まだ人もいない早朝、少年が歴代火影の顔岩を眺めていた。三代目の顔岩の隣に、新しい顔岩が建設されようとしている。職人が手で掘っていく新しくできるそれは、俺にとって見慣れたものだった。
俺はそれを、顔岩が一番よく見えるベンチから眺めていた。
「・・・・・・クソッ」
俺は少し顔を歪めた。
「そろそろ修行に行こう。朝のノルマを早く終わらせないと」
そう自分に言い聞かせ、重い腰をあげた。
今年で俺は7歳になる。記憶を取り戻してから3年だ。取り戻してから本格的に修行を開始したので、修行を開始してから3年とも言える。
そして、第三次忍界大戦が終結した。さらに、砂との同盟条約も結ばれることになった。現在は形式的だが、平和という状態が建前として続いている。
大戦の傷が癒えぬ中、人々は平和であろうとし、偽善的な活気が広がっていた。中には、必要な犠牲だとか、仕方がなかっただとかぬかす愚か者どもがいるが、そんなこと思いたくなかった。クソ食らえだ。
そう思いながら、密かに見つけた修行場に急いでいると見知った顔を見つけた。
「・・・大蛇丸先生」
病的に白い肌。蛇のように鋭い眼光。長い黒髪。それでいて俺の師匠である、伝説の三忍の大蛇丸が見えた。
「あら、ウシオくん」
「ここで、何をしてるんですか?」
大蛇丸は出来上がる寸前の顔岩を眺めていた。
「別に、なんでもないわ」
この人は昔から表情が読めない。だけど今は表情から窺う必要はなかった。
「俺は、あなたが四代目になるべきだと思ってます」
その瞬間、顔岩に向かっていた大蛇丸の顔がこちらへ向いた。蛇が獲物を狙っているかの表情を、俺に向けていた。
「そう。あなたがそれを言うの?」
第三次忍界大戦が終結して、その犠牲へのなんたらかんたらで三代目火影が退任した。それにともない、四代目の選出が行われた。
その選出に目の前にいる大蛇丸が立候補したが、三代目火影猿飛ヒルゼンは、俺の父波風ミナトを推薦した。
父は人柄もよく、大戦でも多くの功績を残したため、すぐに四代目に選出された。
「忍に必要なのは、人柄じゃない。忍術の多彩さだ。あなたが四代目になれば、この里は強くなる。いや、強くすることができる。そう思ってます」
「・・・ばかなこと言わないで。殺すわよ」
表情を変えず、殺意を向けられる。大丈夫。この人はいつもそうだ。
「今日の修行には付き合ってくれますか」
「気分が乗らないわね」
「そうですか」
いつも彼が乗り気じゃないと修行はつけてもらえない。しかし彼が教えてくれる忍術は、他の誰も教えてくれないものばかりだった。
通常覚えていく忍術はもちろん、禁術指定とされたものも教えてくれる。すぐにでも強くなりたい俺からしたら、これほどいい師はいなかった。
「ミナトなら良い火影になるわよ」
「はたしてそうですかね。俺はそうは思えませんけど」
俺は大蛇丸の隣を通りすぎて、修行場へと急ぐことにした。
大蛇丸は通りすぎて行ったウシオの背中を眺めていた。
「あなたも変わったわね。そう、それでいいのよ。必要なのものは、いつも・・・」
ウシオの姿が見えなくなってから、大蛇丸はまた顔岩へと視線を向けた。
「もう、悔いはないわね」
大蛇丸は歩みを進める。顔岩に背を向けて、町の方へと消えていった。
********************
「流石だ、ウシオ。また学年トップ」
「どうも」
人のいなくなった教室で、ウシオとその担任の先生が話していた。
「前に話したことが実現するかもしれないな」
「なんです?」
「飛び級の件だよ。君はもうここで学ぶことはないだろうからね」
「いえ、学ぶことならたくさんありますよ。まだ飛び級をする気はありません」
ウシオは淡々と述べる。それに対し担任はハハッと笑った。
「まだ、ね」
意味深にウシオの顔を眺める。
話を終えたのか、担任は教室を後にした。ウシオは担任の出ていった扉を一瞥すると、席に置いてあったバックを肩にかけた。
「まだまだだ。まだ、もっと強くならないと。みんなを守れるように」
そう小さな声で告げた。
その時、閉じられたはずの扉が勢いよく開いた。
「・・・またか」
「ウシオ!今日こそてめぇを下してやる!」
