スパロボOG TENZAN物   作:PFDD

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瑞雲音頭を踊ったので初投稿です。
※他アニメ・ゲームタイトル有り、苦手な方は注意


理想を見たい人々

【新西暦187年 12月E日】

戦闘中に気絶し、更にまる2日眠り続けるという不覚を取ってしまった。全ては私自身の判断ミスだ、恥ずかしい。これも含め、反省点を書き出そう。

 1.判断ミス。これはサイバスターの力を見誤っていたことだ。具体的には、サイフラッシュの出力と影響範囲、そして発生速度。ヴァルシオンとも何とか戦えた経験から、慢心していたのだろう、猛省せねば。ヴァルシオンのメガグラヴトンウェーブ同様、インパクトランスで対抗できると最初は考えたが、あっちは錬金術、こっちはEOT由来、噛み合うことがないかもしれない。だからこそ別の手段として全力での後退とシールド防御をしたのだが、間に合わず、おまけにパワー不足でエネルギーフィールドを抜かれて脚部を失った。ただのリオンベース機にあれだけの重武装を施せば、出力不足になるのは自明だったのだ。いや、だから私の判断が悪い。ファミリアに足止めを食らったとはいえ、止めることもできたはずだ。そうすれば、あのナガモノも回収できたかもしれないのに。資材不足のウチの部隊としては、やはりアレは惜しかった。

 2.リュウセイとラトゥーニ。私の対応は、もしかしたら時期尚早だったかもしれない。ラトゥーニの出自については原作でもタイミングがズレていたはずだし、問題ないはずだが、それでもウェーク島よりは後だったはずだ。向こうが都合よく2人で攻めてきたからつい行ってしまった。悪い影響が出なければよいが、正直、不安だ。

 3.リョウト。まさかあのリョウトに助けられることになるとは思わなかった。今後のことを考えると心苦しい。しかし、リョウトをこのままここに残すのも、果たしていいことだろうか。このままリョウトがこの部隊に、引いてはDCにいた場合を書き出してみる。

 ①リオに会えない ②アーマリオンが完成しない ③インスペクター事件初期でのヒュッケバインMk.Ⅲ(又はエクスバイン)のパイロットがおらず、拿捕される恐れがある ④そもそもリョウトが制作に参加するAMパーツシリーズの完成が遅れ、インスペクター事件に間に合わなくなる恐れがある。

 簡単に書き出しただけでこれだ。やはりリョウトはあちらにいなければいけない人物だ。心を鬼にして、対処せねば。

 4.スェーミ。彼女が付いてきたことに気づかず、戦いに巻き込んでしまったことが一番の過ちだ。あんな啖呵を切ったのに、何て情けないのだろう私は。惨たらしく死んだほうがいい、いや殺して欲しい。違う、これではただの願望だ。彼女に、そしてシェースチやあ号たちのような、彼女を守ってきた人々に報いる形で死ななければ意味がない。

 

 今回は本当に恥しかない。人間失格は最低限の人間しか巻き込まなかったが、私は1部隊の長として、10人以上の人間を背負ってしまっている。いや、下手なことをすれば、全人類の命を無に帰してしまう恐れもあるのだ。そんなもの、背負えるはずがない。私はビアンのような覚者でも、リュウセイたちのようなヒーローでもない。ただのクズなのだ。

 何でこんなことになってしまったんだよ。

 

 

【新西暦187年 1月B日】

 相変わらずボロボロになってしまった"ロン"と、リョウトが火事場泥棒したリオンを修繕・改修しつつ、伊号400の発展について全員で話していると、ゼンガーとビアンが現れた。ビアンはこの部隊と、そしてシェースチたちの様子を見に。ゼンガーはビアンから聞き出した私/北米基地を単騎で襲撃したパイロットと手合わせをしたいと嘆願しにきた。何でも今度、宇宙でかつての部下たちと本格的に戦うことになり、死ぬかもしれない。ならばその前に憂いを断っておきたいとのことだ。

 私としては戦う理由がなく、部隊の皆からも、まだ機体が動かせる状態にないということで反対意見が上がったが、ビアンからの条件として、勝てば資材や部品を融通するというご褒美が提示された。それならばと、シミュレータではあるが戦うことになった。

