スパロボOG TENZAN物   作:PFDD

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君くれハートを注入されたので初投稿です。



インターミッション/実らぬもの

 捕虜となって幾日か。シャイン・ハウゼンはその人生において一切関わることがないはずだった雑事に追われていた。厨房の手伝い、もとい食器洗いから始まり、料理の下ごしらえや調理道具の手入れ、そこから派生して掃除に洗濯荷物運びその他エトセトラ。その範囲は厨房からすぐに船内全体に広がった。包丁などの刃物で指を切ったり、女物はともかく男物の下着の洗濯も行うなど、もし城でのお付きの人間がいれば卒倒してしまうだろう。今でも若干の抵抗がある作業はあるが、しかし全てが新鮮であり、為政者としての生き方とは違う営みに充足感を得ていた。

 それはこの潜水艦の中での扱いもあるだろう。当初自分はこの船の中であのアードラーの交換材料として、それこそ宝物か腫物のように扱われると考えていた。しかしこの船/伊400のキャプテンは人材不足を理由に彼女を特別扱いせず、ただの捕虜、いやクルーとして扱ってくれたのだ。王族であり、年頃の少女でもある身として、庶民の暮らしに興味があっても、その扱いは望外のものであった。言うなれば今この場にいるシャイン・ハウゼンは、リクセント公国の国家元首ではなく、ただの捕虜の少女シャインなのだ。勿論、あの爺/ジョイスに言わせれば、「姫様にこのようなことをさせるとは悪逆非道の極み」などというものかもしれない。

 兎に角、今の少女シャインは数日とはいえ家政婦もどきの生活に、生来の溌剌さと順応性もあって慣れ始めており、心に余裕が出てきた。そうなると母国の様子なども気になり始めたが、不思議と不安はなく、そこを心の大事な所に一度閉まって、今は広がった視界で様々なことに目移りすることにした。だが何より、彼女の心の向き先は、この船に来てから常に一つの方向を向いていた。

 その心から溢れ出る感情を指先に乗せ、舞台俳優もかくやの所作で突き出した。

 

「というわけで、今日は貴方のお付きとなりますわ」

「いや、何がどうだってそうなるんだっての」

 

 王女としての綺羅びやかでかつ複雑にできない分、シンプルなポニーに纏めた金髪を靡かせて、ぽかんと口を広げた青年/テンザンを指差す。食堂にいる面々の内、おー、と年少組3人が勢いに乗る形で拍手し、子どもたちの面倒を見ながら潜水艦内の料理を取り仕切っているエメ・V・ユルゲンはあらまぁ、と口元を隠した。確かに朝の食事が終るや否や、このような発言をされれば誰だって驚くだろう。シャイン自身、テンザンを驚かす形でやったのだ。結果は上々と言える。

 

「私、捕虜になってからはずっと雑用でしたが、疑問に思ってましたの。私を利用しようと宣言した張本人が、ほっとんど構ってこないということにです」

「いや、普通そうだっての」

「えー? テンザンがこの前見せてくれた映画だと、誘拐した女の子とかなり仲良くなってたよ」

「アレは映画だっての」

 

 茶々を入れてくるマリーにテンザンが答えている内に、フフンと胸に手をやる。

 

「古今東西、誘拐犯と被害者は交流を持つものですわ。特に貴方は私をあんな方法で攫ったのですから、もう少し進展というものがあってもよいと思いますわ」

「いや、それがワケが分からないっての、普通そこまで親密じゃねーし。というかシャイン王女……」

「シャインでいいですわ、と何度も言ってますわよ。初めてあったときはあんな乱暴で口も悪かったのに、どうして急にしおらしくなってますの?」

「言い方ぁ! ここには他の子どももいるんだから気をつけろっての?!」

「オレたちはもう慣れてるから平気だって、なぁ、スェーミ?」

「うーあー!」

「いやトニーそこは慣れるなっての。あとスェーミも同意するなっ。そもそもシャインもそういう風に言うなって!」

 

 猫を被っているのか、それともこちらが素なのか、あの時よりもずっと大人しくなっているテンザンに押せ押せで迫ると、子どもたちの悪ノリに対応しつつ、色々と言い訳じみた事を言ってくる。根は小心者なのかもしれないな、と考えていると、更なる助け舟としてエマが口を挟んできた。

 

「いいじゃないテンザン君。こんなお姫様が色々とお世話してくれるっていうのよ、儲けものって考えなきゃ」

「いやけどなぁ、こいつは、その……後でアイツに引き渡すんだぞ? だから、その……変に情を持つようなことしたらダメだろ」

 

 テンザンがそう言うが、言葉の内容に反して語気は弱く、また顔つきも自信、というより弱気なものだ。情を持ち始めているのは誰なのか、とついつい口に出しそうになったが、そこは抑えて更に畳み掛ける。

 

「あら、別にそこは気にしてませんわ。あの時の約束通り、私は捕虜であり交換材料、どうぞお好きにお使いくださって結構ですよ!」

「いやお前もそんなハッキリ言うなよ! そこは普通嫌がるもんだろ?!」

「だって、その気がまったくない方の言葉など、口約束以下ですもの」

 

