「写輪眼との戦い方なんて、わかんないわよ!火遁・豪烈火!」
「火遁・豪火球の術」
二日目、その第一試合。二つ目の山。同じ木ノ葉の、同じ班の二人がぶつかり合う。
二人の放った火炎は、わずかにイタチのものが勝っていた。アスナのものは勢いを殺されつつ、終息しだしている。
「くそっ!」
自分の火遁が押し返される寸前で、アスナは横へ飛んだ。そして、自分の指を噛もうとした。が。
昨日口寄せできたのはたまたまだ。本当は猿魔さまを呼び出すつもりだったところに、たまたま小猿魔が応じてくれた。あのとき小猿魔が言っていたことは本当だ。今回行えば、恐らく来てくれないだろう。無駄な挙動は避けたい。
アスナはそう考え、最小限の行動で、対戦相手であるイタチに勝ろうと思っていた。しかし、イタチはその上をいく。
そもそも、イタチは才能以上のものをもっている。それが、アスナに自由な戦いをさせていないのだ。
「風遁・烈風承!」
こちらを見ていないイタチに向かって、風遁を放つ。それに気付いていないイタチではなかった。地面に体ごと伏せる形になりながら、クナイを投げた。
アスナは、すんでのところでそれを避ける。避けながら、昨日の帰り道、ウシオに言われていたことを思い出していた。
『写輪眼との戦い方?』
『うん。だって、次の相手はイタチだよ?写輪眼がなかったとしても十分強いんだから、それに対応できなきゃあ』
ウシオはなんだそんなことか、とでも言うかのような顔をした。
『な、何よ、その顔』
『別にかわんねえよ。ただ、相手の目を見なきゃいい。俺はいつもそうしてる』
『はぁ!?あんたねぇ!』
『俺は基本的に、イタチの足を見てるかな。そうすりゃなんとか対処できるぞ。まぁお前は幻術タイプだから、対処はしやすいと思うが』
とか言ってたけど・・・。
アスナは向かってくるイタチの目を見ずに、足だけを見た。確かに、初動は基本的に足からだ。
だけど。
「それでも無理に決まってんでしょ!!」
アスナはクナイを持って、特攻してきたイタチのクナイを、自らのクナイで弾く。
「あ、しまっ!?」
その瞬間、アスナの瞳に赤いものが写りこんだ。
写輪眼を見てしまった。そう理解した頃には、遅かった。イタチの姿が、一人一人増えていく。分身の術ではない。明らかに非現実。
「降参してもいいんですよ」
複数人のイタチが、同時に口を開く。
「そんなこと、アタシがするわけないでしょ!解印術・解放!」
その瞬間、アスナの視界が晴れた。複数人いたイタチは消え去り、残り一人となった。写輪眼でチャクラの流れを見ていたイタチは、突然正常な流れとなったアスナのチャクラを見て、眉をしかめた。
「風魔手裏剣、烈!」
アスナは、懐に隠していた巻物から、手裏剣を口寄せした。それをイタチに投擲する。炎を纏った手裏剣は、イタチへ一直線に向かっていった。
「くっ・・・!?」
イタチはそれを間一髪でかわした。しかしその直後、体勢を崩したイタチに、アスナが迫っていた。
「あんたが、降参しなさいよ!」
アスナは、イタチの顔面へと、拳を叩き込む。イタチはそれをいなす。アスナは続けざまに拳を繰り出した。イタチは、的確にそれをいなしていた。
「めんっどくさいわねぇ!!」
アスナは、一度攻撃を中断した。したかと思えば、拳を開いたのである。そこには、先ほどしゃがんだときに掴んだ砂が握られていた。アスナは、それをイタチに振り撒いた。
「目眩ま・・・!?」
古典的な目眩ましだ。故に回避は難しい。イタチにこんなことをしてくる忍はいなかったからだ。さらに言えば、イタチは、アスナがこんなことをする忍だとは思っていなかったから、とも言えよう。
「こんにゃろぉぉぉぉ!!!」
アスナは怯んだイタチに、今の自分ができる、最大限の掌底を繰り出した。
「かはっ!?」
イタチは、それをもろに受けてしまった。アスナはほくそ笑んだ。イタチを下すことができる。しかし、その喜びもつかの間、後方へと吹き飛ばされるはずのイタチが、その場で消え去ったのである。
