「き、ぎもぢわるい・・・」
「大丈夫?ウシオくん」
海風が吹き荒ぶ中、船のデッキでバケツを抱えながらウプウプとやっている少年の姿があった。
というか俺だった。
「まったくお前はよー・・・。俺に、もたないぞ、とか張り切るなよ、とか言ってたくせに、お前が一番にダウンしてどうすんだよ」
ウシオの背中を心配そうにさするアヤメの横で憎まれ口をたたくカズラ。ウシオもこれには反論できなかった。というか、したくてもできなかったのである。
「でも意外だったね。ウシオくんが乗り物だめだったなんて・・・」
「俺もはじめて、知った・・・。ウプっ・・・」
「大丈夫かよお前本当に」
今俺たちは、雪の国へと行くための船に乗っている。湯の国で雪の国王室に仕える三太夫という人と合流し、ここまでやって来た次第だ。まさか、これほど船に弱いとは思っていなかった。こればっかりは予想も、予想できていても鍛えようがない。
「大丈夫ですかな?ウシオ殿」
「三太夫さん」
船内にある休憩室に続く扉から、三太夫が出てきた。三太夫は右手に小袋と、左手に水の入ったコップを持っていた。
「これは我が国に伝わる船酔いに効く薬です。さ、どうぞ」
「ありがとうございます三太夫さん。ほらウシオくん、お薬だよ」
「あ、あぁ・・・」
アヤメは三太夫から薬を受け取り、それをウシオに渡した。ウシオは嫌々ながらもそれを受け取り、袋の中から小さな玉を取り出した。ウシオは半目でそれを、訝しげに眺め、意を決してそれを口に放り込み、水で一気に飲み干した。
「に、にがぁぁあ・・・」
ものすごい苦味がウシオの口の中を襲う。思わず吐き出しそうになったが、心配そうに顔を覗きこむアヤメの顔を見て、それを抑えた。
「大丈夫だよウシオくん。良薬は口に苦しってね」
そう言って優しい笑顔を見せるアヤメ。ウシオもなんとか笑顔を返すが、まだ薬は効いてこない。
当たり前だが。
「ウシオ、大丈夫かい?」
「せん、せい」
三太夫がやって来た部屋から、オチバも姿を現した。湯気をたてているコーヒーカップを片手に。
「もうすぐ雪の国だ。それまでの辛抱だからね。それまで横になっていてもいいけど」
「今さらですよ・・・。それに、それほどじゃない」
「そうは見えないけどね、アハハ・・・」
辛そうな顔でニヤリと笑うウシオに、やれやれといったような顔で笑いながら言った。
「今敵に襲われたらどうすんだよ?でっかい氷にぶつかったりしたら。お前つれて逃げるなんて出来ねえぞ」
船に乗るまではしゃいでいたカズラだったが、こういう状態になったウシオを見て、そのテンションも下がったようだった。
「タイタニックかよ・・・」
「タイタニック?なんだそりゃ」
「いや、なんでもない。とりあえず、これから俺たちはどうすれば?」
辛そうな顔で、ウシオは三太夫に聞いた。三太夫は船の進む先を見つめながら言った。
「我が国の城へご案内します。そこで、雪の国が主君、風花早雪様とお会いした後、城内と城下町のご案内を致します」
「なんか、普通に旅行してるみたいだなー」
カズラはさも興味なさそうにそう言った。彼は恐らく、実戦を期待していたのだろう。
Cランク任務なので、それはないことは分かっているはずなのだが。いや、分かってないか。
「・・・港が見えてきましたぞ」
そう言った三太夫の目線の先には、あまり人のいない港が見えた。いよいよ、雪の国へと上陸する。ウシオは早く、この地獄から抜け出したかった。
********************
「割りと大きいなー」
カズラは感心するように、目の前に広がっている光景を見ていた。目の前には大きな城が建っている。
「大丈夫ウシオくん」
「あぁ。もうバッチリだ」
調子を取り戻したウシオは、笑顔でそう言った。
「ったく。心配させんなっての」
「悪かったな」
珍しく、カズラもウシオのことを心配していたようだった。
そうこうしているうちに、五人は城門のあたりまでやって来ていた。五人が到着すると、門の前にいた兵士たちの元へと三太夫が駆け寄った。何かを話しているようだが、何故か視線が険しい。
「なんか、兵の数が多くないか?たかが門の守りなのに。こんなに人数いらないだろ」
カズラがそう言った。門兵の数は数えて六人。何かを警戒してるように見えた。到着したときの視線が、それを物語る。
