スパロボOG TENZAN物   作:PFDD

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重い深淵血晶はどこ…ここ…?


裏切者は誰か?

 場を、沈黙が包んでいた。慌ただしい戦場の中で、そこだけが台風の目のように動きが止まっている。しかしそれは、何かの切っ掛けがあれば嵐のように吹き荒れるだろう、ただの前触れだ。その中心点にある機体、そしてこの沈黙を作り上げた張本人であるパイロットは、突き出していた左腕のレールガンをゆっくりと下ろした。遥か眼下では、助け出そうとした味方に撃たれた機体が、それでも縁にすがるように、何も持たない不出来な右手を上げ、静かに沈もうとしている。コックピット内の生体反応は緑、パイロットは生きている。しかし何故自分がそうなったのかわからぬまま意識を落とされたせいか、苦悶の表情で気絶していた。

 

『……は、はは。はっ、ひゃーはっは! まったく、バカだなぁあいつも! 捕まって役目も果たせてないのに、戻ってこれると思ったのかよ!』

「……おい、どういうことだ。仲間だったんだろ、あいつは」

 

 沈黙を最初に破ったのは、”不自然なくらい”高笑いする、下手人の下卑た声だ。それを聞き、静かな声が、リュウセイの口から自然と出た。発した己自身が不思議に思うほど平坦なものだ。しかし身内からは、徐々に、ぐつぐつと、今まで感じたことがないような怒りが湧き上がっているのが実感できる。初めての経験をリュウセイの頭は冷静に受け止めながら、機体/R-ウイングを変形させつつ、抜き放ったGリボルバーを相手/テンザンへと向けた。人型形態のR-1には飛行能力などないはずなのに、リュウセイの意を汲むように、機体は空中で静止し、テンザン/黄色のリオンと正面から向き合うことができた。

 

『そんなの決まってんだろぉ? リョウトの機体には爆弾を仕掛けたんだよなぁ〜、んで、あいつの腕じゃさくっとやられちまうのは分かってたから、それをハガネの中でボカン! ってしようと思ってたのさ? それがどうだ、お前らピンピンしてんじゃねぇか? なら爆弾が不発だったかよぉ、リョウトが自分で外しちまうか……お前らにチクッて外させたってことも考えられるよなぁ?』

『おいおいテンザン、お前俺と同じこと考えてたのかよ?! つーかあいつ今ので死んだんだったら賭けは俺の勝ちでいいよな?』

『はぁ? 駄目に決まってんだろが!』

 

 ライノセラス直掩機のガーリオンパイロットと会話を交わすテンザンから、目を離さない。今此処で不意打ちをしても、あの超反応と技術で凌がれ、逆に致命を浴びる可能性があるのは拭えないからだ。故に他の4人も同様に、銃口を向ける、モーションスタートの構えを取るなど、油断はしないが、攻めには出ない。

 一方でリュウセイは、頭が冴え渡ると共に、徐々に感じた違和感が、ゆっくりと、形を伴い始めようとする感覚を得ていた。怒りは確かにある、だがそれと同等に、今の"テンザン・ナカジマ"という存在に対して、疑念を抱き始めていた。

 

『そりゃねぇっておっとぉ!?』

『何をくっちゃべってやがる! テメェらが仲間を裏切った外道だってだけじゃねぇか!』

『ああ、そうだ! ラトゥーニにあんな酷い目に合わせただけでじゃなく、自分の仲間に対しても……お前らDCが、どうしてもない非道な連中だってのが、よーくわかったぜ!』

『ちっ、熱血漢どもが』

 

 敵陸上戦艦を攻めるマサキとジャーダたちが敵の指揮官機を抑え、更にはライノセラスの甲鈑へと叩き落とした。そこに向けてジャーダ機のスピリットミサイルが近距離から全弾放たれ、敵機ごと陸上戦艦の装甲を削っていく。この様子では、懸念であった艦砲射撃はすぐに沈黙するだろう。

 

『だ、そうだぜっ、ゲーム好きの坊っちゃんよ?』

『ほっ、外道なんてひどい言われようだな。俺はいつだって効率よくゲームの勝率を上げてるだけだっての』

『そうかい……なんならもう、遠慮はいらねぇな……!』

『できるのかよ、超闘士さんよっと!』

 

