スパロボOG TENZAN物   作:PFDD

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コジマ臭くなりました


冥界の門1

【 西 年   X日】

 

 ビアンになぜあんなことを言われたのかわからない

 あの男は私を否定したかったのか、今までの私をあざ笑いたかったのか

 好きに生きろだと。そんなのできたらとっくにやっている。けどそうすると皆が死んでしまうかもしれなかったのだ、どうして自分だけ楽に生きようと思える。

 楽になりたい、なんていうのは、私の身勝手だ。勝手に自殺した上、生まれ変わったのだ。自分が踏み台になるていどの代償は当然なんだ。

 あの男に私の何がわかるっていうんだ

 なにを子どもみたいなことを書いているんだ、まだ意識がしっかりしないせいだ。

 人は人のことなんて分からないにきまっている。そんなの甘えだ。心が読めても、無意識までは読み取れないのと同じだ。

 だから、こんなに苦しいのも、痛いのも、辛いのも、ぜんぶ私が負わなければならないものだ

 

 けどもう、そんなの……

 

 

 

「おい、起きろ。テンザン・ナカジマ」

 

 自然と滲む自分の血文字を綴ることをぴたりと止めて、床に倒れたままのテンザンは緩慢な動作で顔を声の方に向けた。この使われない牢屋の看守たちがマスクをしてテンザンを見下ろし、汚物のこびり付いた牢の扉を空けた。手袋越しでも抵抗があったのか、彼らの所作は鈍い。ぼんやりとしたままのテンザンは彼らにいつも通りの『テンザン』として振る舞おうとし、上半身を何とか起きあげたが、しかしベッドの端に背中を預けるだけでやっとだった。

 

「監査は終了した、ここから出てもらおう」

「……なんだい、ようやく……ぁ」

 

 少し話しただけで、頭の中のブレーカーが落ちそうになり、体から一切の力が抜けて横に倒れる。先程書いた日記が潰れ、汚れだらけの囚人服に赤色を加えた。何とか起き上がろうとするが、体が言うことを聞かない。聞かない、というよりは、脳から信号をうまく発信できないという感覚のほうが正しい。ゲイム・システムの影響だろうと察することは簡単だったが、かといってそれをすぐに治す方法はなく、何とか這いずるように身体をベッドの縁に置くぐらいしかできなかった。びちゃびちゃと昨日吐いたゲロが肌につき、すっかり慣れてしまった酸っぱさと鉄臭さの混じった異様な臭いが全身にまとわり付く。

 まだ起き上がれないかと考えた矢先、ぐいに身体を持ち上げられた。ゆるゆると視線を動かすと、若い看守の1人がテンザンの身体を起き上がらせ、肩で支えていた。

 

「歩けるか?」

「……ホッ、そう、見えるか……ぁ」

 

 軽口を叩こうとして、また意識が途切れそうになる。喋るというのは想像以上に脳への負担があるらしく、損耗の酷い今のテンザンでは、一言二言喋るだけでこの有様だった。

 

「おい曹長、何をやっている。副総帥からの命令では手を貸すなと言われているだろう」

「ですが准尉、緊急防衛態勢が発令されているタイミングで余計な時間を費やすのは愚行と考えます。我々が対象を運んだほうが、我々も他の隊のヘルプに出やすくなると考えられます」

「……まったく、あとで始末書を書けよ」

「はっ!」

 

 両手が塞がっていたため、テンザンを支える若い兵士は声と首肯だけで上司の温情に応えた。テンザンは彼に促され、薄ボケた視界の中を夢見心地に似た感覚で歩いた。歩く度に床に広がった自分の体液で脚を滑らせそうになったが、その度に自分を支えてくれる看守が支えてくれた。ようやく自分の牢屋から離れると、真っ当な床の上を歩けるようになり、多少はマシになった。がんばれ、と看守がかけてくる。何を頑張れというのだ。テンザンは声にならない声で笑いたくなったが、今の身体は、歩くだけで精一杯だった。

 そのまま歩き、ようやく監視室にたどり着く。元々は彼らだけ使っていたのだろう、人の気配はなく、すぐ先にあるドアの向こうから、廊下を走り抜ける慌ただしい足音が聞こえるだけだ。常に脱力している人間を支えるのは酷なのだろう、曹長はふと一度呼吸を整え、テンザンを支え直した。

 

「……なぁ、おい……なんで、助けた?」

 

 身体を支えられ、少し余裕ができたこともあって、頭に浮かんだ疑問を澱みなく言うことが出来た。意識が途切れることもない。だが首を動かす余裕はないので、曹長がどんな顔をしているかを伺えなかった。

 

