スパロボOG TENZAN物   作:PFDD

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メインPCがイカれたので初投稿です。


暁の出航

 時間にして20分。それがテンザンが決意を固めるのにかかった時間だった。残り時間で準備を終え脱出を成し遂げるため、皆が一斉に動き出した。テンザンもドナから渡されたゼリー食を更に飲み、着替え、部屋を出る。既にテンザンの自室は監査の際に徹底的に荒され、私物の殆どが失われていると聞いている。それでも何とか先んじて確保できたものが幾つかあり、ドナとトニーが持ってきていた手提げ袋に入っていた、小型のバックパックにまとめられていた。例のチャットアプリが入った予備のDコン、電子書籍端末、そして日記。日記にはテンザンが以前に外付けの生体認証鍵を取り付けていたため覗かれることはなく、子どもたちが「中を見ることが出来なくて残念だ」と不満な顔で言っていた。そのことを思い出し笑いし、同時に中を誰にも見られなかったことに安堵する。

 テンザンとしては、自分がこの世界のほんの少し先の未来について知っていることを、いずれこのチームの皆に伝えるつもりだ。だが今は時間がない。日記の中身にしてもかなり過激な内容もあるし、血痕などで読みにくいはずだ。先に読まれて、いらぬ誤解を与えることがなかったのは幸いだった。

 脱出できて、どこかに一度身を潜めて落ち着けたタイミングで話そう。そう決断し、足早に格納庫ブロックに向かおうと思ったが、一度だけ行き先を変え、ある場所に向かう。このドッグ、いやチームが結成されてから使用していた、自分の部屋だ。

 中は言われた通り、見れるものではなかった。本やゲームのパッケージが開かれっぱなしで散乱し、自分が拭いた吐瀉物や血痕の後には白線がしかれ、調査がされたことがわかる。この分だと取り付けられたバスルームにある日課/リストカット跡もバレているだろう。机も引き出しが全部開けられ、大事に持っていたアニメのディスクが砕かれていた。

 悔しさと虚しさ、それに無力感が僅かに去来する。同時に、懐かしさも。本当は片付けていきたいが、今はもう時間がない。一礼だけし、部屋を後にする。自動ドアの空気圧の音が、耳に残った。

 寄り道で遅れた分を走って稼ぎ、荒い呼吸のまま廊下の先にある大きな自動開閉の扉を潜ると、飛び込んできた光景に驚いた。

 普段は乾ドッグとなっている堀は注水されており、そこには以前より更に角ばったフォルムに姿を変えた伊400の姿があった。出航直前故にフローティングドッグ化し、調整時間を短縮しているのはわかったが、その全景はテンザンが最後にみたものより攻撃的だ。何よりも海よりも蒼く染め上げられている。改造案の元になった作品に則った誰かの悪戯だろうか。

 そしてその奥で今ストラングウィックと整備班長が取り付いている、灰の混じった黄色の人型兵器。フレームの輪郭はガーリオンに似ているが、それ以外は凡そ既存のリオンシリーズとは大きく異なっている。最初に目に入ったのは、背中にマウントされている、機体よりも巨大な十字架型の盾だ。AMやPTほどのサイズならば覆い隠せそうなほどのそれは分厚く、中央部には取っ手以外に何かが組み込まれているのか丸く膨らんでいる。機体の各部も大分異なり、頭部はより鳥のように縦に細長くなりつつ、細めのカメラアイが大型化され、更に騎士甲冑に似たバイザーが掛けられている。そしてガーリオン最大の特徴とも言えた両肩の重金属粒子発生装置を兼ねた大型ブースターはオミットされ、代わりに稼動部を確保するためか、関節から浮くように取り付けられたアーマーと蕾のようなユニットが存在している。肩のラインがPT系列、特にR-1のデザインに似ているのは、何度も煮え湯を飲まされた影響だろう。脚部は通常のガーリオンよりも少し長く、装甲が大型化していて、左右腰部には十字架型の盾に干渉しないようにするためか、両肩にのブースターを改修・変形したと思わしき細長い筒状のユニットが取り付けらている。ストラングウィックが何事かを言うと、そのスラスターユニットが前後左右に動き、ユニット内の細部パーツも動作している。そのフォルムと動作につい前世のゲームで見たことがある"戦術機"というカテゴリのロボットを思い出し、操作性が大分変わるな、とパイロットとしての考えが浮かんだ。

 

「よし、推進装置も何とか間に合ったか……おう、特尉」

 

 整備班長が近づいてくるテンザンに気付いて振り返り、機体のつま先から降りる。伊400の上部にも2人ほど整備員がいることを確認し、一度深呼吸してから、テンザンは覚悟を決めた。

 

「何とかこいつは動かせそうだが、ただまだ未完成な……」

「班長、頼む! 俺に力を貸してくれ!」

 

 彼の言葉を遮り、頭を深く下げる。不躾で礼儀知らずなやり方だが、今のテンザンにはそう余裕はない。そもそも今ままでとて、機体の改造や破損・修復で大分無茶を言ってきてしまっていたのだ。その上今度はこの基地からともに出て、これからも一緒に戦えと言うのだ。彼、いやこの部隊に集められた後方の整備・工作員たちが他の部隊からあぶれ、逸れた人間が多いと言っても、それをDCが崩壊した以上、更に縛るというのは道理に反する。だが、テンザンには伊400を改修し、今もまた新たな機体を仕上げてくれた彼らの存在は必要不可欠だ。

 

「今までの態度や機体を壊しまくったことは謝る! でも俺は、シェースチやスェーミをたちを助けたい! そのためには、貴方の力が必要だ! だから、頼む!!」

 

 故に、最初からは感情と、自身の本心を込めて、全霊で頼み込む。それしか思い浮かばなかったのだ。

 整備班長が加齢でいくつもの皺が出来上がった顔を驚きに変え、目をぱちくりと瞬かせる。大声で言い放った為、甲鈑上で作業をしていた整備員たちもこちらに目を向けてくる、それに気付き、テンザンはそちらの方に向き直り、再度頭を下げた、

 