 結果を言えば、私の完封勝ちだ。最初からゼンガー/グルンガスト零式単騎と戦うことが判っていれば、対処のしようはいくらでもある。これがあの時のような戦場ならばこうはいかないだろう。最後に槍を破壊されかけたが、逆に斬艦刀をへし折った上で首を切断し、ゼンガーの攻め手を全て奪う形で勝利判定となった。ゼンガーは理由は分からないが大笑いし、何故斬艦刀が捌かれたのか聞いてきた。私の感想としては、ゼンガーのはまだ動ける威圧感だったから、というものだ。これがもっと強力な、それこそ彼の師であるリシュウ・トウゴウのような剣客が放つものか、かつて私が『テンザン・ナカジマ』として殉じようと誓った際に出会った僧のように、"空"としか言いようがない感覚を持っていれば、私は為す術もなく斬られていただろう。勿論、先日のサイバスターみたいに、風のような乱舞なら、捌き切る前に身体/機体に先に限界が来てメッタ斬りにされもするだろうが。

 総評すると、踏み込みが足りない。そう言うと、ゼンガーにはまた笑われてしまった。私の未熟な感性では、一流パイロットである彼らを呆れで笑わせることしかできない。やはり私はダメな人間だ。

 私の感想が終わること、今度は腕試しとしてリョウトとゼンガーが戦うことになったが、予想通りリョウトは負けた。電光石火を避け、ブーストパンチを誘って懐に潜り込んだまではよかったが、オメガレーザーに焼かれて消し飛んでしまった。この時点のリョウトでは教導隊クラスの相手は厳しいのだろう。私のようにメタを張り切ればいけるだろう、と言ってみたが、真顔で否定された。何故だ、そこまで難しいことではないだろう。

 その後はビアン、ゼンガー、それに部隊の皆を交えて、少し早い時間からの宴会となった。年始のお祝いをちゃんとしていなかったので、それも兼ねて行いたいという、整備班長の言葉に従ったものだ。ゼンガーは明日出撃ということで控えたが、ビアンは無駄に飲んでいた。それでいいのかDC総帥。しかもこの機とばかりにユルゲンがODEシステムのことを語ったが、その欠点(システムを処理するのに大量の人間を生体コアにするという非人道性)をビアンに直接突かれ、崩れ落ちていた。おまけにそれを奥さんと娘さんに聞かれ、軽蔑もといドン引きされていた。ユルゲンはしばらく意気消沈したままだろう。

 そのまま酒の席で、ドッグに浮かぶ伊号400の話になった。ビアンはあれについて、平和な世であったら予定通り、モニュメントとして扱いたかったらしい。だからこそ戦闘が激化しても被害の及びにくい此処に保管していたとのことだ。悪いことをしてしまったか、と聞いてみたが、こうなったら役立てるのはしょうが無いと許してくれた。博士たちやシェースチたちを逃がすための足兼連邦への土産として使いたい私としては、そう言ってくれるのは大いに救われた。

 しかし改造案の話になると、現在目指しているキラーホエールの下位互換ではつまらない、とビアンが言ってきたのだ。しかも「何のためにヴァルシオンの予備ジェネレーターを裏から回したのだ」などと、伊号400に積んだジェネレーターについてとんでもないネタバラシもしてくる始末。ストラングウィックとアルウィックの顎が面白いぐらいに外れていた。私も似たようなものだったはずだ。

 だが、私も酒に呑まれていたのだろう。ビアンの言に対抗して「だったらヴァルシオンの予備パーツ全部と他のEOTも組み込んでイオナ作ろうぜ!」なんてバカなこと言ってしまったのだ。勿論、なんだそれは、と皆が疑問を浮かべた。悪酔いしていた私は、Dコンの中に入れている"蒼き鋼のアルペジオ"アニメ全話及び劇場版を会議用大型モニターに映し、そのまま流してしまったのだ(旧西暦かつあの大災害の中でもアニメが作られていたのは驚きだったが、これを見つけたときの当時の私は嬉しくてしかたなかった)。

 そして、あ号やシェースチたち、おまけにお酒が飲めないということで別の場所で遊んでいたスェーミ他子ども2人も巻き込んで、鑑賞会が始まってしまった。みんな娯楽に飢えていたのか食い入るように見ていて、最後の方には泣いている者もいた。その筆頭はビアンだった。おまけにシェースチは「こういうのがいいのね?」なんて念話で言ってくる始末だ。