 ぐっ、とテンザンが口に詰まった。シャインの言葉は、あの時シェースチを通じて感じ取れた感情を元に推測したハッタリだが、同時にシャインの願望と信頼と、若干の確信が混ざっていた。一瞬とはいえ、文字通り心を重ねた相手だ。その感触は今でもシャインの中に残っており、テンザンの言葉が見せかけが多いことを看破していた。勿論、そこにある苦悩に触れてしまったからこそ、あえて軽口で言っているのだが。

 それはテンザン側も同様で、あの一瞬でシャインがこちらに心を預けててくれたことを理解していた。だからこそ口ごもり、守勢となってしまう。そうしてこういう場合の男の態度というのは、古今東西パターンが決まっているのを、シャイン他この場の女性陣というのは読めていた。

 

「……あーわかったよ、くそっ。今日だけだぞ! だからそういうのはなしだっ」

「決まりましたわね。では本日はよろしくお願いしますわ」

「テンザンさん弱ーい」

「後でシェースチに言ってやろー」

「……うぅー」

「あらら。スェーミちゃん、拗ねない拗ねない」

 

 自棄っぱちに朝食を平らげるテンザンに、恭しく頭を下げるシャイン。そして2人のやり取りを見て好き好きに感想を述べる外野にテンザンがじろりと目をやるが、きゃーと悲鳴を上げてエメの背後に隠れただけだった。もはや怒る気が失せたのか、テンザンはため息の代わりに最後にコップの水を飲み込み、そのまま食器類を片付け始めた。あらいけない、と自分も中断していた朝食を急いで食べ進めるが、何分早食いとは無縁だったためか、一般的な女性より遅いぐらいだ。これでは置いていかれる、と一瞬焦ったが、どかりと向かいの席にテンザンが座り直した。

 

「えっと……」

「ホッ、別にゆっくりしてても問題ないってだけだっての。ジブラルタルは今日の昼過ぎ……そっからが本番だからな」

「……むぅ」

 

 その態度に、妙に心がくすぐられる。自分から振り回したはずなのに、今の一瞬で力の起点があちらに渡ってしまったような感覚は、しかし不快ではなく、むしろ頬が赤くなるような羞恥と心地よさがあった。王女様赤くなってる、と年下のトニーとマリーが告げてくるが、ちゃんと頭に入らない。早く食事が終えたいのに、もう少し待たせないという気持ちを持ったのは、生まれてはじめてだった。

 

 

 

 アレはなんだ、という書き込みがある。それは有名な動画サイトに投稿されたある動画に対してのコメントだ。『連邦 VS DC残党 VS DC???』という題のそれは、先日のリクセント公国での戦闘を一般人が撮影していたものだ。あの時はAFイクリプルのハッキングで軍事関連の電子機械が殆どやられていたが、一般人のオフラインな撮影機器/ビデオカメラは無事だったらしい。しかも撮影された映像の角度からして公国の郊外かつ戦地からぎりぎり逃れた外れた場所だ。いつの時代もタイミングの良い出歯亀というのは存在するようだ。

 問題はその動画の中身だ。連邦/ハガネとDC残党/イクリプスがにらみ合う中、AFイクリプスの主砲がチャージを始めた。その直後、両者の中間に位置していた1機のAMがイクリプスとリクセント公国の間に割り込み、盾を構えたのだ。

 

『支えてくれ、ゼノリオン!!』

『これ、は……我が国を、いえ、星を護る盾!! 名は、ヴェルトール・イデア!! 守って!!』

 

 オープン回線で垂れ流された声は2つ。青年と少女のものだ。その直後に盾を中心に光が広がり、イクリプスのレーザーキャノンが発射された。爆発のような閃光が起きて、映像がホワイトアウト。更には爆発音が続いて、ノイズと共に映像が途切れた。動画はそこで終わり、次の動画/似たようなものへのジャンプがされようとしていた。彼女、ミツコ・イスルギは扇を凪いで、モーション連動した操作によって車内に投射されていた動画を閉じた。

 

「まったくもう、ままならないものですわね」

 

 パタパタと扇を仰ぐ彼女の口元は、言葉とは裏腹に微笑みを称えていた。

 この類の盗撮はDC戦争が始まってからこっち、いくらでもあった。それは仲間内は元より匿名掲示板や今回のような動画サイトにもアップロードされ、その度に連邦情報部の圧力によって消されている。しかし戦乱の時代に突入した今、リアルな戦争の映像は己の生死に関わるものであると同時に娯楽でもあった。故にそれは一度消された程度では無くならず、また別の投稿者/野次馬によって、名を変え方式を変え増え続けるだろう。事実、ミツコが見ていた動画も第3者により再投稿されたものの一つだ。

 今回の動画はその消される早さとアップロードされた数が今までの比ではない。小国とはいえ、連邦議会に名を連ねた国の首都が強襲されて壊滅。それを行ったのは賞金首にもなっているDC残党のアードラー・コッホと、局地運用でスペースノア級にも匹敵すると目されるアームズフォート。救援に来た連邦軍も防戦一方となり万事休すといった途端、乱入してきた機体が拐かされようとしたシャイン王女を救出した。しかもその機体の所属も肩部に施されたエンブレムからDC所属だ。そして、その後に連邦を押していたAMたちを一蹴して、最後にはアレだ。話題になるなと言う方が無理がある。

