スパロボOG TENZAN物   作:PFDD

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秋刀魚法被が買えなかったので初投稿です。




ジャイアント・キリング 2

 濁る。思考が煮え立ち、灰汁で溢れる。疑問が浮かび、その巨大さに白く塗りつぶされる。テンザンは突然現れた現実/ヒリュウ改に心と思考を乱され、判断力を失い、平衡感覚すら失いそうになっていた。焦燥感には多大な怯えが混じり、心の現れのように全身から粘ついた汗が滲み、歯はがちがちと震えだしている。メットの中に広がる吐瀉物の悪臭を気にする余裕もなく、連動して震える手を咄嗟に操縦桿から離していなければ、機体が誤操作で動き出してしまっていただろう。

 "彼"の時間は、確かにあのアイドネウス島から動き出した。だがしかし、自身の運命に対しての絶対殺害権を行使できる相手と相対できるほど、彼の心はまだ成長してはいなかった。今までは"テンザン・ナカジマ"というロールを行うことで主人公たちの前では辛うじて自我を保てていたが、しかしその殻は決意をしたが為に剥がれ始め、そして正史にはありえないイレギュラーを成し遂げた直後ということ弛緩の時であった為に、柔らかな肉を食い破るように、テンザンの素/自殺経験者の弱い心は破り散らかされてしまったのだ。

 

「は……はーっ……はっ……なんで、なんでだ……」

『テンザンさん、しっかりしてください! まだ逃げられます!』

 

 無線傍受を警戒してか、シェースチの声が脳内に響く。それでもその提案は、テンザンを動かすには薄く、瞬時に浮かぶシミュレーションのせいで、現実味を持てないものだ。

 背を向けて逃げる、それはあのアルトアイゼンとヴァイスリッターへ無防備に背中を晒すことだ、間違いない死が与えられるに決まっている。警戒しながら後退する、それでもアルトとヴァイスの射程圏内だ。シェースチの無理をしてもらいサイコ・ネットワークでかき乱す、しかしあのグルンガスト弐式にはクスハ・ミズハ/サイコドライバーという特級の厄ネタが乗っている可能性が高い。逆に意表を突いて正面から海上に出る、だがしかしグルンガストとアルトアイゼンという巨大な壁が存在する。これだけの戦力差があるというのに、それらを指揮するのは若き天才、レフィーナ・エンフィールドと老獪なる副長・ショーン・ウェブリーだ。こちらが策を弄しても即座に看破してくるだろう

 即座に浮かんだだけでこれだ。おまけにこちらの状態は万全とは言い難い。機体各部のコンディションは殆どが黄色で所々がオレンジ、推進剤もこの一戦は持たせられるが、正直心持たない。装甲は一部融解、射撃兵装であるレールガンは充電中であり、加えて無茶な使用のせいでマシンセル制御系にエラーが発生し、ブレードの展開ができない状態だ。唯一まともに可動するのはシールドだが、ブラックホールエンジンを内蔵している都合上、相手の必殺兵器をまともに受けるには不安が残る。一度はギガベースの主砲を反らしたとはいえ、それは3重フィールドで威力を削ぎ、かつ斜めに受けることで正面から受け止めなかったからだ。近接兵装であるグルンガストの計都羅睺剣や、アルトアイゼンの最大加速によるリボルビングステークは受けるには危険すぎる。

 それらの情報を加味したテンザンの結論は、限りなく詰みの状態に近い、だった。

 

「……ここで、終わるのか?」

 

 声が自然と漏れた。絶望に染まりかけた、小男のつぶやき。前世ではいつも漏れ出していた悲鳴。終わってほしい、という他力本願な逃避願望。情けない現実/自分への絶望と、止まらない日常/地獄。その再現にも似た心への負荷は思考を鈍らせ、視界を歪ませ、物理的な胸痛となって体を苦しめだす。肺を直接締め付けられているような痛みで息ができなくなり、新鮮な空気を求めメットを強引に外した。多少はそれでマシになったが、今度はメットに溜まった吐瀉物がブツブツと泡立つのを見てしまい、また吐き気が湧いてきてしまった。

 

『テンザンさん、落ち着いて!!』

「うあ……」

 

 そして、もうこのまま、暴れだしたい/投げ出したいという感情が、体の外に溢れ出ようとした時だった。

 

『……ふぅー……この、オオバカ!!』

 

 せり上がった嘔吐感と絶望が、突如脳裏に走ったノイズ/頭痛によって引っ込められた。ビクンと体が跳ね、頭が狭いコックピットに天井にぶつかり、視界がちかりと明滅する。そのショックで吐き気は引っ込んでしまい、テンザンは間抜けにも大口を開けたまま、目を瞬かせた。

 

『さっき戦ってたときの勢いはどこにいったんですか! 私達を助けてくれるって言ったときの勇気はどこに消えたんですか! 急に主人公(ヒーロー)が現れたからって何ですか!! そんなもの、いつもみたいに泣きながらはっ倒してください! じゃないと私だって怒りますよ!!!』

 

 その胡乱とした目の先には、怒り心頭といった様子の少女/シェースチの仮想映像があり、普段の彼女からは想像もつかない怒声が体の芯に直接鳴り響いていた。

 

『だいたい、今の彼らじゃ貴方の足元にも及ばないんですよ! もっと自信を持って、演じてる時みたいに不遜になってください!!』

 