「貴方達にもお願いしたい! 俺の、俺達の力になってくれ! いや、力になってください!」

 

 距離のある彼らにも届くぐらいの喚き声。弱ってるはずの自分の身体だが、何とか出てくれた。だが、しんとした静寂と、その後の班長のため息に身体が震えそうになり、ダメか、と諦めが身内に生まれそうになった。

 

「頭を上げてくれ、テンザン・ナカジマ」

 

 言われて、ゆっくりと頭を上げる。

 

「とりあえず、歯ぁ食いしばってくださいっ」

「っ」

 

 言われ、咄嗟に顔面と首に力を入れ、班長が振り抜いた拳を受け止める。視界がバチンと瞬き、虫のようなうねうねしたものが見えるようになった。同時に頬の痛みが熱となって広がり、涙がじわりと出てきそうになる。それを抑え、姿勢を正し、握りこぶしを解いた手をぷらぷらとさせる一人の男性が、視線を鋭くさせてこちらを見据えた。

 

「何で俺があんたを殴ったと思います?」

 

 いや、と首を横に振る。非難される理由は幾つもあったが、その目に込められた気迫が、テンザンの想像する陰鬱なものとは違うと教えていた。

 

「あんたが俺たちを舐めてたからですよ。態度が悪い? 口が悪いのは戦闘機の時代から続くパイロットの性です。機体を壊す? ちゃんとあんたは生き残って、しかも機体本体とデータも持ち帰ってるから勝ちなんですよ。わかりますか、あんたはそれなのに、尚自分だけが悪いと思って、俺達の気持ちなんて考えず、謝罪なんてしてきた。一人の大人として、そんなのガキに見縊られてるのと同義なんですよ」

「……けど、これからは」

「言いたいことはわかります。DCが瓦解した以上、俺達はここにいる義務はない……そこが違いますよ、俺達は"ここで働きたい"んですよ。パイロットは腕もよくて悪ぶってるけどドがつく臆病者で吐きグセがある。機体や武装、システムを用意・調整する博士たちは揃いも揃って勝手で元々外道な研究していたトンデモない連中。一般人扱いの女子供もぎゃーぎゃー喚くように整備に割り込んでくるし、おまけにイルカや元人間のノミのような生き物までいる。珍妙過ぎる職場ですよ」

 

 けれど、と殴った手がテンザンの肩に置かれた。

 

「やり甲斐がある。不思議と居心地の良さがある。その中心のあんたが『力を貸して欲しい』なんて言うなら、ついていってやるってのが、俺たちの生き方ですよ」

「っ……ありがとう!」

「だから泣かないでください。そんな時間はないんですから……こっちへ」

 

 腕で顔を拭き、照れくさそうにする頬を掻く班長に向き直る。この部隊の中でも最年長に分類される彼は、らしくないこと言うんじゃないなかったですね、と口内で声に出さず呟くと、一息ついて、付いてきてくださいと傍のリフトに乗った。テンザンもそれに続きリフトに乗ると、コンソールが操作され、身体がゆっくりと上昇していく。機体胸部の位置でリフトが止まると、班長が機体の首元まで飛び降り、振り返ってテンザンに手を差し伸べた。まだ力が万全でないテンザンは、少し迷って、しかし頼るという自分の言葉を反故しないために、その手を取った。ごつごつとした手に力強く引っ張られ、テンザンも機体に飛び乗った。

 

「遅かったな、テンザン。泣くのは終わったか?」

「うるせぇよ、ストラングウィック。それで、俺はコイツに乗ればいいのか?」

 

 問いに、皮肉げだがどこか喜悦の色を浮かべていたストラングウィックは顔を引き締め、一瞬迷い、しかし一拍置いて頷いた。外は未だ連邦軍が残党狩り、そして自分たちのように遅れて脱出を図ろうとするDC構成員を捕獲するため、包囲網を展開しているはずだ。その中を突破する必要がある以上、改造した伊400だけでは困難を極める。そのためには派手な陽動が必要だ。そしてそれをやるには、この如何にも新型をしたシルエットは打ってつけとも言える。用意されていたパイロットスーツ、そして想像できる状況から、それをやれるのは自分だけだと、テンザンも覚悟を決めていたことだ。

 

「こいつの説明をする、とりあえず乗ってくれ」

 

 開かれたコックピットを指さされ、投げ出すように身体を滑り込ませる。先程のストラングウィックの言動から誰か内部にいて調整をしているのかと考えたが、コックピット内は無人で、通常のリオンタイプより若干狭いくらいだった。原因は、シートの後ろ側に置かれた円柱型の装置だろう。フィルターがかかっているのか中は見れないが、またぞろ変な装置を追加した、という趣だ。こんな時でもぶっつけ本番の実験兵器か、と以前と変わらない様子に口角が緩めながらシートへと腰掛ける。操作系は以前の機体のようにバーニングPTベースだが、幾つかボタンや計器が追加されている。実験兵器らしい装いだ。

 

「お前が最後に乗ったリオンを、まぁ何とか監査の連中から隠していたパーツと……一部私達の宿題も盛り込んで組んだ……リオンのような機体だ」

「リオンのようなって、その心は?」

「まず、お前の実戦データと要望から、ガーリオンよりも柔軟性・運動性を上げるため、腕部と脚部はPTやヴァルシオン、グルンガスト零式を参考にしてより人間系に近づけている。胴体もそれに合わせて関節を強化、その過程で肥大化したスペースにバレリオンのプラズマジェネレータを搭載している」

 

 操縦桿を握り、機体の右腕と左足を上げ、関節を動かし、手を開閉させる。リオン系列とは思えないほどスムーズだ、PTとも遜色ないだろう。脚は重いが、その分装甲もある。今までのように途中でガタがつくようなことは少なそうだ。

 

「ガーリオンの推進装置は手に入らなかったから、スラスターは腰部のユニットに集中して同等にし、姿勢制御用のは肩、それに脚部の底に一部だけ残している。テスラドライブは本体には1つだけにしているが、その分出力と許容値は何とか上げている」

 

