スパロボOG TENZAN物   作:PFDD

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悪性隔絶魔境をさ迷っていたので初投稿です。


踏み台としての戦い 2

【新西暦186年 12月F日】

 

 状況が落ちついてきたので、日記を再開しよう。まずはここ数日にあったことを中心に。

 あの後、2人と3匹を私たちのドッグに生存に必要な特製シリンダーや溶液など、最小限の設備だけを移し、研究室は火炎放射器による熱消毒後、破壊された。不衛生による細菌感染の恐れがあったからだ。それは半分程度の理由で、もう半分は保安部から報告を聞いたアードラーが、ビアンに知られる前に証拠隠滅を図ったためだ。私がカッとなって殴り飛ばしてしまった研究者たちはアードラーが引き取ることになった、彼らがどうなるかは、すぐに考えつくが、想像しないほうがいいだろう。勿論あの男は、私達が保護したシェースチたちも引き渡す、いや殺すように言ってきた(アードラーは「処分」といっていた)。当然断った。折角あんな目にあっても拾うことができた命を誰が渡すものか。私が指示に従わぬことに腹を立てたのか、アードラーは直接報告を行う私に対して、傍にいた兵たちに撃つよう指示したが、逆に全員ノしてやった。アードラーの警備をしていた連中も、そこまで乗り気ではなかったのかあっさりやられてくれた。何人かは私が殴る直前に自分から倒れたフリをしていたのだから、よっぽどだったのだろう。

 アードラーが顔を真赤にした矢先に、騒ぎを聞きつけたビアンが現れた。アードラーが口出しする前に今回の件を報告し、彼らの殺害は保留/お流れにすることができた。ビアンも今回のことは初めて聞いたようで、普段よりも眉間に皺を寄せていた。それと、あの場所については研究内容とその成果から、箝口令が敷かれることとなった。私達や検分・爆破を行った保安部の兵士、そしてビアン、アードラー、ついでにシュウ・シラカワ以外に知らされることはないということだ。ただ、私の部隊で預かるよう進言(むしろゴリ推したというべきか)したので、最低限の状況は、部隊の面子に伝えて良いことになった。

 これでいいと、私は思う。あんな悍ましいものなど下手に知られる必要もない。それに、イルカたちやシェースチ/スェーミ姉妹のことも、公にその存在を出すわけにはいかないだろう。

 新たに加わった、人外3匹と虫モドキ1人、それにまだ心が病んだせいで言葉を話すことができない少女1人に、ドッグに集まってもらった他の部隊員たちは大層驚いていたが、あの場所であったことをグロテスクな部分は多少ボカしながら説明し、何とか納得してくれた。不注意で子どもたちも聞いていることに後から気づいたが、彼らはいち早くシェースチとスェーミを受け入れてくれて、例の念話にもすぐに馴染んでいた。不幸中の幸いか。いやもしかしたら、子どもの方が偏見など持ちにくいのかもしれない。特に、明らかに人の姿をしていないのに、人の言葉を介す存在とは。前世の記憶と確定した死に囚われている私より、よっぽどリアリストだ。

 ともかく、そのままの雰囲気で子どもたち以外にも受け入れられてくれて、正直ホッとした。子どもたちの存在がプラスに働いてくれたのだろう。人は例え言葉を交わそうと、ちょっとした見た目の違いから排斥を始める、だから反発も覚悟したがそれが殆どなくてよかった。いや、悪い深読みをすれば、同情以外に共感もあったかもしれない。流れに流れてこんな場所まできた自分たちと、周囲の都合で正気すら失くし使い捨てられようとしたシェースチたち。今はそれでもいいだろう。いつかもっと打ち解けてくれればと思う。

 新メンバーが入ったことで、私たちの目的と研究内容に、姉妹を元に戻す方法(シェースチは人間の身体/スェーミは心)を探すことが加わった。イルカたちはいつでも出られるらしいが、双子が心配なのでいてくれるらしい。

 それと、何人からか、いい加減この部隊の名前と、イルカたちの呼称を決めるよう進言があった。何でも、この部隊は他のDC兵からは"ゴミ箱部隊"と呼ばれているらしい。たしかに不良品を送られたり廃棄品同然の改造リオンが運ばれたり、人員にしても左遷であったり解散したプロジェクトの面子だったりと、およそ掃き溜めのような有様だ。センスがあるな、とつい言ってしまったが、あの小さい整備員からは叩かれてしまった。イルカたちの名前は、本人(本イルカ?)たちが名乗りたがらず、シェースチも教えてくれないので、こっちで呼び名を決めることとなった。

 まずすぐに決められるイルカたちの方は、一番若いオスを"ろ号"、唯一のメスを"い号"、年を取っているオスを"あ号"とした。シンプルで人っぽくないほうがいい、という彼らのオーダーに答えた形だ。あ号とい号は素直に受け入れてくれたが、ろ号はもっとかっこいいのがいいと駄々を捏ねてきた。どうやら若いイルカなので、人の世に染まるのも早かったらしい。とりあえず、命名における伝統のアレ(ゲロシャブかフーミン)を演って、黙らせておいた。

 そして部隊名だが、かなり荒れた。私としては何でもよかったし、上からは"第8独立部隊"という区分けももらっているので問題ないと認識してたが、他のメンバーにとってはそうではないらしい。注射器や工具が飛び交い、あの仲の良いファインマン兄弟ですらボクシングを繰り広げていた。ジジ・ルー女史も最初は我関せずと傍観していたが、ユルゲン博士が妻子と共にハッチャケているのと、ギャラガー親子が作った謎の白い液体をぶち撒けられ、一番キレるハメになった。

 結局部隊名、というよりチーム名は保留。ZEUTHだったりαナンバーズだったりロンド・ベルだったりと案は大量に出たが、どれもしっくりこないということで決まらなかった。

 DC崩壊前にはこの部隊も解散してるから別に決まらなくてもよいのだ。

 それまでには、私が死ぬために、ここの皆を元の場所に返せばよいのだから。

 

 

