「ん・・・」
意識が覚醒する。瞼をゆっくりと開き、入り込んでくる光の衝撃を和らげた。
眼球運動だけで、辺りを見回した。真っ白な空間。お馴染みの病室。そのベッドの上。
「起きたのね!?」
左手の方から聞き慣れた声がした。ゆっくりと首を動かすとそこには、本を片手に持ちながら嬉しそうな顔で、こちらを眺めているアスナの姿があった。
「おはよ、う」
「今、お医者様を呼んでくる!」
ウシオの声を確認すると、アスナはそう言って病室から駆け出そうとした。ウシオはそんなアスナを呼び止めた。
「アスナ、待ってくれ」
アスナは足を止める。そして、ウシオの言葉を待った。
「俺は、どのくらい眠っていたんだ?」
アスナは呆れたような顔で、ウシオの問いに答えた。
「凡そ3日間。どこも悪くないのにずっと眠りこけてたわよ」
3日。長いのか短いのか。どこも悪くないんなら、長いんだろう。
「とりあえず!呼んでくるから!」
「ああ。よろしく頼む」
少し嬉しそうなアスナは、一目散に病室から出ていった。
ウシオは体をおこして、窓から外を眺める。風がビュービュー吹いていて、見るからに寒そうだった。
「何が、あったんだ?」
俺は、自分が倒れた経緯を覚えていなかった。あの男、アラシと名乗る男と対峙して、それから。
「うっ・・・・・・」
その先を思い出そうとすると、急な頭痛に襲われた。
「はぁー」
ウシオは諦めたかのようにベッドへと倒れた。
白い天井。何度目だろう。
--------------------
「・・・というわけだ。つまり、まったく覚えてない」
病室のベッドの上に座っているウシオと対峙しているのは、サクヤ。ウシオたち班の隊長である。
「そうですか・・・。ともあれ、安心しました。中々目が醒めなかったので」
「それは、本当にご迷惑をおかけしまして」
「そうだぞ、兄ちゃん!日頃のしゅぎょーがなってないからだってばよ。俺ってば兄ちゃんがいない間に、うんとしゅぎょーして強くなったからな!」
何故かサクヤの膝の上に座っているナルトだった。サクヤもまんざらでもないようで、ニコニコ顔でナルトを上から眺めている。
「そーかそーか。だが俺に勝つのはまだまだ先だぞ、ナルト」
そう言って、ウシオはナルトの頭を乱暴に撫でた。
「にしし」
「ナルトくんは本当にお兄さんが好きなのね」
サクヤがナルトに言った。ナルトは、首だけをサクヤの方に少しだけ向けて、口を開く。
「なんたって、俺の兄ちゃんだからな!」
「それ、答えになってないぞ・・・」
「・・・ナルトくん、喉渇かない?下の売店で好きなもの買ってきていいから、少し行ってきてくれないかな?」
急にサクヤが財布を差し出しながら、ナルトにそう言った。ナルトは疑う様子もなく、目を輝かせて言った。
「なんでもいいのか?!」
「ええ」
「・・・」
ナルトはその表情を徐々に変化させながら、ウシオの方を伺った。どうやら、許可をもらいたいらしい。
「はぁ。いいぞ、行ってこい」
「やった!」
ナルトはサクヤの膝からピョンと飛び降り、トコトコと下の階にある売店へと向かった。
「申し訳ない」
「いいんです。私、兄弟がいるのって、少し憧れだったんです。お体の具合はどうですか?」
「え?!あ、ああ。もう、大分よくなった。それより、いつの間にナルトと仲良くなったんだ?」
憂いを伺わせる表情でそう口にしたサクヤに、少し見とれていたウシオはドギマギしながら、口を開いた。
「ここに通うようになってからですよ。いい弟さんじゃないですか」
「まぁ、厳しくやってるからな」
ウシオは左にある棚の上から水を取り、喉を潤した。水分はあると言えばあるので、ナルトに買いにいかせたのは、何か理由があるのだろう。
「ところで、話があるんじゃないのか?隊長からも」
「え?ああ、はい。よく分かりましたね」
「だって、そろそろ、あの時期、だろ?」
サクヤはそうウシオから告げられると、ニコリと微笑んだ。
「はい。中忍試験です」