「何かあるのかもしれないね。これは、気を付けた方がいいだろう」
オチバがそう言うと、他の三人は揃って頷いた。そしてそのあとすぐに、三太夫が戻ってきた。
「今話を通しました。まもなく、城門が開かれます」
そう三太夫が言うと、重々しい門がゆっくりと開いていった。開かれた先には、優しそうな顔をした男が数人の男を引き連れて立っていた。
「そ、早雪様!」
三太夫は、その男の方へと駆け寄っていった。
「早雪様って、さっき言ってた、この国の王様?」
アヤメが不思議そうにウシオに聞いた。
「まわりにいる人間を見ると、そうみたいだな。わざわざ来てくれるなんて、よほど良い王様らしい」
ウシオは少し怪訝そうな表情をその王様に向けながら、アヤメの質問に答えた。
わざわざここまで来るなんて、余程のお人好しか。一国の王が、一介の忍に会いに来るなんて。さっきのは思い過ごしか?あの兵士は、何かを警戒してるからこそ、こんなにいるのかと思っていたが。
「このようなところに来られては!何かがあってからでは遅いのですぞ」
「大丈夫さ、三太夫。お客人をお迎えするのに、私が出なくてどうする。私はこの国の顔なのだからな」
「しかし・・・」
少しの言い合いをしているところに、残された四人は近づいていった。
「お初にお目にかかります。私は、火の国、木ノ葉隠れの里の上忍、秋野オチバと申します。そして・・・」
「同じく、木ノ葉隠れの里の下忍、うずまきウシオです」
「霧切アヤメです」
「薄葉カズラっす」
カズラ以外の三人は丁寧に挨拶をした。言葉遣いがなっていないカズラの頭を、ウシオは小突いた。
「痛ってぇ。なんだよ」
「お前、王様に対してなんだよその口の聞き方は」
ウシオは小声でカズラに注意した。それを見た王様は笑いながら口を開いた。
「ハハハ。大丈夫ですよ、ウシオくん。私はこの国の君主をしている、風花早雪と申します。長旅で疲れているでしょう。さぁ、城内へ」
四人は、早雪に促されるまま城へと足を踏み入れていった。
「ん?」
ウシオは何かの視線を感じ、キョロキョロと辺りを見回した。
「どうした?ウシオ」
カズラが不思議そうに、ウシオに問う。
「いや、気のせいだろう。・・・多分」
「なんだよ、怖ぇなぁ」
確かに、誰かに見られていた。しかし、言っても証拠がないので、気のせいということにしておいた。
そして四人は奥へと進んでいった。
********************
「中はすごいな。城って感じだ」
カズラは先ほどから感心しっぱなしだ。それもそのはずだろう。ウシオとアヤメも含めて、三人は城というものの中に入ったことがない。和風建築の荘厳さに目を奪われていた。アヤメも声には出さないが、表情から察せられる。
三人は城内の案内を終え、あてがわれた部屋でくつろいでいた。オチバは三太夫と話があるとかで、別行動をしていた。
「確かに、旅行って言われたらそうかもしれないな。普通はこんな待遇受けないだろ。・・・それよりお前ら、気付いたか?」
「何が?」
そう言うウシオに、それ以外の二人ははてなの表情を向けた。すっとぼけた表情でカズラは言った。
「お前ら・・・。腐っても忍だろうがよ。俺たちはここに任務に来てるんだよ」
「だから何が!」
「俺たち、案内されてる間、誰かに見られてた」
「・・・どういうことだ」
一転、カズラの表情が険しいものになる。慌ててウシオがそれを制した。
「まあまあ、心配すんなよ。そういうやつじゃないと思う。妙にちっぽけだったから」
「ちっぽけ?」
「そう。ちっぽけ。な、お嬢ちゃん」
ウシオがそう言うと、ウシオの背後にある襖がガタガタっと揺れた。
「ひゃっ!」
アヤメは、それに驚いてすっとんきょうな声をあげた。ウシオはゆっくりと立ち上がって、その襖を勢い良く開いた。どうやら襖は隣の部屋へと繋がっているようで、そこにはここと同じような部屋があった。視線を落とすと、可愛らしい格好をした少女が尻餅をついていた。
「大丈夫か?」
「・・・」
少女は警戒心たっぷりといった表情で、ウシオを見上げていた。
「誰だ?」
「さ、さぁ?」
カズラとアヤメが小声でそう言っていた。
「俺たちのこと見てたの、君だろ?何か話でもあるのか?」
「・・・・・・」
また黙りを決め込む少女。年齢は恐らく、ナルトより少し大きいくらいか?