「……この前のウェーク島での戦闘で、俺の同期と隊長が貴方に助けられたんだ。それだけだよ」

「……無駄口は叩くなよ、曹長」

「ハッ! 申し訳ありません、隊長!」

「元隊長だ、間違えるな」

 

 テンザンの背後に着いている看守の准尉の注意に、曹長がハキハキと答える。彼らに何があり、そして何故今独房の看守となったのか、テンザンには想像もつかなかった。だが彼らの答えに、どう答えればというのだろうと思いつつ、しかしぐるぐると思考を回すほどの余裕はなく、今はただ、黙って歩くしかなかった。

 看守室を出ると、まるでテンザンの出所を心待ちにしていたようにサイレンが鳴り出し、廊下が赤橙に染まった。自身を支える若い将兵の顔が跳ねたように上がり、行き交う兵たちもまた走りながらサイレンと続いて紡がれた管制室の音声に意識を向ける。

 

『3字方向からのミサイル攻撃有り、状況を開始します』

『対空迎撃、シーリオン部隊を展開しろ! 機械化部隊は対戦車装備の上、東海岸へ!』

『バッチシステムに感、高高度から高エネルギー体が接近中!!』

 

 廊下に設置されたスピーカーからオペレータールームの声は切羽詰まったものだが、ゲイム・システムの影響なのか、難しい言葉を早口で言われるとうまく受け取れず、何が起きているか今一理解できなかった。だからこそ、状況を知っているだろう、自分の監視役兼運び役2人に聞くことにした。

 

「何が、起きてる……?」

「この島への連邦の攻撃が始まったのだ……この基地は今朝から連邦に包囲されていたからな」

「宇宙統合軍の旗艦を倒してすぐに来るなんて……やはり、ジュネーブを攻めきれなかったのが原因ですか?」

「だろうな。ジュネーブ周辺に配備されていたという、民間のあの、アームズフォートといったか……あれのせいで包囲が完成せず、統合軍の降下部隊も、先日の戦闘とジュネーブからの迎撃で全滅したらしいからな。連邦のフットワークも軽くなっているのは間違いない」

 

 2人の会話に耳を傾けたが、やはり全部は理解しきれない。しかし今、アイドネウス島への直接攻撃が起きているということは飲み込めた。そして、体に刻むように思い出した/覚えた原作の展開では、それが起きることは数少なく、また初の大規模攻勢であれば、1つしかない。即ち、DC/ビアンとハガネ隊の決戦、そしてようやく訪れた、自分の死の機会だ。

 ついに訪れようとするその瞬間に、ようやく頭が動き出し、僅かばかりの力が手足に籠もる。

 

「……連れて、け」

「はっ?」

「俺を……格納庫に、連れてけ……AMに、乗せろ……あいつらなんて、俺が簡単に……」

 

 出撃するということを、何とか顔を引きつらせ、傍からはかろうじて笑みに見える形を取りながら告げる。曹長は驚き、准尉は不快そうに顔を顰めた。

 

「何を言っている。そんな体で役に立つなど……」

 

 准尉がテンザンを咎めようとしたその時だった。一際大きな振動が基地全体を襲い、若い兵士の肉体で持っても、テンザンの身体を支えることができず落とし、同時に廊下の照明が落ちた。視界が真っ暗闇に染まり、揺れの拍子に壁にぶつかった。それが功を奏した。天井が突如崩れ落ち、熱波が頬を焦がす。

 

『敵艦首超エネルギー砲着弾!! 西エリアに損害!』

『クロガネ、迎撃に失敗! ハガネ、依然接近してきます!!』

『指揮管制機能をヴァルシオンに移行、西エリアに救援部隊派遣、完了次第戦闘員、非戦闘員問わず本部施設から退去せよッ! 繰り返す……』

 

 かろうじて生きているスピーカーから、今の衝撃の原因と、ビアンの指示がノイズ混じりに鳴った。壁に手をやりつつそれを聞き、震える脚で立ち上がると、崩落した瓦礫の向こうからこちらを呼ぶ声が聞こえた。どうやら向こうも無事らしいと、僅かばかり安堵する。

 

「おい、大丈夫か?!」

「……ああ」

 

 かすれた声で答えると、何とか向こうに届いたのか、よかった、と回答が来る。良心が痛みそうになるのを、無用な思考だと切り捨てようとし、壁を叩いた。

 

「その場所を動くなよ、今……」

「いや、こっちはこっちで、何とかする……別の道に繋がっているみたいだ」

「何とかするって、おい、どういうことだ?!」

 

 丁度よく廊下の中心を遮られた形となり、看守の2人と分断されてしまった。都合がいい、不気味なくらい。薄ら笑いが浮かびそうになるのをテンザンは抑えつつ、身体の向きを変える。他のDC兵も今の崩落に気付き、衛生兵や工作兵を集めていた。背後の瓦礫から止まれ、という声が聴こえるものの、テンザンは無視し、近づいてきた兵士を掴んだ。