 こうして日記として書き出すと、改めて酷い。普段の行いとは別の意味で死にたくなる。二日酔いと相まって、頭が痛くて仕方ない。

 けど、楽しかった。バカになるなんて、こんなにも気が楽になるんだ。

 

 最後はいつ訪れてくれるのだろう。

 夢から早く覚めたい。

 

 

 

 【新西暦187年 1月C日】

 ギャラガー女史がシェースチ用の多脚型車椅子を作ってくれた。主な材料は他の部署から押し付けられたジャンク品や部隊内での廃材だが、制御系にはユルゲン博士たちの研究項目となっているT-LINKシステムの再現・デッドコピー品を応用を使っている。T-LINKシステムで増幅した念動力で無数の脚を操作し、普通の車椅子よりも自由に行動できる代物らしい。これでノミみたいに跳ねて移動しなくてもよくなる。制作したギャラガー博士曰く、専門のブレイン・マシン・インターフェイス研究がこんな形で役立つとは思わなかった、とのことだ。制作には手の空いた整備班やリョウト、それにギャラガー女子の息子さんであるトニーと、ユルゲン博士の娘であるマリーも手伝ってくれたらしい。

 シェースチは何かを作っていることには気づいていたようだが、まさか自分の移動手段だとは思っても見なかったようで、触手をだらんとさせて驚いていた。T-LINKシステムの動作はリョウトから取ったものしかないため、今後は調整が必要だが、ひとまずシェースチが子どもたちやスェーミと遊びやすく、また動きやすいようにできてよかった。彼女からの小さな「ありがとう」という念話の声が、私たちの一番の報酬だ。

 やはり、いつかちゃんとした人間の身体に戻してあげなければ。いや、私がそれを手伝えなくとも、その切っ掛けになれれば嬉しい。

 

 

【新西暦187年 1月D日】

 部隊にバラバラになったヴァルシオンの予備パーツに色々な部品が入ったコンテナ、そして潜水艦の改修設計図・改造プランが届いた。まさか、あの時の世迷言を本気にされ、しかもたった数日で図面化されるとは思いもしなかった。これだから天才という奴は。しかもメモを見れば、ビアンとシュウ、そしてフィリオの共同制作のようだ。もしかしてビアン総帥はあの後、シュウとフィリオにもあれを見せたのだろうか。反りの合わない相手だが、シュウには同情を禁じ得ない。ドルオタ(とスレイからは聞いている)のフィリオには、お前も同類か、と呆れしか出ない。

 設計図に話を戻すと、その完成度は私達だけで考えていたものより、一見荒唐無稽なように見えて、その実はるかに高いものだった。ファインマン兄弟や改修プラン制作に参加していた整備員は悔しがり、ユルゲン博士などは感心していた。だがしかし、ビアンたち天才を持ってしても、その機能の全てを再現できたわけではないらしい。図面の裏には"課題"というメモ書きが並び、設計図上でも実現できなかったことが記載されていた。

 1.超重力砲(この図面では発射形式を変更されたクロスマッシャー)の発射口と展開方式を再現するため、一部に試作素材(マシンセル)を用いたが制御が難しいこと

 2.1人の特異な能力者による艦全体の制御

 3.クラインフィールドの特性(図面では歪曲フィールドで代用とされている)

 4.ナノマテリアル装甲(試作素材で多少は再現できるらしいが、それでも完全ではないらしい)

 正直、上記で挙げた箇所以外は問題なく再現できる方がすごい。おまけに実用面のオリジナル要素としてAMの格納庫・発着艦システムまで組み込んでいるのだ。出来過ぎにも程がある。というより、頭痛がする。しかも試作品とはいえ、マシンセルまで用いているというのだ。この島にアレがある以上、元となる素材には困らないだろうが、その素材を態々使わせるのはどうかと思う。今度トニーたちにせがまれていく天体観測でアイドネウス島の丘の上まで登るから、その時にビアンに文句を言おう。もちろん、忙しいはずの総帥があの別邸にいたらだが。

 ともかく、折角ここまで用意されたのだから、これを目標にやってみようということになった。幾ら旧西暦とは違い工業用機械が大部分をやってくれるようになったとは言え、2月末の決戦には間に合わないだろう。せめて動ける形になればいい、としか言いようがない。

