スパロボOG TENZAN物   作:PFDD

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エルデンリングが発売するので初投稿です。


オペレーション・ナインブレイカー 3

 時間は、シャイン・ハウゼンの宣戦布告/救出要請の前に巻き戻る。

 

『リョウト・ヒカワ、アーマリオン出ます!』

 

 四方に配置されたスピーカーから響くリョウトの声と、重力カタパルトによって固定化された磁場が開放された影響で、船内をぐらりと揺らした。通常であれば揺れなどは起きないはずが、スクランブルにより重力場の形成・解放工程を幾つかカットした為だ。それでも最小限の揺れだけで収めたのは、重力制御のメインをあ号たちの念動力でコントロールしている以外に、微調整を行える伊400メンバーの自負と責任感によるものだろうと、短くも濃い付き合いをしていたシャインは察することができた。

 

「……本気でいっているのかい、シャインちゃん……いや、シャイン王女?」

 

 その揺れが収まるかどうかのタイミングで、ヴィルヘルム・V・ユルゲンが今まで集中していたコンソールから顔を上げ、こちらを見た。その目には明らかな戸惑いが浮かんでいる。ちらりと横目で伺ってくるストラングウィックの視線も同様だが、その手は忙しなく動き続けているため、こちらを正面から見据えることはないだろう。

 

「ええ、本気です。このままでは包囲網を抜けられません」

 

 その手も、再度の予言/確信を告げると止まってしまった。自分の声が、自分で考えているよりも小さくなってしまったことに、自身の決意の弱さと認識して、深く息を吸い込み、顔を上げる。

 

「ですから私がR-1で出て、突破口を開きます」

 

 そしてもう一度、今度はガラスの向こうの格納庫にまで届くようにと声を張り上げ、宣言する。俯いたままのリュウセイも、その声量の大きさにわずかに顔を顰めつつ、面を上げた。

 

「……そんなバカなことを言うのは止めなさい。公的には貴女は人質だ、他の誰かが貴女を乗せて表に出るならともかく、王女自身が戦うとなれば話は別……自主的にテロ活動に参加したこととなって、王女、いや政治家としての立場が危うくなってしまうよ」

 

 何より、と怒りを必死に押さえつけいる様が、震える腕と拳が見て取れた。それによって額に深いシワを作りつつ、ユルゲンは感情を紡ぐ。

 

「君みたいな歳の子が……娘の友だちの君が戦場に出るなんて、反対だ」

 

 家族思いという根を持った、真っ当な大人としての言葉だ。公私ともに、正論といえるだろう。もし自分がただの見送る立場でしかなく、親しい人が死地へと向かおうとすれば、同じ激情を抱くだろう。いや、もしかすれば、自分も一緒に行くことで"安心"したいかもしれない。

 

「……ご心配、ありがとうございます。それでも、行かなければなりません」

 

 だからこそ感謝し、謝罪する。アーマリオンから届く音声から、リョウトが参戦したことがわかった。ならば一刻の猶予もないが、それでもなすべきやり取りはある。

 

「予知、か。先程共有されたビジョンが、まだ消えないからか?」

「その通りですわ、ストラングウィック博士」

 

 シャインの意図を汲み、顔を向けずに助け舟を出してきたストラングウィックに同意し、苦々しげに視線をキツめたユルゲン博士を見返した。先程の予知/イメージでは、伊400そのものが狙われていた。さらに言えば、乗員が脱出したような形跡はなく、機雷に囲まれている以上、現在進行系で"四方"への脱出の余地などない。もしかしたら投降はしているかもしれないが、それにしてもアーマリオンごと母艦を破壊するのは合理的ではない。"ゼノリオンが映らない"ことと関係しているかもしれないが、どちらにしろ、シャインとしてはこのまま人質役として大人しくする気持ちはなかった。

 

「このまま何もしなければ、トニーも、マリーも、エメさんやジジさん、皆様……みんな、死んでしまいます。私の前で無辜の方々を見殺しにするなど、2度と御免ですわっ」

 

 己の気持を胸を張って伝え、ユルゲンとストラングウィック、そしてガラス越しに様子を伺うクルーたちを見渡した。

 緊張も、恐れも、死への恐怖もある。それでもこのまま座していれば、ここにいる人の殆どは死んでしまう。それでは国が焼かれた時と同じだ。何かできるのに、何もできず、たただ目の前で愛すべき人々が殺されていくのを見ていることしかできなかった、ほんの少し前までの自分。そんなこと、声に乗せて宣誓した通り、2度と御免だ。

 この数日間を共に過ごし"ただのシャイン"を見出してくれた人々を見捨てることなど、彼女の幼心/我儘と、そして貴きたれと願われた血と誇りが、決して許さないのだ。

 