 

「おい、お前。格納庫はどっちだ?」

「す、すぐ近くです。あ、あの貴方は……」

 

 捕まえた兵士はどうやら階級も低く、テンザンとそう年も変わらない若い兵士だった。こんな奴もいたんだな、本当に都合がいい。そう心中で呪いながら、しかし声は『テンザン』としてのものを紡いだ。

 

「俺、か? 俺はテンザン・ナカジマ特務大尉だ。俺が今出ないで、いつ出るんだよ」

 

 嗤いながら言った。今でなければ、いつ死ぬのだと。

 そう、心に嘘をつきながら。

 

 

 

 覚悟はしていた。自分が連邦軍側として戦場に立ち、DCと戦うことになることを。リョウトは真新しい連邦のパイロットスーツを纏い、遠隔操作型の爆弾が取り付けられた右手首をさすりつつ、リオンのコックピット内でその時を待っていた。

 ハガネ内での監査で今まで半軟禁状態だったが、宇宙統合軍で運用されていたインパクトランスの技術提供、加えて以前から温めていた小型テスラ・ドライブの作成案、それにDCの兵器を知る限り話し、信用を勝ち取ることができた。それ以外にも整備や補給の手伝い、いつの間にか回収されていた"アレ"の修繕の手伝い、皮むきといった料理の下処理、トレーニング室の道具の片付けなど、雑用まがいのこともして、他のPTパイロットやスタッフたちとも友好を深めることができた。できてしまった、とも言えた。特にリオという自分とそう年の変わらないPTパイロットにはよく世話を焼かれており、特別にシミュレーターに乗せてもらうなどして、訓練の手伝いもしたことがあるぐらいだ。今のところは全てリョウトの白星なので、訓練といえるのかは微妙であったが。

 ともかく、彼らは気のいい人たちだった。もし自分がDCでないがしろにされ、本当にただの人間爆弾として切り捨てられた上で助け出されていたならば、心からの仲間となっていただろう。そんなたらればを想像したが、それはもうありえないことだ、と迷いを消すように首を振る。今の自分は、DCの名も無き部隊のパイロットで、ただの捕虜。もしくは、スパイ。夢の中で話すことできるシェースチには、何度もハガネに寝返っていた方がいいと忠告されているが、それはできないと返している。あの場所の思い出と、シェースチから聞かされた今の皆、そしてテンザンのことを考えると、とてもではないがそういう気にはなれなかった。だからこそ、自分はスパイだ、という意識を持っているのだ。

 そのような気持ちを見透かされたように、右手に爆弾を取り付けられた。仲良くなったパイロットや船員、それに副船長から反対意見が出たそうだが、イングラム少佐の正論と、自分自身も納得がいっていたこともあり、そのままとなった。そして今、アイドネウス島へと強襲を掛けるに当たり、ヒリュウの中破・作戦不参加による戦力ダウンを補うため、機体を動かせるリョウトもパイロットとして参加することになったのだ。

 正直に言えば、抵抗はある。だが一番大事なのはあの部隊の面々やプロジェクトTDメンバーといった一部の人々だけであり、それ以外のDC兵にはあまりいい思いはない。あの部隊に配属されるまでは、苦い思いを味わい、非道を目の当たりにされることもあったからだ。それでも、曲がりなりにも自分の所属している組織だ、事情がなければ戦闘に参加したくなかったし、彼らに銃口を向けたくはない。しかし同時に、これは信頼を掴むチャンスでもある。DCに銃を向け、敵として戦うならば、連邦側の警戒もかなり下がるだろう。そうなれば、より重要な機体の整備にも参加できるようになるかもしれない。

 

『リョウトくん、そっちは大丈夫?』

 

 思考の海に潜っていたリョウトに、通信機越しからゲシュペンストMkⅡタイプTTに乗ったリオが心配げに声をかけてきた。大丈夫、と一声をかけ、状況を確認する。今は大気圏降下シークエンスの直前、あと数十分もすればアイドネウス島がモニターに映り、機体のGキャンセラーで緩和しきれない揺れが機体を襲うはずだ。

 

「僕は高高度訓練も一応受けてるから平気だよ。リオこそ、あんまりコンディションがよくなさそうだけど……もしかして高いところが苦手?」

『違うわよ! 私だって父の付き合いで何度も大気圏往復してるわよ……そうじゃなくて、私が聞きたかったのは貴方の昔の仲間のことよ』

 

 昔の仲間。何気なく呟かれた言葉に、胸が軋んだ。それでも顔に出さず、何とか微笑を作って答える。

 

