スパロボOG TENZAN物   作:PFDD

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モンハンワールドを買ったので初投稿です。


ある初恋の形

 出会いは偶然であり、劇的だった。今はもういない母と共に、稽古と勉強の合間を縫って遊びに出かけた。当時の自分はいずれ会社を継ぐ者の一人として英才教育を施されていたが、しかしまだまだ幼さがあり、無邪気にも親と遊びたいという哀れな願望を持っていた。父親/社長はそれを怒り詰るが、母親はようやく子供らしい一面を見せた自分に喜び、一人娘のワガママを聞き入れてくれた。そして愚かにも1人2人の護衛だけで、人の多いテーマパークへと行った。

 無防備な富豪階級はあまりに美味しそうなカモに見えたのだろう。ほんの一時の喜びと引き換えに、護衛は殺され、母と自分は誘拐された。誘拐された先で、要求に応えずそのまま政府との会合に向かった父に憤り、母は誘拐犯たちに犯された。後で知ったことだが、それはただの茶番だった。犯人たちと父は初めからグルであり、口うるさいが貴き血の家という後ろ盾のある母が目障りになってきていたので、今回の件で母の心を手折り、ついでに自分が窮地に陥った際の対処方法を実地で教育しようと画策したとのことだ。しかし当時の自分はそのことを知らず困惑してしまうかと思ったが、父の血と教育の成果もあり、如何にして母と自分を取引材料にしつつ、この場から逃れようかと思案していた。

 今思えば、それは子供らしい逃避だった。愛情を向けてくれる母親が泣き叫び許しを請い、しかして殴られ汚されていく様は、まだ10代を越えたばかりの童には耐え難いものだったのだ。だからこそ、脳と精神が学習した忘八の心得を元に、ただただ社を存続し成長させるための機能を持った思考機能を発揮していたのだ。同時にこれは、父の思惑通り自分の人間性を削り、イスルギ重工の頭脳というパーツになるための礎となるはずだった。

 

「おまえら、そこまでだ!」

 

 そんな時だ。自分とそう変わらない男の子が逆光と共に現れた。犯人たちはあざ笑った。私は呆然と見つめた。その中で彼は動き、その小さな体躯を縦横無尽に使い、そしていつの間にか仕掛けていた罠を次々駆使し、誘拐犯たちを鎮圧してしまった。ぼろぼろになって動けなくなった犯人たちを縄で縛り子供用のDコンで通報した後、気を失った母の身体を近場にあったシーツで包み、彼は自分を縛る縄を解くためこちらに近づいた。

 

「だいじょうぶか?」

「あら、ありがとうございます、せいぎのみかたさん」

 

 カッコつけた表情で、しかし快活に笑う彼に、教育を受けた自分は済ました顔でそう言った。一瞬目をぱちくりさせた彼は、しかしへへっと笑うと、手際よく縄を解いてくれた。そのまま自分の両手を、年の割にゴツゴツした男の子の手で包み、目をじっと見つめてきた。

 

「ああ、だいじょうぶだよ。だからもう、泣いてもいいんだぞ」

 

 何を言っているのか一瞬分からなくて、彼を嗤おうとした。しかし言葉の意味を受け取った途端、顔が不格好な形で動かなくなった。相手の隙きをさらけ出せるよう作られた、商売人としての笑顔。いつも教育の通り作ろうとしたそれが、途中で止まってしまった。ついで、喉が熱くなり、自然と嗚咽が漏れた。おかしいな、と思ったら、今度は顔中が熱くなり、熱したものが頬を伝った。あれ、と呟くと、彼が手を離し、代わりに私の身体を抱き寄せ、ぽんぽんと背中を叩いた。

 それでもう、自分は耐えられなかった。今まで作り上げていた仮面が崩れ落ち、年相応に、いや赤ん坊のように泣いてしまった。その間、彼はただ「もうだいじょうぶ」「よくがんばった」と励まし続けてくれた。自分はそれに甘え、1人の子供として、ただ泣き続けた。

 そうして自分/ミツコ・イスルギは、人間性/初恋を得、ただ1人の"正義の味方"を見つけることができたのだ。

 

 

 

 

 ストラングウィックは燦々と降り注ぐ陽光を手でヒサシを作って遮りつつ、窓の外を見渡した。旧世代のロケット発射台よろしく突き立った鉄の塔、その上へとヘリに牽引され運び込まれたゼノリオン。そしてそれを行いつつ、様々な機器を準備しているのは、イスルギ重工の社章が入った作業服を着た整備士たちだ。伊400はすでに近海に来ていたイスルギ所有の海上ドッグ船に誘導されて整備中、自分たちは一部を除き、旧世紀に建てられた宇宙開発センターの会議室に押し込められていた。この状況を作り出したカイル・ビーンは珍しく怒気を滲ますユルゲン博士に押され、その軍人然としたいかつい顔つきに似合わず、頼りなさげに視線をあっちこっちと泳がしている。そもそも何故このような状況になったのか、伊400の整備を監督するためこの場にいない弟のことを悔やみつつ、状況を心中で整理することとした。

 種子島に到着し、事前に連絡を受けていたイスルギ重工のオペレーターから指示を受け、一般用の港に船を寄せたまでは想定通りだった。桟橋にはカイルが待機しており、その優れない表情から、厄介事が起きることがテンザンと付き合って長い皆は確信した。案の定、確認のためテンザンとユルゲン博士が真っ先に船外に出てカイルの元に向かうと、戸惑うような様子で彼は言った。