 普段の達観したような。いや悲観しているとも勘違いできそうな冷静さとは違う、映像の通りの、年相応と感じさせる感情的な声音/念。

 

「……そんな声、出せたんだな」

『さっきから私一人でフォローしてるからですよ! 正直今のテンザンさんはすっっごい気色悪いです!! ウジウジするのはいいですけど、やる時はちゃんとしてください!! 貴方の力は、託した私が一番信じてるんですから!!』

 

 はぁはぁと、テレパシーであるはずなのに息切れが聞こえてくる。映像もそれに合わせ、細かく肩を上下させていた。おまけに背後からはボコボコと音が聞こえるのが、彼女の冷静さを欠いた叫びをそのまま表していた。

 しばらくその様を眺めていると、笑いたくなってしまった。けど、それは今じゃないと思い、自然と溢れてきた熱い涙を、ゲロで汚れた腕で拭う。嫌な匂いが鼻に突いてしまったが、自分のような人間の目覚ましには丁度いいと思えた。

 らしくない態度をせざるを得ない少女の、精一杯のケツ叩きは、さっきまであんな身勝手な絶望を抱いたバカな男を奮い立たせるのに、十分以上だった。

 

「……何度も悪いな、シェースチ」

『ふぅ。だったらもう少し、メンタルを強くしてください』

 

 呼吸を戻し、すっかり元の調子を戻したシェースチに、まだ震えの止まらない唇で笑みを送る。そうだ、託された以上、いや生きると決めた以上、まだもう少しできるのだと。

 そんな思いを抱いたからだろう。一つだけこの場を何とかできそうな案が浮かんだ。しかしそれは案というのは杜撰で粗雑、力押しのゴリ押しに等しいものだった。"テンザン・ナカジマ"という人殺しの踏み台役がやるには相応しい戦法だ。

 即ち、殺さずの殲滅。過去、テンザンがやろうとしていたことの焼き直しだ。今更これを持ち出したのは、ヒリュウ改やATXチームを殺すわけにはいかず、かつこの場で逃げるには相手を戦闘不能または追えない状況を作るためだ。ゴリ押し同然だが、皮肉にも今までのシミュレーションに比べると、まだマシな成功確率だった。

 

「……これしかないってのが、嫌だな……また、無茶なことさせるし……ちょっと、嫌なこともするかもしれない。いいか?」

『だから、何度も言わせないでください。信じた以上、私も助けます』

「ありがとう」

 

 こちらの思惑を読み取り、クールな振りをした返しが響く。一言感謝をし、息を大きく吸い込んで、吐く。吐瀉物、汗、僅かな鉄の匂い、折れた骨の痛覚。心臓の鼓動、エンジンの振動、内部装置の噛み合う金属音。多くの人を今も殺しているという罪悪感、それでも戦いの前に得てしまう高揚感。まだ生きているから感じられる世界だ。

 

「……やるぞ」

 

 この世界にまだ己がいることを掴んだテンザンは、また少しロール/仮面を被りながら、切断していた通信機のスイッチを入れた。

 

 

 

「アサルトチーム、全機展開完了しました」

「オクトパス小隊、補給および修繕作業完了まであと10分です!」

「ギガベース沈黙! 敵勢力は不明……いえ、健在! 救出班をラッチに待機させます」

「数は……1機?! 化け物……す、すみません、取り乱しました!」

「データベース照合有り、DCの新型機との報告があります」

「対象を仮称"シールダー"と命名、警告を出します。よろしいですね?」

 

 続々と挙げられる報告と戦闘配備、その締めとばかりに出された副長/ショーン・ウェブリーの提言に首肯し、レフィーナ・エンフィールドは首元に備え付けられている小型マイクの電源を付けた。

 

「こちら連邦軍所属、ヒリュウ改艦長、レフィーナ・エンフィールドです。所属不明機……いえ、旧DC所属、テンザン・ナカジマ特尉。ただちに武装を解除し、投降してください」

 

 恐らく意味はないだろう、という思いを抱きつつ、形式的な警告をオープンチャンネルで発した。そうしながら、モニターへ新たに表示された情報を含め、モニター向こう、巨大な盾を構えている機体/シールダーを睨めつける。アイドネウス島から最後に脱出したAM。包囲艦隊を正面突破し、AF・スティグロを中破させた、一介の機動兵器とは思えない戦果を立て続けに上げている存在。そして現在、新たにAF・ギガベースを撃破し、その戦力評価は更に上がっていた。

 パイロットとしてアイドネウス島で名乗りを上げたテンザン・ナカジマは、幾度もハガネ隊とも戦闘を行い生き延びた、幹部クラス級とも目される、連邦軍の賞金首に挙げられる人物だ。戦争以前はリュウセイ・ダテのような一般人だという情報もあるが、グランゾン/シュウ・シラカワ博士自らが取り押さえにかかった過去、そして連邦側で確認可能なこれまでの戦闘記録から、その立ち位置はかなり特殊なものだという推論が立っている。元部下のリョウト・ヒカワからの情報は不完全だが、特殊部隊の長でもあるらしい。故に、一切の油断はできず、取り逃がすこともできない。