「……うん、そうだね。もし知ってる人がいたら、説得してみるよ」

『そうね、その時には私も手伝うわよ』

『俺も手伝おう。奴には北米基地での借りがある』

『そうだな。けどもしテンザンの奴がいたら一発ぶん殴らせろよ、ラトゥーニを苛めたことはまだ許してないからな!』

『ちょっとジャーダ、いつまで引きずってるのよ。せめてビンタ一発にしときなよ』

『ガーネットも、その……リョウトさん、あまり気にしなくて大丈夫』

「あはは……ありがとうございます、みなさん」

 

 リオに続き、仲の良くなった面々から次々と励ましや賑やかしの声が届き、コックピット内がわっと音で包まれた。いい人たちだな、と思う反面、彼らを裏切っていることにきりりと心が痛む。感謝を述べながら、一度深呼吸をして、心を落ち着かせる。そのついでに、機器を再チェック。本家本元とも言える場所で再調整されたT-linkシステムの稼働率は安定しており、テスラ・ドライブも良好。右手にはミサイルポッドに代わり、ハガネ隊が手に入れたガーリオン用のアサルトブレードを装備し近接戦にも対応。初めて出撃した時よりも調子の良い愛機に、資材のあるとこは違うなぁ、と思いつつ、ちらりと、格納庫の隅に置かれた物に視線をやった。

 Rシリーズ。詳細は聞かされていないが、幾度もリョウトの部隊と交戦している機体。自分やテンザンと同じバーニングPTでスカウトされ、テンザンとも因縁があるらしいリュウセイ・ダテも乗る機体群。そして、恐らくは高度なT-linkシステムが搭載された兵器。リョウトの目的とも言える"ウラヌス・システム"があるとすれば、その機密性も含め、Rシリーズは最有力候補だ。

 

『各機、雑談はそこまでにしておけ。リョウト・ヒカワ、お前はブリーフィング通りATXチームにつけ』

「わかりました」

 

 Rシリーズの所属するSRXチームの責任者であるイングラムの声に、思わず見ていることがばれたかと思考し、慌てて視線を戻す。モニターにはカウントダウンが表示され、リョウトの目線に合わせたかのようにカウントが開始された。ハガネの艦橋に繋がる通信からはオペレーターの青年の声が届き、1秒1秒縮まる度に緊張感が増していく。胃が縮まり、脂汗が出てくる。それでももう、流れる時間のように、運命は止められない。

 

『5…4…3…2…1…作戦開始!』

『大気圏へと突入! 目標、アイドネウス島!』

『TBCモジュール、チャージ開始! フィールドを維持、対空迎撃網に備えろ!!』

 

 艦橋からの慌ただしい声が届くのとほぼ同時に、機体が、いやハガネ全体が振動に包まれた。大気圏への突入を開始したのだ、モニターの高度計が激しく回転しだし、気圧計が変動し始める。同時にコックピットの専用のシートベルトで身体が固定されているというのに、奇妙な浮遊感と、徐々に体にかかりだした圧力に顔を歪める。大気圏突入、などといったことは旅行好きやビジネスマンでは一度は体験することだが、何分リョウトはそのことにはまだ無縁な日本の一般人、初めての体験だ。このような状況でなければ、もう少し気楽に楽しめたのかもしれないと、現実逃避したい感情に活を入れ、何時間にも感じる突入を耐える。

 

『突入角修正、フィールド損耗率1%!』

『主機、補助機共に安定! TBCモジュール充填完了! カウントスタート!!』

『アイドネウス島を肉眼で確認、対空迎撃ありませ……大型の機影、正面! ……クロガネです!!』

『っ、回避……』

『ならん、このままカウント維持、突っ込め!』

『艦長?!』

 

 艦橋からの怒号ともいうべき中継が届く、振動で揺れる機体の中で、ただコントロールグリップを持ちながら耐える。その心構えが良かったのか、今までとは性質の違う激震と、船全体がヤスリで削られるような轟音が響く。舌を噛まずにすんだ、と思った矢先、モニターに発艦のカウントダウンが現れた。出番はもうすぐだ。

 

『3……2……1……トロニウムバスターキャノン、発射ぁっ!!』

 

 急に身体を背中から強く押されたような感覚が襲い、先程の怒声から、重力ブレーキがかけられたのを理解する。次の瞬間には再び体にGが襲い出す。だが今度はそれだけではない、モニターの奥で、カタパルトハッチが開き出したのだ。ほんとにこのタイミングだなんて、驚嘆する中、自分の指揮官機とも言える赤いPT/アルトアイゼンが大気圏突入時に取り付けられたロックを外し、ハッチ前へと歩き出した。その後に続くように、ATXチームの機体、更には他の部隊の隊長機・前衛機、そしてハガネ内で最大の大きさを誇るジガンスクードが、今は完全に開ききったハッチ前に陣取った。