【新西暦186年 12月G日】

 驚くべきことに、リョウトがここに配属された。何でも、私がこちらに来た後は原作通りトーマスの部隊に配属されたらしいが、他の部隊員と歩調を合わせられなかったらしい。リョウトを直接連れてきたトーマス曰く、10回戦って10回とも負けたらしい。エースなのはいいが自分のやり方にはそぐわないし、道具にも使えそうにないとのことだ。今回の異動はその部隊からの要望と、この部隊の予備パイロット補充の件がかみ合い決定されたらしい。おまけにビアン、アードラー共に承認しているので撤回はできない。辞令は後から来るとだけ言って、トーマスは虫が悪そうに帰ってしまった。

 正直、リョウトにはお帰り願いたい。トーマスの部隊にいなければ、リョウトがハガネに拾われることになる作戦は立案される可能性は低いからだ。そもそもその場にリョウトがいなければ、ハガネとの関わりすらなくなってしまう。

 思わずチャットでアイツに愚痴、もとい相談すると「自分からその戦闘にリョウトと参加して、作戦を実行すればいい」と無責任に言ってくる始末。その手があったか、と聞いた最初は思わず手を叩きなくなったが、それには私がハガネ隊と戦うタイミングを調整しなければならなくなる。ついでにリョウトの分のリオン調達だ。シェースチたちの問題でも無理難題であるのに、締め切りギリギリかつ難度の高い仕事を突然割り振られた気分だ、腹が立つ。しかし逆に考えると、私がリョウトと明確な敵対関係を再構築するためには丁度よいのでは、とも思う。

 DCに来てからリョウトとも訓練していたが、妙に懐かれているような感じがあるのだ。『テンザン』節で罵声を浴びせながら演習やシミュレータで苛め抜いてやっただけなのに、だ。関わりすぎた自覚はあるが、好かれる要素はないはずだ。この部隊に来て顔を合わせた時も妙に嬉しそうかつホッとしたような表情をしていたのだから、その印象は間違いないだろう。不本意かつキビシイ状況だが、"アイツ"の考えに乗ることを検討しよう。

 リョウトについてだが、トーマスがいなくなった後、隠れていたシェースチを見て泡を吹いて倒れた。正しい反応だ。先日の子どもたちが例外だったのだろう。ただ、起きた後に彼女たちの事情を説明すると、オドオドしながらもシェースチやスェーミ、それとあ号たちに触り、まともに話すことができた。この当たり、リョウト自身の性格もあるが、さすが原作主人公組といいたい。まぁその時『キミも念動力者か』とろ号の奴がリョウトの才能をバラして、ユルゲンたちに目をつけられることになったのは、ご愁傷様としか言いようがない。

 ユルゲンたちの実験や、なし崩しに念動力の訓練をすることになった以外に、リョウトには予備パイロットとしての準備や、整備班の手伝い、それにファインマン兄弟の補佐を行ってもらうことにした。本人曰く機械いじりが好きとのことだから、問題はないはずだ、きっと。

 

 

【新西暦186年 12月R日】

 

 リョウトの加入もあって、予定より早く伊号400が最低限で動ける代物になった。キラーホエール級の不要パーツ・規格外品などを他のドッグや調達部から頭を下げて集め、何とかここまで漕ぎ着けることができた。エンジンには何故か調達できた特機用の代物を、駆動系にはテスラ・ドライブを盛り込み、完成形ではサイズはともかくキラー・ホエール級にも見劣りしないスペックとなるはずだ。これがあれば、アイドネウス島から撤退する時、皆の足になってくれるのだ。そうすれば、私も安心して死ぬことができる。アイドネウス島で死ぬこととなったら、彼らの安否が心配だったからだ。私が無事死んで、彼らだけになってもアイドネウス島から逃げられるし、これを手土産に連邦やテスラ研に保護してもらうことも選択肢に入る。勿論私はアイドネウス島での決戦前には、先に撤退しておくか連邦軍に投降するよう指示する予定だ。撤退するとしても、乱戦中なら逃げられる確率はぐっと上がるからだ。

 今日は試しに操舵することとなり、本部に一度連絡を入れ、部隊全員で乗ってアイドネウス島の沖合まで行ってみた。勿論皆潜水艦の操艦経験などないから出発から悪戦苦闘、てんやわんやな事態となったが、あ号たちが逐次操艦方法を検索・指示してくれたおかげで、何とか沖合にまで出て浮上することができた。既に夜になってしまっていたが、子どもたちやスェーミに満点の星空を見せることができたから、よしとしよう。ついでに簡単な酒盛りとなってちょっとしたらんちき騒ぎ(ユルゲンとファインマン兄弟、更には酒に呑まれたリョウトが素っ裸でchuchuトレインをしたり、整備班長が一升瓶の一気飲みをしたり、ルー女史が愛人宣言をしてユルゲン博士の奥さんとキャットファイトを繰り広げたり)となってしまい、たまたまグランゾンに乗って通りがかったシュウに呆れられてしまった。当然ながら私も、酒盛りを楽しめた。きっと気楽に楽しめるのは、これが最後になるだろう。

 帰りは驚くべきことにシェースチがほぼ1人でやってくれた。あの触手は中々便利だ。

 

 

【新西暦186年 12月U日】

 

 私に出撃命令が出た。作戦目的は、ウェーク島に近づくスペースノア級2番艦ハガネの迎撃・確保とのことだ。正直、あまり行きたくはない。たしかに原作通りの展開で喜ばしいことだが、場所があのウェーク島、私が初めて人殺しを行ってしまった場所だ。最近では吐くのは何とか耐えられるようになってきたが、思い出すのはキツイものがある。満足に戦えるかも不安だ。それに現実的な問題として、私の部隊の装備では拠点防衛には向かない。勿論そこはウェーク島の防衛装置に頼ればいいが、私が暴れたせいで7割程度しか機能が回復していないらしい。DCが欧米への攻勢に集中し、アイドネウス島への防衛ラインにはあまり注力しているのも原因だろう。