 せめて一度補給ができていれば、と無いもの強請りをしたくなる。先程までヒリュウ改はロシアのDC残党掃討作戦を行っており、戦力的損害は無いとはいえ、機体・パイロット共に負担は残っている。事実、アサルトチーム/ATXチームと並びヒリュウ改に所属しているオクトパス小隊は補給が間に合っていないため出撃が遅れているし、加えてアイドネスウ島の決戦で負傷した一部パイロットの復帰が未だ行われていない。

 戦えはする、だが未知の敵に対し万全ではない。艦長自らによる現在のヒリュウ改の戦力評価はそのような中途半端なものだった。

 

「……動きがありませんな」

「プレッシャーをかけます」

 

 シールダーからの応答はない。ならばと、アサルトチームに指示を出し、より前に進出、敵機をATXチームの必殺圏内に入れる。情報によれば、潜水艦一隻を持ち上げるパワーを持っているのだ。ヴァイスリッターには動きがあれば即座に撃ち抜けるように構えてもらっているが、それだけでは足りない。故にアルトアイゼンの加速で即座に行動を潰せる位置まで前進させたのだ。

 本音を言えば、このまま投降してもらうのがベターだ。AFという規格外の戦力を相手取っていたのに、シールダーには大きな損害が見えない。精々が装甲に汚れや焼け跡などが見て取れるぐらいだろう。最悪は、未だ向こうは戦力としてそこまで削れていないということ。

 

『こちらアサルト1、シールダーに動きはない』

『うーん、罠かしら?』

『それにしちゃ、動きがなさすぎるな。存外機能不全を起こしているのかもしれないな』

 

 距離をじりじりと詰めているアサルト1/キョウスケとアサルト2/エクセレン、それに加えグルンガストのイルムからも軽口が飛び出すが、しかしその顔には油断はない。相対しているパイロットは皆、どこかで感じたことのある気配にむしろ警戒心を強め、トリガーはいつでも引けるよう指がかかっていた。

 

『……あの、キョウスケ中尉……少しよろしいでしょうか』

『オレからもあります!』

 

 その矢先、少し出遅れていたクスハとブリットから声があがった。何があった、と念動力者である2人に、司令室とアサルト小隊皆の視線が注がれる。

 

『あの機体から、その……念の気配がします』

『オレもです。なんていうか……今までに感じたことのない、深さみたいなものが……』

 

 文字通り、超能力者のような感覚の強引な言語化に、レフィーナとショーンは眉をひそめる。念動力の有用性は宇宙統合軍との決戦、それにハガネと共有した戦闘データから把握しているが、それでも彼ら彼女ら特有の感性を理解したわけではない。今の話とて精々が、娯楽作品に出てくる超能力者同士のシンパシー程度の認識だ。しかしそれが現実に存在する以上、敵対存在を分析する手段の一つとしては、有効なのも確かだ。

 

「念動力……たしか、リョウト・ヒカワさんが乗っていたリオンにもT-LINKシステムが搭載されてましたね」

「ふむ、そうなると……あの機体に乗るテンザン・ナカジマが念動力者であったか、もしくは……」

 

 ショーンはそう言うが、事前に調べられているテンザン・ナカジマのデータにはそれらしいものはない。仮にそうだとして、それまで何度も接触しているリュウセイやアヤが気づかないというのも可笑しい。ならば考えられるのは一つだ。

 

「あの機体には、念動力者が乗っている……?」

『ホッ、雁首揃えて呑気に推理たぁ余裕だなー』

 

 敵戦力の推測の矢先、突然通信が開き、テンザン・ナカジマの態とらしいぐらい甲高く響く声が艦橋と部隊の中に届いた。ついでモニターに一人の青年の顔が映り、皆の顔に疑問の色が浮かんだ。何故かヘルメットを着けていないこともそうだが、事前に見た顔写真より大分、かつ不自然に痩せている。目元の輪郭など、そうと知らなければ同一人物とは気づかないだろう。しかしキョウスケたち元ラングレー基地所属のメンバーや、実際に交戦経験のあるイルムは、その特徴的な声に嫌でも覚えがあった。

 

「ナカジマ特尉ですね? 先程の警告通りです、速やかに……」

『あーあー、悪いけどそういうのパス。出てきた以上、お前らもぶっ倒すの確定してるんで、さっさとかかってこい』

『……随分と見縊られたものだな』

 

 初見となる相手に出鼻を挫かれたレフィーナとヒリュウ改の面々は、交渉とは思えぬ稚拙な言動に目を見開き、キョウスケは操縦桿を握る手の力を強めた。態度や声音から、明らかに舐められていると察したからだ。そして何よりキョウスケ、そしてATXチーム3人が自覚しているのは、そうされるだけの力量の差があったということを、身に沁みて理解しているからだった。

 長大なシールドを持ち上げながら、シールダーの体勢を整える。薄いスリットような両眼が瞬き、自らに接近する5機の存在を見据えた。ようやくその存在を認めたと言いたげな、余裕綽々な行動の遅さだ。

 

『ホッ、前に遊んでやった赤カブトじゃねーの。ちょっとは動き良くなったか?』

『お陰様でな。以前の借りを返したいと思っていたところだ』

『あら、それなら私もね。マシンガン2丁分、びた一文もまけないわよー』

 