いつものヤツだった。ヤツらではないのは、あの痩せた上級生は俺を恐れて挑むことをやめたからである。その点に関しては、コイツは尊敬できる。絶対に勝てない相手に何度も挑むことに関しては、だが。
「カズラ、勝てないと分かってるだろう」
「勝てないからって挑むのをやめるのは、男じゃねえ!俺は火影になんだよ。てめぇの親父みたいな、な!」
薄葉カズラはそう言い切った。俺が一番聞きたくないことを、だ。俺の冷えきっていた感情が、少し熱を帯びる。
「お前さ・・・・」
自分でも驚くくらい、低い声色で告げ始める。
「ばっ───かじゃねぇの?」
最大の侮蔑をこの言葉に乗せる。
「何が火影だ。何が親父だ。てめぇの受け持つ部下すら救えないヤツが、里を救えるもんかよ」
「お前・・・」
いつもは挑戦的な目を向けてくるカズラだったが、今の言葉は疑問に思ったらしく、向けたことのない表情をしていた。
「悪いけど、今日はそんな気分じゃない」
「ちょ・・・まてウシオ!」
そう言うカズラを後ろ目に、俺は教室を後にした。
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「ただいま」
重い扉を開けて、帰るべき場所へと足を踏み入れた。
「あら、お帰りウシオ」
母がリビングへと続く扉から顔を出した。
「・・・ただいま母さん」
「少し帰るのが遅いんじゃない?父さん、さっき出てったわよ。入れ替わりね」
「ふうん・・・」
ウシオはさも興味なさそうに、クシナの横を通り抜けてリビングへと入った。
「ちょっと・・・!」
クシナが通りすぎるウシオの肩を掴む。ウシオは掴んだ手を払いのけて、リビングからつながる自分の部屋に向かった。
「待ちなさい、ウシオ!」
「何、母さん」
ウシオは感情のないような目をクシナに向けた。クシナはその顔を見て、少しだけ悲しい表情になる。
「どこにいってたの」
「どこって、修行だよ」
「どこの、よ」
「秘密なんだ。俺が見つけた修行場。言ったら秘密じゃなくなる。それに、
「・・・なによ、その態度は!」
言葉を重ね合うにつれて、クシナの声は荒くなっていく。反対にウシオは冷ややかになる。
「ご飯はいらないよ、ラーメン食べてきたから」
そう言い捨てると、ウシオは部屋に入っていった。
「ちょっと、ウシオ!」
固く閉ざされた扉を眺め、クシナは高ぶった気持ちを落ち着かせた。
あれからもう半年がたつ。神無毘橋での任務でオビトが戦死してから。その間に戦争も終わり、やっと一息つけるようになった。
ミナトも四代目に選ばれ、彼の夢が叶った状況だ。
だけど、家族の仲は冷ややかだった。あの一件から、ウシオがミナトを見る目が変わった。私でも分かるくらいに。尊敬の眼差しだったのに。
これで喧嘩でもしてくれれば、まだいい。言い争いでもいい。どちらかが心情をぶちまければ。そうすれば、きっと。だけどミナトはそんなこと絶対にしないし、彼自身がきっと後悔してるから、もしそういう性格の人でも、きっとしない。
ウシオに至っては話すことすらしない。あれからミナトと会話した姿なんて、数えるほどしか見ていなかった。それが、ただ駄々をこねてるだけなら、叱り飛ばせばいい。だけど、今回は違う。
ウシオにとってオビトは、本当の兄のような存在だった。互いに認め合い、高め合い、ライバルのようでもあった。カカシやリンには、さん付けで呼んでいたが、オビトだけは兄ちゃん、と呼んでいたのがそれを裏付ける。彼にとって、オビトはそれほど重要な存在だったのだ。
「どうすれば・・・いいんだってばね」
椅子に腰をおろし、クシナは頭を抱えた。
「あなたが分からないわ。アタシ、母親に向いてないのかしら」
そう、クシナらしからぬ言葉を発した次の瞬間、クシナに異変が起こった。
「うッ・・・!?」
急な吐き気。クシナは急いで洗面所へ向かい、腹部から沸き上がってくるものを吐き出した。
「・・・ハァ・・ハァ・・ハァ」
これってまさか。
クシナは、自分のお腹の辺りを眺めた。そして、尾獣の封印式がある部分を優しく撫でる。
「ミナトに・・・ウシオに、報告しないと!」