「まさか、影分・・・」
カチャ。
聞きなれた金属音。それが、耳元で響く。そして、冷たいそれが押し当てられた。
「終わりです、アスナさん」
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「惜しかったな、まさかあんなかくし球を持っていたなんて。あれはどういう仕組みだ?」
「あれは、時限式の医療忍術よ。幻術にかかると乱れたチャクラを元に戻してくれる。試合が始まる前に、かけておいたの。本来はかけられた誰かに、他者がかける術なんだけどね。まぁ、一回きりの博打みたいなものよ」
控え室で傷を治療しているアスナと、ウシオは話していた。
「他人に使うときは、自分のチャクラを流し込むけど、自分が使う場合、解除に使うチャクラを温存しておかなきゃならない。もし残ってなかったら、使えないから」
結果は、アスナの敗北だった。イタチはアスナが幻術を解いた瞬間に、影分身を作り出していた。そして、本体と入れ替わり、機を待っていたのである。満身創痍であったアスナは、まったく気が付けなかったのだ。
「ところで、そんな術、誰に聞いたんだよ。俺ですら知らないのに」
「あんた、医療忍術はからっきしじゃない。知ってるわけないわよ。・・・そうね、あれはたまたま、綱手様に聞いたのよ」
「綱手さんに?帰ってきてたのか?」
「いえ、昨日兄に会わなければいけなくて、湯の国まで行ったの。そこで会ったのよ」
「あのあと、湯の国まで行ったのか。大変だな」
「兄さん、父上と喧嘩中だから、木ノ葉には来れないのよ。来れないというか、来ない?ね」
三代目火影と、アスナの兄アスマは、アスナのことで道を違っている。少し前の三代目は、家庭を省みないところがあったので、当然といえば当然なのだが。
「綱手さんは、相変わらずか?」
「会ったのは、賭博場から出てきたところ。シズネさんも、苦笑いよ」
相も変わらずギャンブルか。
「機嫌の悪い綱手さんとよく話せたな」
「たまたま、ね。そこで聞いたの。自分で即座に幻術を破る方法をね」
「それがさっきのやつか」
そこでアスナは微笑み、腕に巻かれた包帯を見た。ウシオもそれに視線を移すと、強く拳を握っていることに気が付いた。
「特に、卑下するところはなかった。あの目眩ましなんかよかったな。古典的で原始的だけど、逆に新しい。二度は通じないだろうけど、フェイントとしてはピッタリだ」
「負けたら意味ないでしょ」
「違う。この試験に勝ち負けは関係ない。戦いの中で、どういう動きをしていたかが問題なんだよ」
ウシオはパイプ椅子から立ち上がり、拳を握った。
アスナは包帯を擦る。
「それでも敗けは敗け!次こそは、必ず、イタチに勝つ。どんな手を使ってでもね・・・」
「ま、それでこそ、アスナだ」
アスナは、そこでウシオに笑いかけた。それに呼応するように、ウシオも笑った。
「次は、俺と砂のアイツだ。必ず勝つから見てろ」
「うん。見てる」
ウシオは、控え室をあとにする。背後には、恐らく三代目だろう。強いチャクラを感じていた。
娘の容態を見に来たのか。里の長ともあろうお方か、家族の相手をしていていいのかね。まぁ。じいちゃんなら、あるか。
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本日の試合は四試合だ。準決勝三試合と、決勝の一試合。割りと早くにイタチとアスナの試合が終わったからか、次の試合の開始時間まで、かなりの時間があった。
ウシオはアスナが治療されている医務室を後にして、会場を出た。木ノ葉の町から離れている会場は、深い森の中に作られている。故に、会場から出れば、そこは木々が生い茂った風景だけが広がっていた。
「リラはまけんなよなぁ!?」
聞いたことのある声が、聞こえてきた。ウシオは無意識に身を隠し、その声の主がいる方向を伺った。
「分かっているさ」