「……貴女の言いたいことはよく理解できた。良くも悪くも、彼に影響されてしまったようだね」

 

 シャインの圧に根負けしたように、大きくため息をついて、ユルゲンは態とらしく頭を振った。だがその眉間の皺はより深くなり、彼の頭の中で多くの懸念材料があることを察した。

 

「大きな問題は2つ。1つは先程と同じく、貴女がテロリストに加担したという証拠が残ること。2つ、R-1は念動力専用機であり、貴女では操縦できないこと。確かにシミュレータで一度動かしてもらっているが、それはあくまでシミュレーション上でのこと、実機で通用するとは限らない。政治的にも科学的にも、不可能に近いんだよ、シャインちゃん」

「あら、それならば解決方法はあります」

 

 その悲痛で、その内にシャインという一人の少女に対する優しさを押し込めたユルゲンの顔に対して、いらぬ心配はさせないよう、強がりで作り上げた笑みを返す。さながら恋した彼に似た強引極まる方法だが、それは偶然か、はたまた恋心故かのモノマネだろう。

 

「まず私が出ることは、単純な人質であること、そして遠隔操作であると言えばいいのです。折角あちらにはP・ネットワークの詳細が伝わっていないのですから、そういうこともできると誤認させてしまえばいいのです」

 

 リョウト・ヒカワがP・ネットワークの情報を連邦に話していることは、伊400の子供組含めて知っていることだ。シャインもシミュレーションの際にちらとそのことを聞き及んでいる。リュウトの知っている限りの情報を伝えている、つまりはリョウトがいなくなった後でストラングウィック達が作った技術は知らないということだ。

 そうはいっても、完成形ともいえるシェースチとスェーミ、実験体のあ号たちというサンプルはあれど、ブレイクスルーのようなものまではできていない。それができるだけの技術力があれば態々アードラーを追う必要はないし、何よりあの地獄から回収した資料も殆ど奪われてしまっている。ただ、そのようなDC内のゴタゴタを敵対組織の連邦と、当時のリョウトが知りようがない。

 故に、P・ネットワーク技術を使った遠隔操作という情報が、ブラフとして機能するのだ。

 

「……ふっ、我々は王女を盾にする極悪人ということか」

「それは……ええ、貴方達に責を負わせてしまうことです。ですが、もともと、私を攫った時点で極悪人ではないでしょうか?」

「言うじゃないか、王女様」

 

 先程とは打って変わって、こちらの案に対して最も分かりやすいデメリットを口にしつつ、シャインへ振り返ったストラングウィック。その目は挑発的な光を帯びているが、声音は真剣そのものだ。それだけで彼もまた死にたくないし、この船を守りたいのだと、痛いほどに理解できる。

 人質、かつ遠隔操作の機体に乗せる。何も知らない第三者から見れば外道の行いだ。それによって伊400のメンバーにいらぬ不名誉を負わせてしまうことを幼いながらも理解しているし、腹の内から酸っぱいものがこみ上げそうになる。だが、シャイン・ハウゼンをR-1に乗せてもらうには、この言い分が今考えうる中でベターなのだ。シャイン・ハウゼンが乗り込むことに加え、未知の機能での遠隔操作ということにすれば、相手も強く攻勢に出れなくなるはずだ。

 それによって生きる芽が出なければ、風評も何もないのだ。

 

「そして、シャイン・ハウゼンが誓いますわ。この危機を乗り越えた後、貴方達が負う悪しき風から、一人の王族として守り抜くと」

 

 更に王族として、彼らの保護を宣った。ただの言葉で、保証もなにもない空手形だ。だがシャインはこの瞬間、己の血に、言葉を誓った。

 しん、と一瞬の沈黙が降りる。シャインの喉が急に乾き、無自覚に握りしめたシャツに、脂汗が滲んでいた。

 

「……まさか、娘と変わらない子から、こんなことを言われてしまうとは……私もヤキが回ってしまったな」

「ですが、極悪人らしい様でしょう、あんなバカに付き合ってるんですから、こういう事もありますよ」

「違いない……あとでマリーに叱られるな……」

 

 沈黙は五秒程度だ、しかし当事者たちには数十分にも感じた空白は、ユルゲンの諦観の吐息と、ストラングウィックの軽口で破られ、同時に2人の目にはギラついた光が宿った。

 通った、とシャインは内心で拳を作り、そして戦いに身を投じることを改めて自覚し、足が震えそうになった。

 それを作った拳でそのまま叩いて抑えると、だが、とストラングウィックは眼鏡を縁を直しつつ、シャインへと問いかけてきた。

 

