金木研はヒーローになりたかったのだ   作:ゆきん子

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6話 個性把握テスト 後編

第一種目は50メートル走らしい。

 

この競技で目立ったのは、最初の走者である飯田君だろう。

彼がジャージの裾を捲ると、盛り上がったふくらはぎが現れる。

何に使うのかは彼の走る姿を見れば分かった。ふくらはぎのあれはエンジンのようなものなのだろう。排気口から空気(ガス?)を派手に噴出してものすごいスピードで走っている。

おへそからレーザーを出して後ろ向きに飛ぶ人も居たが、何故か長く射出せずにぺシャッと途中で落ちた。時間制限とか、リスクがあるんだろう。

何にせよそろそろ僕の番なので軽く準備をする。

 

「よーっす金木。俺ら一緒っぽいぜ」

「上鳴君」

 

どうやら座席とは違い、出席番号順らしい。

順番を伝えてくれた上鳴君にそっかと頷いてお互いに頑張ろうと伝える。上鳴君はポケットに手を突っ込んでにっと笑った。

 

すぐに順番が回ってきて、僕らは両者クラウチングの体勢を取る。

計測ロボットから合成音声でスタートの合図が出されると同時に、僕は一歩、強く蹴りだした。

 

「3秒33!!」

 

僕の記録が出て少し後に上鳴君がゴールした。

上鳴君は膝に手をついて肩で呼吸をしてる。

 

「…大丈夫?」

「か、金木…おま、はやっ」

 

とりあえずここでは邪魔になるので移動する。

上鳴君の背中をさすりつつ彼の呼吸が整うのを待つと、彼は座り込んで空を仰いだ。

 

「お前超はえーな。おかげで俺も中学ん時より記録伸びたけど、しんどいわ」

「あはは…」

「ホントすごかったよ!」

「え?えっと……」

 

胸の前で手をぎゅっと握って僕に話しかけてきた女の子。確か、今朝騒いで注意されてた…。

 

「あ、急にごめんね。私麗日(ウララカ)お茶子(オチャコ)ですっ!金木君だよね!」

「あぁじゃあ君が」

「え?」

「あっごめんね。座席票を見たときに、綺麗な名前の子が居るなと思って。僕、好きなんだ。綺麗な響きの言葉とか」

「お、ナンパか?」

「ち、違うってば」

 

誤解を解いていると麗日さんが静かになったことに気付く。

僕らがそろって彼女を見ると、麗日さんは照れ臭そうに頭をかいた。

 

「いやーそんなこと言われたの初めてで照れるわ!」

「そっか…あ、次、君の友達の番じゃない?」

「ほんとだ!えっと緑谷君だったかな?」

「知らないの?」

「実はまだ自己紹介してなくって」

 

上鳴君と二人でふーんと言って二列に並んだ彼らを見る。

 

「大丈夫かな」

「何がだ?」

「一緒に走る爆豪君って人、ちょっと乱暴な性格に見えるし、緑谷君の事を考えずに個性使うんじゃ…」

「いやまさか」

 

上鳴君が言った瞬間、爆豪君の両腕が爆発する。

それだけなら良かったが、ラストスパートで一際大きく爆発して案の定というか、隣の緑谷君を軽く吹き飛ばす。

 

「まさか、だったな」

「うん」

「そうだね」

 

ゴールした上鳴君のように膝に手を突いているが、幸い怪我は無さそうだ。

三人でほっと安堵の息を吐き出した。

 

全員の記録を取り終えると体育館に移動して、握力の測定。

まあまあいい記録は出たけど、僕の上にはまだ数人いる。その数人は個性がそれ向きな人たちだけど、この身体能力があって情けないなーなんて思ったりもする。

赫子を使ってしまおうか?……いや、やっぱりもしもの時の為にこれは使わないでおきたい。

 