 遅れず、テスラ・ドライブで浮遊させたリオンを操り、その後ろに着く。最後に火器管制システムの安全装置を確認し、解除されているのを震える手でチェックした。

 

『機動部隊、出撃!』

 

 副艦長の声に、前の機体がバーニアを吹かして飛び出していく。カタパルトを使わないのは、すぐに来るだろう迎撃をハガネのフィールド、そしてジガンスクードで受け止めるためだ。前方のATXチームのゲシュペンストタイプTT/ブリット機が飛び出すのと同時に、ペダルを踏み込み、アイドネウス島へと飛び出す。

 

『っ、敵司令部より高エネルギー反応!?』

『回避ぃ!!』

 

 空へと出たばかりのリョウトの視界を閃光が焼いた。機体が衝撃に煽られ、コントロールが失われる。オートバランサーをカット、機体を縦に一回転させながら、接近しようとしてくる敵機/リオンをレールガンの牽制で退ける。回避行動を取った敵機は、しかしリョウト機の真後ろから放たれたビームに撃ち抜かれ爆散した。

 

『いい腕じゃない、リョウトくん。ウチのブリットくんと交換しない?』

『ちょっ、ひどいじゃないですかエクセレン少尉?!』

『騒ぐのはそこまでにしておけ、ホストがもう出ているぞ』

「は、はは……』

 

 ATXチームの軽妙なノリにから笑いで対応しながら、心中では苦虫を噛んだような苦々しさが広がっていた。咄嗟に反応したとはいえ、今のはDCの機体、それを躊躇なく墜とす/殺してしまったこと、そして想像以上に抵抗感がなかったことに対してだ。自分はここまで薄情者だったのか、と自己嫌悪に陥りそうになるのを、戦場の偏移に追いつくために思考を回し、一旦忘れる。

 状況は急転していた。突然アイドネウス島総司令部の正面大型エレベーターから、大型扉越しに放たれた"クロスマッシャー"にハガネが狙撃され、先のクロガネからのダメージも含め中破、海岸部への不時着を余儀なくされていたからだ。だが代わりにこちらは機動部隊を展開し終え、DC防衛部隊もこちらの思惑通り包囲を狭めていた。そして包囲網の最奥には、ハガネを落とした張本人が座している。

 

『よくぞここまでたどり着いた、歓迎しよう。天元を突破しえるものたちよ』

 

 ヴァルシオン。あの時モニター越しに見た姿、そしてあの部隊のシミュレータで戦った時より形状の差異はあるが、その異様と威圧感は変わらない。グルンガストを越える背丈、血よりも鮮烈な赤、増設された背部のバインダー、四つ目から六つ目に変更された複眼と騎士甲冑のような頭部、巨大な刀身・ディバインアームを悠々と振るい地に突き立てるDCの象徴、ヴァルシオンだ。

 一拍遅れ、包囲網の攻撃が開始される。狙いはハガネ、お零れとばかりに周囲のPTへと光と鉄の雨が降り注ぐ。しかしその雨を、ハガネから出撃した特機/ジガンスクードが受け止め、弾き、防ぎきった。第一射はそこまで、射撃に紛れてガーリオンやリオン、更には直接火力支援のバレリオンが接近してくる。

 

『アサルト2、アサルト3、ゲスト1、弾幕を張りつつ、敵を釣り上げるぞ』

 

 キョウスケの指示に従い、ゲスト1/リョウトはレールガンの弾をばらまきつつ、僅かに後退する。それを行いながら、レーダーを確認し、事前に登録しておいたあの機体/リオン"ロン"の特徴的な反応を探した。いくら前日に監査は終了したと既に夢の中での情報交換で聞いており、この場にも出てくるだろうと予測していた。しかし予想に反し反応は見つけられず、何よりも敵反応が多すぎ、見分けがつかない。

 

『1機抜けてきます!』

「っ、フォローします!」

 

 しかしその意識散漫が悪かったのか、突出してきたバレリオンに弾幕を抜かれた。ブリットの言に慌てて意識をそちらに向け、レールガンを撃つ。迎え撃ったブリット機/ゲシュペンストTTのプラズマカッターにバレルを、リョウトの弾に下半身を撃ち抜かれたバレリオンは小爆発を起こしながらも、しかし尚前に出ようとしてくる。しかしそれは悪手、既にレーダー上では、射程圏内に入った。

 

『距離を詰めたな?』

 

 敵の包囲網が完成し、その全てがあの兵器の射程圏内に入ったことを見切り、ハガネからサイバスターが出撃した。白い機体は鳥の姿を模して、その姿に恥じぬ加速力で戦場の中心地へと飛ぶと、即座に変形、チャージしていたエネルギーを開放するため構えを取った。

