天の御使いからバストアップ体操を習っていた桂花。
そんな彼女の努力が実り、遂に巨乳になる事に成功したのだ。
しかし、桂花が巨乳になったのには理由があって……?

1 / 1
猫耳軍師が巨乳になったようです

 その日、桂花は目を覚ますと身体に違和感を覚えた。

 

(身体が重い?)

 

 徹夜続きで疲れが取れていないのだろうかと考えるが、桂花は翌日まで疲労を引っ張るような愚は犯さない。

 もし、無理な疲れを残したせいで、桂花の主である華琳の手を煩わせてしまった場合、桂花は自己嫌悪の余り自決してしまうだろう。

 つまり、現在訪れている疲労の原因は、桂花にもわからないという事だ。

 その卓越した頭脳で考えを巡らせながら、寝床から出た桂花。いつも通り軽やかに足を着けようとしたのだが、そこで桂花は再び大きな違和感を抱く。

 

「な、なにかふらふらするわ……?」

 

 足をよろめかせていた桂花は、ふと自身の身体を見下ろす。

 いつも通りすとーんと床が目に入るかと思えば、何故か膨らんだ自身の服が視線を遮ってきた。

 桂花は何度か目を瞬かせ、眉根を寄せて理解不能な現状を推測していく。

 悲しい事に、桂花は貧乳である。百人に尋ねれば百二十人が頷くほどの貧乳である。

 物が重力に引かれて落ちるように、呼吸ができなければ人は死ぬように、桂花の貧乳は不変の理として、絶対に変えられない事実だ。

 

 しかし、しかしだ。現在の桂花の胸部はどうだろうか。

 寝巻きを押し上げている胸部はなだらかな曲線を描いており、桂花の呼吸に合わせて緩やかに上下している。

 桂花の身長と絶妙にマッチしている胸部が、若干着崩れている襟の間から、艶めかしい谷間を覗かせていた。

 胸に滴る汗が伝い、谷間の奥へと消えていく。

 思わずゴクリと唾を呑み込んだ桂花は、恐る恐る両手を自身の胸に添える。

 

「……暖かい」

 

 赤子を触るように指を動かし、自身の胸部を揉む。弾力があるゴム毬の如き感覚を伝え、しかしそれ以上に恐ろしく柔らかな感触が返ってきた。まるで、桂花が妄想していた“私が考えた最強のおっぱい”を思い起こさせる物だった。

 右手で揉んでもおっぱい。左指でつついてもおっぱい。両手で揉みしだいてもおっぱい。ゆっくりと指を埋め込んでもおっぱい。持ち上げてふるふると揺らしてもおっぱい……何度触っても、これは母性の象徴である胸だ。

 

「おっぱい……よね」

 

 やがて、脳が現状に追いついたのか。

 無表情で自身の胸を弄っていた桂花は、徐々にだらしなく頬が緩んでいく。

 こみ上げる強い歓喜の思いに身を任せながら、桂花は室内を飛び跳ねて全身で喜びを表現し始めた。

 

「おっぱい! 胸よ胸ッ! ついに、ついに私の努力が報われたんだわ!」

 

 桂花が跳ねる度に、胸部がぽよんぽよんと揺れ動く。肌が寝巻きに擦れて痛みが走るが、今の桂花はそれすらも心地よい。

 ジャンプすれば胸部も上下に揺れ、反復横飛びをすれば縦横無尽に胸も動き回る。

 今の桂花を知り合いが目にした場合、目を剥いて驚愕を露わにするだろう。

 あの毒舌で気が強い事で知られる桂花が、酷く不気味な笑みを浮かべながら、幼子さながらにおっぱいおっぱいと連呼しているのだから。

 その桂花の異様さを見てしまえば、臣下に覇王としての姿を見せている華琳も、思わず目を見開いて動揺を表してしまうだろう。

 笑顔で胸を揺らしながら走り回る桂花……誰が見ても気が狂ったとしか思えない。

 ただ、桂花の正気を疑う前に、彼女の胸を見て幻覚に陥ったのではないか、と首を捻ってしまうだろうが。

 暫く身体を動かして肩で息をする桂花は、大きく膨らむ胸部に顔をニヤケさせる。

 

「くふっ、毎日毎日“ばすとあっぷ”体操とかいうのをした甲斐があったわ。

 たまにはあいつも良い事を教えるわね!」

 

 華琳に気に入られているあの男──一刀が気に食わないのは事実だが、それでも彼は彼なりに頑張っている事は知っている。

 少し見直したと思った矢先の出来事なので、桂花としても全身精液男から、半身精液男ぐらいに評価を格上げしても良いほどだ。

 なにより、これで華琳を満足させる身体になれたと思えば、桂花の内から堪えきれない熱い思いが湧き上がる。

 

