スパロボOG TENZAN物   作:PFDD

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誉れを浜で失ったので初投稿です。


インターミッション/揺籃

 新西暦187年4月YY日

 

 何とかあの場から逃れることができた。今は、イスルギ重工で補給を受けていた伊400に乗ることができ、急ぎ出航の準備を行っている。意識の戻らないシェースチと、顔を青くしたままのシャインはすぐにジジたちの研究室、いや医務室に運ばれていった。イタリアにつくまでずっとゼノリオンの中にいたから、碌に休憩もできていないはずだ。私自身、今はほとんど気力だけで手を動かしてような状態だ。シェースチの言っていた通り、サイコ・ネットワークの負担は死にそうな程の痛みを与え、今もその影響がある。おかげで頭痛が収まらない。そのせいで、出航準備の手伝いや、リョウトのことに問いただすことができない。

 そう、リョウトだ。そしてR-1とリュウセイ。

 わけが分からない。

 どうしてあの場で、ハガネを裏切った。私が何か誤ったのか。いや、そんなものは当然だ。私が正しいと思えることなど、その大半が誤りだ。シェースチを救うという願い自体、もしかしたら彼女たちの願いを借りただけかもしれない。けどそれは、私がここにいる理由である以上、否定することはできない。そのような我儘が原因なのかもしれない。

 何にせよ、理由を聞き、謝らなければならない。

 リョウトを撃って、その良心を傷つけたことだけは事実なのだから。

 そしてリュウセイとR-1。彼がここにいることで、益々"原作"からの乖離が酷くなった。今回の影響でRシリーズの完成が遅れてしまい、その結果余計な被害が増えるのではないか。そしてイングラムがどのような行動を取ってくるのか、想像もできない。

 ……体が重い。頭もこれ以上動かない。流石にもう限界か。

 

 

 新西暦187年4月Z日

 

 丸二日寝てしまっていた。その間に船は出港し、今は地中海の数ある海溝の中に潜みつつ、ジブラルタルに向かっている。なんでもミツコから指示、いや依頼があり、ジブラルタルを抜けて北海に向かう必要があるとのことだ。そしてまた、VOBを使用するという事前通知もあり、シミュレーションデータも補給時に渡されていたらしい。敏腕商人らしい、先回りが上手い奴だ。少なくともVOBを使うということは、アームズ・フォートかそれに準ずる相手を想定しなければならない。シミュレーションデータにその相手のことも入っていればいいが、あの女狐のことだ、肝心なことは伝えてこないだろう。しかし今回の追加報酬として、アードラーとの会談の席を提示されたのだ。こちらの欲するもの的確に提示することで降りられなくされた。ただでさえスポンサーである以上強く言えないのに、それを出されては依頼を受けるしかなかった。だが、ギガベースの時はプロジェクトTDも巻き込まれたのだ。いつか鼻を明かしてやりたい。少なくとも、昔チャットで気安く話していた時のように。

 そして2日も経てば、リョウトたちも落ち着いていた。いや、正確にはリュウセイとシェースチはまだ起きていなくて、リョウトとシャインとは話すことができた。

 まずシャインとの会話は、最初に私から頭を下げて謝った。こちらの都合で攫い、アードラーとの交渉材料としていること。そしてリクセント公国での戦闘で巻き込んでしまったこと。ともかく色々と、彼女には迷惑を掛けっぱなしだ。加えて彼女には言えないが、本来の未来からは外れてしまったことは、償いきれないものだ。伊豆基地に行き、ハガネ部隊と交流できず、初恋の機会という輝かしい思い出となる"未来"を無くしてしまったことは、私の咎だ。

 だが彼女は、私を責めなかった。むしろ、経緯はともかく虜囚の身である以上、こちらの言うことは聞くし、我々には何をされても文句は言わない、と言ってきたのだ。なんでも、私のことは信じることができると。むしろ、リクセント公国を守ってくれてありがとう、などと感謝されてしまった。

 その感謝を、私は受け取ってしまった。それが私自身、許せない。感謝される資格を持たないからだ。何故なら私があの時、イクリプスの砲撃を受け止めようと思ったのは、砲撃により巻き起こる惨劇が、私の行いが原因で発生したからだ。アードラーの行いはたしかに許せない。しかしあの男が乗ってたアームズフォートは、私がミツコに知識を教えてしまったことで生まれた、この世界で存在しないはずの兵器だ。ならばその責任は巡り巡って私にもある。しかも直前まで起きていた"原作"にはない虐殺は、私のコピーだというゲイザ・システム/人道兵器が起こしたものだ。私のコピーいや本来の"テンザン・ナカジマ"を呼び起こしたことこそ、まず責められるべきだ。