 普段の飄々とした様子からは考えられない剣幕のイルムに、テンザンは嘲りながら真下へとレールガンを撃ち、同時に動き出した。

 

『くっ、気づかれていたか!? だがっ……!』

 

 レールガンの弾丸は、空を飛ぶ兵器の死角である真下へと機体を移動させていたカイのゲシュペンストのマシンガンを破壊したが、しかし勢いを止めることはできず、緑の機体が左腕にプラズマを隆起させながら海上から跳んだ。同時に、近づかれていたウイングガストがダブルオメガレーザーで牽制しつつ、宙空で変形し、おまけとばかりに左腕のブーストナックルを放った。リュウセイも機体をその場で"固定"し、左手に新たにブーステッドライフルを装備、空中に寝そべるというあり得ないことを成し遂げながら、狙撃態勢を取る。

 

『R-2、捕虜のリオンを回収。サイバスター、敵戦艦撃破後は"ランサー"に回れ。リュウセイは……いけるか?』

「ああ、いけるぜ、教官」

 

 リーダー機/イングラムの通信に、意識が拡大するのを感じながら、しっかりと応える。構えたライフルに連動し、ターゲットスコープが降りる。ターゲットは、テンザンの改造リオン/ハガネ内でのコードネーム"ランサー"。グルンガストの攻撃を尾のようにつけた追加ブースターを噴かして避けると、真下から襲ってきたカイ機を盾と脚を合わせて受け止めつつ、本命の右跳び蹴りを、いつの間にか引き抜き力場を展開した槍で刺し貫いていた。一時も止まらず、絶え間なくくる複数方向からの攻撃を受け止め、避け、時には反撃している。直撃させるのは至難の技。先程、いや先日よりも遥かにキレのある動きに、自然と脂汗が滲んだ。

 

『リュウセイ、俺に合わせろ。今のお前ならやれるはずだ』

『わかってる!』

 

 ロブ/ロバート・H・オオミヤが言う、例のシステムが発動した証明とばかりに、コックピット内が淡い緑に包まれている。光が強くなるとともに意識が研ぎ澄まされ、徐々にランサーの姿をスコープが掴み始める。

 イングラム機/ビルトシュバインが左腕のサークルザンバーを起動し、飛ぶ。飛翔と共に脚部に収めたミサイルと右腕のショットガンで弾幕を張り、ウイングガストへ変形中のグルンガストへレールガンを向けるランサーを牽制し、距離を取らせた。更にそのまま頭上を取ると、再度跳んだカイ機と共に、上下から挟み込むようにザンバー/プラズマステークを振り抜く。しかしその攻撃も、左肩から伸びるサブアームに繋がった盾/エネルギーブレードと槍によって防がれ、時間差で来たミサイルを、尾から放たれたマイクロミサイルで撃ち落とした。

 これだけやっても、ようやく動きを止めた程度。しかし、今こそ絶好のチャンス。ターゲットロック、テンザンもこちらに気づき、レールガンの銃口が向く。だが、遅い。

 

「くらぇぇぇぇ!」

 

 強念/怒りと共に、トリガー。緑の光を纏った弾丸が長身のバレルから放たれ、空気を切り裂く。同時に放たれたレールガンの弾と宙空でぶつかるが、サイズ、そして込められた力の差で、木っ端微塵に砕いた。

 

『何っ!?』

 

 テンザンの驚愕の声の直後、ブーステッドライフルの弾がランサーの左腕を打ち砕いた。機体が放たれた浮き跳び、均衡が破れ、ビルトシュバインとゲシュペンストが自由になる。好機と2機が追撃するが、しかし尾のブースターの左側面が一斉にブーストし、強引に槍が薙ぎ払われ、範囲に自ら飛び込む形になった2機が脚と頭部を持って行かれ、衝撃で海へと墜ちていく。

 もう一射、と構えるが、エラーがコックピットに鳴り響く。見れば、ブーステッドライフルの銃身が内側から爆発したように破損していた。もしや今の一発のせいか、と考えたが、理由は今考える必要はないと判断し、ライフルを捨て、機体をR-ウイングに変形させる。固定された力場を解除し、一足飛びにブースト、テンザン機の側面を取るように飛び、牽制のミサイルとリボルバーキャノンを乱射する。

 

『こすっからいなぁ、リュウセイ!』

『ならコイツはどうだ? スパイラル・アタック!!』

 