「ああ……華琳様! 浅ましくも胸を大きくしまった私を、どうか思う存分嬲ってください……!」

 

 恍惚とした表情を浮かべてうっとりとしていた桂花は、脳内に広がるピンク色の妄想に浸っていく。

 想像の華琳が冷たい目で桂花の胸を掴み、加虐色を含んだ声音で告げる。

 

『そこまでして、私に可愛がられたいのね。

 ふふっ、いいわ。

 貴女の忠誠に報いるために、たっぷりと可愛がってあげるわ、桂花』

『か、華琳様!? 今日は私の番ではなかったのですか!?』

『ごめんなさい、春蘭。今日は桂花を可愛がりたい気分なの』

『そ、そんなぁ……』

 

 がっくりと項垂れる猪顔の美女──もちろん、桂花の脳内での春蘭だ──の悲しげな表情に、頭の中の桂花はこっそりとほくそ笑んだ。

 今まで春蘭の駄肉に、苦虫を百万匹ほど噛み潰す勢いで嫉妬していた桂花だったが、現在の桂花には春蘭に負けない胸部がある。

 いや、この身長に感度の良い桂花のならば、春蘭とは言わずにこの陣営で一番のナイスバディーになれるかもしれない。

 そんな事はないのだが、少なくとも今の桂花はそう確信していた。

 

「フフフ……あいつにいつも馬鹿にされていたけど、もうそんな事を言わせないわ! 華琳様一の寵愛は私が貰うわよ!」

 

 アーハッハッハと仁王立ちして高笑いを始めた桂花。

 彼女の脳内では、春蘭をアッパーカットで吹っ飛ばしてドヤ顔を決める巨乳美女……つまり、桂花自身の姿が映っていた。拳を突き上げて己の勝利を噛み締めている自分の姿が。

 しかし、あっさりと復活して怒りの表情で戻ってくる春蘭も思い浮かんでしまい、桂花は慌てて自分の妄想を打ち消す。

 人の想像でも拮抗してくる相変わらずな猪武者に、思わず桂花はげんなりとしながら、着替えを済ませていく。

 

(まあ、いいわ。どの道、この姿を見れば華琳様が可愛がってくれるはず。

 フフフ、残念だったわね、春蘭。今日は私が華琳様の寵愛を頂く!)

 

 下着姿で拳を握り締めた桂花は、バラ色に広がる今後の展開に、やっぱりだらしなく頬を緩ませるのだった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

(──くっ! これは想定外だったわ)

 

 あれから、着替え終わって廊下を歩いていた桂花は、予想外の展開に内心で顔を歪ませていた。

 よく考えればわかる事だろう。今までの桂花は悲しいほどに貧乳だったので、彼女が着ていた服もそれに合うように造られているのだ。

 しかし、どんな奇跡が起こったのかはわからないのだが、現在の桂花は誰が見ても巨乳と言えるほど胸部が膨らんでいる。

 結果、窮屈そうに押し込められたそれのせいで、桂花にとっては痛みを伴う事になるのだ。

 

 問題はそれだけではない。

 桂花以外にも彼女が貧乳と知っている知り合い達。

 彼等が異様な眼差しを送ってくるのも、桂花には計算外だった。

 

(なによ! 私の胸が大きい事がそんなにおかしいわけ!?)

 

 睨みつけて辺りを見回せば、桂花に目を向けていた彼等が、示し合わせたように全員がそっぽを向く。

 それ以外にも、すれ違う人達の皆が皆、一度桂花に会釈した後、信じられないような者を見た様子で二度見する。

 ただえさえ男に目を向けられる事に嫌悪感を覚えるのに、それに加えてねっとりと嫌らしく──あくまでも、桂花の主観だが──自身の胸を見つめられ、桂花は先ほどから鳥肌が立ちっぱなしだ。

 

「お、おい……どうなってんだ?」

「貧乳じゃなくなってる……だと!?」

「巨乳もあり、か?」

「ハァハァ……」

 

 桂花の耳に入るのは、一様に驚愕と困惑の声。

 腹立たしい事に、彼等の情欲に塗れた表情──もちろん、これも桂花の主観だが──のお蔭で、華琳と会った時の予想がある程度つく。

 身震いする身体を抑える桂花は、華琳のためだけにひたすら耐えていた。

 

(頑張れ……頑張るのよ私。全ては華琳様に褒めていただくために、この拷問に耐え切るのよ!