 とりあえず最低限の仕事、ハガネの航行に影響せず、かつサイバスターが介入するほどには攻めなければなるまい。そういう意味では、原作の『テンザン』が行ったような至近距離からの対艦ミサイル、又はMAPWというのは有効かと考えられる。一目で脅威とわかり、かつ手を間違えなければ迎撃できる。おまけに今回はあのサイバスターが現れるはずだ。サイフラッシュにこちらの有人機が巻き込まれないよう注意する必要があるが、それさえ凌げば後は逃げればいいだけだ。発令元のアードラーとて、敵味方識別機能を持ったMAPWがあると知れば納得するだろう。

 そうなると私が取るべき方法も決まってくる。まずは関門海峡攻略と同じように、ウェーク島についたら防衛部隊への説得だ。前回のようなヘマをしてはいけない。私のせいで命が消えるのはもう御免だ。それから、あ号たちやリョウトと何事かディベートをしている博士たちを引っ張って、吶喊で装備も作る必要がある。折角バレリオンのパーツがあるのだから有効活用しなければ。

 

 

【新西暦186年 12月DX日】

 

 ウェーク島に着き、先任のテンペスト少佐から指揮を引き継いだ。ハガネは明後日にはここに到達するらしい。今回は整備員6人とファインマン兄弟、それにリョウトが随伴だ。ユルゲン博士たちやギャラガー女史はあ号たちとのディベートでアイデアが浮かんだらしく、それを詰めたいとのことだ。よっぽど酷いものでなければ私としても問題ないので、そこは置いといた。

 だが来て早々に問題が発生した。ウェーク島は、テンペスト少佐が残したミッション・プランに従い、ハガネを迎撃するとのことだ。アードラーから私が基地防衛に対して余計な茶々を入れないよう指示され、そうしたらしい。あの鉄鼻、本当に余計なことしかしないな、クソが。おまけにミッション・プランは私には開示されず、作戦終了までは私の指揮権は存在しないと言われてしまった。「これでスタンドプレーもしやすくなっただろう」と、あの仏頂面のテンペスト少佐から皮肉を言われる始末だ。全くもって同意見だが、同時に最低最悪だ。

 更に悪いことに、部品の一部に紛れ込み、スェーミが付いてきてしまっていたのだ。彼女にこのような場を見せるのはまずい。待機中、そして機体の準備中は、何とか私が常に傍にいることで行動を抑制することができた。心が壊れ、幼児そのものの振る舞いをするスェーミは、基本何をするかわからない。子どもたちと一緒に待っててくれればよかったのに、憂鬱だ。

 不幸中の幸いだが、弾薬や推進剤の補充、それに格納庫のスペースは確保できた。故に突貫で組み上げていたナガモノを仕上げることにした。勿論、それを装備するリオンの改造もだ。今回は直前に送られてきた試作量産型インパクトランスを右肩に、前回の戦闘で有用だとわかったあの盾を左肩に1基取り付ける。腕部は前のリオンから回収、そして不良品バレリオンから分解しコンパチして何とかガーリオン系を再現。脚部は追加バーニアとミサイルポッド、ついでに射撃体勢安定用のスパイクアンカーを装備。最後に頭部は何とかもぎ取った試作品の長距離狙撃用システムが付いたタイプだ。本来この頭部は偵察機能を強化したリオンの拡張パーツとして作られたらしいが、ノーマルタイプにも互換性があったので、取り付けることができた。

 とりあえず目論見通りなら、これでハガネに対して嫌がらせはできるはずだ。嫌がらせに慣れる、嫌な響きだ。

 

 

 

 ハガネ部隊は予定通り、元連邦軍基地ウェーク島へと近づいていた。レーダーには予想通り、島を防衛するDCの兵器群が映っている。拠点防衛では教科書通りの布陣、ふむと副館長であるテツヤは思案するが、その前に艦長であるダイテツが口を開いた。

 

「PT及び戦闘機を発進させろ! ただしカイ少佐の隊は待機とする」

「やはり、伏兵が考えられますか」

「定石通りすぎる。想定外は考えとくべきだ」

「了解! 各機、発進せよ!」

 

 さて、どうくるか。テツヤがダイテツの指揮に従い、各部に指示を出しながらウェーク島の思惑を予測しようとした、その瞬間だった。眼前に広がる敵布陣の奥、ウェーク島基地の方角からきらりと何かが瞬いた。途端、クルーのエイタが悲鳴染みた報告を上げた。

 

「レーダーに感! 高出力弾頭接近!!」

「フィールド展開、凌げ!!」

 

 想定外の攻撃に咄嗟に判断を下し、指示の元、エネルギーフィールドがハガネを覆い、迫り来る弾頭に対し防御を張った。島から放たれた弾頭は、しかしフィールドに僅かに拮抗すると、布を裂くように破り、船体を掠って海中へと消えた。

 

「被害報告!!」

「第1艦橋、損傷軽微! 戦闘への支障ありませんっ」

「どこから撃たれた、ウェーク島かっ!?」

「サーチ……ウェーク島発着場に高エネルギー反応、映像出します!!」

 

 クルーの声と同時に、砲撃の下手人の映像がブリッジに映し出された。それは一言で言えば、AMのようなものだった。リオンベースであるのは辛うじて判るが、各部に大幅な改造、アタッチメントを加えられているので、ひと目ではそう判断つかない。データ照合から、かつて関門海峡に現れた機体と同一の可能性が高いと表示されたが、その時からカラーリング以外、かなり変貌を遂げていた。そしてあの砲撃は、右腕部でトリガーを保持した、巨大な砲だ。戦闘機がすっぽり入りそうな砲身に、リオン系のガンカメラがついた砲台。ジェネレーターがむき出しとなっており、機体後部へと排熱のための蒸気を撒き散らしている。そして砲身の延長線上には、可視化できるほどにエネルギーが集積された、碧色の砲身が拡張されている。

 

「砲台がデータより少ないという報告がありましたが、どうやらあれがその代わりのようですね」

「……いや、違うな」

「違う、とは?」

「あれが我々の想定を上回るために用意されたDCの新兵器なら、何故あの一基しかない? 南極で猛威を振るったグランゾンならばともかく、あれは数を揃えて運用する類の兵器だ」