 

「これより、伊400とゼノリオンの整備を行います。交換条件の一つとして、その……テンザン・ナカジマはあちらに行って、ある方とデー……いや、話をしてもらう」

 

 カイルが指差したのは、この港が一望できる位置にある小屋だ。全員が怪訝に思うが、すでに黒ずくめの男がドアを開く車が用意され、従うしかないという状況は理解できた。そもそも補給と整備を頼むという点で、交渉の前段階から不利になると覚悟していたのだ。言外に、テンザンが会う相手は誰かは尋ねるな、とカイルと運転手の目が言っている。テンザンは素直に従い、皆にイスルギ側に指示に従うよう言ってから、車に乗って行ってしまった。残された自分たちはテンザンの指示通り、同じく残ったカイルに従って動くこととなったが、それからすぐに船外に出したゼノリオンが、島の反対から飛んできた大型輸送ヘリ2機に牽引されるとは思わなかった。潜水艦から出すために1人操縦しているシェースチも念話で戸惑っていた。自分他数名がカイルに詰問するが、「向こうで人が揃ったら詳しく説明する」と告げ、次に現れたマイクロバスに乗って、今の場所にいる。

 ここまで整理して、結局カイルが何も語っていないことに思わず天を仰ぎたくなっていると、同時にカイルの言っていた"必要な誰か"がまだ来ていないという事実を悟る。それはテンザンか、テンザンを呼び立てた何者かか、はたまた別の誰かか。

 

「すみません、遅れました」

 

 その疑問を打ち破るように引き戸を開け現れたのは、丸メガネの優男だった。何者だ、と思ったが、しかしその顔に見覚えがあり、ストラングウィックの記憶と、ユルゲン博士が彼の名前を呼ぶ声が重なった。

 

「フィリオくん……」

「プレスティ博士……なぜ、ここに?」

「お久しぶりです、ユルゲン博士。貴方は……ああ、ストラングウィック博士ですね。ビアン博士から伺っています」

 

 亜麻色の髪の天才技術者は、その容貌に似合う微笑みを浮かべユルゲン博士と、そしてストラングウィックと握手を交わした。

 

「どうしてここにという質問ですけど、僕……というよりプロジェクトTDの現メインスポンサーがイスルギ重工ですので、その指示でこの島に来ました。僕自身、妹やチームメンバーがお世話になった人たちを見てみたかったですしね」

 

 DCでは忙しかったですし、拠点も移ってからまったく挨拶できなかったですから。頬を掻きながら苦笑いするフィリオに、成る程と頷く。今の伊400の設計にはフィリオも関わっている。加えて彼はテスラ・ドライブ技術と機動兵器とのリンクを結びその設計を行った、云わばリオンシリーズの第一人者だ。歪な形とは言えリオン系列であるゼノリオンと、多少変質してしまった伊400のオーバーホールを行うにはもってこいの人材だ。1人頷いていると、カイルが安堵の息を漏らし、フィリオに着席を促した。

 

「ふぅ……では、人が揃ったので、状況の説明を開始する」

 

 事務的な口ぶりでカイルが話しながらリモコンを操作すると、会議室の電子ホワイトボードに光の網目が走り、画像が表示された。出てきたものに眉を顰める。それは地図だ。ユーラシア大陸が中央に置かれた世界地図、その右端に当たる極東/日本のこの種子島から、赤い矢印が地中海までまっすぐ伸びていた。矢印の上には何かしたの装置を取り付けた、背部がぼっこりと膨らんだ人型兵器/ゼノリオンが重ねられ、矢印の先には巨大な箱型の兵器のシルエットが浮かんでいた。

 

「今回、我々イスルギグループは、ある依頼の達成を条件に貴方達の今後の支援を行うことに決定しました」

「依頼ですって?」

「ああ、それをクリアすれば、今後もイスルギ重工は補給を受け持ち、この種子島を拠点にしてもよいということになっている」

 

 随分太っ腹ね、と胡乱げな目でジジが元同僚を睨めつける。俺もそう言われているだけなんだ、勘弁してくれ。そう口中で零して片手で頭を抱えるカイルは、一度頭を振って説明に戻った。その顔は優れない、それは自分たちが学会で明らかにブーイングを貰うことを分かってて尚発言しなければならないと決めた時に類似していた。

 

「率直に言おう。君たちには……いや、テンザン・ナカジマとゼノリオンには、まず、アームズフォート・ギガベースを撃破してほしい」

 

 そしてその比喩は、少なく見積もったものでしかなかった。

 

 

 

 小波が聴こえる。大分岸から遠いというのにその音が届くということは、それだけこの場が静かだからというのに気づく。そしてそういう些事に関心を向けることが一種の逃避であることをテンザンは認めている。

 

「あら、飲まないの? ここのはおいしいですわよ?」

 

 その原因は、間違えなく目の前でコーヒーを優美に飲む女性、レディ・Iというチャットネームに扮していたミツコ・イスルギだ。テンザンが知る/"原作"の彼女とは大分趣の違う装いだが、その雰囲気や声音は彼の知るものと一緒だ。顔を自然と顰めるテンザンに、ミツコはコーヒーカップを口から話し、悪戯に成功した子どものように笑った。