「小雪」
突然、背後から声がする。ウシオはすぐに後ろを振り向くと、そこには早雪さんが、オチバとともに立っていた。
「父上!」
「父上?・・・ってことは」
そう高らかに言うと、少女は早雪さんのところに駆け寄った。
「こんなところにいたのか、小雪。ダメじゃないか一人でいたら」
「ごめんなさい」
少女はしょんぼりしながら早雪に謝った。早雪は少女に向けていた目を、ウシオたちへと向け直し、口を開いた。
「すまないね。娘が迷惑をかけたらしい」
「娘ってことは、お姫様ってこと?」
アヤメが目をキラキラさせながらそう呟いた。
「ああ。さぁ小雪。自己紹介を」
「風花小雪です。よろしくおねがいします」
小雪と名乗った少女は、丁寧に挨拶をしたあと、お辞儀をした。アヤメはもうたまらん、といった表情でそれを眺めていた。
「か、かわいい」
アヤメは、妄想が口から漏れていた。
「では、私たちは失礼するよ。行こう、小雪」
「はい、父上」
小雪は嬉しそうに早雪に手を引かれ、部屋をあとにした。
「まさに箱入り娘って感じだな」
カズラがそう呟く。
「ま、実際そうなんだろ。俺たちが珍しかったんじゃないか?でも、門のあたりで感じたあれは何なんだろうな」
「それね、もしかしたら少し大事かもしれないよ」
そう言ったウシオに対して、オチバは意味深に答えた。
「大事?」
「あぁ。さっき、早雪さんと三太夫さんと話したんだけどね。この国の忍、雪忍の動きが活発化しているらしい」
「雪忍?この国にも忍がいるのか?」
「小規模らしいけどね。さっき門兵が多いって話をしたろう?気になって聞いてみたんだ。何かあったんですかってね。そうしたらこれだよ」
なるほど、だから妙に城内がソワソワしてたわけか。
「俺が感じたのは、その雪忍かもしれないってわけか。目的は?」
ウシオは険しい表情でオチバに聞いた。オチバは手で顎をいじりながら答える。
「それは定かじゃあない。しかし、ここ数日、城の周りに頻繁に現れているらしい。何をするわけでもないけど」
「大事っていうと、例えばクーデターとか国家転覆とか」
それは大事すぎかもしれないが。
「クーデターってなんだ?」
カズラは不思議そうに聞いた。
「力で権力ぶんどることだよ。そうか。だから門であんなに兵士が慌ててたのか」
そりゃ、そんな状況で王が現れたら慌てるわな。兵士のみなさんも大変だ。
「どうなるんですか?それが収まるまでここにいることに?」
アヤメは心配そうな表情でオチバに聞いた。
「僕たちの任務は、三太夫さんをこの国まで届けるところで終わっている。だから明日にはこの国を出発しよう。国家の問題だからね。下手に手を出して、状況が悪化してでもしたら、火の国、いや木ノ葉の威信に関わってくる」
「少し、心配ですね」
「まだ関係ない、で片付けられる状況だ。首を突っ込みすぎるのは得策じゃないだろう。歯痒い思いもするかもしれないけど・・・」
残念そうな表情でそう言うオチバ。
まぁ、そんなことにならないことを祈ろう。それまでは休息だ。
「というわけで、今からは自由時間だ。城内にいるもよし。城下町へ行くもよし。僕は、温泉にでも行こうかな?」
笑顔になってそう言うオチバ。暗い空気を払拭するかのように、提案した。
「俺は、城下町に行くぜ!父ちゃんに土産でも買っていってやるか!」
「そうだね。ウシオくんは?」
快活に提案するカズラ。それに賛同したアヤメは、ウシオの回答を求めていた。
「俺はパス。まだ少し酔いが醒めてないみたいだから、ここにいることにするよ」
ウシオは手をヒラヒラさせながら提案を拒否した。カズラは、つれねぇなぁとでも言いたそうな表情でウシオを見ていた。
「そっか。お大事に、ウシオくん」
「ああ」
そうウシオが答えると、ウシオを除く三人は城下町へと繰り出すべく、部屋をあとにした。
ウシオ以外の誰も居なくなった部屋。妙に寒く感じた。
「あー、少し寝るか」
そう呟いて、横になるウシオ。
雪忍か。Cランク任務だから、大規模な戦闘がなければいいけど、もしかしたら、もしかするかもしれない。俺に気付かれるような忍なら、大したことはないと思うけど。
ウシオは、そう考えながらゆっくりと目を閉じた。
********************
ユサユサ。
ん?
