「それでは皆さん、よろしくおねがいします」
サクヤを中心に、それぞれの紹介が終わる。
「まさか、イタチと一緒の班になれるとはな」
「ええ、俺も嬉しいです」
二人が知り合いだったのは知らなかった。まあ、お互いにアカデミー主席だから知ってて当然か。ん?二人の主席ってなんだ?
「それに・・・」
ウシオの視線が、もう一人の班員、アスナへと向けられる。
「なんだよ」
「いや、久しぶりだなと思って」
ヒルゼンくんから聞いた話だと、小さい頃から一緒に遊んでた幼馴染みだとか。でもなんだか、不穏な空気だ。
「そうね」
「・・・・・・」
不穏というか、何なんだろうこの空気。お互いにお互いが謙遜し合っているというか。ぎこちなさが目立つ。
「ワタシ帰るわ」
「え、ええ。初任務についてはまた追ってご連絡します」
アスナさんはそそくさと帰ってしまった。なんだろう。初めての班での隊長なのに、少し不安な感じ。
「アンタも大変だな。アイツも悪いやつじゃないんだけど」
ウシオはアスナの背中を遠目に眺めながら、サクヤにそう言った。
「ウシオさんはあの人と知り合いなのですか?」
イタチがウシオへ尋ねる。ウシオは少しだけ気恥ずかしそうに答えた。
「ああ。幼馴染みってやつだ。今日何年か振りに会ったけどな」
「大変、だったとしても、大丈夫です。私はこの班の隊長ですよ?」
自分で言っていて、何を言ってるのか分からなかった。いや、決意の表れだとしておこう。
「じゃあ、隊長。これからよろしくな」
「よろしくおねがいします」
二人も小さく礼をして、その場から去っていった。背中がどんどん遠くなり、ついには見えなくなる。
「行っちゃった、か」
これから、私の寿命が尽きるまで、あの子たちとともにある。まさか、木ノ葉を抜けた私がまた忍としていられるなんて、思っていなかった。ヒルゼンくんとダンゾウくんのおかげか。
「これから頑張らないと。それよりも・・・・・・」
サクヤがニンマリと笑う。
「隊長かぁ」
嬉しかったなぁ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
別の日。まだ任務はない。先日の事件の後処理のために、前の三班のメンバーは任務ができないらしいからだ。
サクヤは昔よく行っていた甘味屋へと足を運んだ。小さな甘味屋で、店先でしか人が座れなかったはずが、何人も入れる大きなお店になっていた。
「へぇ・・・」
時間の流れは、残酷なのかもしれないけど、私にとっては関心しかない。あの小さなお店で、お客だって殆どいなかったのに、今では大盛況だ。
「入ってみようかな」
昔と同じ暖簾をくぐり、中へと入る。すると、給仕の子だろうか。お盆を持ってトコトコと近づいて来た。
「いらっしゃいませ!お一人ですか?」
「ええ」
「お席にご案内します!」
元気いっぱいだ。そこも、昔と変わらない。昔と。ん?あれ?
「んー・・・」
サクヤは店員の女の子を凝視してしまっていた。
「ど、どうかされましたか?」
「え!?いや、知り合いに、とても良く似ていたので」
「そうなんですね。よく言われるんですよ、私。おじさんおばさんから」
「そうなんですか?」
「ええ。昔のおばあちゃんによく似ているみたいで」
「おばあちゃん・・・」
そうか。この子。サキちゃんのお孫さんか。
昔のこのお店にいた女の子に瓜二つだった。
「今歳はいくつですか?」
「私ですか?今年で10歳になります」
当時のサキちゃんと同い年なんだ。
「その、サ・・・おばあちゃんは今どこに?」
「おばあちゃんなら病院にいます。2年前から体調を崩してしまいまして」
「そう、なんだ」
今度会いに行こうか。でも会いに行ってどうする?昔の知り合いが急に現れたら、幽霊が出たって大騒ぎするかも。
あの時の知り合いは、殆どいなかった。そもそも、あの人が他の人と一緒にいるところを、よく思ってなかったから。
でも甘味だけは違った。あの人はよくこのお店の黒餡蜜を食べていた。ここの甘味はここで食うんだと言って、聞かなかった。
「あの、大丈夫ですか?」
そう言われて、ハッとする。少し考え込んでしまったようだ。
いけないいけない。
「あ、大丈夫です」
「ご注文は?」
「ご注文・・・。黒餡蜜で」
あの時と同じように、黒餡蜜を食べる。きっとあの人も食べたいだろうから。
「ん?」
給仕の女の子が厨房へと戻ってすぐだった。外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「やっぱりラーメンの後は甘味だよね」
「お前も甘味が好きなのか?」
「兄さんが好きだから、俺も好き!」
楽しそうな会話。つい最近知り合った男の子だ。