 ああ、何だ、やはり私が諸悪の根源か。つくづく私は、存在することが害悪らしい。正義の味方の対極だ。

 とにかく、彼女は現状、大人しくしてくれるとのことだ。それならと、エメさんが厨房の人手が足りないと前に言っていたので、彼女に手伝ってもらうことにした。潜水艦生活は色々と足りないのだ。もしかしたらストラングウィックかユルゲン博士がデータ取りをしたいと言ってくるかもしれないが、それは私に言えば拒否できると伝えておく。彼女の"予知"は本物だ。あのアードラーが認めるほどである以上、チームの研究者も皆目の色を変えてしまうかもしれない。そのような皆を見るのは、正直な話、見たくない。シャインも捕虜であり交換材料である以上、怖がらせたり傷つけないはできない。まあ、皇族に下働きのような真似をさせるのも、我ながらどうかと思うが。それでも少しの間だけとはいえ、本来の流れのように、普通の人間らしいことをさせてあげることが、"原作"を変えてしまったこと、そして彼女の正道なる"未来"を奪ってしまったことへの償いとなればいいと思う。

 そして、リョウトだ。

 あいつは、自分を第9研究室の一員として帰還を告げた。自身を裏切ったところに、意気揚々と。ストラングウィックたちは既にその理由を聞いていたらしく、私もリョウトと会う直前になって教えられた。何でもシェースチが密かにサイコ・ネットワークでリョウトとリンクし、フォローした上、彼にウラヌス・システムの入手を依頼したとのことだ。そしてあの瞬間、私とシェースチの危機と状況を解決し、その上で目的を達するため、裏切ったとのことだ。

 どこからツッコみ、何から怒り、どうすればいいのか、まるで分からない。こう書いている間にもシェースチへの感情だけはまだ整理が付かない。

 ただ、私が彼を撃った理由については既に理解していたらしく、必要なことだったんだよね、と言われてしまった。

 私は反射的に怒鳴ってしまった。怒りをぶつけていいはずだと、理不尽だと、私にぶつけてもいいと。いや、身勝手な話だが、そうでなければ私が私を許せなかったのだ。何故ならリョウトは、こんな私を友達と言ってくれたのだ。そんな相手を後ろから撃つなど、どのような理由があれど、畜生の行いだ。アードラーやトーマスを揶揄する資格はないのだ。口が滑って、本来のリョウトが進むべき未来のことも言ってしまった。

 それでもリョウトは、私のことを許し、その上で私を助けたいと言ってくれた。ここにいたいと言ってくれた。

 その時はもう、嬉しさと悔しさ、そして未知へと進む未来と、リョウトが今後被るだろう裏切り者の汚名を恐れてしまった。何より余計に私自身を許せなくなった。こんな良いやつを撃ち、今も信じるきることができない自分をだ。

 そんな私を見かねてか、映像通信越しに見ていた整備長が、いっそ殴ってもらったらどうかと言ってきた。いつかの整備長たちのように、それでチャラにするという意識を持たせるそうだ。マッチョ過ぎる意見だが、真っ当な判断力を失っていた私はその意見を採用し、リョウトに殴ってもらうこととした。 

 その一撃は重かった。さすが空手家とも思えたが、態々構えを取っての正拳突きだ。意外とリョウトも抱え込んでいたのかもしれない。おかげで数日は腫れが取れないだろうとジジに呆れられてしまった。今だってジンジンと頬が痛い。そんな状態で、リョウトと一緒に大笑いしてしまった。顎の骨が折れそうになった。

 ただそのおかげで私も、リョウトも吹っ切ることができた。まだ問題は色々とあるが、ちゃんと謝ることもできた。

 ここまで来ると、私は生きてはいけない存在だが、まだやるべきことが多すぎる。どんなに死にたいと思っても、死ぬことは許されないだろう。

 あの時、ゼノリオンが放った光の中で思考したことも、きっと過ちだ。

 

 

 新西暦187年5月A日

 

 ついにリュウセイが起きた。

 彼が寝ている間にメディカルチェックは済ませており、健康な状態なのは確認できている。しかし連邦軍であることと、リクセント公国で披露したあの念動力の発露、明らかに"因果律の番人"の影響を受けたとしか言えない特殊な念動力を警戒して、整備員たちが作り上げた拘束具で固めて、状況の説明と事情聴取、そして私たちの目的の説明を行うこととなった。

 意外なことに、リュウセイの様子は落ち着いたものだ。この時期のリュウセイはまだ青少年らしい青さと熱さに浮かされていると思っていたが、どうやらリョウトに以前から色々と聞いていたらしい。こう聞くと、リョウトはスパイでもやっていけそうな気がした。さすがサイコドライバー候補といったところだ。

 当然のことだが、身柄がどうなるのかを聞いてきた。私としては早く解放したほうがいいと思うが、状況が状況だけにそんな余裕はない。精々人質として連邦に引き渡すぐらいか。それにストラングウィックたちがR-1の解析に躍起になっている。シェースチから伝えられていたウラヌス・システムもそうだが、純粋にPT技術の粋を集めたような機構に感動したらしい。実機理解のため、ゼノリオンの余剰パーツで何とか修復できないか試すほどだ。