先程までの暗さが嘘のように、明るい笑顔を取り戻したクシナは、急いでウシオのいる部屋へと向かった。そして、ノックもせず勢いよく扉を開く。
「ウシオ!母さんねぇ───」
喜ばしい報告を既にいる我が子に報告しようとしたが、いるはずの部屋はもぬけの殻だった。
「あれ?いつの間に・・・」
よく見れば、窓ガラスが開いていた。吹き込む風によってカーテンがゆらゆらと靡く。電気もついていないその部屋は、酷く殺風景で、とても寂しく思えた。
「まったく・・・外出するなら、一言ぐらい言えってばね」
クシナは彼が出ていったであろう窓を眺め扉の端にもたれ掛かった。
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「火遁・豪火球の術!」
腹部にあるチャクラを練り上げ、口から炎を吐き出す。月明かりに照らされ、天然の鏡となった水面に、その光景が写し出されていた。
「よし・・・中々様になってきたみたいだ。チャクラコントロールはもう完璧だな」
今のは火遁の基本忍術とされる豪火球の術。火の性質変化を用いたもので、うちは一族の忍が使えたら一人前とされる忍術としても有名だ。
家に帰ってすぐ、窓から外へ出た。母さんが扉を蹴破って、突入してくるのが目に見えていたからだ。面倒事を避けるために少しだけ遠いところで、忍術の修行に明け暮れていた。
そばに勿忘草が咲いている湖だ。記憶を取り戻したくらいの頃に、母さんと一緒に来たときからお気に入りの場所だった。
「俺が使えるのは、火遁、水遁、土遁、それに雷遁か。まだ試したことはないけど、もしかしたら風遁も使えるのかもしれないな」
これもあのじいさんのチャクラのおかげなのだろうか。神様から分けてもらったチャクラだから、少しだけ特別なんだろう。
俺はこの年齢で、五行の忍術の基本を、ほぼすべてマスターしていた。その中でも得意なのが雷遁だった。これは恐らく、俺個人の性質なんだろう。
「よし・・・雷遁・雷激波!」
印組をし、次は雷遁の術を地面に撃った。撃った方向へ跳ねながら進み、水に触れるとその範囲を広げる。
見ると、水面に魚がプカプカ浮き始めていた。どうやら感電してしまったらしい。
「しまったな・・・」
頭をかきながら、どうしようか迷っていたところ、背後に気配を感じた。
「・・・」
俺は気付かない振りをしてそのまま動かなかった。その気配はゆっくりと近付いて来ており、俺の対応出来るところまであと少しだった。
やれる。そう確信できる距離まで近付いてきたため、俺は影分身を作ろうとした。しかし。
「おいおい、いきなり戦闘体勢か?」
聞き慣れた声を耳にして、ウシオは急いで振り向いた。
「なんだ、シスイか」
うちは一族の忍で下忍でもあるうちはシスイがそこには立っていた。
「なんだとは失礼だな」
シスイは腰に手をあてて、やれやれといった感じで俺の方を見ていた。水面の状況を一瞥し、口を開いた。
「無闇に命を散らすな。もったいないだろう」
「死んではいないと思う。多分、気絶してるんだろう」
見れば浮いていた魚がピクピクと動き出していた。
この術は攻撃のための術ではない。相手の動きを止める術だ。経絡系に働きかけ、一時的に四肢を麻痺させる。ただ、その時間は短く、たかが小魚ぽっちがすぐに動き出していることが、それを裏付けていた。
「どうした、こんな時間に」
「別に」
俺は勿忘草の咲いている辺りの段差に腰掛けた。シスイは近付いてその横に立ったまま並んだ。
「中々の火遁だったが、まだまだだな」
「お前はうちはだろう。火遁が得意なのは当たり前じゃないか」
「まあな・・・。じゃあ見てろよ?」
そうシスイが言うと、俺より一歩前に踏み出した。湖の淵に立つと、素早く印を結んだ。
「火遁・豪火球の術!」
シスイの口から、先ほどの俺のものより一回り大きい火の玉が吐き出される。
「・・・」
やることを終え、くるりとこちらを振り向き、控えめにどや顔をして、口を開いた。
「これがうちはの豪火球の術だ」
「・・・すごいな。感心するよ」
ウシオは目を丸くして、素直にそう述べる。シスイは俺の隣に戻ってきて、腰を下ろした。シスイは目を閉じて、静かな空間を堪能し始めた。鈴虫やらなんやらの鳴き声があたりには広がっていた。