 

 

 

 

 ジジ・ルーは人気の少ないバーのカウンターで一人酒を飲んでいた。ここ最近、正確には今の部隊に配属されてから、こうしてじっくり酒を飲む機会が少なくなってきていた為、久々のリフレッシュタイムとして地上まで来ていたのだ。

 だが、ロックのコニャックが喉を焼くたびに、物足りなさを感じてしまう。最近酒を飲むといったら部隊内でワイワイ騒ぎながらという体が多いからだろう。態々不人気な店を選んだというのに、気持ちがあまり落ち着かない。ふぅ、とグラスを一度置いて、呼吸を整える。それと同時に、店のドアが空き、ベルの音がチリンと鳴った。グラスを吹いている両手義手の店主がちらりとそちらを見るが、またすぐ元の作業に戻った。慣れた感じ、どうやら常連らしい。1個分空いた席に常連客が座ったところで、もう一度口元に酒を運ぼうとすると、不意に聞き知った声が聞こえた。

 

「あれ、もしかしてジジ?」

 

 声の元は、常連客の席。グラスを置きながらそちらを見ると、同僚であるドナ・ギャラガーが目をぱちくりとしていた。恐らくは自分も同じような顔をしているだろう。

 

「ドナ? どうしたのよ、天体観測だからってテンザンたちに着いてったんじゃないの?」

「私みたいなおばさんだと、あんな丘を登るなんて無理よ、パス。それにテンザンくんとリョウトくんならトニーたち預けてても問題ないしね」

 

 どうやら天体観測の途中で抜け出してきたらしい。研究職一筋の人間らしい返答だ。自分も体力面は笑えないな、と考えていると、ドナの前にマスターが琥珀色の酒の入ったグラスが置かれた。やはり、常連らしい対応だ。

 

「そういうジジはどうなの? たしかアレの調整で忙しいと思ってたんだけど?」

「スェーミとシェースチがテンザンたちに着いていったから、リンク時での調整が出来ない状態なのよ。ユルゲン博士も今はお休み中よ」

「ほーほー、そうなるとヴィルヘルムさんは奥さんといちゃついてるってことねー。そこのとこどうよ、愛人候補さんは?」

「やめなさい、アレは悪酔いだったのよ……」

 

 質の悪い酔い方をした時の記憶がよみがえり、カウンターにうっかり突っ伏しそうになる。それを調子に乗っているドナを睨むことで中和し、ごめんごめんと平謝りする彼女の口に免じて、許すこととした。そのことも忘れるように、もう一口。ドナも同じように酒を呷る。一口の量が多いのは、彼女がリラックスしているからだろう。

 

「……それにしても、まさかこんなことになるなんてね。ここに出向で来た時には思いもしなかったわ」

 

 朱を帯びはじめた頬を動かし、ドナが不意に語りだした。

 

「DC内のごたごたで辺鄙なとこに左遷され、どっかの誰かのせいで出世コースを外れたと思ったら、念動力やらBMIの発展やら、挙句の果てにはテレパシーを体験することになるなんて、思いもしなかったわ」

「そのことにはまったく同意ね。私だってプロジェクトが潰されてここにいるのだもの」

「ああ、ODEシステムね。種を知ると自業自得だと思うけど?」

 

 何気ない言葉にぐさりと来るものがある。シェースチたちが来てから見直しを図ってから薄々は気づいていたが、先日の宴会の席でぐうの音も出ない形でビアン総帥に論破されてしまった為、欠陥システムだと認めないわけにはいかないのだ。脱力しそうな腕を支えて、もう一口。

 

「煩いわね、同じようなシステムをアードラー副総裁がやってて妨害もされるから、焦って気づかなかったのよ」

「それは災難よね~。て、どんな話してたっけ?」

「ここにきてからよ」

「ああ、そうだったわね……うん、そうね。正直言っちゃうと、今じゃ出世とか研究より、あの子とちゃんと向き合いながら日々を過ごせることができて、私は幸せよ。前よりずっと充実した日々を送れているわ」

 

 ドナの顔は、酒の赤さだけでは言い表せない、憂いと幸福とが混ざったようなものがあった。小さな光、とでもいうべきだろうか。他人が妙に眩しく見えるような一瞬、それをドナから感じるのだ。