 いつもの軽口を紡ぎながら、エクセレンのヴァイスリッターが中空で静止し、射撃体勢を取る。あのシールドの正確な強度や機能は不明だが、現在集まっている情報からヴァイスリッターの主武装であるオクスタンランチャーでは貫通できないことは推測できている。故にエクセレン/アサルト2が行うのは牽制と行動抑止が主で、チャンスがあれば狙撃というものだ。

 この即席チームの主な打撃力は、アルトアイゼンとグルンガスト。故にアルトアイゼンが一の矢、グルンガストがニの矢として前後にフォーメーションを組み直す。グルンガストの両脇を必然、フォロー役となったゲシュペンストとグルンガスト弐式が固め、いつでも戦端を開く準備を整えた。

 

『言うじゃねーか、いつかのゲシュのねーちゃん。けどそう簡単に返せるかぁ?』

『おいおい、俺達……いや超闘士もいること忘れてるんじゃないぞ。前は有耶無耶になっちまったが、今度は逃さないからな』

 

 エクセレンと同様、努めて軽薄な口調で自分の存在をアピールしながら、グルンガストの計都羅睺剣を抜刀する。イルムが思い出したのは、DC戦争時にテンザン・ナカジマの乗機が放った範囲兵器だ。あの威力と真っ向かつ即座に対抗できるのは、特機であるグルンガストであり、戦闘経験豊富な自分だけだろうと自覚しているからだ。多少出力が劣るが同様に特機である弐式もこの場にいるが、これがまだ2度めの戦場であるパイロットのクスハには、あまりに荷が勝ちすぎる。あの渦に飛び込むのは嫌だねぇ、と一人心中で零しながら、滲みそうになる脂汗を気合で堪えた。

 

『グルンガストか。お前が俺たちを止められるかっての?』

『いいやがったな。ならそれを今から証明してやるさ』

『今度は……負けないッ!!』

「全機、攻撃開始!」

 

 ブリットの宣言に重ね、レフィーナが開戦の声を上げた。もはや言葉は不要とばかりに、通信映像も途絶えた。

 瞬間、アルトアイゼンが加速/踏み込む。亜音速に迫る初速に対し、テンザン/シールダーは盾を全面に構え、待ちの姿勢を取る。接触まで約5秒。ヴァイスが即座にオクスタンランチャーで援護のビームを発射するが、それは盾の前に発生したエネルギーフィールドによって弾かれ、空中へ粒子を霧散させた。エクセレンは想定通りの事態に舌打ちし、ライフルを実弾モードに切り替え、狙撃位置を変更すべく前進する。

 その間にも、アルトが目前までシールダーに迫った。ステーク、構え。以前は下に逃げられたが、今度は互いに接地状態故に同じ方法は取れないはず。加え、上方向または左右に逃げようとすればヴァイスリッターの狙撃が飛び、受け止められたとしても、グルンガストより2撃目がある。油断できない相手である以上、できる中での最善を尽くすのは必然だった。

 だからこそ、アルトアイゼンの右腕を突き出し始めた瞬間に起きたことに、驚愕で思考を停止させられた。

 盾が上に投げられた。否、それは独りでに浮かび上がったのだ。盾の後ろから現れたのは、手を半開きにしたまま掲げられた左腕と、同じような構えで脇に収められた右腕。その構えを見たことがある。あの教導隊であるカイの柔道だ。

 真逆、とこの場の全員が思考を走らせたと同時に、突き出されたアルトアイゼンの右肘をシールダーの左手が払い、杭が胴体に掠ることなく手首を右手で抑えられ、側面に回られた。更に超加速状態の中、足払いを仕掛けられ、アルトアイゼンの制御が崩れる。シールダーの腰部ブースターが噴出、超信地旋回が如く2機が絡まりながらも回転し、遠心力と推進力によって削られた大地から土煙が舞い上がる。その中でシールダーはアルトアイゼンの背後に回りつつ、右腕を強引に曲げて強引に極めた。人間の関節可動域に近しいGフレームであっても悲鳴をあげる屈折に、一拍遅れてアラートがキョスウケに届く。なんとか脱出できないかと、更にペダルを踏み込み強引に逃れようとするも、その勢いも利用されて、地面に叩きつけられた。アルトアイゼン/自分自身という超加速弾頭のエネルギーをそのまま返されたフレームはぎしぎしと鳴り、特にその中心点ともいうべき右肩は許容値を超えた負荷がかかることで、べきり、と命乞いにも似た破損音を奏でた。

 敵機の狙いをようやく察したキョウスケ/アルトアイゼンが逃れようともがくが、中空に逃れていた長大な盾が、ギロチンよろしくアルトアイゼンの右腕を落ちた。金属と断末魔がアルトの肩、そしてクレイモアから鳴り響き、ついにはオイルと部品を撒き散らして切断された。衝撃と残った慣性がアルトアイゼンを砂埃のカーテンから吹き飛ばし、無残な姿をヒリュウ改と仲間たちに晒した。

 

『キョウスケっ!』

『キョウスケ中尉!?』

『っ、お前ら構えろぉッ!!』

 

