俺を脳みそが剥き出した敵から守るように立つ金木の背中は、中学の時に親父の前に立ち向かった時よりも遥かに逞しくなっている筈なのに、俺の目には酷く小さく、頼りなさげに映った。
だからこそ、俺は一緒に戦う事を選んだ。
衣装の元のデザインか、金木の剥き出しの背中は血にまみれ、衣装の前部分がボロボロになっていた事から、何かが何度も貫通していた事が分かる。
髪は、ところどころ
……束っぽいし、メッシュと言うのだろうか。
白髪に黒髪が混ざる様は、言葉だけ聞くと姉の髪と似ているように感じるが、俺はそうは思わなかった。
とにかく、俺が何か知っていそうな金木になるべく早く合流するのを選ばず、有象無象のチンピラ
この短期間で髪の大部分が白髪になるなんて、よっぽどストレス掛かってたんだな。
いや、もしかしたら、この間金木が話していたことに関係があるのかもしれない。
―――
「これは、店長にも話していない事なんだけど……今後、"何が"あるか分からないからね」
「僕は、2人居る」
「……は?」
「解離性同一性障害……って、言うのかな。どちらも"金木研"で、お互いに記憶を共有しているから、もしかしたら違うのかも知れないけど」
「おい、」
「"彼"は僕より
「…そうか」
「僕らは、1枚のコインなんだ。同じ存在の、別の面。何かの弾みで、ひっくり返る。彼は自分を犠牲にして僕を守るために出てくるだろうから、そんなことが起こらないといいんだけどね」
「まて、普通多重人格の人間は、お互いに認識しないものじゃねぇのか?」
「そうみたいだけど、……これを言ったら、君は僕の正気を疑うかも知れないけど、"昔"、精神世界……みたいな所で、向かい合って話したことがあるんだ。それまでは、僕自身が強くなったと勘違いしてたんだけどね」
「精神世界……」
「まぁ、そうとしか表せられない場所だよ。詳しい説明は難しいから省くとして、簡単に言うと、お互いに「ごめんなさい」して仲直り……かな」
「全く簡単じゃねぇが」
「ごめん。だって、上手く言語化するのが難しいんだよ」
「それで、全部か」
「…そうだ、ね」
顎を触る。
「……分かった。覚えておく」
―――
もしかしたら、こいつは
それなら、普段と違うこの少し刺々しい雰囲気も納得できる。
それに、
それは、中学の体育館裏の不良の時だったり、戦闘訓練で俺の氷を砕いた時。どちらも、感じたことの無い空気を金木から感じた。
あの時俺が感じたのは、今目の前に居るこいつの、片鱗だったのかもしれない。
背後に焦凍を庇いつつ、拳を構える脳無と相対する。
何となく、もう無様に負けることは無いと思った。
「この世の不利益は、全て当人の能力不足。……僕は、奪われないために、あなたから奪う」
「グ、ォォ…!」
これから四肢を奪う相手にか、それとも自分を鼓舞する為か。
そう言った僕に、脳無は初めて声を発した。
まるで答えのようだと思った。
再び離れた距離を脳無が一直線に縮めてくる。
単調な動き。速くても簡単に避けれるが、避けるわけにはいかない。
僕は獣のように地面に四つ足を付くと――実際は腕一本取られたので、三本だが…――、2本の赫子を脳無に伸ばす。
1本で脳無が一定以上に距離を縮めないように撹乱しつつ、殴りかかろうとする腕を弾き飛ばす。
もう1本の赫子の先を手のように裂くと、それで弾いた脳無の無防備な腕の根元をしっかりと掴み、締め上げる。
「まず、一本」
ばつんという音が、今度は脳無の腕から聞こえる。
すぐに再生しようとする動きを見逃さずに、僕は後ろの焦凍に声を掛けた。
「ショート、今だ」
「っああ!」
焦凍が右足を地面に打ち付けると、一瞬で氷が地面を這う大蛇のように脳無に迫り、隙だらけの奴の体を上り、断面を隙間無く厚い氷で覆う。