 おまけに現在、シャイン・ハウゼン王女は公的には行方不明の扱いだが、どこからか漏れたのかPOW(捕虜になったことが判明)であることがネットに流れている始末。話題性に事欠かない状況だ。

 ネットでは、すぐにゼノリオンについて調査が行われ、更にはシャイン王女との関係性も噂が立っている。何故ならあの瞬間、あの正体不明機にシャインが乗っていたのは、音声の内容とタイミングからしてほぼ間違いないのだから。

 自称軍事評論家はゼノリオンをDCが極秘開発した兵器で、リクセント公国は秘密裏に保持していたと持論/妄想を立て、また別の書き込みでは連邦内でのDC派によるマッチポンプで、ゼノリオンは連邦の試作特機という説/想像を打ち込んでいる。ゼノリオンの情報は世界中から真偽問わず集まり、アイドネウス島やソロモン諸島という事実以外にも、アメリカやアフリカでの目撃談/飛ばし記事まである。

 そのような大衆のゼノリオンに対しての評価は、概ね好印象なものだ。一方的な非ともいえるギガベースの件がまだ漏れていないということもあるが、実際にリクセント公国を焼いたDCを撃退し、更には分かりやすい形で守ったのだ。端的にはいえば、それは大衆に眠る英雄願望を呼び起こすような振る舞いだ。実際、書き込みの中には面白がって英雄視しているものもおり、こういう時には王女様は英雄に拐われるもの、などとも茶化した文体で追記していた。勿論その後、書き込みは不謹慎いう名目で大量のBad評価をもらって消されたが。

 

「アードラー副司令とは敵対するとは確信していましたが、ここまで大事になるとは予定外でしたわ。おまけに、彼の模造品……」

 

 考えることはどこも一緒ですわね、と目的地に着いた送迎車から降りて心中で零す。

 ミツコもまた、テンザン・ナカジマという戦闘者/データに資本価値を見出していたことがある。最初はその操縦技術が有用であると認識し、それをイスルギ重工の子飼いの研究者やパイロットに見せたことがある。これを再現できることはできるかと。

 結果は不可。パイロットたちはシミュレータ上で何とか断片的に再現できたDC初期のテンザンのデータにも勝てず、AI研究者はロジック解析に必要な情報が足りないと叫び、AM開発スタッフは彼の完全機動に耐える機体を作るならば現状のイスルギ重工のリソースだけでは無理だと断言した。

 投資家にして商人のミツコ・イスルギはそれを残念に思い、女としてのミツコは安堵と歓喜を同時に覚えた。自分が恋した相手は、自分の持ちうるものでは測れない存在であり、今でもヒーロー/埒外の残滓があるのだと。

 しかも今回、彼はアードラーが模造した自身の偽物を殆ど1人で破壊している。彼女の中に刻まれた幻想を疼かせるには十分な情報だった。

 

「正義の味方のプロデュースも中々味がありますわね……さて、と」

 

 上機嫌で案内された先の応接室に通され、案内人/連邦の議員秘書の開けたドアの向こうにいた相手に微笑み、己の意識を商売人のものへと切り替える。

 

「直接お会いできて光栄ですわ、ニブハル・ムブハル大統領補佐官」

「ええ、こちからこそ。ミツコ・イスルギ"社長"」

 

 ニブハル・ムブハル。地球連邦の官僚であり、若いながらも既に大統領補佐官の地位に着く敏腕。中東系の浅黒い皮膚と細い体付き、それにアルカイックスマイルは如何にもエリート然としており、誰から見ても“地球人の高官”に見えるだろう。だが目の前にいれば、奇妙な違和感を覚える。それは男が放つ雰囲気かもしれないが、ミツコには“作られすぎた所作”によるものだと看破していた。

 出来た外交官だ、と“所属不明の宇宙人”に内心感心しつつ、いつも通り扇を広げる。

 

「あら、私は副社長でしてよ?」

「ああこれは失礼、今は"副社長"でしたね」

 

 互いに軽い挨拶をして、来客者向けのソファに座る。ミツコはこの中東系の皮を被った"異星人"とはそれなりの付き合いがある。"彼"の言う"原作"の己もまたニブハルとの付き合いはあるが、今のミツコは少女期にアームズフォートの権利を巡って、代理人を通して彼と交渉を行ったこともあった。またその経緯でバックの1人であるアルテウル・シュタインベックとも繋がりを持ち、政界への影響力を強めている。今回のような直接的な面談は初めてであったが、むしろ遅すぎるぐらいだ。

 

「早速ですが、次期アームズフォート計画についてです。どうやら"上"も興味を持っていますね」

「あら、それは嬉しい。しかしアームズフォートは原則地球環境での運用が主ですから、あちらとしてはそこまで旨味のある案件ではないと思ってましたのに」

 

 "上"とは何を指すか。ミツコは幾つかの候補を推察するが、その全てが、それこそ地球外の存在だ。そんな相手だからこそ、アームズフォートに興味を持たれたことは、半分はビジネスチャンスへの喜々であり、もう半分は需要と供給を意識する商人としての純粋な疑問だった。

