「ターンアンデット」
アクアさんの浄化魔法でドラゴンゾンビが声にならない悲鳴を上げながら浄化されていった。対アンデット相手なら本当に頼りになるなと思いながら、僕は満開を解除した。
今回の散華はどうやら左目の視力を失うだけみたいだった。
「海くん、大丈夫?」
「あぁ、散華もしばらくしたら戻るし大丈夫だ」
僕は左目を抑えながらそう言うけど、友奈は心配そうに僕のことを見つめていた。僕はそっと友奈の頭をなでた。
「そんな顔するなって」
「そう……だけど……」
「おい、そこの二人いちゃついてないで、今すぐここから逃げるぞ。さっきの戦闘で周辺のモンスターが接近してきやがった」
カズマさんの言葉を聞き、僕らは急いでその場から立ち去るのであった。
一旦落ち着ける所まで移動している内に、王都と砦の中継地点である宿泊施設にたどり着いた。その施設の前の看板には『温泉』という文字が刻まれている。温泉か……前にみんなでアルカンレティアに行ったことを思い出すな……
「そういえば海は友奈さんと一緒に入ったんだっけ?」
「そうなの!?」
「二人は本当にラブラブなんだね。いつでもウェディング迎えそうだね」
銀が思い出したかのように言い、水都さんは顔を赤らめ、歌野さんは笑顔でそう言っていた。いや、確かに一緒にオフロに入ったけど……
「あれ?でもこの温泉、混浴みたいですよ」
「本当だ~それじゃ皆で入る~?」
「めぐみん師匠、背中洗ってあげますね」
「先生、そのお風呂の後にマッサージでも?」
皆が温泉を楽しみにしている中、ちょっと聞き捨てならないことを言っていたぞ。須美の奴……混浴ということは……少しはいる時間を考えないとな。
「とりあえず僕とカズマさんは時間ずらして入ろうか。それと一応めぐみんに言っておくけど、アルカンレティアの時みたいなことはしないでね」
「待ってください。アレにはカズマも関わっています。私だけ注意しないでください」
めぐみんの抗議を聞き流しながら、僕らは宿に入るのであった。
夜遅くに来たこともあり、脱衣所には僕とカズマさんの二人しかいなかった。お風呂の順番はみんなと話し合った結果、僕らが最後に入ることになった。その際、友海には「パパとママと一緒に入りたい」と言い出した。僕は何とか説得したし、しぶしぶ友海は納得すのであった。
「所でカズマさん、さっきめぐみんとダクネスさんと何を話してたの?」
「ん?あいつら一緒にお風呂に入らないかって言い出してな。全く誂いやがって……」
あの二人がそんなことを言い出すのは珍しいな。というより二人はカズマさんに好意を寄せているからこそ、そんなことを言ったのかな?
「そういえば満開の後遺症は大丈夫なのか?」
「目が見えなくなるだけだからね。一応戦闘には影響はないかな?ただ後遺症でも結構キツイものがあったりするけどね」
「キツイもの?」
「両目が見えなくなったり、耳が聞こえなくなったり、腕や足が動かなくなったり……勇者システム上では後遺症があっても戦えるようにはしてあるけど………」
「あんまり無茶するなよ。ユウナの奴が本気で心配するからな」
「わかってるよ。ここ最近は満開を使わず、切り札を使って戦ってるし……ただ……」
「ただ?」
僕らが今から向かう先にいる魔王軍幹部、邪神ウォルバク。やつに対してはもしかしたら満開を使わないといけないかもしれない。邪神とは言え神だ。いざ戦うとなるとこれまで以上の激しい戦いになるかもしれない。その時は………
「まぁ、お前が満開使わなくっても、砦にはチート能力を持った冒険者がたくさんいるんだ。きっと大丈夫だろ」
「そうだね」
僕らがそんな事を話していると、突然お風呂の方から鼻歌が聞こえていた。明らかに女の人の声だ。こういう時はどうすれば……
「ウミ、きっとダクネスかめぐみんが俺たちを誂うために先に入って待ってるんだ。だったら俺だってもう容赦なく……」
「そういうときって、僕は一体どうすればいいんだよ」
「よし、行くぞ」
僕の意見を無視し、脱衣所の扉を開けるとそこにはめぐみんもダクネスさんもいなかった。もちろん友奈たちもおらず、オフロに入ってるのは見知らぬ赤髪のお姉さんだった。
「あら、貴方は確かアルカンレティアで会った………」
「お前を殺す!!」
「「!?」」
物凄く期待に胸を膨らませていたのか、お姉さんを見た瞬間、とんでもないことを言い放つカズマさんだった。
「いやぁ、いい温泉ですね。と言うかそんなに怖がらないでくださいよ。折角覚悟を決めたのに、ちょっと期待はずれだったというか、仲間が入ってくるもんだと勘違いしてただけですから」
「そ、そう?ていうか、初対面に近い相手にいきなり殺害宣言されたら、怖がるのも仕方がないと思うの」
さっきのカズマさんの目、かなり本気というか殺気立っていたし、このお姉さんが怖がるのも無理もない。というかカズマさんはよく目の前にきれいなお姉さんがバスタオル姿でいると言うのに、堂々としていられるな。僕なんか見ないように後ろを向いているというのに……
「そっちの彼みたいに少しは気を使えないのかしら?」
「こいつは自分の彼女以外の裸に興味が無いんですよ。よく利用するお店でも彼女のそういったものしか頼まないし……」
「それは………というか思春期の男としてはこれが普通だよ!!」
「ふふ、あなた達は面白い子達ね。だけどここらへんは怖いモンスターが多いわよ。そっちの彼は何だか強そうに見えるけど、貴方はあまり強そうに見えないわよ」
お姉さんは純粋にカズマさんのことを心配していた。それにしてもカズマさんはこのお姉さんと以前会ったことがあるみたいだけど、一体何処であったんだろう?