 イルムが怒声を放つや否や、3つの影が砂埃より飛び出た。一つは先程もぎ取られたアルトアイゼンの右腕。ステークの先端を真っ直ぐに向け、弱々しくも起き上がろうとしたアルトアイゼンの左目への突き刺さり、再度地面へと沈めた。もうひとつは自立飛行を行う盾。これはヴァイスリッターに回転しながら襲いかかるが、軌道が単純故にエクセレンは宙返りで避ける。仕返しとばかりに盾に狙いを定めて撃つが、今度は慣性を完全に無視した直角軌道を行われ避けられた。釘付けにする気ね、と盾に込められた意志に歯噛みにするが、無視することもできず、イルムたちに一言謝ってドッグファイトを仕掛けた。

 

『ごめん、しつこい子のおかげで援護できないわ!』

『あいわかった!!』

 

 そして最後の一つ、本命と思わしきシールダー本体。可動域の広いブースターユニットを利用した、さながら戦闘機のような地面との水平飛行。それに対しグルンガストは計都羅睺剣を下段に構え、ブリットとクスハが各々の牽制射撃を行う。しかしゲシュペンストのマシンガンと弐式のレーザーは、ロールを多用した機動で易易と回避され、戦闘速度を落とすこともできない。イルムは頬を流れる汗を舐め、迫る弾丸/シールダーに合わせ、操縦桿を握りしめた。

 

『計都羅睺剣!!』

 

 音声入力、そして裂帛の意。2つの意を持って、グルンガスト必殺の剣を下段から繰り出した。地面を両断しながら振り上げられるそれは舞い上がるの埃すら切り裂く単分子刃は、しかし敵の装甲の一部を切り裂くだけしかできなかった。シールダーは直前で推進装置を前面に回しフルブーストすることで、急制動をかけたのだ。焼け爛れ始めたブースターを意に介さず、シールダーは再ブースト。必殺のタイミングで避けられたことに驚愕していたイルムは、残心の硬直を狙われたことを察し、反撃の衝撃に備える。

 だが、狙いを違った。シールダーはそのままグルンガストの脇をすり抜けつつ、その巨体に見合う足を踏みつけ、加速のための踏み台にした。装甲の合間の僅かしか覗かないツインアイの先には、フレンドリーファイヤを気にしてトリガーを引けないゲシュペンスト/ブリットの姿があった。

 

『逃げろブリット!!』

「通常弾頭、3番! 主砲用意!!」

 

 イルムが叫び、レフィーナが遅れた援護を放とうとするが、遅い。シールダーはアルトアイゼン顔負けの加速で、既にブリットに肉薄していた。

 

『こ、ガッ!?』

『ひとつ』

 

 咄嗟にゲシュペンストがプラズマカッターの柄を取り出したが、それよりも早くシールダーはゲシュペンストの右足を蹴り飛ばした。加速の乗った一撃は重量ではガーリオンを上回っているはずのゲシュペンストを倒し、中空へマシンガンとプラズマカッターの柄を投げ出してしまった。テンザンは何かを呟きつつ、飛び上がったそれを掴み、構える。

 やられた、とレフィーナは歯噛みしつつ、敵機を味方機から引き剥がすために衝撃砲発射の指示を飛ばした。

 万全ではなかったのは、向こうも同じだった。むしろ状況はシールダーの方が悪かったのだ。察するに、あの大盾以外の武器は弾切れないしエネルギー切れを起こしていたのだろう。信じがたいことに、アームズフォートを単機撃破したのだ。あのシールドに特機やヒュッケバインシリーズのような超兵器が搭載されていれば別だが、そうでなければ標準的なサイズの機体にペイできる武器の全てを使って、辛うじて勝てたという所だろう。それを見抜けていれば、敵機の狙いがマルチコネクターで使用可能な武器の奪取、つまりはヴァイスリッターかゲシュペンストだというのが読めたはずだ。

 

「敵を過大評価しすぎました……!」

「ふむ、反省は確かに必要ですな。ですが今は眼の前のことに集中しなければいけません。勝算はあるのでしょう?」

「ええ。オクトパス小隊の準備、急いでください! ミサイルおよび主砲は牽制に努めて、味方機に当たります!」

 

 敵が消耗しているのは理解した。ならば更に消耗させ、限界を迎えさせればいい。故に行き着く暇も与える余裕もなく、強引に相手を動かし続ける。これが勝ち筋だ。だがそれも、紙一重になるかもしれない。

 モニターの中で、起き上がろうとするゲシュペンストを、シールダーが足で踏みつけ、奪ったプラズマカッターから発振された刃が、頭部を切断した。装甲に覆われていない関節部を狙ったそれは抵抗する余地もなく切り飛ばし、ゲシュペンストの頭部は落ち武者の首の如く地面へと転がった。更には両手両足に加え背部ラックを返す刃で切り飛ばし、ゲシュペンストのシステムはついにダウンした。それだけのことを行いつつ、シールダーの反対の手はマシンガンをグルンガスト2機へと撃ち放ち、近づけさせまいと牽制を行っている。

 

『ブリットくん! くぅっ……』 

『クスハ、怯むな! こんな豆鉄砲、超闘士には効かねぇよ!』

 

 戦場に慣れていないクスハの乗るグルンガスト弐式は咄嗟に両腕でガードするが、その性能を知り尽くしているイルムはノーガードで前進し始めた。事実、グルンガストの前面装甲はマシンガンの弾を弾き、その歩みを止めることができないでいる。更に踏み込む、とイルムがペダルにかけた足に力を入れた瞬間、シールダーは飛び上がった。その先には、先程ヒリュウ改が放ったミサイル群。

 

「まさか、自爆っ?!」

「そのようなバカなことをっ」

 

 ショーンのみならずヒリュウ改艦橋の全員が、敵の取った行動に驚く中、シールダーは頭上に迫ったミサイルの合間をすり抜けつつ、その内の一基に手を掛け、全身で捉まった。何を、と誰ともつかぬ呟きが木霊する中、機体がブーストを掛け、地面目掛けて推進するミサイルの軌道を強引に変えて見せた。その切っ先は、唖然とし動きを止めたグルンガストに向けられた。

 

『特攻か!? させねぇよ!