 次期アームズフォート。それは全部で3世代からなる、この世界でのアームズフォートの分類だ。本来のアームズフォートに分類や等級はないが、ミツコがテンザンの知識から抽出・選出したアイデアと技術を再現する際、技術体系とプロダクションの形態にどうしても差異があり、世代別にするしかなかった。

 ヨーロッパに君臨するスピリット・オブ・マザーウィルを筆頭とする、概念実証にしてワンオフの第1世代。アームズフォートの技術立証と有用性を示すために生まれたプロトタイプにしてフラッグシップモデル。現在はSOMと、ロシア圏で無人兵器運用試験を中心に使用されているカブラカン、北米でDCとの戦闘により修復中のグレートウォール、以上の3機しか現存しないが、この世代によりアームズフォートの力は異星人脅威論がまだ下火だった地球において強く認識された。

 次いで、全世界で稼働している第2世代。主に中東や南米などの第3国で使用される汎用型のランドクラブや、廉価版SOMとも言えるギガベースを筆頭とした量産モデルが中心だ。イクリプスもこの世代に入るが、第3世代の技術も一部先行導入された2.5世代とも言える躯体だ。

 そして今現在交渉を行っている、次期/第3世代のアームズフォート。計画段階での評価は、別の方向性に変異したスペースノア級だ。今までのアームズフォートが純粋な地球技術のみで開発/再現されたものに対し、第3期はEOTを前提として開発されている。このクラスに相当するのは、既に軍で運用試験が行われているスティグロの他、建造中のものがいくつかある。

 

「ええ、ですが頂いたプランにあります"ソルディオス"でしたか。アレを気に入った方がいましてね、是非こちらでも使いたいとのことです」

「嬉しいお便りですわ。しかしソルディオスはまだ建造段階、予定通りのスペックを出せるかは……」

「またまた御冗談を。先日、L5近辺で"未確認機"同士での戦闘があったようですが……アレは貴社が気を利かせて対応していただいたのでしょう?」

「あら、耳が早い」

 

 予想はしていたが、既に知られていた情報があった。

 公には建造中とされている"ソルディオス"だが、既に完成している。その0G環境試験をラグランジュ5の自社工場と試験領域で行っていたが、その時にエアロゲイター、いやゲストの機体が出現したのだ。しかもその規模は大隊レベル。ソルディオスは現場判断でこれを殲滅したが、機密性を優先したため、社の判断で軍への通報は行われなかった。勿論、大隊規模との戦闘があれば探知されはするが、AFの工場であることを周知していることと、"戦闘時間があまりにも短すぎるため"、大量のダミーを標的としたテストとして誤魔化せたのだ。

 

「こちらで観測できた限りでは、100機は最低でも越えていましたが、それが10秒足らずで"蒸発"……いやぁ、恐ろしいテクノロジーですな」

「いえいえ、そちらにはまだ及びませんわ」

 

 ミツコの返事は謙遜だが、同時に野心を隠さぬものだ。"彼"が教えてくれた異星人/ゾヴォークの兵器には、単体で惑星への攻撃を可能とする砲撃特化航行艦/ウユダーロ級が存在するという話だが、建造中の第3世代AFは1ユニットで地球文明を殲滅すると試算されている。少なくとも"到達点"の戦闘能力はビアン・ゾルダークのオリジナル・ヴァルシオンにも引けを取らない。その商品価値は間違いなく銀河だろうと相手取れるだろう。

 

「ええ、なので青田買いという形ですね」

「嬉しい評価ですわ。カタログは後で担当からお送りいたしますね」

「ありがとうございます。さて、次はこの近接兵装の件で……」

 

 そこから先は通常兵器についてがメインだ。ミツコは既に、この数ヶ月以内にエアロゲイターの大規模侵攻があることを知っている。紛れもないビジネスチャンスだ。それに向けて工場の生産力を高めており、軍施設の整備や船の用意もそこに含まれている。ニブハル側はその可能性があることを選択肢に入れていても、そうなる確率は低いと考えている。その意識の差こそ、ミツコが持つアドバンテージだ。今は無茶な話として通すし、お得意様である以上、多少は勉強をするが、きっちり後で回収できる。目の前の男もその正体が何であれ、今は地球連邦の肩書を背負っている以上、連邦の益になることに異を唱えることはない。

 

「いや、今日は中々有意義なお話ができました……そういえばこの後、会食の席を設けているのですが、いかがでしょうか」

「あら……それは、嬉しいお誘いですわね」

 

 互いの笑みを深めつつ、交渉は両者の予定通りに進み、後は下の人間の実務のみとなったところで、ニブハルが話題を切り替えてきた。こういう商談の後にはよくあることだ。ミツコも会社に関わるようになってからよくよく行われる付き合いで、コネの拡大・補強のため積極的に参加している。幸い、秘書に用意させたスケジュール上は空いており、常の彼女であれば新たな商売の種を探しに参加表明を出すことろだ。

 

「ああ、けど……申し訳ないのですが、この後別件がありますの」

 

 ミツコ本人が持つ本当のスケジュールには、伊400、いやテンザンへの通信が組まれていた。そこで次の目的地と撃破目標を告げ、その後に準備と根回しを行う予定なのだ。"本来の歴史のミツコ"にはない不合理とも言える行動だろうが、"今のミツコ"にはとても大事な予定だ。何よりも、数日ぶりに彼と声を交わせることが楽しみなのだ。