「シャイン・ハウゼン。君を出す理由はわかった。ならばR-1の操縦はどうする? いくら操縦桿はシミュレータのを流用できようが、あの機体は念動力者専用機だ」

 

 いかにもできる科学者前として格好つけたストラングウィックが、手元を見ずにコンソールを叩きながら、今度は前提条件を突きつけてきた。ユルゲン博士も頷きつつ、同じようにキーを叩き始めている。

 R-1は念動力者、それもリュウセイ・ダテ用に調整された特殊なPTだ。他の念動力者であれば不快感を耐えながらの操縦となり、非念動力であれば戦闘用のプログラムすら立ち上がらない。そのことは実際に起動実験を掃除のついでに立ち会い、また予知という特殊能力者でのサンプル目的に無理やり操縦席に乗せられたシャインも理解していた。

 だからこそ、手は限られる。

 

「ええ。そこは私ではダメですわ。ですから……」

「俺が、一緒に乗る」

 

 今まで只管に沈黙を保っていた、いやそうするように頼んでいたリュウセイが、ここで割り込んできた。事前に伝えた通りだ。

 連邦軍の捕虜は音を立てて椅子から立ち上がり、縄で縛られた両手をそのままに、2人と、そしてR-1を見据えて、重々しくも口を開いた。

 

「あんたらが、テンザンが何を知っててこんな状況になってるか、俺にはまだ全然わからねぇ。けど、この船には子供が乗ってて、そしてあんな"死"のイメージを見せつけられちゃ……黙っちゃいられねぇ」

 

 リュウセイには基本的にろ号が監視についている。それ即ち彼もP・ネットワークに繋がっていることと同義であり、シャインの見た予知を強制的に共有されていたのだ。そのことはこっそり協力を要請する時、本人から確認した。勿論、リュウセイからもシャインが表立って戦うことには、小声ながらも強く反対された。だがその意見も、ユルゲンとストラングウィックとの話を聞いて判断するように言えば、少しの間保留された。

 その後にリュウセイが本当に協力してくれるかは、半ば賭けだった。どんなにらしくないとはいえ、リュウセイ・ダテは軍人なのだ。

 

「連邦の人、いや"軍人"がさ、無抵抗な子供を殺すなんてやっちゃぁいけないことだろ。ライやアヤ、いや教官だって、そんなのは御免だって言うはずだ」

 

 だが、"若い軍人"だからこその感情、そして何よりリュウセイ自身の善性と仲間への思いが、シャインの賭けを勝たせた。

 

「……そこは、投降を促す場面じゃないのかい?」

「そうかもしれない。けど、"今すぐそれはできない"って……今の、俺自身の我儘以外にも、あるんだ」

 

 ユルゲンの問いに答えつつ、リュウセイは両手を縛る縄を解いた。シャインが信用してもらうために事前に緩めていたのだが、それにしてはキレイに解けてしまった。さながら"不可視の手で"触ったように。

 

「予知じゃないけど、このまま放置してたら"ヤバイ感じ"になるのはわかる。だから、今だけはあんた達に協力するよ」

 

 そうなのか、と思わず目を見開いた。協力のための意思は、リュウセイの別の資質にも起因していたとはさすがに考えていなかった。念動力者というものの特異性はこの船の中で散々知っていた気がしたが、シャインの想像以上だったようだ。それはストラングウィックとヴィルヘルムも同様だったようで、気むずかしげに眉をひそめていた。

 

「……なるほど、これがあいつの言うサイコドライバーの資質、いや直感というのか?」

「そういう意味深な情報も、ちゃんと聞き出さないといけないしな」

 

 ストラングウィックの感嘆に、リュウセイが軽口を叩きつつ、アイツもそう言っているし、と溢れた小声に首を傾げるが、しかし今は時間が惜しい、と頭を振る。

 

「リュウセイさん、ありがとうございます。エスコートをお願いいたしますわ」

「っ、ああ、任せろ」

 

 汗を拭った右手を差し出すと、意図を察してくれたリュウセイもまた手を伸ばし、握手した。

 おそらくはたった一度だけ、たまたま一緒に乗り合わせただけの急増タッグ。互いに命を預ける理由は、本来は敵対するはずの人々。シャインがよく知る歌劇にもこのような演目はなく、三文芝居にも満たない理由だ。だが、今を生きる少女と青年には、十分なものだ。

 

「いいだろう、ならば馬車と馬は、俺たちで用意してやる。整備長、聞こえていたと思うが突貫仕事だ!」

「アルウィック君、聞こえているか! R-1も出す、Gカタパルトの準備をしてくれ! ジジはR-1のT-LINK系の調整を頼む!」

『とっくに姫ちゃん用に調整してる! 壊れやすいから優しく扱えよ!』

『あ号たちがさっきから無茶言うなって煩いんだぞ! オーバーブーストの準備もしてるってのに! 少しは加減してよ兄さん!?』

『こちらジジ、後2分待って。サブシートにコピーしていたシステムの一部を移してるわ。これで制御系と操縦系は分離できるはずよ』

 

