スパロボOG TENZAN物   作:PFDD

2 / 35
こうやって短いのをちょびちょび出せていけたらと思ってます


よわむし

【新西暦186年 8月AA日】

 

 ひとまず、命があるまま、また日記を書けることが幸いとしよう。

 あの時、原作通り異星人の襲来という予定通りのイベントが発生して、ディバイン・クルセイダーズ(まだ表向きには存在しないはずの組織だったはずだ)の本拠地であるアイドネウス島行きはトントン拍子に進んでくれた。私は最低限の荷物だけを持ってエージェントたちが用意した飛行機に乗り、大会の数日後には日差しの眩しい孤島へと降り立っていた。原作にあった、リョウト・ヒカワともう一人の候補者とは顔を合わせることはなかった、恐らくはタイミングが異なるのだろう。

 都合がいい。リョウト・ヒカワは原作で親しかったという描写は殆どないはずだ。あるとしても、同じ境遇の演習相手程度だったのだろう。私としても、いずれ自分を殺すだろう相手の1人と冷静に話せる自信はなかったし、むやみやたらに交友関係を広げたいという気持ちもなかった。

 基地についてからすぐにアードラー・コッホの研究室に通された。ゲームやテレビの画面の通り、特徴的な顔と、いちいち嫌な気持ちにさせてくるやつだった。明らかに私のことを実験動物か、出世の道具程度にしか考えていない。しかも道具扱いでも、代替品がすぐに見つかる消耗品程度のものだ。本来の『テンザン』はよくこいつと付き合えたなと思うが、今は私がこいつにおべっかをしなければいけないのだ。そのことに気が滅入るが、私は『テンザン・ナカジマ』なのだ、そうしなければいけない。

 とりあえず、二言三言交わしてから、すぐにロボット……DCだからアーマード・モジュールに乗せてくれとゴネた。元々私/テンザンが誘いに乗ったのはそれが目的なのだから当然だ。アードラーもそれが分かっているらしく、すぐに用意してやるから数日は待っていろ、と告げた。

 まぁ副総統とはいえ、未だ秘密兵器扱いのAMをいきなり来た一般人に使わせるには色々と手続きが必要なのだろう。それに加えて、アードラー自身の実験の準備もあるだろう。たしか記憶では、アードラーは『テンザン』やリョウトのことを『アドバンスドチルドレン』と呼んでいたはずだ。それがどういう意味を持つかまではもう忘れているが、少なくともそういうサンプルのデータ採集準備ぐらいはするはずだ。

 それならばと、せめてバーニングPTか用意されるロボットのシミュレータをさせろ、というと、少し眉をひそめたが、明日には用意できると言った。

 それに対して私は、明らかに不満な表情を作った。自分の思う通りにならないことがあるとすぐにヘソを曲げるのが『テンザン・ナカジマ』だからだ。

 この表情に騙されてくれたのだろう、アードラーは堪え性のないガキめ、とギリギリ聞こえるか聞こえないか程度の小言をニヤッと笑いながら呟いた。どうやらうまくいったようだ。『テンザン・ナカジマ』が原作でアードラーやその周囲に与えた印象通り、彼にとって御しやすいガキという印象をつけることができた。

 

 その後は、この基地での立ち位置は今度教えてやると告げられて、それで話は終わりだという体で研究室から追い出された。後はただ先程の兵に連れられて自室に案内されるだけだった。悪いと思ったが、先導ついでにわざとらしく基地の施設に興味を向ける仕草をして、基地内全体を案内してもらった。結構の距離と場所を歩いたおかげで、基地内での今の私の扱いはよく分かった。腫れ物を扱う、という言葉はこういう時に使うのだろう。DC兵や研究員とすれ違うたびに奇異の目で見られるが、想定はしていたし、正直日本にいたときとそう変わらないから問題ない。あと、案内してもらうついでに、原作で有名な人物たちも簡単に探したが、見つけることはできなかった。案内してもらったのが権限の少ない歩兵のようだったから、舞台に上がるようなレベルの存在がいるような場所には行けないだけだったかもしれないが。

