うずまきウシオ転生伝   作:zaregoto

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仮面の男

「・・・・・・?」

 

 ウシオはゆっくりと目を覚ました。懐かしい匂いが、鼻腔を擽る。辺りを見回すと、一面が白い。どうやらここは、病室のようだった。

 

「帰って、きたのか?・・・・・・!?」

 

 頭が痛い。というか、体全体が痛い。

 

 ウシオは痛みに耐えながらも、ベッドから体を起こして、その場から窓の外を見た。寒そうな風がビュービュー吹いている。

 

 その瞬間、気を失う前のことがフラッシュバックして見えた。

 

 何があったのかを思い出す。そして、思い出さなくてはならないことを思い出した。

 

「カズラ!!」

 

 痛みの残る体を引きずりながらも、自分の部屋を後にした。自分の部屋は四人部屋だったが、ここにカズラはいなかった。

 

 しかし。

 

 しかし、あの後、一体どうなった?まるで覚えていない。そこからの記憶がない。ただ、意識を失ったという感覚はない。カズラが意識を失って、それから。

 

 廊下の壁を伝いながら歩く。一歩一歩が重く、苦しい。オチバ先生から受けた傷が未だに癒えていないようだった。

 

「あれから、どれほど経ったんだ?」

 

 考えていたことを呟く。呟くつもりはなかったが、不安の表れか、勝手に口から出てしまった。

 

「まだ、一日しか経ってないよ」

 

 不意に、背後から声をかけられる。すぐに後ろを振り向くと、そこには意外な人物が立っていたのである。

 

「カカシ、さん?」

 

「や、ウシオ。元気、ではないみたいだね」

 

 いつものように口元を隠しながら、カカシさんは現れた。前と違うのは、左目を額当てで隠していること。そこには、オビト兄ちゃんの写輪眼が移植されているという。

 

「どうして・・・」

 

「どうしてって。お前たちを助けたのは俺だからね。経過観察をするのは任務のうちだよ」

 

「!!」

 

 カカシさんは今、任務だと言った。任務?カカシさんの任務とはなんだ?俺たちを助けることか?それとも、オチバ先生を殺すことか?もし、後者なら、いったいどこから動かされていた?まさか、里側はオチバ先生の離反に気づいていた?いや、しかし・・・。

 

 ウシオは首を横に振り、そのような考えをしないようにした。今の最優先事項はそれじゃない。

 

「カズラは・・・!カズラはどうなったんだ!!」

 

 ウシオはゆっくりとカカシに近づきながら、そう言って掴みかかる。カカシは避けることはなく、ただそれに従った。

 

 カカシはウシオの瞳を見据えながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「・・・ついてこい」

 

 そう言われたウシオはカカシを離した。そしてカカシはゆっくりと地下へと続く階段へと歩いた。ウシオもそれに続いた。

 

 着いたのは、先ほどいたところの一階下だ。ここは、重傷者が多く運ばれる。ウシオは、嫌な気がしてならなかった。

 

 階段を降りてから、少し歩くとある部屋の前でカカシは足を止めた。

 

「ここ、か?」

 

 そう訪ねるウシオだったが、カカシは何も言わず、扉を開いた。

 

 開いた先はどうやら、一人部屋のようで、自分がいたところよりも少し狭かった。

 

「ばっか、たれてんだよ!」

 

「ご、ごめんね!」

 

 カーテンによって仕切られた先から、聞き馴染んだ声が聞こえてきた。ウシオは急いでそのカーテンを開いた。

 

「カズラ!!」

 

「うおっ!?なんだ!?」

 

 ウシオは、背もたれが傾けられたベッドに横たわっている栗色の髪の毛の少年を見つけた。その側には、彼といつも一緒にいた少女だ。

 

 カズラが生きていたのである。もちろん、アヤメも一緒に。カズラは、首だけをこちらへ向け笑顔で言った。

 

「ウシオ!目が覚めたんだな!」

 

「カズラ、お前・・・」

 

 ウシオの目から大粒の涙が流れた。

 

「おいおい、泣くなよお前。俺は生きてんだぞ」

 

 ニカっと人笑いして、カズラは続ける。

 