「お前は、任務か?」
「その帰りだ」
「そうか・・・」
覇気のないウシオの声を聞いたシスイは、ゆっくり目を開けて、こちらを向いて口を開いた。
「どうした、ウシオ?」
「だから言ったろ。べつ・・・」
先ほどと同じように、拒絶の言葉を述べようとしたが、シスイの目がそうはさせなかった。黒い瞳が真っ直ぐ俺の目を見つめる。
「・・・はぁ。本当になんでもないんだ。今日のノルマが終わらなかったから、ここにいただけ」
「こんな時間にか?」
「昼間はアカデミーだし、そのあとはどうしてか乗り気になれなかったしな」
「へぇ・・・」
信じてないかのように、そうもらす。俺は思ったことをそのまま言った。
「信じてないだろ」
「だってお前、ノルマは必ず時間内に終わらせるだろ。そんなお前が乗り気にならない、か?」
「俺にだってそういう時もある」
「へぇ・・・」
さっきと同じようなやり取り。またこいつは信じていない。
シスイとは少し前に出会った。修行の最中に、さっきみたく背後に立たれ、その時は普通に攻撃した。まぁ、それはいなされて逆に押さえつけられたけど。
それからちょくちょく修行を見てもらえるようになった。大蛇丸とは別に、術の指南を受けている。
「そう言えば、ミナトさん火影に就任したんだってな。その間外に出ていたから知らなかった」
「そうなのか」
「おめでとう、鼻が高いな」
ミナトの話題になり、心がざわついた。おめでとうと言われ、表情が歪む。
「関係ないね」
「・・・お前、まだあのことを気にしているのか?」
そう言われ、何かがプチンと切れる。
「まだ、だと?シスイでも、それだけは許せない!あのことを、まだ、と言って割りきれってのか!?それとも忘れろとでも言うのか?!他の大人たちのように、お前も!」
塞きをきったかのようにウシオは捲し立てた。しかしシスイは驚きもせず、冷静に聞き続けていた。
「忘れられるわけないだろうが!あの人は、オビト兄ちゃんは俺の兄さんみたいな存在だった!それを、その場しのぎの言葉で押さえ込んで、普通に生きていけってのか!?」
ウシオは知らず知らずのうちに目に涙を溜めていった。それにも構わず、言い続ける。シスイはそれを受け止めるかのように聞き続ける。
ウシオが言い終わると、シスイは優しいんだか、険しいんだか分からない表情でウシオの目を見据えた。
「言いきったか?」
「・・・なんだと」
「全部吐き出したか、と言ったんだ」
「何を知ったような口を・・・!!」
「分かるよ。繋がりが切れてしまう悲しみは。俺も戦争で両親を失った。親しい友人も、尊敬していた先輩も。だから分かるのさ」
そうだ。シスイの両親は戦争中に死亡した。幼かったシスイを残して。
ウシオは何も言うことが出来なくなり、押し黙ってしまった。それでも、言わなければならないことを言う。
「・・・すまない」
「いいさ、気にしてない」
そう言って、朗らかに微笑んだ。
「何で、そう言えるんだ。どうして割り切れる。どうして笑顔でいられるんだ・・・!!」
ウシオはもう涙こそ出ていないが、泣きそうな表情でそう捻り出すように告げた。シスイはそのままの表情で続ける。
「割り切ってなんかいないさ。今でも悲しい。寂しい。泣きたいくらいだ。でもな」
一呼吸おき、さらに続ける。
「俺たち残された者が、いつまでたってもクヨクヨしていたら、死んでいった者たちが報われないだろう」
「・・・」
「確かに死者を悼むことは悪いことじゃない。寧ろ良いことさ。でもお前のは違う。お前はただ、現実から逃げているだけだ。見なければならないものから目を背け、耳を塞ぎ、うずくまっているだけ」
正直、図星だった。そんなことにも気付けない自分に腹が立った。さらに、それを父さんのせいにしている自分にますます腹が立った。
「大事なのは受け継いでいくことだ。その人が叶えられなかった夢を、意思を、心を。そして二度とそんなことが起きないように、変えていくのさ」
晴れやかな表情でシスイは言った。
分かってる。分かってんだよ。そんなことぐらい。でも、それでも!
