スパロボOG TENZAN物   作:PFDD

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あけまして初投稿です。

※今回は主人公およびロボットが登場しない番外編(XX.5話)のような話です。注意してください。


終わりの小波

 新西暦187年 3月BC日

 

「いい? "自分"っていう薄い膜みたいな存在を全身に認識して、それをゆっくり膨らませるんだ。そうしたら、この場にいる他の人の膜に触れられるか確認してみてください」

 

 伊豆基地にあるレクリエーションルームの一角、スポーツマットの上で座禅を組んだリョウト・ヒカワはそう告げた。同じように座禅を組むリュウセイ、ブリット、リオ、アヤ、タスク、ジャーダ、ガーネット、ついでにラーダが目を閉じながら意識を集中しているが、しかしリョウトがイメージしているあの感覚が内から出ていないことに、まぁそうだよね、と内心零す。リョウトもごく自然にかつ強制的にその感覚を引き出された身ではあるが、今ではほんの僅かだが、自分の意思だけで引き出せるようになっている。そのため先達として何とか教えなければという意気込みを改めて抱く。

 今行っているのは、サイコ・ネットワークを展開するために必要な、念動力者の意識圏の拡張、その前提となる念動力の自覚訓練だ。リョウトはテンザンたちの元にいる時から既にサイコ・ネットワークにリンクしているが、それは自分の力によるものではなかったため、念動力を持たない他のメンバー同様、ゲスト役のような権限しか持たない。故に何度も夢の中に現れるシェースチによって念動力の覚醒を促され、意識だけの中で念動力を鍛えていた。その成果として、ビアン博士との決戦であれだけの力を生み出すことができたのだ。そして決着がつき、気絶している自分の夢の中に、シェースチが現れてこういったのだ。

 

「私たちはこの島から逃げます。今回も合流できませんが、近いうちに会えるでしょう。それまでには何とかウラヌス・システムには近づいていてください。それと、私たちのことを伏せたままにして、サイコ・ネットワークのことをハガネの方たちに教えてあげてください。あ、今も私とリンクしているというのも内緒ですよ」

 

 驚愕のまま飛び起きたリョウトだったが、しかし全ては後の祭り。テンザンたちは伊400と共にアイドネウス島から逃走し、現在は行方不明。シェースチからの念動を使った連絡もなし。仕方なく指示通り、リョウトは「心境が変わった」というでっち上げの理由と共に、サイコ・ネットワークの情報をイングラムやSRXチームに提供した。ロバート博士やアヤ・コバヤシ、それに珍しくイングラム少佐も驚きの表情を浮かべ、リュウセイはチンプンカンプンだと首を傾げ、ライは何とか理解しようと腕を組んで黙り込んだ。ロバート博士曰く、念動力の応用研究の議題に上がっていたが机上の空論だ、という認識を持っていたらしいが、その場で短時間ではあるがリュウセイ経由でロバート博士に繋げたことで信じてもらえた。リョウトだけではまだ不完全な展開しかできないため、直後に鼻血がリュウセイ共々出てしまったが、その体験はロバート博士には衝撃的なものだったらしく、すぐに治療と、特脳研への連絡を、と声を上げた。

 リョウト自身、あちらでは簡単にリンクしていたから、このようなフィードバックが発生するとは想定していなかった。治療を受けた後も入念な検査が行われ、いつもはアヤ中尉しか入っていないというポッドにも入れられた。だがこれで信用され、イングラム少佐からこの技術の詳細をレポートとし、資質を持つ者の訓練を言い渡された。SRXチームの内側に食い込んだ手応えを得て、よしっ、と内心ガッツポーズを取る。

 そして今、イングラムおよびマオ・インダストリーから出向してきたラーダから、資質があるとされている隊員に指導をしているのだ。アイドネウス島攻略後の慰労期間ということもあって、今回集められた皆は時間を持て余していたからか、すぐに訓練に移ることができた。

 