 そして、R-1にはリュウセイは搭乗させないことは、着いてきてもらったストラングウィックとドナにも合わせ言明した。海底という脱出困難な状態ではあるが、万が一にもPTを使って内部で暴れられれば一溜まりもない。それを防ぐためというのもそうだが、一番警戒しなければならないのは、あの念動力、いや大鎌。アレはまず間違いなく"因果律の番人"のものだ。それらしい言葉をリュウセイに言ってみせると、彼の名前、"クォヴレー"に引っかかりを覚えていた。これで介入は確実となった。悪夢だ。あの銃の悪魔が、このタイミングで干渉してきたのだ。たしかに介入の示唆をされているし、干渉が行われた媒体もある。しかしどちらにしても、時期が早すぎる。そして何よりも因子、または介入を行うに足るトリガー、イングラムの死は起きていない。ならば、何か別の原因があるはずだが、今の段階でも想像できない。

 そこに思い当たった瞬間、正直頭が真っ白になってしまった。おかげでリュウセイがまだ知るはずでない情報まで口走ってしまった。おかげでかなり不審な顔で見られてしまったが、もとよりリュウセイからの印象は悪感情以外なさそうなので、そこは気にしなくていいだろう。問題は口が滑ってしまった単語だ。どこまで話した詳しく覚えていないが、サイコドライバーとバルマーについては言ってしまったはずだ。ホワイトスターが出現し、オペレーション・ブレイクアウトが行われれば、レビやイングラムから告げられるのでそこまで問題視しなくとも良さそうだが、こうして文字に起こしてみると不安になる。今度改めて口外しないよう言い含めなければ。

 最後にリュウセイのしばらくの扱いだが、ひとまずはシャインと同様、捕虜として伊400での労働作業に当たってもらうことにした。捕虜にそういうことをさせるのはそもそも可笑しいかもしれないが、何もさせないというのも気が滅入ってしまうだろう。監視についてはろ号がサイコ・ネットワークをリュウセイと繋いで行ってくれるらしい。我々の方でもできるだけ人を付けるようにするが、捕虜の扱いとしては甘いかもしれない。

 そうは言ってもこの船には幼い子が2人に、精神が退行している子もいる。酷い真似はできない。

 

 

 新西暦187年5月B日

 

 シェースチはまだ起きない。元々回復ができていない状況で、あれだけ念動力を使ったのだ。それは一時的に負荷を預かった私にはよく分かる。これの痛みをゼノリオンに乗っている間、常に彼女は受けていたのだ。何とか彼女をゼノリオンから下ろすことはできないか、とストラングウィックたちに確認したが、今のBHエンジンを戦いながら制御できるのは、彼女だけのようだ。おまけに先の戦闘で、より必要性が強まったという。

 最後に行ったあの障壁だ。シャインは"ヴェルトール・イデア"と名付けていた。こっ恥ずかしい名前なので止めてほしいが、ゼノリオンのシステムにその名称で登録されてしまったらしい。インパクトランスの時のやらかしを客観的で見ているようで死にたくなる。

 ともかく、あの際に感じたもの、マシンセルについてだ。何でも種子島から出撃した時よりも増殖しており、その影響でシールドの形状も細部が変わっていたのだ。おまけに装甲の一部にもその侵食は伸びていて、最後に手足を切断された後にパワーダウンが起きて墜落しなかったのは、マシンセルが露出したケーブルやモーターを保護していたからだそうだ。いくらマシンセルに自己修復機能があるからと言って、今まで搭載されていなかった箇所に勝手に付着してシールするなど、普通はありえない。だが、その正体が別のものであれば、話は別だ。

 今のゼノリオンに搭載されているのは初期型マシンセルと説明されたが、実際にはこの世界におけるもう一つの機械細胞、すなわちズフィルード・クリスタルだ。あの瞬間に感じた感覚から、そうとしか思えなかった。マシンセルは確かにズフィルード・クリスタルを元に作成されているが、その機能を全て模倣しているものではない。特に念動力との干渉はオミットされている。

 思えば、疑うべきだったた。なぜマシンセルなのに念動力の制御が必要なのか。そもそも開発者であるソフィア・ネート博士がアイドネウス島にいないタイミングで、どこから流れてきたものか。この2つの要素はある存在のことを認めれば簡単に分かることだ。

 セプタギン。スーパーロボット大戦OGにおける真のラスボス。今はまだメテオ3に偽装した状態でアイドネウス島に封印されている。しかし1、2ヶ月以内に現れるだろうネビーイームの首魁/レビ・トーラーが破れた瞬間、封印を解いて文明破壊機能を発揮するパルマーの超兵器、いや時限爆弾。その全身は超高密度のズフィルード・クリスタルで形成されている。封印、つまり休眠しているだろう状態とはいえ、削り出し研究することはいくらでもできる。本来はソフィア博士がそうしたのだろうことを、私達はそのまま流用しているのだ。

 あの時はただ、伊400の改修という、上向きの目的があって、ビアン総帥が側にいたからこそ、無邪気でいられた。しかし今は、それが未知への恐怖となって、不安を煽ってくる。いつアレが暴走し、第2のセプタギンとなってしまう、シェースチの命を喰らっていないか。