「確かに……エイタ、同等の反応は?」

「いえ、見当たりません……新たに敵攻撃原潜出現、0時の方角! 続けて敵砲撃用AMの出力上昇を確認!」

 

 このタイミング、やはり狙われていたか。DCの策略にテツヤが歯噛みする中、ダイテツの目が見開かれ、電撃の如く指示が下された。

 

「カイ少佐の隊とハガネで原潜および接近する敵部隊に対処! 残る航空戦力でウェーク島の防衛戦力、及び敵不明AMを破壊せよ!」

 

 返答は、全機了解。テツヤもまた副長として恥じぬよう意識を切り替え、ダイテツ艦長の指示の下動き始めた。同時に、不明AMから2射目が放たれ、再度フィールドを展開し凌ぐ。再びフィールドを抜かれ、今度はCIWSの一つを潰された。精度を上げてきたか、とテツヤ心中零しながら、今はまだ、画面に映る黄色いAMを憎々しげに睨みあげるしかできなかった。

 その時、ブリッジにこの状況を打破する声/提案が、彼から上げられた。

 

 

 

「第三仮想チャンバー崩壊! 排熱効率5%ダウン!」

「アルウィック、T・ドットアレイの隆起を安定させろ! リョウト、ジェネレーターは?!」

「イエローからグリーンで安定してます! あと2射までならこのまま保たせられそうです!」

 

 リョウト・ヒカワは自分に与えられた機器から情報を読み取り、怒号の混じる専用管制室/格納庫に隅っこに作られた仮設テントで大声を上げた。よし、とこの場の主任に当たるストラングウィック・ファインマンが頷き、安っぽいマイクに対しツバをかける勢い言葉を投げた。

 

「聞いたかテンザン、後2射しか満足に使えん!! それまでにハガネのブースターの一つや二つぶっ壊せよっ!」

『ホッ、いい塩梅だっての。けどあと6射までやる、保たせろよ!』

「無茶を言うんじゃないこの小太り!」

 

 マイクの先、テントの隙間からも見える黄色い改造リオン/リオン"ロン"が、大仰に笑うように砲身を掲げた。それに伴い、バレリオンのビッグヘッドレールガン部分と機関部のみを取り出した砲台が紫電を纏い、エネルギーに充電に合わせ唸り声をあげる。"バレリオン・キャノン"とそのままのネーミングがされたカノン砲は、砲身部分に"ロン"とインパクトランスで培ったテスラ・ドライブ力場技術を応用した"エネルギー薬室"を精製する機能を取り付け、レールガンの弾頭をT・ドットアレイの膜で覆いながら一足飛びに加速させる磁力場を10個形成する。仮想チャンバーと呼ばれる磁力場を通った弾頭は、バレリオンが想定していたレールガンを大きく上回り、艦砲射撃と同等以上の威力と射程を誇ることになった。

 その代償に、レールガンでありながら反動が強く、1射ごとに標準のプラズマジェネレーターにダメージを与え、砲身の排熱効率も最悪という、欠陥兵器としか言いようがない代物となってしまった。突貫故に仕方ないのだ、とはストラングウィックの言であり、時間があればぁ、とリョウトも同意見を示していた。

 

『さーて、お次は下の方……ちっ』

 

 コクピット内に追加したスコープを覗いたテンザンから、舌打ちが漏れた。リョウトも管制室から流される情報をモニターし、眉をひそめる。端的に言えば、ハガネ隊による圧倒だ。状況が悪すぎる。空から攻めるリオン部隊とシュヴェールト隊はアーマーブレイカーやチャフグレネードを用いた錯乱戦法で善戦しているが、それでも飛行形態の特機の装甲を貫くことはできず、逆に守られていたメッサーに撃ち落とされ、退避しようとする機もまた、射撃戦の得意なシュッツバルトやミサイルランチャーをラックしたゲシュペンストに撃ち落とされていく。至近距離からの対艦ミサイルという手を取ったキラーホエールも、教導隊率いるゲシュペンスト部隊に為す術なく無力化されていた。

 

「……長くは保たないかもしれない」

「かもな……ここは僕と兄さんでやっとく、ヒカワはいつでも引き上げできる準備をしておいてくれ」

「っ、はい」

 

 モニター画面の表示を自分の所に引っ張ったアルウィックに首肯し、散乱したままの機器を片付けと立ち上がった瞬間、自分の腹をぐいと横に避けるような衝撃があり、たたらを踏んでしまった。

 

「うーあ……うぁ?」

「ちょ、ちょっとスェーミ、今は構ってられないよ」

 

 小脇から犬のように顔を突っ込んできた白髪の少女を、一度席を外して元の定位置、自分たち3人の後ろ側に置いたイスに座らせる。しかし元のモニターに向けて振り返った一瞬の隙きを突かれ、リョウトの座っていた椅子に割り込まれてしまった。童女のような幼さと大人びた淫靡さを同時に兼ね備え、常にそれを振りまく少女は、しかし今はただ、本当の子どものように、モニターの中、そこに映る機体とパイロットを見つめていた。

 

「ちょ、ちょっと……」

「うー……」

『リョウト、そのままにしておいてくれる? 今のその子、何を言っても動かないから』

「うわ、いきなり話しかけないでくださいよシェースチさん」

 

 脳内に響いた声/念話にたまらず驚きの声を上げてしまう。声の主は、今はアイドネウス島にいる、元人間だという虫の生き物だ。正直、リョウトには未だそれが信じられない。しかし彼女の理性的な態度、そして彼女がこうなってしまった原因の資料を見せられ、あまりの悍ましさに吐いて、現実のものとしては受け止めている。そして彼女が、今の姿形はともかく、理性的かつ知的で、妹思いな少女であるということも。

 

『あら、けど結構便利でしょ、これ? 内緒話をするにもちょうどいいのだけど』

「……僕はまだその、念動力者とかそういうのの実感は……」

「って、レーダーに感、ここまで気づかれなかった?!」

「くそ、あっちの管制室は何を見ている?!」

 