ユサユサ。
誰かが俺の体を揺すっている。それほど大きい力ではない。
ウシオは少し瞼をあけた。月明かりに照らされて、小さな影が、横になっているウシオを見下ろしていた。
「小雪姫様?」
「・・・」
ウシオはゆっくりと起き上がり、こちらをはっきりと見つめている双眸をしっかりととらえた。
「どうしたこんな時間に・・・、ってそれほどでもないみたいだな」
時間はそれほど遅くない。どうやら日が落ちて間もないらしい。月は出ているが、遠くの方を見ると、まだ明るいところがあった。
「どうした?」
「あなたたちは何者?新しい召使い?」
「召使い?ハハハ、違うよ。俺たちは、忍だ。木ノ葉隠れからやって来た」
小雪姫は小さな頭を傾げた。
とてもキュートである。いやいや・・・。
「忍・・・。雪忍か?」
「だから違うって。俺たちは外の世界から来たんだよ。火の国」
「火の国?ふうん・・・」
小雪姫は興味ありげな表情を向けながら、近くにある座布団に腰を落ち着けた。
「お父上様から離れてて大丈夫なのか?また驚かされても知らないぞ?」
少しだけニヤついた表情で、からかいながらウシオはそう言った。
「私は、外の世界を見たことがない。この雪景色以外。もちろん、見たことはあるけど、それは映画や写真の中だけだ。実際に見たことがない」
少し暗い表情で、小雪姫はウシオに言った。合点がいったウシオは、なるほどといった表情で口を開いた。
「だから、俺に外のことを教えてほしいってことか」
小雪姫はコクリと頷いた。
「ここにいることは言ってあるのか?」
小雪姫は首を横に振る。
「ま、とりあえず大丈夫か。兵士が大勢いるから、もしものことがあってもなんとかなるだろう。・・・来いよ、お姫様」
手招きされた小雪姫は、表情を明るくさせ、ゆっくりと近づいていった。
「さて、何から話そうか」
「じゃあねじゃあね!」
小雪姫は関を切ったかのように話し始めた。火の国のこと。木ノ葉の忍のこと。ウシオのこと。話していて気恥ずかしくなったが、嬉しそうにしている小雪を見て、そんな考えは消え去った。
どうやら小雪は、人と話したかったらしい。国内が、忙しくなってから城の外へと出ていないらしい。そうじゃなくても、あまり出たことがないので、遊びたい盛りの子どもからしたらたまったもんじゃないだろう。
「俺にも君くらいの弟がいるんだ」
「弟?」
「ああ。ドジでバカでまぬけで、おっちょこちょいな、愛しい大切な弟だ。君を見てると、弟を思い出すよ」
「大切なんだね」
「ああ・・・」
ウシオは感慨深く感じていた。前の世界では、こんな感情を思ったことはなかった。むしろ毛嫌いしていたのだ。
人は、変わるものだ。
「私も大切な人がいるよ。父上でしょ?それに、この城の人たち。城下町に住んでる人たち。みんなみんな大切」
「そうか。君は偉いな」
ウシオはそう言うと、小雪の頭を優しく撫でた。小雪は恥ずかしさを顔に表しながら、笑顔をウシオに向けた。
その時、ウシオの目にキラリと光るものが入った。小雪の首もとにかけられているネックレスが月明かりに照らされて光ったのだ。
「お姫様、それは?」
ウシオは小雪の胸辺りを指差した。小雪は胸辺りにあるネックレスを手にとって、ウシオに見せた。
「さっき父上に貰ったの」
虹色に輝く水晶だ。小雪は水晶をウシオに見せた後、大切そうに胸に抱えた。
「俺もあるよ・・・」
「え?」
不思議そうな顔で、小雪はウシオの顔を覗き込んだ。ウシオはテーブルの上にある額当てを取り、眺めた。
「俺の父さんの、だ。無理言って貰ったんだよ」
優しそうな表情で額当てを見るウシオ。小雪はそんなウシオを見て、クスクスと笑っていた。
「大切なんだね」
「ああ。大切だ」
そう二人で言い合うと、ニカッと笑い合った。
「さてと・・・そろそろ戻らないと本当に心配されるぞ?」
ウシオはそう言うと、小雪に手を差し伸べた。小雪は警戒せずそれを取った。
「・・・・・・?」