「それでも・・・もう、いないんだ。オビト兄ちゃんは」
ウシオはシスイから目をそらし、地面に目を向ける。風に靡く勿忘草が月明かりに照らされて、少し輝いているように見えた。
「・・・俺は、お前が本当の意味で気付くと思ってるさ。いや、気付かなきゃならない。それまで、俺はお前を見ているよ」
そう言って、シスイはウシオの頭に手を置き、ワシャワシャと撫でた。
「シスイ・・・」
撫で終えたところで、ウシオが口を開いた。
「なんだ」
「忍って、なんなんだ」
「・・・・」
急に別の質問になって驚いたシスイだったが、すぐにその真意に気付き、真剣に答えた。
「忍とは、
「陰、から」
それじゃあ・・・。
「それじゃあ、シスイはどこにいるんだよ。オビト兄ちゃんはどこにいるんだよ。どこにもいないって言ってるようなもんだろうが・・・!!」
少し暗そうな表情になり、すぐに優しく微笑んだシスイは、俯いているウシオの目の前にかがんだ。ウシオは顔をおこし、シスイの顔を見る。
「それは・・・」
シスイは人差し指を、ウシオの心臓の部分にやった。そして、少し微笑みながら言った。
「
ウシオはまた泣きそうになった。そうなる自分を押さえ込んで、腕で顔を拭った。
ウシオは半年前にクシナに言われたことを思い出していた。クシナに言われたことのように、胸に突き刺さる。あのときよりも的確に。ウシオの濁った心臓を抉った。
「じゃあな、ウシオ。早く帰れよ」
そこまで言うとシスイは背後にある舗装された道まで跳躍し、うちは一族の区域のある方向へ歩いていった。
「・・・シスイ」
ウシオはシスイの背中を眺めていた。うちはの家紋が、オビトを思い起こさせ、姿を重ね合わせた。
「それでも・・・俺は」
転生者であることを忘れるくらいに、この世界に埋没していた俺は、自分が、愛を知らない寂しい人間であった頃を思い出していた。繋がりもなく、繋がろうともしなかったあの頃を。
あのときは、どれほど憧れていたか。家族、友人、心のある生活に。だがそれは、とてつもなく苦しいものだと、転生した先で気付かされていた。
繋がりの切れる恐怖。始めから両親のいなかったあの頃の俺にはなかった感情だ。それが、これほど重いものだとは、考えもしていなかった。
「これなら、生き返るなんて、しなきゃよかった。あのまま、消滅していればよかった。繋がりなんて、持たなきゃよかった」
拭ったはずの涙が、頬を伝う。顎の辺りからポタポタと落ちていった涙の滴は、勿忘草の花弁に受け止められ、ゆっくりと地面に伝わっていった。
********************
ボウルを手に持ったミナトは嬉しそうに、驚きの表情を浮かべながら言った。
「え!?赤ちゃんが!?」
「うん!そうだってばね!赤ちゃんだってばね!私のお腹にいるんだってばね!」
捲し立てながら興奮するクシナ。
「この前、つわり?ってやつがきて、もしかしたらと思って、お医者さんに行ったら、予定日は10月10日だって!私、嬉しくなっちゃって。赤ちゃんができたこともだけど、それに」
お腹をさすりながら、ウシオの部屋を眺めた。ミナトはボウルをテーブルに置いて、クシナに近寄った。
「10月10日・・・。そうか。・・・きっと運命だったんだよ。俺たちが家族になったのは」
「・・・うん。うん!だってその日は!」
「7年前、ウシオと初めて出会ったあの日!」
興奮して、クシナはミナトに飛び付いた。
「ああ!だめじゃないかクシナ。そんなに動いたら、お腹の子に障るよ!」
少し動いただけなのに、慌てて抱き止める。