 ただ不思議なことに、これだけ不安要素と恐怖を書き出しているのに、私にはあのゼノリオン自体を怖れることができない。それは作り出したストラングウィックたちを信頼しているとか、シェースチの心の強さを信じているからといったものではない。これも変な話だが、あの時、私とシェースチとシャインの3人でリンクした時、マシンセル自体に意思を感じ取れたからだ。

 生きたい、という意思。機械細胞とはいえ、それは原初の生存欲求だ。私はそれに、なぜか共感してしまった。結果としてあの時はそれで制御できていたからよかったものを、そのまま逆に取り込まれていたら大惨事だったはずだ。前世含めてそこまで呑気というわけではないのだが、そう感じてしまった以上、このままゼノリオンと付き合い続けるほうが結果としてはいいのかもしれない。

 ……また、仲間が増えてしまった。

 

 

 新西暦187年5月D日

 

 ゼノリオンの修理・調整の手伝いとシェースチの見舞いが終わった後、掃除中のリュウセイと会ったので、彼のストレス解消目的でシミュレーターを行うことにした。ついでにアーマリオンの調整も兼ねてリョウトも巻き込んだ。

 リュウセイは本調子ではないのか簡単に堕とせた。シミュレーター上のR-1は情報不足もあって、念動力フィールドによる補正はできなかったが、、機動性・運動性にフィードバックはあるはずだ。それなのにどうにも動きがぎこちない。いつも私を追い詰めていた時のような鋭さがないから、つい"テンザン"的な口調で煽ったが、どうやらろ号の干渉が原因らしい。サイコ・ネットワークで四六時中繋がっているのは、人より強い念動力を持つリュウセイには強いストレスがあるようだ。

 彼は"主人公"であり"英雄"、とはいえ人間的には二十歳未満の青年だ。捕虜生活にも慣れていないのだ。こういう気の回らない自分自身が嫌になる。一時的にサイコ・ネットワークを解除してもらい、再戦してみた。すると動きが全然違い、何度か危うい場面があった。変形しながら膝蹴りをカマされた時は本気でキツかった。シミュレーターかつメタを貼っていなければ、まず間違いなく私が負けていただろう。

 次いでリョウトだが、以前より腕を上げていた。やはり本来いるべき"日の当たる場所"に在れば、彼はここまで強くなれるようだ。実質的に師匠となってしまっている以上、シミュレーターではまだ負ける気はないが、それもいつまでか分からない。やはり主人公は強いのだ。それに彼が搭乗するアーマリオンも驚きだ。実際に戦ってみて、その完成度の高さ、戦い難さは折り紙付きだ。ファインマン兄弟が揃って眼力を強めていたのは笑ってしまい、その目を向けられるリョウトには同情してしまう。

 そして何より、リョウトは本来のアーマリオンに存在しない機構を取り付けていた。"システム・モルディール"と命名されたそれは、どうやらインパクトランスのフルパワー/ロンゴミニアドと同じ状態を機体全体で再現する、というものらしい。シミュレーターで一度使ってもらったが、捉えるのに苦労した。おかげで右腕と頭部を持ってかれた上での辛勝だ。相手のスピードに合わせてのカウンターでようやく芯を打ち抜けた。同じく対戦したリュウセイは逆に翻弄されっぱなしで終始劣勢で、私がアドバイスしてようやく相打ちになった。

 最後に私対リュウセイ&リョウトで戦うことになったが、やはり2人は強かった。一人ひとりとの戦闘はガンメタで押せるが、連携されるとアドリブを加えなければならない。シェースチがいれば盾を浮遊させて戦略の幅が増えるが、生憎と彼女はまだ休んでいる最中、甘えるわけにはいかない。何とか猛攻を凌ぎ、隙を突いてリョウトは落とせたが、最後に動きを切り替えたリュウセイに反撃を貰い、相打ちになってしまった。

 久々に"踏み台"、というか成長の壁のような戦闘ができたことに、奇妙な満足感があった。逆に私が付き合わせてしまったリュウセイとリョウトはかなり参っていた調子で、今日はそのまま寝てしまった。2人とも軍人なのだから体力は付けるべきだろう。

 そういえば、シミュレーターの後にシャインが飲み物をくれた。こういうことは彼女が伊400に来てから度々あって、私の面倒を見ようとしてくる。王女様のお世話を任せている、主婦歴の長いエメさんに聞いたが、変な笑みではぐらかされた。恐らくは、捕虜でかつ雑用の立場にあるということと、あの時のリンクで私に同情していることが合わさって、こういう行動を取っているのかもしれない。私にそんな価値はないのだが、楽しそうな顔をするシャインの気を害するのも悪いので、しばらくはこのままでいいだろう。

 

 

 新西暦187年5月E日

 

 しばらく海底沿いで移動して、連邦に見つからないようにしていたが、いよいよ明日にはジブラルタル海峡を超えられる。機体も何とか修理が終わり、万が一があっても対応できそうだ。