その後も立ち幅跳び、反復横とびと、どちらも1位にはなれなかったが、それなりにいい結果が出たと思う。

そしてソフトボール投げ。

一回何も気にせず本気で投げてみたら、記録は伸びたがジャージに穴が開いた。背中のところ。ほんとにもう……。多分皆見てるとしても飛んで行ったボールの方だろうし、飛び出た長さも10センチそこそこだったと思うので、僕の恥ずかしい瞬間を目撃した人は居ないだろう。……尾赫じゃなくて、良かった。

僕がひそかに落ち込んでいると、僕なんかよりずっと沈んだ雰囲気の少年――緑谷君がボールを持って円の中へ進む。

そういえば彼が個性を使ったらしいところを見ていない。多分今まで何か大きな記録を出したという事もないようだ。顔を見れば分かる。

 

「追い詰められてるね…」

「あぁ」

 

傍に居た切島君に話しかけると、すぐに返事が返ってきた。

僕は緑谷君を観察していたが、彼が何かを決意したように表情を引き締めたのを見て首を傾げた。

 

「お、何かやるのか?」

 

切島君も気付いたのか、歯を出してニッと笑う。

 

 

 

「な……今確かに使おうって…」

 

しかし、彼の記録は46メートル。

普通、という感想しか出てこない。さっきのは僕らの気のせいかと思ったが、自分の手のひらを見つめて動揺する緑谷君の様子からしても()()()()()とはしていたようだ。

 

「個性を消した」

 

今まで特に何も言うことなく見ているだけだった相澤先生が口を開いた。

ぼさぼさに垂れ下がっていた前髪は、手を使わずとも持ち上げられて後ろに流れている。

鋭い眼光が、緑谷君を貫く。

 

「つくづくあの入試は…合理性に欠くよ。お前のような奴も入学できてしまう」

「消した…!!あのゴーグル……そうか……!」

 

見るだけで人の"個性"を抹消する"個性"!!

 

「抹消ヒーロー、イレイザーヘッド!!!」

 

イレイザーヘッド?聞いた事ないな。

僕はマスコミに取り上げられるようなヒーローしか知らないから、相澤先生……いや、イレイザーヘッドはメディアへの露出を避けているんだろう。確かに、合理性を追求する相澤先生らしい。

それにしても個性を消す個性か。直接的な攻撃力のある個性ではないが、戦闘ではとても役に立つだろう。(ヴィラン)の大多数が、持て余した個性で暴れるような者達だからだ。

 

相澤先生は首に巻きつけていた布で緑谷君を引き寄せると何事か話していた。

周りのざわついた声で多くは聞き取れなかったが、いくつか拾った言葉から推測すると、緑谷君の個性は使ったら行動不能になるような大変リスキーなものらしい。

それで彼は今まで個性を使わなかったのか。そういう理由なら納得だ。

相澤先生は緑谷君を解放すると、二回目を促す。

 

緑谷君は俯いたままだ。

落ち込んでいるのだろうか、と思ってじっと顔を見つめると、ぞっと腕が少し粟立った。

諦めてなんかいない。いや、むしろ彼はこれ以上無いってくらいに集中している。

周りの音なんて聞こえていないようで、目を見開いて口元をぶつぶつ動かしている。流石に呟きまでは聞き取れないので内容は分からない。

緑谷君はしばらくそうしていたが、口を閉じると、円の中で軽く助走をして、大きく振りかぶった。

さっきとは比ぶべくもない。空高く飛んでいったボールは、しばらく経過してから落ちたらしい。相澤先生の端末が記録を取った音を出した。

 

スン。

鼻が勝手に動く。

どうやら緑谷君は指から出血したらしい。指に個性を使ったのだろうか。

ただ、個性を使う度にあの痛々しい怪我をするのは、大変だろうなぁと他人事ながらに思った。

 

「まだ……動けます」

 

大きな目にいっぱい涙を溜めて、それでも歯を食いしばって笑う姿はなぜだかオールマイトを彷彿とさせた。

……なんだ、かっこいいじゃないか。

 