 いつの間にか誰よりも機体を飛び上がらせていたイルムが太陽を背にする形で、機体を高速回転させながらダイブした。銃撃を避け、胸部マシンキャノンでミサイルを迎撃するランサー目掛け、必殺技を叩き込もうとする。

 それだけではだめだ、あの距離ならば、槍で捌かれるだけ、いや槍の出力が上げられればグルンガストが墜ちる。直感と戦闘経験、そして"テンザン・ナカジマ"への違和感が告げる予測が、リュウセイに次の行動を選択させた。ホーミングミサイルを出し尽くし、旋回機動を止め、急加速、吶喊。これだけでも駄目だ、と先程の感覚/緑の光を身内から引き出す。それを機体全体に被せ、イメージを形作る。槍に対抗するには、剣。何者をも切り裂く、破壊の剣。イメージが現実を塗りつぶし始める。R-1を念動の光で持って覆い隠し、一本の剣とその場に生み出した。

 こちらに片目だけを向けていたテンザン機が一瞬固まり、すぐに槍の外郭が全て開放された。解き放たれようとする光、だがあの時のようにまだ完成していない。

 チャンスは、今。思い浮かぶ名と共に、突撃。

 

「天上天下! 念動爆砕剣!!」

『っ、この、チートがぁ!』

 

 グルンガストとR-1が、同時に光の槍/ランサーへと突っ込む。二つのエネルギー力場を持った剣が槍とぶつかり合い、海上に落ちたカイとイングラムの機体を反発し溢れたエネルギーで吹き飛ばした。盾として掲げられた槍を、徐々に押し込んでいく。数秒にも満たない時間なのに、身体が熱さで溶けそうだ。それでも尚、前へと、柱の影に隠れた悪/テンザンを討つため、ブースターの出力を上げる。

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

『いい加減に、落ちやがれっ!!』

『っ……どいつこいつも、何でこんな……ああちくしょうっ、舐めるなぁ!!』

 

 何事かを呟いたテンザンが突如叫ぶと、尾のマイクロミサイルハッチが開かれた。まさか、とイルムと共に目を見開くと同時に、残弾全てをウチ尽くす勢いでミサイルが解き放たれ、槍へと殺到した。何故、と思う間もなくミサイル全てが誘爆し、槍を破壊。そして器をなくし暴走したエネルギーが四方へと解き放たれ、R-1とウイングガストを弾き飛ばした。ドッと訪れた倦怠感を、戦場の緊張で何とか緩和し、アラームの鳴り響くコックピットを類って機体の制御を取り戻す。変形による強引な制動、なけなしの念動力でのエアブレーキ。再度変形しようとしたが、機体各部の損傷が、これ以上の戦闘は無理だと叫んでいた。

 くそっ、と重力に為す術なく縛られたR-1の中でアームレストを叩きながら、宙空で動きを止めたテンザン機を見上げる。衝突地点から少し離れた場所で静止しているその機体は、槍を持っていた右半身が溶解し、コックピットがむき出しになっていた。薄っすらと見えるテンザンの大柄な肉体が上下に動き、遠目からでも呼吸が荒くなっているのがわかる。

 

『や、やるじゃねぇかよリュウセイ! けどなぁ、これで俺を倒そうなんて……』

『だったら、こいつもおまけでもっていけ!!』

 

 突如の通信と、ライノセラスが鎮座していた島/スターバク島から急速接近する反応。そちらに目を見やると、剣を構えたサイバスターが風を纏って現れた。観測されるレーダーから出力が上昇し、目視では巨大な魔法陣を作り上げている。

 

「マサキ!?」

『魔装機神?!』

『行くぞっ、アカシックレコードサーチ!』

 

 空に展開した青い魔法陣が広がり、サイバスターを包むほどの大きさとなった。マサキから以前教えてもらったその武装/必殺技は、アカシックバスター。並のAMなどひとたまりもないだろう。ましてや今、テンザンの機体はほぼ死にたいだ。決まれば消滅は必須。

 これでいい、あんなことをする人間にはそれが報いだ。しかし同時に、何かが違うと、先程からの違和感が声となって疑問を提示する。これだけで報いになるのか、などという過激なものではない。ただ、何か大事な物を見落としているような気持ちの悪さ。その煮え立つ灰汁に似た思いに思いに屈してたまらず声をあげようとした瞬間、異変が起きた。