 先程遠目で見たのと同じように、腰部と肩のユニットを動かす。花弁が咲くように両ユニットが開き、その奥から推進機の噴射口が今か今かと覗いている。腰部ユニットの可動範囲を確認するため、動作を行いながら注視すると、その上部、腰の付け根辺りが膨らみ、大きなグリップのようなものがはみ出ている。

 

「主な兵装は……背中のアレと、今お前が見ているハンドレールガン2丁だけだ。分かりやすい武装は叛意を疑われた関係で殆ど持ってかれてな。まともな銃火器を改造して、何とかこの形にできた」

 

 両手を操作し、スラスターユニット内のホルスターから銃を抜く。リボルバーだ。だがその形状は異形であり、かのマテバシリーズのようにバレル下部に銃口があるかと思えば、更にその下には銃槍をつけるためのスパイクユニットらしき銀の箱が装着されている。

 

「リオンの物と同じく本体からの充電式、シリンダーがコンデンサを、銃身上部が充電器を兼ねている。装弾数は5発、威力はバーストレールガンと同等だが、有効射程距離は減っている。そこはお前の腕で補ってくれ。そしてこいつの最大の特徴は、そのバヨネットユニット……あ号たちがコントロールして培養してくれたマシンセル製の刃だ」

 

 聞き捨てならないことがあったが、それよりもその機構を見たいためにスティックのボタンを押し、刃を展開する。銀色のユニットが帯電したかと思うと、水銀の如く揺らめき、その切っ先を銃口の先へと向けた穂先が一瞬で出来上がった。長さはコールドメタルナイフ、厚さが銃身とそれぞれ同等、それが2振り。

 

「それがスピアモード。もう一つの方を起動すれば、曲刀……シミターモードだ」

 

 言われるまま装置を起動すれば、銀の刃は形を変え、銃身から内側に向かって弧を描く、日本刀に似たシルエットへと遷移した。刀身に波紋が象られ、変形の際にロスした余剰電力がそこをなぞって走った。

 

「これでお前の要望だった取り回しのし易い武装は整った。どうだ?」

「悪くない……いや、不満点がいくつかあるが、全部聞いてからだ」

「やはりあるか……あとでじっくり聞いてやる。最後に背中のそれだ」

 

 予想通りの答えに諦めを混ぜた表情を浮かべつつ、ストラングウィックの親指が立てられ、この機体の背中に取り付けられた巨大な十字架へと向けられた。

 

「見た目通り、盾だ。グランゾンの装甲にも使われる超抗力チタニウムで覆われた表面装甲で防御し、マシンセルで刃にすることができる縁で特機相手でも切り結べる。それに加え、戦艦の主砲だろうと止められ、広域展開も可能なTドットアレイフィールド。その制御技術はインパクトランスやフリーシールドの技術を使って、より安定化している。更に推進力をプールして偏向放出することも可能、今まで出来たことがこれ一つでできるようになったぞ……が、こいつにはひとつ問題がある」

「問題?」

 

 何とかには裏がある、という言葉を思い出しながら尋ねたテンザンに、罰が悪そうな顔でストラングウィックは一度唸り、答えを言った。

 

「……エネルギー問題を解消するために、シールドに機体のサブジェネレーターも兼ねたエンジンを積んでる……聞いて驚け、あのブラックホールエンジンだ」

「……はっ?」

 

 耳を疑った。ブラックホールエンジン、それはかのヒュッケバインが起動実験に失敗し、月面基地一つを消し飛ばしたいわくつきの物だ。事件の影響でブラックホールエンジンの開発は凍結、残った試作品も連邦及びマオ・インダストリー社の元厳重管理されているはずだ。間違ってもここにあっていいものではない。

 

「正確には、シラカワ博士が提供してくれたレプリカだ。これがなければこいつの起動時間は本来のサブジェネレーターを使っても10分と満たなかったはずだからな」

「やっぱり欠陥じゃねぇか……つうか、何でそこでシュウ・シラカワなんだ? そもそもブラックホールエンジンって突っ込みが追いつかねぇよ」

 

 存在しないはずのオブジェクトに対しただでさえ復帰したばかりの脳が思考のシェイクに合うが、それはこちらの台詞だと言いたげにストラングウィックが深いため息をつき、メガネを直した。

 

「『貴方の出自はどうあれ、利用はできそうなのでチャンスを与えましょう。ビアン博士との約束もありますしね』とのことだ……それにこれは、我々兄弟への宿題でもあるらしいからな」

「おい、ただでさえ素性が厄いのにまだ何かあるのか」

「こいつは元々、シラカワ博士がグランゾンに積むエンジンを開発する際にリバースエンジニアリングしたBHエンジンを、ラ・ギアスの技術を使って再現したもの、らしい……まぁつまり、私たちが欲しい錬金術の塊とも言える」

 

 不満げな顔で盾の中心部を見やるストラングウィックは鼻を鳴らす。その目にはほの暗い熱意に、焼けるような野心、そして子供らしい反骨心が浮かんでいた。

 

「今度は、我々も試すだそうだ。『凡才がどこまで私の技術に追いつけるか見ものですね』だと? やってやろうじゃないか、丁度傲慢ちきな天才様の鼻を明かしたかったからなぁ!」

「おい、ストラングウィックよぉ。あんま時間がないぞ、そろそろアレのことも話したほうがいい」

 

 1人で盛り上がりかけたストラングウィックに冷水を浴びせるがごとく整備班長が声をかけた。マッドサイエンティスト兄弟の兄はピタリと動きを止め、苦虫を潰したような表情になった。 

 

「……言わなければダメか?」

「ダメだろ」

 

 顔を合わせ、如何にも腫れ物に触れたがない態度をする二人に、何が言いたいんだ、と度重なる厄ネタに感覚がマヒしてきたテンザンだった。しかし、突然に鳴り出したサイレンに身体を強ばらせ、身を乗り出す。2人も機体からタラップへと飛び移った。

 

「どうした?!」

「第7センサーからの通信途絶、バリケードが突破されたみたいです!」

 