「いやー、あのときは確実に死んだと思ったんだがなぁ。九死に一生を得たというか、なんというか。とりあえず、生きてる」

 

 最悪の場合、カズラが死んだと考えていたウシオだったが、カズラの顔を見て気が抜けたかのように肩の力が抜けた。

 

「でも、まぁ・・・」

 

 カズラは苦笑いを浮かべ、ウシオを見た。

 

「どうか、したのか?」

 

 少し躊躇っているカズラ。それでも言わざるを得ないと思ったのか、すぐに話始めた。

 

「なんか、俺、もう忍やってられないみたいなんだ」

 

********************

 

「体が、麻痺してる・・・?!」

 

 それは、カズラの父カゲロウから告げられた。カズラが、急に咳き込みだしたためだ。少し後にやって来たカゲロウが、ウシオに病状を説明していた。

 

「高密度のチャクラに晒されて、体に過度な負担がかかったのだ。しかし、本来あの術を使うと、このような状態にならず、すぐに命を落とすはずだった。不幸中の幸いと取るべきなのか。・・・あいつが、あの術を知っていようとは、思いもよらなかった。私の代で、封印しようと考えていたのだが」

 

「それに関しては、ウシオ、お前が知っていると思うんだけど。違う?」

 

 廊下の壁で背中を支えているカカシが、口を挟んだ。カカシ曰く、三代目からの命令でウシオたちを助けに行ったらしい。そして、瀕死の状態のオチバと、並んで倒れているウシオ、カズラ、その側で必死に医療忍術を施しているアヤメ、木の側で眠っている小雪姫を見つけた。その全員を犬ぞりに乗せ、なんとか追っ手から逃げたのだという。

 

 カカシ曰く、というのが少しだけ変な考えをウシオの中に芽生えさせようとしたが、カカシは信用に値する人間だ。それに、もし疑いがまだあるようだったら、三代目に直接問いただせばいい。本当のことを言ってくれるかどうかは、別だが。

 

「俺が?いや、俺は、あいつが倒れた以降のことは覚えてないんだ。だから急いでここまで」

 

「アヤメが言ってたよ?ウシオくんが、カズラに何かしてたって。そのあと、気を失ったって。どう?」

 

「いや、まったく身に覚えがない」

 

「・・・そ」

 

 カカシは何かを思ったのか、踵を返し、階段の方へと歩いていった。

 

「俺は、三代目に報告してくるよ。みんな目を覚ました、ってね」

 

 そこまで言うと、カカシの姿は階段の上へと消えていった。ウシオとカゲロウは、カカシの背中を最後まで眺めていた。カカシが見えなくなると、カゲロウはくるりとウシオの方へと向き直った。

 

「ウシオくん。先ほどの話は・・・」

 

「覚えてないんです。それに、俺には失われたチャクラをもとに戻す力なんて・・・。神様じゃないですよ、俺は」

 

 ウシオはそこまで言うと、側にあった椅子に腰を掛けた。体の傷に障ったようだ。

 

「すみません。まだ少し、体の調子が」

 

「いいんだ・・・」

 

 カゲロウもウシオの隣に腰を掛けた。

 

「もし君が、カズラを救ってくれたのなら、お礼を言わないといけないな」

 

「いや、俺はなにも・・・」

 

「それでもだ。君がカズラと同じ班でよかった」

 

 カゲロウにそう言われたウシオは、俯いて暗い表情になった。

 

 俺が救ったにせよ、カズラがあんなことになったのは、ならざるを得なかったのは、俺のせいだ。俺が、弱かったから。

 

「私は、妻を救えなかった」

 

「え・・・」

 

 次に口を開いたのはカゲロウだった。カゲロウは、遠くを見るような目をして、そのまま続ける。

 

「私はあの術は嫌いでね。命をかけて戦うのはいい。それは誇らしい。しかし、本当に死んでしまっては意味がない。だからこそ、無謀なことだとしてカズラには教えていなかった。その結果、妻が死んだ」

 

 悲痛な表情で、カゲロウは続ける。

 

