金木研はヒーローになりたかったのだ   作:ゆきん子

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中学2年 理解

 

 

春だ。つまり、俺の学年が1つ上がった。

桜の花びらが風に流れて散っているが、不思議と俺にぶつかる事は無い。

その様子を目で追っていると、不意に金木が口ずさんだ。

 

「仏にはさくらの花をたてまつれわがのちの世を人とぶらはば」

 

歌でも歌うような口調でそう言った金木に目を向ける。

金木は何かを深く考えるような難しい顔をしていた。

 

「なんだそれ」

 

俺が聞くと、金木はこちらを見る。

 

「『わたしが死んだら、仏となったわたしには桜の花を供えて欲しい。わたしの後世を誰か弔ってくれるのならば』という意味だよ。平安時代に、西行という桜を愛した僧侶が詠んだ短歌」

「へぇ。なんか、さみしい短歌だな」

「そう?まぁ、日本人が儚いものを好むのは、昔から変わらないかもね。桜なんてその代表みたいなところがあるし。……開花から2週間ほどで散ってしまう、短命の花なんだよ。だからこそ、人は桜を愛するのかもね」

「そうかもな」

 

二人の間に沈黙が落ち、俺達はそろって何とはなしに散ってゆく桜を眺める。

そよ風が吹くたびに散る桜は、俺の目に確かに儚く、頼り無げに映ったが、青い空に映えた桜色が綺麗だと思った。

心地の良さに目を閉じた俺には、金木の表情を見ることは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺らの付き合いもそろそろ一年になろうとしている。

また夏のじりじりと肌を刺す暑い日差しが降り注ぐ。

日は延び、放課後だというのに家への道は昼間のように明るい。

俺と金木は最近あった、進路指導の二者面談について互いに話していた。

 

「ショートって、進路指導どんな話をしたの?」

「俺は……ヒーロー科っつうか、雄英行く方向で決まってる」

「雄英!すごいね……。ショートの氷の個性すごい強力そうだもんね……禁止されてるから、ちゃんと見たことは無いけど」

 

金木は思い出すように上目遣いで空を見る。

 

「そういうカネキはどうなんだ」

 

俺が聞くと、金木はんーと唸った。

 

「ヒーローになりたいって……漠然とした思いはあるんだけど、君のように志望校までは決めてないな」

「まだ中2なんだし、そんなもんじゃねえか。俺には目的があるから、こんなところで悩んでらんねぇってだけだ」

「目的。そっか」

「…お前も成績悪くないんだし、行こうと思えば行けるんじゃねぇか、雄英」

「そうかなぁ」

 

金木が苦笑する。

どんな個性かはよく分からないが、金木なら何とかなるんじゃねぇかと思ってしまう。これが身内贔屓ってやつだろうか。……違うか?

 

 

 

「焦凍」

 

 

 

背後から、嫌に聞きなれた低い声が聞こえた。

俺を下の名で呼ぶのは、家族と金木だけ。そして――その中には、こいつも居る。

暑さとは関係ない汗が頬を流れる。

先に振り返っていた金木に習い、俺もゆっくりと振り返った。

 

「焦凍……帰りか」

「……何の用だ」

 

俺の口から発せられた低く唸るような声に金木が驚いた様子を見せるが、構ってられなかった。

声を掛けてきたのは、よく知る人物だった。

不本意ながら俺の父親であるエンデヴァーは、俺と金木を交互に見る。金木を値踏みするような無遠慮な視線に俺は痛いほどに手を握りしめ文句を言おうとするが、その前に隣の金木が丁寧に頭を下げた。

 

「エンデヴァーさん、ですね。轟君にはいつもお世話になっています。金木といいます」

「ふん、これが人の世話を出来るとは思わんがな」

「いえ、彼は人を気遣えるとても優しい人ですよ」

「……そんな暇があるなら、1分1秒でも長く、個性の練習でもしたらどうなんだ、焦凍。お前には俺を超え、更にはオールマイトをも超えてNo.1ヒーローになるという使命があるんだ」

 

「……黙れよ……クソ野郎」

 