「ん〜……アヤ中尉のブラのサイズが見え〜……ないかー」

「ちょっと、タスク君!」

「なあ、ガーネット? 俺の心の声が聞こえたか?」

「そうねぇ、オフの日のデート先?」

「残念、外れだ。てか本当に届いてるのか?」

「う〜ん、う〜ん………白衣の天使が……い、いかん! 集中!!」

「クンダリーニを意識するということかしら……ならまずは、シータリー……」

「な、ならあたしも……リョウトくん、見てて、痛、イタタッ?!」

 

 訓練は芳しくないようだ。一部は特別参加のラーダに釣られてヨガを始めてしまい、訓練の場が奇っ怪なお仕置き部屋となってしまった。教官役としてはうーん、と苦笑いしか出ない。ドアの向こうから奇妙な訓練をやっていると一目見に来た他のパイロットたちもコメディでも見るようにくすくすと笑っている。実家の道場で好き勝手に動く年少組の稽古をしていたときと同様、脱力感を僅かに覚えるが、しかしこの分野については自分もまだ若輩者だと頭を振り、一声かけようとした。しかし視界の中、1人だけ何も言わず、顔をキツく顰めながら座禅を続けるリュウセイの姿に言葉が詰まった。

 リュウセイは説明の際、たまたま近くにいたからとリョウトがサイコ・ネットワークを繋げた相手だ。R-1の戦果から確実に念動力を持っていると確信しているというのもある。だからこそ既に自覚できているのだろうか、と考えたが、しかしその雰囲気は険しい。何かあったのかと声をかけようとした時、何とか元の姿勢に戻ったリオが涙目で喚いた。

 

「つぅ〜……ねぇリョウトくん。リュウセイにやったみたいに、その、あたしともリンクってできないの?」

「お、そうだな。たしかにそれが出来れば簡単だろっ」

 

 リオの提案に、ガーネット共々腕をぶらぶらと解すジャーダが言う。そのことに対しすぐに返そうとするが、しかし答えは見守っていたイングラムから返ってきた。

 

「いやダメだ。リュウセイとのリンク時でもあったフィードバックの影響がどの程度の物かまだ解析しきれていない以上、今日の訓練では許可できない」

 

 俺個人としては試したいがな。そう行って言葉を結んだイングラムに、SRXプロジェクトに使えるようなデータを揃えたいのかと推察するが、しかし今はまだ何の証拠もないので、ふーんと両肩を上げて伸びをするタスクたちに視線を戻す。

 

「そうえいば鼻血出したんだっけか? 何かエロイことでも考えてたんじゃねーの?」

「……つ、バ、そんなわけないだろ。そ、そうだったらリョウトの方が怪しいし」

「そういやそうだな」

「そこで僕に振らないでほしいなっ」

 

 そして思考の海から戻ってきたらしいリュウセイの無茶振りに、もう一度苦笑いを浮かべた。

 その日は結局、誰もサイコ・ネットワークを広げるのに必要な認識能力を覚醒するものは誰も居なかった。同時にリョウトは、リュウセイの表情が何を意味していたのかを聞くことができなかった。

 

 

 かしょん、缶ジュースの蓋が空く。廊下に設置された自動販売機の横で買ったばかりの缶コーヒーを一息で飲み干し、一息吐く。夜間のため光量の落ちた廊下では白くなる息は見えず、ただ自分の虚しい吐息だけが消えた。昼間はマットに座ったまま話を聞き続けたせいか、立っている方が過ごしやすかった。そのまま背中を壁に預けながら、リュウセイは昼間のことを思い出す。

 自分という意識が肌の上に膜状となって存在している。それをゆっくりと広げる。リュウセイはその感覚を、あの時既に掴んでいた。何度も戦闘で念動力兵装を使っていたからだろうか、それともリョウトに強引にサイコ・ネットワークを繋げられたからか。とにかく自力で広げるまでとはいかないが、しかし意識して表出させるレベルには既に達している。飲み終えた空き缶を無造作に放り投げる。缶は重力に縛られることはなく、そのまま宙空に留まった。そして意識をゴミ箱の方まで向け、目に見えないデコピンをイメージして空き缶を弾く。缶は直線軌道を描き、綺麗にボックスへ入った。昔母親と見た超能力物のアニメみたいだ、と自らの力に他人事な感想が浮かんだ。

