ブラックブレット 宵月の話   作:紅宮 嗣

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理論破綻とかあるかもしれません。
誤字脱字その他諸々改善点は、報告してくだされば訂正いたします。
豆腐メンタルなのでご指摘は優しくしてくださるととても有り難いです…。


序章
No.00 宵月の話


 世の中には、どうにもならないことが一定数存在する。

 生まれ持った才能だとか、身体的特徴だとか、親の経済力だとか……具体的に上げだすとキリがないが、とにかくそういう、本人の力や意志では変更の利かない、絶対の事実が一定数存在している。生まれ方がそうであるように、死に方もまた、そういった事実の一つだ。

 自殺でもしない限り、死因なんてそうそう自分で決められるようなものではない。家族に看取られて安らかに逝けるかもしれないし、誰かの恨みを買ってナイフで一突き、なんてこともあり得ない話じゃない。闘病の末に、苦しんで死ぬ可能性だってある。

 さて、ここまで小難しい話をして、結局私が何を言いたいのかというと、制御不能に陥ったトラックが回避不能な速度で私の方に迫ってきていることもまた、変えようのない一つの事実だということだ。

 全く世の中理不尽だ。交通事故なんて、自分じゃほぼ確実に回避のしようがない最悪の死因じゃないか。

 けたたましいクラクションの音が鳴り響く。おそらく避けろと言いたいのだろうが、目と鼻の先まで迫った段階でそれを言われてもできるわけがない。

 業務上過失致死かなぁ。

 自分でも驚くくらい暢気に運転手の罪状の心配をしていたら、身体を感じたことのない程強い衝撃が襲った。

 次いで、跳ね飛ばされた浮遊感と地面に激突する衝撃が順繰りに叩き付けられる。目まぐるしい感覚の変化に脳の処理が追い付いていないのか、想像していたほどの痛みは感じなかった。

 アスファルトに横たわった状態で、徐々に意識が遠のいていく。どこかから出血しているのか、血が抜けて体温が下がっていくのが手に取るように明確に感じられた。

 いつの間に集まったのか、野次馬たちの声が遠く聞こえる。その感覚の鈍さが、これから自分が死ぬのだということを、否応なしに私に自覚させた。

 ……これもまた、仕方のないことか。

 いつも通りまた、諦めの言葉が頭を過る。ここで死ぬのなら、それが私の「定められた事実」だったのだろう。

 それに、助かったとして障害を抱えて生きていく自信は、正直なところ皆無だ。自分の身体だからわかることだが、恐らくこの事故で今私が負った身体的損害は、一生治らないようなものを含んでいる。

 ふっと、急速に意識が閉ざされていくのを感じた。生き残ろうとする意志のない人間が誰よりも簡単に死んでいくのだということを、私はこの時、身を以て思い知った。

 そうして私の意識は闇に落ちていった。

 二度と浮き上がることのできないほど、深く昏い闇の底へ。

 

Ж

 

 ふわり、と唐突に意識が浮上した。

 真っ暗な空間の中に漂っているような、車に跳ね飛ばされた時とは違う柔らかい浮遊感。しかし、身体の部分はどれもこれも固く硬直したように動かず、目を開けることすら叶わない。

 ……はて、私は死んだのではなかったか。

 身体が動くとか動かないとか、そういう概念というか感覚のようなものは、基本的には生きている人間にしか存在しないはずだ。あの事故で私が死んだならば、この状況は絶対にありえない。そもそも、死んだのならば今思考できていること自体がおかしい。死後の世界に飛ばされたとも考えられなくはないが、生憎そういったオカルティックな話は信用していない。

 これで思考がはっきりしていなければ植物人間になっている可能性も捨てきれないが、ここまで思考回路がクリアだと、脳機能障害に伴う植物状態とは考えにくかった。

 ……まさか、全て夢だったのだろうか。

 そう考えてから、私はすぐにその思考を否定した。脳裏に焼き付いた鈍痛と血の抜ける感覚は生々しく、とても夢だとは思えない。

 では、この状況はいったい何なのか。

 指の一本も満足に動かせない状態でいくら考えても答えの出る気配は無く、私は動かぬ口の代わりに心の中で深く溜息をついた。

 「ああ、起きたんだね」

 聞きなれない声が耳朶を打った。どうやらこの状態でも音を聞くことはできるらしい。声自体に驚くと同時に、音が鮮明に聞こえるということに意外さを感じる。

 喋れない状態の人間に話しかけて、この声の主は一体何を期待しているのだろうか。こっちには声に応える能力が無いというのに。

 「ふふ、それだけ頭が回っていれば大丈夫そうだね」

 声は小さく笑ってそう言った。まるで私の思考を読んでいるかのような言い草だった。もちろんそんなことはあり得ない。他人の思考なんか読めるのなら苦労なんてしないだろう。