奴の言葉にか、それとも歯を食いしばって唸るように返した俺の声にかは分からないが、金木は俺達の関係を不審に思ったらしい。

……不審に思って、そして何かを納得したらしい金木は、自分よりずっと高い位置にある奴の顔を真っ直ぐ睨み付けた。

 

「たとえ轟君に使命があったとしても、それを決めるのはあなたじゃない」

「何だと?」

 

奴の顔に炎が噴き上がる。

だが、意外な事に金木は臆する様子もなく、俺の手首をぐっと掴んだ。

 

「何をするか、何になりたいか決めるのは、彼自身です。親といえども嫌がる子供を無理やりレールに押さえつける事は、出来ません!」

 

失礼します!

と最後に叫ぶように言った金木は、また奴に一礼して踵を返した。

当然。手首を掴まれたままの俺も一緒に付いて行く形になる。

が、なぜか全く悪い気がしなかった。寧ろ、胸のすくような、肩に背中に圧し掛かっていた重圧が一気に減ったような、感じた事の無い爽快な気分だった。

 

だが当の金木は中々に悲惨な顔をしていた。

顔を真っ青にしたり真っ赤にしたり忙しく、掴んでいる手はプルプル震えているような気がする。

 

「だ、大丈夫かな?絶対言い過ぎたよね。っていうか勝手に人様の事情に首突っ込んで、何様だよ僕……。エンデヴァーすっごい怒ってた……顔燃えてた」

 

……駄目そうだな。

度胸があるんだか無いんだかわかんねぇな。と口から出そうになった憎まれ口を水蒸気と二酸化炭素に変えて、俺は周りを見渡す。

いつの間にか全然知らない道に来ていて、土地勘の無い俺はとりあえず目に入った喫茶店に向かう事にした。

金木にも一応聞いてみたが、フラフラと頷くだけできちんと聞いているのかさえ危うい。

仕方ないので、今度は俺が掴まれた腕でこいつを引っ張った。

 

店のドアを開けると、耳障りの良いドアベルが控えめに鳴った。

カウンターの向こう側に居る店主らしき人物が寄ってきて、一瞬俺達の顔を戸惑ったように見比べたが、すぐに切り替えてメモを取り出した。

 

『いらっしゃいませ。お客様、でよろしいですね?』

 

どういう意味かたずねようと思ったが、すぐに中学生の二人組(しかも片方は異様に顔色が悪い)という落ち着いた喫茶店に似つかわしくない組み合わせの客が来たのだ。思わず確認したくもなるんだろう。

俺は初老の店主に頷いて答えると、案内された席に向かう。

心配だった手は、軽く引っ張ると案外簡単に離れた。

とりあえずコーヒーを二杯頼む。

店主は柔和な表情からは分かり辛かったが、薄手のシャツの下は相当に鍛えられている体があることは、体幹の全くブレないお辞儀から見て取れた。

 

カウンターの奥に引っ込んで直ぐにコーヒーの準備をする店主の観察もそこそこに、俺はこの状況をどうしようかと悩んだ。

が、やがてコーヒーが運ばれてきて、金木は自然な動作でそれを飲むと、ほっと息をつく。

そこで、自分が移動している事に気が付いたらしい。

 

「あれ?僕、いつの間に帰ってきて…?」

「俺が連れてきた。"帰ってきて"って、どういう意味だ?」

「あ……ごめん。ここ、僕の家…なんだ」

「へぇ」

 

さっきの確認にはそういう意味も含まれていたのかもしれない。

金木のコーヒー好きは家の影響だろうかと思う俺に、金木が窺うような視線を送ってきた。

 

「なんだ」

「なんか…本当にごめんね。君の家の事情に勝手に首突っ込んだりして」

「別に、いい。こっちこそ、変なとこ見せて悪かった。俺のことなのに、お前に言い返させたりして、悪ぃ」

 

金木は困ったように笑う。

 

「ううん。そう思うなら、謝るんじゃなくてお礼を言って欲しいな。ほら、これでも一応ヒーロー志望だし」

 