 一しきり基地内を探索した後、自室ににたどり着き、一息ついた。比較的研究棟に近い位置なのは、アードラーの実験にすぐ参加できるよう、あいつが考えたのかもしれない。

 そして今、部屋の中の備品や機能を確認し、日課を終えてから、この日記を書いている。とりあえず部屋にあった基地内部案内表やDC標章を軽く確認し、ついでわかりやすく置いてあったAM・リオンのマニュアルに目を通しながら寝ようと思う。長旅の疲れが今更出たのと、秘密基地という柄にも胸を躍らせる状況から冷めてしまったせいでとても眠い。正直これを書いていなければ既に熟睡していたかもしれない。

 リオンのマニュアルを見たが、やはり何から発展したかの差でPTとの違いは分かりやすかったが、バーニングPTをやっていれば操縦できるだろうと予想できた。原作でもテンザンやリョウトもできていたのだから、そうあって然るべきだろう。

 あとは私がどこまでこれを動かせるか。そして如何にうまく戦い、負けるか。戦って死ぬのはいいがまず死ねないだろうし、必ず戦うことになる彼らを殺すのはダメ。その二つを両立、特に後者を自然と演出するには、私自身がリオンをきっちり動かせなければいけない。私は『テンザン』ほどの、ましてはヒリュウ・ハガネ隊の面々に敵うような才覚は持ち合わせていないから、大分頑張らなければいけないだろう。

 大変だし、死ぬと分かっているのにやるのが気が滅入るが、もうそう生きると決めたのだ。だから、やるしかないのだ。

 とりあえず、飛ばすだけで気絶とかはしなければいいな。

 

 

【新西暦186年 8月AD日】

 

 二日ほどシミュレータに篭っていたせいで、日記を書き忘れてしまった。今世でも前世でも、集中すると寝食を忘れてしまう悪癖のせいだ。だが、久々に"楽しい"という気分に浸れた。習熟しないといけないのはわかるが、やはり有人ロボット兵器を操縦できるというのは楽しく、面白い。それに丸一日触り続けたおかげで、RION-OSでも多少は動けるようになった。他のシミュレータにもネットワークで繋がっているおかげで、習熟訓練シミュレート中に乱入されることもあったが、それが逆に刺激になったし、何より対リオン戦の経験も積めた。

 一日中やっていたせいで10回以上も乱入されてしまった。おまけに中には明らかに動きの鋭い隊長クラスの存在もいた。音声は私の存在理由という副総統の機密上、相互カットされてしまい会話ができなかったが、モーションを即興で組んで多少のコミュニケーションはできただろう。むしろ会話ができないということで『テンザン』を演じる必要性がない分、私の我がでてしまった感が否めない、そこは反省だ。

 それにしても、まだまだリオンが配備されて日数が経っていないせいか、私でも簡単に倒せる相手が大半だった。とはいってもそこは正規軍人さん、内3回程度当たることとなった隊長クラスには墜とされそうになった。戦闘中何度もピンチになったが、なんとか機転を利かせることで勝つことができた。

 隊長クラスでこれなのだから、エース級、特に旧教導隊や総統はどれほど強いのかと、今から気が滅入る。少なくとも私は、彼らにサシでも勝てる存在の調度良い踏み台にならなければならないのだ。すぐに落とされては意味がないし、誤って倒し殺してしまっては本末転倒だ。最低限、SRXチーム全員を相手取って拮抗。可能ならばハガネもしくはヒリュウ改部隊とも一人で渡り合える実力にならなければいけない。『テンザン・ナカジマ』ならば本気を出して特訓すればそれくらい出来そうだが、何分私にはそこまで才能があるとは思えない。『テンザン』らしくないが、人より何十倍も努力して補うしかないだろう。

 あまりにも、現実は厳しい。今こうして文字に起こすだけで絶望的だ。

 明後日になったリオンの実機への搭乗。その時には他の部隊と共に行うらしい。チームでの連携や役割はゲームでしかやったことがないから、実践でのチーム行動は相手に合わせなければならないだろう。だが私は『テンザン』だ。傲岸不遜なガキ大将だ。それを乱す行為もしなければならない。正直、気が引ける。浴びせられるだろう怒声を思うと、今から手が震えそうだ。