刹那、ウシオは違和感を覚えた。
まただ。また、誰かに見られている。この城に入ってから覗いていた犯人は今、俺の手を握っている。
ウシオは悟られぬよう、若干の警戒態勢を取り、いつでも逃げられるようにした。
一人ならどうってことないが、今はお姫様がいる。
ウシオは小雪を自分の傍に引き寄せた。小雪は急な衝撃に驚き、ウシオの顔を見上げた。ウシオの表情は険しい。
「どうした、の?」
「・・・・・・」
ウシオは何も言えない。少しでも妙な行動をとれば確実にやられる。対処しようにも姿が見えない。故にここから動けずにいた。
その時、閉じきっていた襖が勢いよく開いた。ウシオはクナイを構え、小雪を自分の後ろへとやった。小雪は突然のことに驚いたらしく、ウシオのズボンをガッチリと掴んで離さなかった。しかし、そこから現れたのは、思っていなかった人物だった。
「ウシオ無事か!?」
「カズラか!?」
カズラが右腕を庇いながら立っていたのである。すでに手負い。それがこの状況が自分の思っていることへの回答でもあった。
「・・・!!伏せろカズラ!!」
突然のことに驚いたカズラだったが、疑うことなくウシオに従う。カズラは体を床へとやった。すると、背後からチャクラ刀を振りかぶる奇妙な鎧を着た人間がいた。
敵かどうかは分からないが、味方ではないことは明らかだった。
「雷遁・
素早く印組みをし、人差し指と中指の二本を揃え、その輩へと向け、そこから超速の電撃を発射した。電撃は確実に当たった。しかし。
「・・・」
「何故だ・・・!」
電撃は鎧に弾き飛ばされた。ただの鎧ではないらしい。
「くっ・・・!やれっ!カズラ!」
ウシオが術を放ったおかけで、カズラへの注意は逸れた。ウシオはそれを見逃さずカズラに叫ぶ。
「わーってるよ!!」
伏せているカズラは、一瞬でクナイを構え、鎧ではないわずかな隙間である首もとに、それを差し込んだ。敵も咄嗟のことに判断ができず、その攻撃を受けてしまった。
頸動脈が切れたようで、噴水のように血が吹き出た。
「くあっ・・・」
敵はたまらず声をあげ、後ずさりする。首もとを押さえるが、血は止まらなかった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
面越しからもわかる。敵の顔は憔悴しきっていた。息を荒げ、その場にへたりこんだ。
頸動脈を切ると、脳への血液が吹き出してしまい、意識を失う。体全体の血液を三割失うと、失血死となる。
敵はすでに大量の血を流したようで、意識はなかった。
カズラは、持っていた血のついたクナイを落とした。室内に、カランカランという音が響く。ウシオはすぐにカズラの元へと近づいた。
「・・・助かった、カズラ。大丈夫か?」
「初めて・・・」
「ん?」
カズラは目の焦点が定まっておらず、混乱していた。
「初めて人を殺した・・・」
「・・・・・・」
聞きたくない言葉だ。まだ十二歳の少年の口から出てくる言葉じゃない。それが、この世界の壮絶さを物語っていた。
ウシオは何も言えず、カズラの肩を強く握った。小雪はウシオのズボンを握りっぱなしだ。
カズラはハッと我にかえったように、ウシオの顔を見た。ウシオはそんなカズラの目を一点に見つめ、口を開いた。
「何があった、カズラ。ここに来るまでに」
「クーデターだ。雪忍が、この城に入り込んだ。兵士はほとんどやられてる。アヤメと先生は、雪忍と戦っている、はずだ」
まさか本当にクーデターが起こるとは。
「城の守りは完璧だったはずだ。なのに、どうして」
「この鎧、体内のチャクラを増幅させるみてぇだ。それにさっきみたいに術をはじく。それに苦戦してるらしい。それに・・・」
「それに?」
カズラは恐る恐る口を開いた。
「誰かが、手引きしてる。この城へ、入れるために。そうとしか考えられねぇ・・・」
スパイ。裏切り者がいる。カズラはそう言っているのだ。
あり得ない、とは言い切れない。俺たちは今日ここへ着いた。内情なんて知る由もない。