見てみれば、砂の三人が話していた。先ほどのねちっこい声は、ランダだったようだ。それに応じたのはリラ。ダンリは目を瞑りながら、腕を組んでいた。しかし、目についたのは、そのすぐ側にいる男だった。
「ランダはリラが負けるとでも思っているのか?」
その男は、ランダを睨み付けながら言った。ランダは萎縮しながらも、呟く。
「いや、そんなことはないですけどぉ・・・」
「師匠。そんな目をしないでください。ランダも頑張ったのです」
あれで頑張った、とは言えないだろうが、相手が相手だろう。
ウシオは御愁傷様、とでも言いたげに合掌した。
「元より、貴様には期待しておらん。勝者こそが正義。その点で言えば、ダンリ。貴様には失望したぞ。あの程度の忍にやぶれおって」
「・・・はぁ」
師匠と呼ばれた男は、矛先をダンリに向けた。しかしダンリは、ランダのように怖じ気づくことはせず、少しだけため息をついた。
「貴様、なんだその態度は」
「いえ師匠。僕は、あなたに認められるために忍をやっているわけではないと思いましてね。それに、負けることも重要だと思いますよ?僕は、知りましたから。自分の世界がどれほど狭かったかと」
薄目をあけ、その男を見やったダンリは言った。
「敗者が何を言っても、戯言にすぎん。しかし貴様、私を怒らせたいのか?」
「いえ、そんなつもりはありませんよ。そうだ。貴方もアイツと戦ってみるといい。自分がどれほど浅はかだったかを知らされますよ。どれほど自分を見誤っていたか」
そこまで言うと、ダンリは会場へと戻っていった。ランダもそのあとをせこせこと続く。ウシオは体を小さくし、気づかれないようにつとめた。
「あの小僧、里に帰ったら容赦せんぞ・・・。リラ、お前は、負けるなよ?私は少し、会場を離れる。やることがあるからな。・・・私を、失望させるなよ」
そこまで言うと、その男は、瞬身の術で、どこかへ行ってしまった。一人残されたリラ。すると、少しだけ頬を緩め、森の中へと駆け出していった。
「なーんかありそうじゃのぉ」
「うぁぁぁあ!!!って!自来也先生!驚かさないでくださいよ!!」
誰もいなくなったところで、一息つこうとしたウシオだったが、突然現れた自来也のせいで、寿命を縮められてしまった。
「ガハハハ!」
「笑ってないで。本当に驚いたんですから」
自来也は爆笑しながら、ウシオの背中を叩いた。
「すまんすまん。ところでウシオ、最近どうじゃ?」
「最近って・・・。特に目立ったことは」
それは嘘だ。かなりの事件をウシオは経験していた。しかしまぁ取り立てて言うことでもなく、自来也もそれを聞きたいわけではないだろうから、言うことはしなかった。
「そーか。ナルトはどうじゃ?元気にやっておるか?」
「まぁ。最近は修行をサボりがちで困ってます」
「ふむ。遊びたい年頃じゃからのぉ。ウシオ、次の試合はどうじゃ?勝てそうか?」
「目を瞑っててでも。昨日の試合を見てれば、イタチとヒカゲ以外、取るに足らないって感じですよ」
「そーか。それは頼もしいのぉ。しかし足元を掬われるぞ、その考えでは」
「別にそんなことはあり得ません。さっきのやり取り。あんなことを言う上司の下で修行をしている忍になんか、負けませんよ」
「ふむ」
自来也は自分の顎を擦りながら、さきほどリラが走り去って行った方向を見た。
「あの少女は弱くないぞ?」
「分かってますよ。予選の試合は見てましたから」
「そういうことではない。身体ではなく心がじゃ」
「・・・・・・心は、弱そうに見えましたけど」
少し考えたあと、自来也に言うウシオ。
「であれば、まだまだじゃな、ウシオ。ああいう忍は伸びる。今のままでは、まだまだじゃがのぉ」
そう言うと、自来也は受験会場の中に戻っていった。どうやら三代目に用があるみたいだ。
「ああいう忍、か。・・・興味はあるな」
そう思い、ウシオは彼女が消えていった方向へと向かうことにした。
深い森だ。人避けに植林されただけある。人道ではないから、無理矢理木々を避けないといけなかった。その中でも、通った形跡があるので、リラはここを通っていったことは間違いなかった。