「あの九尾襲来の夜、飛んできた木材の破片に突き刺さり、カズラを守るために死んだ。私はそのとき、里の警備を行っていてね。九尾が暴れだしたのは、私が仕事を終え帰宅している最中だ。急いで家に帰ったさ。九尾の攻撃が私の家のすぐ側で起こったからだ」

 

 カゲロウは立ち上がり、窓の側へと歩いて外を眺めた。病院の広場では、母親と子どもがボールで遊んでいる。カゲロウはそれを、なんとも言えない表情で眺めていた。

 

「二人は生きていた。カズラを連れ、避難所へ走っていた。声を掛けようとしたとき、木材の破片が飛んでくるのが見えた。・・・もしあのとき、この術を使い、超人的な体術で二人を守れていれば、妻は死ななかった。私は躊躇したんだ。死ぬということに。私の母も、同じく私を守るように死んだ。そのときのことが忘れられなくてね。死ぬことがどれ程辛いことか、辛いことを与えるということか。しかし・・・」

 

 カゲロウが握りこぶしをつくる。強く強く握られ、手のひらからは血が滲みはじめていた。

 

「しかし、私は後悔している。あの術を使い、二人を助けられていたら、どれほど幸福だったか。たとえ命を賭してでも救っていたら。カズラの母親は生きていた。忍ではないアゲハは、死というものからは遠かったはずなのに・・・」

 

 カゲロウは血の滲んだ手で壁を殴った。手の甲からも血が流れ、壁からツーっと血が垂れる。

 

「俺には、分かりません」

 

 ウシオはカゲロウをしっかりと見据えながらそう言った。カゲロウは振り向き、そう言ったウシオの顔を眺める。

 

「そうだな・・・。子どもに何を言っているんだか・・・」

 

「俺も、あのとき両親を亡くしました。あなたの気持ちは痛いほど分かります。残される者の気持ち。あったはずの歯車が、抜けて、回らなくなるみたいな。だけど、俺にはナルトがいます。あの二人は、俺に残してくれたんです。火の意思っていうのを。ナルトといると、こいつはどんなことになっても守るって思うようになったんです」

 

 ウシオはしっかりとカゲロウの目を見据える。

 

「後悔ってのは、結局自分勝手なことなんです。ああしたらよかったとか、こうすればよかったとか、そんなこと言っても始まりません。前へ進むことはできないんです。確かに人の死を悼むことは、大切なことです。だけど、悼むことと、後悔することは、まったく別物です。俺もあのときのことを後悔してます。俺がもっと強ければって。しかしそれ以上に、両親を誇りに思っています。俺は思うんです。大切なのは、残された者がどうしていくかってことだって。決して、後悔することじゃありません」

 

 カゲロウは素直に感心していた。目の前にいるのは、まだ十歳の子どもだ。自分は、説教されている。しかしそれでも憤りを感じることはなく、強く心に刻まれていた。

 

「だけど、こうも思います。死ぬ必要はない。犠牲になるってことは、美談じゃないって。どんな死に方をしても、死ぬってことにはかわらないんです。人の死を英雄譚として、語ることに憤りを感じます。だから分かんないんです。俺は命をかけてカズラに守られた。だけど死んでほしくはない。そんなことをするくらいなら、俺が死ぬ気で頑張る。結局堂々巡りなんですよ。俺は、この話に肯定も否定もできません。答えなんかないんです。だからこそ思うんです。こんな思いのしない世の中にすることが、今の俺にできることなんじゃないかって」

 

 ウシオはそう言うと、にかっと笑った。

 

「考えはじめても分かんないんです。分かったら、悩むことなんてしませんよ。毎日悩んでます。これでよかったのかって。でも後悔じゃありません。俺はそれで、立ち止まったりはしませんから」

 

「君は、強いな」

 

「いえ、弱いんですよ」

 

 カゲロウが、気落ちしたまま微笑を浮かべた。ウシオは少しでしゃばりすぎたか、とも思ったのでそれ以上口を開くことはなかった。カゲロウも同様だ。

 

 静かな廊下に、沈黙が続いた。

 

********************

 

 カカシは嘘をついた。

 

「身に覚えがない、か。本当に覚えてないのか、嘘をついているのか・・・」

 