 念話でシェースチに愚痴りそうになった途端、ストラングウィックの声が遮った。慌ててモニターを見ると、5射目で敵艦のブリッジすれすれを掠めさせたリオン向かって、急接近する影が二つ。全体を見れば、防衛ラインが徐々に下がってきていた。同時に基地の防衛システムの射程圏内に入ったことで、ハガネ隊の進行速度が見る間に落ちていってるが、そういう分かりやすい挙動だからこそ、今現在テンザン機に向かって、海面スレスレの低空かつ高速で近づいてくる機影に気づかなかったのだろう。

 ストラングウィックがすぐにウェーク島指揮施設に怒鳴るのと同時に、地対空ミサイルの雨を潜り抜けて現れた2機目掛け、テンザンがバレリオン・キャノンを牽制として発射。当てる気がないそれは当然避けられ、お返しとばかりに戦闘機/メッサーの短距離ミサイルが飛んでくる。胸部マシンキャノンが迎撃として放たれ、バレリオン・キャノンに接続したケーブルと脚部アンカーをパージ。突然の本体と砲身の強制遮断のせいで、仮設管制室内にアラームが鳴り響き、それを納めるためにアルウィックがキーボードを鳴らしだす。リョウトも咄嗟にスェーミを椅子ごと小脇に退けて、エラーが吐き出されるバレリオン・キャノンの処理に加わった。

 

『ホッ、やっぱりテメェかリュウセイ!』

『それはこっちの台詞だ、テンザン!!』

 

 モニターの中では、白とオレンジの2色に彩られた可変PTが人型形態に変形し、変形の勢いのままコールドメタルナイフを装備し、テンザン機へ斬りかかっていた。それを当然の如く、左の盾で防ぎ、増設ブースターで加速した右脚の膝蹴りがカウンターとして入る。さすが、と内心感嘆しながら、強制冷却装置のエラーを収め、停止スイッチを押そうとした。

 

「待てヒカワ、まだそれは止めるな」

「え、は、はい?」

 

 アルウィックの制止に手を止める。どういう意味か、と問いかける前に、状況は更に動き、メッサーの牽制射撃がテンザンの動きを止め、一度大きく引かせていた。

 

『くっ……サンキュ、ラトゥーニ!』

『いえ……作戦を遂行します』

『ああ、こっちは任せろ』

「……女の子の声?」

 

 もしかして、あの戦闘機に乗っているのか。状況からそう判断し、疑問と恐ろしさにリョウトが苛まれようとした矢先、リュウセイとテンザンに言われていたパイロットのPTが再度突っ込んでくる。今度はナイフだけではなく、PTサイズの大型回転拳銃まで装備している。放たれる銃撃を、テンザンはレールガンで撃ち落としながら、インパクトランスのサブアームを起動し、引き抜く。量産型のランスは機体本体のジェネレーターから直接エネルギーを充填するのではなく、ガーリオンのバーストレールガンでも使われるバッテリーを6個、使い捨てカートリッジのように備える。その為鍔と呼ぶべき部分がカートリッジの装着・排出機構により肥大化・重量増加となったが、これにより未改造機のリオン系列機でも使える仕様となった。試作量産機でもジェネレーターと直結できるらしいが、よっぽどの状況でない限り、利用されることはないだろう。

 大型の刀剣でも鞘から引き抜くように取り出された槍に、カートリッジ1つ分をチャージ、排出。インパクトランスの刀身が展開し、力場が形成された。

 

『25%程度ってとこか。ま、リュウセイ程度ならこれで問題ねぇだろ!』

『っ、手加減してるってことか?!』

『そんなの当たり前だろぉ? それに本命は……』

 

 リボルバーとビームライフルの射撃をインパクトランスの一閃で吹き飛ばして、よろめくビルトラプターに加速、慌てて追撃を防ごうと両手をクロスさせるリュウセイ機を足蹴にし、テンザンは一足飛びに飛び上がり、1基ずつ迎撃装置を破壊しているメッサーへと、右腕とサブアームを振りかぶった。

 

『そっちでコソコソしてる人形だろうがっ!』

『なっ、ラトゥーニ!!』

『っ!』

 

 PTが茶々を入れてくる前にランスを投げ放つ。力場を帯びた槍は腕部に余計な負荷をかけたが、テンザンの狙い通りメッサーの右翼を破壊し、バランスを崩した。煙が巻き上がり始めた戦闘機目掛けてテンザン機が高速飛行、少女の機体が何とか落とそうとする投下爆弾をレールガンで確実に破壊し、機体を捕らえた。脱出を防ぐと同時にメッサーのコクピット部分から下を盾のエネルギーフィールド刃で切断、メッサーの首だけを引き抜くように右手で持ち上げ、フライヤー形態で追いかけてきたリュウセイに対し突きつけた。

 

「ちょ、テンザンくんっ?!」

「なんって器用な真似をっ」

「やはり、そうするか……」

 

 人質にするのか、と理解の及ばない行動を起こすテンザンに対し思わず声が出ると、ストラングウィックの口から、まるでこうなることを読んでいたと言いたげなため息が漏れた。どういうことですか、非難に満ちた目で自身の上司に当たる人物を睨もうとするが、モニターの向こうで口論が始まっていた。

 

『ラトゥーニ!? てめぇ、テンザンっ!』

『特機みたいな分かりやすい機体でこっちの目を母艦近辺に集中させつつ、飛行可能なPTと亜音速戦闘機での低空飛行による侵入。戦闘機に爆撃装備を施しPTでの近接支援ときた。狙いはよかったがよぉ、2機ってのは少なすぎだぜ? まぁ、そもそもこんな子どものナリした人形を頼ったのがそもそも間違いだがな』

『っ、何でラトゥーニを人形扱いしやがる?!』

『そんなの、こいつが"スクール"の奴だからだよ』

『?!』

『哀れなもんだよな、お前も。散々実験台にされ、そのままアードラーの奴に捨てられて……』

『実験台って……どういうことだ?!』

 

 テンザンの言葉、そしてリュウセイという青年パイロットの反応に、思わずスェーミの方を見る。人の言葉とは認識できない赤ん坊のような唸り声を上げる少女は、しかしテンザンの言葉の意味など意に介さぬように、ただPTの方を睨む付けるだけだ。