 とりあえず明日はまだシミュレータに篭って訓練と、DCでの戦術を学ぶため座学を受けよう。そうしないと嫌なイメージで心が押しつぶされそうだ。

 

 自分はついに、本物の銃、いや凶器を、人に向けてしまうのだという想像……違う、その事実だ。

 

 

 

 

 

「うぅおっおうえぇぇぇ」

 

 新兵がヘルメットにぶちまけた。軍隊ではありふれた光景だ。事実、そのパイロットが弱々しい嗚咽を上げながらゲロを出し切るまで、コックピットを開放した整備員たちは中には入らず、周辺機器の状態を確認する程度にまだ留めている。

 だが、彼らの心中には共通したものが浮かんでいた。あのようなことをやり遂げ、あんなことをいっていたクソガキが、こんなただの、ありふれた新兵染みたことをするとは、思いもしなかった、と。

 この新兵もどきことテンザン・ナカジマは今日、初めてリオンの実機に乗った。先日まで行っていたシミュレータ訓練では開始から僅か3時間でトップスコアを塗り替え、アグレッサー機能を利用し乱入したDC正規兵をこともなげに撃墜し、ついには元教導隊のテンペスト・ホーカー少佐、DC総統ビアン・ゾルダークの愛娘でありDCの決戦兵器のテストパイロットを務める腕前を持つリューネ・ゾルダーク、そしてついにはビアン・ゾルダーク本人すら墜としてみせた。シミュレータはパイロット全体の技術向上を目的とし、一部のパイロット情報以外はオープンとされていたため、彼ら整備の人間も見ていたのだ。

 その機動は、凄まじい、の一言だった。サーカスや軽業でも見せられているような機動で縦横無尽に動き、天地逆転した逆さま姿勢の状態で狙撃訓練をこなし、稼動部が少ないリオンで格闘戦までやってみせた。リオンとはここまで動けるのか、とリオンパイロット達のざわめきは止まらず、リオンシリーズの設計者であるプレスティ博士も途中から観戦しているほどだった。終いには、即興でモーションを組んで人間のような敬礼・一礼、果ては五体全てを使ってYっぽい謎ポーズを作るという、ゲシュペンストやリオンに代表される次世代戦闘兵器に対する理解まで深いと来た。

 そんなパイロットのリオンを任されるのだから、彼らはこれからあの超機動に伴う機体損耗度と付き合わなければいけないという将来の気苦労と、それ以上にエース機候補を任されるという期待に胸を膨らませた。"あの"アードラー・コッホ副総統による肝いりという不安と、直前まで名前と性別以外のデータを開示されないというトラブルもあったが、それでも軍隊の整備兵という鉄火場で鍛えられたのだという自負があった。

 

「ホッ、冴えない顔ばっかじゃねーか。これがこの俺の伝説を支えるやつらかよ〜テンション下がるっての」

 

 だが、開口一番にこのようなことを言ってくるとは想像外だった。

 

「……ナ、ナカジマ特務大尉?」

「あ〜聞こえないな〜。そんな長ったらしい階級なんて聞っこえねぇなぁ〜、呼ぶならせめて特尉だろうよぉ」

「ごほん……ナカジマ特尉……私は貴官の機体を任されることとなりました……」

「あーうっせーなー。あんたは何か中年っぽいからおやっさんでいいっての。それ以外はモブ整備兵ABCDな」

「っ……バカにしてるのかテメェ!」

 

 たまらず、整備員たちの代表者の後ろに控えていた、テンザンとそう変わらぬ年頃の青年兵が噛み付いた。勢いのままに繰り出された拳を、おやっさんと呼ばれた男が止めようとしたが、しかしそれよりも早くテンザンが動いた。

 片腕を上げ、そのまま受け止めた。空気が人体の間で破裂する音が、テンザンが現れたから嫌な静けさとなっていたガレージに響き、見て見ぬふりをしていた者も含め、一斉にテンザンたちへ振り向いた。

 

「ホッ、いいパンチじゃねーか。力有り余ってるからって俺の機体を凹ますんじゃあねぇぞー整備員A」

「だ、誰が整備員Aだっ?!」

 