二人は暖簾をくぐって、お店の中へと入ってきた。
「今日は空いててよかったな。サスケ、お前は何を食べる?」
「兄さんと同じの!」
「そうか。じゃあ責任重大だな」
他愛ない会話をしていた二人は、疎らに空いた席を確認していた。ゆっくり店内を見回すイタチ。
「あれは」
イタチがサクヤに気付いた。その視線を追って、サスケも気付く。
「イタチくん」
サクヤはボソリと呟いて、手を振る。イタチは無視することも出来ず、そのまま近付いてきた。
「お久しぶりです、サクヤさん」
「イタチくんもここの甘味目当て?」
「まあ、ええ。ここは老舗ですからね」
老舗。老舗かぁ。
「サスケ。俺の班の隊長さんだ。挨拶しなさい」
「こ、こんにちは」
「はい、こんにちは」
サスケ。ヒルゼンくんのお父さんと同じ名前か。
この時代でサスケという名を聞くとは思わなかった。だからこそか、すごく親近感が湧く。
「イタチくんは何を食べるの?もし決まっていなかったら、黒餡蜜がオススメよ?」
「・・・!」
イタチはこの人、できる!とでも言うような顔で、サクヤを見た。当のサクヤはそんなことには気付かない。
「もしよかったら一緒にどう?」
「え?あ、はい」
四人がけのテーブルに、向かい合うような形で座る。サクヤの目の前には、サスケだ。
そして、もう一度あの女の子を呼び、黒餡蜜を再び頼んだ。
「・・・サスケくんはいくつ?」
「5歳です」
「そう!来年からアカデミーね。楽しみ?」
「うん。俺、兄さんみたいな忍者になるんだ」
「へえ、そうなんだ。じゃあ頑張らないとね!」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「まだまだ!ナルト!」
「おっす!」
別の日では忍組み手を近くの丸太に腰掛けながら、眺めていた。
すでに何件か任務をこなしており、中忍試験までの仮のものだったが、任務内容の評価により、存続されるかもしれなかった。
今日はたまたま、本当にたまたま甘味屋へ行く途中に二人に出会った。そのまま修行を見ることになったのだ。
「二人、すごいなぁ」
ウシオくんのウワサは聞いていたが、弟のナルトくんも中々だ。まだ5歳だというのに、ちゃんと考えて攻撃している。
だけど、まだ小さい子どもだ。すぐに集中力が切れる。
「あ、テントウムシ」
「余所見するなナルト!」
集中力が、切れるとナルトくんの頭にタンコブができる。涙目になりながらも、ウシオくんに向かっていく。
サクヤは、自然と笑みを浮かべていた。昔見た光景を思い出したからだ。
『猿!何を余所見している!!』
『ご、ごめんなさい!』
『やれやれ・・・』
扉間様に怒られるヒルゼンくん。呆れているダンゾウくん。
でもこうして見てると、ウシオくんって、やっぱり似てるよなぁ。
「・・・なんですか?サクヤ隊長」
サクヤがじっとウシオの顔を見ていると、それに気づいたウシオが、気恥ずかしそうに口を開いた。
「え?あ、ううん。何でもないよ」
扉間に似ている、とは言えるはずもない。サクヤが二代目のことを知っているはずがないのだから。
「さ、続けて。・・・あ」
「え?」
「てりゃーあ!!」
瞬間、ナルトの拳がウシオの下腹部やや下辺りへとクリーンヒットした。
「ヒン」
短い悲鳴?を溢し、ウシオは固まってしまった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「大丈夫?ウシオくん」
「ごめんよ兄ちゃん」
二人が心配そうにウシオを見やった。
「大丈夫大丈夫」
ウシオは手をヒラヒラさせながら、何でもないようなフリをしてニヘラと笑った。
大丈夫じゃないんだろうなぁ。
サクヤは、苦笑いするしかなかった。
「でも病院まで連れてく必要なんかなかったのに」
「気を失っちゃったんだから、そりゃ連れて行くでしょう」
病院の諸々の手続きをすべて終え、サクヤたち3人は出口へと歩いていた。ウシオはナルトの手を引き、少しだけ前を歩いている。
その背中を優しい表情で、サクヤは眺めていた。
「おい!ナルト!」
ナルトが前を見ずに歩いてしまったせいか、前から歩いてきていた老婆に軽くぶつかってしまった。ウシオはそんなナルトに声をかけて静止させようとしたみたいだが、意味はなかったようだった。
「申し訳ありません。ほら、ナルトも謝れ!」
「ごべんなざい」
半泣き状態のナルトが老婆に謝っている。
サクヤにとっては、そんな状態すら愛おしかった。
「大丈夫ですよ。ほら僕?おばあちゃんは元気ですから」
細い腕でナルトの頭を撫でると、一礼してからゆっくりと再度歩き出した。老婆はサクヤの隣をお辞儀をしながらゆっくりと、通り過ぎる。
あれ?