 今の自分の状態はまだSRXチームの面々には伝えていない。伝えようとしても間が悪かったりするというのもあるが、同時に自分の中で不思議な忌避感があるのだ。まるで"誰か"が、このことを教えてはならないと言っているように。

 

「幽霊にでも取り憑かれてるって言われたほうがよっぽどマシだなぁ」

 

 体重を掛けた壁に沿ってずり落ち、尻を床につけて座り込む。深く考えるより行動している方が得意な性分だが、どうにも今はそういう状況ではない。一度大きくため息を吐くと、だれかいますか、と声を掛けられた。自動販売機の影で丁度見えないが、その声には聞き覚えがあった。

 

「クスハか?」

「あ、リュウセイくん」

 

 ひょこりと顔を出した幼馴染の顔に顔が綻ぶ。キャップだけを外した医療班の服から、どうやら非番だというのが読み取れた。

 

「どうしたんだよ、こんな時間に?」

「えっと、ちょっと眠れなかったから何か飲もうと思って……」

 

 栄養ドリンクだと目が覚めちゃうから、とはにかむクスハに、過去/クスハ印の栄養ドリンクの味を思い出して顔を青ざめながら、何とか苦笑いを返す。その悪夢を一刻でも早く忘れるため、クスハの代わりに自動販売機に支給のDコンを翳し、ミルクティーのボタンを押す。ガシャンと音を立てて出てきたミルクティーの熱い缶を手渡すと、あちちとクスハが目を細める。昔からの付き合いなので、これぐらいの奢り奢られは互いに慣れっこだった。自分も同じものを買い、話に付き合う姿勢となった。

 

「眠れなかったって、何か嫌なことでもあったのか? 仕事で失敗したとか?」

「もう、そういうのじゃないよ。確かにこの前、ブリット君への包帯失敗しちゃったけど……」

「ははっ、大丈夫だって。あいつなら笑って許してくれるって」

「もうっ」

 

 互いにホットな飲み物を口にしながら、微笑を称える。こうして2人だけで話すというのは久しぶりだったので、妙に感傷的な気分になってしまう。

 

「……ねぇ、リュウセイくん。ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」

 

 だからだろうか。学生の時、悩みや嫌なことがあった時と同じような会話の切り出し方をしてきた。懐かしさを感じて緩みそうな頬を、ミルクティーの甘みが満たす。

 

「へぇっ、どうしたんだよ」

「えっとね……その、最近、といっても時々だけど、変な夢を見るようになってて……」

「変な夢、か……それってもしかして、リョウトと別の誰かが出てこないか?」

 

 クスハの目が驚愕に目を見開かれてこっちを向いた。リュウセイとしても、薄々予感はしていたことだ。なぜならその夢は自分も見ているからだ。そしてついさっきまで見ていて、こうして眠れなくなってしまっていたのだ。 

 

「そう、そうだよ。その夢みてるとね、その、覗き見してるっていうのかな? 変に後ろめたい気分になっちゃって……」

「あー、わかるな。悪いことしてないのに見ちゃいけないものみたっていうか……クラスの女子同士の男子批評聞いた時みたいだったな」

「うーん、それは確かに聞かれたら恥ずかしいかも……」

 

 昔のことを思い出したのか、羞恥で少し顔を赤くするクスハ。こういう所が男子側での票高かったんだよな、と同じようなことを思い出しつつ、脱線しかけている話題に軌道修正を図る。

 

「その夢さ、俺も時々見るけど、今日は会話まで聞こえたぞ」

「ほんとっ?! 私はまだ見てるだけなんだ、ねぇ、どんなこと喋ってたの?」

 

 少し身を乗り出してきたクスハに、やっぱこいつも女子だなぁ、と長年の付き合いによる幼馴染の変化を感じながら、思い出す素振りをして答える。

 