少しすると、深々と生い茂っていた草木もなくなり、少しだけ広い空間が少し先に見えた。よく注視するとその空間の真ん中に、巨大な切り株があるのが見えた。リラはそこに座って何かをしている。
「?」
ウシオはばれないように近づいていった。別段ばれても支障はないので、特に気配遮断をすることはしなかった。ただ単にこっそりだ。
どうやら、リラは、何か書き物をしているようだった。リラの後ろには数冊の本が山積みされている。
少し近づいても、ばれる様子はない。本当に集中しているのだろう。しかし、そんなんで忍と名乗っていいのだろうか。
「何書いてるんだ」
ウシオはたまらず声をかけた。
「うわぁぁぁ!!!???」
リラは大袈裟に驚いて、切り株から転げ落ちた。その拍子に、積み上げてあった本と、今の今まで書いていたノートが落ちた。ウシオはそれをゆっくりと拾い上げる。
「うずまきウシオ?!なんでここに・・・。と、というか、それを見るな!!」
とは言われてもだ。すでに拾い上げたあとで、すでに書き込まれた文字に眼を向けている最中だった。
「お?」
『君は、無数に輝く星のなかで最も輝いていた星だったんだ。だから僕は君を見つけられたんだ』
『運命だって言ってよ。私は運命だと思っているわ』
『偶然だよ。偶然星を見つけたんだ。その方がロマンチックだろう?』
なんとも、むず痒くなる文章だった。これが、所謂恋愛もの。自来也先生が書いた小説とは比べようもない。
ん?小説?
「これ、しょうせ・・・」
ウシオはそのノートから目をおこし、リラの方を見るが、時すでに遅し。容赦のない拳が、ウシオの眼前まで迫っていた。
「ぐはぁぁぉ!!??」
ウシオの警戒むなしく、ウシオはそのまま後ろへ吹き飛ばされてしまった。
「はぁはぁはぁ!!読むなと言っただろう!」
「ってて・・・。しょうがないだろ。目に入っちゃったんだから」
鼻の頭をさすり、目に涙を浮かべならウシオは言った。
「あんた、砂のリラだよな。こういうのが趣味なのか??」
リラは恥ずかしそうにうなずいた。そして恐る恐る口を開いた。
「わ、悪いか。・・・この事は、内密にしてほしいのだが」
上目遣いでウシオにそう告げた。ウシオは頬を赤らめ、顔を反らした。
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「でもすごいよなー」
「な、何がだ」
なんとなくその場から去れなくなった二人は互いに背を向け合いながら話していた。
「俺、忍術は得意だけど、勉強はからっきしだからな。特に文才だよ。自来也先生に教えてもらったけど、まず頭が痛くなって眠くなる。そういうことをするとさ」
ウシオが自来也と口にすると、リラは勢いよく振り返った。その影響で、ウシオは前のめりに転んでしまった。
「いっててて」
ウシオは赤くなった鼻先を擦りながら、リラの方を見た。当の彼女は鼻息を荒くしながら、目を血走らせていた。
「どうしたよお前。キャラがブレブレだぞ」
「ど根性忍伝の作者の先生と、おおお、お知り合いなのか!?」
「知り合いもなにも、ガキの頃から面倒見てもらってるからなぁ。家族みたいなもんだけど・・・てかお前本当に本が好きなんだな」
地来也先生のデビュー作を知ってるなんて、よほどのファンだ。
「あの物語は、私の憧れなんだ。私もああいう忍になりたかった。質実剛健で、勇猛果敢。それでいて傲らず、優しい忍に」
「"ナルト"みたいに、か」
確かに、あの物語は良いものだった。あの時代に刊行されたがゆえに、大ヒット作とはいかなかったが、それでもあれは良いものだった。しかし、だ。ウシオにとっては、眩しすぎる物語でもあった。
「確か、君の弟もナルトだったな。何か関係があるのか?」
興味本意でそう尋ねるリラだったが、ウシオは首を横に振った。