 

 狙いをつけられたイルムは即座に剣を収め、胸を張るように構えた。胸部の突起が跳ね上がり、プラズマリアクターから抽出されたエネルギーがスパークを起こし、解き放たれる瞬間を待った。

 

『ファイナルビーム!!』

 

 そして、満を持して放たれたビームは目前に迫ったミサイルを飲み込んだ。熱量の限界値を超えたミサイルは内部の化学反応を過剰に隆起させ、大爆発を起こした。それと同時に、ヒリュウ改からの牽制弾が大地に突き刺さり、三度盛大な爆煙が戦場を覆った。

 これで終わりか、と数十秒後には晴れるだろう煙をイルムは睨みつけ、油断なく身構えたが、次の瞬間、アラートと衝撃が同時に襲いかかってきた。何事か、コンソールを操作しようとするが、コクピットが一瞬で真っ暗闇になり、次いで赤く照らされた。コクピット内部の非常電源が入った証拠だ。そのことによって判明した原因は至極単純だった。

 

『マジかよ……前は全然、本気出してなかったのか……』

 

 グルンガストの首に、真後ろから差し込まれたプラズマソード。その主は、煤けたシールダーだ。脚部は爆発に巻き込まれた影響か、最初の遭遇時から更に焼け焦げている。恐らくは、爆発を利用して一気に飛び上がり、煙に紛れたのだろう。そのままグルンガストの背に周り、操縦系統のケーブル部をプラズマで焼いた。器用なのは、その真上にあるイルムのコクピットには影響が出ないほど、胴体に向けて深く突き刺していることだ。おかげでモニターと通信しかまともに動けず、機体の主から指示を失った超闘士は、プラズマソードを引き抜かれると、目からを光を失い前のめりに倒れた。

 

『ふたつっ』

『油断したなッ』

 

 煙が晴れようと瞬間、最後の一迅とばかりにシールダーへと迫る赤い影。右半身をほぼ無くしたアルトアイゼンが、左手に千切れた右腕を掴んで、振りかぶった。一拍遅れて反応したシールダーは咄嗟にマシンガンを盾にして防ぐが、勢いに押され、地面へと叩きつけられようとした。それをブースターの制動で防ぎ、拉げたマシンガンを、今度は急いで頭上へと放った。瞬間、マシンガンを実体弾頭が貫き、爆煙を巻き上げる。

 

『うわっちゃ、気づかれた』

 

 下手人は、今もなお大盾に追い立てられるも、その軌道を読み始めたエクセレンだ。故に余裕の出た最中、必殺の意となる射撃を放てたのだ。そして強引な態勢を取ったヴァイスリッターに、大盾が迫る。しかしヴァイスはひらりとこれを避けると、お返しとばかりに左の3連ビームカノンを撃つ。先読みし直撃するはずのビームは、しかしエネルギーフィールドにかき消される。

 

『やだもう、相性悪すぎッ』

『エクセレン、もう一度いくぞ!』

『ちょっとキョウスケ、無茶振りしすぎよ!』

 

 半壊したアルトアイゼンが無事な左クレイモアを弾幕として撒き散らしつつ、再度加速する。ヴァイスリッターもまた大盾の攻撃を避けながら、タイミングを図る。シールダーは正面から飛んでくるベアリング弾を大きく横に避けつつ、左手に残ったプラズマカッターを再発振した。カウンターのつもりかと、キョウスケは左腕の掴んだステークを叩きつけるべく、大きく振りかぶった。後3秒でぶつかるという瞬間、最初の接触の焼き直しの如く、ヴァイスリッターがビームを薙ぎ払った。それは真下にいた大盾を牽制すると共に、地上の2機の合間を薙ぎ、熱せられた空気と大地が爆発を起こして、両機を遮った。

 意趣返しだ、とばかりにアルトアイゼンはそこに突っ込み、掲げた左手/右腕を振り下ろした。狙いは尚も輝くプラズマの青。それ目掛けて杭を叩きつけた。

 

『何っ!?』

 

 だが、捉えたのはプラズマカッターの柄という小物のみ。間髪入れず、腕を振り下ろしたままのアルトアイゼンの顔面目掛け、膝が突きこまれた。悲鳴をあげる間もなく、機体が地面へと落ち、衝撃でコクピットが晴れ、ただでさえ漏電の起きていたメインコンピュータから火花が散った。機体が背面のまま地面を滑るのを止め、大急ぎで立て直し、今起きたことに気づき歯噛みした。

 プラズマカッターは囮だった。どのタイミングで読まれたのかは不明だが、再度カウンターをもらったのだ。シールダーは半歩後ろに下がるだけでアルトアイゼンの腕を回避し、最初と同じように、こちらの加速を利用した返しをしたのだ。ここまで見事にやられれば、アルトアイゼン、いや"アルトアイゼンとキョウスケ・ナンブというパイロット"という組み合わせに対して、専用に組まれた対策とすら思えた。