 潜水艦に張り付いていた整備員の1人から、悲鳴にも似た叫びが上がった。いつの間にそんなものを、と反射的に思ったが、しかし現在の状況として、設置してても可笑しくはないものだと思い居たる。同時に、気づかれたのが既にバレていた、そして連邦の部隊が近づいているということに、喉が鳴る。

 

「ちっ、のんびりし過ぎたか。テンザン、お前はそのまま中で待機。注水後の出撃までに、他の仕様を彼女から聞いてくれ!」

 

 それだけを告げ、慌ただしく2人は機体足元へと降り、母艦となる潜水艦へと走っていった。ドッグ内の他の出入り口からもチームのメンバーが2,3人出てきて、最後にユルゲン親子が乗り込むと、あの背の小さな整備員が力強く簡易桟橋のロープを切った。その幼気な背格好が一度こちらを見ると、拳を掲げ、親指を上げた。ポカンとテンザンが口を開けていると、整備員は踵を返し、伊400へと入っていった。

 ドッグ内の注水が始まる。天井から注ぎだされた水流に慌ててコックピットハッチを閉め、武装も元の状態へと戻す。外部モニターと計器類の点灯で明るくなり始めるコックピットの中、ベルトを閉めシートに深く座ると、今更ながら緊張感がにじみ出てくる。今まで、自分の命と顔を知らない人々/未来/世界を守る戦いとは違う、明確に名を知り、顔を知り、声を知り、人となりを知る人達を守り、逃がすための戦い。1人になったことでそのことを自覚し、手が震えそうになる。その気持を紛らわそうと、ヘルメットはないか、と四方を探した。

 

『メットなら、貴方の右斜め後ろにありますよ』

 

 頭の中に響いた声はシェースチのものだ。通信越しに見ていたのかと思いながら、悪い、と脳内で返しつつ、指示された位置にあったメットを手元に置く。すると、背後から眩しい光が広がった。後ろの計器もか、と首だけを回して確認しようとした。そこに

彼女/シェースチがいた。伊400の管制室にあ号たちの為に組み込まれたのと同様の大型シリンダー、そこに満たされた溶液の中でノミに羽が生えたような生き物/少女の姿がぷかぷかと浮かびながら、こんこんと半透明なガラスを触手の1本で叩いていた。

 

「な、んで……」

『私が望み、博士たちが叶えてくれたからです』

 

 何故こんな風になっているという問いは、シンプルな回答で戻ってきた。固唾を飲み、湧き上がった感情を乗せようとした言葉が、声にならない。

 

『……卑怯な言い方をすれば、元々これはこの機体の改修プランに含まれていたものです。先程の貴方の決意とはまた別物で……』

「そういうことじゃねぇだろ! 400の中にいるのとは訳が違うんだぞ?! 俺のヘタクソな操縦じゃ死んじまうかもしれないのに!」

『信じます、そう言いました。貴方だけでなく、皆で作り上げたこの機体のことも、信じてます。それにこの子は私がいないと全部の機能が使えないんですよ?』

 

 何せBHエンジンの制御は私の念動力でやってますから。心なし自慢げに紡がれる言葉を理解し、頭を抱えた。皆の力を借りるとは言った、自分の我儘に巻き込むことも覚悟した。それでも自分の直ぐ側に、助けると決めた相手がおり、しかも自らの敗北が彼女の生死に関わりかねないという事実は受け入れがたいものだ。それでもこの場の状況と環境と自らの言葉、彼女たちへの誓い、そして一握りの勇気が、喉を通って胸に落ちた。

 

「……あとでファインマンの2人とユルゲン博士はぶん殴る」

『……加減してあげてください』

「それと……きつかったら、すぐに言えよ」

『それはこっちの台詞ですよ、テンザンさん?』

 

 触手がガラスを叩く音と、脳に直接響くテレパシーの声は愉快げなものだ。悲壮な色はない。文字通り自分1人ではないのだと思うと、逆に笑いたくなった。その変化を自覚して咄嗟に口元を抑えて、それでもこの変化に嫌なものは感じられなかった。

 注水完了の音声が流れ、モニターに水中用のフィルターが掛けられる。同時に伊400の推進装置が点火し、今まで開けられたことのなかった海中直通のハッチが開放され出した。ハッチの間分の水流が逆流するが、注水のおかけで殆ど影響はない。だがしかし、そのハッチは半ばで停止してしまう。

 

「何が……ハッキングかっての?」

『そのようです。連邦の部隊がすぐ傍まで来ている証拠ですね』

『テンザン、聴こえるか。衝撃に備えろ!』

 

 推測をシェースチに肯定された直後、通信回線が開きストラングウィックの顔が一面に広がる。同時に、伊400の艦首装甲にバチリと紫電が走った。まさか、とテンザンが呻いた瞬間、通信越しのバカ/ストラングウィックは、予想通りのことを言い放った。

 

『超重力砲を使うぞ』

 

 

 

 

 ふわぁ、とニコノス・アンダーランド大佐は艦橋から見える景色に倦怠を込めた欠伸を漏らした。あの地獄のような戦闘の起きたアイドネウス島と言えど、夜明けは他と変わらない。長いこと海に居すぎたせいですっかり忘れていたことを今更思い出し、更に欠伸を重ねる。現在の彼はチビで脂ギッシュな提督から引き継ぎを行った封鎖艦隊の代理旗艦艦長だ、それ故に有事があればすぐに対応しなければならないのでこうして徹夜の真似事までしなければならなかった。あと半日もすれば殆ど意味のなくなったこの封鎖は解除され、所属基地へと戻ることができるだろう。

 もう少しの辛抱だな、とコーヒーを入れてくれた部下に礼をしつつ、暁に染まろうとしているアイドネウス島へと改めて目をやった。

 事態は、一つのレーダーの異常と観測手の叫び声、そして通信から始まった。

 

「アイドネウス島地下より重力子反応!?」

「艦長、情報部のギリアム少佐より緊急通信です!」

 

 吹き出しかけたコーヒーを何とか咽ずに飲み下し、鈍いままの思考に強引に活を入れ指示を飛ばす。

 