「何ていうか、もう1人の名前がシェースチっていうらしいんだ。そんで夢の中でリョウトの念動力を鍛えてる、みたいなこと言ってたぜ」

「念動力……それって、昼間の?」

「ああ。俺も使えるっちゃ使えるけど、リョウトやそのシェースチの言う感覚はまだわからないな」

「そっか……リュウセイくんも使えるんだ……何だか、リュウセイくんがどんどん遠い所に行ってるみたい」

「ははっ、何だよそれ。そんなわけないだろ」

 

 少し強がって、嘘を吐いた。自分が自分でないような感覚をどんどん身につけていく。それをクスハが言う"遠くに行く"という言葉で表すのは言い得て妙だ。かつての自分/ゲームとロボットが好きな一般人の道はより遠ざかり、戦いに適した自分/R-1という特殊な機体を扱う念動力パイロットへの道を歩き続ける。成長している、という自覚もあるし、こうなったことで良かったこともある。戦友もできた。戦いの持つ意味も、そうしなければならない理由も見つかった。それでも、あの日々とかつて想像していた平和な頃には戻れない。

 大人になるってこういうことなのかな、と数えて19歳になるリュウセイがそんな感想を抱いていると、顔を伏せていたクスハはよしっ、と立ち上がった。

 

「明日も早いからそろそろ戻るね……付き合ってくれてありがとう、リュウセイくん」

 

 あっ、と思わず失念の意を漏らす。クスハが明日早いというのは事実で、リュウセイ自身も明後日からハガネに乗って東欧方面へのDC残党捜索任務に就くことになっていた。明日も日程上は休暇だが、その準備に追われることになりだそうだ。休暇もこれで終わりかぁ、と心中に零しながらも、幼馴染に笑みを返す。

 

「いいって、幼馴染だろ、俺たち」

「うん……うん、そうだね」

 

 おやすみ、そういって廊下の向こうに消えたクスハの影のある笑みに、ちょっと話すこと間違えたかな、と女性との付き合いのなさを自覚して頭をかく。

 そして同時に、そこまで意識が回らなかったのは、自分がクスハに一つ、隠していたことがあったことがあるからだと気づく。

 それはリョウトとあの虫/シェースチとの会話内容だ。確かにクスハに行った通り、あの1人と1匹は訓練を行っていた。だがそれだけではない。シェースチはその中で念動力に関することを、そして行方不明になっているテンザンたちのことを話していた。つまりそれは、リョウトが未だDC、というよりテンザンたちの味方ということも考えられることだ。もし明日、テンザンたちの居場所をリョウトが報告に上げなければ、その線は強くなる。

 スパイ。あの普段は弱々しげなリョウトが。だがリュウセイにはそのことに違和感を感じた。スパイというには語弊がある、と。根拠は論理的なものではなく、感情、というより勘だった。だからリュウセイはこのことを誰にも話す気はない。精々アニメの見過ぎか先日の特殊な実験/サイコ・ネットワークの件で疲れているのだと言われるのが関の山だ。ライに言えば義手の方で目覚めの拳骨を貰いかねない。

 故にリュウセイは1人でリョウトを見定めることにした。友人や戦友としては付き合うが、警戒を怠らない。

 

「こういうのに頭使うのは苦手なんだけど……やるしかない、よな」

 

 自分も新たに決意を固めて、空き缶を今度は手でゴミ箱に入れつつ、部屋に戻ことにした。そして歩きながら、ふとクスハに聞き忘れたことがあることを思い出した。

 

「そういやクスハ……あいつ、シェースチのことはどう見えてたんだろう」

 

 リュウセイには時々、シェースチの姿が金色の少女に変わっていたということを。

 

 

 

 時間は、テンザンが尋問と称して囚われ、ストラングウィックたちがアードラー子飼いの研究員たちに監査を受けているところまで遡る。

 

「ほらっ、こっちだ」

「っ、離しな、さい」

 

 消灯されたアイドネウス島地下の研究室の一角。ジジは自らをここまで強引に連れてきた5人の男たちを睨みつけるが、しかし返ってきたのは下卑た視線だけだ。視線の先はジジの肢体、熟れた女のソレだ。研究一筋で溜まってるのか、と自身の両手首を抑えつける男に唾を吐きつけるが、それすらも男は嗜虐心に満ちた表情で受け止めた。深夜だから油断したと、その優越感に浸った顔を睨みながら後悔する。