 カカシはウシオが話していたことが嘘であることを知っていたのだ。それは、カカシが雪忍のリーダーである男との戦闘を終え、ウシオたちがいた、城の広場に着いたときだった。

 

 オチバは倒れ、カズラも倒れていた。しかし、ウシオはそうではなかった。倒れているカズラを支えていた。

 

 カカシはすぐに近づこうとした。しかし、姿が少し違う。妙なチャクラを纏い、明らかに普段のウシオではなかった。まるで、お伽噺に出てくるような仙人のような。実際に見たことがあるわけないが、カカシはウシオから神聖な何かを感じ取っていた。

 

 カカシが写輪眼で確認すると、ウシオがカズラにチャクラを送り込んでいるように見えた。消え入りそうになるチャクラを押し留め、新たなチャクラを流すように。しかし、医療忍術の類いではないことは確かだった。

 

 嘘をついているようには見えなかった。ウシオはカズラの無事を本当に喜んでいたからだ。嘘をついているなら、それ相応の表情というものがある。

 

「やはりウシオは、特別なのか?」

 

 考えていても始まらない。カカシはこのことをヒルゼンに報告すべく、火影室へ向かっていた。

 

 火影室についてみたが、どうやら留守のようだった。話を聞くと、一緒に救われ、一命を取り止めたオチバのところにいるようだった。カカシはオチバの様子見がてら、報告のために尋問室へと向かうことにした。

 

 階段を下り、薄暗い地下室へと向かう。尋問室の外には警備の忍がいた。しかし、ヒルゼンの姿はない。カカシはその忍に事情を聞いた。

 

「三代目は?」

 

「オチバと二人で話している」

 

「俺も入っていいですか?少し話があるので・・・」

 

 カカシがそう言うと、その忍は従い、すぐに尋問室への扉を開けた。そこから少し歩いたところに、灯籠の灯された部屋があった。その前まで行くと、身体中を包帯で巻かれたオチバと、ヒルゼンの姿があった。

 

「三代目」

 

「ん?おぉカカシか。なんのようじゃ」

 

 カカシはヒルゼンの耳元で小声で話す。

 

「いえ・・・帰還した全ての忍が目覚めました。カズラは重症ですが、ウシオやアヤメには目立った外傷は見当たりません。小雪姫は、とあるつてを利用して、なるべく遠くへと避難させました」

 

「そうか、ありがとう」

 

 そういうヒルゼンは、オチバの方に向き直った。オチバは口を開きかけている。何かを言おうとしているようだった。

 

「なんじゃ、オチバ」

 

「彼らは、助かったのですか?」

 

 ヒルゼンは目でカカシに合図を送った。どうやら、言ってやれという意思表示らしい。

 

「助かりましたよ。三人とも。命に別状はありませんでした。まぁ、状態が状態ですが」

 

 オチバはそれを聞いて安堵の表情を浮かべた。口に出さないのは、彼なりの覚悟だろう。ならばなぜそうしたのか。彼にはこの質問は不要だからだ。

 

「さて、続きじゃ。オチバ、なぜお前は雪の国と繋がっていた?」

 

「・・・・・・」

 

 オチバは口をつぐんだままだ。

 

「はじめからこの様子じゃ。一向に話そうとせん。そうなれば、どうなるかわかっておるじゃろうに。ワシも庇いきれん」

 

「庇わなくて結構です、三代目。私は、覚悟をもって挑んだのですから。しかし・・・それもすでに不要ですね」

 

 鉄格子の内側で両手を錠で繋がれたオチバは、ゆっくりと立ち上がった。

 

「私の復讐は、失敗した。これ以上、この世界に未練はないです」

 

「オチバ、お前は何を・・・」

 

 急に饒舌になったオチバに面食らったヒルゼン。それでもオチバは口を開き続けた。

 

「私は、直接風花ドトウと連絡を取り合ったわけではありません。私を雪の国と繋げたのは、マダラと名乗る仮面の男」

 

「マダラじゃと?冗談にも程がある」

 

 ヒルゼンはそう述べた。しかし、オチバの顔は真剣そのものだった。

 