 しかし、シェースチだけがまだ目覚めない。今も研究室のシリンダーの中で眠りについたままだ。今日もスェーミやシャイン、そしてトニーとマリーたちと見舞いに行ったが、呼びかけても応える様子はない。その様子を見ているとやはり思っていると、やはり彼女を巻き込んだことは間違いだったのでは、と考えてしまう。彼女や皆がそう望んでくれたとはいえ、それで彼女が傷つき、目覚めなければ意味がない。この旅はシェースチやスェーミ、あ号たちを治す……いや、普通の生活に戻すことが目的なのだ。その中の誰かが旅の中で命を落とすのは、それこそ本末転倒だ。

 見舞いが終わった後にストラングウィックたちの様子を見たが、どうやらR-1、というよりウラヌス・システムの解析が難航しているらしい。リョウトが事前に調査していた時よりも進んではいるそうだが、肝心の中枢部分はブラックボックスとなっており、この船の設備では限界とのことだ。R-1の修復も完了したらしいが、ゼノリオンの予備パーツを使った影響か、元の形状から少し変化が起きていた。肩アーマーなどはリオン系列の角張ったものになっていて、損失したシールドはマシンセル、もといズフィルード・クリスタルで形成したものに変更され、色合いも蒼みを帯びていた。しかもシールドは変形して鎌や双剣、更には弓になるというのだから驚きだ。代わりにG・リボルバーとミサイルは代替部品がないらしくオミットされていた。

 いや、私としてはハガネの戦力が結果的に増強されるのはいいが、SRXに合体できるのだろうか。そこはもう、あちらの天才たちに任せるしかないだろう。正直、申し訳ない。機会があれば菓子折りを持参して謝りたいくらいだ。

 ともかく、今日は万全を期して早めに寝よう。地中海の出入り口である以上、連邦軍とて警戒網を固めているはずだ。最悪戦闘になる。そこでリュウセイを返すことになるか、はたまたシャイン王女を奪還されるかはわからないが、今はもう、押し通るしかないのだ。

 

 

 

 しょりしょりしょり、と手の中のじゃがいもをリズムよく剥いていく。母子家庭であったことと、母の体調次第で自分が料理を作らなくてはいけなかった関係上、こういう下拵えの類は慣れたものだった。都合6個目、最後に芽を取ったそれを水の張ったボールに入れて、新たな芋に手を伸ばしつつ、ちらりと横を見る。

 

「く、ふぬぬ……」

「お姫様、いつまで経ってもへたっぴだなー」

「お姫様なんだから当然でしょ、何いってるの」

「いえ、虜囚の身となった以上、これぐらいは……あ痛っ」

「あらいけない、ほらっ消毒して」

 

 "守護らねばならない"と言葉尻とは裏腹にポップな字が刺繍された、ラフなシャツ一枚を着たシャイン・ハウゼンが自分と同じようにニンジンの皮むきに悪戦苦闘し、それを少年少女に囃され、力んで跳ねた皮むき器で切ってしまった指先を優しげな風貌の女性が手当していた。思わず胡乱な目になり、現実逃避気味に皮むきに戻る。

 

『うーん、上手いもんだね。人間の念動力者っていうのはみんな手先が器用なのかな?』

「……その、急に話しかけないでくれるか? けっこうびびっちまうというか」

『ははっ、聞いてたよりよっぽど肝が小さいね! まぁテンザンよりは大きそうだけど』

 

 脳に響く甲高い少年の声は、なんともはや、テレパシーを使えるイルカのものだ。表情が見えるのならば、きっと愉快にきゅるきゅる鳴いていると容易に想像できる。

 

「……なんだかなぁ」

『ため息をすると元気がなくなるよ?』

「それをしないイルカが言うなよ……」

 

 身構えていた想像とまるで違うアットホームな現実に、思わず肩を落としてしまった自分は悪くないと、捕虜となったリュウセイ・ダテは思いつつ、何度目かわからない回想を瞼の裏に広げた。

 

 

 

 リクセント公国の戦いを、唐突に終わった。

 

『ごめん、リュウセイ君。けど、これが僕の決めた道だ』

 

 まともに動けない自機に突きつけられた銃口。パイロットの指先一つで、瞬時に形成されるプラズマの刃は容易くR-1の装甲を貫き、リュウセイ・ダテという人間を蒸発させるだろう。あの"声"は響いているが、打開策は言ってこない。いや、自分に打てる手がないというべきか。困惑もあるからだろう、ハガネからも即座に何かをするような動きがない。

 

『おい、バカなことするんじゃない!?』

『そうよ、リョウト君! なんでこんな時に……』

『この瞬間だからさ。僕はやっぱり、あっちの部隊の一員で……テンザン君とシェースチを助けられるなら、どんなことだってやるさ』

 

 マサキとリオがすぐに"何故"をぶつけた。傍から見れば突然リョウトが裏切ったように見えたのだから当然だろう。

 しかし、リュウセイには納得できてしまった。あれだけのことを言っていたリョウトならば、きっとこういう時だからこそ動いてしまったのだと。リョウト本人もそれを肯定した。この戦いの前に彼の意志を聞いてしまっていたリュウセイは、抵抗する気が削がれてしまっている。

 そうと知らない、もしくは理解できない面々は、顔を強張らせたままだ。それも当然だ。戦友として見ていた相手が、急に敵方を逃がそうとするために、味方機に銃口を向けたのだ。正気を疑われるか、もしくはスパイかと考えられてしまうだろう。