 

「まったく、反抗的だな。監査には反対と見える……これはやはり、秘匿技術は直接体に聞く必要があるな」

「だから、そんなの私が知るわけ無いでしょう」

 

 彼らが言うのは、部隊の各人が持つ研究用コンピュータ内の蓄積データだ。正式な監査である以上、これは開示する必要がある。当然、心情的には含むものがあるが、すべてのデータを渡している。しかし彼らはそれ以外にもあると言っているのだ。それは正しい、ジジたちはいくつかのデータを隠しているし、それは通常の手段では見つからない場所・方法に保管してある。だからこそ個別に面談という名の尋問を受けることもあるが、ここまで直接的かつ下劣な方法に出られたのは初めてだ。その目には女の肢体だけに集中され、情報の入手以外にただ快楽を得たいのだという肉欲に従順な目的なのだとも見て取れる。

 クズが、そう侮蔑を込めた視線を返しながら、幾度目かの抵抗を試みるが、その甲斐なく壁に叩きつけられる。同時にジジを取り囲んでいた男の1人に顎を捕まれ、舌で舐められ、手が胸元へ這う。怖気が走る。不快感を生じる吐息に、自分がこれから何をされるのかという想像が容易につく。真逆自分がこのような目に会うとは考えてもみなかった。

 それでも何とか耐えてみせようと固く目を瞑った瞬間、その声が聞こえてきた。

 

「あーうぅ」

 

 言語の形を取らない少女のうめき声。何故、そんな発展性のない疑問がジジの脳内に浮かぶが、しかし現実は無情にも、開いた眼の先に、銀とも映る白髪の童女/スェーミの姿を捉えていた。下衆な表情から一変、困惑としたものに変わる男たちの顔。

 

「戻りなさいっ、スェーミ!」

 

 これから行われること、そしてそれがスェーミの心を壊した行いの一端であると認識しているジジは、たまらず喚き、スェーミからこの場から離れるよう願った。しかしスェーミはジジの言い放った意味をうまく理解できていないのか、唸りながら訝しげに眉を顰めるのみ。同時にジジの大声が男たちの気に障ったのか、うるせぇ、と乱暴に首を捕まれ壁に叩きつけられる。背中から腹へと広がる激痛に涎が出て、しかし意思の不通と自らの不甲斐なさに下唇を噛み、意思を保つ。

 

「早くっ」

「うるせぇっていってんだよババア!」

 

 今度は下腹部への拳。息が漏れ、頭が真っ白になる。全身から力が抜けて、そのまま冷たい床へと落ちた。自然と溢れた涙が、真っ赤になったジジの顔を反射した。その顔には男たちへの怒りと激痛による苦しみしかなく、他のことへと気を回す余裕がない。

 異常をようやく察知できたのか、スェーミが小走りに近づいてくる。声を出すことも出来ず、そのままスェーミは男の1人が捕まってしまった。

 

「うーツ! うーッ!」

「何だこいつ、白痴か?」

「あぁ、そういえば報告書にあったな。PNW(サイコ・ネットワーク)実験体の生き残りだ、意外と見れた顔してるな」

「けどよぉ、PNWって言えば末期は乱交による認識一体化実験もやってたんだろ? 性病とか持ってそうじゃねぇ?」

「ばーか、廃棄体ならともかく、あそこにいたのは全員無事だったろ。けどコイツの具合がよかったのか、皆頭がパーになっちまってたけどな」

「へぇ、そいつは面白そうだ」

 

 下劣な色情が込められた声と視線がスェーミへと向けられる。これだから溜まった研究者は、と声に出ない罵りを心中で叫びながら、何とか立ち上がろうとするが、しかしそのままに髪を捕まれ、身体を持ち上げられる。せっかく短くカットして整えた頭髪が、ぶちりと音がする程の、乱暴な力。それと同じ力が、ジジとスェーミの服を殆ど同時に破いた。