 片手一本で止められた拳を引こうとしたが、ビクともしない。よく見れば、支給されたDCの士官服、その下に来たアニメのキャラ物Tシャツは鍛え上げらた筋肉で盛り上がっていた。だがその癖、掴まれた拳に痛みがない。ここまで肉体のその制御は、何かしらの武術を噛じっていても可笑しくない、とその場にいた5人は察した。

 

「やめろ伍長っ! すいません特尉、上官に手を出させるとはっ」

「ホッ! 別に気にしねぇよ。弱虫が俺みたいな超強いやつに噛みつきたくなるのはクセみたいなもんだからなぁ〜。まっ、手を抜かなきゃいいっての」

「コイツっ!?」

「やめろ! ……それは、お咎めなし、ということで問題ないな?」

「ホッ怖ぇ怖ぇ。その通りだよ、というか『最初の挨拶として俺とそいつは格闘技を嗜む人間としてついそういう奴向けの挨拶をしちまった』だけさ、違うか?」

 

 テンザンから『おやっさん』と呼ばれた整備兵長は、しかしそこに込められた意を読み、不機嫌な気分を飲み込み、頷いた。

 

「……ええ、その通りですね」

「は、班長!」

「……そういうことにしとけ、バカ。じゃないとマズイぞ」

 

 信じられない、という顔でリーダーを見る青年に、同僚が小声で諌め、ようやくそこで事態が拙いものだと察した彼は黙った。その様子にテンザンはほくそ笑み、整備兵たちの再び買いそうになったが、おやっさんが手を上げ留めた。

 

「とりあえず、機体は準備できてます。内部の説明は入りますか、『天才特尉』?」

「ホッ! 頼むぜ、おやっさん」

 

 ひたすらに相手を侮辱し、見下す態度を取るテンザン・ナカジマ。まさに最悪だ、彼らが出会ったパイロットの中で、あそこまで酷いのはそういない。おやっさんと呼ばれた少尉階級の整備長にしても、そのような相手に会ったことはあっても、ただの親の七光りか、そこまで腕がいい奴ではなかった。大概そういうのは、方法はともかく早々にいなくなる。彼らはテンザンが出てから機体状況をモニタリングしていたが、彼に対する印象は変わらなかった。

 やはり、腕前は凄まじい。シミュレータとの違いによるものか機体の動きがぎこちない部分もあるが、それでも合同で実機訓練を行っているプロジェクトTDのメンバーより遥かに動けているし、射撃訓練ではあの態度のままだが他の機のフォローすら行えている。

 

『ホッ、そんな制動じゃ狙いさだまらねぇっての。それぐらい普通考えれば分かるのに、頭空っぽなんでちゅかねぇ〜その赤いの?』

『何だと貴様ァッ!?』

『ス、スレイっ落ち着いて』

『うわ〜なんだぁその銀色のヘッピリ腰はっ。もっと踏み込む気概もねぇ根性なしかよっ』

『な、何をぉっ?!』

『アイビスもステイッステイッ!!』

 

 そんなやり取りすらあるが、しかし訓練自体は順調に進んでいた。途中何度もテンザン・ナカジマが、訓練用の対空砲火に正面から突っ込むなどのスタンドプレーを行ったが、しかしそれによるマイナスもテンザン自身のプレイとフォローで帳消しにしている時もあった。あの口と性格がなければ、本当によかったのに。そんな思いを抱きながら、訓練プログラムによる機体各部損耗率に驚きつつ、淡々と事を進めていく。

 そして、最後のプログラムとして、別のリオン部隊との戦闘訓練が始まった。当然のように、テンザン機が突っ込み、レールガンの銃口を向けた。その加速に驚き、先頭に位置する機体が墜とされる、と誰もが思った。

 だが、そのようなことは起きなかった。テンザン機は構えながらただ突っ込んでくる。フェイントのつもりか、敵部隊が散開したが、テンザン機は直進するだけで、本当に何もせず、先程まで敵部隊が固まっていた場所を通り過ぎてしまった。虚仮威しか、と誰もが訝しみその背部に銃口を向けた瞬間、遅れて背後に控えていたプロジェクトTDの砲火が一斉に開き、訓練用のペイント弾頭がアイドネウス島近海を舞った。狙いはこれか、と皆が思う最中、ついにテンザン機は再起動した。