「さあな。今は俺の弟だが、アイツが生まれて、三代目から事情を聞かされるまでは、存在も知らなかったから。今は親がいない同士、暮らしているってだけさ。・・・大方死んだナルトの親が自来也先生のファンだったんだろ」
ウシオは嘘をついた。同里の忍ならいざ知らず、他里の忍に、俺とナルトの関係を知られるわけにはいかなかった。公には四代目火影を父に持つウシオのところに、親のいないナルトという子どもが、居候している、ことになっているからだ。
四代目火影は多くの忍に恐れられ、恨みを買われている。俺ならばそのくらいの対処は可能だが、ナルトは・・・。万が一、ということもある。
「そうか・・・。しかし、初めのうちは、ナルトという名前に違和感があったが、読み進めていくうちにその考えもなくなっていった。今では私にとって、英雄の名だ」
笑顔で話すリラ。この子は、こんな顔をするのか。
初めに会った時は、もっとキツイ子なのかと思ったんだけど。
そうウシオが考えていると、リラは少しだけ不機嫌そうな顔をした。
「ん?どうした」
ウシオが尋ねると、リラは口を尖らせながら言った。
「何故ニヤニヤしながらこちらを見ている。そんなに可笑しいか。私が本の虫で」
あー・・・。
どうやらウシオは、人知れず頬を綻ばせていたらしい。
「いや、なんだか、木ノ葉と砂も、捨てたもんじゃないなってさ」
不思議そうな顔をするリラ。そして、考えながら口を開く。
「・・・どういう意味だ?」
「・・・俺は、その場しのぎの同盟なんて、意味ないって思ってたんだよ。昨日まで殺しあってた二つの里が、次の日には手を取り合って、なんて夢物語、それこそ小説みたいだろ?だけどさ・・・」
そこまで言うと、ウシオは立ち上がり、足についた砂を払った。それから空を見上げて口を開く。
「ダンリみたいに潔く敗けを認めて、自分を省みるような気持ちいいやつとか、お前みたいに自分の好きなことに一生懸命なやつとか。どこの里も同じなんだなぁって。少しだけ、希望が見えたんだよ」
リラは少しだけ頬を赤らめながら、頷いた。
「どこの里にも、そういう人しかいない。しかし、そういう、自分のある人間がいるからこそ、戦争が起き、平和も訪れるんだと、わたしは思う」
リラは良くできた人間だった。俺なんかよりも正しく、誠実だった。
「っへへ・・・」
「また笑ったな。君はよく笑う。初めて会ったときは、悪い人かと思ったよ」
「分かんないぞ。全部嘘かもしれない」
「だったら、次の試合で叩き潰すまでだ」
「怖い怖い・・・」
二人は笑い合った。
その時。
「リラ、そこで何をしている」
刹那、苛立ちを孕んだ声をかけられた。その方向を向いたリラは先程までの表情を消した。
「父様」
ウシオは振り向いた。ウシオは眉を歪めた。父と呼ばれたそれは、娘から表情を奪う人間だということに。
「もうすぐ試合が始まる。このような所で油を売っている暇はない・・・ん?」
「どーも」
男の瞳が、ウシオのものと重なる。
「四代目の倅か。ここで何を・・・。まぁ、どうでもいい。その前に、それはなんだリラ」
男はリラの持っていた本を指差した。
「いや、これは・・・」
リラは俯いた。そのまま何も発せないでいる。
なるほど、そういうことか。
「これは俺のですよ。ここで本を読もうとしたら、たまたまお嬢さんがいて」
「・・・男のくせに、このようなものを読むのか?」
「男でも読みま・・・!?」
リラの持っていた本は、ほとんど恋愛小説だった。
『恋慕』『忍び足るもの恋をせよ』『恋竜巻』
「ますよ・・・」
仕方なく、言い切った。
「・・・」
怪訝そうな目を向ける男。
「まあいい」
気色が悪いとでもいうような顔で、会話を終えた。
「うずまき・・・」
リラが心配そうな顔をこちらへ向けた。ウシオは笑いかけ、そこにあった本とノートを拾い、まとめて持った。
「次の試合、楽しみにしてるよ。リラ、また、会おう」
ウシオは振り返らず、去りながらそう言った。
次の試合、少しだけ、大変かもな・・・。
気合いを入れ直し、試合会場へと向かった。