 そう、これは華琳様に褒められるための試練と考えなさい。きっと、天が私のために強大な試練を与えてくださったのよ。

 だから、この試練を乗り越えた先には、必ず華琳様からの褒美が……ああ、華琳様。そんな目で私を見て……もっと見てください! そして、もっと罵ってください!)

 

 頬に両手を添え、いやんいやんと身体をくねらせながら歩く桂花を見て、周囲の者達は見てはいけない者を見た様子で、そっと視線を逸らして何事もなかったようにすれ違う。

 そんな彼等から不気味に思われている事など露知らず、脳内にピンク色のお花畑を咲かせる桂花はある意味楽観的だった。

 妄想上の華琳に思う存分可愛がられてから暫し、我に返った桂花は頬を赤らめて足を早めていく。

 現在の情勢は落ち着いている方だが、軍師として公私を混同してはいけない、と桂花は思い立ったのだ。

 その結論に至るのが随分と遅かったが、長年の夢だったバストアップを思えば、いくら桂花でも仕方がないと思えるだろう。

 ともかく、ようやく軍師としての顔つきに変わった桂花は、手前から春蘭が歩いてくるのを発見する。

 

「おはよう、桂花」

「おはよう、春蘭」

「うむ、今日はいい天気だな! 今日も華琳様の覇道を照らす素晴らしい日になるだろう」

「そうね。華琳様の覇道を支えるために、私達も頑張らなきゃいけないわ。だから、貴女には期待しているわよ?」

「もちろんだ! 華琳様一の臣下である私だぞ? お前に期待されるまでもなく、それぐらいわかっている」

「ならいいわ。じゃ、また後でね」

「うむ。桂花も頑張れよ」

 

 朗らかに笑い合い、手を振って別れた桂花達。

 しかし暫くすると、桂花の背後からドタドタと慌ただしい足取りが近寄り、目の前に回り込んだ春蘭が、まるで化け物でも見たかのような表情で桂花を指差す。

 

「誰だお前は!」

「はぁ? 何言ってんのよ。私は私でしょ?」

「嘘をつくな! 私が知っている桂花は、私に爽やかな笑顔を向けた事なんてない! さては貴様、華琳様を狙う刺客か!?」

 

 眼光鋭く桂花を睥睨すると、春蘭は愛剣を抜いて切っ先を向ける。

 対して、桂花はやれやれと肩を竦めて余裕の表情を崩さない。

 何故、桂花がここまで余裕かと言うと、なんて事はない。ただ、春蘭にそう言われても心が穏やかなままなだけだ。

 今までは目の前にぶら下がる駄肉を見ただけで、様々な負の感情が内心から沸き起こっていたが、今の桂花なら昔の自分が馬鹿だったと思えるほどの余裕まである。

 

(ふふっ。今ならわかるわ。──胸のゆとりは、心のゆとり)

 

 心の赴くまま桂花が慈愛の微笑みを返せば、春蘭は嫌悪感を露わにして、ゴキブリを発見した人のように、鳥肌が立つ肌を摩った。

 戸惑いの表情を浮かべたまま、春蘭は恐る恐るといった様子で口を開く。

 

「ほ、本当に桂花、なのか?」

「そうよ。どこからどう見ても私じゃない。もう、春蘭は人の顔も覚えられないの?」

「い、いや。しかし、いつもの桂花とは違いすぎて……うん?」

 

 呆れた面立ちで胸を張った桂花を見て、不思議そうに小首を傾げた春蘭。

 愛剣を仕舞って顎に手を添え、穴が開くほどじーっと桂花の胸を凝視する。

 どこか不気味なその様子に、桂花は腕で胸を庇って眉を潜めた。

 

「な、なによ。何か言いたい事でもあるわけ?」

「……うーむ。桂花の胸はもっとぺったんこだったはずなんだが」

「なっ!? し、失礼ね! 私だって少しぐらい胸があったんだから!」

「いや、すとーんでぺたーんだったぞ。北郷がまな板にできると言っていたぐらいだしな!」

 

 あっはっはと能天気に笑って頭を掻く春蘭に対し、桂花は額から太い青筋を浮かび上がらせていた。

 一刀が春蘭と訓練をしているのは知っているが、まさか訓練中にそんな事を話していたとは。

 今までも偶に桂花の胸に憐憫の眼差しを送る一刀に、桂花は心底腹立たしい思いを抱いていたのだ。

 更に春蘭にまな板などと言うなど……果たして、一刀を許して良いのだろうか。いや、許して良いはずがない!

 

(コロス!)