 

『そのまんまの意味だぜ? 俺も聞いただけだがよぉ、"スクール"ってのはDCのクソ外道代表のアードラーって奴が作った、人型戦闘CPU製作所みたいなもんらしいな。ま、簡単に言っちまえば人を兵器のパーツとして最適化するための実験場で、このガキはそこで散々実験台にされ、最後にポイされちまっただけってことさ。まっ、欠陥品だったんだろーなぁ? 』

『あ……あぁ、あ……』

『っ、てんめぇぇ!!』

『野郎、それ以上言うな! 言えばタダじゃすまさねぇぞ!!』

『おっと動くなよ?』

 

 別の場所で戦っているのだろうPTパイロットの罵声が飛び、ほぼ同時にリュウセイ機が一歩踏み出した所で、"ロン"のレールガンの銃口が抱えているキャノピー部分に当てられた。ぴたりと止まるリュウセイ、歯ぎしりが通信越しに聞こえてくる。リョウトもまた、何故こんな酷いことを言うのか、と義憤と疑問で頭がいっぱいになりそうだった。それでも手を止めないのは先日までの、いやDCに来てから見知ったテンザンと、口の悪さはともかく、所業がかけ離れているからだ。疑問の中には同時に、非道な実験の被害者である少女たちを匿っていることと矛盾していることも含まれている。おまけにここには、その当該者の1人がいるのに、だ。

 

『俺がこいつをこのままアードラーの代わりに処分してやってもいいけどよぉ、それじゃあ詰まらないよなぁ? 助けて欲しかったら、そうだな……リュウセイ、今この場でコックピットから出て、俺に土下座でもしてみろよ? そうしたら離してやってもいいぜ?』

『う、あぁああ……』

『……本当だな、テンザン』

『よせっ、リュウセイ! そいつの口車に乗るな!?』

『あんた、こっちから手が出せないからってっ……!』

 

 彼の仲間なのだろう、また別の男性パイロットと女性パイロットの声が響く。その一方で、リュウセイ機からの音声が一度途切れ、代わりにモニターの中で、敵PTの胸部が開放され、開かれたコックピットの中から、一人の青年が現れた。本当に出てきた、とアルウィックが声を上げるが、リョウトはストラングウィックにならって、何も言わず、それを見守ることした。

 だからこそ、今までにない速さでこの場に急速接近する反応に気づけなかった。

 

『よーし、よく見えるようにヘルメットを取りな』

『リュ、リュウセイ、やめ、やめて……』

 

 リュウセイと呼ばれた青年がヘルメットを取る。自分とそう変わらない年頃の青年、ゲーム雑誌やテレビで見たことのある人物だった。最後に見たのは、全国大会前、自身が DCに誘われる前の、テレビの向こう側でだ。その彼が今、連邦軍として自分たちの敵となり、テンザンの悪辣な言葉に従い、膝を折ろうとしていた。その顔には、悲壮さというものは感じられない。ただ、実戦には1,2度しか出ていない今のリョウトとは違い、数段と大人びて見えた。覚悟を決めている、という表現が適切だろう。リョウトはその顔を、食い入るように見つめていた。

 

『さて、なんていって土下座してもらおうかな〜』

『それはどっちだろうな、この外道野郎』

 

 アラーム、同時にモニターの中に、突風が形となったような白い巨像が現れ、テンザン機に襲いかかった。今更ながらアラームに気づくと同時に、"ロン"の盾が動き、叩きつけられた西洋剣と防ぎ、弾いた。その全体像が映ると、ファインマン兄弟の目が、驚愕に見開かれた。まるで存在しなかったものが、目の前に現れたかのように。

 

「あの機体は……まさか……?」

『ホッ乱入かぁ白いの?!』

『こいつっ……おい、あんた! 今の内だ!』

 

 PTよりも一回り大きな機体が、巨体に見合ったパワーでテンザン機を押し込もうとするが、しかしテンザンはキャノピー部分を抱えながらも、レールガンと盾、更にはブースターで加速する脚部を使い、時にはミサイルを放ち反撃しながら、いなし続ける。しかしそれは、彼らには好機。リュウセイが急いでコックピットに戻り、PTを再起動する。そして正面に跳ぶと、変形。切り結ぶ正体不明機の小脇、テンザン機の左半身を狙って突撃する。

 

「テンザン君っ、危なっ……」

 

 たまらず声を上げるが、もう遅い。

 

『その手を離せ、テンザンッ!!』

『うおっっ?!』

 

 直前で白い機体が避け、戦闘機形態のPTの先端が"ロン"の左腕にぶつかる。ぶつかった柔い左腕が拉げ、更に衝撃は殺しきれなかったのか、テンザン機が後退り、衝撃で少女の乗ったメッサーのキャノピーを手放した。間髪入れずリュウセイ機が変形し、地面にぶつかる前に少女の収まるキャノピーをキャッチすることに成功した。一応敵のはずなのに、思わず安堵の息が漏れてしまう。

 

『テンザン、人間を欠陥品と呼ぶような奴を、俺は絶対許さねぇ!!』

『っ、さっきまでああだったのに、随分と威勢いいじゃねぇか、リュウセイ! けどな……』

 

 右腕が空いたことで、地面に突き刺さったままだったインパクトランスが引き抜かれ、リュウセイ機へと突き出される。しかしそれを横合いから割り込んだ白い機体が防ぎ、鍔迫り合いへともつれ込む。

 

『よっしあんた、こっから離れな』

『けど、そいつは……』

『でかいのをぶちかますんだ、邪魔になる! それにその子を抱えてるんだろ、早くいけ!!』

『っ、すまねぇ!!』

 

 リュウセイ機が踵を返し、母艦の方へと離脱を始めた。テンザンはすぐさま追おうとするが、しかしそれを白い機体が巧みに剣を繰り妨げる。その機体の背から、2つの小さな影が飛び出した。テンザンはそれに反応し、乱入機を思いっきり蹴りつけると、その反動を利用してバックステップ、数瞬前までテンザン機があった場所を、白い機体を小さくしたような、ドローンのように見える機体が放った銃撃を通り抜ける。