 今の独立部隊の女性陣として、ジジはドナともよく話し、ここに来るまでの息子・トニーとの関係は聞いていた。夫/父親の事は話したがらないが、いいものではなかったのだろう。ともかく、トニーについては殆ど育児放棄に等しい状態だったらしい。研究で家に帰ることも殆どなく、帰ってもすぐに疲れで就寝。仕事の合間に時々通話する程度で、息子がどんな思いを抱いていたか、まるで知らなかったとのこと。そんな2人がこの部隊に来て一緒に過ごし、話す機会も経て、どのような悶着があったかは、防音仕様の部屋の壁に阻まれてわからないが、ある日傷だらけで涙の跡が残る顔のまま部屋から出てきた母子を見て、多少は察することができていた。

 それからの2人は、本当にただの親子だ。誰かが普通だという、理想的な母と子。この前のシェースチの車椅子を作る時に、一緒に機械を弄り、自然と浮かべる双方の笑みが、何よりの証だろう。だからこそ、ジジはちょっとした妬みを皮肉な笑みに込めて、酒を掲げた。

 

「まったく、独身者には嫌味にしか聞こえないわよ?」

 

 勿論ドナは、余裕のある勝者として、グラスを掲げて応えた。

 

「あら、ならユルゲン博士をあきらめればいいじゃない? なんだったらストラングウィックくんたちの……ダメね、なんか残念そう」

「それ以上言ってたら奢ってもらうとこだったわよ」

「やーん、ジジの怒りんぼ~」

「一児の母がやーんなんて言わないの」

 

 チン、とグラスを軽くぶつける。ちょうどそこでグラスの中身がなくなった。もう一杯行くかな、と思っていると、ドナが人差し指を挙げた。

 

「マスター、私の素敵な同僚にも同じのをあげて」

 

 にっ、と口元を悪戯っ子みたいに歪めるドナに、やれやれとため息をつきながら、マスターが注ぎやすいようグラスを置いた。マスターが棚にあるボトルから、とくとくと新しい酒をグラスに注ぐ音が店内に響いた。

 

「……ねぇ、ジジ。本当にアレ、400に乗せるの?」

 

 酒が注ぎ終わるのと共に、ドナは唐突にそのようなことを聞いてきた。きっとそれが一番聞きたかったのだろうと思い至りながら、注がれた酒に口に含む。コニャックよりは弱いが、甘い。今のドナの感情、そしてジジの気持ちの変化を表しているようだ。

 

「ええ。そもそもアレは、あ号とシェースチが提案してきたものだもの。それを提案した彼らの気持ちだって、私は分かるわ。だからこそ私たちは今のODEシステムの発展と、T-LINKシステムへの理解を深めなければいけないのよ」

「けど、テンザンくんにはまだ言ってないんでしょ? きっとすごく怒るわよ?」

「そうね。きっと怒り狂うわね。けどそこは、ユルゲン博士とシェースチに説得してもらうわ。それにビアン総帥が流してくれたマシンセルの制御を考えると、絶対必要になる。そのことも含めて言えば、あの妙に聡いくせに心の弱いリーダーは折れるわよ」

 

 そう、今ユルゲン博士とジジが作ろうとしているものは、ODEシステムから派生したシステム、T-LINKシステムというオカルト一歩手前の領域の技術に触れたこと、そしてその力を行使する存在と共にいたことで考えついた、一つの完成形。決してODEシステムと呼ぶことのできないアレを、しかし今、ユルゲンも自分自身も、使命感を持って開発している。ODEシステムのような命を消耗品とするようなものにはしない、だがそれでも、命を物として扱いかねないアレは、口と態度では悪ぶり、しかし心根は人一番他者の命を尊重しようとするテンザンのやり方にはそぐわないとも理解している。だが完成すれば、力になる。あ号たちもまた、気後れなく、部隊の仲間だと言えるようになる。

 それを嫌々ながらも理解し納得するだろうテンザンの顔を思い浮かべ、顔を歪ませた。ドナは少し茶化すようにして、それを紛らわせようと声を出してくれた。

 

「悪い大人ねぇ、テンザンくんが可哀想だわ」

「貴女も同じ穴の狢でしょ」

 