 「そうだね、皆が皆頭の中を読んだり読まれたりする世の中だったら、人間関係のトラブルなんて起こらないかもしれない」

 ……前言撤回。認めるのは非常に癪だが、こいつはどうやら所謂私の心の声が聞こえているらしい。

 「その通り、僕には君の声が聞こえているよ。なんたって僕は神様だからね」

 そう言って自称神様は胸を張った……ように感じた。勿論見えていないので、言葉の雰囲気から推察しただけだが。

 それにしても自称神様とは……痛いとしか言いようがない。激痛だ。痛すぎて可哀想になってくる。いったい今どんな心境なのだろう。声が出せたらNDK(ねえ今どんな気持ち?)を嬉々として問いかけるのに、今はそれができないのが残念で仕方ない。

 「自称じゃないってば! 君だってわかるでしょ、神様でもなけりゃ人の心なんて読めるわけないじゃん」

 それはその通りなのだが、かといって神様なんて存在を安易に認めるわけにはいかない。

 ただ、このまま否定し続けても話は先に進まなさそうなので神様(仮)で手を打つことにする。

 「カッコカリって君ねぇ……まあいいや、ちょっと失礼」

 周囲の空気が動いた。何か暖かいものが右肩に触れる。それが神様(仮)の手だと気づいたころには、私の指先は硬直から脱していた。

 指先に次いで瞼が持ち上がり、五感が正常に機能し始めた。紙と木の匂い、電球色の暖かい光、自分の体の下にある固い床の感触。その全てが、生きていた時と寸分違わず感じられる。

 「これ、は……」

 夥しい数の本が収まった本棚と、見慣れない人影が視界に飛び込んでくる。自分が床ではなく大きな机の上に横たわっているということも、目を開けてみて初めて気づいた。

 目の前で笑うその人影は、明るい声で言葉を紡ぐ。

 「やあ、改めておはよう。無事に目を開けてくれて嬉しいよ」

 「……君が、自称神様?」

 「自称じゃないってば。 僕は正真正銘神様なんだよ」

 「じゃあ、質問なんだけど」

 「何?」

 「私は……死んだはずだよね。 交通事故で」

 そこで神様(仮)の表情が変わった。軽薄そうな笑顔が一瞬鳴りを潜め、眉が下がって申し訳なさそうな表情になる。

 しかし、それは文字通り一瞬のことで、瞬き一つの間にまた笑顔に塗り替わってしまった。

 そうして神様(仮)は、決定的なことを口にした。

 「うん。 君は間違いなく死んだよ。 具体的には今から丁度2時間56分12秒前に、不運な交通事故で」

 改めて事実を認識させられると、次なる疑問が湧き上がってくる。

 「それなら、死んだはずの私がどうしてここでピンピンしてるの? というかそもそも、ここは何処?」

 本当は、見当ならついていた。ただ信じられなかったのだ。フィクションでしか見たことのない、死んで神様に出会ってから訪れる、その先の展開が現実に起こり得るなんて。

 「本当はわかってるんじゃないのかい? 君は聡い子みたいだし」

 ……性格の悪い神様(仮)は、どうやら人の心を読むことをいたく気に入っているようだ。死者の身でこんなことを言うのはあれだが、こいつはいっぺん死んで性根を直してきたほうがいいと思う。

 「それはできない相談だなぁ。 なにせ神様には死って概念は無いし」

 まだやるつもりかこいつ。

 「ふふ、やっぱりそう言うよね。 僕も飽きてきたし、そろそろ本題に入ろうか」

 そういうと、神様(仮)はやけに得意げな顔をした。心なしか背筋はピンと伸び、胸の前で組まれた腕には力が籠っている。

 「君には、ブラック・ブレットの世界に行ってもらいたいんだよね」

 やっぱり異世界転生か。

 驚いた顔をしながらも、私の胸に浮かんだのは期待でも不安でも怒りでもなく、そんな文言だけだった。

 