「航空隊および虎の子のPT部隊を起こせ! それから少尉、通信を回せ!」

 

 指示はシンプルかつ迅速に、それが彼のモットーだ。そのことを理解している船員たちはすぐさま行動を起こし、通信手のコンソールが叩かれると同時に艦橋大型モニターの一部に、アイドネウス島地下と思わしき場所にいるギリアム・イェーガー少佐の姿が映った。その顔立ちは険しさを湛え、たまらずこちらも厄介ごとの空気を察した。

 

『火急の要件につき失礼、連邦軍情報部所属、ギリアム・イェーガーです』

「ニコノス・アンダーランドだ。こちらも今鉄火場に火が点く状況だ、簡潔に頼む」

『基地内地下に潜伏していた部隊が脱出を開始しました、特殊兵器を取り扱う部隊だったようです』

「それは、重力兵器のみか?」

『いえ、それだけではないようで……』

「重力子反応増大、パターン照合完了! これは……ヴァルシオンです!!」

 

 ギリアムの通信音声は、観測手の悲鳴に似た声に遮られ、2人の意識が同時にそちらに向かった。ただちにギリアムにも海上の映像が回され、海の一部がぐんと膨らむのを睨んだ。膨らみの内にはマオ社の重力兵器とは違う青い光が潜み、海面をゴムのように引っ張り上げると、切り裂き、赤光と橙が混ざる空へとその身を伸ばした。それはむしろビーム兵器の類のようでもあり、重力子と周囲の重力変動がなければ一見してそうはわからないものだった。だが現実、荒れ始めた波と揺れる船体に、イスから落とされないよう踏ん張りながら、声を荒げる。

 

「状況の確認急げ、他のイージス艦と空母のケツも叩け! ギリアム少佐、こちらに権限はないがハガネの部隊は出せるように連絡していただけますか?!」

 

 半ば独立部隊であり今作戦の立役者であるハガネ隊への要請は、指示系統が別の自分からよりも同部隊にいたギリアムからの方がスムーズだ。その判断を即座に読み取ったギリアムは了解の意を応え、通信を切った。頼むぞ、と心の中で祈りながら、青い重力衝撃波の下から、海面を切り裂くように現れたそれを睨みつける。それは一見して、旧世紀の潜水艦だった。DCで運用されているキラーホエール級原子力戦闘母艦とはまるでフォルムの違う縦長のボディ。しかし機体色は覚めるような蒼色に染め上げられ、暁の中にあって尚蒼く輝くそれは、刃のような印象を与える。だがその身内からは、観測手の報告通りならば、あの悪夢のような兵器がいるはずだ。

 

「ヴァルシオンの反応、アンノウンの位置と一致!」

「内部で稼働だけしている? 予備機があっても可笑しくはないが……」

「出られない理由があるのかもしれません。仮に予備機なら、組み立て途中ということもありえます」

 

 ニコノスの独白に、副長がそれらしい推測を並び立てる。艦長もまた同様の考えを持ったが、しかし情報が足りない以上断定は出来ない。故にここは、セオリー通りに行くこととする。

 

「こちら、空母リュウホウ艦長、ニコノス・アンダーランドだ。貴艦は包囲されている、主機を停止し、直ちに投降を……」

「反応、更に1! 海上に出ます!」

 

 自身の言葉を再び遮るように、海を裂いて新たな影/巨大な水玉が飛び出してきた。水玉は宙空で止まるとその身を回転させ、自身を覆う膜を取り払った。そこにいたのは、十字架を背負ったロボットだ。字面だけを見れば滑稽極まりない黄色の機体は、しかし異常な空気を持ってそこに存在している。雰囲気に呑まれないように下唇を噛み、出撃態勢の整った各部隊へと努めて冷静に出撃許可を与える。そして正体不明の潜水艦と機体目掛け、再度通知をすべく通信をオンにしようとした矢先、あちらから通信が繋がった。

 

『こちら、テンザン・ナカジマ特尉。単刀直入に言うぜ』

 

 死にたくないなら道を開けろ。

 痩せこけた顔立ちに、しかしぎらりと熱気を瞳に宿した青年パイロットはそう宣戦布告してきた。ふん、と鼻で笑う。テンザン・ナカジマという名はDCのエースパイロットの一人として記憶の隅には覚えているが、それでもAM1機と旧世紀の潜水艦モドキ。ヴァルシオンの反応が怖いが、それだけだ。たったこれだけの戦力で、空母2隻と10隻のミサイル巡洋艦、そして30機のマルチロールファイターとゲシュペンスト6機という大戦力の網を越えられる道理はない。

 

「テンザン・ナカジマといったか? そんなAMのような機体、いや君だけで何ができる? 命が惜しくないなら素直に投降を勧める」

 

 故に、まだ若く有望なパイロットを殺す必要はなく、またヴァルシオンの反応の真偽も知るため、再度投降を呼びかける。その間にメッサーが攻撃態勢を整え、各駆逐艦のミサイル・ハッチが開き、ゲシュペンストのフォーメーションが組まれた。

 

『……そうだな、死ぬのは怖いさ。誰かの命が失われるのも嫌だ。けど、大切な仲間が死ぬのは、それ以上に御免だ』

 

 不明機の背にあった十字架がひとりでに動き、その左手に握られた。そして、4つの目が主人と同様、ぎらりと煌めいた。

 

『故に、押し通らせてもらう』

 

 バカだな、とニコノスは身内で若さを嗤い、指示/死刑宣告を出した。

 

「攻撃開始!」

 

 パッ、と四方からミサイルが放たれ、1機と1隻に殺到する。例え特機であろうと直撃すれば大破必至なこのミサイルの雨、それをただのAMと潜水艦が受けきれるわけがない。潜水艦が潜航して逃走することも考え、既に魚雷をセットするよう指示を出している。ヴァルシオン/究極ロボは撃墜してからじっくり確かめればいいと考えた矢先、機動兵器が動いた。

 十字架/盾が掲げられる。盾の縁が展開し、枝を伸ばす樹のように伸長した。翠の光が節から溢れ出し、機体を中心にうずまき出した。観測手が高エネルギー反応有り、の報告を上げるが、その間にも翠光は遂に1機と1隻を覆い隠すほどに膨らんだ。

