金木研はヒーローになりたかったのだ   作:ゆきん子

1 / 39
0話 花畑の死神

――彼アイヌ、

 

 

おぞましいほどに禍々しく、そして美しい赤い花畑。

白いものが二つ程、向かい合ってありました。

 

 

 

 

眉毛かがやき、

白き髯胸にかき垂り――

 

 

 

 

白い死神とあわれな仔

 

 

 

 

――チセの()に萱畳しき、

さやさやと敷き、

(いつ)かアツシシ、

マキリ持ち、研ぎ、あぐらい、

ふかぶかとその眼()れり。

 

 

 

疲れていた。

もうやめて(休んで)しまいたかった。

舌で歯の裏をなぞり、口蓋をくすぐる。……甘い味がした。

 

 

 

彼アイヌ。

 

 

 

でも、ヒデが……トーカちゃんが、店長、ヒナミちゃん、古間さん、入見さん、四方さん……

皆、皆。

守らなきゃ、僕が、僕が

 

 

 

 

アイヌモシリ(蝦夷島)の神、

オイナカムイ(古伝神)

オキクルミの(すえ)

ほろびゆく生ける(ライグル)

夏の日を、白き日射を、

 

 

 

 

両目が無い。

きっと今頃、木のうろのようにぽっかりあいたがらんどうの眼孔が虚空をみつめているのかもしれない。

あれ、僕は何をしていたんだっけ。

 

脳みそがとろけるような快感。

 

いたい?きもちい?

 

 

 

――うなぶし、ただ息のみにけり。

 

 

「……にじゅうはち…にじゅういち…―――」

 

 

 

ぼくは

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい町並みだ。

ここは、昔僕と母さんが住んでいた……

 

 

「――母さん」

「おかえり、研」

 

小さな背中をちぢこませるように丸めて、内職の花を作っている。

僕が知ってる母さんだ。

 

母さんは何を言っても仕事をやめなかった。

母さんは自分ひとりで周りの全部をどうにかしたくて、結局自分自身を追い詰めた。

そのせいで……

 

僕は結局、伸ばしかけた手を戒めるように握り締め、母さんに()()()()()()()()記憶の家に背を向けた。

玄関でもう一度振り返る。

母さんは結局僕を見なかった。昔も、今も。

 

僕は結局何がしたかったんだろう。

 

周りを救っているつもりで、守っているつもりで、

結局一番かわいいのは自分だった。守りたいのは自分の幸せと平穏だった。

 

僕も母さんとおんなじだ。

 

優しくなんかない。小心者で怖がり。

孤独を恐れるばかりで……

 

僕が守りたかったのは、守っていたのは。

母親を待ち、一人で父の本を読む。

――この、砂場で一人で遊ぶ、小さな子供だった。

 

僕はただ、この子を一人にしたくなかった。

 

僕は結局、自分の事しか考えてなかった。

トーカちゃんの言ってたとおりだ。

 

「上手だね」

 

僕が隣にしゃがんで声を掛けると、その子は最初は不安そうに、だがやがて控えめに子供のつぶらな瞳を輝かせて、自分が作った砂の作品を解説する。

 

「う、うん。…えっとね、これが水路。トンネルに住んでる人たちがこの水を飲めるんだ」

 

明るい笑顔を横目に見て、うんうんと頷く。

それだけで嬉しそうにまたキラキラと目を輝かせる様は微笑ましかった。

 

「こっちはぼくとおかあさんの部屋」

「そっか。……暗くなるよ、そろそろ帰ろう」

 

僕が立ち上がり手を差し伸べると、"ぼく"は戸惑いながらも安堵したように手をとった。

 

 

 

僕はぼくの手を引いて歩いていた。

記憶は一歩進むごとにふわりと花を咲かせ、一歩遠ざかるごとにぴしゃりと赤い飛沫を撒き散らして爆ぜた。

空には気持ちの悪い雲が浮かび、僕は自分がどうなるのかを知る。

 

僕の目はもう覚めないだろう。

 

 

不安そうに僕の手を掴む少年を見ると、丁度目が合った。

 

「……君は…」

 

うかがうように上目遣いでこちらを見るぼくに微笑む。

 

「お母さんの事…好き?」

 

顎に手をやって控えめに頷く。

 

「…うん。おかあさんはえらいんだよ。いつも夜までがんばってて……」

 

 

「僕も大人になったら…」

 

 

なんとなく感じた違和感に視線を隣へ落とすと、年に見合わない大人びた笑顔があった。

 

「お母さんみたいに、誰かを助けてあげられるかなあ…」

 

ひゅっと息を呑む。

また背後でピシャッとはじける音がしたが、気にならなかった。

 

「……ごめん。ごめんよ」

 

息を沢山含んだかすれた声が漏れる。

 

「僕のせいだ。ぼくが、きみを」

「ぼくは、何てことを」

「ぼくのせいで…」

 

小さな体にすがり付いて泣き崩れる。

「ごめん」「ごめんなさい」と謝り続ける僕に、小さな体が動いた気配を感じ、肩が微かにはねる。

責められたっていい(いっそ責められたい)

 

でも、"僕"は僕の頬をそっと両手で包んだ。

いつの間にか大きくなっていた彼は、同じように膝を突き、額同士を優しく当てて軽く擦り合わせる。僕の白い髪と、"僕"の黒い髪が混ざり合っているのが滲んだ視界に見えた。

手は僕のうなじにそっと添えられ、優しく包み込むように、全てを許すように僕を抱きしめた。

 

「…僕たちは醜いね。……大丈夫、君は何度も僕を助けてくれたじゃないか」

助けて(認めて)欲しかった。手を差し伸べられたかった」

「でも、いいんだ。君がいたから。弱い僕のかわりに戦ってくれて、守ってくれた君がいてよかった」

「……怒ってないよ。今までありがとう」

 

風が吹く。温度なんて感じないが、いつの間にか辺りにはあかい花もしろい花も無く、空はただ青いだけだった。

僕はぶら下がっていた両腕をそっと上げ、自分を包み込むあたたかい体温を逃さないように抱きしめ返した。

ゆっくりと風に溶けていく。

最後に後悔……のようなものが湧き上がって口をついて出て来た。

 

「……最後に、母さんのハンバーグ食べたかったな」

「うん…」

「もう、人を傷つけるのは嫌だなあ」

「…うん」

「人も、喰種も、食べたくない」

「そうだね」

 

「少し……休もう」

 

 

 

 

意識は灰になって散り始める。

風に崩れる僕らの体が溶けて混ざり合う中で、僕は小さい頃のちょっとした夢を思い出した。

周りの子供たちが元気にヒーローごっこをする姿。僕はそれをうらやましく思いながらも、家の書斎から持ってきた本で顔を隠しながらこっそり見つめていた。

あの頃、他の皆と同じくヒーローにあこがれていた。もしかしたら、この年になった今でもそんな事をどこかで思っていたのかもしれない。

 

 

 

――金木研()は、ヒーローになりたかったのだ。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。