金木研はヒーローになりたかったのだ   作:ゆきん子

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15話 危機

「ショートっ!」

 

伸ばした手は虚しくも空を掻き、終ぞ焦凍に届く事は無かった。

闇に視界を覆われ、次に視界が開けたときには全く知らない景色が広がっていた。

一面真っ白のここは、傾斜がきつく、更には吹雪いてすらいる。

吹雪の災害?

そう思った僕の耳に、微かな揺れと共にゴゴゴ……と低く"何か"が蠢くような音が襲う。

 

「?っ……まずい、」

 

僕は赫子を2本出して、近くに生えている中で一番立派な木に巻きつける。

それはすぐに襲ってきた。

 

山の高い方から低い方へと、積もった雪が一つの生き物のようにうねり、全てを飲み込まんと押し寄せる。

僕は振り子のように、赫子で掴まっている木を支点にして少しの距離を滑り落ちる。

木が折れないように注意をしつつ、しっかりと赫子の先の方を意識して力を込め続けると、やがて雪崩は収まり、白い世界は先程とは全く違う表情を見せていた。

寒くない。よく出来ているが、流石にこの量の雪を作り続けるのは色んな理由で難しいのだろう。

 

不意に、僕は複数の気配が自分の周りを囲んでいる事に気付いた。

 

「早く出てきてください。全員いることは分かっていますよ」

 

あえてどこへも視線を向けずにそう言うと、自分に言われたのだと勘違いしたらしい、チンピラ然とした集団が一斉に現れた。

……頭はあまりよくないらしい。

 

人数は1、2、3、4―――12人か。

急がないと、誰かが危険な目に合うかも知れない。

 

「あーら、あたしらんとこは大人しそうな坊や一人っきりじゃない。つまんないわね」

 

集団の中でただ一人の女(ヴィラン)が積もる人工の雪をものともせずにこちらへ一歩近づいてくる。

 

「貴女が彼らのリーダー、という認識でいいですか?」

「ふふ、そうよ」

「じゃあ、この襲撃の情報についてあなたが一番知ってるんですね」

 

腹の探り合い、鎌をかけるなんて器用な芸当は僕には出来ない。

それに、僕には時間が無かった。

 

「ええ。だけど、……教えるわけ無いでしょう?ボウヤ」

 

語尾に色気を滲ませた彼女は、化粧気の無い顔の鼻を中心として広がるそばかすが歪むほど唇を吊り上げる。

僕は目を細めると、手早くジッパーを下ろして、パーカーを脱いだ。

 

「そうですか。時間が無いので、多少無理やりにでも聞かせてもらいます、ねっ」

 

反動によって声を弾ませる。

 

一閃。

 

僕はその場から動かずに、赫子を伸ばして彼女の11人の部下達を伸す。

丁度綺麗に並んで囲いをじりじりと狭めてくれていたので、やりやすかった。

 

「へっ?…んなっ、なに!?」

「少し、手加減が利かなかったかも知れません…」

「はぁ?」

 

彼女は一拍遅れて周囲を見回す。やっと部下が全滅した事に気が付いたらしい。

脅しのつもりで傷つけられた自身の頬に指を這わせると、筋のように垂れた血が指に付き、彼女はそれを唖然と眺める。

女性の顔に傷を付けたのに多少の罪悪感は感じたが、仕方が無かった。

僕は未だに回復しない様子の彼女を問答無用で押し倒すと、彼女の顔の横に赫子を突き立てた。質問の()()()は覚えている。

 

「ヒィっ!」

「さて、時間が無いので手短にお願いします。オールマイトを殺すために、あなた達が用意した"策"とは、なんですか?」

「あ、あんた一体…」

 

もう一度赫子を叩きつけると、肩を跳ねさせて震える。

敵相手だといっても心苦しさはあるが、彼女等に配り歩くほどの博愛の心は、普通の人の僕には生憎持ち合わせていなかった。

 

「しゃべる!しゃべるからぁ」

「……」

 

僕は無言で、赫子を彼女の頬の数センチ上に浮かせたまま、尖った先でつつく様な動作をして先を促す。

 

「ひっ!の、脳みそ剥き出しの不気味な奴が、オールマイトに対抗する"モノ"だって、あの手をいっぱいくっ付けた男が言ってたわ!あいつは確か"脳無(のうむ)"って呼んでた」

「生徒の所には、その危険なヤツはいないんですね?」

 

僕はその特徴を持った存在が二人いたことを思い出して尋ねる。

彼女は首が取れそうなほどガクガクと頷く。

 

「そいつらの配置は?」

「よっ予定通りなら、中央の広場よ」

 

いい加減涙目になって震えるのが哀れで、聞きたい事が聞けたのもあり、僕は彼女を気絶させた。

焦凍も情報を集めたら、あの広場へ向かうだろう。

焦凍は強い。だが正直、オールマイト用に連れてこられた奴等を、焦凍一人で何とかできるとは思えない。

 

僕は赫子を引っ込めると、太ももにある大腿四頭筋にグッと力を込める。

瞬間的に最高速度に加速した僕は、次の雪崩が起こらない内に山を下った。

……置いていかれた敵達は、運がよければ助かるだろう。雪に慣れてそうだし、多分大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

走れ、走れ、走れ。

足が車輪になったように、前に進む道具でしかないと思い込め。

体力は大丈夫。残してある。

赫子も…戦闘する分には十分だろう。

 