 

『うそ、避けられたっ?!』

『けど距離は離したニャッ、マサキ!』

 

 ドローンからもまた人の声、それに反応し、白い機体が両腕を胸部の前でクロスさせ、構えを取る。白き雷光が両腕から機体全体に帯び始め、観測されるエネルギー値が跳ね上がる。まずい、と誰かが言った。何をされるかは分からない。それでも巻き起こされる衝撃が致命的であると、見守るリョウトの直感が告げていた。

 

「テンザン逃げろ。そいつは魔装機神だ!!」

『もう遅え! サイ・フラァァァァシュ!!!』

 

 ストラングウィックの悲鳴のような警告と、光が白い機体から溢れ出すのはほぼ同時だった。モニターが一瞬でホワイトアウトし、レーダーから味方を示すマーカーが消えていき、バレリオン・キャノンの信号も途絶えた。リョウトも光に目がやられないよう、たまらず腕を掲げて防ぐ。光が収まる頃には、あれだけ数のあった基地の防衛設備が根こそぎ消滅していた。

 

「全滅、そんな……」

「くっ、伝説の存在が、これほどの物とは……」

「アルウィック、ヒカワ、呆けるな! テンザンの反応はっ?!」

「は、はいっ!」

 

 正常な状態に戻った観測機を操り、すぐさま自分たちの部隊長を探し出す。反応は、すぐに見つかった。無事だったか、と思う一方、酷いとも、その状態を見て口に出した。両足がまず消し飛び、左肩のシールドも辛うじてエネルギーフィールドを発振しているが、もはやいつ爆発しても可笑しくない。機体全体もボロボロで、機器のショートによるスパークが全身から漏れ出している。ランスを杖代わりにしなければ、そのまま崩れ落ちてしまうかもしれない。パイロットのコンディションを示すパラメータも、イエローからレッドを行き来している。出血しているのか、と思い、本人から禁止されている映像通信を咄嗟に開いた。禁止の理由は分からないが、戦闘中の姿を見られるのを、テンザンは嫌っているからだ。

 案の定、テンザンのヘルメットは割れ、機器も破損し、砕けた機器の破片がスーツに食い込んでいた。意識は保っているのかと、バイタルデータから判る情報を信じ、声を掛けた。

 

「テンザン君、だいじょうぶ? 意識はあるっ?!」

「うーあ、あうー!」

『……あぁ、ここは、どこだ……わたしは、何で、ここに……』

 

 意識の混濁が起きている。顔を伏せているせいで表情は読み取れないが、それでも正気にはまだ戻っていないと察することができた。どうする、何ができる、と自問する。

 

「ヒカワ、その辺りにあるリオンを掻っ払ってテンザンを回収しろ!」

 

 その疑問の渦に、ストラングウィックの指示が飛び込んできた。

 

「リオンって……どこのですか?!」

「無論、この基地のだ! 何機かは小破中破で戻ってきているはずだ、それを盗って行って来い! どの道この基地はすぐに陥落する、我々も逃げるぞ!!」

「っ……はいっ!」

 

 リョウトの常識は、そのような行為を恥ずべきことだと考えたが、しかし状況と、信じられる人の危機と、今自分が出来ることが、その指示を肯定した。スェーミを頼みます、それだけ告げて、走り出す。テントから出ると、そこは修羅場と呼ぶべき場所だった。怒号と悲鳴が混じり合い、あちこちでリオンがかく座し、負傷兵が担ぎ込まれ、同時に倒れ込んでいる。これが戦場、これが戦争。リョウトはようやく、今自分が何に身を投じているか、自覚した。足が止まりそうになるのを、なけなしの勇気を奮い立たせ、強引に動かす。

 目ぼしい機体は、すぐに見つかった。右腕をやられているが、まだ動かせる。整備兵やパイロットがいないのを確認し、そのリオンへと大胆に乗り込んだ。散々演習やシミュレータで動かしたおかげで、機器類をどう動かせばいいか、すぐにわかる。破損状況も悪くない、いける。ジェネレーターを起こし、ハッチを閉める。しかしハッチが閉じようとした瞬間、小さな人が飛び込んできた。すわ元のパイロットにばれたか、と身を強ばらせたが、衝撃は軽い。その人物は、先程ストラングウィックたちに頼んだはずの少女だった。

 

「す、スェーミ!? なんで?」

「あー、うーっ!」

 

 リョウトをクッションに降りた少女は、すぐにコクピットシートに横に陣取ると、モニター前を指差した。見れば、リョウトの乗るリオンが起動し、浮遊したことに気づいたらしい。パイロットなどがこちらを指差し、怒声を上げている。

 

「すいません、どいてください!」

 

 スェーミのことは、一旦保留。動き出した状況を止めるわけにはいかない。リョウトは自身の中でそう結論づけ、リオンを操り、格納庫から飛び出した。ほんの僅かな間に、ストラングウィックの告げた通り、戦況はDCの敗北を決定付けていた。防衛装置が破棄されたことで敵母艦・ハガネが動き始め、虎の子だったキラーホエールは推進機関をやられ無力化。基地の部隊も殆ど落とされ、残る戦力は今飛び出したリョウトと、たった今、魔装機神と呼ばれた機体に剣を突きつけられたテンザンだけだ。

 

『おい、シュウの野郎を知ってるか?』

『シュウ……グランゾンの……?』

『知ってるのか?! なら奴は今、どこにいる!?』

『あいつなら、きっと……ネオ……違う、それはもっと……ああそうか、まだアイドネウス島に……』

『ネオ……? ともかく、アイドネウス島にいるんだな?!』

 

 通信機をチャネリングし、"ロン"とストラングウィックたちの通信機に波長を合わせる。聞こえてきた音声は、テンザンと魔装機神のものだろう。まだ意識が戻りきっていない、奥歯を噛み締め、覚悟を決める。

 

「スェーミ、しっかり掴まってて!!」

「う」

 