 そしてそれに応えてくれる人々が、この船にはいる。元々一人の我儘で旅を始めた面々だ、絶体絶命の状況であるはずなのに、これぐらい朝飯前だと、テキパキと対応していた。

 

「それに、さっきの条件も忘れないでくれよ、姫さん」

「ええ。わかってますわ! それでは早速、こちらへ向かってくるお二人を叩き出しましょう」

「……はぁ?!」

 

 だからこそ、笑顔で今やるべきこと/爆弾をぶん投げた。

 

 

 

 暗い、暗い海底を這うように進む2つの機影、通常の機動兵器よりも巨大なそれは、スクリューモジュールが取り付けられたジガンスクードとグルンガストだ。周辺には、ワイヤーによって海底と結ばれた機雷が等間隔に配置されているが、2機はその中をスイスイと進んでいる。その行動は特機特有の強固な装甲に頼った強気ではなく、単純に"道"を知っているが故のものだ。

 

『ったく、空き巣みたいで嫌になりますよ』

「たしかに。お姫様を救いにいくってのに、なんだか攫いにきた気分だ」

 

 周囲の環境光から自動的に暗い照明となっているグルンガストのコックピット内で、イルムガルド・カザハラは本作戦を同じように任せられたタスクの愚痴に乗った。気分が乗らないことは事実だが、軍人である以上、上からの指令は"原則"従うのは本分だ。特に真っ当かつ政治的な意味合いもあるとなると、どんな内心を抱こうとやらなければならない。軍人の悲しいところだな、と軽口を返しつつ、サブモニターに表示されたマップと進行ルートを確認する。

 ジブラルタル海峡を封鎖した機雷は、事前に待機していたハガネが設置したものだ。ハガネは先のリクセント公国戦でハッキングを受け、その機能を戦闘中に回復したとはいえ、一度侵入を許した以上、バックドアなどが残されていないかの大規模なメンテナンスが必要だ。そういう状況にも関わらず上からの指示によって本作戦への参加を要請されてしまい、まだ復調してはいないとダイテツが異議申し立てを行ったが、力及ばず従事することとなってしまった。しかし上層部もダイテツの主張はもっともだと認識しているのか、事前工作・一時的な拠点・バックアップのみとなった。その役割の都合上、ハガネが直接戦闘へ参加することはなく、あくまで大多数のダミーを含めた機雷設置・機雷の有線コントロール・作戦完了後の爆破処理を含めた撤去が主な作戦となっている。

 スペースノア級の建造理念からすればそういう工作作業にも十二分に対応できたが、前回の戦闘結果から万全な状態に回復させたいと考えていたハガネのクルーからすれば、艦長同様、参加自体に不満があった。だからといって手を抜くということはなく、もう一つの任務、本作戦のフェイズ3"シャイン・ハウゼン救出"のため、機雷散布で伊400の動きを封じつつ、特機が通れるだけの安全なルート構築などはきっちり行っている。実際、海中で待機するハガネから発進した2機は、これまで一度も触雷することはなかった。

 

『一応、攫ったのは向こうなんすけど……あのやり取りとか見ると、どうにも後味が悪くなるような……こう、よくある童話の悪者みたいな……』

「タスク、お前にしちゃ妙に詩的じゃないか。好きな子でもできたか?」

『べ、べべ別にそんなんじゃねーすよ! ただこう暗いと、センチになるっていうか……』

「ま、そりゃそうか。上からの強引な命令に、王女奪還とはいえ力任せな作戦。相手の戦力を換算したとはいえ、オーバーキルも甚だしいこっちの戦力……これで相手がシュウ・シラカワやアードラーみたいな他のDC将校一派とかなら、まだ納得できたんだがな」

『……そっすね』

 

 沈黙の中で二人が同時に行ったのは、回想だ。

 イルムもタスクも、何度もテンザンとは戦ってきていた。特に直近では東欧のギガベース救援で、ゼノリオン/テンザンにイルムは敗北している。しかし、殺されることはなく、不幸にも発生しかけた同士討ちを庇われてすらいた。そのせいでテンザンの人物像が、今まで築いていた"奇妙な存在感を持つDCのエース"から揺らいでいたところに、先日のリクセント公国での振る舞いを映像越しに見たのだ。一度ぐらい仕返ししてやりたい気持ちはあるが、どうにもただの敵ではないという考えが根付いている。