 

『……最初から、裏切るつもりだったと?』

『……R-1に組み込まれたシステムが簡単に手に入ったら……いえ、こんな状況にならなかったら、何もしなかったと思う……テンザン君のいってた通り、ハガネの皆は、とてもいい人たちだったから』

 

 そしてリョウトは、曖昧な物言いではあるが、ライの疑問を否定しなかった。誰かの手が軋む音がした。自分でないことだけは確かだ。

 

『リオ、僕に色々教えてくれてありがとう。けどこれが、僕の選んだ道だ』

『リョウト君……l』

『ラトゥーニ、動かないで! この位置ならアーマリオンのブレードの方が速い』

『くっ……』

 

 一番世話になった相手に感謝しつつ、自分自身も修理に貢献した兵器にも気を向け牽制する。恐ろしいほどの冴えが今のリョウトにはある。むしろこれが本来のリョウト・ヒカワの実力なのかもしれない、と錯覚してしまいそうになるほどだ。

 

『……リョウト・ヒカワ、君の意志は変わらないのだな?』

『はい……改めて要求をいいます。僕たちをこのまま見逃してください。R-1も預かります』

 

 それは強欲すぎる、と駆け引きが得意ではないリュウセイでも理解できた。この場でベストなのは、シールダーの撤退までリョウトがR-1/リュウセイを人質に取り、最後にリョウトも逃げ切ることだ。それだけであればリクセント公国王女の誘拐で済む。しかしR-1も含めてしまえば、ただでさえ加盟国の王族をみすみす拐かされただけでなく、機密の塊である試作兵器までディバイン・クルセイダーズ残党に渡すことになってしまう。勿論、先程までの戦闘から、テンザンたちとアードラーたちが敵対し、内部分裂を起こしている可能性があるが、それでも対外的には同じ枠組みだ。

 そうなれば、連邦軍の面子は泥を被るどころではない。ただでさえ今回、一国の王都が半壊させられるような事態になってしまったのだ、低い信用が更に落ち込むことになる。

 

『貴様、それは……』

『いや……呑もう』

『隊長?!』

 

 だからこそ、先程よりも、わずかながら落ち着いた顔をしたイングラムの承諾に、皆が眼を丸くした。

 

『今の我々では、シールダーと、"システム・モルディール"を温存したアーマリオンを止められない……シャイン王女もまだ向こうの手の内にある以上、迂闊に手は出せない』

『け、けどよぉっ』

 

 そう言われてしまえば、たしかにそうだ。こちらはほぼ全機が中破し、戦闘機動に支障が出ている機体だらけ。ハガネは後少しで完調するだろうが、この交渉を行うには破壊力のある武装しかなく、シャイン王女を抱えたまま逃げられれば手が出せない。一方でシールダー/テンザンも損傷しているが、通常飛行はまだ行えそうだ。それに、手を出せば何をされるか分かったものではない、というのがこれまでのテンザンとの戦闘で皆身に染みている。加えて今回は戦闘に支障のない小破止まりのリョウトとアーマリオンがいるのだ。

 なにかの思惑はあるのだろうが、手が出せないという事実だけは変わらないし、受け入れる理由にもなり得る。

 

『……副長命令だ。全機、その場で待機せよ』

『ちょっと、テツヤまで?! か、艦長はっ?』

 

 ガーネットの喚きは沈黙で返された。誰もが手を考えるが、しかし形にならず、重苦しい間だけが生成され続ける。その間にもシールダーは徐々にこちらから距離を取り、いつでも逃げられる準備を進めていた。

 

『……全機、道を開けなさい』

『……ありがとうございます』

 

 そして最後に、この場で指揮権を与えられたアヤの言葉で、要求は呑まれた。感情的に否定するものは誰もいない。R-1の背後にアーマリオンが抱きつき、両腕を前に回して固定された。この状態で下手に動こうとすれば、アーマリオンのヒートホーンがR-1をかち割るだろう。自分までおまけで戦利品か、と余計なことを考えしまうのは、自分自身ではどうしようもない状況だと理解しているからだ。

 

『リョウト、リュウセイを殺してみろ。オレが必ず、貴様を地獄に叩き落してやる』

『リュウ、無事でいて。必ず助け出すから』

「ライ、アヤ……」

 

 同じSRXチームからの言葉を受け、鈍い頭で頷き返す。心配させまいと笑みを作ろうとしたが、疲労感と頭痛はピークに達しており、口角を僅かに上げる程度しかできなかった。同時にシールダーが踵を返し、両腰のバーニアを目一杯に吹かして飛んでいった。アーマリオンとR-1もそれに続く、見る見る内にハガネとリクセント公国が小さくなり、やがてノイズ混じりのレーダーからその反応が消えた。

 これで自分はMIA(Missing In Action)、いやPOW(Prisoner Of War)かと益体もないことを考え、思考の限界が訪れた。意識が落ちると思いながらも、抵抗できる術もなく、体をシートに投げ出すと、思考や暗闇に呑まれる直前に、2つの声が聞こえた。