「そうなったら、俺たちが真っ先に疑われるな。こんなことになったんだ・・・」
「とにかく・・・早く合流しようぜ。こんなところに長居したくない」
カズラは死体を眺めながらそう言った。
「そうだな。・・・行こう、小雪姫」
小雪は相変わらずウシオのズボンを握ったままだが、何かを考え込んでいるようだった。
「どうした?」
ウシオはかがんで小雪の顔を覗き混みながら、そう聞いた。
「父上・・・」
そう言ったやいなや、握っている手を離し、部屋を飛び出していった。
「おい、待て!追うぞ、カズラ!」
「面倒ごとを増やしやがって・・・」
ウシオとカズラは、急いで出ていった小雪を追った。
********************
「待て!」
ウシオは小雪を抱き止めた。それでも小雪は抵抗して、歩みを止めようとしない。辺りは火の手が上がっていた。敵の仕業だろう。
「父上を助けないと!」
「わかった、わかった!俺が行く。俺が必ず助けてお前の元に連れていく。だからお前は、カズラと一緒にここから逃げろ」
「でも!」
小雪の顔は涙でグシャグシャだった。恐らく、彼女にとって初めての恐怖だ。怖くないわけがない。
「いいか?お前に出来ることは何もない。お前はまだガキだ。でもお前に出来ることがひとつだけある」
ウシオは、小雪の瞳を一点に見つめ、口を開いた。
「生きることだ。生きて、成長することだ。それが、お前の役目だ。・・・!!」
ウシオはそこまで言い終わると、小雪の首に手刀を決めた。突然の衝撃に脳が揺れ、小雪は意識を失う。倒れこんだ小雪を優しく抱き止め、カズラへと渡した。
「頼むぞ、カズラ」
「分かった」
カズラは反論せず、小雪を受け取った。そして真剣な顔で口を開いた。
「死ぬんじゃねえぞ。ガキに生きろなんて説教食らわせてたヤツが、死んだら元も子もないからな!」
「分かってるよ。俺を誰だと思ってる」
ウシオはそう言うと、拳をカズラの方へと向けた。カズラは、その拳に、自らの拳を合わせた。
「木ノ葉の赤き雷鳴、だろ?」
そう言ったカズラは、小雪を背負い、そのまま走り去っていった。
「さて・・・」
恐らく敵には、弱い忍術は効かない。使えるとしても牽制に使う程度だ。かといってこう狭いと、大規模な術は簡単には使えない。接近戦が上等か。
ウシオは、落ちていたチャクラ刀を拾った。
「これなら・・・」
刀を構え、スピードを上げながら先ほどの小雪との会話で出てきた、王様がいるであろう部屋まで急いだ。
「・・・!!」
道中、案の定同じような格好をした忍が三人現れる。
「貴様、木ノ葉の忍だな?」
「だったらどうした」
「殺す」
敵の一人が、チャクラ刀を構えて特攻してくる。ウシオは、先ほど拾った刀で、それを受け止めた。
「六角水晶はどこにある!」
「なんのことだ!?」
「とぼけるな!」
後方にいた忍もやってくる。そして刀を振りかぶり、ウシオへと斬りかかった。
「っく!」
ウシオは後方に飛び、距離をとった。そこで素早く印を組む。
「風遁・突破!」
風遁を放つ。対して敵も印を組んでいた。
「氷遁・暴風雪!」
二つの術が、ぶつかり合い、相殺された。
「中々やる・・・!?」
敵は目の前の子どもが、中々の手練れであることを理解し、次の行動へと移そうとした瞬間、背中への痛みを感じた。三人全てだ。
敵が辛うじて後ろに視線を移すと、自分の目の前にいたはずの子どもがそこにいたのである。
ウシオは、先ほどの術を放ったすぐあと、気付かれずに影分身を作り、敵の背後に瞬身させていたのだ。
「な、いつの、間に・・・」
そう言い残すと、その場にばたりと倒れた。倒れたところから、血溜まりが広がる。
「なりふりかまってられないんだよ。・・・すまない。お前たちのことは、俺が覚えている」
そう言って、王様がいるはずの場所へと急ぐ。
小雪が言うには、王室にある隠し扉から、行ける部屋にいるという。