 それは、戦場や組織の中で培った、信じるべき勘とも呼べるもので、同時に部隊全体に広がっている空気だった。

 

『仲間を救うためねぇ……人質でも取られてるんですかね?』

「そういう単純な話だったら、リョウトはとっくに話してるだろ。向こうの持ってるP・ネットワーク技術絡みだと思うが……どうにもきな臭いんだよな」

 

 その点は生来の勘と鼻の良さに加え、政治的なことにも足を突っ込んだことのあるイルムだからこそ感じるものだった。

 件の技術についてはギリアムや超能力研究所への個人的なツテ、更にはリョウトの指導からその正体は掴んでいる。念動力によるテレパシー技能の向上と仮想空間の設立を目指したその概念は、発想自体はそこまで突飛ではない。しかしそれを為すための過程が狂気染みているのだ。ギリアムがアイドネウス島にわずかながら残されていたデータには、意識を持たせたまま人体を解体し、脳の摘出した上で別の生き物へ移植するなど、人道とはかけ離れた痕跡が残されていた。データは一部の人間にしか開示されなかったが、あのイングラムですら眉間に皺を寄せる程、外道の手法が使われているのだ。

 タスクはこのことを知らない。しかし念動力の適正があると判断され、P・ネットワークの修行を行った後日、夜中に妙な夢を見たと愚痴を零したことがある。幸い一度切りだったそれは、しかしばらつきはあれど、修行をした全員に見受けられた。更には一部の人間だけで共有されている話として、リュウセイがリョウトとP・ネットワークを用いてリンクした際に鼻血を出していたこともあった。

 念動力に対しては門外漢のイルムでさえ、危険と隣り合わせの技術であるというのは明白だった。風のうわさではあのコバヤシ博士からも、"発展性はない"として研究を中断した技術と聞いている。それが世界を滅ぼす究極ロボがいた島の奥深くで未だ胎動していたなど、出来の悪い陰謀論のようだ。

 そのような後ろ向きな思案は、地図データの更新によって終わりとなった。目的地はもうすぐ目の前だ。確認のため赤外線センサーの感度を上げると、モニターに新西暦前特有の長方形な機影が映し出された。

 

「そろそろだな」

『せめて、大人しく捕まってくれよー』

 

 タスクがよくある念仏を唱えるのを聞き流しながら、グルンガストを上昇させる。合わせてジガンスクードがたどり着いた目的地/伊400の底部へ回り込む。こちらの計略がうまくハマり、機雷群で下手に動けない状態に陥っているようだ。加えてこの周囲は先程のヒリュウ改の砲撃によって、音波としてはまだ荒れている状態だ。如何にソナー要員の耳がよかろうと、加えて接近する特機にも気づけないだろう。万が一気づかれれば、過去の戦闘データにあった、船体下部の展開式主砲が脅威となるだろうが、それを強引に抑えるために、ジガンスクードが参加することとなったのだ。

 ここまで詰めれば後はスマートに片付けるだけと、上から慎重に肉薄する。万が一の反撃に備えて、ブーストナックルのロックは解除し、不審な動きがあれば対応もでき、万全な状況だ。

 

「……何だ?」

 

 その警戒心があるからこそ、違和感に気づけた。船体上部の海流が"弱い"。偶然か、またこの船にはヴァルシオン由来の重力機構が備わっていると聞いているため、その影響があったのかとも推察できる。しかしいままでの戦闘経験がイルムに強い警鐘をかけていた。

 

「タスク、ちょっと強引な手で行くぞ。すぐに……」

 

 戦場の勘に従い、タスクに対して通信を開こうとした矢先、声が聞こえた。

 

『伊400へようこそ』

 

 その声は、動物の鳴き声と共に聞こえてきた。似ているのは、昔リン・マオと水族館デートの時に聞いた、イルカのものだったか。どこからだ、と深海の闇を見回すが、無数の機雷と伊400、そしてジガンスクード以外見当たらない。レーザー通信が繋がったわけでも、周囲に生体反応があるわけでもない。気味の悪さと強まる焦りで悪寒が止まらず、脂汗が出そうだ。本当に貧乏くじを引いたかもしれない、とたまらず零したときだった。

 

『歓迎しよう、盛大になっ!!』

 

 静寂の深海を震わす叫びと、レーダーが新たな熱源反応を捉えたのは同時だった。

 位置は、真下。より正確には、ジガンスクードの真後ろ。

 

『んな、後ろっ?!』

「読まれていた!?」

 