「本物のうちはマダラかどうかは、それほど重要ではないんです。重要なのは、その男がマダラと名乗っていること。うちはマダラを名乗っておけば、真実はどうあれ、必ず広がる。彼は、私にあの事件の真相を告げ、こう付け足しました。・・・復讐したくなはいか?と」

 

「貴方は、それを信じたのですか?そのような世迷い言を」

 

 カカシは呆れたように吐き捨てた。目の前の男は、仲間を殺そうとしたクズだ。カカシの中での印象は最悪だった。

 

「信じざるを得なかった。藁にもすがる思いで、信じこんだのさ。その、世迷い言を」

 

 しかし、それでも、カカシには分かることでもあった。オビトとリンを取り戻せるならば、そのような行動をとっていたかもしれない。あくまでも仮定の話だけど。

 

 カカシは目を伏せた。そしてマスクの下の歯を食いしばる。

 

「訳のわからない、よりにもよってマダラを名乗る男の言葉を信じ、従ったのか!?」

 

 ヒルゼンは声をあらげた。幼い頃から知っているウシオが殺されそうになったのだ。当たり前と言えば、当たり前なのだが。

 

「従ってはいないですよ。私は、仮面の男に生け捕りを命令されていた。しかし、私は、ウシオを本気で殺そうとしていた。仮面の男が何故生け捕りを望んだのかは分かりませんが、確か、ウシオの中にある、あるものが・・・・・・」

 

 突然、オチバの言葉が止まった。目を見開き、一点を見つめる。

 

「・・・どうした、オチバ?」

 

 三代目の呼び掛けにも応じず、オチバはワナワナと震え始める。

 

「・・・ッ」

 

 すると次の瞬間、繋がれた両手を首もとへと持って、ガリガリとかきむしった。 

 

「アッ・・・!!ガッ!!」

 

 見るからに苦しそうだ。ヒルゼンはすぐに鍵を持っている忍を呼び、牢を開けさせた。

 

「オチバさん?!なに、が・・・」

 

 扉を開き、二人が駆け寄る頃には、すでに息も絶え絶え。口からは、ツーっと血が流れる。

 

「せめてもの、と言う、となんだが気恥ずかしいけど、これはあの仮面の男への反逆だ。やっては、いけないことを、したのはわかっ、てる。だけど、これしか、なかった、んだ。僕が救われるには」

 

 近くにいるカカシとヒルゼンを交互に見ながら、途切れ途切れに呟く。瞳からは光が失われつつあった。

 

「カカシ、君は、間違えるなよ」

 

 カカシの方をしっかりと眺め、呟く。

 

「オチバ、さん」

 

「あぁ、これで行ける。ユウナギ、コノメ。今から、そっち・・」

 

 目を開いたまま、オチバは動かなくなった。

 

「これは」

 

「呪印じゃな。・・・恐らく、仮面の男のことを話すことで発動するものじゃろう」

 

 根のシステムと同じように、か。カカシはそう考えた。暗部の一組織である根では、志村ダンゾウについて口外すると、呪印が発動する。

 

「だから口を開かなかったのか。いや、開けなかった。しかし、これでこやつの言ったことの信頼性が高まったということじゃな。・・・マダラが生きている。にわかには信じがたいが」

 

「何かを言いかけていたようでしたが。ウシオの中にある、とかなんとか」

 

 まだ暖かいオチバの亡骸に、布をかけながらカカシは言った。雪の国での一件を鑑みれば、ウシオの中になにかがあると言われても、何ら不思議はないのだが。

 

「ふむ。正直なのところ、儂にも皆目見当がつかん。そもそも、ウシオを拾ってきたのはミナトとクシナじゃ。その時も状況は聞いたが、一切おかしなところはなかった。それからいままで、そのような兆候は一切見当たらん。まぁ、人より少し忍の才に恵まれたようじゃが、それは才能じゃからな」

 

「三代目、それなんですが・・・」

 

 そこでカカシは雪の国で見た光景を事細かに話した。ヒルゼンは眉間にシワを寄せ、考え込んだ。

 

「ウシオは覚えてないと言っています。それと今聞いたことに、何かしらの関係があるのでは?」

 

「チャクラを分け与える、か。医療忍術と言えど、完全に枯渇したチャクラを、一瞬で元の状態にまで戻すことはできん。それ以上の何かを行った。・・・だからこそ、ウシオの中には何かがいる、か。分からんな」