 

『?! なんニャ、ラプラスデモンコンピュータがエラー?!』

『くそっ、こんな時に故障かっ?!』

『違うニャ、機能は全部正常だニャ。けど、ラプラスデモンコンピュータの反応が……』

『どっちにしても使えないってことだろ、ならっ!』

 

 魔法陣が突然砕け、代わりに出力の低下したサイバスターが剣/ディスカッターを構えた。確かに今、まともに動けないだろうテンザンに止めを刺すなら、それで十分だ。しかしそれすらも、次の瞬間現れた蒼い影が阻んだ。突如何の前触れもなく現れたそれは、その手に持つ巨大な剣をサイバスターへと叩きつけ、吹き飛ばした。その巨大な、存在するだけで重圧感を感じる機体を、リュウセイは一度見ている。忘れもしない南極での事件。この一連の戦いの始まりを作った機体とも呼べるその名をも知っている。

 

「グランゾン……?!」

『なんだ、突然現れたぞ……?!』

『……何もないところから現れた……まさか、空間転移?』

 

 ライノセラス攻略を終え、こちらに合流を図ろうとしていた面々が、それぞれ疑問の声を上げつつ、しかし存在するだけでわかる威圧感と、グランゾンという名が、各人に最大レベルの警戒心を抱かせた。しかし当人であるグランゾンは悠々と振り下ろしたままの剣を持ち直すと、咄嗟に剣で防御し、しかし勢いのまま海上まで落とされたサイバスターを見下ろした。

 

『おや、ハエをはたいたと思いましたが、貴方でしたかマサキ。いつから群れを成すようになりましたか?』

『シュウ、貴様……! 何を考えてやがる、DCなんかに協力しやがって! それに、貴様こそそいつを助けるような真似をしてるじゃねぇか?!』

『申し訳ないですが、私は大事な用でここにいるのでしてね。まぁ折角初見の方もいますので、ご挨拶を』

 

 ディスカッターの切っ先を向けるサイバスターを他所に、ゆっくりとグランゾンがこちらを、ハガネの方を向いた。ライノセラスとその周辺機をを撃破したラトゥーニやアヤたちが一気に身構え、ハガネの砲が一斉にグランゾンに向いた。

 

『はじめまして、私の名前はシュウ・シラカワ。そしてこれは私の愛機、グランゾンです。本来であれば是非高名な貴方たちと一度手合わせしたいのですが……本日は別件がありますので、早々に退かせていただきましょう』

『へっ、何だあの野郎、気取りやがって。それにすぐ退くだって?』

『キザな男は間に合ってるから助かるが、理由は……そいつか?』

 

 イルムが警戒しながらグランゾンの周囲を飛びつつ、その視線を動きを止めたランサーへと向けた。ヘルメットに隠れたテンザンの顔はうかがい知れない、しかし先程の沈黙は、あの男もまたこの状況に思考が追いついていないのをうかがい知れた。

 

『ええ、彼には聞きたいことがありますので。貴方達が彼を弱らせてくれて助かりましたよ』

『その言い方だと、お前たちでもその男は抑えられないということか?』

『はは、お恥ずかしながら。彼に本気を出されれば、このグランゾンでも危ういですからね』

『何……?』

 

 イングラムの問いと反応は、この場の誰もが抱いたものと同様だった。直接南極事件の光景を見たリュウセイたちSRXチームや、実際に被害を被ったダンテツを含め、グランゾンの脅威は皆資料で確認している。その中には『グランゾンは世界を滅ぼせる』とも記載されたものもある。幾ら実力が圧倒的で戦艦も落とせるような装備を持っているとは言え、グランゾンに匹敵する、というのは誇張が過ぎるのではないか。

 そんな疑問を知ってか知らずか、映像通信越しのシュウは微笑みを湛えたまま口を開いた。

 

『不思議に思っていますね? ですが事実ですよ、今まで"手加減"されていた貴方達では実感できないと思いますが……』

『……うな』

『おや?』

『それ以上言うんじゃねぇ、シュウ・シラカワ!!』

 

 突如テンザンが叫び、最後に残った盾をグランゾンへと向けた。ふむ、と映像通信越しのシュウが顎に手を当て、グランゾンが剣を向けた。

 

『ならばこちらも言いましょう。テンザン・ナカジマ特務大尉……貴方をスパイ容疑で拘束します』

 