 FSSの更新が行われる間もなく、ジガンスクードの背中にPTサイズの"何か"がぶつかり、その巨体を押し上げ始めた。これが陸上であれば、特機の中でも最大級のジガンスクードを、ただのPTが押し出すなど不可能だろう。しかしこの場所が水中であることが災いした。加えて、計器にはαパルスの反応、急激な念動力の上昇が計測された。完全に不意を突かれた形となったジガンスクードは、何とか振り返ろうともがくが、しかし"その動きを知っているような"反応速度で、影はナイフなようなものを突き立て、バーニアの動きを変え、ジガンスクードの抵抗を封じ込める。

 味な真似するじゃないか、と悪態を付きつつ、ブーストナックルのスイッチを入れようとした瞬間、今度は重力波を感知。同時に魚雷発射管からの射出音。後手に回るかと距離を離そうとした瞬間、グルンガストの異変に気づいた。強力な重力場、それもアイドネウス島であのヴァルシオンから味わったような超出力によって、機体の制動がまともに効かない状態に陥っていたのだ。嫌な汗がじわりとグローブに滲む。

 

 きゅるるるるるる

「また、イルカかっ?!」

 

 超常現象は重なり、今度は間違いなく、外部マイクがイルカの鳴き声を拾った。今更だが、あり得ないと判断する。これほど海流があれ、超音波をかき乱す磁場と音波が吹き荒れる海域に、クジラやイルカが現れるはずがないのだ。

 しかし、鳴き声は現実に今も聞こえ続ける。それは同時にひとつの合図だった。伊400の後部装甲が展開する。花か羽のように開いたそこには、宇宙用の艦船にでも搭載されているような大型のバーニアが備え付けられていた。しかもそこには既に火が灯り、爆発の瞬間を今か今かと待っていた。

 

「こんのっ……!」

 

 相手の意図を読み、プラズマリアクターの出力を無理やり引き上げ、重力の拘束を打ち破る。武装選択は変わらずブーストナックル、質量によるストッピングパワーで相手の鼻を潰すためだ。

 

「大人しくしてもらう、っ?!」

『させま、せんわっ!』

『わわわわっ、すんませんっ、イルム中尉!?』

 

 赤外線レーザーによる警告と、大質力の衝突警告。すぐにそれが、押し上げられていたジガンスクードだと気づき、攻撃を中止。回避は間に合わない判断し、スクリューを全開に回して受け止める。衝撃で機体が再び揺れ、バランスが崩れる。それを機とばかりに、潜水艦がアップトリム、船首をジガンとグルンガストを、いやその先の海面へと向けられ、溜めに溜めた足/オーバーブーストを開放した。まずい、と思った瞬間には、音速を超えたかのような衝撃がイルムの肉体に襲いかかった。文字通り、特機2機という重しを持ちながら、伊400が急速浮上しているのだ。

 どんな化け物エンジンを積んでいるんだと、身内で悪態をつき、何とか衝角からジガン共々離れようともがき続ける。

 

『ソナーアレイはいまので沈黙! アルウィックは残ったサブでフォローお願い!』

『サイドキックで位置調整、ロックオンはい号へっ』

『オーバーブーストの解除まで後27、海上まで30!』

『超重力砲へのエネルギーライン再接続は僕がやる! 兄さんはGウェーブの再計算を頼むッ』

『搭乗員は急速浮上の準備……ああもう、手が足りない!』

『くぅっ、リュウセイさん! 前に出ますわッ』

『無茶いうな、こんな状態でッ』

『そうしなければ、押し返されますわッ!!』

「っ、リュウセイかっ?! それに、シャイン・ハウゼン王女!?」

 

 イルカの鳴き声に混じって聞こえる2つの救助対象の声は、グルンガストのコンピュータが瞬時に声門照合を行い、本人であると判断する。嘘だろ、という感情が浮かぶが、しかしようやくその正体を判断したFCSと、海面に近づくにつれ上がる明度が、その正体を克明に表した。

 白を貴重としたトリコロールカラー、人に近いツインアイ。自分たちのよく知るSRX計画の寵児・R-1が、その細部を変えて、潜舵にしがみつきつつ、こちらに向かってきていた。当たってほしくない想像が現実になったことに空笑いが漏れそうになるが、逆に驚きすぎたおかげで、冷静さを取り戻し始めた。

 

「タスク、まだ生きてるか?!」

『な、何とか……けど、ジガンはともかく、俺が吐きそうっす』

「上等だ、ワイドブラスターでも何でもいい! 俺を思いっきり上に吹きとばせ! 反発でジガンスクードごと敵艦の動きを止める!」

『りょ、了解ッ』

 

 即座にジガンスクードの肩部装甲が開放、エネルギー発振器が露出、展開された。大出力のエネルギー充填は瞬く間に完了し、後は受けるだけ、と思った瞬間、白い影が海流を可視化できるほどの念動フィールドで押しのけ、2機の間に躍り出た。