--------------------
「何故だ、うずまき。何故戦わない!」
試合が始まっても、ウシオは自分から攻撃をしようとはしていなかった。
「私は!」
リラが掌底を連続で繰り出す。ウシオはそれをひとつひとつかわしていく。
「俺は、戦うべきときに戦うだけだ」
すべての攻撃をかわされ、疲れが見え始めているリラ。それはウシも同じだった。
「今はそうじゃないというのか!」
「お前は、忍には向いていない!」
リラがウシオの言葉で、攻撃を躊躇したのを見逃さなかったウシオは、その隙をついて、拳を強く握った。
「俺は!夢を追っている人が好きなんだよ!」
その拳を、リラの顔へと叩き込んだ。かにみえた。
直前でそれを止め、風圧だけがリラを襲った。
「何故だ・・・どうして」
あんな顔をしたヤツを殴れるか。
リラはその場から距離をとって、印を組んだ。
「風遁・旋風波!」
螺旋状に広がる風が、ウシオを襲う。ウシオも印組をして、その術に対抗した。
「風遁・烈波」
同等かそれ以上の風がぶつかり合った。
「リラぁぁ!!そのような甘い忍に負けることは許さんぞ!我ら一族の歴史に、泥を塗る気か!」
リラは背中でそれを聞いていた。苦しそうな顔だ。疲労だけではないことは、確かだった。
「あれに従う必要なんてないんだぞ、リラ」
ウシオはその男を見て、リラに語りかけた。
「中忍に昇格出来ないような忍はいらん!」
「父さ、ま」
その男の言葉を聞いたリラは、クナイを構えた。
『俺は、どんなときも、いつまでも、君を、愛している』
ウシオは、昔父に言われた言葉を思いだし、歯を食い縛った。
「我慢ならないな・・・」
「戦えリラ!私との約束を忘れたのか!?お前を育てたのは誰だ!そこまで強く、賢くしたのは誰だ!お前を、一流の忍にさせるために、どこまで苦労したか!私を!失望させるな!!」
会場中にその声が響き渡る。観客席で見張りをしている木ノ葉の忍は、おそらく次何かを言ったら止めるつもりだろう。表情が物語っていた。
「・・・来い、うずまき。私は勝たなければならない。勝って、父様を」
「ふざけるな」
ウシオはゆっくりと、リラの方へと歩いていき、そして通り越した。
「うずまき?」
それを見たリラは、不思議そうな顔をウシオへと向けた。ウシオはそれを無視し、リラの父を一点に見つめた。
「親の理想のために、子供を利用するな!虫酸が走る」
「閃光の倅か・・・」
リラの父親は、見下したような目をしながら、低い声で呟いた。
「貴様に何がわかると言うのだ。部外者は口を挟むな」
「部外者だよ。だけどな、聞いてて苛つくんだよ!」
「よせ、うずまき。父上は頑固者だ。一度そうだと決めつけたら、それを曲げることは二度とない。それにこれは、私と父上の問題だ。うずまきが、怒ることではない」
クナイを構えたまま、リラはそう言った。
確かにそうなのかもしれない。リラがもし、命令に従うだけの糞みたいな人間だったらどうでもよかった。だが、この少女は、戦いを嫌っている。
だからこそ、ウシオは黙っていられなかった。決められた運命ほど、退屈なものはない。それに抗えないやつを、ウシオは見ていられなかったのである。
「お前の夢の話を聞かせてくれよ」
「え?」
リラが困惑の表情を向ける。
「お前が、将来なりたいものの話だ」
「それは、父上のような、立派な忍に・・・」
「誰かに決められたとか、勧められたとかじゃなくて、お前の頭が考えて、お前が、お前自身が、なりたいと思えたものだ」
ウシオの頭によぎっているのは、試合開始前、優しい表情で筆を走らせるリラの姿だった。
「わた、しは・・・」
迷いのある瞳、そして言葉。
この少女は、戦いたくないのだ。今までの試合を見ていれば分かる事だった。極力攻撃や流血を避け、一撃で相手を倒していた。
それでも、この少女は囚われていた。家族というしがらみに。
家族ってのは、しがらみを持たせるような関係じゃあないんだがなぁ。でもまぁ、俺のこの思いも、しがらみになるのかもしれないな。弟を守るという、使命のようなもの。