 

「それは残念です。ですが、貴方のスケジュール上は空いていたと認識しておりますが」

「……ふふ、本当に耳が良いですね」

「そうでもないと、この職は中々務まりませんから。ああ、勿論今回参加される面々は、貴女にとっても有益であると思いますよ?」

 

 いつものアルカイックスマイルを強めるニブハルに、無意識に目を細め、警戒を強めた。

 どこから己の行動予定が漏れたのか、それは問題ではない。問題は何故、このタイミングで切り出してきたかだ。イスルギ重工がDC残党を支援しているのは、ある程度の役職に着くものにとっては公然の秘密だ。そうでなければリオンが地球連邦の主力機になるなどありえはしない。

 しかしミツコ・イスルギが私的に旧DC第9研究室/伊400を強く援助していることは、あまり知られていない。少なくとも現社長であるレンジ・イスルギは彼らのことをプロジェクトTDなどと同じ、特殊パターンの一つでしかないとして軽く見ていた。特に今は南極でのスペースノア級/シロガネの修復に掛り切りとなっているため、先日の事件から動くにしても時間がかかると予想していた。

 

「……本当に、嬉しいご提案ですわ。主催者はどなたかしら」

「はは、本当は秘密にしてくれと頼まれているのですが……特別にお話しましょう」

 

 本人も企画だけして参加されませんからね。そう言葉を締めて、ニブハルが立ち上がり、窓際に立った。このパリにある連邦施設からは、海は見えない。しかし尚遠くへ向けられたその視線の先を察し、たまらず彼女は息を呑んだ。

 

「アルテウル・シュタインベック補佐官ですよ」

 

 嵌められたと気づいたのは、あまりに遅かった。

 

「……それは、残念ですわね」

 

 動揺を悟られぬよう、扇を一度締めて、そしてもう一度広げて口元を隠し、左手に付けた端末を開いた拍子にコツンと叩く。そうしてから思考を広げる。

 アルテウルの正体は既に知っている。その上で過去に接触しているし、その要望を受けてAFスティグロのコアに彼から提供されたパーツを組み込んでいる、いわば上客の1人だ。だが同時に、その身に宿る野望が何かを知れば、気狂いの類という評価を下しているのも確かだ。そこから導き出される目的とタイミングから察するに、テンザンたちにその手を伸ばしたのは間違いない。テンザン自身も警戒していた通り、第9研究室が持つ技術はアルテウルにとって"未知"だ。類似の技術はいくらでもあろうが、アルテウルが知るだろう"今"には本来存在しないものだ。故にその"未知"を手に入れるため、いつかは仕掛けるとミツコも考えていたが、まさかこれほど早くとは思いもしなかった。

 ニブハルがこうして話したということは、アルテウルは間違いなくミツコとテンザンが直接的に繋がっていることを知っている。その上でミツコの動きを止めるのは、後方支援役との分断だ。ご丁寧にミツコ・イスルギが食いつきそうな餌/顧客候補まで用意する準備ぶりだ。

 ならばこの誘いを振り切ってテンザンと連絡するのはどうかと考えたが、それは悪手だ。レイジ・イスルギの死は"既定路線"とすることは決めていても、その後のコネや社内での影響を考えれば、ここで手を振り払うのは拙い。軍需メーカーはどう足掻いても政治組織と繋がる以上、そこと意味なく縺れるようなことは避けるべきだ。例え当事者に理由があっても、それを支える組織に理由がなければ尚更だ。

 

「もう暫くすれば、迎えが来ます。それまではAFの件をもう少し詰めるのはいかがでしょうか」

「ええ、お受けしますわ」

 

 故に、ミツコ・イスルギはその手を取った。今できることは、既にやり終えたのだから。それでも、ミツコは彼を想う。

 勝手に死ぬのは許しませんよ、と。

 

 

 

『いいかリュウセイ・ダテ。お前のR-1に新たに取り付けたヴァリアブル・シールドはウチで使用しているマシンセルを用いて改造したものだ。通常のものと同様コマンドで変形するが、今回はT-linkシステム経由でだけ変形するよう設定して……ええい、勝手に始めるな!?』

『いっくぜぇ! T-Linkカッター!』

『まだ踏み込みが甘いよ、リュウセイ君!』

 

 お付きの仕事は疲れる、とシャインは研究フロアに隣接した休憩室のテーブルに上半身を預けながら、今のところの感想を愚痴ていた。目の前のモニターで流れるシミュレーター内の映像も頭から素通りし、脱力の限りを尽くしていた。

 その疲労は昼過ぎになるまでずっとテンザンの手伝いをしていたが故だ。これが普段の雑事程度ならいいのだが、今日の内容は多岐に渡った。少数ながらも用意されたトレーニング設備の準備から始まり、ゼノリオンのシミレーションデータ作成の手伝いと評して、アグレッサータイプのリオンのデータでシミュレーターに参加させられる。その後には野暮ったい作業衣に着替えさせられてからの工具運び。さらにリオンでの戦闘データレポート作成とモーションデータ作成だ。全く未知のジャンル故にその負荷はここ数日の比ではなく、まだ昼時だというのにもうグロッキーだ。