 

『くらえ! サイフラッシュッッ!!』

 

 マサキの声と共に、アイドネウス島に光が広がった。この光/サイフラッシュはエーテルという未解明のエネルギーを用いた指向性MAPW、とリョウトは以前ファインマン博士から聞き及んでおり、その最大威力と特性が今遺憾なく発揮されている。光に触れたDCの敵機は尽くが爆散、または装甲を溶解させ、一方で味方機には一切の影響がなかった。この光を見るのは2度目、しかも今回はこれに守られる側だ。奇妙な気分だ、とサイフラッシュが包囲網の8割近くを滅する光景を見上げながら身内で呟き、ついで浮かんだ言葉に頭を振った。ああ、自分が手を出さなくてよかった、そんな暗い感情を振り払い、壊滅し、防衛戦を維持できなくなったDC部隊が撤退するのを注意を払いつつ、未だ動かぬヴァルシオンへと視線を向ける。

 ビアン・ゾルダーク。彼と戦うことに、リョウトは未だ強い抵抗があった。リョウトにとって、彼はあの部隊の仲間ほどではないが、DCの総帥であると共に、気の良いおじさんのようなものだった。新年会を共に祝い、一緒にアニメを見たり、伊400の改造案をくれたりと、リョウトにとって親しいといえる間柄の存在で、今のようにプレッシャーを他者に与えたりというのとは、彼の中に出来上がっていたイメージと違っていた。

 

『我が下に降れいッ!』

 

 だからこそ、突然放たれたビアンの言葉と声音に、心底驚き、身体が竦んでしまった。そして理解した。今の自分は、スパイなのだということを。それ故に、DCの敵であるということを、心で理解できてしまった。

 吐きたくなって、泣きたくなって、それを全部耐えた。

 "彼"はいつも、こんな気持ちなんだと奮い立たせながら。

 

 

 

 彼らの力を認めた。真実を突きつけた。だからこその勧誘であり、交渉だった。ビアンは高らかに言葉を連ね、ついに訪れた剣たちの反応を待った。

 南極での式典。その裏で行われていた、地球連邦高官と異星人の会談。EOTI特別審議会で進められていた異星人へと渡す技術の数々。もしあの時DCの横槍と決起がなければ、今頃は地球は異星人の支配下になっていただろう事実。それはかつて、地球上でも行われた侵略と同義だ。白人文明が蛮族と定義した人々を攻め立て、搾取・陵辱・教化したように、地球もいずれは彼らの文化圏に植民地として取り込まれるやもしれない。最悪は、家畜。そうなれば地球の風景はどうなるか、地球の人々はどうなるか。多少想像力を働かせるだけでも、碌なことにならないのは確定的だ。ご丁寧にメテオ3などという時限爆弾まであるのだ。

 ならばどうするか。立ち向かうのだ。侵略者を撃退し、この星から駆逐するために。その前段階としての地球征服であり、剣たる力の選定だ。自前の剣は、もっとも期待していたものが自らの浅慮で折れた。ならばこそ、自分自身/ヴァルシオンという剣で持って、敵対者として鍛え上げた剣たちを振るいにかける。

 彼らは言う。戦いを始めた者が言うことかと。地球人同士で戦う理由にはならないと。ビアン・ゾルダークが世界を手に入れたいがためにこの状況を利用したに過ぎないと。

 確かに状況を見ればそう言われても仕方ない。むしろ理性面だけを見ればそれが正論だ。だが今は地球の常識だけで測ることのできない状況に移ろうとしている。凝り固まった知性と理性を一度解すためには、狂気と熱気も必要となる。戦争という最上の"祭り"はそのまたとない機会だ。故にDCを結成し、地球連邦軍に戦争を挑んだのだ。かつて娘がいったように、自分自身がその熱気と狂気に浮かされ、力に溺れるという懸念もあったが、それもつい先日、自らのオリジンを思い出すことができて解消した。

 

「交渉は決裂か……だがその意思こそ、君らの中に育まれ、ここまで戦い抜けたのだろうな」

『当たり前だ! だからこそ、てめぇには絶対に屈しねぇ!!』

 

 シュウ・シラカワが懸想するマサキ・アンドー/サイバスターの啖呵に笑みを浮かべたくなり、同時にヴァルシオンの左腕に備えた砲門にエネルギーを集める。狙いは座礁し身動きの取れなくなったハガネだ。

 

「まずはスペースノア級……しばらくおとなしくしてもらおうか!」

 

 スペースノア級は正に万能戦艦、今後の戦いに必要となる船だ。だからこそこの戦いで失うわけにはいかない。故に、先手で艦橋を潰し、損傷を最小限に抑える必要がある。

 FCSロック、音声認証オン。狼煙よ響け。

 