 

「ウシオ自身気付いていないのでは、どうしようもありませんから、今は様子を見るのが得策かと・・・」

 

「それもそうじゃな。しかし、念のため情報は集めておこう。・・・オチバがこうなったからの。3班の後任を決めなくてはならん。彼らはまだ下忍。誰かの指導を受けなくてはならないからの」

 

 ヒルゼンは警備の忍に遺体の処置を命令し、そのまま牢を後にした。

 

「復讐、か。分からなくもないけど、オチバさんはそれほどに追い込まれていたのか」

 

 ヒルゼンが去って少ししてからカカシは牢の外へと出ていった。そして、歩きながら考える。

 

「うちはマダラ。伝説上の人物だ。ありえるのか?そんなことが」

 

********************

 

「本当に大丈夫なのか?兄ちゃん」

 

「ああ!俺はお前の兄貴だぞ?」

 

 ベッドに横たわるウシオを、後からやってきたナルトが質問攻めにしていた。目が赤くなっているところを見ると、一頻り泣いた後なのだろう。

 

「・・・・・・」

 

 無邪気に笑うナルトを見ていると、雪の国で出会ったお姫様を思い出す。カカシによれば、戦いとは関係ない国へと送ったらしいが、ウシオには後悔しかなかった。

 

 約束を一つも守れなかった。あの子の父親を救えず、雪の国から逃げ帰った。しかもそのことを今の今まで忘れていた。多くのことが起こったから、と言い訳することはできる。しかし、言い訳は言い訳だ。結果は散々だった。

 

 彼女が平和に、安静に過ごせることを願う。願わないわけにはいかない。カカシに聞いても場所までは教えてくれなかったからだ。俺には、もうどうしようもない。彼女には生きていてもらうほかない。生きていれば、必ずどこかで出会えるはずだ。

 

「兄ちゃんが病院に運ばれたって聞いたから、いてもたってもいられなくなって。三代目のじーちゃんの言いつけを無視してここまで来たんだ。痛くないのか?」

 

「あぁ、名誉の負傷だ」

 

 ウシオはそう言って、ナルトの頭を撫でた。小さい命。自分があのとき死んでいたら、と考えるだけで恐ろしかった。

 

 こいつを一人にするわけにはいかない。

 

 そう考えるしかなかった。

 

 カズラは、体の麻痺以外目立った外傷はない。しかし、忍を続けられるかどうかと言われれば、答えは否だ。自然治癒するものなのかどうかも分からないらしい。忍を止める他に選択肢はないと医者に言われたそうだ。

 

 アヤメはカズラをサポートするために、医者を目指すという。元々人の命を守る仕事をしたいと言っていたので、そっちの道に進むらしい。戦闘には関わらない仕事が多い部門らしい。まだ子どもだから、まだまだ先のことらしいが。しかし、それは些細な問題だろう。彼女の知識なら、必ずなれる。

 

 実際のところ、アヤメはあのときのことが忘れられないのだろうと思う。それもそのはずだ。あれほどの死を経験し、その上信頼している上司にも裏切られた。トラウマものだ。

 

 ウシオは病室の窓から外を眺めた。寒そうな風がビュービュー吹き荒んでいる。

 

 俺は、どうなるのだろう。恐らく班は解体されるだろう。俺を除く班員の全てが、いなくなったのだ。新たな第3班が作られる。俺としては、あの3人以外とは組みたくないのだが。オチバ先生を含めて。

 

 そんなことを考えていると、突然病室の扉が開かれた。

 

「・・・?」

 

 カツカツと靴の音が響く。ナルトも不思議そうにそちらを見た。カーテンで遮ってあるため、姿までは確認できない。

 

 あんなことがあったからか、ウシオは無意識にナルトを側へと引き寄せ、警戒体制をとった。

 

 そしてその人物は、カーテンを開かずに口を開いた。

 

「うずまきウシオくんですか?」

 

 女の声だ。優しそうな。

 

「はい、そうですが。カーテン、開けていいですよ」

 

「そうです?では失礼して」

 

 その人物はゆっくりとカーテンを開いた。

 