 

「うあ、あーっッ?!」

「あーうるせぇな、ほら股を開けって」

「スェー、ミ……っ」

 

 スェーミの小さな体が叩かれて床に倒され、その上に男が覆いかぶさる。彼女の名を呼ぶ自分の口も、タバコ臭い息を吐き出す男の口に塞がれ、何も話せなくなった。くそうっ、と諦めが身内に垂れ込めた。

 その時、空気が融けた。

 悪寒が走り、体が震える。自らの存在が炉の中に放り込まれ解け落ちるような錯覚を覚え、今すぐにも逃げ出したくなり、しかし痛みと、今の奇妙な感覚で全身から力が抜けるとともに腰が抜け、立ち上がることができなくなってしまった。

 

「……何だ?」

 

 ジジを抑えつける男たちもその変化を察したのだろう、獲物を離さないながらも警戒心を露わにし、首を回して周囲を探る。しかし自分たち以外に人影はない。ならば今のは、と思った矢先、どさりと重い物が床に落ちる音がした。音源には、スェーミを今正に性のはけ口にしようとしていた2人の研究員。半裸になり、勃ったままの逸物を投げ出しながら、しかしその目はあらぬ方向に向けられ、興奮で充血していた。その身体は徐々に小刻みに震え始め、表情には今この瞬間にも快楽を貪っているかのような悦びが張り付き、逸物からは熱い汁が絶え間なく溢れ出す。

 

「ひ、ひひ、何だココれ、気持ちいいぃぃ」

「ひひゃ、はは、はあははあああああ」

 

 紡がれた声は正気のものではない。びくりびくりと白濁した体液を吐き出しながら哄笑する狂人から、自然と距離をとる男たち。その視線は、ゆっくりと立ち上がった1人の少女に移った。

 

「ああ、もう。折角用意してくれた服が台無し」

 

 目を隠す白髪の向こうで、少女の視線が破けた服を名残惜しそうに掴む。その小さな両手にかすかな光が宿ると、服はひとりでに解かれていき、やがて少女の裸体が現れた。手術痕が無数にありながら、しかし人を惑わす白い柔肌。男たちの誰かが、ごくりと唾を飲み込む音がする。その間にも、元は安物のワンピースだった糸の束は少女の首元を包み、身体の前へと垂れ下がって恥部を隠した。少女/人型のナニカの目が、こちらを向く。自分が消えた、とジジは再び奇妙な錯覚を覚えた。しかしそれはやはり錯覚で、自分自身は未だこの異常な空間に倒れたままだ。束の間、一番前にいた男が倒れ、先程の2人のように震え、狂い、性を吐き出し始めた。

 

「服が、ふくが擦れて気持ち、床の冷たさが気持ちいぃぃ、にゃにほれぇ、すごい、すごほおおおぁああ」

 

 顔にはやはり、快楽の笑みが作られている。間近で見るそれに、研究の際に参照したことがある末期麻薬患者の微笑が重なり、生理的な嫌悪感が這い出てくる。その直後に、ジジの両手首を掴んていた手が離され、力の入らない上半身が床に投げ出される。頭をぶつけ、切った箇所から血が飛び散った。しかしその鋭い痛みが、異常事態に対し朦朧としていた意識を僅かながらに呼び起こしてくれた。

 

「な、何だよこれ……何だよこれはっ?! あ、あはあはぁ」

「すすすぐに他の職員を……いや、お前、何か知ってるんじゃなかああああ、ひやっ、あぁぁぁ」

 

 困惑し、怯える男たちがジジを睨んだ瞬間、絶叫を上げながら崩れ落ちた。そして異常な量の汗をかきながら、同時にズボンの股間を内から濡らし出し、幾度も絶頂を迎えたように痙攣を繰り返す。

 

「あなたたち、気持ちよくなりたいのよね……いいわ、いくらでも与えてあげる」

 

 くすくすと笑いながら、少女が歩きだした。何とか顔を上げるが、しかしジジには今、この場の正気を一切損失させようとする少女を直視する勇気はない。精々がひたりひたりと近づいてくる足元を睨む程度だ。