 違いないわね。そういってドナがグラスを傾け、自分もまた酒を呷る。酒の熱が鼻まで昇ってきたのがわかる。横目で見ると、それはドナも同じようだった。

 

「……もうちょっと飲もうかしらね」

「付き合うわよ。ひとまずは、今度の説得の成功を願って」

「なら私は、この部隊の皆の無事を祈って」

 

 店内にもう一度、グラスの音が鳴った。

 

 

 

「ホッ。まったくこいつらは……いい気分で寝やがってよ。さっきまではしゃいでいた元気はどこにいったんだっての」

「ははっ、仕方ないよ。子どもなんだから」

「けど背中のこいつはお前より2、3歳年下なだけだぜ? そこのとこどうなんだ、お姉さんよ?」

『今のスェーミはその子達と同じか、それ未満の精神よ。無茶を言わないでください』

 

 満点の星空が広がるアイドネウス島。メテオ3クレーター海を囲うように広がる丘の上を、3つの影が歩いていた。1つはテンザン・ナカジマ、その背と腹にはユルゲン家の一人娘マリーと子どものような精神の少女スェーミを抱え、しかし一切重さを感じさせない足取りで先導している。2つ目の影は先日もらった多脚型車椅子の試運転という名目でついてきたシェースチ。地上に出るまでは人目につかないよう注意を払う必要があったが、よい気晴らしになったのだろう。念動力で機械の脚をガシャガシャ動かし、大きな石などを避けながら上機嫌に歩いている。おまけに触手と車椅子の脚の一本で折り畳んだ望遠鏡一式を担いでいるのだから、念動力者というのは差し引いても、その器用さには感嘆すべきものがある。最後はトニーを背負ったリョウトだ。空手をやっているとは言え同年代の平均的な肉体でしかないので、子ども1人背負うのが精一杯だった。もう少し鍛えようかな、と思いつつも、首のこりを解すため、上を見上げる。

 夜風が心地よく、ほどよい疲労感が眠気を誘う。そんな心に、ふと言葉が浮かぶ。自分はここにいてもいいのだろうか、と。DCと連邦軍は戦争をしている。宇宙人が攻めてこようとしていることも聞いている。それなのに、こんな穏やかな時間を、戦争を行っている一軍に所属しながら満喫していることに、後ろめたさのようなものがあった。考え過ぎなのだろうか、とも思い意識を現実に戻すと、テンザンとシェースチが、肉声と念話という違いはあれ、口論のようなものをしていた。

 

『だいたい、ただの天体観測なのに、どうして総帥の家になんて寄ったのですか? 貴方は総帥が苦手だったという認識がありますけど』

「それはそうだがよ……あんな不意打ちされて、黙ってるってのも嫌だったから、悪態の1つでも直接ぶつけてやりたかったんだよ。文句あっか?」

『それを言うために行って、しかも口車に乗せられて1本アニメを貸し出すことになるなんて……おまけにタイトルが"けものフレンズ"って……子どもっぽ過ぎます。スェーミやこの子たちと代わりません』

「ホッ、ありゃビアン総帥が小難しいこと言ってきた仕返しだっての。お前こそそんなナリの癖に沸点低いじゃねぇか? 実は元の身体の時、妹の方が大人っぽかったんじゃねぇか?」

『だ、誰が妹より胸のペッタンですか?!』

「……あー、すまない……俺は胸がある方がいいんだ、すまない……」

『何故貴方が謝る必要ありますか。しかも2回も。ムカつきます。念話で極大ノイズ送りますか?』

「さすがにそれは勘弁してくれよ」

 

 いつもと違って、眉間に寄せられた皺の顔で笑うテンザン。訓練や基地内、そして戦いの際には、例え笑っていようとその顔には険しいものが浮かんでいた。戦いをゲーム、相手機をスコアの的だと口にしながら、敵味方問わず誰かが墜ちると悲しそうに、しかしそれを無理くり笑みに変えようと、顔面中に力を込めている。先日のウェーク島の時には、それが顕著だった。リョウトは初めての戦争の中でも勇気を振り絞れたのは、きっとテンザンのそんな顔を知っているからだろう。例え彼が非道な行為をしていても、決定的なことはしないと、今までのことから信じられる。