 

「ふふっ、なぜ私が、という表情でしてよ?」

「……わかってていっているだろう、お前」

「勿論。あっちの時と変わらず、からかい甲斐がありますね」 

 

 くすくすと品良く笑い、しかし拭えない胡散臭さに思わず眉を顰める。同時にこれ以上は埒が明かないと心を決め、踏み込むことした。

 

「カイルの報告を待っていたな、お前」

「あらっ、察しが良いですね」

「抜かせ。アイドネウス島脱出後すぐのチャットで、俺達が補給に困っているのをお前は知った。そしてお前は……俺が前から話していた"原作知識"から、最後に残ったコネであるカイルに連絡がいくと目星をつけた。違うか?」

「80点ぐらいですわ。正確にはカイル少佐以外にも、チャットを通じて直接私に助けを乞うか、プロジェクトTD辺りに連絡を入れるかと網を張りましたもの」

 

 そっちもだったか、と口の中で言葉を潰しながら、しかし一番確認したかったことが肯定され、自然と苦い顔になる。ミツコ・イスルギはこの世界/スーパーロボット大戦OGシリーズの原作知識を知っている。そしてそれは、全て自分/テンザン・ナカジマが迂闊にも漏らしたものだと。この事実は即ち、多くの作品に置いてトリックスターの役割を持つ彼女に"未来"という情報を与えたに等しい。それは最悪の事実だ。衝動的に恥で死にたくなるが、今はそんな場合じゃないだろうと自らを叱咤し、落ち着くためにコーヒーに口をつける。苦い、だが乱れようとする思考を一度まとめるには丁度いい具合だ。

 コーヒーカップを置き、何故か楽しそうな顔を肘机に乗せてこちらの挙動を見続けるミツコに、改めて口を開く。

 

「お前は、どうして俺に直接接触しようとした? 今回だってカイルを通してすべてを行えば、多忙なお前の時間を取らないはずだ……いや、そもそも俺のネット上での妄言を何で信じようと思った?」

 

 毅然とした態度で接しようとしたが、しかしミツコは口を窄めた。警戒心を出しすぎたかと、下手を打った己を叱責するが、しかし不機嫌さは感じない。

 

「さっきから質問されてばかりでつまらないですわね」

「お前のライフワークのビジネスは、まず信頼があってからだろうが」

「あら辛辣。私、泣いてしまいますわ」

「だったらもう少し信じられる要素を出してくれ」

 

 ひどいですわよよよ、と手元に置いてあるカバー付きの文庫本で口元を隠し泣くフリをするミツコに、奇妙な脱力感を覚える。果たしてこのミツコは本当に自分の知っているミツコ・イスルギなのか、そんな前提条件の狂った推測さえ信じたくなる。本当は自分の知らない姉妹や影武者といってくれた方が納得できるくらいだ。

 

「そうですわね、せっかく貴方が敵意を出していないのですもの……なら、私も質問をしますので、それに答えてくれたら私も答えましょう」

「互いに一つ質問すれば、一つ返すってことか」

「等価交換、などという悪霊に満ちた科学の話ですけどね」

 

 皮肉げに笑うミツコに、乗ったと首肯する。舌戦では自分のような人間では、イスルギ重工の跡取りという玉座/煉獄に喜んで座り続ける彼女には分が悪いというのは理解できている。そもそも立場的には一方的に要求されても可笑しくないのだから、こうして向こうから交渉の状態へ持ってきてくれたのは幸福と勘違いするくらいに不気味だ。だからできるのは、虎穴に入り、多くのデメリットを負っても、次/皆に繋がるメリットを引き出すことだ。

 

「ホ、いいぜ。なら先にそっちから言えよ」

「そうね……なら、まずは一つ……貴方は、今体重は何キロ?」

「……はい?」

 

 悪辣な物が来るか、それともその先の罠に繋げるための囮が来るか。そう身構えていたのに、聞かれたのは今の自分の健康状態。しかし聞かれたことだからと、何とか直近で調べたことを思い出して、戸惑いながらも答える。

 

「今は、53kgだ」

「顔や身体を見るに、もう少し太っているのではないかしら?」

「アードラーの尋問の影響だよ、脱出直後は40台だったんだぜ? それにこれは、急な減量で残った皮だっての」

 

 あれがなければまだ外見はまだテンザンらしかったんだけどな、最後にそう自嘲しながら、顎の下で弛んだ自分の皮を摘まむ。トニーたちやスェーミ、時々シェースチにもバルーンのように遊ばれることもあるここは、パイロットスーツや普通の服に着替える時、ファスナーなどに引っかかっていらぬ痛みを負うこともあった。いずれまた体重が増えれば元に戻ると考えていているが、それまでは生傷は絶えないだろう。こんなので満足なのだろうかと、そもそも何故このようなことを聞かれたのか。その疑問を浮かべながら、視線を答えを聞いたはずのミツコに戻すと、たまらず息が呑んだ。憂いを帯びた哀しみがそこにあり、目が離せなくなる。不意に伸ばされた手にも気づかずただじっと、見つめ合う形となった。

