失血が激しくて、目の前が暗い。
頭の中で、"
――見てられないよ。そろそろ僕と代わろう――
「だめだ……また君に、嫌なところだけ背負わせて逃げるだなんて……」
―――ふ、変なことを言うね。"僕"は"君"だろう?…それに、僕は君が辛い目に合わないために
「そ、んな……僕は君にだって、幸せになって欲しいんだ」
――君の、何気ない記憶を共有してるだけで、僕は十分幸せだけどね。じゃあ、少し長く休んでいて。それでいいでしょ?――
「でもやっぱり……」
「いいから」
「金木くん!」
目を開ける。
状況は"見て"いたけど、どうやらあの後一瞬気を失っていたらしい。
いつの間にか隣に来ていた緑谷君が、動揺した様子で僕の肩を揺すっていた。
「何ブツブツ言ってんだ…?痛すぎて気でも狂ったのかな。あれ食らって生きてる事がまずありえないけど、流石にもう限界か?動けなきゃいいや。すぐ死ぬだろ」
敵の声が聞こえる。
僕は意識が戻ったのを悟られたくなくて、もう一度目を閉じる。
「シー」
細目で緑谷君を見ると、彼は僕の言いたい事に気付いたのか敵に僕の顔が見えないように顔を近づける。敵からは友人に泣き縋る哀れな少年にしか見えないだろう。
僕は周りを観察した。どうやら脳無は僕のお腹を散々掻き回した挙句に、おもちゃに飽きた子供の様に放り投げたらしい。
近くに脳無の腕が落ちているのを見つけて、僕は目を伏せて緑谷君に囁く。
本当は、
「みどり、や君……そこに…落ちている腕、敵にばれないように、取れる?」
「え…うん。取れるけど、こんなのどうするの…?」
「変な、事…させちゃって、ごめん、ね」
僕はそっと渡された腕を片手で持つと、小さい穴同士が繋がって出来た広い穴があいている腹を押さえた。
ぷにぷに、つるん。
恐る恐る下を覗くと、案の定ピンク色のはらわたが飛び出していた。
腸が飛び出たクラスメイトに近づいて動揺しつつも話せるなんて、緑谷君は案外肝が据わってる。……別に腸と肝をかけてるわけじゃない。
僕はこの体の脆さに舌を打つと、腸を穴から適当に戻す。
腸は自然に元の位置に戻るから、団子結びとかにしない限りこうやって詰め込んでも何も問題はない。
僕は大きく口を開いて、筋肉が沢山付いて太い腕にかぶりついた。
――まずい。子供用の風邪薬のような味だ。苦味をシロップの甘さでごまかしたような、そんな感じ。
いや、どちらかというと、甘さを薬のような苦味でコーティングしているような味だ。とにかく、まずい。
「なっ!」
緑谷君が驚きに大きな声をあげて、敵がこちらに気付いてしまった。
だが、問題ない。一口飲み込んだ時点で、僕の腹の穴はふさがり、もう一口飲み込むと、僕の体に熱い何かが巡っていく感覚。
この感覚には覚えがある。"食事"の後、体にRc細胞が満ちていくあの感じ。もう何年も感じていなかった感覚だ。
困った事にこの
僕は自嘲の笑みを浮かべつつ、まずい肉の最後の一口を喉を鳴らして飲み込む。
ついでに口周りの自分の血を舐め取ると、僕は立ち上がった。
いつに無く、体がまるで羽のように軽かった。
「お前……なんで」
「死ななかったみたいですね、どうやら」
見え透いた挑発だが、敵の沸点が低かったのか、奴はがりがりと音がでるほどに首を掻く。
「なんで死んでないんだ?それどころか腹に傷一つ無いじゃないか……」
「回復しただけですよ。……あなたのお仲間にもいるでしょう」
じろりと睨み上げると、敵は苛立ったように叫んだ。
「殺せ!脳無!」
「下がって、緑谷君」
敵と僕の声が重なった。
無言で迫ってくる脳無を、先程より強力になった赫子で叩く。が、やはり生半可の攻撃は通らないらしい。
「チッ……やっぱり硬いな」
迫る脳無の速さに辛うじて対応しつつ、走る。やはりこの速さは、速さが特徴の羽赫の喰種の中でも相当早い部類にも引けをとらないだろう。
僕と脳無が戦う中央の広場には、足場になるような物が無い。
まぁ、特に問題は無いだろうけど。
「何やってる脳無!さっさと捕まえて殺せ!」
僕が簡単に脳無をあしらう様をみて、敵は焦れたように声を上げた。
途端に脳無の拳のスピードや重さが上がる。
まだ上があったのか。