 

『……ありがとう、そしてごめん、みんな、リュウセイ君』

 

 一つは、リョウトの声だ。そんなにしょげるなよ、と乾いた唇で形を作るが、声にならなかった。

 

【……因子はないが、例外となる要素は揃いつつある。ヤツの生み出した残滓と、新たに生まれようとする"獣"。それを倒す切欠になるのは、恐らく……】

 

 もう一つは体の内から、いや念動力を介してどこからか響く"声"だ。その正体と言葉の意味を考える間もなく、今度こそリュウセイは気を失った。

 

 

 

「あれ以来具体的なのは聞こえないし、あの姫様もここに馴染んでるし……はぁ、どうなってんだか、正直……よしっと」

 

 作務衣の上にエプロンをかけたままトイレ掃除を終えて、掃除用具を片付ける。捕虜となって数日だが、こういった作業自体もすっかり慣れてしまった。頭の中できゅるっと鳴くイルカのことも最初は違和感があり、実際に念動力を使う際には奇妙な気持ち悪さ、この潜水艦の技術陣曰く"干渉"が起きていたが、ここ数日の生活と気まぐれに行われるイルカたちからの念動力の訓練、そしてシミュレーターでの訓練で慣らし、その力を受け入れることができた。どうして捕虜、いや敵対する相手にそのような真似をするのかは検討もつかないが、正直ここに来てからやっていることが、雑用と、時折変な装置を被せられてデータ取りを行うだけなため、時間を潰すという意味では助かっている。

 特にシミュレーター訓練はハガネにいた時よりも厳しい。あのテンザンとサシでの勝負を立て続けに行い、何度も負かされる。その度に指摘を受けて戦い方を変えるが、即座に対応されて撃破される。一度だけ、あの時の"声"が強く聞こえてその通りに動いた時は相打ちまで持っていけたが、それもその時だけだ。リョウトとも戦うこともあるが、こちらも負け越している。

 自分、弱かったんだなぁ、と無自覚に生やしていた鼻が折れた気分で、意気消沈してしまう。いつもはここで監視役のイルカことろ号に笑われるところだが、念動力干渉による体調不良とストレス、ということが目に止まったのか、この潜水艦にいる博士の要請で、時折サイコ・ネットワークから外されていた。監視についてはこの時には人一人を付けることになっており、今は整備員の小さな女性がその任に着いているが、ついでだからと女性用トイレの掃除を行っていた。

 軍隊なのに緩いんだな、と思いながら、しかしそのおかげで深く思考を広げることができる。

 まず脱出について。これについては正直絶望的だ。ベターにR-1に乗り込んで無理やり脱出しようと思っても、この船は殆ど海上に出ず、地中海の海底沿いに移動しているらしい。ちらりと聞いたその深度は、およそ1000メートル、幾ら頑丈なR-1でも即座にペシャンコだ。加えてこの船には非戦闘員というにはあまりに幼い子どもまでいる。その子たちを危険に晒すのは、リュウセイとしては避けたい。かと言って脱出艇のようなものを強奪しようとも、それがどこにあるか不明だ。そもそもな話、このような考えを浮かべれていれば、P・ネットワークを通してこの船の頭脳に筒抜けだ。不埒な真似は一切許されない。そこについては、もう今は流れに身を任せるしかないと決めた。

 もう1つは、時折聞こえる"声"のことだ。過去に幾度も直感が働きすぎることが、そして自分とは思えないパワー/念動力を発する機会があったが、その源は同じものだろう。その善悪は、勘で言えば善だと答えるが、その目的と正体が掴めない。何となくSRXチームに伝えるのは止めておいたほうがいいと考えていたが、戻れたら報告したほうがいいだろう。少なくともテンザンはその正体を察しているようだった。黒き銃神、クォヴレー、バルマー、サイコドライバー。単語の意味はわからないが、それらを聞いてるとぴりりと頭に電流が走る。念動による直感に近いそれは、しかしそれ以上の思考を止めようとしているように感じた。これも"声"による干渉なのかもしれないと思うが、どことなく"焦り"を匂わせる。

 最後に、テンザン。

 

「まったく、あいつは何者なんだよ……」

 

 初めてあった時は、いけ好かない対戦相手で、晴れ舞台での自分を破ったバーニングPT大会優勝者。それ以降はDCの兵士としてだが、憎まれ口や挑発行為、更にはリョウトをいう味方を撃ったりと様々な行為でこちらの神経を逆撫でし、圧倒的な戦闘力でリュウセイたちを苦しめたが、同時に奇妙な言動・行動も目立つ、いうなればよく分からない存在だ。DC崩壊後も連邦が所有するアームズフォートを撃破したりヒリュウ改と戦う一方、かつて従っていたと思わしきアードラーとも敵対し、恐ろしいシステムを搭載した敵機を一蹴、更には命がけで街を守った。目的は宣言しているが、その行動が合致しているのか甚だ疑問だ。