Ж

 

 さて、ここでいったん状況を整理したいと思う。

 私は不運な交通事故によって退屈な現実世界から早すぎるログアウトをしたわけだが、結論から言うとそれはこの神様(仮)の仕業らしい。

 ただ、仮にも神を名乗り、あまつさえ人の心を読んでみせたこいつが、理由もなしに私を殺し、ブラック・ブレットの世界に転生させようとしていると考えるのは無理がある。あの世界に人間は70億人近くいたし、私と同年代の日本人に限定したとしても、やはり途方もない人数いるはずだ。

 ここも結論を急ぐことになるが、どうやらこいつなりに私でなければならない理由があるそうだ。

 神はいくつもの世界に干渉する権限を持っているそうだ。好きなように好きなだけ干渉できるわけではないようだが、所謂ちょっとした『運命の悪戯』を引き起こすことができるらしい。で、神の世界にもルールがあって、その世界の流れを大幅に変えてしまうような干渉の仕方は禁止されている。例えば歴史的に重要な人物――日本で言えば伊藤博文や坂本龍馬、遡れば卑弥呼や徳川家康とか――を重要な偉業を成し遂げる前に殺してしまったり、政治を混乱させるような事件をわざと起こしたり。この禁を破ると後できついお仕置きが待っていると聞かされたが、果たして(仮)といえども神という存在が、いったい誰からお叱りを受けると言うのやら。

 いかん、話が逸れた。

 まあ詰まる所何が言いたいかといえば、神様(仮)が禁を犯してその後始末を命じられている、ということが言いたいわけで。

 けどその後始末がどうやら外部からの干渉では不可能らしく、内部から干渉して一つ一つ歴史のねじれのようなものを正していくしかないらしい。

 ただ、神様(仮)が直接世界に乗り込むわけにはいかない。この辺りは波長がどーのとか難しい説明をされたので正直よく覚えていないが、とにかく神様(仮)が世界に物理的に干渉することは不可能だそうだ。

 そこで神様(仮)は思いついた。「生身の人間に行ってもらえばいいじゃないか」と。

 こちらからすれば迷惑千万極まりない最悪の思い付きなのだが、神様(仮)にとってはこの上なく良い思い付きだったのだろう。早速実行に移そうとした。

 だがここでまた一つ問題が起きた。どうやら異世界に転生できる人間にはある一定の生まれ持った『素養』があるらしく、中々ちょうどいい人間が見つからなかったのだそうだ。勿論、神様(仮)も最初は余命の少ない人間や死んで間もない人間の中から選ぼうとしたそうだが全く以て該当者がおらず、仕方なく生きている人間、余命の十分にある人間から探した結果、私だけが全ての条件をクリアしていたらしい。

 「だから君には申し訳ないんだけど、強引に死なせてここに連れてきたってわけ」

 これで説明はおしまい、とでも言わんばかりに、神様(仮)は一息ついてどこから取り出したのかお洒落なティーカップに口をつけた。

 正直なところ、納得はできていない。勝手な都合で殺されてブラック・ブレットの世界で歴史を修正してこいなんて言われて納得できる人間のほうが少ないと思う。私としては神のルールなんて知ったことではないし、この神様(仮)が誰から叱られてどんな罰を受けようが知ったことではない。

 だからと言って、死んでしまった以上は元の世界に戻ることは絶対にできないだろう。私に選択肢は無い。

 神様(仮)は懐から懐中時計を取り出して時間を確認していた。

 「さて、長話で時間を食ってしまったね。 聡い君ならもうわかってると思うけど、君にはブラックブレットの世界に行ってもらうしかない。どうだい、行ってくれるかい?」

 「……選択肢を潰しておいてそういうこと言うから、君は性根が腐ってるって言いたいんだけど……しょうがないね。 それに、どうせなら行ってみたいし」

 半分本心、半分虚偽だ。ブラック・ブレットといえば『ガストレア』とかいう危険生物のはびこる世界が舞台の近未来系ライトノベル。危険な世界だし、少しの油断が命取りになる可能性もある。そんな世界に進んで行きたいなんて誰が思うものか。