 

 瞳孔を開いて殺意の波動を放っていた桂花を尻目に、春蘭はおもむろに桂花の胸部をむんずと掴む。

 神妙な表情を浮かべながら、大胆に桂花の胸部を揉みしだいていく。

 

「ふむ、偽物ではないのか。つまり、これは本物の桂花の胸?」

「ちょ、ちょっと! 何をしている……あんっ」

「一体どうなっているのだ。桂花の胸は小さかったはずなのに、今の桂花の胸は大きいぞ」

「やめっ……ん……ぁぅ……」

 

 初めての巨乳感覚で敏感になっているのだろう。春蘭の手から伝わる感触に、桂花の内心からは抗いがたい気持ちが立ち上っていた。

 華琳以外から触られたくないのだが、徐々に膨らんでいく快感の渦から抜け出せない。

 桂花の頬は赤らんでおり、熱い吐息を漏らして瞳が潤んでいた。

 対して、春蘭は研究者が実験するような目つきで指を動かし、やがて満足そうに頷いて桂花から離れる。

 思わず砕けそうになる腰を叱咤している桂花を尻目に、春蘭はおめでとうと桂花を讃える表情で。

 

「良かったな! これで桂花も、胸で華琳様を満足させられるぞ!」

「くっ……この、なんで私の胸を触るのよ!」

「うん? 駄目だったのか?」

「当たり前よ! なんであんたみたいなガサツな女に触られなきゃいけないの!」

「む! ガサツという言葉はよくわからないが、お前が私の事を馬鹿にしているのはわかるぞ!」

「へー。あんたでも馬鹿にしてるって事を理解できたのね。脳筋の極みな春蘭にしてはやるじゃない。褒めてあげるわ」

 

 ふふんと見下す目で桂花が春蘭を睨め付けば、春蘭の方も歯ぎしりをして睨み返してきた。

 不愉快な様子で肩を震わせており、春蘭の怒りのほどが垣間見えるだろう。

 しかし、桂花はそんなの知った事かと言わんばかりに、尊大に腕を組んで春蘭へと仁王立ち。

 もちろん、腕の上に胸部を乗せて強調する事も忘れない。たっぷりと重量感を見せつける桂花に、春蘭は理解不能といった様子で眉尻を吊り上げて。

 

「さっきから、なぜ胸を見せてくるんだ? 頭でもおかしくなったのか?」

「あ、あんたねぇ……!」

「──こんな所でなにしてんだ?」

 

 怒りで拳を掲げてプルプルしていた桂花は、不意に掛けられた声に、そちらの方へと顔を向けた。

 そこには、案の定キョトンとした表情の一刀が佇んでいたのだ。

 春蘭も一刀の存在に気が付き、勢い込んで近寄って桂花を指差す。

 

「おい、北郷! 今日の桂花がおかしいんだ! お前も桂花を治すのを手伝ってくれ!」

「はっ? 桂花が……ん? んん?」

 

 戸惑い気味に視線を転じた後、目を擦って何度も桂花を見直す一刀。

 その視線は桂花の胸部に注がれており、桂花は嫌悪感丸出しの表情で後ずさる。

 

「嫌らしいわ! こいつ、今私をどう犯そうか妄想してるんだわ! 汚らわしい!」

「そんなのしてないから! じゃなくて、え、なにこれ?

 なんで桂花のおっぱいが大きくなってるの?」

「ふふん。もちろん、私の努力の成果に決まっているじゃない。

 そんな事もわからないなんて、相変わらず万年発情期なだけはあるわね。

 その意地汚さだけは、米粒一つ分ぐらい尊敬できるわ」

「褒められた気がしないな……で、春蘭。一体どうなっているんだ?」

「知らん。私も今日初めて見た時から、桂花はこんな風に変わっていたぞ」

 

 ばっさりと切り捨てた春蘭の言葉に、一刀は肩を竦めて桂花に目を向ける。

 ドヤ顔で見返してくる桂花を眺めた後、頭を抱えてブツブツと独り言を漏らしていく。

 

「やっぱり、どう考えてもおかしいだろ。

 そもそも、英雄達が女の子だってだけでも精一杯なのに、これ以上意味不明な出来事が起きたら俺の手に負えないんだけど」

「なに妄想を垂れ流してるのよ、気持ち悪い」

「そうだ! 北郷も桂花の胸を触って確認してみてくれ! そうすれば、何かわかるかもしれないぞ」

『はぁっ!?』

 