 シェースチのこともそうだ。酷い目を受けたというのは、今の彼女の姿を見れば分かる。時々念話で、彼女のうめき声に似た泣き声が頭の中に流れてくることもある。そんな時は共に囚われていたというあ号たちがフォローし「聞かなかったことにしてくれ」と言ってくる。彼女の悪夢はまだ晴れていない。それでも今、こうして念話の調子で、楽しんでいる、ということが理解できる。自分はこの部隊の他の人達ほど付き合いはない。それでも、力になって上げたいという気持ちはある。

 そして、今は寝ている子どもたちとスェーミ。DCが異星人から、そして連邦軍の理念が守ろうとしているのは、きっとこういうものなのだ。それを今、理解し始めているからこそ、この戦いに無意味さを抱き始めている。みんな誰かの幸せを守るために立ち上がったのに、ちょっとの違いで武器を向け合う。間違っていると声を上げたいのは、自分が若いからだろうか。悩むが、答えは出ない。

 それでも、1つだけ決まっていることがある。

 

「テンザンくん」

 

 声をかけると、なんだよ、と言ってテンザンとシェースチが足を止めてこちらを見た。星の灯りと、星を映す地平線と、アイドネウス島の施設の光。人間の闇と、世界の光が混じった光景。

 決意を言うのは、ちょうど良い。

 

「僕は、キミを守る。シェースチたちを守る。子どもたちを守る。ストラングウィック博士たちを守る。あ号たちを守る。整備班のみんなを守る。この部隊を守る。僕は、今の部隊が好きだから、守るためになら戦える。だからもう、キミだけには戦わせない……僕も、戦うよ」

 

 夜風が吹いた。丘に生え茂る草木の揺れる音だけが、この場を支配していた。ぽかんとしていたテンザンの顔が、どうしてか、ぐわんと歪んだ。そうして、すぐにまた前を向いて、歩きだしてしまった。こっ恥ずかしいことを言ったのは自覚があるので、呆れているのだろうか、と考えたが、その疑問はすぐにテンザンの口から放たれた、予想もしなかった言葉にかき消された。

 

「……それは、ない」

「えっ?」

「リョウト。お前はきっと、世界を救う1人になる。その救ったものの中には、今の部隊の何人かはいるだろう。けれどそこには、俺はいない。恐らくは、ユルゲン博士もいない……それが、最善だ」

「な、何をいって……」

「そういうもんなんだよ」

 

 テンザンの足は止まらない。彼の足を止めようと思っても、根拠の分からない、しかし嫌に力強い言葉に、反論を紡ごうとする口が塞がれる。

 

「リョウト……俺はいつか、お前を撃つ。そしたらお前も、俺を撃て。これは絶対だ。いいな」

 

 テンザンが一度振り返った。その顔は、戦うときにも似た、あの険しい顔。悲哀を無理やり笑い顔にするような、見ていられなくなるような、ひどい顔。知らない人はただただ不細工で見れたものじゃないと言うだろう。不快だと口にするだろう。リョウトもまた、不快さが胸中に込み上がっていた。だがその不快さは、生理的な拒否反応ではない。テンザンの自己完結した物言いに対して、不気味さと怒りが湧いたからだ。だけれども、何を持ってテンザンがそう言っているのか、そんな顔をするか分からない。だからこそ、何も言えない、どうすればいいか分からない、と未熟なリョウトは考えてしまった。

 

「……そ、それでも、僕は……」

『リョウト』

 

 何とか声を絞り出そうとした瞬間、念話が届いた。いつの間にか足元に来ていたシェースチが、2つの目でリョウトを見上げていた。その体が横に振られる。荒げた声が出そうになるのを、伸びた触手が1本、リョウトを口を塞いで止めてしまった。

 

『子どもたちが起きてしまうから、もうだめよ』

「けど……」

『"いつか分かるわ、きっとそう遠くないうちよ"』

 

 そういってリョウトの口から触手を離し、シェースチも背を向けて歩きだしてしまった。2人が先に行ってしまう。なのにリョウトはしばらく呆然としたまま、足を止めてしまった。

 背中でトニーがグズり、リョウト、と眠たげな声で名前を呼んだ。そこでようやく正気に戻り、トニーに一言謝って、2人の後を追い始めた。

 その距離は短いのに、とても長く、遠くに感じた。

 




おかしい……リョウトが主人公ムーブをしている……主人公はリョウトだった……?(錯乱

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