中忍昇格試験。複数の忍里と合同で行われるそれは、アカデミー生から下忍へと昇格することとは比べ物にならない。木の葉隠れにおいては、死の森で行われる巻物の争奪戦での死は、不問とされる。表向きでは各里々の交流のため、とされているが、死人が出るような催しだ。それだけの理由ではないだろう。各里々の新人を戦わせ、擬似的な戦争を模している、のだろうと思う。それによって、直接的な里同士のいさかいを回避するのが目的だ。
「これで俺も中忍か」
「まるで受かったような言い方ですね」
「当たり前だ。こんなところで足踏みしてられないだろう」
「そうですね、あなたなら大丈夫でしょう。それに、イタチくんはともかく、アスナさんも変わってきましたから」
ウシオは怪訝そうな表情をサクヤに向けた。
「そんな顔しないでください。彼女も変わろうとしているんですから」
アスナが変わる、か。変わる必要はないんだけどな。アイツは、あれでいいと思うんだが。
「ウシオくん」
「ん?」
サクヤがウシオにそう言った。ウシオは不思議そうに、サクヤに顔を向ける。
「あなたはどんな忍になりたいのですか?」
「───────」
懐かしい感じがした。オチバ先生にも、一度言われたことがある。
「すでに下忍から中忍になろうとしているときですが、これまでゆっくり出来ませんでしたから」
俺は・・・。
ウシオは押し黙ってしまった。言うのは簡単だ。オチバ先生に言ったことをまた言えばいい。しかし、それが変わっていれば別だ。
これまで色々なことがあった。いや、この世界ならばすべてあり得る話ばかりだ。しかし、あり得たとしても、残酷で悲惨なことなのは確かだろう。
正直なところ、うんざりしていた。まあそんな感情も、ポジティブな感情の中に少し見え隠れするだけで、たいした問題じゃない。それでも、俺は、少しずつ変わっていた。変わらざるを得なかった。
「まだ、火影になることが夢かな。それで大切な人を守る」
「まだ、ですか?その心は?」
追及してくるサクヤ。うんざりだ。
「特に、意味はないよ。子供の夢なんて、すぐに変わる」
「それに気付いてる時点で、すでに子供ではないような」
「俺は、子供だよ」
「あなたは、他の人たちと何かが違う。何故でしょうね、そう感じるのは」
サクヤは何を言わせたい?どんな答えを期待している?彼女は、一体何者だ?
そう思い始めると、ウシオにはサクヤの笑顔が酷く恐ろしいものに見えてきてしまって仕方がなかった。しかしそれ以上に、魅力を感じていた。ウシオは彼女に惹かれていたのである。
「そ、そう言えば、ナルト遅いな」
空気に耐えきれなくなり、話題を変更した。こうでもしないと、サクヤは折れてくれないだろうと思ったからだ。
「そうですね。私、見てきます」
サクヤはそう言うと、パイプ椅子から立ち上がり、病室を後にした。
ウシオは頭を抱えた。
「何なんだよ今の感情は・・・。見た目はともかくとして、部下と上司だぞ。はぁ・・・」
ウシオは前の世界で、恋をしたことがない、わけではなかった。その辺は人並みにやっていたのだが、実際のところその感情を圧し殺していたのである。一種の憧れのようなものだと自分を納得させ、あくまでも他人を演じていた。
「仮に彼女に、好意を抱いていたとして、彼女のことを知らなさすぎる。だめだだめだ。俺には・・・」
ガラガラガラ。
病室の扉が開く音がした。ウシオはサクヤが帰ってきたのだろうと思い、その方向を見ると、思っていたのとは別の人たちが立っていた。
「よっ!ウシオ」
一人は松葉杖を両脇に抱え、もう一人はその人物の後ろで見守るように立っていた。
「カズラ!アヤメ!」
前の班でともに任務を受けていた薄葉カズラと、霧切アヤメである。
「元気そうね、ウシオくん」
二人はゆっくりと近づいて、開いてあったパイプ椅子に腰を掛けた。
「二人とも、一体どうしたんだ??」
「どうしたって、様子を見に来たに決まってるだろ」
「ずっと眠っていたからね。やっと話せるってカズラに言ったら、いてもたってもいられなくなっちゃったみたいで。病み上がりだから、よしなさいって言ったのに」
カズラ・・・。呼び捨て。自然だ。二人は会わない間に、一歩前進していたらしい。
「見ろ!ウシオ!」
「・・・ちょっ、カズラ!」