 

『フィールド、最大展開!』

 

 そして紡がれた叫びが、光を緻密な魔法陣のようなものが描かれた、巨大な盾へと形成した。ミサイルが盾に殺到し、為す術なく爆破していく。その衝撃は盾を揺らすこともなく、その全てが着弾しても尚、ヒビすら入らなかった。逆に生まれた爆煙が盾を覆い隠してしまい、観測手とレーダー艦からの測定でしか、その結果何が出てくるかを知るすべがなかった。

 

「バカな、アレだけの物量を……」

 

 副長の絶句が、煙を裂いて放たれた光弾に切り裂かれた。光弾は旋回していたメッサーの翼をもぎ取り、機体を制御不能に陥らせパイロットが強制脱出の憂き目にあった。更に光弾は連続で煙の向こう、否、不明機から連続で放たれ、次々とメッサーが戦闘不能にされ、落されていく。ぎりっ、と奥歯を噛み締め、呆けていた頭を正常に戻す。同時に敵機の認識を、防御力を重視した特殊戦闘兵器と仮定して、心に蔓延っていた慢心を消した。

 

「ミサイル艦、観測と弾幕を絶やすな! メッサー隊は下げ、PT隊を前へ出せ! ハガネからの連絡は?!」

「昨日の損傷からまだ復帰できないようです! PT隊は20分後に到着予定っ」

 

 悲鳴じみた報告に、たまらず舌打ちを返す。

 

「くそっ、なんのためのスペシャルだ! 各機、相手は埒外の防御力を持ってても1機と1隻だ、囲んでつぶせ……」

『こちらローズ1,戦闘不能! 脱出します!』

 

 メッサー隊の隊長兼エースからイジェクトコールに耳を疑い、そしてレーダーからメッサーの反応が全て消えていることに目を疑った。

 

「メッサーが全滅?! 30秒足らずで……?」

 

 脚をもつれさせながらたじろぐ副官の表情と震える声が、ニコノスだけでなく艦隊全員の声を代弁していた。一部特機や艦艇から発射するMAPWが使われたのならばまだわかる事態だ。しかしこれを成したのは、煙が晴れ、両手に回転弾倉拳銃を構えた人型機動兵器1機の所業なのだ。例えハガネ隊、いや教導隊であろうとできないはずの現実に思考が揺さぶられ、判断が止まった。

 その間に、敵機は片方のリボルバーから常に光弾/弾丸を撃ち迫るミサイルを残さず撃ち抜きながらダイブ。海上スレスレまで降下し、直角機動で海を飛翔すると、3機ずつの小隊を組むPT部隊に瞬く間に肉薄した。

 

『っ、ベータ1,エンゲー……脱出!!』

 

 交錯は一瞬、いつの間にか不明機の銃から銀の刀が生じていたかと思うと、ゲシュペンスト3機の頭部・脚・腕が切断され、コックピットブロックの強制脱出装置が発動していた。もう一つの小隊/ガンマチームが慌ててマシンガンの銃口を向けるが、不明機は腰部のバーニアを噴かし急上昇、バク宙の要領でガンマチームの上を取り、落下しながら最後尾の機体の首根からコックピットを突き刺した。

 

『わぁぁッ!?』

 

 パイロットの悲鳴と共に銃剣が引き抜かれ、間髪入れずに脱出装置が働く。パイロットの運が強かったせいか銀の剣は人体を傷つけることはなく、生存反応は確認できた。その間にもプラズマカッターを抜き放ったゲシュペンストは剣を振り下ろす前に四肢と背部スプリットミサイルを切断され、何とかマシンガンのトリガーを引けた隊長機は、しかし海上に這いつくばるように低い姿勢を取った敵機を捕らえることはなく、飛び出すように放たれた盾の上辺に頭部を殴り飛ばされて姿勢を崩し、追撃によって最初の機体と同じようにコックピットブロック上部を突き刺され、戦闘不能に陥った。こちらも運良く、生存反応は確認できた。

 PT6機を1分もかからずに戦闘不能にした機体は、そのままゲシュペンストを踏み台にして跳び上がり、一度リボルバーを腰部のホルスターに戻すと、再度両手を交差するように抜き放った。そして禄に狙いも付けられないような態勢のまま、潜水艦まで目前に迫っていたミサイル群を正確に撃ち抜き、誘爆させることで全滅させてみせた。爆炎に包まれた潜水艦は、しかし傷一つなくその中から現れ、ゆるゆると艦隊の包囲網まで進んでくる。

 

『再度警告する。死にたくなければ道を開けろ』

 

 直掩に戻った不明機からの再度の警告。暁の光を一身に浴びる十字架が此方に向き、誰かが「あぁ」と息を漏らして両手を組み、別の誰かが席から転び落ちた。ミサイル攻撃は停止指示も出していないのにいつの間にか攻撃を止め、潜水艦の進行方向にある2隻が鈍重な動作で回避行動を取り始めた。本来ならばそれを叱責し、意地でも止める意思を示さなければならないニコノス本人が、現実感を失くし、声を出せずにいた。

 元々勝ち戦の後始末、故に士気が低いのは自分自身も含めて理解していたつもりだった。だが、ここまで圧倒的なモノを見せられて、自らの正気を疑ってしまったのだ。これがまだ夜明け時の睡魔による夢ならば、ただの悪夢だと忘れようとすることができたのに。

 どたん、と副長が尻もちをついた音で意識が戻った。そちらを見、手元にまだコーヒーが残っていることに気づいた。冷めたそれを一口で飲み干す。まずい、だがニコノス・アンダーランドの現実というものを取り戻すには丁度いい塩梅だ。

 

「本艦を敵潜水艦の正面に移動させろ」

「っ、艦長?!」

「あんな化物でも、母艦を守る機動兵器だ。ならばその母艦の正面に原子力空母という物理的な壁があれば、止められない道理はない」

「で、ですが……」

「早くしろ、貴様らそれでも連邦の士官か! 現実を見、意地を取り戻せ!!」

 

