の真理を理解している。考えてのことかはわからんが。お前はいくつかの力のあるファミリアは決して取り込もうとしない。お前は理解しているからだ。競う相手がいなくなればいくら強大な組織であろうとも凋落が待つのみだということを。建物を最上階まで上ってしまったら後は下りることしかできない。ロキやフレイヤ、俺達がいなくなればお前達は日々を忙しく働く意味が薄れてしまう。そうすれば連合も必然的に力を落とすことになる。そして競う相手がいないと油断した連合は内部に競う相手を捜し一枚岩でなくなり、闇に付け入る隙を与えることになる。」

 

 「うーん老獪とか言われてもな。ライバルがいた方が面白いだろ?」

 

 「それだぞ、カロン。それが本質なんだ。ライバルがいないとつまらなくてやる気をなくす、それが本質なんだ。」

 

 「でも老獪とか言われても俺には学はないぞ?」

 

 「それでもだ。俺はお前を尊敬している。今だから言うが、俺は怖かった。仲間を失ったお前達が先に述べた二人組のようになるのを俺は危惧していたんだ。いくら俺達の気が合っていたとしてもな。しかしそれは俺の杞憂だった。お前は昏い誘惑に乗らなかった。お前は己が身を滅ぼす汚れを寄せ付けなかった。あいつらは互いを思いやる余裕もなくひたすら時間を相手を憎むことに使い、お前は老獪にも仲間の心を癒すことに使った。毒と薬は表裏一体だ。心の傷は自分一人で思い悩んでいてはなかなか癒せない。人と関わるのが1番の薬になる。あいつらは時間とともに憎しみが毒のように体をまわり、お前は時間を薬として仲間を癒すことに使った。そしてその結果は見てのとおりだ。あいつらに未来はなくなり、お前は何者も寄せ付けない強大な力を得た。復讐とは長く連なる呪いの螺旋だ。終わりの無い不毛な殺し合いだ。短絡的な行動で恨みを買うことは、いつか未来のお前の罪無き子孫を無意味に死なせることに繋がりうる。お前はつくづく本当に老獪だ。」

 

 「よくわからんがお前がそういうのならそうなのかもな。」

 

 「ああ、長い時間を生きる俺達でも尊敬する上手な時間の使い方だ。俺はお前に敬意を払うぞ。」

 

 ガネーシャは笑った。

 

 ◇◇◇

 

 やはりガネーシャの部屋、今日は俺は夕食もいただいて帰る。

 ガネーシャの嫁の九魔姫(リヴェリア)が料理を出してくれる。非常に美味だ。同じエルフでもリューとは大違いだな。

 

 「久々だな、九魔姫。ガネーシャとも仲良さそうでなりよりだ。」

 

 「ああ、久しぶりだ。今日は旦那も疲れているようだな。」

 

 「ああ、つらい話をさせてしまった。お前の料理は非常においしいよ。」

 

 「そうか、それは何よりだ。」

 

 「リューも見習ってくれないかな。」

 

 ◇◇◇

 

 空には無数に煌めく満点の星。オラリオの夜空は今日も綺麗だ。

 今日は少し遅くなってしまった。あのあと俺はガネーシャと話を続けてつい興が乗って遅くなってしまった。

 

 誰にでもいろいろ人生があるものだな。

 俺は考える。

 

 親に捨てられ闇で生きるしかなかった男、代々憎しみという呪いを受け継ぎ続けた男、そしてありえたかもしれない俺の別の未来、か。

 

 しかし俺はそいつらよりもまずは身内を考えるべきだろう。俺には大切な家族と仲間がいる。

 俺は自分の部屋へ戻る途中でリリルカに出会う。

 俺は要人だからここまでガネーシャの警備が送ってくれていた。俺は彼と別れてリリルカと一緒に帰る。

 ふむ、ここはリューが出てきて九魔姫の料理と比べてぼけ倒すところだと思ったのだが?

 

 「カロン様、今日はガネーシャ様のところへいってらっしゃったと聞きましたよ。いかがでしたか?」

 

 「………いろいろ考えさせられたよ。人にはいろいろあるんだな。」

 

 「そうですね。」

 

 俺はリリルカと並んで歩く。

 やはり空には満点の星、隣には俺が娘のようにかわいく思っているリリルカ。

 明日もなんかいいことあるかな?

 

 俺はただただ自分の今の幸せを噛み締めた。 


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