カズラは松葉杖を壁に立て掛けてそう言うと、分身の術の印組みをした。
「!」
ポンっ、と音をたててカズラの隣にもう一人のカズラが現れる。しかし、そのカズラは酷く不安定で今にも消え入りそうだった。
「お前・・・」
カズラの分身体はすぐに消え、カズラはふらついてしまった。それを見逃さなかったアヤメがカズラを支えた。
「もう!バカ!何を考えて・・・」
「すまんアヤメ。でもどうだウシオ?!俺は一年でここまでやれた。ゆくゆくは任務に復帰できるかもしれないぜ?」
ウシオは固い表情で微笑んだ。
ウシオは知っている。カズラはチャクラを扱えない。お医者様によると、高密度のチャクラに晒されたカズラの体が、チャクラ自体を拒否するようになってしまったらしい。要するに、チャクラを練ることができない。しかし実際のところ、練られないわけではない。練ると、体に激痛が走る。
「よせよカズラ。もうやめてくれ」
「いつつ・・・。どうしたんだよ、ウシオ」
アヤメに拾ってもらった松葉杖を脇に抱え直し、痛みに耐えながら言った。
「この痛みにも慣れてきた。何回かやるごとに、痛みの感覚も薄れてきたしな。動かないって言われてたところも、今じゃほら、こんな感じだ」
カズラは手をブラブラさせながら、言う。
「・・・ないでくれ」
「あ?なんだ?」
「もう無茶だけはしないでくれ。お前は俺の、数少ない友達だ。もう、大切な人が目の前からいなくなるのは嫌なんだよ。だから」
「うっせぇうっせぇ」
カズラはゆっくりとウシオに近づいていった。アヤメは瞬時にそれを支えようとするが、カズラはそれを拒んだ。
「俺が無茶するのは、毎度のことだろ」
「状態が状態だろうが。少しは体のことを考えてだな・・・」
「お前に言われたくないぜ。任務から帰ると、毎回病院に運ばれやがって」
ウシオはそう言われて押し黙ってしまった。確かにそうだ。俺は大きな任務から、無傷で帰ってきたことがない。一度もだ。
「他人に迷惑をかけるのはいい。だけどな、家族や友達にだけは迷惑をかけるな。かけないように努力しろ」
それは、今までカズラが経験してきたことが起因していた。カズラは、今の状態になって、多くの人に迷惑をかけてきた。父親はもちろん、アヤメもだ。誰も迷惑だなんて言わないだろうが、そういうのは自身がよく理解している。
「特にナルトだ。アイツはお前が思っているよりももっと、お前を心配している。だから・・・」
カズラがまだ何かを言おうとしていたが、それは遮られた。それは、急に病室の扉が開いたからである。
「はぁ・・・はぁ、はぁ」
家に帰ったはずのアスナが肩で息をしながら、病室に飛び込んできたのだ。どうやら、ここまで走ってきたらしい。
「ど、どうしたんだ?アスナ。お前、家に帰ったはずじゃ・・・」
ウシオは困惑した表情でアスナに聞いた。アスナは息を切らしながら、口を開いた。
「ナルトが、いなくなった・・・!!」
--------------------
「うるさい!離せ!」
「お前は安静にしてなきゃだめだ!まだ目覚めて間もない!ナルトなら、サクヤ隊長が探してくれてる。それに、父上にもとっくに話を通して・・・」
アスナはベッドから起き上がろうとしているウシオを止めようとしていた。しかし、ウシオはそれに応じない。
「サクヤさんが
「そんな、拐われただなんて・・・」
アヤメが今にも気を失いそうな表情で、言葉をこぼした。
「それでもだ!お前は安静にして、アタシたちに任せてくれ」
「しかし・・・痛っ!」
ウシオは腹部に手を当てた。塞がった傷口から、じわりと血が滲んでいる。
「ウシオ」
痛みに耐えながら、ウシオは声をかけたアスナを眺める。アスナはウシオの瞳を一点に見つめていた。
「アタシを信じてほしい」
どくん。
ウシオの心臓が高鳴った。忘れるはずもない。アスナのその表情は、今は亡きクシナのそれと重なって見えたのである。
「分かった、分かった!」
ウシオは諦めたように、窓の外へと視線をやった。
「私が止血するわ。お腹を出して、ウシオくん」
アヤメが一歩前へ出てそう言った。ウシオはそれに従う。
「ありがとう。必ず、見つける」