 綺麗な人だな、そんな本来の彼女にはただの世辞にしか使えない言葉が浮かんだ。陽光に照らされる眼の前の女性は、紫陽花に似た髪と相成り、人を引き込む華と形容できた。そこに毒が混ざっていようとも、見る人を否応なしに見惚れさせる可憐な花。

 

「えいっ」

「んぐっ?!」

 

 そのような、自分の世界へ耽るような放心の隙きをつき、伸ばされていた手が顎下の皮を掴み引っ張られる。思わず呻き、小さい痛みに正気に戻った。

 

「なっ、何しやがる?!」

「ふふふ、あんまりにもお間抜けな顔をしてたから、つい」

 

 喚いて抗議するが、パッと手を離したミツコはコロコロと鈴を鳴らすように笑い、逸らかす。自分も正気に戻った瞬間、鼓動が早鐘を打っていることを自覚し、それ以上の追撃を控える。こうなったのは、年の近い美女の、あのような一面を間近で見ることに慣れていなかったせいだろう。だからこそついつい惹かれて目を奪われてしまった。前世から引き続き女性経験のないテンザンは自分の中で納得のいく答えを見つけ、心を落ち着け、改めて上品に笑い続けるミツコを睨めつけた。その際には先程の些細な疑問はすっかり頭から失せている。

 

「とにかく……今度は俺からだ」

 

 気を取り直し、そして己の中で一番問いただしたかったことを、そして何よりこの場で彼女と顔を合わせ、半ば確信していることを口にした。

 

「アームズフォートとは、何だ?」

 

 震える声に、年齢通りの女学生にも似た、その立場からは想像もしなかった陽の面を見せていたミツコの紫陽花の瞳が、商人のそれへと変わり、すっと細められた。

 

「ふふふ……もう、風情がない人ね。しょうがないですわね……アームズフォートは、我がイスルギ傘下の子会社が10年以上前に提唱した地球圏防衛機構の超兵器群ですわ。現在は各企業の特色が出たAFが民間の手で……」

「そうじゃない。お前……アレの発想は、どこからかってことだよ」

「勿論、貴方とのチャットの中ですわ。アーマード・コア、でしたっけ? "私達の世界"には影も形もない旧西暦のTVゲームシリーズ。その中に存在する、既存のモジュールを拡大し、大多数の凡人で稼働させることが可能な管理のし易い暴力装置。当時の地球の技術力と、政府の主導でなければ、我が社だけの独占技術にしたかったですわね」

 

 くすりと妖艶に微笑むミツコに、原作での彼女にようやく重なり安堵すると、同時に本来のミツコに対しての警戒心を、そして何よりも己の迂闊さを改めて悔む。自暴自棄になっていた時期、チャットの中で自分の前世に纏わる話題を何度も上げた。前世で好んでいたゲームやアニメ、小説やそこに使われる技術、メテオ1の落下より分岐した、前世での2012年以降の歴史。勿論それはネットの中の片隅に書かれた落書き程度でしかなく、殆ど脳内設定や妄想の類にしか受け止められなかった。テンザンもそれを認識していたからこそ、好きなように吐露した。その中には"アームズフォート"が出て来るゲームも含まれている。ミツコ/レディ・Iと知り合ったのも、そのようなロボット関連の事柄を書きなぐっていたコミュニティの掲示板だった。それからネット上だけとはいえ、個人的な付き合いが始まり、今こうして目の前に、テンザン/"彼"にとって、もっとも忌避したかった現実として現れたのだ。どんな因果だと、臍を噛む。

 そのような心境を読み取るように、ミツコは両肘を立てて作った手の机の上に顎をを乗せながら、彼女の理由を連ねる。

 

「私もグループでの影響力を上げたかった所に、そのようなアイデアが貴方から得ることができましたから……当時買収したばかりだった会社から技術を上げる体とし、連邦政府主導という情勢の波に乗って一気に広めましたわ。気づけばPTやAM、それにハガネにも負けない立派な兵器を生み出せましたもの、大助かりですわ」

「……たしかにマザーウィルだけでも、既存の航空母艦との積載量、それに地上踏破能力の差は大きいだろうさ。それに"原作"のマザーウィルには超長距離狙撃用の砲塔を乗せられて、超音速機の迎撃も可能としている……EOTを主としたグランゾンやヴァルシオンのような超常ではなく、自分たちにも理解できる範囲での超兵器。そういうのが欲しかったってところか」

「ええ。政府高官の、特に古い体制の方々は本当によく踊ってくれましたわ。老人が縋るのは、何だかんだ言って安心できる物……安心できる物は、即ち自分たちの知識で理解できるものがいい。メテオ3はまさにその条件反射を呼び起こしてくれました。おまけに先日のジュネーブへの降下作戦阻止は、アームズフォートという拠点防衛兵器という機能を示す、よいプレゼンの場でしたわ」

 

 大統領補佐官の覚えもよくなりましたのよ、そう笑うミツコと、アームズフォートが受け入れられた理由が当たってしまったことに、身内から熱/気力が失せていくのがわかる。それでも尚、まだ聞かねばならないこと、そして約束させねばならないことがあるために、倒れそうになるのを堪える。

 

「では、また私から質問を」

 

 その矢先に、ミツコから再び質問が入る。1つの質問に想像以上の数と質の回答があったのだ。自分もそれ相応のものを引き出されるだろうと、気力を振り絞って身構える。

 

