金木研はヒーローになりたかったのだ   作:ゆきん子

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2話 食事

 

 

今日、僕に個性が発現した。

同時に、僕の中の()()が蕾を開いた。

 

 

 

色々な検査を病院で受けた後、医者には"身体能力強化"の類の能力と言い渡された。その中には五感の強化も含まれるが、触覚は経験のせいか普通の人より鈍いくらいなので、五感というと語弊があるかもしれない。

しかし僕は、自分の個性が強化なんて単純なものではない事を理解していた。

そして、この記憶が「前世」などという普通ならば信じられないものでも、そうなのだと自然と受け入れた。自分のことはなんとなく分かっているつもりだ。

僕の個性は……名前を付けるとしたら、「喰種」と言ったところだろう。

 

花ちゃんを傷つけてしまった事を謝りたかったが、彼女のご両親はそれを拒んだ。

当然の判断だろう。唯一幸いだったのは、彼女の家族は治癒系の個性が多く、彼女もその一人。彼らと本人の個性によって手は傷一つなく回復したそうだ。

そして、僕が自分で噛み千切った腕も、僕自身の再生能力によって今は歯形ひとつ見当たらない。

前世の記憶が原因だと思われる頭痛はもう無い。脳自体が若いせいか、かえって思考は冴え渡っていた。

 

本から目を上げると、夕飯を作りながらそわそわとこちらを気にするこの世界の母さんと目が合った。

目を逸らすか声を掛けるか悩んだように口をあけたり目を揺らしたりする彼女に、僕は心配をかけまいとゆるく微笑む。

再び本に視線を落とすと、遠いキッチンの方から安堵するように肩を落とす気配に続き、小さく息を吐く音が聞こえた。

 

僕は緊張して汗ばむ手をごまかすように本をぎゅっと握った。目はずっと同じ文章をなぞってはまたなぞる。内容が頭に入っていない事など一目でわかるだろう。

風で花ちゃんの香りを嗅いだときに、飢えに似た衝動が僕を突き動かしかけた。それを抑えるために自分の腕を噛んだはいいが、その血が甘くて、おいしくて、更に深く歯を食い込ませてしまった。そしてとどめに医者の一言。「味覚、そして嗅覚が発達しているという事は食べ物の()()も変わってくるかもしれません」と。

ただ可能性を考えて発しただけの、何の含みも無い、あるとすれば患者への心配の気持ちだろう。

それでもそれは、僕にとって何よりも不安を感じさせるものだった。

 

僕のこの体は人のもので、その人の体に「個性」として喰種の力が発現しただけだ。

その人の体に流れる血を口にして、おいしいと思った僕は……。

 

「研くん、できましたよ」

 

ビクリ、

肩を揺らしてゆっくりと立ち上がる。

本は持ってきちゃダメよと日頃から言われた事をこのときばかりは素直に守ったのは、少しでも時間を延ばすためだった。

 

「どうしたの?お父さんは今日もお仕事で遅いみたいだから、先に食べちゃいましょう」

 

にこにこ笑う笑顔には疲れが滲んで見える。

当然だろう。僕のせいで警察や鎮静に特化したヒーローが集まり、病院に無理やり運ばれる大きな事態になったのだ。

そんな日でも味覚の変化があるかもしれない僕のために、こうしていつもより多い種類の料理を用意してくれた。

 

席に着いて揃っていただきますをする。

喉が鳴るほど大量に唾が分泌される。空腹のせいなのか、緊張のせいなのか分からない。あるいはどちらもか。

このまま現実逃避を続けて居たかったが、向いの席から刺さる期待するような母の目に急かされて、僕は箸を取った。

 

 

 

 

パタタッと机に水が跳ねた。

 

「研くん……。ごめんね、美味しくありませんか?」

「母さん、おいしい。美味しいよ」

 

僕は涙を袖で荒く拭うと、にっこりと笑う。

味覚…というよりは、感覚が鋭くなったせいか味は以前とは全く別のものになった。

サラダなんかは鋭い嗅覚のせいか青臭い。白米もねちゃねちゃと不快な食感に変な甘みも加わって、のりでもこねてる気分だ。

だが、吐くほど不味いわけじゃない。体が摂取するのを拒むような、あのおぞましい感覚は無いのだ。

そして、ハンバーグ。()()()()()()()()()が、今まで食べたどんなものよりも美味しかった。

 

「母さん!これ、これは、何の肉?」

「これは牛さんと豚さんのお肉ですよ」

「!!」

 

牛豚合い挽きだと!?

母さんのハンバーグがふわふわと肉汁を逃さない秘訣はその配合にあったと言うのか?

いや、今はそんな場合ではない。

 

じゃあ、じゃあじゃあ!それなら、僕は動物の肉でも、栄養が摂取できるという事になるのか…!?

 

浮かれるにはまだ早い事は分かっていたが、また好物のハンバーグを食べれる喜びは、僕を浮かれさせるには十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

「研くん、あのね」

「?」

 

あまりにハンバーグではしゃぐものだから、母さんは「あらあら、研くんはやっぱりハンバーグが大好きなのね」と言って僕に自分の分を分けてくれた。

時々他の肉料理に手を出しながら、二つ目のハンバーグをむぐむぐとあまり沢山入らない小さな口で味わいつつ食べていると、母さんは眉根を下げて深刻そうな顔で口を開いた。

 

「おじいちゃんの……研くんのお父さんのお父さんの所に、お引越ししようかと思うの」

「お引越し……おじいちゃんの所?」

「はい。研くんは個性が発動したばかりです。研くんの個性はとっても強いので、おじいちゃんにお稽古を付けてもらいましょう。おじいちゃんはとっても個性を使うのが上手いんですよ」

「……」

 

彼女の言っている事は嘘じゃないだろう。

ただ、全てを話していないだけで。

引っ越すのは個性の稽古と、問題が起きたこの場所から僕たち一家が離れるため。

稽古をするのは、僕の個性がまた暴れて人を傷つけない様にするため。

僕自身を思ってぼやかした事実には触れずに、僕は大人しく頷いた。

 

「でも、お父さんのお仕事はどうするの?」

「元々、お父さんの方にも移動の話はあったみたい。だから研くんは何にも心配しなくていいんですよ」

「うん」

 

僕は得体の知れない不安に胸がざわつくのを無視し、頷いた。

 

 

 




自己解釈が早速出てきたので念の為説明。長い上に私の頭の中の整理に近いもの。

作者が東京喰種見て思ったこと。
喰種の味覚についてなんですが、違うのは舌の"つくり"でなく、"感覚"なんじゃないかな…と。
何事も行き過ぎは不快ですよね。例えば香水とか、にんにくとか。喰種の鼻と舌には、どんなにおいしそうな食材、そして料理たちも不快になるのでは、と。
それに加えて喰種はヒトしか食せません。(正確には喰種同士の共食いでも精神と引き換えに生命活動は維持できる)
野生の草食動物が肉を食わず、肉食動物が草を食まないように、喰種たちも種としての本能として、自分の体に合う栄養を取ろうと、健康に害を与える可能性もあり必要ない余分なものを無意識に…こう、避けているのではと。
東京喰種の原作のほうでトーカちゃが親友飯を無理やり食べ続けた後、体調不良のように本来の力が出せませんでした。こういうのって生活習慣病みたいだなぁと思ったのは私だけでしょうか。
長い上に話が変わってしまいました。しかも結局体の"つくり"じゃね?っていう……。
軽く、「まぁそんなもんか」くらいの感覚で見ていただければと思います。

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