アスナはそう言うと、部屋の入り口まで急いだ。
「アンタたちはここでウシオが探しに行かないように見張ってて」
カズラとアヤメは、アスナにそう告げられた。アスナは扉に手をかける。そして開こうとした瞬間、ウシオが口を開いた。
「お前を、信じるから。だから、頼む。弟を、頼む。アイツは、俺の・・・」
そこまで言って、ウシオは口を閉じた。アスナはそれだけ聞くと、部屋の外へ出ていった。
「アンタたちだってさ。まったくよ、俺たちにも名前があるってのに」
「彼女は少しやりづらいところがあるからね・・・。大丈夫?ウシオくん、痛くない?」
アヤメが医療忍術で傷口を止血していく。
「あぁ。ありがとう」
「お前も、尻にしかれてるな」
カズラがニヤニヤしながらそう言った。ウシオは嫌そうな顔をしながら口を開く。
「何があったか知らないけど、アスナは変わったよ。俺が寝てる間に。というか、そんな関係じゃねえよ」
「あー?どんな関係だ?言ってみろよ、ほれほれ」
「もう二人とも、やめなよ」
旧第三班、今もなお健在である。
ウシオは乾いた笑顔を二人に向けていた。二人もそれに気付き、笑顔であることをやめなかった。
--------------------
ナルト、一体どこにいるの?!
アスナは血眼になりながら、里中を駆け回っていた。アスナ以外の人も探し回っているが、未だに彼女の耳に発見の報告は寄せられていない。
「まさか、本当に誘拐?こんなに堂々と。あり得ない、ことはないけれど、まさか」
アスナは建物の屋上へと飛んだ。そこから、里の外へと目をやる。
「・・・ん?」
ふと、視界の端に何かが見えた。すぐに視点を合わせると、ナルトがいるではないか。ナルトはベンチに座っていた。
アスナは考えるよりも先に、そこへと走っていた。
「ナルト!!」
声が届く場所まで行くと、アスナは大きな声でナルトに呼び掛けた。ナルトはアスナの声に気付くと、アスナに向かって笑いかけた。そして手をバサバサと振り、口を開いた。
「アスナねーちゃーん!!」
ナルトの無事を確認し、ホッと息をついたアスナだったが、すぐに眉間に皺を寄せなければならない事態を目にした。
「ナルト!そいつから離れろ!」
ナルトの隣には、奇妙な仮面を被った男?がいた。そいつは、ベンチに座りながらこちらを見ていた。
アスナはすぐに駆け寄り、ナルトを引き寄せた。そしてそのままクナイを構え、戦闘体制をとる。
「ど、どうしたんだってばよねえちゃん??」
ナルトは困惑した表情でアスナを見上げている。
「お前、何者だ!」
アスナは声を張り上げた。
仮面の上からなので表情を見ることはできないが、そいつは、なに食わぬ顔で口を開いた。
「ただの、通りすがりだ。そこの子どもが困っていたのでな」
アスナはナルトを眺めた。
「高いところのジュースが買えなかったんだ。そしたら、そこのおっちゃんが買ってくれたんだってばよ」
「おっちゃん・・・」
声色からして男。その男は、ナルトからおっちゃんと言われて、名にかを呟いたあと、少し肩を落としたように見えた。
「俺は帰る。じゃあな、ナルト。また、どこかで」
「ま、まて!」
帰ろうとしている男を、アスナは急いで呼び止めた。しかし、それよりも速く、瞬身していってしまった。アスナに焦りの表情が生まれる。
やつは誰だ?この里では見たことがない。他里の人間?あの身のこなしから、忍であることは間違いないだろう。
その場に残された二人。アスナは辺りを急いで見回した。しかし、男の姿はどこにもない。
「はぁ、なんだったのよ」
「どうしたんだ?ねえちゃん」
ナルトは、不思議そうにアスナを見上げていた。その表情を見て、アスナの緊張の糸は切れてしまった。
「とりあえず、帰ろうか?」
「おう!」
アスナはナルトと手を繋ぐ。端から見れば、姉弟のように勘違いされるだろう。アスナがナルトと接するようになる前とは、アスナの中で明らかに、アスナの心情も変わっていた。
これは、ウシオも怒るわよね。あんなこと言ったら。はぁ。ちゃんと謝らないと。
謝りベタ、であるアスナにとってそれは、とてもとてもやりづらいことだった。