 名案を閃いたといった笑顔で頷いた春蘭に対し、桂花達は愕然とした声を揃えて上げてしまった。

 この目の前の馬鹿(春蘭)が告げた提案によると、一刀が桂花の胸部を触ってこうなった原因を調べる、というものだ。

 つまり、死んでも触れられたくない男の手が、よりにもよって桂花の胸部に触れてしまうという話でもある。

 死ぬ。死んでしまう。春蘭に触られただけでも死にたくなる気持ちだったのに、一刀に触られてしまうのなら、この場で舌を噛み切って自害してやる、と目を据わらせる桂花であった。

 しかし、現実は非情であり、うんうんと大きく頷いた春蘭が一刀の背中を叩いた事で、状況が悪化してしまう。

 

「いけ、北郷!」

「うわっ!?」

「こっちに来ないで……きゃぁっ!?」

 

 たたらを踏んで足を滑らせた一刀が、桂花にのしかかろうとする。

 思い切り脚を振り上げて金的を食らわせて反撃しようとした桂花だったが、今までとバランス感覚が違ったからだろう。狙いが逸れて背中からすっ転んでしまった。

 結果、仰向けになる桂花の胸部へと、倒れ込む一刀の両腕が伸びていき──

 

 

 

 ♦♦♦

 

「──きゃああああああッ!」

 

 叫び声を上げて飛び起きた桂花は、大量の汗を流しながら身体を抱き締めた。

 震える身体を抑えて気を静めていると、ここが自分の部屋だと気が付く。

 そして、先ほどと違って身体に腕が回しやすい事にも。

 

「えっ……?」

 

 恐る恐る腕を広げた桂花の胸部は、いつも通りすとーんとしていた。

 右手で胸部を撫でるが、さらさらとした感覚しか感じない。暖かみのある体温も、ゴム毬のような弾力も、それ以上の柔らかさも返ってこない。

 ここまで来て、ようやく桂花は先ほどまでのが夢だったと理解した。

 

「そんな……」

 

 表情を絶望一色に染め上げ、虚ろな目で現実逃避をする桂花。

 室内で胸部を揉んだ感覚も、室内で狂喜乱舞した時の快感も、知り合いから向けられる視線も、春蘭に対しての優越感も、何もかもまやかしで存在しなかったのだ。

 一度大きな希望を味わってしまっただけに、今の桂花の胸を過ぎる絶望感は一押しだろう。

 渇いた笑い声を漏らしながら、桂花はブツブツと独り言を漏らす。

 

「ふ、ふふっ……つまり、私のばすとあっぷ体操の効果がなくて、これからも私は一生貧乳で、春蘭に勝てなくて辛い思いをしなきゃいけないのね……うわーん!」

 

 言いようのない虚無感に襲われた桂花は、顔を伏せて泣き喚き始めた。

 夢の中の自分があまりにも滑稽過ぎて、自身のプライドがズタズタだ。

 脳内で右ストレートを放った春蘭に吹っ飛ばされ、想像上の桂花が地に伏せる。ゆるゆると顔を上げると、ドヤ顔で拳を振り上げた春蘭が口を開く。

 

『残念だったな、桂花。華琳様の寵愛は私が貰う!』

『う、うぅ……華琳様ぁ』

 

 春蘭の隣に並ぶ華琳に手を伸ばすも、華琳は冷ややかな眼差しで踵を返す。

 

『今日は桂花の日だったけど、春蘭を可愛がって上げましょう』

『華琳様!』

『行きましょう、春蘭』

『はいっ!』

 

 喜色の声を上げて去る華琳に付いていく春蘭は、ふと桂花に顔を向けて口角を吊り上げた。

 言葉にしなくとも多弁に語っていた。貧乳より巨乳が正義、と。

 そんな憎たらしい春蘭の表情──これも、桂花の妄想である──に対し、桂花は涙目で見送る事しかできなかった。

 

「くっ! まだよ、まだ諦めないわ! 夢の内容を現実にすればいいのよ!

 あいつならばすとあっぷ体操の他に、色々と役立つ事を知っていそうね。

 フフッ、フフフ……待っていなさい、春蘭。必ず私があんたをぎゃふんと言わせてやる!」

 

 桂花はメラメラと瞳に灼熱を灯し、全身から重苦しい威圧感を放つ。

 それはまるで、絶体絶命の危機でも諦めずに策を練る、一流を超えた軍師のような面立ちであった。

 

 こうして、桂花の長く険しい巨乳への道は始まったのである。

 全ては華琳様に捧げるため、春蘭を見返すため。

 なお、この過程で一刀との距離が縮まっていき、同時に様々なハプニングに見舞われる事は余談だろう。

 

 

 

「──目指せ、美巨乳!」

 



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。