 

「……大丈夫なの、シャイン王女?」

 

 隣の席でデータを打ち込んでいたジジ女史が心配げに声を掛けてくれたが、突っ伏したまま「ありがとうございました」と返すのが精一杯だった。

 

「無理しなくてもいいんじゃない? 貴女は元々人質……まぁ、お客様みたいな物なんだから」

「……そうはいっても、何かしていないと、気が気じゃないですわ。それに、今は好きでやっていますの」

 

 顔だけジジに向けると、目の前に湯気の立つコップが置かれた。匂いから、コンソメスープが注がれているのがわかる。ありがとうございます、と礼をして上半身を起こし、いただいたスープをもらう。そこで初めてお昼をまだ食べていないことに気づき、次いでお腹がきゅーと鳴った。気恥ずかしくなって顔を俯かせて、ちびちびとスープを飲む。潜水艦生活で飲み慣れた安物の味だが、シャインは"空腹は最高のスパイス"という物語だけだと思っていた言葉の意味を噛み締めていた。

 

「まだまだ子供ね。とりあえずお昼を……」

「ホッ、持ってきてやったぞっと」

 

 気を利かせたジジが席を立つより早く、テンザンの声が聞こえると、2人の前に皿が置かれた。その上に配膳されているのはホットドッグだ。冷凍品から解凍されたレタスがパンの内側に敷かれ、そこに焦げ目のついたソーセージが挟まれている。更にマスタードとケチャップに刻んだピクルスが振りかけられ、如何にも出来立ての品だと湯気を立てていた。特有の香ばしい匂いに喉を鳴らし、思わず手を伸ばしたが、しかし口に運ぶ前に気づいた。

 

「なんでアナタが昼餉を用意してますの!? それはお付き役の私の役目ですこと?!」

「別にいいだろ、細かいこと気にすんなっての」

「気にしますわよ! ……あ、おいしい」

 

 文句を言うだけ言った後、体の欲求に従いホットドッグを頬張る。王女らしくなく大口を開けてパクリと食いつき、そのまま無理やりソーセージとパンを食いちぎり、モグモグと粗食する。肉の脂と合成調味料、そして乾燥したパンが口の中で混ざり、ジャンクなハーモニーを奏でている。

 

「ふふっ、素直な子ね」

「ほらっ、ジジも食えっての」

「ええ、いただくわ……そういえば、彼女からの連絡はまだなの?」

 

 テンザンが促すと、ジジも自分のために置かれたホットドッグを手に取ったが、しかし青年の顔を見て、その手を一度止めた。テンザンも右手で食べかけのものを持っているが、左手首に巻かれた小型Dコンに目を向けたまま、その食事は進まないようだった。

 

「……ああ。大分焦らしてきやがる」

「? 何の話ですの?」

 

 ぱくぱくとホットドッグを食べ終えると、神妙な顔つきの2人に尋ねる。

 

「朝にちょいと言っただろ、ジブラルタルを越えるって。ゼノリオンのメンテ中にはもう越えてたんだが……その後、こっちから一度信号を出して、スポンサーからの連絡を待つことになってたんだよ」

「スポンサーですか、やはりDCの別派閥……?」

「ホッ、バン・バ・チェンならいざ知らず、シラカワも御令嬢も声なんてかけて来ねーよ。ま、お前が予知でいつ連絡が来るか教えてくれるんなら、言ってやってもいいがな」

 

 ひらひらと手をいなされ、思わず頬を膨らます。王族の秘奥であり、あの戦いの原因ともなった力だが、こうも軽く扱われるのは納得がいかなかった。

 

「扱いが軽すぎますわ。そもそも、私の力はそんなことに使えませんわ」

「そうね、それにウチにも予知能力者はいるものね」

「マジですのそれっ?!」

 

 思わず耳を疑い、王族らしからぬ言葉が出てきてしまった。自分のような異能など、そうはいないと考えていたからだ。しかし同時に腑に落ちたのは、自身の力の扱いと、この船が単体で行動している理由だ。あの“想いの光“を発する力とマシン以外に秘匿すべき力を持つ以上、下手に組織に寄り添うことは危険だ。特にシャインの認識するテンザンならば、そのような危険に仲間を委ねるなど避けるだろう。

 そして、自分がこんなにもあっさり受け入れられた理由もようやく理解できた。同じような予知能力者がいれば、受け入れる土壌は出来ていて当然だろう。

 

「ああ、お前もブリッジに行った時、イルカたちに会って話しただろ? あいつらとシェースチが力を合わせれば、予知も出来るってさ」

「正確には、サイコ・ネットワークによる共鳴と出力強化を利用した裏技みたいよ。アカシックレコードか極点か太極か……とにかく、そういう未来が記されたものを盗み見るという感覚に近いらしいわ」

「……なるほど。私のように“降りてくる”ではなく、“見に行く”という能動なのですね。私のものより制御ができそうな力ですのね」

 

 シャインの所感に、そういう見方もあるのか、とテンザンとジジは感心したような顔をした。シャインのそれは主に命の危機に際して強く発揮されるが、自分から意識して使うことは滅多に出来ない。そのことに対して不便を覚えたこともあるので、複数人の協力が必要とはいえ、自主的に未来を見て、制御できるというの、肝心な時以外ほとんど機能しない力を持つシャインとしては羨ましい話だった。