「それにしても」
アスナはナルトと歩きながら、口を開いた。ナルトは顔だけアスナの方へと向かせ、その先を待っていた。
「あいつは、一体なんなのよ。ナルト、あいつに何かされなかった?」
「べつにー。一緒に話してただけだってばよ」
「何を?」
「んー」
ナルトは考えるようなそぶりを見せた。
「この里は好きかって」
この里は好きか。ナルトにとっては、辛い質問だろう。アスナもそうだったが、ナルトへの視線は決していいものばかりではない。むしろ、というべきだろう。
「何て答えたの?」
「好き!」
ナルトはハニカミながら答えた。アスナもその笑顔に応えた。
そして二人は、ウシオのいる病院へと急いだ。
--------------------
「ナルト!!」
ウシオの声で病室が静まり返る。サクヤとアスナは、それを静かに見守っていた。
「ご、ごめんなさい」
「後ろにいる二人は、お前が迷惑をかけたせいで、里中を駆け回ってたんだぞ!」
ナルトは病院から少し離れた場所にある自販機まで行っていたらしく、その近くにあるベンチでジュースを飲んでいたようだ。
「そんなに怒らないであげてください、ウシオくん。私が買いに行かせたばかりに、このような事になったのですから、怒られるのは私です」
サクヤがそう言うと、ウシオは困ったような顔をして、溜め息をついた。
「こんなことが、2度とないようにしろよ、ナルト。・・・無事でよかった、本当に」
ウシオは目に涙を溜めながらナルトを抱き寄せた。
その後、疲れたのか、ナルトはすぐに眠ってしまった。それを見届けてアスナは帰っていったが、サクヤはそのままその場に残った。
「よかったです。本当に」
「ああ、肝が冷えた」
サクヤはパイプ椅子を開き、そこに座った。そして、ウシオのベットを半分占領しながら、ウシオの袖を掴んでいるナルトを優しそうな目で眺め、頭を撫でた。
「売店のおばさまから聞いたそうです」
「え?」
サクヤは不意に話始めた。
「飲み物ですよ。ナルトくんがそう言いました。しかし・・・」
不穏な顔をするサクヤ。ゆっくりと話始めた。
「ナルトくんの買った飲み物は、売店にも存在していたんです。確かめましたから。しかし、彼が買いに行ったときだけ無かった。おばさまは知らないと言っていましたが、その時間帯より少し前に、その飲み物を撤去する姿が、他のお客さんから報告を受けています」
「つまり、故意にそのおばさんがナルトを外へやったってことか?」
「いえ」
「は?」
「おばさまから幻術をかけられた跡が見つかりました。恐らく、そうさせるように仕向けられたのでしょう」
ウシオの顔が険しくなる。それもそのはずだ。ナルトは、ウシオの大切な弟であると同時に、里を破壊し尽くす力をもつ尾獣を体内に宿している。他里の忍がそれを利用しようとしたのだとしたら、一大事だ。
「恐らく、近しい人物。あの時間に飲み物を買いに来ると分かっている人物が、犯人かと。あなたが眠っている間は、毎日私やアスナさんがナルトくんと一緒に行ってましたから。それを見ていた人物です」
「この里に、いるのか」
「分かりません。しかし、用心しておくことは必要でしょう」
「そうだな、そうしておく。早く動けるようにしないと」
ウシオは少し暗くなった窓の外を眺めた。
「あと」
「まだあるのか?」
「ナルトくんと一緒にいた人物です」
窓へ向いていたウシオの視線が、サクヤの方へと向き直った。
「なに?」
「犯人は恐らく、その人物に会わせるために外へ出した」
ウシオは眉間に皺を寄せて、目を瞑った。
「話してくれ」
「ナルトくんはこう言っていました。変なお面のおっちゃん、と」
ウシオの目がカッと見開かれて、それがサクヤの方へと向けられた。サクヤはその表情に困惑してしまった。
「どうしたんです?」
「面・・・まさか・・・」
「ご存じなのですか?」
「前に一度。そうか・・・ナルトを狙っているのか。これは、用心しないといけないな」
ウシオは握りこぶしを作りながら、答えた。
「どのような、ご関係で」
「そうだな。俺の、ただの、知り合いだよ」