 

『何をバカなことをっ……!?』

 

 もはや立つこともやっとのアルトアイゼンを起き上がらせると、煙の晴れた先に、シールダーは何かを構えていた。それはR-1が装備しているような機動兵器サイズのリボルバー拳銃だ。だが長さ・大きさ共に、こちらの方が大きい。その銃口は、頭上で駆ける白騎士を捉えていた。

 

『避けろエクセレンっ?!』

『っっ?!』

 

 叫びと発射は同時。レールガン特有の電光が奔り、大盾を背面避けしつつ蹴りつけたヴァイスリッターの右腕を捉えた。主武装/オクスタンランチャーが手首ごと持っていかれ、エクセレンは苦々しげに顔を歪ませる。間髪入れず2射目、今度は避けるが、3射目で左のウイングをやられた。バランスが崩れ、高度が一気に下がっていく。

 

『みっつ』

『動け、アルト!』

 

 追撃をさせじと、重いペダルを渾身の力で踏み込んで、キョウスケ/アルトが飛んだ。無防備な側面を晒す今なら捉えられるという思惑もあった。それを、突如空から降ってきた壁に妨げられた。何だこれは、となんとか制動をかけた瞬間に気づく。先程までヴァイスリッターを追い回していた大盾だ。

 レールガンを収めたシールダーがその内を掴む。まずい、と咄嗟に左腕3連マシンキャノンを撒き散らすが、文字通りの盾であるそれには容易に弾かれ、逆に蹴り上げられた盾の底部によって、腕を跳ね上げられた。ヒートホーン、アクティブ。最後の切り札となった頭部衝角は、しかしシールダーの手でくるりと一回転した大盾に再度頭部を下から殴りつけられ、不発。一瞬、キョウスケの意識が飛ぶ。正気に戻り、すぐに立て直したが、しかし視界には敵機の姿がない。

 直感で上だと気づいたときには、相手は詰みの手を打っていた。前へと突き出されたシールド前面、その前には2重のエネルギーシールドが輝き、腰部バーニアが今まさに点火していた。

 

『……バッドビート、か』

『これで、よっつ!!』

 

 キョウスケが敗北を受け入れたのは、アルトアイゼンに大盾が叩き込まれたのと、同時だった。

 アルトアイゼンが、ゲシュペンスト・タイプTT、グルンガスト、完全沈黙。パイロットは生存。ヴァイスリッターは不時着の上、装甲の薄さが祟って四肢に故障、戦闘機動を行えない中破状態。グルンガスト弐式、機体状態は正常だがパイロットは新入り。ヒリュウ改からの牽制は続けていたが、動けない味方機を巻き込みかねないため、攻撃中止。オクトパス小隊、ようやくスタンバイ完了したが、状況故に動けず。あのカチーナでさえ、惨劇の如き現状に唖然としていた。

 

「……そんな」

「……詰み、ですな」

 

 現実を受け止めた艦長と副艦長は、静かに呟いた。敵機も確かに万全ではなかった。だがしかし、それは今のヒリュウ改でも捕らえられるほど弱っているという証ではなかったのだ。以前シュウ・シラカワが言ったという『技量のみでグランゾンを倒せる可能性がある』というのは、嘘偽りのないものだったと、この光景を見て納得できた。

 敗北から、それ故に打つべき次の手を思考する間にも、画面上の敵機/シールダーは盾を構え直し、その足先を立ち竦むグルンガスト弐式に向けていた。

 

『っ……こ、こないでください! 撃ちますよ!』

 

 恐怖し、怖気づきながらも、クスハはブーストナックを構える。その脅しは、状況を鑑みれば意味をなさない。事実、シールダーの歩みは止まらない。

 

『ッ……艦長、あたし達を出せっ』

『ダメです中尉、味方を盾にされます!?』

『なぶり殺しのつもりか、クソッ』

 

 たった一人残されたクスハを助けるべく、勇気を奮い立たせたカチーナをラッセルが押し留め、タスクが怒りでコンソールにぶつけた。アルトアイゼンやグルンガストには、まだパイロットが乗っているのだ。特にアルトは正面からしこたま殴りつけられた都合上、ハッチが歪み脱出できない恐れがある。それを人質に取られれば不利になるのはこちらだ。そして今自分たちが出れば、相手はその選択肢を取る可能性が高い。故に援護できない。手を握りしめ、クスハが奇跡を起こすか、相手のパワーダウンを待つしかない状況だった。

 

『……おい、クスハ・ミズハ』

 

 不意に、クスハに対しテンザンから声が掛けられた。何故パイロットの名前を知っている、とその場の誰もが疑問を抱いたが、それを口に出す資格も度胸も持たず、ただテンザン・ナカジマという存在への情報として収まった。

 

『な、なんですか?』

『なんで、お前はここにいる?』

 

 震えながら答えたクスハ、次にきた質問に疑問を浮かべた。それは、戦場に出たことか。何故そんなことを気にするのか。疑問と推測、そしてありったけの恐怖と不安が頭の中を巡る中、答えを催促するようにシールダーは迫ってくる。

 