「ゼノリオン……アレはなんですか?」

「……皆と、それのシュウ・シラカワが技術提供をしてくれて出来た、リオン改造機だ」

「ブラックホールエンジンの派生品を搭載しているのでしたっけ? ならデータもそれに合わさったものが出てくるはず、と……レリオンやケルベリオンを我が社が開発する頃には応用できるかしらね」

 

 さらりと出てきた兵器の名に喉が詰まる。レリオン、そしてケルベリオンは、この世界の数年後に開発されるリオンシリーズの後継機種だ。間違っても新西暦187年現在で出していい名前ではない。

 

「おい、まさか……もう、計画ができてるのか?」

「あら、質問は1つだけですわよ?」

「っ……」

「それに、私が聞きたい内容にもまだ答えていただけてないですもの」

 

 何だと、と声にするより早く、ミツコの口が囁く。

 

「ゼノリオンは、そもそも何ですか? 貴方にとっての、あのロボットは?」

 

 細められた目には、こちらの虚偽を見破ろうとする鋭い光が込められていた。それだけでこちらの気勢が削がれ、代わりに思考を取り戻す程度の冷静を取り戻せた。そのおかげで、ミツコが、自分の知るミツコ・イスルギからは考えられない理由を問うてきているのを察した。彼女が言いたいことは、兵器のカタログスペックではない。そういうのは、現在取得しているのだろう機体データを見れば幾らでも分かる。何なら開発者であるファインマン兄弟と整備班長に聞けばいい。ならば、彼女が聞きたいことは、精神的な物。

 

「俺にとって……ゼノリオンは、誓いの象徴だ」

 

 即ち、今この場にいるテンザン・ナカジマにとって、ゼノリオンという機動兵器/ロボットとは、どのような意味を持つか。一拍の間考え、そう答える。

 

「その誓いとは?」

「俺がアイドネウス島で出会った、本来なら死んでしまったり、辛い未来が待ち受けている奴らを助けること……そして人体実験に合った女の子たちと、そいつらをまだ見守ってくれる奴らを、ちゃんと生きていけるようにすることだ」

 

 声に出すとやはり青臭くて堪らない。そもそも、自分のような前世からの生粋のクズが口にしていいものではない。それでも言葉にしなければと伝えられないと、ミツコから向けられる目を見て思ったのだ。

 三度、沈黙が落ちる。今度は先程までの浮ついたものではなく、ただひたすらに重苦しいもの。互いの目は逸れない。逸れれば、自分の心が偽りだと言っているようなものだ。前世でも、親や上司、尊敬する人にこのような威圧感のある、そして試されるような目を向けられることがあった。その度に自分は目をそらし、場の空気を崩す軽口を紡いで逃げ続けた。そして見下され、見捨てられ、失望され続けた。それは今も胸の中に救い続ける自身の悪癖であり性根だ。自分だけだったら、その処遇にあってもいい、見捨てられてもいい。

 だけれども今、ここにいるのは自分だけではない。自分の身体と心は、ここまで一緒に来てくれた皆が支えている。もしくは鎖のように縛り、縫いとめてくれている。だから、この心にあるのは、今この瞬間は真実だ。

 

「……はぁ、やっぱりですか」

 

 不意に、ミツコの目が伏せられ、雰囲気が弛緩した

 

「"私の知っている"貴方ならそう言うかもしれないと思ってましたが……堪えますわ」

 

 目を伏せたミツコはそうして一息吐き、コーヒーを一口含む。その喉がこくりと動こうと途端、けふっと咽て、コーヒーが頬まで溢れた。大丈夫か、と咄嗟に備え付けの紙ナプキンを手に取りつつ、少し身を乗り出して、コホコホと咳を続けるミツコに手を差し伸べる。テンザン自身、先程の言葉で緊張感が薄れたからか、つい本性の面が働き、手を出してしまったのだ。とんとん、背を叩いて口元にナプキンを差し出した所で、我に帰る。相手はまだ合ったばかりの女性で、しかもあのミツコ・イスルギである。セクハラもあるが、何よりこのような気安い真似をする相手ではないし、されたくもないはずだ。

 

「悪い……」

 

 咄嗟に手を離して、身体を椅子に落ち着ける。普段、スェーミやトニーが急いでご飯をかきこむ時に似たように咽るので、ついつい同じ対応をしてしまったのだが、相手は成人女性、失礼極まりない。余計なことをした、と気恥ずかしさすら浮かび、ミツコの顔を見ると、やはり彼女も立派な女性であるのか、口元を手で隠しながらも、頬がほんのり羞恥で赤くなっている。目が若干潤んでいるのは、咽たせいだろう。

 

「んんッ……失礼、お見苦しいところをお見せしましたわ。とにっかく、次はそちらの質問をどうぞ」

 

 態とらしく咳をし、こちらの手番は終わりと、ミツコが質問を促す。妙な雰囲気になってしまっていたので、テンザンも一度不必要に大きい咳をしてから、改めて質問を考え直し、口にした。

 

「なら聞くけどな……お前は、俺達に何をさせたい。何故俺たちに、ここまでしてくれる」

「あら、どちらから答えてほしいですか?」

「前者だ」

「そうですわね……簡単にいえば、アームズフォートを貴方たちの手で撃破して回って欲しいのですわ」

「ホ?」

 