 

「スェーミ……これは、貴女が……」

 

 掠れた声の疑問に、ぴたりと歩みが止まる。変化が起きたのか、思った瞬間、耳をつくような大声が、普段の少女の姿から想像もできない声量で響き出した

 

「……ああ、ああ! まだ正気なんですねジジ・ルー! 半端な脇役さんっ、あの人の中で、とってもとっても愉快な女性と覚えられてる物!! どうして貴女がまだここにいるの? ああ言わないで、慰みものになろうとしていたからでしょう、判る分かるわ。だってわたしも同じだもの、いつもいつも同じ味のチンコばっかり咥えさせられてたの。けど私はもう大丈夫、あの人以外にはもう身体は開きませんわ! 代わりにわたしが引き出した気持ちいいのを全部与えてあげるっ! ……あ、そういえば、貴女もあれらと同類だったっけ? なら貴女にも与えなきゃいけないわ、そうじゃなきゃ燃料にできないもの」

 

 細い手が自分に伸びる。怖い、逃げたい、何かされる、嫌だ。衝動的に吹き出した感情は、しかし涙としか現れず、ただその手が頭に触れるのを待つことしか出来ない。その手が触れれば、恐らくは絶頂によって発狂し続ける周りの男達同様、正気を失うのだと簡単に想像できる。そして自分という意識はそこで消えてしまうのだという予感もある。死にたくない、消えたくない、なのにスェーミ/怪物の手は焦らすように、ほくそ笑む声を止めぬまま、手をゆっくり近づけてくる。

 その、何時間にも感じる数秒の先、髪の毛に触れようとした瞬間、頭の中に声が響いた。

 

『止めなさい、スェーミ!!!』

 

 ばちり、と機械のスパークが起きたような音と共に、自分の身体が吹き飛び、三度壁に叩きつけられる。途端、衝撃による痛みと、先程までの異常な空気にとうとう耐えられなくなった意識がぶつりと切れ、ジジはそのまま気絶した。

 その最後にうっすらと見えたのは、白い髪の少女の腕を掴む、その少女によく似た顔立ちの、金髪の少女の影だった。

 

 

 

 

「なーに、お姉ちゃん? 邪魔しないでよ」

『その人は味方です、恩人の1人ですよ?!』

「変なことを言うね、お姉ちゃん。この世に人間なんて、彼だけじゃない」

『っ……バカなことを言わないで、早くこの人達を元に戻しなさい! そうしないと、また貴女はあの場所に戻ることになりますよ! そうなると、二度と彼とは会えなくなりますよ!?』

「うーんあー……それは、嫌だなぁ。また彼に助けてもらうのもいいけど、会えなくなるのは嫌だなぁ。わかったよ、わたしもしばらく彼に会えなくて溜まってたからね、謝るよ、ごめんなさい」

『わかってくれればいい……ッ』

「あはは、そんな無茶しちゃって。その姿に戻るのに、どれだけ削ったの?」

『なら、削らなくて済むよう"遊ぶ"のは控えてください……』

「はーい。お姉ちゃんがいなくなると、彼も悲しんじゃうからねぇ……けどもうおしまいかぁ、こうじゃなきゃ私も正気に戻れないからなぁ」

『……それが良いこととは限らないでしょう』

「あはっ、そうだね。わたしも彼には嫌われたくないからねっ。じゃっお姉ちゃん、おやすみ〜……あ、うぅあ?」

『……ずっと、そう微睡んでいてくれたらよかったのに……とにかく、今はこの人達を正気に戻して、記憶の操作もして……ジジさんも、さっきのスェーミのことを忘れさせないといけない……あ号たちにもっとリソースをくれるよう協力を頼んで……は、はは。私、あと半年も持つかしら…………だめよ、私……そうじゃなきゃ、私も、皆も報われないもの……がんばらなきゃ』  

 




中盤に差し掛かったロボット物特有のラスボスちら見せがしたかった、反省しています

2022/2/24 Gコン→Dコンへ修正しました。

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