 異様な空気に包まれていた艦橋内が艦長に正気に戻り、ハイ、と返事が上がる。同時に全員が動き出し、艦橋からの景色が変わる。幸いにも、敵潜水艦の動きは遅い。包囲網の最後尾になるが、他の随伴艦にも陣を敷かせ、その一箇所にしか道がないように誘導する。本館の指示と共に熱意が伝播したのか、全艦から再びミサイルの矢が放たれ始める。それは先程同様、片っ端から不明機に撃ち落とされるが、むしろ今回は目くらまし、その間に各艦で誘導のための陣形を即興かつ緻密に作り上げる。動きを止めてしまえば、潜水艦は止まる。止めている間に対抗できるだろう戦力が来るのを待つ。海中に逃げれば、AMの動きは鈍くなり、たんまり残っている魚雷とハープーンの餌食にできる。

 無論、通せんぼをすれば、敵機からの攻撃もあろう。その時には、艦橋の皆をいち早く退避させるつもりだ。それは自身の意地と誇りなのだから。

 

「テンザン・ナカジマといったな? 我々を舐めるな。腐ってもこちらは海を守る隊士、お前たちDCが暴れまわっている間もひたすらに人々を守り続けた部隊だ。お前らのような火種は通すわけにはいかん」

『……そうかよ』

 

 通信越しのテンザンは、静かに呟いて回線を切った。その間にも十字架の機体は2丁拳銃でミサイルを撃ち落とし続け、潜水艦は前進しながら誘導され、横っ腹を向けた空母リュウホウを正面に据える。止まれ、と誰かが祈るように呟いた。途端、潜水艦は前身を海中に深く沈めた。潜航する気か、と魚雷群発射準備の指示を出して、ようやく掴みかけた勝機を感じた。しかしその思惑は、容易く外された。

 潜水艦の後部、スクリューが存在するはずの箇所から、青い炎の爆発が生じた。同時にその船体の前半分をウィリーよろしく跳ね上げながら急加速し、炎/光が膨らむとともに潜水艦とは思えないスピードへ変じていく。

 

「バーニアでも積んでいるのですか?!」

 

 衝撃に備え副長席の背もたれを掴んでいた副長の喚きに、誰も答えることができない。静音性を重視する潜水艦にそんなモノを搭載するなど前代未聞だからだ。これがハガネのような次世代艦ならばまだ納得できるが、今実際に事を起こしているのは見た目は旧世紀の潜水艦である。思考がその疑問に覆われ、判断材料を余計に作り、次の状況への対応を遅らせてしまう要因となる。

 いち早く思考を元に戻し、こちらに高速で近づく潜水艦の進行方向の海面に、気づけばあの不明機が盾を上向きに構えて待機していた。何をする気だ、と通信手が疑問を上げた途端、十字架が進行方向に対して斜めを構えられ、不明機はそれを下から支えるような姿勢を海上で取った。その姿勢、いやシルエットはさながら発射台のようだ。

 

「ッ、まさかっ!?」

 

 思い至った、同時に狂気じみた思考と発想、そして実行しようとする胆力に恐怖した。それは、超加速状態の潜水艦を、坂の姿勢を取った不明機が発射台となって、このリュウホウを飛び越えようとしているのだ。あの潜水艦がどうかはわからないが、平均的な原子力潜水艦の排水量は8,000t。特機であろうと持ち上げることなどできないはずだ。

 

『フィールド展開、出力最大っての!』

 

 しかし事態は推移する。オープン回線からテンザンの声が響き、十字架から再度巨大な力場が解き放たれる。観測手はあれがTドットアレイに近い性質のものだと分析結果を報告を上げ、同時にそれだけでは潜水艦1隻を持ち上げるには足りないことを推察した。

 

『重力コイル形成、スプリング展開』

 

 今度は、少女のような声が聞こえ、光を飲み込む黒い重力場が翠の盾の内側に満たされた。機体がさながら黒い繭に覆われ、十字架の盾が再び節を広げ伸長する。更に先に展開していたフィールドも変化し、最初の円形が、ゲレンデの坂のような斜め直線へと整形された。

 潜水艦は、あと僅かでも迫っている。

 

『ブラックホールエンジン、50%で安定。念動力場……最大、展開ッ』

 

 少女の絞りだような声が最後のひと押しとばかりに紡がれ、黒と翠を包むように、碧の光が盾から溢れだした。その直後、潜水艦がついに発射台に到達。機体の各部から一斉に火花が上がり、台が一瞬、沈みかけた。

 

『飛べよぉッッ!!!』

 

 魂を出し尽くすような叫びが轟いた。その声音が上がっていくのと比例して台が持ち直し、蒼き刃の潜水艦が角度を確保して最後の加速を行い、遂に空へと飛翔した。

 想像通り、後方下部に巨大な展開したスラスターを取り付けた、古式フォルムに異様な機能を備えた潜水艦が力場で出来上がった発射台を速度を殺さずに加速し、文字通り空へと飛んだ。こちらへ宙を滑空し迫りくる潜水艦は、走馬灯のごとくスローに感じる。艦橋の横目に空母を飛び越える潜水艦の腹には、DCの紋章と、十字架が刻まれていた。それが強く頭に刻まれるのを感じながら、ただただ潜水艦がリュウホウの甲鈑を越えていくのを見届ける。

 角度が際どかったが、しかし一切船体同士を触れ合うことなく、潜水艦はこの船を越え、巨大な水柱を立てながら外海へと着水した。そしてそのまま、元の巡航速度に戻りつつ遠ざかっていく。

 誰も声を発せない中、がしゃん、と音がした。音の方、甲鈑方向に向き直ると、あの不明機が甲鈑に立っていた。その機体は今のむちゃくちゃのせいだろう、装甲はひび割れ、火花と煙、それにスパークが関節部から生じ、象徴的な十字架の盾からも排熱による煙が絶え間なく排出されている。今攻撃を加えれば、あの機体だけでも撃破できるはずだ。

 