 

『いや、そうでもない』

「わひゃあっ?! 何ですの……って」

「珍しいなあ号、お前から繋げてくるなんて」

『我々の力を羨むなどと、頓珍漢なことを考えられていたのだ。口も挟みたくなる』

 

 突然脳の裏側から聞こえたイルカの鳴き声と、それを加工したような男性の声に思わず声をあげて驚いてしまったが、その正体を知ってすぐに落ち着いた。話題になっていた当人の1人、いや1匹のあ号がくるくると鳴いて、シャインに視線と同じ念力を押し付けてきた。念動力者はこんな器用な真似もできますの、と心中零しつつ、その押し込む力から逃れるように顔を反らした。

 

「もう、淑女の心に勝手に割り込まないでくださいな」

『ふむ、それは悪かった。だが、我々の予知とて万能ではないことは伝えたかったのだ。そもそも万全の我々とシェースチがいて初めて可能であるし、読み取れる範囲もバラバラだ。かろうじて我々に関連する出来事だが、明日の食事やアルウィックのヘマのような取り止めのないものしか見れないことが殆どだ』

「ああ、そういえばさっき計算間違えてたって言ってたわね、彼」

 

 教えてあげればよかったのに、とジジは言うが、失敗から学ぶものだろう、と素気無くあ号は返した。

 

『それに負荷を考えれば、何度も行えるようなものではない。そういう意味では、貴女のようにほとんど負荷がなく、必要な時に自動的に行える方がよほどいいさ』

「そう言うものですのね……はぁ、ままなりませんわ」

 

 予知能力でもそれぞれで苦労はあるものなんだと、初めての同類に共感してため息を吐いてしまった。だがそこで、もう1人該当しそうな人物がいることに気づいた。

 

「そういえばテンザン、貴方はどうなのです? 我が故国の件といい、予知能力のようなものをお持ちでないの?」

「……それは違う」

 

 一瞬、空気が固まった。まずいことを聞いてしまったのか、と内心慌ててしまったが、テンザンが頭を振ってその空気を動かしてくれた。

 

「俺は、いや“私”は一方的に知っているだけさ」

「ムゥ、それこそ予知ではないのかしら?」

「全然違ぇよ。俺のは降ってきたわけでも、覗きみたわけでもねぇ……ただ、最初からそういうのを持ってるだけだよ」

 

 持つ、という表現の仕方に小首をかしげると、がたりと音を立ててテンザンが立ち上がった。怒らせてしまったかとテンザンの顔を覗き見るが、ちょうど反対の方を向いてしまい、一瞬しか見えなかった。

 

「シェースチのとこに行ってる。シャインはもう今日はフリーでいいぞ」

「なっ、だから私は付き人……って、ああもうっ!」

 

 こちらが文句を言おうとした矢先に、テンザンはもう歩き去ってしまった。入れ代わりに入ってきた整備員たちが何だ何だと顔を向けるが、雰囲気の悪さを察してか、そのまま通してしまった。

 

『まったく、まだ拗らせてるのか』

「仕方ないわよ、あればっかりは彼の問題だもの」

 

 あ号とジジの言葉は気心の知れた相手故に漏れたものだが、蚊帳の外に等しいシャインとして納得がいかないものだ。その背を追おうとすぐに立ち上がると、ジジから静止が入った。

 

「……もしかして、気になるから聞きにいくの? さすがに気まずいと思うわよ」

「ええ、きっとあの方自身から聞かされなければ、意味がないことでしょう?」

『……まぁ確かにそうかもしれないが、今か?』

 

 人外からも疑問符を浮かべられた。確かに他の人間であれば、シャインも身を引いただろう。それぐらいの良識は宮廷育ちでも持っている。しかしことテンザンのことであれば、その情動のあり方は何となく察することができた。

 

「今です。こうでもしないと、ずっと聞けそうになさそうですし」

 

 迷いなく応え、彼を追う。あの時の光と熱を、そしてあの場にいたもう1人の"想い"に接触できたからこそ、引かずに攻めに出れるのだ。

 

『……人間の求愛行動というのはすごいな』

「そういうもんじゃないわよ……けど、若いわねぇ」

 

 後ろの声が届かず、そのまま廊下へと出る。カンカンという音を軽快に立てて、その先に向かう。幸いにも、彼の行き先はこの船に来てから幾度か入ったことがあり知っていた。研究フロアの一角ということもあり、すぐに辿りつくことができた。それでも小走りだったからか、少し息を整えてからスライドドアを開ける。

 部屋の中は、いかにもな雰囲気の研究室だ。スパコンと思わしき装置が壁に取り付けられ、そこから伸びるモニターが部屋の中心にある棺のようなカプセルに伸びている。緑色の溶液に満たされたそこには、ノミにも似た巨大で、その内に人の脳を抱えた奇っ怪な生き物が浮かんでいる。それは姿形は違えた、1人の少女であることをシャインは知っている。その名前がシェースチと呼ばれる、彼が助けたいと願っている人だと言うことも。

 

「っ、何だ、シャインか……ったく、しつこいっての」

 