途中で枝分かれした氷は、念の為頼んでいた通りに、飛んでいった脳無の腕も凍らせた。
その隙に、僕はもう一本の腕を落とす。
合図をしなくても、焦凍は心得たように腕が飛んだ瞬間に反応して凍らせる。
日頃から厳しい訓練をしているためか、順応が早い。
脳無の腕を覆う厚い氷は、パラパラと表面の細かい結晶を散らしつつも、奴にはそれを壊すほどの再生力は無いらしい。これが突破されたら、打つ手は無さそうなので、安心する。
両手が飛ばされたとあっては流石に警戒したのか、残った足で巧みに2本の赫子を避ける脳無。
僕は目を
「警戒してくれるのはありがたいけど、僕の赫子は
その瞬間、体を伏せたときに地面に潜り込ませておいたもう2本の赫子を脳無の足元から出す。
流石の反応速度で避けようとするが、遅い。
もう既に僕の赫子は、脳無の足の付け根に絡み付いている。
「最後だ」
ぶちぃ…
耳障りのよくない音が二つ重なるが、すぐに焦凍がつくる氷の、パキパキと清涼な音がかき消した。
「なんで……ガキ二人に脳無が倒されてるんだよ…!」
苛立たしそうに敵が頬を、首を掻き毟る。
僕はじっと、敵の出方を伺っていた。
「そうだ、後ろの奴が死ねば、対策は出来ない。……おい脳無、後ろのガキを、先に殺せ」
僕は身を硬直させる。
固まってる場合じゃない、早く焦凍を庇って、―――なんで、足が、動かないんだ…?
バーン!!
大きな音が、USJの入り口の大扉から聞こえる。
僕は長く油の差されていないブリキのように、ぎこちなく派手に登場した人物の方を向いた。
オールマイトは、珍しく激怒したような顔でネクタイを引きちぎると瞬く間に移動して次々と敵を倒し、一瞬で僕と焦凍を抱えて、僕が相澤先生を運んだ辺りに連れてきた。
僕はもう指一本すら動かないと思った。
視界に、白い髪が映る。焦凍の髪かな、と思ったら、焦凍は隣でどこか…多分、オールマイトの方を見ている。
あぁ、僕の髪か。
なんだかもうすっごく眠たい。
「金木少年、……よく、頑張ったな」
「せんせ、気をつけて」
「――あぁ!」
オールマイトがくれば、この場はもう大丈夫。
そう思った僕は、重たくなる瞼に従い目を閉じた。
轟君が来たのは、別に友達だからとかだけじゃなくて、彼の個性が無かったらもっとハードモードになってたからです。
―金木君の人格について、私の解釈とこの小説内での設定の補足説明―
金木くんは、無印14巻での精神世界のようなところで、初めてお互いを認識します。それまでは自分が変わったのだと思っていましたが、正確には、幼い頃の虐待から生まれたもう一人の"苦行に耐える"人格が、ヤモリの拷問を切欠にして再び出てきたのでは、と。変わったのではなく、代わったんでしょうね。辛さに耐えるための人格の方が、強くなるには向いていると。少なくともこの小説ではそういう考え方だと思ってください。
それまではお互いにお互いを認識せず、そしてやっと、精神世界で真実に気付きます。"自分の嫌な事を、弱さを庇うために生まれた彼に押し付けていた僕"を。"彼を守るために生まれたのに、結局喰種を殺し、喰らって、彼の求めないだろう行動をして、大切な人を守れず居場所を奪ってしまった僕"を。
そして原作の彼等は「ごめんなさい」して和解し、一つになったのでしょう。そこでショックで空っぽになった場所に、
しかし、この作品0話では、和解したものの一つになるのではなく、黒カネキと呼ばれる人格の彼がもう一人を認めて、消えてほしくないと求め続けた為に、生まれ変わっても二人とも存在しています。
長々と説明しましたが、納得して頂けたかな…自分の考えを説明するのって、むずかしいですね。