やがて、最初に敵が現れてきた広場が見えてきた。

先生が戦っていた敵達は殆ど倒された後で、残っていたのは情報を聞き出した彼女の話していた、手の沢山ついた敵と、"脳無"と呼ばれている敵だけだった。

片方の脳無は手を付けた敵の傍に控えて突っ立っているが、もう片方の脳無は、うつ伏せに倒れる相澤先生に馬乗りになると、肘を鷲掴みにして力を込める。

この距離で聞こえるはずが無いのに、「ぼきり」「ぐしゃ」と耳に障る音が聞こえた気がした。

相澤先生の肘は目も当てられないほどにひしゃげていた。

 

僕は階段の方に回る時間を惜しみ、手すりに立つと、そこから相澤先生に圧し掛かる脳無の傍に飛び降りた。

 

「先生!」

 

叫ぶが早いか、僕の赫子が意思に従って先生の肘を掴んだままの脳無の腕に伸びる。

赫子をそいつの腕に巻きつけると、引き剥がすか一瞬迷ったが、相澤先生の腕に影響が出るだろうとそのままぎちぎちと締め上げ、前腕を引きちぎった。

つい加減を忘れて、戦闘を有利に進めるために弾き飛ばしてしまった腕を目で追って、僕は内臓を掴まれたような心地がした。

だが、杞憂だったようだ。脳無は僕と同等か……またはそれ以上の回復力をもって、瞬く間に欠損した腕を生やしてしまった。

 

取り敢えず過剰な暴力にはならなそうだと安心すると、僕は奴が回復している隙に相澤先生の体を引き抜いて、横抱きにして離れた場所に一旦移動する。

 

「先生、意識はありますか?」

「あぁ……何とかな」

 

痛みに顔を顰めてそう返す相澤先生に何かを言おうとするが、敵の雰囲気からしてそんな悠長な事はさせて貰えなさそうだと諦めた。

 

「少しの間、ここに居て下さい」

「待て…金木、つっ!」

 

なるべく優しく相澤先生を寝かせて手に持っていたパーカーを被せると、僕は自分の顔を覆うマスクにそっと触れる。

相澤先生を圧倒する敵は強いだろう。

謎が多すぎるが、あの力に加え、喰種の中でも高かった僕を超えていそうな再生力だ。一人だけでも厄介なのに、もう一人控えている奴がいる。

 

僕は動こうとしない脳無を観察した。

体格や見た目は似通った点が多いが、相違点もある。

奴は耳まで裂けたような口をしているのにも関わらず、その横には人の耳がきちんと存在していた。

相澤先生の肘を潰した脳無には耳らしきものは見当たらないが、それが正しい姿だとすら感じられる。

生き物として捻じ曲げられたような見た目をしているのにも関わらず、耳だけは人と全く同じ形。

まるで、"人だった頃の名残"、もしくは"無理やり人らしさを貼り付けた"ようで、僕は少し気分が悪くなった。

 

「お前、脳無の腕を……。まさか、知ってるのか?」

「――はい?」

 

悠長に考え事をしていると、手の沢山ついた敵が零した。

彼のくすんだ水色の髪の隙間から、赤い眼光が光る。目を瞠り、驚いている様子でもあった。

 

「なんだ、まぐれかよ……。脳無のショック吸収がばれてると思ったじゃないか……」

 

ぼそぼそと呟く彼の声は、聞こえないと思っているのだろうが、確かに聞き取れた。

だけど、いまいち何のことを言っているのか分からない。

 

「まぁいいや。生徒が死ねば、オールマイトも出て来ざるをえないよな」

 

男は、顔を覆う不気味な手の平の向こうで嗤った。

 

「―――殺せますか?」

 

僕の力で……通用するだろうか?

いや、守ってみせる。皆、僕が守る。

 

 

 

「やれ、脳無」

 

男が命令すると、この間無反応だった相澤先生を追いつめていた方の脳無が、僕にものすごい速さで迫った。

瞬間移動でもしてきたのかと錯覚してしまいそうな速さだ。

これは、下手したらオールマイトと同じくらい……!

 

「っ!あぶな、」

 

殴りかかってきた脳無の右腕を、両手で庇うようにガードする。

みしり、と軋む様な音がしたが、幸いひびは入っていなさそうだ。咄嗟にとった行動だったが、運が良かったらしい。

じいんと痺れを訴える腕を無視して、僕は後ろ回し蹴りを脳無の胴体に当ててみる。

だが、ダメージが通った気がしない。

ならばと弱そうなむき出しの眼球や脳を狙うが、部位によって弱点があるというわけでも無さそうだ。

体全体が、驚くほど硬い。

赫子で攻撃しても似たり寄ったりの反応で、何度かカウンターを食らう始末だ。

 

いったん立て直そうと離れた僕だが、そんな僕の目の前に、いつの間にか脳無が迫っていた。

 

「なっ!いつの間、ぐっ!?」

 

お腹に衝撃と痛みが襲って、目を下に向ける。

 

 

脳無の腕が、僕のおなかにうまっている。

 

 

太く隆起した筋肉を纏った腕は、薄い皮のコスチュームをやすやすと突き破り、僕の内臓をかき分けて剥き出しの背中へと貫通していた。

 

「金木くん!!」

 

遠くで誰かの声が水の音と一緒に聞こえる。

この声は、緑谷君だろうか。

誰かの悲鳴も聞こえた。

 

 

「あぁああああああ!ぎぃぃぃぃいいぃいいい、うご、がぺっごぱぁ!!」

 

 

何度も、何度も何度も何度も、脳無が腕を僕の腹に突き刺す。

悲鳴を上げてたのは、僕だった。

おかしいな、痛みなんてとうの昔に無くした筈なのに。

 

最後に潰れた胃から逆流してきた血を、パシャっと脳無の顔に吐き出す。

 

 

まずい、このままだと僕、し――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そ――ろ、かわ―――う――――

 

 

 

誰かの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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