 肯定の意と共に、少女がシートの後ろに隠れ、両手を回して身体を固定した。それを確認し、機体を加速させる。狙いは、魔装機神の横っ腹。

 

「テンザン君から、離れろぉぉ!!」

「うあー!」

『何っ?! くっ』

 

 タックルは、成功。モロに食らった魔装機神が吹っ飛び、その間に大破寸前の"ロン"と接触、その肩を持つ。

 

『リョウ、ト……なんで……お前は、あっち側……』

「気をしっかり持って! 助けに来たんだ、早くここから……くつ!」

「あぅっ」

 

 機体に衝撃、どちらに落ちる感覚。モニターを見れば、脚部にレッドダメージ。狙撃された、と海側を見れば、青い機体がビームライフルを持って、こちらに狙いをつけていた。恐らくは、先程の可変機から借り受けたものだろう。リオンが地面に倒れ、スェーミの悲鳴がコクピット内に響く。レーダーを見れば、後残っているのは、自分たちだけ。

 

『ヒカワ、こっちは撤退用のキラーホエールに……無事かっ?!』

「……すいません、アルウィック博士。動けそうに、ないです……」

 

 撤退準備の整ったアルウィックから届く通信に、震える声で返す。機体各部からエラー、操縦桿やキーボードを叩いても、鈍い動きしか返ってこない。。元々損傷が理由で基地に戻ってきていたのだ、直撃を受ければ、こうなることも想像に難くない。モニターを見れば、2射目が自分たちを狙っているのがわかる。悔しさで視界が滲む。勇んで戦場に出たのに、友を助けるどころか、的が一つ増えただけの始末。おまけに無垢な少女を巻き込んでしまった。これでは何の意味もない。くそう、と無力さに声が溢れ出す。

 死が放たれる。ごめんと、動かない身体の中で謝罪し、その時を待った。

 

『インパクトランス、オーバーチャージ』

 

 しかし、静かに告げられた宣言が、その震えと、迫り来る死をかき消した。閉じていた目を恐る恐る開き、食い入るようにモニターを見るスェーミに習い、リョウトもそれを見た。

 光の柱だ。機構を全て展開して放電する盾の機能で宙に浮かび、サブアームと右腕だけで支えたインパクトランスは、いつかのヴァルシオンとの戦いのように、いやその時以上に、強く高く、極光を放っていた。それこそ、天にも突き立つように。

 

『何だ、あれは……』

『データ照合……北米基地からリンクされた情報に照合あり! けどその時よりも観測されるデータが……』

『……全機、回避ぃっ! くるぞ!!』

『面舵一杯、避けろ!!』

 

 連邦軍の部隊が浮足立つ。ああ、そうだ。自分はこの光を見ていたから、ここに来たのだ。

 

『リョウト、テンザンがアレを撃ち出すのと同時に飛びなさい』

『……シェースチ?!』

『いいから、それしか逃げるチャンスがありません!! 私がガイドするから、間に合わせて!』

 

 脳内に響く、今まで沈黙を保っていたシェースチの檄した念話に頷く。理解は遅れたが、確かにそこしかない。リオンの起動を正常にするため、今一度機器を見、エラーの根本となる場所を探り当てる。その間にも、テンザンの機体が浮かび、槍の光が振動と鳴って基地全体を揺らしだす。間に合え、と願いながら、最後のスイッチを押下。コクピット内に響いていたビープ音が、一気に消えた。

 

『ロンゴォ、ミニアド!!』

 

 瞬間、突き出され、放たれる光の柱。左右に避けるハガネ隊を真っ二つに裂くように放たれたそれは、地平線の彼方まで伸び、衝撃が海を割った。嵐となったエネルギーは敵機を散らし、通信すらノイズまみれにする。それでも今、リョウトには念話に声が聴こえる。シェースチの声に従い、リオンを飛び立たせた。機体のカメラの向こう、光を放つテンザン機は、自らが放つ槍の力を抑えきれず、関節から次々と小爆発を起こし、今にも崩壊しそうだ。しかし槍の極光も徐々に収まっていき、ついには消え失せた。それと共に槍本体が砕け、崩壊した。力尽きたようにテンザン機も堕ちようとするが、左腕とテスラ・ドライブの力で受け止めることができた。

 すぐに通信を開く。開かれた映像の先では、殆ど真っ暗なコックピット中で、血だらけのテンザンが、胡乱な目をリョウトたちに向けていた。

 

『ぅ……リョウ、トか……?』

「ああ、そうだよ、無茶してくれてッ! すぐに逃げるよ!」

『わかっ、た……その、前に……』

 

 テンザンが歯を食いしばりながら、何かを操作する。その目的は、すぐにわかった。

 

『テンザン・ナカジマ特務大尉より、ウェーク島防衛部隊に告ぐ……戦線は崩壊して、指揮権は俺に、移った……全員、撤退しろ……出来ないやつは、降伏しろ……いのちを、無駄にするな……』

 

 最後の言葉が掠れ、終わると同時に、テンザンの意識がなくなった。気絶したのだろう。

 馬鹿野郎、心中で罵る。どうして最初からそう言ってくれないのだ。早くに皆で尻尾を巻いて逃げると宣言しなかったのだ。理由は分かっている、そうできなかった立場とも理解している。それでも、とリョウトは泣きそうになる自分を戒めながら、ひたすら思い続ける。

 流れてくる通信から、基地内で撤退が始まったことがわかった。ハガネ隊は先程の衝撃からまだ復帰していない、今なら十分、間に合うだろう。リョウトたちもまた、沖合でストラングウィックたちと合流するために飛び続けた。

 今度はもう、こんな思いをしない。弱虫の自分から、一歩でいい、決別しよう。その決意を、静かに胸に抱きながら。

 

「……てんざん」

 

 傍で聞こえた少女の泣きそうな呼び声が、リョウトの決意を、より強くさせたのだった。

 

 

 

 




どうしてこうなった(リョウトの配属
どうしてこうなった(インパクトランス
どうしてこうなった(ヒロイン妹の扱い

……ノリと勢いでやった結果がこれだよ!

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