 

 

 リオ・メイロンは苛立ちを隠せぬまま、廊下を歩いていた。手に持っているのは配膳皿に乗せた今日の夕食だ。向かう先は医務室、今はある人物が眠り続けている場所だ。一度深呼吸して気持ちを落ち着かせてから中に入ると、看護医として付いていたクスハ・ミズハがちょこんと座った椅子から身体の向きをずらし、こちらを向いた。

 

「あ、リオさん」

「リオでいいっていったじゃない……それで、リョウト・ヒカワくんは?」

 

 丸椅子に座りながら尋ねると、クスハはふるふると首を横に振り、ベッドの方を向き、リオもそちらを見た。薄い青の病衣の上から拘束具を付けられたリョウト・ヒカワが、苦々しげな表情のまま眠りに付いていた。傍に置かれたモニターの表示では、今はレム睡眠状態。よっぽど嫌な、受け入れがたい夢を見ているのだろうと思うと、殆ど喋ったことのない同年代の少年に対し同情と、このようなことをした相手に先程まで抱いていた怒りが再び湧いた。

 あの戦闘は、シュウ・シラカワが告げた言葉に動かなくなったテンザン/ランサーを、グランゾンが腰に抱えるように持ち去ったことで終結した。追撃という案が即座に副艦長や協力者のマサキ・アンドーから上がったが、グランゾンの力を身をもって知っているダイテツ艦長の制止で見送られることとなった。そのおかげで釈然としない終わりとなり、不満の声を上げそうになったが、共に行動していたアヤから弾薬が切れていたことを指摘され、自身の未熟さと向こう見ずさに思い至った。そのことを思い出すと羞恥心が湧きそうになるが、今はそれよりも、目の前で未だ眠り続けるリョウトの方が大事だ。

 

「やっぱり、あんなことがあった後じゃ、起きたくもないのかしら」

「そうかもしれないね……私も、友達に酷い目に合わされたら、きっと塞ぎ込んじゃうもん」

「そんなことをクスハにする奴がいたら、私がギタンギタンにしてあげるわよ」

「ありがとう、リオちゃん」

 

 クスハの微笑みに少し怒りがほぐれ、持ってきた夕食のパンを一口食べる。クスハにもちぎって手で食べさせてあげ、そのまましばらく咀嚼した。

 

「ごくん……ねぇ、リオちゃん。この人はどうして、DCで戦ってたんだろう?」

「うーん、確かに。尋問の時の映像を見せてもらったけど、自分から戦いに出るって質じゃなさそうだし……」

 

 自らの意思で連邦軍に入り、今もこうして志願してPTパイロットになったリオにとって、如何にも線の細いリョウトが態々DCで戦う理由が検討もつかなかった。腕を組んでうんうん唸ってみても答えは出ず、おかずを食べて頭を働かせようとしても駄目だった。

 

「思い浮かばないわね。悪の組織に入ってまでロボットを操縦したいーとか考えたけど、この子のキャラじゃなさそう」

「幾らなんでも酷いよ、それ」

「そうね。ところで、クスハだったらどう思う?」

「私? ……うん、きっと私達と、そう代わりないと思うよ?」

「へっ、どういうこと?」

 

 予想外の言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。うーん、と先ほどのリオのように感情を言語化しようとするクスハは、少しづつ、声に出して、思いを告げ始めた。

 

「たぶん……DCの中で、守りたいものを見つけたんじゃないかなぁ」

「それは……まぁ、あるかも、だけど」

 

 その答えはさすがに卑怯だと、しかし声に出さず、リオは頭を掻きながらそっぽを向いた。クスハの答えは、リオが連邦に身を置いたのと似たような理由だ。誰もが持つ、理不尽から大切な人たちを守りたいと思う感情。それを否定してしまっては、殆どの人は戦えなくなるだろう。

 

「ま、まぁ、あとは本人にきいてみるかしないわね」

「うんっ……早く起きるといいね」

 

 クスハの答えに、良いことばかりじゃなさそうだけどなぁ、とあの時のことを見ていた一人として冷や汗を掻きながら、しかし同情の思いから何とか支えて上げようという気持ちを抱いて、から笑いするリオ。その目が視界の端に動くものを見つけた。リョウトの指だ。視線を顔に方に向けると、今まで閉じられていた薄っすらと開き始めている。モニターの表示は、覚醒状態。