「カーテンが閉じていたので、お体を拭いているのかと」

 

 黒髪ショートのフワフワした雰囲気の女性がそこにはいた。いや、女性と言うよりかは、少女と言った方が妥当だろう。俺よりも少し大きいくらいか。カカシさんと同年齢くらいだろう。

 

「君がナルトくんですね?よろしくお願いします」

 

 女性はナルトに対して小さく礼をした。普段なら警戒するナルトも、その女性が醸し出す柔らかい雰囲気から、そのような素振りは一切見せなかった。

 

「よろしくだってばよ」

 

 女性はナルトに優しい表情を向けている。どうやら、悪いヤツではなさそうだった。

 

「あんたは?」

 

「申し遅れました。私、新設第3班の担当上忍をさせていただくことになりました。珠喰(たまはみ)サクヤと申します」

 

 正直驚きを隠せなかった。いや、隠す必要はないだろう。驚きすぎて驚く素振りを表せなかったからだ。

 

「・・・随分早く決まったんだな」

 

「先ほど三代目から言い渡されまして。連絡は早い方がいいだろう、と。このあと、他の二人の所にも行く予定です」

 

 珠喰・・・。変な名前だ。この里にそんな一族がいたのか?聞いたことはないが。

 

「他の二人も決まってるのか」

 

「はい。中忍試験も近いので」

 

「なるほど」

 

 中忍試験は三人一組で行われるため、まず三人いないと話にならない。その上で、上忍、または中忍からの推薦をもらい受験資格を得る。ほとんどの下忍は、班の担当上忍からの推薦をもらうのだが、ウシオの場合、その班が解体されてしまった。三人ということは、恐らくチームワークを求める試験が多い、というかそうなのだろう。

 

「あなたたちの実力を見るためにも、少し任務を受けてもらいます。まぁそこは大丈夫でしょうね。実力者が二人もいるのですから。しかし中忍試験では個ではなく、全と言いますか群と言いますか、そういうものが必要になります。チームワークを養うためにも、任務を行わなければなりませんから」

 

 サクヤは笑顔でウシオに語りかけた。

 

 実力者が二人?誰だ?そもそも俺と同じような境遇の人間がいるのだろうか。いたらいたで、喜ばしいことだけど、喜ぶべきではない気がする。・・・というか。

 

 ウシオはサクヤに対し、怪訝そうな目を向けた。

 

 この女性が、上忍?外見からは想像できない。オチバ先生と同等の実力者なのか?

 

「どうしたんです?」

 

 サクヤはウシオの顔を覗きこんだ。急に接近してきたサクヤに、ウシオは気恥ずかしくなり顔を背けた。ナルトはそんなウシオを不思議そうに見ていた。

 

「う、嘘を吐いているようには見えないが、本当に上忍なのか?その、外見が幼いように見えるんだけど」

 

「よく言われますけど、私、カカシくんたちよりも年上ですよ?」

 

 口をあんぐりだ。俺は一瞬喋るのをやめた。何を言えばいいのか。

 

「え、えっと・・・。お若くていらっしゃいますでございますね」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 サクヤは笑顔でそう言った。その笑顔がどこか怖く感じるウシオだった。

 

「では、私は行きますね。今日中に事を済ませたいので」

 

「は、はぁ」

 

 気持ちの整理が出来ていないウシオと、不思議そうにウシオを眺めているナルトを残して、サクヤは去っていった。病室が、静寂に包まれる。そんなウシオを心配してか、ナルトはウシオに声をかけた。

 

「兄ちゃん、大丈夫か?」

 

「ああ、俺はお前の兄貴だぞ」

 

「・・・本当に大丈夫か?」

 

 言い知れぬ不安が、ウシオの中に広がった。

 

********************

 2週間後。

 

 体の傷も全快したウシオは、里内にある墓地までやってきていた。そこの他より綺麗に掃除されている墓の前までやってきていた。墓石には、秋野オチバと記されていた。すぐ横の墓石には秋野ユウナギ。その横は秋野コノメと記されている。

 

「・・・先生」

 