 緊張が一度薄れたのもあってか、想定外の単語に"テンザン・ナカジマ"らしい声がでてしまった。すぐに意味に気付き、たまらず声を荒げた。

 

「いや、待て。潜水艦一隻とAM1機だけで、動く要塞と戦えだと? ふざけてるのかっての!」

「あら? 元DCの特殊部隊、それも非人道的な実験の産物を連邦から匿い、必要十分な物資と情報、拠点まで提供していますのよ? 例えヴァルシオンがそちらの対価と言われても、足りなくてはなくて?」

「ぐっ……」

 

 一番突かれて痛い部分を正面から叩かれ、反論に窮してしまう。だがこのまま押し切られれば、更なる危機をチームの皆に被せてしまう。故に、別の観点から条件を緩和できないかと、口を回す。

 

「そもそもアームズフォートはイスルギの子会社から発案だろ、何でそんなことをする必要があるっての? そもそも、さっきお前は"良いプレゼンになった"っていったばかりだ……売れ筋商品を自分でぶっ壊すなんて真似、それこそ道理が通ってない」

「あら、鋭いのね」

 

 おだけたように両手を上げるミツコは、しかし平静な顔/他者を常に値踏みする商人の仮面を被り、真意を掴むことができない。

 

「わかりやすく答えを言ってしまうと……アームズフォートは、金食い虫なのですよ。スペースノア級より初期コストはマシとはいえ、一部を除けば地上専用兵器にかける維持コストの割に合いませんわ。それに今は宇宙開拓時代の黎明期……数年後には別銀河からの商人とその艦艇が来る以上、地上に縛り付けられる枷は徐々に外したほうがマシ。ならば、次の主力商品となるAMやPT、特機……正確には、EOTを用いた兵器群によって撃破され、その優位性を証明する踏み台になってくれた方が有益ですわ」

 

 すらすらと語られる理由は、確かに将来を見据えた経営者の物だ。テンザンから知った未来という情報を元に、将来の利益を得るため現在のリスクをあえて飲み込もうとしている。だが同時に、どこか掴みどころのない、空虚さのようなものを感じてしまう。情報を整理しながら思考をひたすら回転させるが、そこまでしか読み取れない。

 それでも何とか今だけの言から、ミツコの益と、自分たちが得られるメリットを計算し、何とか皆への負担を減らせないかと思案しようとするが、しかし再度伏せたミツコの言に、ペースを持っていかれた。

 

「それに、今のアームズフォート・プロジェクトの中心人物にいる物が誰であるか知れば、貴方も距離を取りたくなるのではなくて?」

「今はお前じゃないのか……そいつは?」

「ここからは別料金……といきたいところですが、ここは先行投資、オプションサービスの一環としてお答えしましょう」

 

 一瞬、こちらの機先を挫かれたと思ったが、ミツコもその情報を伝えたほうがよいと判断したのか答えてくれるようだ。しかしオプションサービスといった以上、何かしらで請求は発生するだろうと身構えたが、それは次の彼女の言葉によって吹き飛ばされてしまった。

 

「アルテウル・シュタインベック補佐官」

 

 勢いのままに、席を立つ。予想外の存在は、テンザンに与えた衝撃は凄まじかった。

 

「……ッ、んなっ、ばかな!?」

 

 その人物は、今のテンザン、いやチームにとって、もっとも警戒しなければならない存在の1人だ。何故なら、アルテウルの正体は、あの男。別銀河から来た探求者であり侵略者の1人だ。そして何より、サイコドライバー/強念動力者への理解は"原作"の中でも随一だ。シェースチやスェーミの事が知れれば、間違いなく興味を持たれ、標的にされかねない。そのことを警戒したからこそ、連邦に保護されるわけにはいかないのだ。

 

「アルテウル補佐官は途中参加ですが、プロジェクト内で積極的に行動をしており、現在の中枢メンバーになってますわ。その証拠に、先日貴方が交戦したスティグロ……アレはプロジェクト内の開発コードでは"クリスマス・イヴ"と呼ばれている……この意味が何か、わかりますわね?」

「……エア・クリスマス級……そのプロトタイプってことか」

 

 エア・クリスマス級。あの男がその原点において執着した"光の巨人"を模した万能戦艦。スペースノア級に対抗/後継として開発される予定の船。だがこの時点では影も形もないはずのものだ。それがまったく異なる依代を持って、その片鱗を見せようとしている。質の悪い冗談だと思いたくなる。

 

「我が社が中心となって開発したスティグロですが、中枢区には例外的にEOTも用いています。現在の開発ペースを考えれば、"修羅の乱"には彼が望むものが竣工できてもおかしくはないですわね」

 

 勿論我が社の利益になる以上、開発はきっちり請け負いますが。未来を知っている女商人は愉しげに微笑む。先程までの珍妙な雰囲気はそこにはない。

 

「だろうな……だが尚更、アームズフォートプロジェクトを降りる、いや敵対するような真似をするのは、アルテウルみたいな奴とのコネを維持しておきたいイスルギ社としては矛盾しないのか?」

 

 そこに本来のミツコ・イスルギの姿を認めた上で、新たに発生した疑問点をぶつけた。しかしミツコは口元を文庫本で隠して、サービスはここまでと告げた。

 