「クロスマッシャー!」

『全機散開、測定パターンC!』

 

 ヴァルシオンの左腕から破壊エネルギーの渦が巻き起こり、大気と地面を抉りながらハガネへ殺到する。しかしそれを阻むべく現れた真紅の巨人、ジガンスクードに受け止められ、防がれた。半拍遅れて、ハガネからありったけのミサイルが放たれる。恐らくは特機用の特殊弾殻。しかし"この形態"のヴァルシオンには迎撃の必要はなく、機体を多少後退させる程度で十分だった。歪曲フィールドの影響下に入ったミサイル群はヴァルシオン目掛けて落ちようとし、そのままフィールドに沿うように地面へと突き立ち爆発した。

 次には前面からの一斉砲火、これもフィールドで問題なし。問題はこちらに接近する白いゲシュペンストとリオン。懐に潜り込もうとするのを、ディバインアームの縦一閃で迎え撃ち、躱しきれなかったPTの左半身を断った。だが、AMは無傷。その場で回転するような動きで斬撃をアサルトブレードを犠牲にしながら受け流し、ヴァルシオンの腕をポールに見立てて遠心力をつけ、残った刀身で左腕のクロスマッシャーを狙ってきた。動きに覚えがある、だがその動きができるのは、DCに所属しているあの"剣"のみ。ならばその動きを模倣できる程に近くにいて、かつリオンを運用して連邦についたのは、自分に届いた情報から1人しかいない。

 

「腕を上げたか、リョウト・ヒカワ! だがその信念はどこにある?!」

『っ!?』

 

 答えられない未熟者の動きが一瞬鈍り、その隙を逃さず、左足の膝蹴りで蹴り飛ばす。吹き飛ばされた先では、2機の戦闘機がヴァルシオンの頭上で変形し、更にファミリアを展開したサイバスターと共に銃口を向けていた。

 

『その物言い! 上から見下している奴に世界は救えねぇ!!』

「フンッ!!」

 

 フィールドで6門の銃口から放たれるあまりに軽い言葉/攻撃を反らしつつ、クロスマッシャーの砲口を展開。気づいた3機はすぐに回避機動を取るが、この距離では遅い。

 

「気分で世界は救えぬっ!!」

 

 間一髪、衝撃波の直撃は避けた3機だが、しかし余波までは逃げられず、地面へと叩きつけられた。その3機目掛け追い打ちに剣を振るうが、そこに割って入った超闘士に止められた。ぎちりと刃がかみ合い、互いの頭部/コックピットがぶつかり合う。

 

「グルンガスト、カザハラの息子か!」

『有名だな、こいつはっ! けど俺だけじゃないぜ!!』 

 

 レーダーに感、急速接近。赤いゲシュペンストタイプ/アルトアイゼンが右腕を振りかぶる。データでは知っている。故に、グルンガストを掴み、足払いをかけると共に、アルトアイゼンへと投げ飛ばす。アルトアイゼンが逆噴射して急停止し、受け身を取るグルンガストを取るのを機と見て、クロスマッシャーで薙ぎ払う。

 

『嘘だろっ?!』

『クッ、さすがはジョーカーということかっ!?』

 

 2機ともデータ通り想像以上の固さだが、装甲にはヒビを入れることはできた。その間に更に背後から2機のゲシュペンストが接近、カラーリングは黒と緑。

 

「教導隊かっ、エルザムやテンペストには世話になっているぞ!」

『そいつはまたっ』

『どういたしまして、だっ!!』

 

 振り向きざまに放ったディバインアームと、プラズマステーク/プラズマカッターがぶつかり、勢いとパワーに任せ吹き飛ばす。しかし2機は機体に制動をかけながら、大型エネルギー砲とミサイルを放ってくる。歪曲フィールドで受け流しつつもう一度ハガネを狙うべきかと思案し、それを守る盾をまずは破壊するかと、ヴァルシオンに備えた広域殲滅兵器を立ち上げようとした。だが、目を見張った。そこにはジガンスクードの巨体はなく、代わりにあるのは、甲鈑上にPT程もある巨大な銃身を構え、翠のエネルギー結晶で出来た砲身を構えるビルトシュバインだった。

 

『計算完了した。全機、フォーメーションBから変則、該当機はマーカーに合わせろ』

 

 何をする気か、と考えた瞬間、ビルトシュバインの構えた銃身が更に光を増し、むき出しになっているプラズマジェネレーターが蒸気を吹かす。観測機が歪曲フィールドを突破しうるエネルギーを持つとアラームを鳴らし、眉を顰めた。ビアンがデータとして知っているその兵器"バレリオン・キャノン"には、歪曲フィールドを破る程の出力はないはずだ。それでも尚使おうとするならば別の思惑がある。それを読み取ろうと彼らの口から漏れた言葉を思い返した途端、狙いを察した。ヒントは無数にあったのだ、そして何より、リョウト・ヒカワというその情報を知っている人間がいる以上、そこを狙ってくるのは当然だった。