老婆とすれ違った瞬間、懐かしい匂いがした。
「おばあちゃん!一人で行ったら危ないよ!」
「大丈夫大丈夫」
振り向くと、2つの小さい背中が見えた。
「あれは・・・」
先程の老婆のそばには、今しがた合流したであろう少女。少女は、あの甘味処の少女だ。ということ、は。
サクヤの心臓が跳ね上がる。
サクヤの過去が、そこにはあったからだ。
そんな状態のサクヤに気付いたのか、ウシオが不思議そうに見ていた。
「どうしたんだ?急に立ち止まって」
声を掛けられるはずもなく、サクヤはぎこちない笑みを浮かべゆっくりと向き直った。
しかし。
「あ!黒餡蜜のお姉ちゃん!」
急に振り返った少女に見つかってしまった。
「ここで何してるの?」
背を向けていたかったが、それでは変だろう。
仕方なく振り返ったサクヤ。老婆とは目を合わせないようにしていたが、目が、合ってしまった。
変わっていない。
年齢は勿論違うが、あのときと、何ら変わらない、友人がそこにはいた。
サクヤが老婆から目を離せずにいると、それに気付いたのか、老婆はゆっくりと近づいてきた。
早く行かないと色々とまずい。こう、情緒的なものが。
しかし、体は動かない。幻術にでもかかったかのようだった。
老婆はすぐそばまでやってきていた。
なんと取り繕おう。それだけを考えていたが、はじめに言葉を発したのは老婆だった。
「どうして泣いているのかしら。大丈夫?」
泣いている?
指摘されたサクヤは自分の頬に手を当てた。たしかに、水分が勝手に流れていた。
その水分を無理やり拭き取る。
「わた、しは」
言葉が出ない。出したいのに、出ない。言ったところで意味のないことは、自分が一番分かっているからだ。
言ってしまおうか。どうせただの変人だと思われるだけだ。それが嫌なら、孫という設定にすればいい。
しかし、どれだけ考えても、言葉は出なかった。
サクヤは拳を強く握りしめ、動けなくなってしまった。
すると握りしめた拳を、老婆は優しく包み込んだ。
「手を包まれると、安心するでしょう?これはね、手をよく使う忍にとって信頼の証だかららしいわよ?大丈夫よ、私は、」
これ、は。
戦争で家族を失ったサキ。甘味処に住み込み、働いていたサキに、サクヤがかけた言葉だった。
『大丈夫。きっと大丈夫。私が居ますから』
『どうして、両手を包むの?』
『よく印を組む忍者にとって、両手を封じられるのはとても居心地が悪いことなの。つまりね、それができる間柄ってことは、信頼し合えているってことなの。だから大丈夫。今目の前にいるのは、』
自身の過去と重なり合いながら、現在が口を開く。
「『アナタの味方だから』」
涙が、流れる。今度は分かる。
「古い知り合いに似ていたので、少しだけ見入ってしまったんです。ありがとうございます、おばあさん」
つっかえたものが、取れた気がした。
「そう?でもなんでかしらね」
手を離した老婆が不思議そうに自分の手を眺める。
「あんなに昔のことを思い出すなんて、不思議ねぇ」
「おばあちゃん!よくなってるんだよ!」
隣りにいた女の子が飛び跳ねて喜んだ。
「不躾かもしれないんですが、なんの病気なんですか?」
一息つき、恥ずかしげもなく老婆は言った。
「私は精神力減少症。今の言葉だと、チャクラ病ね」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
病院からの帰り道、ナルトがサクヤに質問していた。
「精神力減少症っていうのは、チャクラ病って言われてる通りチャクラが常に減ってしまう病気なの」
精神力減少症。別名チャクラ病、チャクラ消失症候群。文字通り、チャクラが減ってしまう病気だ。
精神エネルギーと肉体エネルギーの両方でチャクラというが、その2つのエネルギーが正常なバランスを取れず、異常な速さでチャクラを消費してしまう。
チャクラが無くなれば死に至るが、それは最悪の場合だ。ほとんどは投薬や、幻術の解呪方法のような形でチャクラを送り込む事によって事なきを得る。
問題は二次的な症状として、精神や肉体に異常が出てしまうことだ。体の平衡感覚が失われたり、言葉が発せなくなったり、その症状の中には、記憶を失ってしまうものもある。
あの老婆は、すこしずつ記憶を失っていた。
すでに自身の幼い頃の記憶は消え失せている。辛うじて、この里へやってきた事だけは覚えているらしいが、それもいつまで保てるのか。
それが、過去にしたサクヤとの会話を思い出したのだ。
しかしその直後にはそのことは忘れてしまったらしく、