 

『やらせませんわ!!』

「くそっ、さっきからどんな反応してるっ?!」

 

 リクセント公国戦の映像で見たのと同様、大鎌を振りかぶったR-1がジガンスクードを正面から切り裂く。咄嗟にジガンスクードが身を捩って直撃を回避するが、結果、ワイドブラスターの照準が明後日の方向へ向き、そのまま巨体が弾き飛ばされた。衝撃でR-1も流されるが、しかしそれすらも"予めわかっていた"かのように機体を制御し、体勢を崩すジガンスクードへ追撃をかける。巨腕で持って反射的にタスクが反撃するが、それを紙一重で回避したR-1の大鎌が、瞬きの合間に盾に、そして篭手に変形して、カウンターを叩き込んだ。

 

『うぐ、けど、ジガンなら……!』

『そんなこと、百も承知! おりゃりゃりゃ!!』

『〜っ、悪ぃ、タスク、耐えてくれ!』

 

 質量差と海中という状況で装甲へのダメージはなさそうだが、インファイトに持ち込んだR-1が更に追撃をかける。

 

「なんつー王女様だっ!?」

 

 甚だ可笑しい現実を前に喚きつつも、何とかタスクのフォローへ入ろうとしたが、グルンガストも今の暴発で制御を失い、そのまま海面へと吹き飛ばされようとしている。

 

「っ……おい皆、ちょっと手伝ってくれ! 奴さん"じゃじゃ馬過ぎる"!!」

 

 たまらず、復旧した回線を開き、海面で作戦を展開する仲間に救援を求めた。同時、張り手の如き連撃に屈し海面へと押し上げられるジガンスクードに対して、R-1の姿勢が一瞬屈む。格闘家の溜の動作を再現したモーションに合わせ、右腕の篭手が更に分かりやすく、握り拳へと形を変えた。げっ、と音がイルムとタスクの口から同時に漏れた。

 

『ちょ、待て待て待て待ってくれーー!?』

『とぉぉぉりゃああぁぁぁ!!!』

 

 R-1の駆動性を生かした、格闘家染みたアッパーが炸裂し、質量と体格差を忘れさせるかのように、ジガンスクードを海上へと殴り飛ばした。

 そして、状況は、シャイン・ハウゼンの舞台開演へと移る。

 

 

 

「さぁ、状況を五分にしますわっ! 連邦の方々、どうか私を"助け出してください"なっ!!」

 

 特機を退け、AFへとダメージを与えた上での大見得切りと、相手を惑わす牽制の言葉。先程のまでの大立ち回りから行き着く間もなく啖呵を放つ少女の顔が笑みを作りながらも、パイロットスーツの中で青ざめていることを、サブシートに座らされたリュウセイは見ていた。自身の両手は警戒からか再びサブシートの手すりに縛られており、特殊な器具とメインコンピュータに接続するコードが着けられたヘルメットの内側で、焦燥感と罪悪感を押し殺すべく奥歯を噛み締めた。

 先程の海中での攻防は、ほぼマグレだ。如何に反則じみた予知能力と、現役パイロットに匹敵する才能を持ったシャインだが、その体は正規軍人のように鍛えられていない。いや、蝶よ花よと育てられた以上、筋力と基礎体力は同年代より低いはずだ。操縦もシミュレータで動かしたことがあるとはいえ、同じことをできるほどの技量も体力もないはずだ。

 あれほど優位に立ち回れたのは、不意打ちかつ初見殺しであったからだ。もし少しでも動きを戸惑えば、リュウセイの知るイルムガルド・カザハラというエースパイロットは、即座に状況をひっくり返しただろう。加えてタスクの駆るジガンスクードまでいたのだ、潜水艦ごと沈没させられても可笑しくない。

 それでも、成し遂げたのだ。数日前までは戦いとは無縁のお姫様が、自らを攫ったテロリストを守るために。いや、テロリストとはまた違う、奇妙なチームだ。だからこそ"条件付き"でリュウセイもシャインに乗ったのだ。

 この奇跡をこの後も続けられるかはわからない、それでもシャインは脂汗を額から流すも、不敵な笑みを作っていた。

 

『シャイン王女っ! みんなっ!!』

 

 荒れ狂う海上と、場の混乱。その合間を突く形でアーマリオンが着艦した。その肩は大破したゼノリオンに貸しており、シャインと、通信機越しのチームの面々から息を呑む音が聞こえた。

 