 不敵に笑い、歪曲フィールドの出力を高め、衝撃に備える。

 

『バレリオン・キャノン、デッドエンドシュート!』

 

 T・ドットアレイで強化・過剰加速と弾殻形成された光の弾丸がビルトシュバインのパイロットの叫びと共に放たれ、歪曲フィールドに食い込んだ。それでも尚止まらず回転し続ける弾丸に、ビシビシとフィールドが悲鳴を上げ、ジェネレーター負荷が急激に高まる。

 

『G・テリトリーカット! 潰すぜ、ジガンッ!!』

 

 そこに、テスラ・ドライブとバーニアで強引に上空へと跳んでいたジガンスクードが文字通り降ってきた。負荷が更に跳ね上がり、コックピットにレッドアラートが鳴り出した。それでも、まだ。

 

『T-LINKゥ、ナッコォッ!!』

『持てよ、アルト』

 

 ダメ押しに、R-1とアルトアイゼンの念動拳/リボルビングステークが左右から襲い、ついにフィールドが硬化・結晶点が目視で観測できるレベルで発生した。その状態まできた瞬間、留まりながらも回転し続けていた翠の弾丸がフィールドを食い破り、歪曲フィールドだったものに風穴を空けながら、ヴァルシオンの左肩を撃ち抜いた。たまらず後ずさり、ディバインアームが手から離れる。

 

『計都羅睺剣ッ!!』

 

 そして、頭上に瞬く凶星の剣。同時に前後左右から一斉に放たれる十字砲火。自身を守る鎧をなくなった以上、この直撃を許せばひとたまりもないだろう。このままでは詰みだ。よくぞここまで、とビアンは盛大に笑いたくなった。まさに彼らは剣となるに相応しいだったからだ。もしあの時、テンザン・ナカジマに"負けなければ"このまま未来を託しても良かった。

 だが、それもビアン・ゾルダークにとってはIFだ。

 

「ジェネレーター出力解放、オペレーション、パターン2」

 

 故に唱える。自らが更に鍛えた剣を引き抜くために。彼らにとって、剣となるべく立ち向かう真の恐怖/絶望となるために。

 ヴァルシオンに3対の瞳が瞬き、増設したウイングが展開される。途端、抑え込んでいた重力波が周囲をなぎ払い、迫る銃火を、それを放った機体ごとまとめて吹き飛ばした。続けて、装甲を解放する。四肢に増設した制覇装置が開き、赤熱した"エーテル"が機体を白く変色させ、白と赤の炎を機体にペイントしていく。

 

『ッッ、暗剣サァァァツ!!!』

 

 こちらの変異を止めようと、グルンガストが急降下してくる。同時に、エネルギーをリチャージしたバレリオン・キャノンが再び瞬いた。それを、左腕のクロスマッシャーの砲口に右手を突っ込み、引き抜いた"剣"でまとめて切り払う。

 

『ぐあぁぁっ!?』

『イルム中尉?!』

『くっ……各機、再度包囲っ!』

 

 ハガネから聞こえた若い士官の声には、怯えが僅かに含まれていた。無理もない、そうデザインされた、怪物のような相貌にヴァルシオンは変異したのだから。何よりも、観測されているだろう出力も倍近くに跳ね上がっているはずだ。こちらを呆然と見る魔装機神は、この機体から放たれだしたエーテルのエネルギーに身体を震わしているはずだ。

 

「よくぞここまで戦った。やはり貴君らは、星を守る剣に相応しい……故に、私も本気を出そう」

 

 クロスマッシャー/鞘より引き抜いた螺旋の剣を地面に突き立てる。瞬間、重力波が大地を震わし、剣から漏れたエネルギーが大地を隆起させてしまった。やはりまだ改良が必要だな、とかすかに笑いながら、膝を震わせながら立ち上がる戦士たちに、ただ1人吠える。

 

「ここからは真のヴァルシオン……ヴァルシオン・ゼクロスが相手となる!」

 

 さぁ、最後の大勝負。たとえここで果てることになっても、最後まで己であるために、持てる力の全てを尽くす。

 その姿を、今立ち向かってくる剣たちに刻むために。

 きっとどこかにいるだろう、あの青年に教えるために。

 

「さぁ、私を超えてみろっ!!」

 

 ビアン・ゾルダーク/ヴァルシオン・ゼクロスは、剣を振りかざした。




次回、ビアン無双(?)

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