「まーだ大丈夫だってばね!・・・私、思ったの。こんなんじゃ、ダメだって。産まれてくる子に、顔向け出来ないって。そう思ったら、急に元気が沸いてきちゃって」
「クシナらしいよ。でも、うん。・・・そうだね。俺も頑張らないと。こんなんじゃナルトに笑われるよ」
「ナルト?」
不思議そうにミナトの顔を眺めるクシナ。ミナトはクシナを離して、本棚から少しだけ汚れた一冊の本を取り出した。
「自来也先生が初めて書いた小説さ。この中の主人公の名前が『ナルト』だよ。俺は、この小説の主人公のような人になってほしいと思ってるんだ」
パラパラと捲りながら優しい表情を浮かべるミナト。クシナはそれを見て感慨深そうに口を開いた。
「・・・ナルト。ナルトかぁ。・・・うん。いいじゃない。ナルト、ナルト!」
嬉しそうにはしゃぐクシナ。それを見て慌てて手を添えようとするミナト。
「また、クシナ!そんなに動いたらお腹の子に・・・」
「だから、大丈夫だってばね!」
そうして、リビングに笑いが広がった。これまでの重苦しい空気を打ち消すかのように。
「ウシオが帰ってきたらすぐに言わないと。君はお兄さんになるんだよって!」
「ミナトは火影の仕事があるでしょう?私が伝えておくわよ」
「いいや、これは二人で伝えたいんだ。なんたって、新しい家族が増えるんだからね!」
ミナトはウシオの部屋を一瞥し、そう言った。
「分かったわ。二人で一緒に言いましょう!」
笑顔でそう言うクシナ。それを見てミナトも笑顔になる。二人は確信していた。これから多くの幸せが生まれるんだと。これまでの幸せが二倍になるんだと。
そう、確信していた。
どうもおはこんばんにちは!zaregotoです。
3話目になり重要な役割を担うことになる人物たちが登場し始めました。そしてウシオは、早い反抗期に。転生者であり、一度16年生きた彼ですが、人間関係に関しては忍界での彼の年相応です。経験がないが故に、これまで味わったことのない恐怖に直面します。
前の話とは打ってかわって、暗い話ですね。主人公は片足くらいが闇落ちしています。終いには、あの『彼』のように大蛇丸に弟子入りしてしまったり。しかしまぁ、まだ大蛇丸は危険な思想を持っているだけで、木の葉にとって脅威となる存在にはなっていませんから、大丈夫かと。それでも、禁術の開発が発覚し、四代目の座が遠退いたくらいなので、ヤバいやつであることには代わりありません。その代わり、主人公は多くの術を学び、肉体面では強い忍びになっていきました。
登場したシスイですが、家族関係がうちはカガミの子孫であることぐらいしか分かっていません。ですので、勝手に両親を戦死してしまったことにしました。また、原作ではシスイの描写が思ったより少なかったと思います。多く登場したアニメはあまり見ていないので、彼の話し方などには苦労しましたね、はい。あと、年齢設定もよくわかりません。一応は主人公の先輩、ということにしました。わたしの頭の中では主人公➡シスイ➡オビト、という感じの年齢設定です。
今回のサブタイである『勿忘草』の花言葉は、「私を忘れないで」「真実の愛」といったものです。・・・はい。ぶっちゃけそのためだけに登場させました。文面的にカッコつけたかっただけです。誕生花でもなければ、ナルト原作にちなんだものでもありません。・・・だと思います。
そんなわけでみなさん!これからもよろしくお願いします。原作崩壊系のSSが苦手な方は、気を付けてください。どんどん崩れていきますので。今のところ1日1話ペースで投稿出来ているので、今後もそんな感じで行きたいですね。よければ感想、評価お願いします!今後の励みになりますので!
では!