サクヤはもちろん気付いていた。これは誰でも気づくだろう。ウシの雰囲気が、いつもと違っていたからだ。
「気にしなくていい。それは、俺がどうにかするから」
作り笑いと分かる作り笑いをするウシオだった。その笑いに隠れたものは、おそらく・・・。
「・・・分かりました。あなたがそう言うのであれば、そうなのでしょう。そう言えば、お医者様に伺いました。明日には退院できるだろう、と」
おそらく、何か黒いものが存在しているのは確かだろう。しかし、これ以上追及しても、目の前の男の子は何も言うまい。
サクヤはそう考え、これ以上の追及をやめ話題を転換させた。
「そうらしいな。・・中忍試験までもう日がない。早く体を作り直さないと」
「それも必要ですが!あなたの快気祝い、ということで皆で甘味でも食べに行きましょう!」
最大級の笑顔で、サクヤは言い切った。
「は?」
--------------------
というわけで甘味を食べている。どうしてこうなったのか。それはサクヤの仕業だった。
サクヤいわく、
「私たちの班は優秀です。それは言い切れます。個々の力は絶大ですが、これから求められてくるのは、チームワーク。中忍試験でもそれを考えながら受けなければならないでしょう。しかし、第3班はその辺が希薄のように思えます。あなたとイタチくんは仲が良さそうに見えますが、実際はそんなことはないのでしょう。どこか遠慮しているようにも見えました。アスナさんも、最近は少し治ってきましたが、言わずもがな、であると思います。故の交流会です。親睦会です。あ、もちろんあなたの快気祝いも兼ねていますが」
と俺に反論させる暇も与えず、捲し立てるように言った。
しかしだ。結果はこの通り。
イタチは黙々と甘味を頬張る。時より見せる幸せそうな顔は、まぁイタチの新たな一面だが、一言も発していない。アスナはアスナで、何故か、むすっとしていた。怒っているわけではないようだが、俺の顔を見て目をそらしたので俺が原因らしい。サクヤは、そんな状況におろおろしていた。原因たる自分がそれでどうする、と言いたいが、サクヤも悪気があったわけではもちろんなく、言えるはずはなかった。
そんな状況に置かれた病み上がりの俺は、何故だ、としきりに思うのであった。
だってなんか空気重いもん!両隣のテーブル、空いてるのに誰も座ろうとしないもん!申し訳なさすぎる。もちろん他の客にもだけど、この店の従業員の人にもだ。
任務の時は、こうならない。仕事は仕事、プライベートはプライベート、と言ったところだろうが、それにしてもだった。普段でも顔を合わせることが多いイタチでも、用件はほとんど修行だ。その場にはシスイもいるし、こんな空気にはならない。
あぁ!誰か、誰でもいいから!この空気をどうにかしてくれ!
その時だった。幼いと誰でも分かる声が、不意に聞こえてきた。俺は少しだけ聞き覚えがあり、イタチはなんなのかはっきりと理解しているようだった。
「兄さん!」
トコトコと走ってくる少年。母親らしき人は少年の手に引かれ、一緒に近づいて来ていた。店内へと続く、すでに開いてあった扉までやってくると、急に少年は静止した。
「サスケ・・・」
そう。うちはサスケである。
「あ・・・」
サスケが最初にいた位置からは、おそらくイタチしか見えなかったのだろう。近付いて、他に三人いることが分かったのか、後ろにいた母親の後ろに隠れてしまった。
「ミコトさん」
母親はうちはミコト。母さんとは友達で、俺も昔から世話になっている。
「ごめんなさい、皆さんでいるところを邪魔してしまって」
「そんなことないです!ありがとうございます!」
サクヤは、すぐに否定して、礼を述べた。ミコトは何故礼を述べられたか分かっていなかった。
それにしても。
ウシオはミコトの後ろに隠れているサスケを眺めた。情報として持っているクールなサスケとは全く違う。まるで天然記念物かのような視線を、ウシオは向けていた。
それにしても。
恥ずかしいのか、まだミコトの後ろから出てこない。しかし、それでも気になるようで、頭をひょこひょこと出したり引いたりしていた。
あぁ、それにしても!!