『ひ、一人でも! 不条理で、傷つく人がいなくなってほしいから!』

『……あー、まぁいい。それは……こうして、人同士で戦って、傷つく人が増えてもか?』

『それは……それ、は……』

 

 通信越しに、青臭い言葉の応酬が続く。レフィーナとシェーンは即座に何かの時間稼ぎだと勘ぐるが、しかしそれにしてはテンザンの声は真剣だった。思わず困惑するが、そのような大人の思惑を無視して、二人の話は続く。

 

『……なんでそんなんで戦場に出てきてんだっての。確かにお前はこれからも戦う運命にあるけど、ちっと早すぎるんじゃねぇか?』

『そんなの……でも、やれることは、全部やってみなきゃ……!』

『ま、そんなもんかっての。けどまぁ、それを通せる覚悟はあるのか?』

 

 じりじりと、嬲るように紡がれるテンザンの言葉。年の近い少女に対するシンパシー故に、口出しできぬ無力さを覚えたが、レフィーナの戦術・戦略家としての頭脳は同時に彼の言葉に対して違和感を覚えた。まるで事実、というより既知のことを教えるような口ぶり。

 

『……もう一度聞くぞ? そんなちっぽけな想い一つを、てめえは掲げられねぇのか?』

『……ッ!』

『バッ、乗るなクスハ!?』

 

 カチーナが強引に通信に割り込んだが、その判断はわずかに遅かった。分かりやすい挑発に乗ったクスハは震えを止め、弐式の両腕を点火し、ブーストナックルが放った。高速で飛来する2つの巨腕を、シールダーは一つを盾で弾き、もう一つは軽々と躱して見せ、一息で両手を失った弐式に肉薄した。しかし目前に迫ったシールダーに対し、その両目が爛と輝いた。

 

『アイソリッド・レーザー!』

『遅ッ……?!』

 

 素人の読みは、しかし回避されることなく防がれた。咄嗟に掲げられた盾に直撃しその表面を焼いたが、しかし翻った盾がそのままおかえしとばかりに弐式の胴を打ち据え、衝撃がクスハを襲った。きゃあっ、と悲鳴を上げて、弐式がたたらを踏んで倒れ込む。

 

『っ……そんなことを言うなら、事故でも同士討ちなんてしようとすんじゃねぇ!!』

『ッ?!』

 

 そして浴びせられた罵声は、クスハの思いもよらないものだった。えっ、と目を見開いて、シールダーが指さした方向を見ると、いつの間にか移動し、そして先程のブーストナックル、そしてアイソリッドレーザーの射線に重なる位置にいたヴァイスリッターだった。

 

『……あ、あらー。これは私、お邪魔だったかしら? というか、いつから気づかれてたの?』

『最初からだっての、エクセレン・ブロウニング』

『わおっ、もしかして私、有名人? ……って、わけじゃなさそうね』

 

 軽口を叩くエクセレンだが、しかし頭には疑問で一杯だった。それはクスハを除く皆がそうだった。エクセレンの名前を知っているのは、スパイからの情報かもしれない。位置を把握していたのは、先程の超人的な戦闘能力から、読まれていたのだろうと察することができる。だが何故、態々敵を庇った。それだけが解せないのだ。

 

『ちっ、止めだ。そいつのT-LINKもほしかったが、やる気が失せちまった』

 

 そう言って、こちらの疑問など眼中にないとばかりに、大盾を背中にマウントしたシールダーはテスラ・ドライブ搭載機特有の、重力を感じさせない動作で浮かび上がり、ヒリュウ改に背を向けた。その背中に攻撃するような精神的余裕は既になく、またそうしたとしても、かく座した味方機や、ギガベースから脱出した人々も巻き込む可能性が高い。

 だが、一つだけぶつけられるものはある。レフィーナは通信回線を開き、装甲部を拡張展開し始めた盾から力場を広げるシールダー/テンザンへと繋げた。

 

「テンザン・ナカジマさん。貴方の目的は何ですか?」

 

 敵の目的を知る。それは大切なことだ。そうすれば相手の狙いが読め、戦術・戦略を組むことができる。だが今レフィーナは、軍人ではなく、一人の人間として尋ねてしまった。なぜかという疑問は浮かばない、だがその方が相手に対して誠実だと思えたからだ。それは横目で見ているショーンもまた、必要な若さと判断し、口を挟まなかった。

 

『……そんなもの決まっている』

 

 ぎりぎりと力場が広がり、一方向へと固まる。その波形は、かつてハガネ隊を何度も苦しめた特殊改造リオンのものと一致している。エネルギーを推進力に変えるソレを、ここまでやって悠々と逃げる気かと、誰ともなしに呟いた。

 

『仲間を救うためだ』

 

 そして、それだけを残してテンザンは消え失せた。ものの数十秒で音速まで到達したシールダーはあと1分もすればヒリュウ改の観測範囲から逃れるだろう。

 後に残ったのは、地上最強の戦力として数えられるアームズフォートと、超戦力としてカウントされているヒリュウ改、特務兵力としてDCを震え上がらせたATXチームの敗北。

 

『……私、私は……えっ? 貴女は……誰?』

 

 そして、戦う理由と力を見せつけられた、一人の念動力者だった。

 




(そろそろ誰か殺さないと絶望感とか逆境感ないかな……?)

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