 

「ちょ、リョウトくん、起きたわよ」

「わ、私、先生呼んでくる!」

「え、それ私の役じゃ……行っちゃった」

 

 大慌てで部屋を飛び出し行ったクスハに、ぽかんと口を半開きにしてしまう。看護兵の役目としては起きたばかりの捕虜を診るはずなのだが、まだまだ慣れていないのかもしれない。もしくはおっちょこちょいで動いてしまったか。やれやれ、と上げたままの片手を下げ、こちらを見上げるリョウトへと向き直った。

 

「った……あれ? ……あの……ここは?」

「おはよう、リョウト・ヒカワくん。ここはハガネの医務室よ……どうして寝てるか、覚えている?」

「……はい……そっか、本当なんだ」

 

 拘束された自身の様子を確認したリョウトは、一度目をつむり、大きく息を吸い込むと、大きく吐き出した。そして開いた目を見た時、リオは不覚にもどきりとしてしまった。見た目のナヨナヨとした印象が一転、男らしい顔つきになったのだ。とても裏切りによって心が傷ついたようには見えない、そのことに疑問を覚える間もなく、リョウトの口が開いた。

 

「連邦の……この船の方ですか?」

「え、ええ、まぁそうだけど」

「お願いがあります……僕を、この船に乗せてください」

「……えっ?」

 

 リオはこの時、クスハがいなくてよかったと思った。突然のことに頭が追いつかず、きっとあまりにマヌケな顔をしてしまっただろうから。

 

 

 

 

 

【新西暦187年 1月TU日】

 

 気持ちを落ち着かせるため、落ちていた紙の切れ端に日記を書く。

 

 リョウトを撃った戦場で、私はシュウ・シラカワに連行され、アイドネウス島内の誰もない独房に収監された。中破した機体はそのまま地下のドッグに運ばれたらしいが、私はグランゾンに運ばれている途中に嘔吐と脱糞をしながら気を失ったのでよくは分からない。

 ストラングウィック博士たちがあの作戦のバックアップについていたならこうなる前に教えてもらえたかもしれないが、あの時は私がワガママを言って、戦闘に博士や整備班を同行させなかったため、部隊の情報が来ることはない。そもそも、もしあの時、部隊の誰かがいれば、私はリョウトを撃つ決心がつかなかっただろう。もしあの場で彼らの罵声と疑念が聞こえたら、リュウセイたちの前であるにも関わらず吐いて正気を失っていたかもしれない。いや、そもそも自責の念で撃つことすらできず、原作/ハッピーエンドへの道筋を消してしまったかもしれない。

 そうだ、私はリョウトを撃たなければいけなかった。リョウトの心意は今の部隊に、いやDCに完全に向いていた。その思いを裏切り、ハガネに走らせるにはどうすればいいか。邪険にする段階はもう通り過ぎ、突き放すには近寄りすぎた。スパイにするか、などと考えたが、そもそも何の目的でハガネに潜入させるかなど考えつかないし、リョウトの性格からそのような真似ができるとは考えられなかった。ならば、取れるのは一つ、非道な行為をし、その心を踏みにじる。例えば、守ろうとした存在が、突然裏切るとか。この考えが浮かんだ時、これしかないと思った。今でもそう思っている。幸い、リョウトは私たちに対し、守るという言葉を使っていた。利用するしかなかった。だからやった。これでリョウトは原作通りハガネに行ってくれるだろう。

 私にはこれしかごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

 落ち着け、私。別のことを書け、落ち着け。

 私のスパイ容疑というのは、私がウェーク島で無意識に口走ってしまった言葉が原因らしい。伊号400の調整を様子見していたシュウが、ファインマン兄弟達をおちょくる目的で閲覧した"ロン"のデータからその録音記録を聞いてしまい、ビアンの了承を得て出撃。更には後でわかったことだが、アードラーの研究内容にも引っかかるものがあり、情報流出があったと疑われてしまった。後者は言いがかりの可能性があるとして、前者で心当たりがあるのは、恐らくは"ネオ・グランゾン"のことだろう。尋問ではそのことを聞かれなかったが、シュウ・シラカワのことだ、恐らくは後で直接聞きにくるか、私をそのまま死刑台送りにするか、はたまた直接殺すか。