 カプセル/専用医療ポッドの横に置かれた椅子にちょうど座ろうとしていたテンザンがこちらに振り向き、不機嫌な顔のままそのまま腰を下ろした。タイミングがいいのか悪いのか、まだ意識の戻らないシェースチとテンザン以外は出払っており、部屋の中はカプセルとスパコンから発する鈍い低周波音だけで満ちていた。

 

「どうしても気になってしまいましたの。悪いとは思っていますが、少しはヒントでも出していただかないと引きませんことよ?」

「はぁ、ほんっとお前、我儘姫だな」

 

 それでも強引すぎるだろ、テンザンが呟くが、今は貴方相手だからですわ、と内心で零しながら反対の椅子の座った。彼が顔を顰め、口をもごもごと動かしている。追い出さないのは、彼もまたあの時に、シャインの心というものに触れ、言っても無駄だと察しているからだろう。我ながら中々卑怯ですわねと考えながら、テンザンが言葉を選んでいるのかと察して、そのままこちらも黙ることにした。

 

「……ハガネに救出されて、極東の伊豆基地に向かい一時的に保護されることになる。そしてそこでお前は、ライディースに恋をする」

「……はい?」

「"私"が知っている、シャイン・ハウゼンが本来いるべき"今"だよ」

 

 突拍子もない言葉の羅列にぽかんと口を開いて呆然としてしまったが、テンザンはその間にも淡々と声を紡いでいく。

 

「お前はハガネのクルーと交流を深めて、浅草とか色々な場所に遊びにいく。特にラトゥーニっていう同世代の子と仲良くなって、親友になる……そんで色々会って、DCに捕まって、ライディースとラトゥーニに助けられる。その後も色々あるが、まぁ概ねハッピーエンドさ」

「……とても、具体的ですわね」

「そういうもんなんだよ、俺が持っている知識っていうのは」

 

 その正体が何であるかを言おうとしなかったが、それこそが彼が"持つ"未来図というものだと察することができた。

 リクセント公国での戦闘で、ハガネに救助されるというもしもの話。しかしテンザンが言うには、それこそが正しい未来だという。今言った与太話の通りなら、きっと自分は素敵で幸福で、山や谷はあれど、今とは違う充実した日々を送れていたのだろう。

 

「その中では、お前は心の底から笑っていられるんだよ」

「あら、今でも笑っていましてよ?」

 

 けれどもそれは、"今のシャイン・ハウゼン"にとって、ただのイフだ。

 

「貴方が教えてくれたのは、素敵な"物語"の断片ですわ。けれど今の私はそれに負けないぐらい、きっちり生きているつもりでしてよ? たしかに国や今後の身の振り方は心配ですけど……けど、貴方たちがあの時に示してくれた盾と光は、国中を照らしてくれました……あれだけ眩しかったのですもの、みんな暗くなる暇なんてありませんわ」

 

 感情を言葉に変え、声に出していると、自分の心も整理されていくようだった。壊滅しかけた母国への心配があまりないのは、あの光の中にあった"何か"が、絶望と恐怖に挫けていた人々に降り落ちたからだと感じ取れたからだ。生来持ち合わせた予知とは違う、他者を感じ取る力。軍が定義した念動力とはニュアンスの異なる感覚を持ったそれは、シャインにもまた変化の灯火を抱かせていた。

 

「だから、自分をそう卑下しないでください。救えなかったと嘆いてばかりいないでください。貴方の持つそれが、貴方自身が卑しいと感じて……もし、本当に悍ましいものだとしても。それも貴方だと、私も認めてあげますわ」

 

 認めているのは、自分だけではない。最初に認めたのは、今は眠り続ける1人の少女だ。そして、この艦の中にいる人達だ。自分は後から、ちょっとしたズルをして深く知っただけだ。

 

「っ……なんで、会って少しの俺に、そんなことを言えるんだよ」

 

 一瞬言葉に詰まったテンザンが、絞り出すように呟いた。もっともな質問だと思う。そもそも執事のジョイスがいれば、こんな台詞を言える自分に驚くかもしれない。自分自身も驚いているのだから当然だ。

 

「あら、それは簡単ですわ」

 

 その理由は、今ようやくわかった。彼の言う別のシャイン・ハウゼンが手に入れたものとは違う、今のシャイン・ハウゼンのそれを、ようやく認めることができた。こんなにも簡単に信じることができたのも、些細なことで心がこそばゆかったことも、あまりに単純な理由だったのだ。

 

「私は、貴方に恋をしてしまったのですから」

 

 たとえどんな単純な理由であっても、少女は生/恋には、嘘をつけないのだ。

 

 

 

 

 同時に、テンザンの左手首にあるDコンは、ひとつのメッセージを受信し、赤く点滅しだした。

 点灯された小型ディスプレイには、自動的にメッセージが表示されだした。

 

 MARCHE AU SUPPLICE




断頭台への行進

なのでその前に甘くて都合の良い出来事を入れました。本当はすぐにバトルに進めたかったのですが、どうしてもアームズフォートの下りを入れたくてこうなってしまいました。
構成力不足がにくい。
そして……シャイン王女ファン、ライ×シャイン派の読者様、お許しください!

2022/2/24 Gコン→Dコンへ修正しました。

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