 もはや直角として言いようのない機動で下降したかと思えば、反転して急上昇し、敵部隊リーダー機の"顎"をレールガンの砲身で殴りつけていったのだ。

 これには、訓練を見ていた全員が驚愕し、訝しんだ。今の一撃で内部構造にダメージが発生したと判断した運営AIは敵リーダー機を撃破扱いとしたが、その代償としてテンザン機のレールガンはお釈迦だ。折角の新品を態々鈍器扱いしたことに、整備兵の一人が白目を剥き、別室でモニターしていたアードラーが罵声を浴びせた。

 

『な、何をしとるんじゃ貴様わァッ?! せっかくワシが用意してやった機体を壊すようなマネをしおってっ?!』

『……ッ……ハンデだよ……』

『はっ?』

『ハンデだっての! レールガンなし、ミサイルは切り捨て! あとはリオンの徒手空拳だけ! これくらいしてやらなきゃ、楽勝すぎて欠伸が出ちまうからなぁ!!!』

 

 殊更大声を上げたテンザンは、敵部隊から放たれたミサイル群を地表近くを滑るようにして躱すと、同時にひしゃげたレールガンとまだ弾数が残っているミサイルコンテナを外し、再びジグザグ機動で上昇した。

 そこからはテンザンが宣言した通り、テンザン機は徒手空拳のみで演習を行った。レールガンとミサイルの隙間を縫い、撒き散らされるチャフを強引に突破し、敵機にすれ違いざま手刀や蹴りを叩き込んでいく。それは戦闘機から進化したリオンには似合わない戦い方であり、機体のフレーム上かなり無茶な駆動であった。特に腕部は一撃与える事に損傷し、最後には指が全て欠け、手のひらに当たる部分も内部構造が覗き見れるほどに破損していた。

 それでも尚、テンザンと、プロジェクトTDメンバーは、一人の欠けもなく勝ってしまった。

 

『ホッ! 結局俺が勝っちまったか! まぁ、所詮はモブキャラの雑魚集団だからなぁ〜はっはっは!』

 

 最後までの変わらぬ口調のまま、テンザン機だけは、足早に基地へ戻ってきた。

 そして、コックピットの電気が全て落ちると共に、テンザンは吐いたのだ。

 

「……お前、どういうつもりだ? 余計な仕事増やすような真似をしやがって」

 

 吐き気が一通り収まり、テンザンの呼吸が安定したのを見計らって掛けられた整備兵からの声は、怒りよりも、問いの意味が強かった。吐き方としては、三半規管をやられてのものや、ブラックアウトなどに伴う内臓ダメージによるものには見えなかった。むしろこれは、教材で見たことのある兵士のPTSDに似ている。

 

「……ホッ、は……クソッ、はっ……すまねぇ」

 

 だがテンザンは弱々しくそれだけ告げて、自身の吐瀉物がたんまり入ったヘルメットを抱え、リオンから降り、ガレージから姿を消した。

 

「……何なんですかね、あいつ」

「さあな……態々訓練で壊して帰ってきたから俺が直々に殴ってやろうと思ったが……毒気を抜かれちまった」

 

 それに、と彼は改めてコクピット内を見る。

 

「ゲロが他に溢れてねぇ。こういう奴は、機体を大事にして無駄に壊したりするような真似をしねぇ」

「なんスすか、それ」

「ただの経験則だよ……それでもこういうことをするってことはだ……」

 

 整備長は、一度コクピットから出ると、自分の想像を身内に留めながら、出力できた機体の損耗率を確認した。そこには、徒手空拳で使った箇所以外、あのメチャクチャな機動からは考えにくいほど"低い"数値が出ていた。

 

「ただのクソガキだったらまだよかったが……お前のご主人は、結構厄介なやつみたいだぞ」

 

 整備長が見上げた先で、脚部が中破しながらもきれいに待機状態となっているリオンは、静かに佇んでいた。

 

 

 

【新西暦186年 8月AE日】

 

ひとなんて、ころしたくない

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。