そう言って笑う金木に、知らずに入っていた肩の力が抜ける。

金木が俺をただの"轟焦凍"としてみていたから、いざ、奴との関係を目の前で見られたら見方も変わるんじゃないかと、不安…だったのかもしれない。ダサいな。

 

「あぁ……救かった。ありがとう」

「っうん」

 

満足げに笑う金木に照れ臭くなった俺は目を逸らし、そのまま店にかかる落ち着いたピアノのBGMを聞きつつ、お互いに無言でコーヒーを口に運ぶ。

空になったカップになんだか居心地の悪さを感じた俺は、金木に目を合わせられないままに口を開く。

 

「聞かねぇのか」

「何を?」

「……俺とあいつが、険悪な訳とか」

「聞いてもいいの?」

 

自分の好奇心でなく俺の気持ちを優先する金木は、どこまでも大人に見えた。

少なくとも母や自分の子を道具としか見ていない奴より人間が出来ているのは確かだろう。

 

「別に隠してることじゃねぇしな」

「分かった。じゃあ、教えて。君の事」

 

じっとこちらを見てくる視線を感じるが、俺は話を整理するために1つ息を吐く。

 

「……万年2位のヒーロー"エンデヴァー"。それが俺の親父だ。…自分でオールマイトを超えられねぇと悟った親父は、いつしか自分の力を半分持った、優秀な存在を()()()事にした。……『個性婚』、お前も聞いたことはあるだろ」

「うん。今ではずいぶん古くて、人道に反するって理由で問題になった…」

 

自身の個性をより強化して継がせる為だけに配偶者を選び結婚を強いる。親から子へと、遺伝することの多い個性の性質を利用した、胸糞の悪くなる、唾棄すべき前時代的な慣習だ。

 

「実績と金だけはあった親父は母の親族を丸め込み、母の"個性"を手に入れた」

「!」

 

金木が息を飲む。

俺は一息に言ってしまおうと、右の拳を強く握る。

 

「親父は、個性が発現したばかりの4歳の息子に、血反吐を吐くような厳しい特訓を課した。自分の血を半分流した息子にオールマイトを超えさせて、自身の自尊心と自己顕示欲を気持ちよく満たそうってこった。……俺はそんな屑の道具にはならねぇ!」

 

「俺の記憶にある母は泣いてばかりだ……「お前の左側が醜い」…そう言った母は、俺に煮え湯を浴びせた」

「……」

「俺には目的があると言ったよな」

「うん」

「俺は、あの野郎の個性を使わずに、雄英で一番になって……奴を完全に否定してやる。それが俺の……使命だ」

 

語気の強くなる俺に、金木は目を伏せて黙った。

ここまで話したくせに緊張の為か喉が渇いた俺は、コーヒーのカップを持ち上げて傾ける。

だが、一滴苦い汁が流れてきただけだった。どうも、先程飲み終えていたのを忘れていたらしい。

 

「焦凍」

「……なんだ」

「手、傷つくよ」

 

言われて見下ろすと、感情が高ぶったせいか強く握った拳は白くなっていて、爪が皮膚に食い込んでいる。

大人しく手の力を抜き、ついでに肩の力を抜いて項垂れるように頭を垂れた。

 

「そっか……話してくれてありがとう」

「いや、俺も改めて整理が出来てよかった。おかげで、目標を見失わずにすむ」

「……取り敢えず、今日は泊まっていく?」

「は?」

 

間の抜けた声が出る。

それくらい脈絡の無い提案だった。

 

「僕と店長――さっきのおじいさんね――は上の階で寝泊りしてるんだけど、部屋がまだ余ってるから」

「……迷惑じゃないのか」

 

俺はそう言った自分に少なからず驚いていた。自分の中で、金木の提案を無意識に受け入れている事を意味するからだ。

 

「もちろん。ほら、旅は道連れってね?ベッドが無いから、申し訳ないけどソファーか……僕のベッドを貸してもいいし。着替えも取り敢えず僕のを貸すよ。多分…ぎりぎり大丈夫そうだし」

「……分かった。世話になる」

 

ありがたかった。あのクソ親父と今日だけでも顔を合わせずに済む事も、金木が下手な慰めの言葉や同情を寄せたりしなかった事も。

 

 

 


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