ウシオはもう一度、リラの父親を睨み付ける。そして、リラを見やった。
「儘ならないな。とても」
痛々しく、悲しい。
「リラ、もしここで、このまま、敗北するようなら、お前は勘当だ」
・・・は。
「父上」
「どこえなりとも行けばいい。そして、どこかでのたれ死んでしまえ!弱い忍など、私はいらぬ!」
はは、は。
恐らくだ。あの男は、リラのやる気を出させるためにそのようなことを言ったのだろう。二人の会話を聞いていれば、普段どのような会話をしているのか分かる。だが。だが。
「リラ。お前の夢、守ってやるよ。俺が」
「え?」
ウシオはたまらず跳躍していた。自身の血管が切れたんだろう音も感じていた。
「きさ・・・!?」
ステージの外に出たウシオは、男を睨み付けていた。この時点で、ウシオの本選敗退は確実となった。しかし、彼にとってはそのようなことどうでもよかった。彼はすぐにでも、男の顔を殴りたかった。
「やめろ!ウシオ!」
誰かが何かを言っている。しかし、もうどうしようもなかった。
ウシオは右手の握り拳に雷遁のチャクラを集中した。そしてそのまま。
「往ねよ」
男は最後部の観客席の壁まで叩き付けられた。
--------------------
ウシオは、警備をしていた忍に取り押さえられた。そのため、一時的に、本選はストップしていた。
「離せ!あの野郎!ぶっ殺してやる!!」
「冷静になれ!ウシオ!」
取り押さえているのは、秋道チョウザさんと奈良シカクさんだ。
「貴様・・・これはれっきとした反逆行為だ!」
殴り飛ばされた男のかたわらで、砂の忍がワーワー騒いでいた。当の本人は、すでに伸びてしまっていて動くことはなかった。
「大人になれ、ウシオ。俺らも辛抱堪らなかった。だが、こうしてお前を取り押さえている。里のためにな」
苦虫を噛むような顔でシカクさんが言った。
「五月蝿い!!大人になるってのがそういうことなら!俺は一生子供でいい!」
その瞬間、ウシオは体内のチャクラを一気に解放した。赤いチャクラが辺りに広がる。
拘束が緩み、ウシオはその隙を逃さなかった。
雷遁チャクラモード。赤い衣を纏い、その男まで走った。その時。
「封印術・羅刹門」
「あぐぁっ!?」
ウシオはチャクラによってできた小さな門に踏み潰されてしまった。
「ウシオ・・・」
「じいちゃん・・・」
現れたのは他ならない、三代目火影だった。
「少しだけ、やりすぎじゃ」
「本当に、それで、いいのか。じいちゃんは」
悲しそうな顔を向け、三代目はウシオの前へと歩みでた。
「うずまきウシオ、お主の行為を、違反行為と見なし、失格とする」
「そんなことどうだっていい!」
三代目はウシオの襟元を乱暴につかみあげ、声をあらげた。
「拳を振るうだけが忍ではない!チャクラとは繋ぐ力。そしてそれを扱う忍は、そうでなくてはならない!忍とは耐え忍ぶ者!そうミナトとクシナから習わなかったのか!」
「俺は!守りたいものを守る!他は!どうだっていい!じいちゃんが敵なら!俺はあんたを!」
ウシオからチャクラが漏れ出す。ウシオ特有の赤いものではない。神聖なナニか。まるで自然そのもののような。
「どんな手を使ってでも、泣いてるヤツには手を差しのべる。夢を守ると約束した。俺の忍道は、約束を違わないこと。絶対にだ!」
「ウシオ・・・」
奇妙なチャクラが、三代目の封印術を消した。ゆっくりと立ち上がるウシオの周りには、奇妙なチャクラがまとわりついて、形を作っている。頭部に角のようなものを作り出そうとしていた時、木ノ葉の暗部が、三代目の元へと現れた。
「三代目様」
「カカシか・・・今は」
「急を要します。珠喰サクヤが・・・」
名前を聞いて、ウシオのチャクラが消え去った。
「サクヤさんが、どうしたんだよ」
少しだけ冷静さを取り戻したウシオは、表情の読めないカカシの次の言葉を待った。
「・・・サクヤが、里の人間を殺し、里抜けしました」