緑谷君がやっと出したそれらしい記録に、無邪気に喜ぶ麗日さんを横目に微笑ましく見守っていると、なぜだか爆豪君が「どういうことだ」と叫びつつ手を爆発させて緑谷君に接近する。

すごく怒っているようだが、周囲は何がなんだか分かってない。一体今の何処に怒る要素が有ったというのだろう。これ、止めたほうがいいのかな。

が、悩んでいるうちに相澤先生の布が爆豪君に巻きついた。

爆豪君は必死でもがくが、布は千切れる事もなければ、それ以上伸びもしなかった。

見た目は普通の布と何も変わらないが、炭素繊維に特殊合金の繊維を編みこんだ捕縛武器らしい。

 

そして新事実。相澤先生はドライアイらしい。それで充血してるんだね…。

 

 

 

残った三種目も無事に終え、ついに結果発表のときが来た。

皆それぞれ緊張して待っていたが、相澤先生は悪びれる事もなく「因みに除籍はウソな」と、まるで天気の話でもするように言う。

 

「君らの最大限を引き出す"合理的虚偽"」

 

はーーーーー!!?

 

飯田君、麗日さん、そして緑谷君がそろって驚きの叫びを上げた。

八百万さんは呆れたように3人を見て嘘に決まっていると言っていたが、僕はやっぱり相澤先生のあれが全部演技だったとは思えなかった。

 

僕の結果は2位。

八百万さんの便利グッズ達には勝てなかった…。

僕が一つ下に焦凍の名前を見つけると、彼のほうから話しかけてきた。

 

「負けたな」

「あ、えっと…焦凍の個性よりは、僕の個性のほうが単純な測定では有利だったみたいだね」

「そうみてぇだな。……正直、ここまでとは思わなかった」

「そっか」

 

終わったらとっとと戻る相澤先生に続いてぞろぞろと校舎に戻る皆に続くように、僕らも歩き出す。

結局今日は個性テストで終わってしまった。

 

「というかお前、なんか背中破れてるぞ」

「何も言わないで……」

 

 

 

 

 

 

着替えて教室にあったカリキュラムなどの書類に目を通すと、僕らは途中まで一緒に帰ろうと教室を出て階段を下りる。

一階の廊下を歩いて玄関に向かおうとすると、廊下の向こうからミッドナイトが歩いてきて僕と焦凍は挨拶と会釈をして通り過ぎようとする。

しかし、僕は立ち止まると焦凍に今日は先に帰ってもらうように伝えた。

 

「分かった。じゃあまたな」

「うん。またねショート」

 

手を振って別れると、僕はミッドナイトを追いかけた。

 

「あの!ミッドナイト先生」

 

ミッドナイトは鞭を手に振り返る。相変わらず刺激的な衣装だ。

 

「えーっと、あなたは?」

「1年A組の金木研です。貴女は覚えていないかもしれませんが、お礼を言いたくて」

 

ミッドナイトは赤い眼鏡の奥からじっと僕を見つめた後、カネキ…と呟いてハッと目を瞠る。

 

「金木研って、あの何年か前に個性が暴走した幼稚園児!」

「…覚えててくださったんですね。あの時は、本当にありがとうございました」

 

ミッドナイトの個性で眠らされた時を思い出す。意識が朦朧として当時は何がなんだか分からなかったが、ある時ミッドナイトの個性を知って、あの時誰が僕を助けてくれたのか気付いた。

頭を下げると、床の映る視界に尖った靴先が入り込んだ。

 

「おっきくなったわねー!入試のときもあなたの事見たのに気付かなかったわ!」

 

ワシャワシャと髪を乱されてあうあう言うと、やっと止めてもらえた。

頭を撫でられたのなんて何年ぶりだろう。とてもくすぐったかった。

 

「そう、あなたヒーローになるのね」

「……はい!」

 

 

 




ミッドナイト先生好きです。

追記
東京喰種:re12巻にて、キング金木の足の速さが公開されていたので、計算しなおしました。
3秒53→3秒33
こんな感じです。割と惜しかったですね。キング早いひぇ。

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