 幸いというか何というか、この独房は今、私以外住人がいない。いるとしても、扉の向こうの監視室ぐらいだろう。

 死んでしまおうか。いや、だめだ。先程手首を切ったが、首に仕掛けられた機器が連動したみたいに点灯し出した。恐らく、捕虜のバイタルチェックに使うものだろう。捕虜に対するものとしては正しいが、おかげで禄に自殺行為もできない。

 

 

【新西暦187年 1月TY日】

 

 今度はベッドの切れ端に日記を書く。前の紙は既に大便の際に一緒に流している。誰にも見られることはないだろう。この箇所も、書き終わったら処分しなければいけない。

 

 今日はアードラー主導の尋問もとい拷問(脳に電圧の高いパルスを送って自白させる装置を掛けられた)終了後、ドナ・ギャラガーとトニー、それにエメ・V・ユルゲンとマリー・V・ユルゲンが独房に訪れた。彼女たちが訪れた理由は、あの部隊のドッグ内が穏やかではなかったからだ。何でもこの数日、アードラー率いる研究者たちがドッグ内を家探しし、アードラーのいう漏れた情報を探しているらしいが、その実はウチで研究開発した成果を根こそぎ奪っているとのことだ。不幸中の幸いは伊号400やT-LINKシステムと言った実機は盗られていないことだが、それでも今までの努力を全て掠め取られている状況に、ファインマン兄弟もユルゲン博士たちも、そして今までの整備データまで持ってかれている整備班もお冠らしい。おまけに私というスパイ容疑の隊長がいたということで、物資の補給も滞っているというのだから、その苛立ちはかなりのものだ。かくいうギャラガー女史の成果もだが、こちらは民間出向という名目があって、機密情報はブロックできているということだ。

 4人は私に、あんなことをしたのは嘘だ、そうだとしても事情があったのかと、聞いてきた。そのあまりに必死な表情に、この疑問は、きっとあの部隊の皆が抱いているものだろうと思った。だから必要以上に荒れているのだとも考えられる。

 私は、耐えて、リュウセイたちへの返答と同じ内容を返した。子どもたちは走って帰ってしまい、エメさんを顔を曇らせ、ギャラガー女史には「鉄格子がなければ引っ叩いてやりたい」と言われてしまった。わかっていたことだが、辛いことだ。泣き出さなかっただけマシだ。彼女たちがいなくなった後、思いっきり泣きながら吐いたが。

 そういえば、いつもの日記は大丈夫だろうか。鍵付きの頑丈な箱に入れて隠してあるから、問題ないと思いたい。

 

 

【新西暦187年 1月Z日】

 

 昨夜、シュウが来た。私は私の運命に関わらず、今この場で死ぬと思った。聞かれた内容はやはり、”ネオ・グランゾン”のことだった。あの機能は現在開発中のため、ビアンにも教えていなかったらしい。それなのに知っているような素振りを見せる私に対してシュウが言ったのは「ヴォルクルスの使いか」というものだった。滑稽だった、あのシュウ・シラカワでも的外れのことを言うものだと、大笑いしてしまった。眉をひそめ、如何にも不快だと言う珍しい表情になったシュウに対して、絶対に違うと言った。もし私がヴォルクルスの使いや信徒だったら、もっと気楽に享楽的に生きていけたと、嗤って言ってやった。

 シュウの顔は、嫌悪や侮蔑が浮かぶと、その次には愚かしい愚者を見る憐れみが浮かんだ。そのことに、憐れまれたことに、ほっとした。私のようなクズには、そんな顔を向けられるのが合うのだ。前世持ちということで調子に乗り、原作知識などというものを生かせず、むしろ世界を破滅に導きかけたバカは、ゴミ同然なのだ。

 そのまま殺されるのだと思って目を閉じると、何も起きずに翌朝を迎えた。その日は拷問代わりにゲイムシステムの実験台となった。脳に熱したドライバーをねじ込まれる、それを脳の中で高熱で溶かし、口や鼻や目から垂れ流させる。そんな表現しかできない痛みで発狂しかけ、意識を何度も失った。この世界やゲーム知識のことを口走らなかったのは、本当にラッキーだった。ただ、何度も殺してくれと叫んだ気がする。正真正銘の本音だ。

 明日もまたあの装置を被せられるのだろうか。発狂死なら、私は死ねるだろうか。それはきっと幸せだ。

 けど、リョウトやみんなに一言でも謝りたい。ごめんなさ

 

