期末テストは予定通りの学年一位だ。英語でミスったが、仕方が無い。元々苦手な教科だ。前世では赤点を取るぐらいだった。今に比べたら五十点取ったらとても嬉しいくらいだ。
今日は生徒会の仕事があった為、放課後、残っていた。
「よし、これを明日会長に渡せばいっか」
戸締りをし、鍵を職委員室へ戻した後だった。上の階から音が聞こえた。気になって音が聞こえる場所まで来てしまった。
静かに歩き、そっと部屋の中を覗くと、水色の髪の少年が楽器を吹いていた。見た所一人のようだ。覗くだけのはずが教室の中まで入ってしまい、振り返られた。
「もしかして、浅野学さん?」
「私の事、知っているんだね。潮田渚君」
「どうして僕の名前を……」
「全校生徒の名前は一応把握しているんだ」
嘘だ。 ほとんどの生徒の名前は知らないし、興味が無い。潮田渚はこの物語のメインキャラクターであり、この子中心に話は進められていく。
彼が手に持っていたのは、トロボーンだった。そういえば、渚君はE組に入る前までは吹奏楽部だったっけ。最近、記憶がはっきりとしなくなってきた。
「君、一人でやってたの?」
「ま、まぁね。僕さ、勉強も部活も全く駄目でさ……浅野さんが羨ましいよ」
「そう?私は潮田君の方が羨ましいよ」
「えっ?」
本当に羨ましい。私は子供の頃から部屋に籠って勉強だのドリルだのして、ゲームをやる事も友達を作る事も許されなかったのだから。
「君が良いならだけどさ、勉強教えようか?」
「良いの!?」
「うん。週一ぐらいになりそうだけど」
「むしろこっちからお願いしたいくらいだよ!お願いします!」
深く頭を下げた渚君に失礼だったが、笑ってしまった。
私は、鞄から携帯を取り出す。画面の真ん中に表示された時計を見ると、まだ五時だった。門限は七時だ。下校までは後三十分ある。
「勉強もそうだけど、トロボーンの吹き方教えようか」
「浅野さん、トロボーン吹けるの?」
「だいたいの楽器は」
それから下校までの三十分、私はできる限りの事を教えた。
五分前には戸締りをし、校門を出た。
「今日はありがとう!とても助かったよ」
「お礼を言われるような事はしてないよ。でも、あの短時間であそこまで吹けるようになるのは凄いよ」
「そうかな……」
実際、結構吹けていた。彼は家庭の事もあって苦しい思いをしているのかもしれない。そんな状況もあり、勉強も満足できていないんじゃないかと私は思っている。
「浅野さんって、噂とかで聞いているよりもとても良い人だなって思ったよ。ほら、A組の人達はE組の事とか……」
渚君の言う事はとても分かる。A組は学年の中でかなりの学力を持つ者達の集団だ。E組に対する差別はA組が言った事に乗っかってやることが多い。
「私はさ、あのシステムが嫌いだ」
「でも、浅野さんって理事長の……」
「確かにそうだ。でも、私はあの人が嫌いだし、あの人のやり方も気に入らない。だから壊す。あの人の教育法を……その為にはA組としてトップに立ってE組の壁にならなきゃいけないんだ」
「E組の壁に?」
「父の教育法は、弱者が強者に勝つ事で壊れるものだ。私はその為にも強者のフリをしないといけないから……」
竹林君に話した時と同じようにまた決意を固める。そうでもしないと私の心はすぐに折れてしまいそうな気がするからだ。
クラスメイトや先生からは勉強も運動もできる奴だと思われている。でも、そんな私の心がもろいんだ。あんな家庭にいたら強くなれるような気もするが、全くの逆だ。自分の気持ちが出せなくて、自分を追い込んでしまう。毎日色んな事にビビっているんだ。
「ごめんね。真剣に話しこんじゃって……この事は内緒で」
「う、うん。とりあえず、電話番号交換しよっか」
電話の番号を交換し、渚君を登録した。
「私の名前を登録する時、下の名前にしてくれるかな?正直言うと、“浅野”って好きじゃないんだ」
浅野って聞くだけであの浅野理事長の娘かと言われるのは散々だ。
「じゃあ、僕も。潮田は母の性でさ。いつ父方の名字に戻っても違和感が無いようにしたいんだ」
そういえばそんな事も語っていたような気がする。渚君は誰よりもお母さんとお父さんの事を考えているんだな。それがお母さんに伝わればいいのになと思う。
「それじゃあ渚君、またね」
「うん。また」
これでE組の面子に三人も関わってしまった。竹林君はともかく、渚君はまずい。赤羽は……まぁ、大丈夫だろう。もう二年も前の事だ。
もう一年が終わる。あと一年で三年生……。
空を見上げると丸い月が空に浮かんでいた。この月が三日月になるのもあと少しか。
次回、一気にすっとばします。
理由?早く原作に入りたいからです。