「ビジネスは信頼によって出来ている……貴方がお話した通り、ここから先のことをお話するには、まだまだビジネスパートナーとしての私と貴方では信頼……いえ、信用度が足りませんわ。これ以上を望むのなら……」

「イスルギ重工……いや、お前の支援の元、アームズフォートを撃破していく必要があるってことか」

「ええ。それ以外に何をしようと、我が社は関与いたしませんわ。お代は貴方達のデータと、撃破実績……我が社は新進気鋭の兵器のデータを取れる上、お荷物になりかねない事業の撤退準備ができる。貴方たちは目的に必要な支援と拠点を手に入れられる。シンプルでしょう?」

 

 煙に巻かれている、という状況なのは理解できている。しかしこれ以上踏み込むのは、リスクもリターンもない。あるのは個人的な好奇心のみ。

 

「さっきの2つ目の質問も……信頼が足りないからってことか」

「ええ。ビジネス面からも、現在の貴方には必要ない情報と思われますわ」

 

 根本的な理由。スポンサーとなるその大本の要因を聞けなかったのは失敗だったかと、後悔が滲む。それでも、最後の一線/皆を危険に晒すことに対して独断で決めることができず、コーヒーを一口飲み、その苦さのおかげで踏みとどまる。

 

「わかった……けどその依頼、まだ……」

「あら、あちらの方々はこれからの作戦に了承していただけましたわよ?」

「なっ、てめッ……!」

 

 たまらず立ち上がると、ミツコはしてやったりと微笑み、陽に照らされている左耳の触った。そこを注視すれば、小さなホクロにしか見えない機械が取り付けられている。恐らくは超小型のイヤホンだろう。やられた、と再度思い知る。ミツコは最初から、別の場所にいるストラングウィックたちにも状況の説明を行い、どちらかが躊躇しても、もう片方が要件を飲み、外堀を埋めることができるようしていたのだ。

 膝から力が自然と抜けて、椅子にどっと座る。せめてもの強がりと、ぎろりとミツコを睨み上げるが、この程度はどこ吹く風と言いたげに、口元をにんまりと歪めていた。

 

「ふふ、交渉成立、ですわね」

「……覚えてろよ、このやろう」

「もう勝負ついてますわっ」

 

 ふと呟いた負け惜しみに、自分が教えた台詞が返ってくる。そこまで負けてしまったような思いを噛み締めつつ、何とか立ち上がる。そうして互いに手を差し伸べ握りあった。いくら不利な条件でも、飲んだものは飲んだもの。ならそれを生かすしかないと、意識を強引に切り替え、どこか嬉しそうな顔になったミツコの顔を見た、握ったミツコの手はやはり柔らく、そして彼女の顔もまた、今日初めて顔を合わせた時のように、テンザンの知る彼女とは違う、温かみを思わせるものだった。

 

「けど安心しましたわ。最後に貴方が、この依頼を絶対受けなければならない理由を言う必要がなくなりましたもの」

「……何?」

 

 そして最後に齎された爆弾は、その印象を今一度吹き飛ばし、思案の渦へと再びテンザンを叩き落とすものだった。

 

 

 

「ここのパーツは第3ロケットの回路に繋げるようにお願いします、それとメインブースターと本体との接続安定に必要なトルクがこれだと足りません。テスラ研から持ってきた特機用のを……」

「ツグミー、こっちの準備できたよー!」

 

 背後から聞こえた声に組み立て担当の技師への指示を切り上げて、声の主に振り返る。プロジェクトTDのマークが入ったツナギを着て手を目一杯振るアイビスと、その横で同じツナギ姿でタブレット端末を操作し続けるスレイの姿を認め、ツグミ・タカクラは両腰に手を置いてもうっ、と思わず呟いた。

 

「アイビス、スレイ。貴女達は休憩しててって言ったわよね?」

「ごめんごめん。けどプロジェクトTD初の機体でようやく大気圏離脱ミッションを行えるって考えると、最後まで調整しないと思って、つい……」

「貴女はコパイロットでしょ。スレイ、貴女も……」

「チーフ、"クドリャフカ"の左翼テスラドライブなんですが、やはりもう少し出力を……」

「もう、貴女まで! そこはもうフィリオがチェックしてこの後調整するから、早く寝なさい!」

「えー、せめてコクピットに座ってたいんだけど!」

「アイビスの言うとおりです。処女飛行は終えましたが、やはり試作機です。兄さまの夢の第一歩を万全なものにするためにも、最後までパイロットが調整を……」

「い・い・か・ら・ね・な・さ・い!」

 

 はいっ、と怒声の混じったツグミに声にたまらず美しい敬礼をしたプロジェクトTDに残ってくれた2人のパイロットは一目散に仮眠スペースへと駆けていった。しょうが無い子たちねぇ、と腕白な妹を持った気分になりながら、乱れた白衣を正す。

 

「ツグミ、お疲れ様」

 

 そんな彼女の頭の上に、優しく手が乗った。その手が誰のものかは、よく知る優しさに溢れた声もあり、自然と察することができた。

 

「フィリオ。会議は終わったの?」

「うん、向こうの人達も最前線であの機体を見てきた人たちだからね。危険性と無茶苦茶加減を大分突っ込まれちゃったよ」

 