王室まで到着したウシオは、そこにあった掛け軸を捲った。小雪の言った通り、扉があり、開くとそこには下へと続く階段があったのだ。
「血の臭いがする・・・。まずい・・・」
何が潜んでいるかわからない状況だが、事態は急を要する。ウシオは、急いでそこを駆け降りた。
「ここ、は?」
降りた先には、少し広い空間が広がっており、数枚の鏡が立てられていた。そして、その一枚に、腹部を手で押さえながら血を流している、早雪がもたれ掛かっているのを見つけた。
「王様!」
ウシオは急いで駆け寄る。首筋に指を当て、状態を確認した。
反応は弱い。が、死んではない。しかし、このままでは。
「う、うぅ・・・」
「大丈夫ですか?!」
「君は、ウシオくんか?」
かすれた声で、うっすらと目を開けながらそう言った。
「うっ・・・」
早雪は、立ち上がろうとして、体勢を崩す。
「だめです。無理に動こうとしちゃ」
「早く、私が行かなければ・・・。小雪・・・。小雪は?」
「姫なら、カズラに任せました。オチバ先生たちと合流して、この国から脱出するはずです。だから、安心して・・・」
「いけない・・・早く行くんだ・・・」
そう言うと、早雪はウシオの肩を力強く掴んだ。ウシオはいきなりのことに動揺したが、我にかえり、すぐにその理由を聞いた。
「何故・・・?貴方も連れていきます。そう姫と約束した!」
「早く行かないと、大変なことになる・・・。君たちは勘違いをしている。・・・ガハッ!?」
そこまで言うと、早雪は口から血を吐き出した。ウシオはそれをモロに受けてしまうが、気にしていなかった。
「勘、違い?・・・何を」
息を荒げ、今にも息絶えそうな早雪。すぐに治療しなければ、本当に死んでしまう。しかしウシオは、その先の言葉が気になってしょうがなかった。
「私を・・・私を、襲った、のは───────」
********************
城内から城門が見える広場。辺りは火の海だ。火の手は先ほどよりも勢いを増している。
その中でソイツは、小雪姫を脇に抱え、こちらを見ていた。カズラは、ソイツとの距離を詰め、右ストレートを繰り出した。しかしそれは易々と受け止められた。
「ガハッ・・・」
俺は蹴りを腹部に決められ、後ろへ吹き飛ばされる。吹き飛ばされた場所には、気を失っているアヤメが横たわっていた。
「ア、ヤメ」
痛みに堪えながら、ゆっくりと立ち上がる。口から少し吐血している。どうやら、内臓かなんかが傷ついたらしい。
カズラは、唾とともにそれを吐き出し、見えている先にいるソイツを睨んだ。
「風遁・突破!」
「水遁・水刃波」
カズラが放った風遁は、ソイツが放った水遁に打ち消された。消しきれなかった水遁が、カズラに迫る。
「クソ!」
痛みに堪えながら、左に飛ぶ。しかし避けきれず、右足に当たり、血が吹き出した。
「ぐああぁぁあぁあ!!」
激痛がカズラに襲いかかる。飛ばされてきた水の刃は、カズラの靭帯を切り裂いたのだ。
「ウシオはどこだ」
ソイツは、そう口にする。
「ぐああぁっ!!くはっ!はぁっ!ふぅっ・・・ふぅっ・・・」
カズラは痛みを落ち着かせるために、ちゃんとした呼吸をしようとした。しかし、それもままならないくらいの痛みだった。
「もう一度聞く。カズラ。ウシオはどこだ?」
カズラは、痛みに堪えながらキッとそう言うソイツを睨み付けた。そして、辛うじて口を開いた。
「はぁ・・・はぁ・・・。どうして、アンタが」
そう言われたソイツは、笑いながら答えた。
「君には関係ないけど、まぁ、教えてあげてもいいかな。・・・復讐だよ。復讐」
いつも見せている表情ではない。狂気にかられた、悪人の表情。ソイツは、俺たちが指南を乞うべきであるはずのソイツは、ケタケタと笑っていた。
「なんで、なんで!!どうしてこうなんだよ!」
靭帯を傷つけられ、立ち上がることができない。辛うじて這って、ソイツの元へとにじりよろうとする。
「どうしてだ!
次回、雪の国篇、完結。