 加えて、あの異常な知識。各機動兵器の特徴とそのパイロットへの対処方法はまだ理解できるが、リュウセイが問われたサイコドライバーや、エアロゲイターへの認識。少なくともロブやイングラムよりも詳しいと感じ取れた。リュウセイ自身、自分がサイコドライバーと呼ばれている特殊な念動力者の候補で、エアロゲイター、テンザンが言うところの"バルマー"にとっても重要な存在だと言うのは初耳だった。むしろ本当の情報なのか半信半疑だ。だが、その時の彼の口調に迷いはなく、"声"からのノイズもない。直感すらそれが真実だと教えてくる。何故そんなことを知っているのかと問い質そうと思うが、それを聞いてしまうのは、どうにも気が引けた。

 そう、気が引けてしまう。それはここで過ごしていて抱くようになった忌避感だ。テンザンとその周囲を見ていると、彼は正にこの部隊、"第9研究室"の中心だった。航路を決め、率先して損傷した愛機の整備を行い、技術チームとパイロットして意見交換し、子どもたちやあの妙にきになる少女と遊び、リョウトを扱き、眠り続けているというパートナーを一日も欠かさず見舞う。口ではどれだけ偽悪的なことを言っていても、その行動は仲間を想うものだった。

 それらを統合し、リュウセイはうんうん唸り、こう結論づけるしかなかった。

 

「悪いやつじゃぁ、ないんだよなぁ……」

「おう新入り、そっち終わったか」

「新入りじゃねーよ」

 

 ひょこりとこちらに顔を出した整備員の少女に悪態を返しつつ、思考を中断する。考えても詮無いことだ。今は自分の仲間を信じてひたすら待つ。その間にできることをやり、生き延びる。

 その気持を改めて胸に懐きつつ、掃除用のバケツを持ち上げていると、ふと視線を感じたのでそちらを見た。

 十字路になった廊下の先に、1人の少女がいた。銀色の髪をなびかせる、だらしない表情をした美しい少女。名前はスェーミ。リュウセイはまだ会えていない、ゼノリオンのコパイロットの妹で、何でも実験の影響で幼児退行しているらしい。どのような実験かは教えてもらっていないが、精神の退行を起こすほどのものだ、恐ろしいものだったのだろう。この部隊はそんな彼女をとある機会があって救出し、その心を取り戻すことも目的としているらしい。情報源はあの男女の子供からだが、概ね間違っていないはずだ。姉が念動力者であるならば彼女も同じ力を持っている可能性が高く、それ即ち実験が念動力、ひいてはサイコ・ネットワークに関するものだと類推するのは簡単だった。

 そんな彼女との接点は、こうして雑用中に他の子と共に茶々を入れてくるのが精々で、その幼さから危険性は一切感じられない、ハズだ。

 

「……っ」

 

 だが、今彼女の目から感じるものは何だ。標本を見る無邪気な子供か、それとも獲物を見つけた獣か。異常な圧を感じ、ざわりと肌が粟立つ。孤を描く口は捕食者が餌を食う時の前動作か。

 言えることは一つ。今リュウセイは、唐突に己が得体のしれない何かに"取り込まれそうに"なっているということだ。

 

【意識を強く持て、リュウセイ!!】

「おーい、どったー?」

 

"声"と声が同時に聞こえた。途端、自身を捉えていた圧は一瞬でなくなり、少女はいつもの朗らかな笑みと、言葉にならない声を漏らすだけとなった。

 冷や汗が一気に溢れ、呼吸が乱れだす。倒れそうだ、バケツを持つ手から力が失われ、そのまま膝から崩れそうになった。

 

「ほれっ、早く次行くぞ」

「え、ん、ああっ」

 

 次の瞬間には、何事もなかったように体に力が入り、整備員の女性の後ろを歩き出した。汗も引っ込んで、意識もはっきりとしている。"そもそもどうしてそんな状態になったのか分からない"。疲れてるのか、と自問自答するが答えは出なかった。

 もう一度ちらりとスェーミを見ると、口を半開きにしたままこちらに手を振っていた。リュウセイも半笑いで返しつつ、その場を後にした。

 

「へーあ、うーぅー……うーんやっぱり、今のわたしじゃ"番人"には負けちゃうなぁ。残念、リュウセイを取り込めればもっと簡単になるのに……とりあえずお姉ちゃん達に気づかれないよう"元に戻した"けど……あーぁ、もったいない。予定通りあの娘になっちゃうかな」

 

 そして、その場に残った"獣"の幼生は、物惜しげにその背を見送った。その身内から溢れ出すのは、あまりに黒く、淫靡で、認識するものを引きずり込む、想念の渦だった。




整備員の女性はかなりちっこい子です。かなり初期からいますが、名前はキッドとしています、女の子ですけど。(元ネタはガンダムX)
あと、リョウトとの和解はガッツリ書こうとしたらホモ臭かったのでカット。多分昔からお腐れの方の人気が強いだなぁと書いてて思いました。

遅くなりましたが、お気に入り1000ユーザー以上をいただき、ありがとうございます。
更新はかなり気まぐれですが、今後とも思い出したときに見ていただければ幸いです。

また、いつも誤字報告いただきありがとうございます。こちらも時間がある時に対処させていただいてます。


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