 そう言って疲れた笑みを浮かべる恋人に、お疲れ様と声をかける。本当はコーヒーの用意をしたい所だが、何分自分もまだ余裕がないため、次の機会にすることとした。

 

「それにしても、イスルギも酷いわよね……いきなりテスト機用意して、こんな場所まで来て、それを応用したロケットの整備を手伝えなんて」

「ははは……まぁおかげで、僕らのプロジェクトも好意的に受け止められてるってわかったから十分だよ」

 

 口をすぼめるツグミに対し、自然体のままのフィリオが一度うんと背を伸ばし、ツグミの小さな背の先にある機体を見上げた。ガーリオンに類似したシルエットのソレは、しかし背部から後ろへと巨大な1対の柱/翼が伸びており、本来あるべき脚部はランドリオンの地上滑走用のローラー型のような、四足の物に変更されている。高高度試験用ガーリオンをプロジェクトTDの技術/新型テスラドライブの単独使用及び既存テスラ・ドライブとの同調試験を目的に改造を施した本機が、テスラ研からこの種子島までプロジェクトの候補生2人が駆った試作機、コードネーム"クドリャフカ"だ。

 プロジェクト内で開発中の新型テスラドライブ専用機はまだ組み立てパーツが揃っていなかった為、急遽用意した本機だが、プロジェクトTDの完成形の如く大型の機体であり、その機能性を示すには十分な性能を発揮できていた。

 

「カリオンは戦闘機として開発するよう言われてるけど、このクドリャフカは重力圏脱出用の貨物用スペースプレーンとして組み立てろ……確かに惑星間航行を考えるなら、この機体みたいな大量の貨物を積みながら、大出力で重力の強い星から離脱する時が必要な可能性が出てくる。僕も失念していたのを、まさかあのミツコ取締役から言われるなんてね」

「けど、それはちゃんとテスラドライブによる惑星間航行が出てから考えることでしょ? まだ早すぎるわ」

 

 だからこの名前にしたのよ、と本機の命名をしたツグミは、この場にいない無責任な女社長に怒り立てる。シリーズ77には数えられない急造品、だからこそ星の名前ではなく、初めて地球からロケットで宇宙へと翔んだ犬の名を付けたのだ。事実、クドリャフカは今回の目的が完了すれば、プロジェクトTD本来の機体/カリオンのパーツ確保とデータ取りのため分解されることが決定している。だからといって空中分解など起きないよう、生半可な出来にはしていないつもりだ。元よりスポンサーの上役が直接指示を出したものに対し成果を示す以上、急造品でも手を抜くわけにはいかなかったが。

 悩ましい存在であるプロジェクトの0号機に対し一つ息を漏らし、そのまま隣で組み上げられている塔のようなそれへと視線を移す。鉄塔にも似たそれは、旧世紀から続く宇宙ロケットだ。違いがあるとすれば、第2エンジンに使い捨てのテスラ・ドライブ推進機構となる追加ウイング取り付けられたことと、第3ロケットとペイロードに当たる部分が一体化し、先端には人型兵器が存在することだ。この専用ロケットの調整が、フィリオ並びにプロジェクトTDメンバーがここに呼ばれた主目的だった。

 

「テスラ・ドライブを用いた弾道ミサイル……正確には、アーマードモジュールの単独離脱と再突入機構を内包した、新型兵器。よくこんなものを考えついたわよね」

「ヴァンガード・オーバード・ブースター、略してVOBだっけね……たぶん、僕やビアン博士じゃ考えつかなかったタイプの兵器だ」

「たしかにそうね。貴方や総帥だと、もっとスマートにしそうだもの」

「そういう意味じゃないんだけどなぁ」

 

 困ったように後頭部に手を置くフィリオの顔に、しかし一抹の違和感を覚えた。この兵器の詳細説明を受けたのはたしかに移動中のことだったが、その時にはプロジェクトTDを体のいい技術屋代わりにされたことに対する軽い憤りぐらいだ。実際VOBにはプロジェクトTD由来の技術は使われておらず、むしろ大気圏外・周回軌道の位置までの並走を頼まれているため、クドリャフカ/新型テスラ・ドライブのテストとお披露目ができるため、今後のことを考えればメリットの方が大きいのだ。

 それなのに浮かない顔をする理由を、同じ夢を持つ一人として聞いてみる。

 

「やっぱりプロジェクトTDの技術がイスルギに渡ることが心配?」

「うん、それもある。ただそれは早いか遅いかの違いだけで、覚悟はしていたよ……少し、胸騒ぎがするんだ」

 

 そういってフィリオは、彼にしては珍しく、睨むような目つきでVOBを見上げた。

 

「この兵器は……いや、イスルギの今の技術の発想はどこから来たんだろうって……」

「……どうして?」

「……破壊。うん、そうだ。この兵器には……全部を焼き尽くしてしまうような、暴力性が詰まっている気がするんだ」

 

 ツグミも改めて、たった一つの目的のために撃ち出される銃弾を見上げた。自分には感じられない、1人の天才技術者としての才が、そういう表現をさせたのだろう。ツグミにはそこまでの恐ろしい形容は思いつかなかった。

 ただ、歪みながらも懸命に飛ぼうとする足掻きを、その先に感じる程度だった。

 




なんだァ? てめェ……(予定にまったくなったフィリオ達を見ながら)

2022/2/24 Gコン→Dコンへ修正しました。

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