だが、こちらもだんだん動きが読めてきた。まだ、大丈夫。
取り敢えず今は、脳無の拳を赫子で打ち払いつつ、対策を考えなければ。
そういえば、相澤先生を救うために脳無に攻撃した時は、割と簡単に腕が飛ばせた。
油断をしていたのか?だとしたら、意識した時だけに効果のある攻撃無効のような、または体を硬化する個性だろうか。
戦いながらあちこちへ移動する僕は、いつの間にかもう一体の脳無の背後に来ていた。
丁度いい。ぼーっと突っ立っているあの脳無に試してみよう……。――一体目と同じ"個性"とは限らないが。――
水色の髪の敵の横に立って、どう見ても油断しているというか、機械でいうとスリープモードのような脳無に僕は偶然を装って赫子で一撃叩き込んだ。
……?いや、効果は無い。
だが、僕が戦っている奴に比べると、どこかやわい。
多分だが、似たような個性でも上位下位があるし、そんなところだろう。
とにかく、意識の差ではない事は分かった。
「っ」
上から叩きつけるように殴ってくる脳無の拳を後方に宙返りして避ける。ついでにその途中で効かないとは思いつつ、カウンターのつもりで顎を蹴り上げるが、僕の空中姿勢が崩れただけだった。
僕は体を捻って、足から着地する。
「?」
何となく、お互いに攻撃できない間が出来る。
僕はこの隙に一瞬でもいいから冷静に考えようと、頭を働かせた。
そういえば、さっきあの敵が呟いていた言葉。
聞いた時は何のことか分からなかった上、すぐに戦闘が始まってそれどころじゃなかったが、脳無と戦った今、冷静になって考えれば何となく分かる。
ショック吸収…か。
つまり、瞬間で受ける衝撃が強いと、吸収されてしまうのだろう。
締め上げた時に腕をもぐ事ができたのは、そういうことだろう。
なるほど。攻略の糸口はつかめた。後は戦うだけ――
「カネキ?」
「!なっショート……!?どうしてここにっグ、!」
焦凍に気をとられた本当に一瞬の隙に、脳無の攻撃がいいところに入った。
だが、スピード重視だったので何とか貫通はしてない。すぐに治る。
ふと、敵が顔を覆う手の隙間で、いやな笑いを浮かべているのが目に入った。
「脳無…そいつを先にやれ」
敵が指差したのは焦凍。
脳無は命令を忠実に遂行しようと、一瞬で焦凍に迫る。
「させるわけ……」
僕が間に割って入り赫子を振るも、体を打つ赫子をものともせずに迫る。それどころか、掛かったと言わんばかりに左腕を掴まれる。
「ぐっ」
ばつん、と人体から出るにはありえない音がして腕を飛ばされる。
まさか先程の仕返しのつもりだろうか。……見た感じ、自分の意思で動いているようには見えないし、それこそまさかだろう。
僕はチッと舌打ちをすると腕が
普通だったら痛みでそんなこと出来ないが、僕はもう痛みを持たないので、何も問題ない。
時間をかけて新しい腕を生やすよりも、この場を片付けた後で腕を回収してくっつけた方がいいだろう。
「かっ、カネキ!」
珍しく焦ったような焦凍の声が背後から聞こえた。
加勢しようとする焦凍を、無事な手を上げて止める。……止めておけば良かった。手が血塗れだ。いや、全身血塗れだし、今更か。
「ショート、問題ないから下がってて……お願いだ」
懇願するように言うも、焦凍は食い下がる。
「いや、俺も戦う」
脳無を警戒しつつ彼を横目で見ると、力強い目は真っ直ぐ敵達を貫いていた。
どうやら折れる気が無いどころか、こちらの意見を聞くつもりすらないらしい。
僕は少し苛立ってさらに説得しようとするが、脳無の攻撃の策が浮かんだところで、奴の再生力の前では焼け石に水程度にしかならないだろう事を理解してもいた。
再生力に限界がある可能性もあるが、不確かな可能性に賭けるのは危険だ。
「……分かった。ショート」
「っ?何だ」
「僕が奴の四肢を絶つ。君はその瞬間に元の体の断面と、念の為体から離れた方の
「まぁ、出来るが……奴から四肢を奪うなんて出来んのか?」
僕の赫子が効いていなかったのに気付いたのだろう。
そう聞く焦凍に頷く。
「あぁ。大分
「っ……お前、まさか」
「来るよ。…始めよう」
まるで何かに気付いたような焦凍を無視して、
僕は、脳無が拳を構えるのをじっと見つめた。