 あの後少しして三代目から、オチバ先生が亡くなったことを聞かされた。自分たち壊した張本人だ。ざまあみろ、とでも思えれば凄く楽なのだけど、そうはなれなかった。恐らく、カズラも同じだろう。

 

「この後、新しい班員に会いに行くよ。新しい第3班ができるってのを聞かされてから結構経ってるけど、メンバーについてはまだ聞かされてないんだ。担当上忍が、楽しみは後にとっておきましょう、ってさ」

 

 ウシオは手に持っていた花を、墓石に生ける。

 

 あの事件のことは、一般には公表されないらしい。オチバは元々温厚な人間で、他の忍からの信頼も厚かった。ゆえに、その信頼している人たちのために、また、彼自身の名誉のためにも、そうしなかった。実際は、ウシオたちがそれを望まなかったからだった。アヤメもカズラも恨んではいなかった。ただ、悲しんでいた。それだけだ。

 

「カズラの体、アヤメの手伝いもあってか、段々動くようになってるんだ。忍として働くことはできないらしいけど、医者が言うには、奇跡だってさ。ほんと、笑うよな。全部あいつらの努力の賜物だってのに」

 

 ピカピカの墓石を少し撫でる。氷みたいに冷たい。

 

「・・・先生のやったことは、正しいことじゃないけど、俺は間違いだ、なんて言わない。優しいあなたのことだ。教え子と家族を天秤にかけた末の結果だ。苦しんで苦しんで、苦しみ抜いたんだろう。実際は見てないから、想像だけどね」

 

 涙は出ない。しかし、心で泣いていた。

 

「もうそれを聞くこともできない。死んだら終わりだから。俺たち三人は生きてる。大丈夫。あなたが抱えた苦しみを忘れない。悲しみを忘れない。あなたの教えてくれたことを胸に、俺は生きていくよ。家族でみまもっててくれ、先生。さよなら」

 

 ウシオは墓石に背を向けて、出口まで歩いていった。その最中、ふと、考えた。

 

 何を信じればいいのか。あのときみたいなガキの反抗じゃない。少し反抗を含んだ、小さな疑問だ。あの時助けに来てくれたのは、暗部所属のカカシさんだ。オチバ先生の対処をしに来た、のだろう。その対処がどのような方法で遂行されようとしていたのか。暗部は有り体に言うと、暗殺部隊だ。つまり、そういうことなのか。

 

 もし、俺がこの里に反旗を翻したら、すぐに対処されるのだろうか。なんの悩みもなく、ただ、任務として。それは犯罪なのだから、仕方がない、のだろうが。

 

 里とは一体なんだ。里がある意味は。争わないために、血を流さないために作られたはずの里が、なぜ戦争を起こす?なぜ、手を取り合えない。なぜ、戦う。戦わなければ、こんな気持ちにはならないのに。

 

 ウシオはそんな考えを振り払いながら、火影室まで急いだ。

 

 

 

 

 




皆さんどうもお久しぶりです。
zaregotoです。

これにて雪の国編完結です。

本文中にもありましたが、オチバ先生にはユウナギという妻とコノメという娘がいます。ユウナギは元忍の専業主婦。娘を守るために、身を呈したものの娘とともに亡くなりました。

復讐ってのは人間にはあってしかるべきものだと考えています。誰かを憎んだことのない人間はいません。ただ、それを制御し、力に変えることが人間にはできます。オチバ先生は、それすらできないくらい悲しみが大きかったのです。

そして新キャラです。珠喰サクヤ。謎に包まれた忍。本文では体型について言及していましたが、ナルト本編の成長したナルトたちと同じくらいだと思っていてもらってもいいと思います。年齢は20歳です。

重い話が多い気がします。そもそもわりとナルトって重い話なんですよね。ナルトとサスケの境遇とか、普通に考えたら精神とか病みそうです。ナルトは聞かされるのが遅かったからいいですが、サスケは現場を見たんですから、ねぇ?

次からは新しい班でのお話です。みなさんは誰がメンバーになるのか、できたら予想しておいてください。あ、でも新キャラの場合は予想できないか。あともしよろしかったら、オリジナル忍術とか感想の欄に書いてくれると助かります。思いの外大変だなぁということに気づきました、はい。

では!また次のお話で!

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