「艦長……その」

「ああ、くそ……そうだ、本艦は先の重力場の影響で動けん。主機関も衝突に備え停めている……攻撃など、できんよ」

 

 外連味というものは、時に敵味方問わず人心を動かす。今がまさにそれだ。そうしなければならないのに、手が動かない、脚を動かせない。ただ偉大なコトを成し遂げたモノが近くにいるだけで、身体の自由が効かなくなる。立場や状況という理性を縛るものがなければ、部下の一部は絶叫を上げていただろう。死地からの奇跡の生還を遂げたものに対する歓待として。故に今、ニコノスが指示を出した所でレスポンスは返ってくる可能性は低いし、反対の可能性もある。何よりもニコノス自身の身内に、悔しさよりも爽快さが上回っているのだ。なまじその事を自覚できているのでたまらず、くそっ、と悪態を吐いた。

 そんなニコノスの心情も知らず、不意に不明機は頭を下げた。実質見逃すという此方の状況を察し、感謝の意を込めたというところだろう。そんなことするなムカつく、と内心零すと、機体が再びバーニアを吹かして浮かび、リュウホウから離れようとしていた。

 

「……テンザン・ナカジマ特尉……貴官の所属部隊と、その機体の名を教えてくれ」

 

 遠ざかるボロボロの十字架を見つめていると、不意にそんな言葉が口に出た。本来は目的や移動場所を尋ねるのが連邦の佐官としての勤めだと言うのに、気分はむしろ一騎打ちで負けた戦士のようであった。その気分と感情は、彼個人にまつわること、そして自分たちを打ち負かした武器/機体の名を欲していた。

 

『……部隊名は……悪いが、特にねぇ。で、機体名は、ておい決めてないのかよ……はぁ、俺が決めろ? たく……』

 

 先程の戦いぶりとは裏腹の、歯切れの悪い回答が戻ってくる。恐らくは秘匿通信で母艦の整備員や開発者、もしくはあまりにも可能性が低いが"ヴァルシオン本来のオーナー"と相談しているのだろう。回答までには些か時間を要したが、何かを決めたような呻きの後、ようやく返ってきた。

 

『ゼノリオン。こいつは、ゼノリオンだ』

 

 

 

 太陽が上り青空が広がった海原の上、機体をふらつかせながらも焦げ跡の残る伊400の艦上へと着陸する。ずしんと船体が揺れるが、それもすぐに収まった。一息つきながら背後を振り返ると、すっかり小さくなったアイドネウス島と、先程まで戦闘を行っていた封鎖艦隊の一部が見えた。追手がくる気配はない。そこでようやく息を吐き出し、身体を目一杯脱力させ、固いパイロットシートに身体を預けた。

 

『お疲れ様です、テンザンさん。いい名前ですね』

「昔やったゲームから適当にとっただけだっての……」

 

 背中にあるシリンダー内で蠢くシェースチから茶化すような声音のテレパシーが届き、憮然とした態度で答える。またも電装系や関節部を盛大に破損させてしまった乗機の名は、ストラングウィックと整備長、それにシェースチが催促され即席で付けた名称だ。だが確かに意味はある。

 XenoLion。

 通常のリオンやその発展形から完全に逸脱してしまった存在。近い将来、鋼龍戦隊に所属するアーマリオンやズィーガーリオンともまた違う派生系。自分というイレギュラー、今は舞台に上がらない、そして上がるはずのない人々と共にある機体の名として、ちょうど良く思えた。

 自画自賛ですね、とこちらの思考を読んだシェースチがくすりと笑う。うるせぇ、と声に出して応えた。膝を付いた機体の足元では、整備班のメンバーが伊400から出てきて、大型化して膝を折ったAMも入る格納庫に入れるため、小型リニアカタパルトの入り口を開け始めた。

 その流れをぼうっと見ていると、今までの疲れが出てきたのか、強い眠気が襲ってきた。

 

「なぁ……どうして、あんな無茶……付き合って、くれ、たんだ……?」

 

 せめて眠る前に、とシェースチに対して尋ねたかったことを言葉にした。それはあの敵空母の頭上を飛んで逃げるという、無茶も道理もない賭けのことだ。

 あの時、敵空母の狙いを即座に看破したが、伊400が超重力砲の影響で防御障壁を展開できず、何とか今出せる手札がないかの確認を即座に取った。その確認で、伊400の再現度がスラスターのスーパーチャージャーまで及んでいると伝えられ、そして最初の防御フィールド展開の出力から、賭ける価値はあると判断した作戦だ。成功率は20%、しかしあの場では全員が無事に脱出するのにもっとも高い確率であり、同時に機体/ゼノリオンへの高い負荷がかかるものだった。勿論万が一の時はシェースチだけでも何とか先に逃がそうと考えたが、しかしシェースチも、そして伊400内の皆も二つ返事でテンザンの提案に乗り、ついにはあの脱出劇を成し遂げられたのだ。

 危険だった。しかし尚、信じてくれた。それがまだ少し現実感がなく、つい疑問の言葉にしてしまったのだ。

 

『……言ったでしょう? 貴方を信じますって……貴方の力と可能性を一番信じてるのは、実は私なんですよ?』

 

 聞き分けの悪い子どもを諭すような言い方に、しかし腹を立てる余裕もなく、睡魔が更に強くなった。だから完全に眠りの世界に旅立つ前に、今浮かぶ感情を述べた。

 

「ははっ……ありが、とう……信じてくれて……俺、がんばる、から……だから、みんな……死なな……い……」

 

 意識が想いを言い切る前に途切れ、テンザンは夢の中へと旅立った。すぅすぅ、と今までになく穏やかな寝息を立てる青年に、シェースチはしかし、人のままの目を伏せながら、思念だけの声を零した。

 

『……ありがとうございます。けどそんな言葉、私には相応しくないんですよ……だって』

 

 私は、あなたにあの子を殺して欲しいんですから。

 その念波をどこにも届くことがなく、晴れ渡る蒼穹の中に消えていった。

 




(Aメロ)終わり!閉廷!以上!(Bメロまで)皆解散!

2022/2/24 Gコン→Dコンへ修正しました。

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