 「ありがとう」

 その心すら完璧に読んでいるはずなのに、神はなぜかしんみりと微笑んだ。

 そういう顔はやめてほしい。なんだか私の方が悪いことをしているような気分になる。

 「さて、じゃあ特典は何にする?」

 どうやら、汲み取ってほしい心は汲んでくれないらしい。ここまでくると性根が腐っているというよりは本質がねじ曲がっている感じだ。永久に治らない病気みたいなものだろう。

 「特典か。 転生モノによくあるやつだね。 必要ないから安心して」

 「そっかそっか……ってはぁ!? 今君必要ないって言った!?」

 「言ったけど……それが何か?」

 「いやいや、だってブラック・ブレットだよ? 命を懸けた戦闘だって避けられないんだよ? 僕散々君のこと聡い子って言ったけど実はバカだったの? あほの子だったの?」

 神様(仮)は慌てたように言い募る。言ってることが分からないわけではないが、私も考えなしにこんなことを言っているわけではない。

 「落ち着きなよ。 確かにそういう事情はあるけど、反面高い身体能力を持ちすぎると目立ちすぎて疑われかねない。『呪われた子供たち』だと疑われたら動きにくくなる。 それは君にとっても不利益にしかならないはずだ」

 「それは……確かにそうだけどさぁ」

 ただまぁ、できることならもう少し平和な世界に行きたかったなとは思う。もっと他に生身であってみたいキャラクターも居たし。

 そういえば、こういうことはできるんだろうか。聞くのはタダだし、と私は口を開いた。

 「ねぇ」

 「なんだい?」

 「例えば別の作品のキャラクターを一緒に連れてくみたいなことはできるの?」

 神様(仮)は少しだけ驚いた顔をした後、怪訝そうに眉を顰めた。

 「できなくはないけど……本当にそんなことでいいの?」

 「そんなこと、なんかじゃない。 私にとっては重要なことだよ」

 「そ、そう……んー、じゃあ誰を連れていきたいの?」

 答えは決まっていた。

 「艦隊これくしょんから、陸奥と矢矧を」

 「長門型二番艦の陸奥と阿賀野型三番艦の矢矧、だね」

 私は黙ってうなずいた。私がまだ生きていた頃、艦これで主力として使っていた二人だ。陸奥も矢矧もそれぞれの可愛さ、それぞれの強さがあって好きだった。そんな彼女たちと生身で会えるというのなら、これ以上の特典なんてない。

 「本当にこれだけでいいの? 君に死なれたりしたら僕も困るんだけど」

 「生きてても、自由に動けなきゃ意味がない。そうでしょ?」

 「……決意は固いみたいだね。分かったよ。それじゃあもう僕は何も言わない」

 神様(仮)は、また懐から懐中時計を取り出して時間を確認する。

 「さて、後も詰まってるからそろそろ行ってもらわないとね」

 「後?」

 「このあともう一人転生させなきゃいけないんだ。インフィニット・ストラトスの世界にね」

 つまり私と同じようにこのふざけた神様(仮)の尻拭いをさせられる人間が居るということか。私は、名も知らぬ誰かに静かに黙祷を捧げた。

 「そう、じゃあ手短に済ませないとね」

 「うん。 それじゃ、行ってらっしゃい」

 神様(仮)がそう言うと、私の足元に円形の暗闇が現れた。そのまま私は、重力に従って落ちていく。

 最後の最後、私は力いっぱいに叫んだ。

 「次に会ったらただじゃ済まさないからなあぁぁぁぁぁ……」

 意識が再び深い闇に落ちるまで、10秒とかからなかった。

 

Ж

 

 一冊の本が、僕の手の中に納まった。真黒な外装に、銃と2本の刀が彫り込まれている。その上にはタイトルが刻まれていた。

 先ほど口をつけた中身のないティーカップに目をやる。僕が指を鳴らすと、それは光の粒子となって消え去った。

 さて、次に備えないと。

 手中の本を懐に収める。ついでに懐中時計を確認すると、次の人間が来る予定の時刻はもうすぐそこまで迫っていた。

 「さて、そろそろ彼が来る時間だね」

 彼女が横たわっていたテーブルに、光が収束し始める。白色の光だ。それが徐々に人の形をとって、やがて一人の青年が姿を現した。

 「まずは起こしてあげなくちゃね」

 僕は、少女とは正反対の色を持つ青年に、ゆっくりと歩み寄っていった。




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