 頭をぶつけて落ち着こう。便座に顔を突っ込んで落ち着こう。謝ってはだめだ。私は『テンザン・ナカジマ』だ。悪役だ、踏み台だ。謝ってはダメだ、そんなものは『テンザン』ではない。みんなに恨まれて死なないといけないんだ。

 

 

 

 

 

『ここ、は……』

『こんばんわ、リョウト』

『あ、こんばんわシェースチ……て、何で! それにここは?!』

『落ち着いて、ここは貴方の夢の中ですよ。現実の貴方はテンザンに落とされたショックで気絶中、ついでにハガネに回収されています』

『え、そ、そうなの……けど、ちょっと待って? ならここは何? 本当に夢?』

『ええ。ここは私たちが念動力の思念の中に作った夢の中の一室。サイコ・ネットワークのちょっとした応用です……本当なら日中にでも念話で話したかったけど、そっちには念動力者がいっぱいいるみたいだったから、彼らにも聞こえる恐れがあったの。だからセキュリティ性の高いこの方法を取らせていただきました』

『セキュリティ性が高い?』

『はい、普段の物だと活性状態の脳が勝手に受け取ってしまう可能性がありますから。今みたいに寝てる状態なら、こっそり繋げればバレないわ。それに見られても、夢だと思われるだけでしょうし』

『う〜ん、わかるような、わからないような』

『そんなことは今はいいのよ。それよりも私は今日、お願いがあってきたのですから』

『っそうだ、そうだよ! シェースチ、どうしてテンザンくんは僕を撃ったんだ、理解ができないよ?!』

『……今、それを貴方に言うわけにはいけない。ただ彼の頭の中では、あの時はそうせざるを得ない状況になってしまっていたのよ』

『そうせざるを得ない……僕が、テンザンくんたちの所に戻ろうとしたこと?』

『あら、察しが良い。さすがサイコドライバー候補……けど、今はそうじゃない人』

『サイコドライバー? それも、僕に関係していることなの?』

『ちょっとした付属要素で、本筋ではないわ。今必要なのは、貴方がハガネにいなければいけないこと……そのタイミングが、あの時だったということ』

『……その理由は、いつかテンザンくんに直接尋ねろってこと?』

『ええ、そうしてください。それで、私が今からするお願いは、保険だけど……もしかしたら、世界の破滅を救うための手にもなるわ』

『な、何それ?』

『リョウト、貴方にお願いするのは2つ。1つはこのまま連邦の、ううんハガネ・ヒリュウ部隊の仲間になって。例えビアン博士や私達と戦うことになっても、彼らを裏切らないで』

『何だよそれ?! 僕に君たちを裏切れってことじゃないか!』

『そうよ、それがテンザンが一番望んだことで、今の私たちにとってもベターなこと。そして2つ目は、いつかあるものを私たちに横流しして欲しいのです』

『……つまり、スパイってこと? そっちの方が本命じゃないの?』

『違うわ。テンザンは本当に、貴方にハガネ隊になって欲しいの。それが彼の知る世界のためのことだから。だからこれは、私の、ううん、私達の独断です』

『世界のため……』

『真実を知りたいなら、それが理由になります。ハガネに参加する時には、それを理由にでもしてください』

『……わかった』

『それと、私が言ったことは、本当に保険です。あの子が覚醒しなければ必要ない……けど必要になった時、"この銀河の人類は滅びるわ"』

『え? それって』

『貴方には、"ウラヌスシステム"の完全なるコピーを、最低でもそのデータを私たちに渡して欲しいの』

『う、ウラヌシステム? いやけどその前に、人が滅びるって……』

『これ以上はダメ。本来在り得なかった事象が、彼のおかげでかき混ぜられて、浮かび上がってしまった危機。強念者が意識する分、その可能性は強固になってしまうわ』

『わ、わかるように言ってくれ!?』

『あまりこのことを深く考えちゃ駄目。ただ貴方は、貴方の望むままに、戦って欲しいの。それが結果として、ハガネに所属することになり、私達を追うことになり、そして……』

『そして……なに、これ、光……?』

『貴方の目覚めが近いみたいですね。それじゃあリョウト、また今度。あ、この夢のことやサイコ・ネットワークのことは言っちゃだめですよ?』

『わ、わかっ――』

 


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