『整備長、今すぐゼノリオンを収納っ!』

『ダメだ! 急速浮上と今の砲撃で制御系と開閉機構がトラブった! 3分で開ける!』

『くっ、聞こえたかリョウト、突破は伊400を中心にやる、お前とそこの"遠隔操作機"は直掩に回れ!!』

「そういうことですの、リョウト。私とリュウセイさんは"乗せられている"だけ、なので遠くまで離れられませんわ」

『そういうこと……了解です!』

 

 矢継ぎ早に行われる応酬と共に、伊400の前方下部装甲が閉じながら、代わりに前方・後方の魚雷発射管が開かれる。リョウトのアーマリオンも、ゼノリオンを傷つけないように艦橋へ降ろすと、そのまま踵を返して浮かび上がった。シャインの顔からも僅かながら汗が引いたが、しかし顔を青いままだ。

 

「お、おい姫さん、大丈夫かっ!? やっぱり……」

 

 たまらず、操縦を変わろうかと口を出しそうになった瞬間、シャインが頭を抑えた。何事か、と体が立ち上がりそうになるのを束縛に邪魔されるが、しかしすぐにシャインの口元に獰猛につり上がっているのを見た。予知で何かを見たのだろうか、と考えたが、しかしそれにしては、高貴な人間がやるには獰猛なものだ。

 

「まだ、序の口ですわ。っ、ここから2分、保たせますわよ」

「2分……?」

「ええ。そうすれば……空から、天使が降りてきますわ」

 

 気合の叫びと共に、R-1が跳び上がる。そして側面からアーマリオンを突破してきたグルンガストを横薙ぎを受け、唸りつつも大鎌の曲線を用いて流した。

 

『やっぱり、遠隔操縦じゃねえな……どいういう理由かは知らないが、大人しくしてもらうぜ』

『っ、助けを求めている姫に対して、無礼な方ですわっ!!』

『レディの扱いには慣れてるさ。そして、今は実地授業の時間にさせてもらう……ライっ!』

 

 グルンガスト/イルムの切り返しを大げさに躱したR-1の中で、後方アラームが響く。バックモニターを咄嗟に見れば、R-2のチャクラムの刃が迫ってきていた。だが、リュウセイが視界でそれを追うよりも早く、シャインが更に強引に機体を翻し、伊400上へと退避する。同時に、前進しだした伊400の両脇の海中からミサイルが飛び出した。後部発射管から撃ち出された対空ミサイルだ。虚を突かれた形となったイルムとライだが、しかし両機の後方から撃ち出されたビームがミサイルを打ち抜き、爆散させる。

 着地と共に大鎌をナイフへと切り替えたシャインとリュウセイの頭上に、爆炎を振り払った機影が現れた。

 

『さーて、それじゃあ王女様、海での借りを返しつつ、機体ごと貴女を奪い返させてもらいますよ』

 

 グルンガスト/イルムガルド・カザハラ。

 

『了解。大人しくもらいましょう』

 

 R-2/ライディース・V・ブランシュタイン。

 

『リュウセイ! そこにいるのっ!? 訳は後で聞くから、じっとしてて頂戴』

 

 R-3/アヤ・コバヤシ。

 

『各機、R-1の捕獲はSRXチームとグルンガストで行う。スティグロの救援をヒリュウ改とオクトパス小隊へ申請、残りはアーマリオンと敵母艦の打破を。各隊の統括指揮権を一時ギリアム・イェーガー少佐に譲渡する』

 

 R-GUN/イングラム・プリスケン。

 

「……私、こんなに最悪の予知が引っ切り無しでくるの、生まれて始めてですわ」

 

 シャインの呟きは、無謀へと挑もうとする勇者として、あまりにか細いものだった。

 

 

 

 その、絶望じみた布陣の、遥か上空。

 

「シュウのヤツ、情報が遅いって。アイツに死なれたら、リベンジできないじゃない」

「けどシラカワ博士……いえ、あの社長がいなければ、貴女もこの事態に気づけなかったのでは?」

「ちょ、スレイ! 相手は総統の……」

「いいって、タダ乗りしてる身だし、何より同年代に畏まられるのって座りが悪くなるからタメ口で大丈夫。それより、本当に間に合うの?」

「ええ、兄さま達が作りだしたプロジェクトTDの卵となるこの機体、確実に間に合わせます……というより、間に合わせてもらうわよ、アイビス」

「分かってる、だからしっかり捕まっててくださいよ。その機体を乗せてる分、重量バランス崩れて安定しないんです!」

「OK,そこは信じるよ、親父の娘として……それで、テンザンの奴にギッタギタにされた仲間として、ね」

 

 金色の髪を靡かす少女が、翼を持つ戦乙女と共に、流星に跨ってその地へ降っていく。




どうして話が進まないんですか?(現場猫感
シャインの活躍は初出撃補正です

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