「なんでこんなにかわいいんだっ!!」
今日はここまでどうしたんですか?ミコトさん。
「うわっ!いきなりどうしたウシオ!?」
しまった。考えていることと言いたいことが逆になってしまったまずい。
アスナは急に大声を出したウシオにドン引きだった。イタチは今までしたことがないような表情をしていた。サクヤは、何故か少し笑っている。しまった。
「いや、今のは、違う。なんというか、言葉のあやだ」
「どこをどうしたらそんな風になるんだよ、アホかお前。というか、ナルトが危険だな」
アスナはあらぬ誤解をしている。
「ナルトにはこんなことしねぇよ!」
「違う子にだったらするのかお前」
「そういう意味じゃない!」
「サクヤさん、こいつ危険です。一回お灸を据えてあげないとこの里の将来が危険です」
「ぷふっ。そ、そうですね。だ、だめですよ!ウシオくん。小さい子を驚かせちゃ。・・・・・・うぷふっ!」
アスナもサクヤも言いたい放題だ。サクヤに至っては、笑いを堪えるので必死だった。
ちらっとサスケを見ると、完全に怖がっていた。
「違うぞサスケ!俺は別に変な意味は!小さい子はやっぱり可愛いな、と思っただけだ!」
「それがいけないんだろ。まずいですサクヤさん。こいつ逮捕しましょ逮捕。ほんとにいずれ間違いを犯しますって。今のうちですよ、ほら」
アスナはウシオに対してボクシングポーズを向けていた。
「お前らいい加減にしろよ!それとイタチ、クナイを出そうとするのやめろ!」
イタチに至っては、手を後ろにまわし、恐らくクナイを握っていた。カチャって音がした怖い。
「にーちゃーん!」
その時遠くの方から声が飛んできた。聞き覚えは十分ある。というか、今この状況で一番聞こえてほしくない声だった。
「こっちに来るなナルト!アスナねえちゃんが助けてやる!」
「お前らいい加減にしろぉぉおおおぉぉぉ!!!」
カオスがその場一帯に広がっていた。そして、そのカオスの中心で、悲痛な叫びが響き渡った。
さて、もう一度だけ言おう。いや、言わせてください。
どうして!こうなった!!!!!
--------------------
私は何をした?
覚えがない。しかし、彼はいなくなった。いなくなったのだ。そう答えざるを得ない。
とうとう、この体にも限界が近づいている。いよい、私の使命を全うできる。
・・・!?
私は今、何を考えた?使命?使命とはなんだ?頭がいたい。
私がやらなくてはならないのは、子供たちの未来を守ることだ。血生臭いことから出来るだけ遠ざけること。そう覚悟しなければ、私がここまで生き長らえることは出来なかったろう。
子供たちの明日を守る。それが、私の。
違う。
違う。違う。違う。違う違う違う違う違う違うチガウ。
消えない。頭の中から消えない。沢山の記憶が、濁流のように押し寄せて、私の記憶を消していく。
嫌だ。嫌だ。
そんなの嫌だ。
心臓が高鳴る。大きく。跳ねる。
探さなくては。消えていく記憶の中から、私がおかした罪を。
探さなくてはならない。
皆様お久しぶりです。zaregotoです。
リアルが大変忙しく、書き続けてはいたのですがかなりの時間があいてしまいました。申し訳ありません。
さて、今回のお話は、ちょっとした息継ぎのようなものです。前話の冒頭の話は、こういうことだったのです。
主人公に新たな属性?が追加されました。というのも、前の世界では兄弟姉妹はおらず、そもそも人間関係も希薄でした。故の愛情の爆発です。年の近い兄弟姉妹なら照れくさくって、思っていても出せないでしょうが、年の離れた場合なら別なのではないかと考えていました。というか、今まで出会った人たちのほとんどがそうでした。だから、これは単なる愛情です。友人の弟に対する愛情なのです。爆発しましたけど。
仮面の男。原作をお読みの方がほとんででしょうから、正体はご存知でしょう。彼が木の葉にやって来ていました。里のセキュリティはどうなっているのか、知らなかったので簡単に登場させましたが、どうなんだろう。阿吽って書いてある門に人はいた気がするけど、どうなんだろうか。
今回彼は、何もしませんでした。彼が何故来ていた、のかは今後のお話で分かると思います。
それではみなさま、これからもご愛読のほど、そしてご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。