「大丈夫ですよ。確かに俺は弱いですけど、頼りになる紅魔族がいますし、それにこいつも今巷で噂になっている勇者ですから」
「勇者………貴方がそうなのね」
お姉さんが興味深そうに呟いていた。というか噂になるほどの活躍なんて僕はしたかな?
「勇者の職業があるという話は聞いたことがあったけど、もしかして貴方がアクセルの街に現れたバーテックスを退け、更には魔王軍が操るバーテックスを倒したという勇者だったりするのかしら?」
「何だお姉さん知ってるじゃないですか」
「えぇ、有名だからね」
有名だなんて言われてちょっとうれしい。あれ?今このお姉さん、何だか気になることを……
「あの、お姉さん。さっき……」
「そういえばお姉さんはどうしてここに?」
僕が質問しようとしたら、カズマさんが遮った。でも確かに女性の一人旅って危険なんじゃないのかな?
「私は……そうね。日々頑張っている自分へのご褒美として、大好きな温泉をってところかしら?後は簡単に見つからないと思ってるけど、自分のパートナーを探しているのよ。まぁ半分は諦めかけているけど………」
パートナーって恋人探しみたいなものか?
「なんて言えばいいのかわからないけど、そのパートナーは黒猫でね。ちょっと暴れん坊で封印されていたんだけど、ちょっと様子を見に行ったら誰かに封印は解かれていてその子は誰かに連れさらわれていたわ」
封印されていた黒猫って、何だか聞き覚えがある話だな。それもかなり最近に聞いた話だ。
「あなた達、出会ったことないかしら?物凄く凶暴で、怠惰な人に懐くと黒猫を?」
怠惰な人に懐いているとしたらちょむすけのことだろうけど、ちょむすけは特に凶暴という気はしない。何せ、ゼル帝に追いかけられて逃げ回るくらいだし。
僕らは首を横に振るとお姉さんが立ち上がる音が聞こえた。
「そう簡単に会えるわけ無いわね。話し相手になってくれてありがとう。ここであったのも縁ね。また会うときも温泉で会えたら良いわね………貴方もそう思うでしょ。勇者くん」
お姉さんはそう言い残して、お風呂場から出ていくのであった。それにしてもあのお姉さん……
「ねぇ、カズマさん。あのお姉さんと前に会った時があるって、一体何処で?」
「ん?アルカンレティアの混浴で……」
「カズマさん、そんな所で出会っていたんだ」
「あぁ、ただ……何というかその時にあのお姉さん、ハンスと話してたんだよ」
ハンスって、魔王軍幹部のハンスと!?あのお姉さん、まさかと思うけど……
「だけどあの人は、温泉が危ないって一番最初に教えてくれたんだよ。だから悪い人ではないことは確かだ」
カズマさんの言うとおりだ。魔王軍幹部だったらわざわざ自分の仲間の作戦を教えたりしないだろう。まぁ例外としてはうっかり情報を喋った魔王軍幹部が一人いるけど……
「僕もあのお姉さんと話していて、ちょっと気になったんだけど………あの人、バーテックスのことをバーテックスって呼んでた」
「いや、元々バーテックスって名前だろ。普通じゃないのか?」
「今まで出会った魔王軍幹部はバーテックスの名称をハッキリ言わなかった。造反神や生物兵器としか呼んでなかったのに、あの人はハッキリとバーテックスと呼んでいたことがちょっと気になっていて……まさかと思うけど……」
あの人はバーテックスのことを知っていたというのか?それだとしたら……
「いや、まさかね」
たまたま知っていただけかもしれないな。僕はそう思い込むのであった。